眠れない
眠れない
だって仕方ない
ある筈のモノが
傍に無いのだから
【05.不眠症<インソムニア>】
ベッドに入って、彼の枕をずるずると引き寄せる。
それでも求める温かさなんてそれには勿論無くって、新一はむぅっと眉を寄せるとぽいっとそれをベッドの外に放った。
いつもより寒い。
いつもよりベッドが広い。
理由なんて分り過ぎる程分っていて、寒さを凌ぐ様に毛布を口元までずるずると引き上げた。
ゴロゴロと転がってソレを身体に巻き付けても、寒くて仕方ない。
そう言えば、出掛ける前に『寒かったら使ってね』なんてキッドマークを模った湯たんぽをアイツが用意していった気がするが、それを態々下まで取りに行く気になれず、目を閉じる。
眠気なんて普段は邪魔なだけで。
本を読んでる時は一生寝ないで居られたら良いのになんて思ったりするのだけれど。
こんな日こそ早く眠気が来てくれれば良いのに、そういう時に限って眠気なんて微塵も襲って来なくって。
仕方なく、ベッドサイドのライトを点けて、お気に入りのホームズを引っ張り出した。
ぺらぺらとページを捲って。
いつまで経っても訪れない眠気に溜息を吐く。
快斗が帰って来るまで後一週間。
出掛けた初日がこれじゃ先が思いやられる。
「不眠症にでもなりそ…」
何だか情けない台詞を吐いて。
少しだけライトの明るさを絞った時、
RRRRR…RRRRRR……
「ん?」
突然鳴りだした携帯のサブディスプレイを見れば『快斗』の文字。
ベッドサイドの時計を見れば、今は夜中の二時過ぎ。
……これは、困った。
出れば自分が眠れないのがばれてしまう。
でも、こうしてこんな時間にかかって来たという事は、眠っていないのを見越してという事。
どっちにしろムカツク。
「いない癖に…」
むむむっ…と眉間に深い皺を寄せて、新一は仕方なく携帯を取り上げると通話ボタンを押した。
『もしもし、新一?』
「俺じゃなかったらどーすんだ?」
『えっ!? 他に誰が出るっていうの?』
「服部とか…白馬とか…」
『居るの…?』
「ばーろ。居る訳ねえだろうが」
新一の携帯にかけて来た癖に、相手を態々確認する快斗にちょっとだけ悪戯心が湧いて、そうやってからかってやれば、ほんの少し不安げな声が返って来た。
そんな声に、ざまーみろ、と思う。
普段あんなに『離れたくない』とか『寂しい』とか喚いている癖に、今現在隣に居ないアイツが悪い。
『ビックリするような事言わないでよ…』
「そんなにビックリするのか?」
『するよ。一週間も傍に居られないんだよ? その間に浮気とかされたらどうしようとか、俺は心配なんだから』
「浮気…」
ふむっと考える。
そうか、浮気か…と。
そんな事考えもしなかった…。
『新一』
「ん?」
『お願いだから変な事考えるのは止めてね…;』
「………」
新一の変な間に何かを感じ取ったのだろう。
半泣きに近い声でそう言われて、新一はニヤッと笑った。
「さあな」
『ちょっ…! 新一!!』
「るせー。電話でそんなに叫ぶな」
聞こえた大声に少し耳から携帯を離しながら、新一は眉を顰める。
全く…反応が本当に過剰だ。
『だってさ…だってさ……』
「まあ、一週間あるしな」
『!? な、何その台詞!!』
「いや、充分時間はあるな…と思って」
『……新一、それ本気?』
「本気だったら?」
一瞬、電話越しだというのに空気が冷えた気がした。
その声にちょっとばっかしビビった(…)のを悟られない様に、新一も少しだけ低い声を出してやる。
電話越しの相手が唸ったのが分った。
本当にこういう所は、アイツは馬鹿なんだと思う。
自分が愛されている事にこれっぽっちだって自信がないのだから。
『……四日……』
「は?」
『四日で帰る!!!』
「……お前、何言ってんだ?」
もう予告状は出ている。
予告は一週間後だ。
準備をどれだけ頑張って早くしたって、予告日が一週間後じゃどうしたって四日でなんて帰ってこれない。
馬鹿か、と言いかけた所で、とんでもない言葉が聞こえてきた。
『犯行日変える!!!』
「はぁ!?」
聞こえた言葉に、思わず声がひっくり返ったのは許して欲しい。
「お前、ちょっと待てそれは…」
『変えるったら変える!! 四日で帰るから!!!』
「………」
どうやら、変に火をつけてしまったらしい。
額に手を当てて、痛む頭を支える。
―――――コイツ、本当に……馬鹿だ。
『だから、絶対浮気なんかしちゃ駄目だからね!!!』
「………」
『新一! 返事は!?』
「……ハイ」
もう何だか素直に返事をするしか無くて。
痛む頭を抱えながら、新一はもうそれ以上言葉を紡ぐ気力さえ奪われた。
『それから、ちゃんとご飯食べて、こんな時間まで起きてたら駄目だよ? ちゃんと寝ないと…』
「ばーろ…。わぁってるよ」
『じゃあ、新一。俺頑張って早く帰るから!!』
「はいはい。せいぜい頑張れよ」
『うん!! じゃあ、早く寝るんだよ?』
「わあった。お前もな」
『ありがとうvv 新一大好きvvv』
通話口に向かってちゅvっと口付ける音がして。
それを聞かなかった振りをして、新一は電話を切った。
「……ったく、あの馬鹿………」
一週間後を四日後だ。
向こうの警察はたまったもんじゃない。
明日の朝刊か夕刊の見出しを思い描いて、新一は溜息を吐いた。
「いや…もしかしたら、号外出るかもな……」
自分で言った言葉が、そう大して外れていないだろう事に頭を抱えて、新一は現実から逃げる様に毛布に包まって静かに瞳を閉じた。
新一に宣言した通り、四日後に帰って来た快斗の目の下にはそれはもうくっきりと見事な隈が出来ていて。
一週間かけるつもりで出かけて行ったのに、それを四日で終わらせて来たのだからそりゃ相当無理をしたのだろう。
『不眠症になったのはお前だったか…』と呟いて、新一はその労をねぎらう様に快斗を抱き締めてそのまま眠りについた。
――――新一が毎日ちゃんと眠れるかどうかは、魔術師のお仕事の日程にかかっているのかもしれない。
END.