事件
 推理小説

 それは
 名探偵の大のお気に入り

 けれど、それは
 魔術師にとっては最大の敵












 【03.ご機嫌な名探偵と不機嫌な魔術師】












 にこにことご機嫌な様子の名探偵と。
 その横でむぅっと不機嫌そうに眉を寄せる魔術師。

 哀が工藤邸にお邪魔した時そんな余りにも真逆な二人が、隣同士仲良く(…?)ソファーに座っていた。


「一体どうしたの…?」
「哀ちゃん…聞いてよ;」


 めそめそと泣きそうにしている魔術師の横で、名探偵は相変わらずにこにことご機嫌な様子で本のページを捲っている。
 新一の手に持たれているその本のタイトルを見て、哀は納得した。


「工藤君、そのシリーズ好きだものね…」
「そう! そうなんだよ!! もうね、コレ3回目なんだよ?」
「3回目……」


 哀も確かに本好きであるから、同じ気に入った本を何度か読む事はある。
 読む事はある、が……。


「確かその本、発売したの昨日よね?」
「そうなんだよ…。身体に毒だって俺が幾ら言ったって聞く耳持たずに昨日は完璧徹夜だし、ちょっと寝たと思って油断したらまた起きて読んでるし……;」
「……それは、困ったものね…」
「そうなんだよ。ホントに困っててさ…;」


 探偵が持っているその本はハードカバーで。
 確かに探偵が読むのが早いとは言ったって、まあそれはそれなりに時間がかかる訳で。
 それだけお気に入りの小説を探偵が端折って読むなんて事は考えられないから、相当じっくり読み込んでいる筈。
 哀が先程ちらっと時計を見た限り、今は午前9時。
 昨日発売の小説をその時間で3回読むには、確かに完全に睡眠時間を削らなければ無理だろう。


「本当に、推理小説馬鹿ね…」
「…ホームズ馬鹿だしね」
「推理ヲタク…」
「大馬鹿推理之介だしね」

「……お前ら、俺に喧嘩売ってんのか?」


 漸く3回目を読み終わったのか。
 ぱたんと本を閉じて、先程のご機嫌そうな様子は何処へやら、不機嫌そうに眉を寄せた新一の姿に哀と快斗は同時に溜息を吐いた。


「違うわよ」
「俺も哀ちゃんも新一の心配してんの」
「…さっきのが心配?」
「そう。心配」


 だから没収、なんて言って快斗は新一の手からするりとその小説を奪い取ると、見事に消し去ってしまう。


「おいっ! 快斗!!」
「だーめ。あと8時間寝たら返してあげる」
「8時間って…」
「ちゃんと睡眠とらないと、頭回らなくなるよ。名探偵」
「うぅ……」


 言われた事に間違いはない。
 間違いはないが……折角大好きな小説なのだ。
 せめてもう一回読んでから寝たい。(まだ読む気なのかよ!! by快斗)

 そう目で訴えても、快斗はにこにこと笑みを浮かべるばかりだ。
 そのこめかみに若干青筋が浮いている気がしたのだが、新一は潔くそれを見なかった事にした(爆)


「だから新一。とりあえずちゃんと寝て、それからちゃんとご飯食べ…」



 RRRRRR…RRRRRRR……



 快斗がそうやって言い聞かせようとした時、テーブルの上にあった携帯が鳴った。
 その携帯に新一が物凄いスピードでばっと飛び付いた。


「もしもし。……はい。……はい。それで……状況は?」

「………」
「………」


 電話をしている新一の目がキラキラと輝いて、その表情は酷くご機嫌で。
 快斗と哀はじーっと新一を見詰めて、その会話の内容と新一の様子から相手を間違えなく悟って、そうしてまた同時に溜息を吐いた。


「黒羽君」
「はい」
「私は珈琲を淹れておくから」
「分った。俺は新一の着替え取ってくる」


 瞬時にお互いの役割分担が決まり、哀はキッチンへ、快斗は新一の自室へと向かった。


「分りました。では、直ぐに出られる準備をしておきます」

「はい」
「さんきゅ」


 状況を聞き終えて電話を切った絶妙なタイミングで、快斗から着替えを渡された。
 それを受け取って、新一は急いでシャワーへと向かう。

 その間に哀は珈琲を淹れ、快斗はパンを焼き、目玉焼きを作り、その脇にレタスとミニトマトを添えてやった。
 ちなみに、目玉焼きはきちんと新一好みに半熟だ。

 シャワーから出てきた新一がバタバタと慌ただしく着替えてダイニングテーブルの椅子に座り、それでもちゃんと『いただきます』をして用意された食事に口を付けた。
 その後ろから快斗がタオルで新一の髪を優しく拭いてやり、ドライヤーを引っ張ってきて、きちんと乾かしてやる。

 そうしてドタバタしながら、新一がパンを珈琲で喉の奥に流し込んだ頃、


 ―――ピンポーン


 お迎えのチャイムが鳴った。


「さんきゅ、灰原。快斗。じゃあ、行ってくる!!」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「新一。気をつけてね。怪我とかしないように…」
「わあってる。じゃあな!」


 サッカーで鍛え抜かれたその足で、本当に嵐の様に去って行った新一を見送って、哀と快斗は本日三度目の同時の溜息を深く深く吐き出した。


「睡眠不足で倒れなければいいけど…」
「…多分事件解くまでは平気」
「そうね。問題は…」
「大丈夫。俺ちゃんと盗聴して迎えに行く」
「…お願いね」


 普段なら引っ掛かる単語すら、哀はさらりと無視をして。
 好きな事の為なら寝食を忘れてしまう探偵の傍に、この魔術師が居てくれて本当に良かったと心の底から思った。



 結局事件を解決した後自力で帰って来ようとして帰り道で倒れかけた名探偵を魔術師はしっかり保護して。
 不機嫌な魔術師に、更に不機嫌な科学者が増える事になったのだった。


















END.






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