俺の恋人は
とっても口が上手い
その口車に乗せられて
要らない事を言ってしまう事すらある
この俺が、だ…
だから
俺は先人の言葉に従う事にした
【07.沈黙】
「ねえ、新一」
「………」
「どっか行きたくない?」
「………」
今日は久しぶりの休日。
だとすれば、快斗がそうやって新一を誘うのもいつもの事。
けれど新一はソファーで本を読み、その横でここぞとばかりに話しかけてくる快斗に対し沈黙を守っている。
「新一ってばー…」
「………」
集中しているから沈黙していると思っているのか。
はたまた新一の思考などばれているのか、快斗は負けじと横でそうやって言って、新一をぎゅうぎゅうと抱き締めてくるけれど、それも無視を決め込んで。
『賢明に語ることはしばしば困難である。賢明に沈黙することは、たいていはもっと困難である』
なんて、言葉がとある人の遺稿にあったな…なんて事を新一は思い出す。
確かに賢明に語る事は困難で、更に賢明に沈黙するのは、本当に困難である。
特に…相手が快斗では。
負けてしまいそうになるのを堪え、一生懸命内心で何度もその言葉を繰り返して、新一は懸命に沈黙を守っていた。
――――ピンポーン…
そうして暫く天岩戸宜しくピッタリと口を閉ざしていれば、チャイムの音がした。
その気配で、新一も快斗もやってきた人物を悟り、快斗がパタパタと玄関に走って行く。
一瞬だけ出来た一人の時間に新一は小さく深呼吸をして、静かに来訪者を待った。
「あら、貴重な読書の時間を邪魔してしまったかしら?」
半分本気、半分嫌味で言われた言葉に新一は無言で首を横に振った。
そんな新一の様子に、哀は首を傾げた。
哀の様子を後からリビングに入って来た快斗は、苦笑で受け止める。
「朝からあんな感じなんだよ。今日はまだ、新一の声を『おはよう』しか聞いてない」
「……あら、貴方何かしたの?」
「ううん、何にも。まあ強いて言えば……『しやべるのもいいが、黙っているのはいちばんいい』って事じゃない?」
「……あの人はフォンテーヌを気取りたいの?」
「………」
哀の言葉に、新一がじと目で快斗と哀を見詰めたが、当然二人にそんな物が通じる筈が無い。
そんな事は分り切っていたので、新一は諦めた様に再度本へと視線を落とした。
勿論……集中なんて出来る訳は、ない。
「そう言えば哀ちゃん。今日は何の御用?」
「コレを返しに来たの」
「ああ。コレね」
快斗へと返却されたのは先日哀が借りていったシェイクスピアの『ヘソリー五世』の本。
『何故シェイクスピア?』と快斗が貸す時に首を捻ったら、『シェイクスピアが今彼のブームらしいのよ』と哀は言っていた。
どうやら少年探偵団にいる、小学生にしては些か頭の切れる彼の今度の獲物はシェイクスピアらしい。
知識として入ってはいるだろうに、それに付き合ってやる哀も優しいものだと快斗はその時感心したものだった。
「そう言えば、それにもそんな台詞があったわね」
「ああ、確か…『口数の少ないのが最上の人』とか、そんなんだっけ?」
「ええ」
「シェイクスピアなら、『誰の言葉にも耳をかせ、口は誰のためにも開くな』なんてのもあったね」
「ハムレットね」
「そうそう」
全くもって、いい話のネタにされて、新一は本から視線を上げてもう一度哀と快斗を睨んだが、それでこの二人が止めてくれる訳がない。
「『沈黙は、彼らにとって尊厳荘重の態度であるのみならず、しばしば有利・周到な態度である』」
「『心にもないことばよりもむしろ、沈黙のほうがどれほど社交性を損わないかもしれない』」
「あら、モンテーニュ返しね」
「うん♪ 後は……『沈黙は堪えられない当意即妙の応答である』とか?」
「『沈黙は、自己に信用のもてない人には最も確実な才策である』なんて言葉もあったわね」
「道徳的反省だね」
「そう。それから……」
「あー、もう!! お前らいい加減にしろよ!!」
楽しそうに目の前で繰り広げられる応酬に、流石に新一も―――切れた。
確かに、確かにだ、『沈黙』を守ろうとした自分も自分であるが、二人の最後の方の発言はあんまりじゃないだろうか?
「…あら、もう降参?」
「新一君もまだまだだねvv」
叫びながらソファーから立ち上がった――それでもちゃんと本は閉じてテーブルに置いた――新一をそう言って快斗はぎゅーっと抱き締めて。
酷く楽しそうな笑みをこちらに向ける哀に、しまった、と新一は口を手で塞いだ。
が、時既に遅し…。
「その調子じゃ、まだまだ『沈黙』は守れないわね。工藤君」
最後にクスッと小さく笑って、哀はリビングを後にしようとする。
それに、快斗はことんと首を傾げた。
「あれ? 哀ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「ええ。だって―――」
―――天岩戸はもう開いたでしょう?
楽しそうに響いた声に快斗はにこっと笑って、新一は完敗を悟ったのだった。
END.
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