いつだって華麗に
いつだって無敵に
舞台の上では
何が起こったって
そう…
何が起こったって
ポーカーフェイスでなければならない
【08.ポーカーフェイス】
冷たい夜風を受け、マントをはためかせる。
ふわりと舞う白は父から受け継いだ誇り。
だから泣かない。
だから今日という日に此処に立っている。
背筋をピンと伸ばし、今宵の姫君を月に翳す。
『ブルーローズ』と呼ばれる大粒のブルートルマリン。
ブルートルマリンがカバーする色相の範囲は、青緑・淡青・黄青・灰青など大変広く、真っ青なブルートルマリンは滅多にない。
それがこの大きさとなれば尚更だ。
それ故に『不可能』を意味する『ブルーローズ』と名付けられたのだろう。
静かな海を思わせる様なそのブルーを見詰めて、けれどその中に求める紅を見付ける事は出来ない。
キラキラと輝くこの青い姫君は美しいと純粋に思う。
けれど、その青を見詰めていれば、もっと美しい蒼が浮かんで苦笑する。
ああ、全く…。
考えるのはいつだって彼のことばかりだ…。
「それも違ったのか?」
「―――!」
突然掛けられた声に慌てて石を取り落とす、なんて無様な真似はせずに済んだ事に感謝して、キッドはくるっと後ろを振り返った。
そうして瞳に映った彼の姿に表情を和らげる。
「名探偵。来て下さったんですね」
危なげもなく音も立てずフェンスの上からアスファルトへと降り立つと、コナンをふわっと抱き上げ己のマントでその身体を包み込んだ。
「寒かったでしょう? 寒い中態々お越し頂いて有難う御座います」
「バーロ。探偵が来て、礼を言う怪盗なんてどこにいる」
「ここに居ますが?」
「………お前に言った俺が馬鹿だった」
腕の中に抱きこまれてもなおそんな事を言って、こめかみを押さえてわざとらしく溜息を吐くコナンにすら、キッドは笑みを浮かべたまま。
そのまま衣装が汚れるのも厭わずに、フェンスを背凭れにアスファルトへと腰を下ろした。
「…大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「毛利探偵と、幼馴染の彼女ですよ」
「ああ。博士の家に泊まるって言ってある」
「そうですか」
以前個人的に予告状を出したら『バーロ。小学生の俺が一人で夜出歩くのはお前が思ってるより難しいんだ!!』と思いっきり怒鳴られた事があった。
それを思い出してそう尋ねれば何でもない様にそう言われて安堵する。
彼に迷惑をかけるのはキッドとしても、気分が良いものではない。
触り心地の良い彼の髪をそっと梳く。
嫌がられると思った行動にも、コナンは腕の中で大人しくしたまま。
キッドはそれを不審に思う。
いつもなら『やめろ』と止められる筈なのに…。
「名探偵…。何かあったんですか?」
「………」
「名探、…」
「何かあったのは……お前の方だろ?」
「―――っ!」
どうして…と思う。
自分のポーカーフェイスは完璧だった筈だ。
なのにどうして―――。
「どうして…」
「んなもん、お前の顔見たら一発で分る」
「………」
ああ、どうして…どうしてこんなにも彼は自分の心を揺さ振るのだろう。
今まで誰にも見破られた事なんてなかった。
だから上手くやれていると、完璧なポーカーフェイスが出来ていると思っていたのに。
「何があったか、なんて野暮な事は聞かねえけどさ…」
押し黙ったキッドをどう捉えたのか、コナンは小さな手でキッドの頬にそっと触れる。
そうして、真っ直ぐな蒼い瞳でキッドを見詰める。
「今ぐらい、無理してそんな顔作らなくていい」
「っ………」
言われた言葉に涙が出るかと思った。
ポーカーフェイスなんて保って居られなくて、自分が今泣きそうな顔をしているのが分って。
みっともないと唇を噛みしめれば、すかさずコナンの小さな指が、キッドの唇に触れた。
「切れるから止めとけ。ただでさえ寒さで乾燥してんだから」
そんな優しさにまた泣きそうになって。
それもぐっと抑え込んで、コナンをぎゅっと抱きしめた。
無言でおずおずと背に伸ばされる手が嬉しい。
彼の温もりに心が癒されていく気がする。
本当に…優しくて愛しい人。
「名探偵…」
「何だ?」
「そんなに分り易い顔をしていましたか?」
「ああ。つーか、先ずお前が誰かに背を見せたまま気付かないのがオカシイ」
「………」
そうなると、一番最初からもうばれていた事になる。
ポーカーフェイス云々だけではない。
全部全部、この名探偵にはいつも見抜かれてしまう。
「名探偵…」
「ん?」
だからかもしれない。
こんな言葉が出てしまったのは、そんな彼の優しさに甘えてしまったのかもしれない。
「もし宜しければ、野暮な事を聞いてはくれませんか…?」
「……聞いて欲しいのか?」
「…はい」
「………分った」
すぅ…とコナンが小さく息を吸い込んだのが分った。
そうして、ぎゅっと背に回された手に力が少し籠められたのも。
「……何が、あった…?」
「……今日は、………命日なんです」
そう。
今日は親父の命日だった。
『黒羽盗一』
快斗が、そして二代目のキッドが、憧れてやまない人。
きっと一生勝てないと思うけれど、いつか超えたいと思っている人。
快斗としても、キッドとしても、いつか親父を超えたいと心の底から思っている。
「そっか…」
ぎゅぅっとより手に力が籠められはしたが、掛けられたのは慰めの言葉でも何でもなく、ただ優しい沈黙だった。
何を言われるよりも、それがキッドには一番嬉しかった。
キッドを肯定するでもなく、否定するでもない。
この腕の中の小さな名探偵のそんな姿勢にどれだけ自分が救われているか分らない。
「名探偵」
「……ん?」
「…ありがとうございます」
「別に俺は何もしてないだろ」
「…いえ。聞いて下さったでしょう?」
「……そう、だな……」
ひんやりとした夜風の中、お互いの温もりがただ優しくて。
触れているだけで、痛みなんて消えていってしまいそうだった。
――――完璧な筈のポーカーフェイス。通じないのは、大切な貴方ただ一人。
END.