『愛してる』
その言葉に救われてきたのに…
【15.それは永遠の秘密】
「信じてたの?」
耳元で愛を囁くなんて雑作もない事なのにね?
本当に信じてたんだ?
快斗の言葉が信じられないという様に新一は数回瞳を瞬かせた。
そんな新一の様子により一層笑みを深めて快斗は更に新一の心を抉っていく。
「最後だしね。ちゃんと真実を教えてあげる。」
君の大好きな真実を教えてあげるよ。
快斗の声はまるで甘美な果実の様で、その実真実は容赦のないもの。
「俺は新一の事なんて好きじゃないし、まして嫌いでもないんだ。」
なんとも思ってないんだよ。
その辺を歩いている名前も知らない通行人と一緒。
どうでもいい存在なんだ。
ただ他の人と違ったのは新一に利用価値があった。それだけ。
自分の方を見ているのに自分を写してはいない快斗の瞳に何とかして写りたくて、新一は無駄だと思っているのに反論をしてしまう。
「お前は俺を愛してるって言ったじゃないか!」
毎日毎日一緒に過ごして、一緒に笑い合って時には喧嘩もして…。
それが全部嘘だったって言うのかよ!
痛い程の叫びの中に混じる新一の涙さえ快斗には届かなかった様で。
快斗はただいつもの様に笑顔で唯優しく甘く囁く。
「ねえ知ってる?『愛してる』なんて簡単に言えるんだよ?」
にっこり笑って瞳を見詰めて、優しい声色で囁けばみんな信じるんだよ?
『愛してる』って言われて嬉しかった?
『愛してる』って言われて幸福だった?
でもねそんなのは幻に過ぎないんだよ?
相変わらずにっこりと笑みを浮かべたままの快斗に、新一は如何して良いか解らずに泣き濡れた瞳で彼を見詰め続けることしか出来ない。
もう充分なのに、これ以上聞きたくないのに。
快斗はそれ以上に残酷に楽しそうに新一を甚振り続ける。
「人はね愛されたがってるんだよ。それはどんな人間でも言える事。」
だから『愛してる』なんて一言で簡単に落ちてしまうんだよ?
でも一時の甘い夢が見られたんだからいいよね?
『愛してる』って言われて嬉しかったんでしょ?
『愛してる』って言われて幸福だったんでしょ?
だけどそれも今日でおしまい。
もう君の利用価値は無くなったから。
もう君の傍に居る必要は無くなったから。
だからさよなら。
頭の中が真っ白になるっていうのはこういう事なのか、なんて頭の片隅で思いながら去っていく快斗を目に写したまま新一は身動きすら取れない。
追いかけなくちゃ。
何か言わなくちゃ。
そう思うのに身体に何か絡み付いた様に、喉に何か張り付いたようにどうする事も出来なくて。
ただ去っていく快斗をその瞳に写し続ける事しか出来なかった。
唯一つ自由になる涙を流し続けたまま…。
「これで満足なのかしら?」
工藤邸から出た所で案の定お隣の科学者に捕まった。
「うん。これが最善の選択だから。」
ねえ哀ちゃん、新一の事よろしくね?
きっと暫くは辛いだろうけどこれが一番良い選択だから。
「…貴方も馬鹿よね。」
巻き込みたくないのなら最初から手を出さなければ良かったじゃない。
そうすればわざわざこんな手の込んだ事することも彼を傷つける事もなかったでしょう?
流石に新一が第一な彼女の言葉は痛い程鋭い物で、けれどそれに心を痛められる事はなかった。
さっきの彼の泣き顔の方がよっぽど痛かったから。
これ以上ない程の極上の痛みだったから。
「本当はね守るつもりだったんだよ。」
ずっとずっと彼の傍に居て、彼を守り続けるつもりだったんだけど。
もうそれも出来そうにないから。
もう帰って来れそうにないからさ…。
「その割には随分手酷い事をしてくれたみたいだけど?」
さっきのだってあそこまで言わなくても充分だったのに。
まあ、彼に覚えていて欲しくてあそこまで残酷な事を言ったのでしょうけど。
彼女の言葉に快斗は肯定の意を含んだ苦笑を浮かべた。
「流石哀ちゃんだね。全部お見通しって訳か。」
そう、あそこまで言ったのは新一に覚えていて欲しいから。
どんなに酷い人間だと思われてもいいから彼の記憶の片隅に置いて欲しくて、だからあそこまで酷い事を言った。
新一の中に残る傷になりたかったんだ。
「卑怯者ね。」
「解ってるよ。」
「…後は任せなさい。」
もちろん貴方の為じゃなくて工藤君の為だけれど。
「ありがとう。」
そう言って微笑んだのを最後に快斗は工藤邸を後にする。
きっと彼の周りの人が彼を癒してくれるから。
きっと彼の周りの人が彼を愛してくれるから。
そんな事を頭の中で考えつつ、もう二度と来る事のない通い慣れた道を歩きながらそっと口の中で呟いた。
『愛してるよ…新一。』
それは彼にはもう二度と言う事の出来ない永遠の秘密…。
END.
痛さが中途半端だなぁ…ι
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