キッド
 マジック
 チョコレートアイス

 大切な物も
 大好きな物も

 沢山沢山あるけれど
 一番大切なモノは世界でたった一つ













 【02.優先順位】













「………行けよ」
「嫌だ」


 熱で少しばかり潤んだ瞳で睨み付けられたって快斗にとっては全然怖くなかった。
 寧ろ、ほぅ…と小さく漏らされた熱い吐息を可哀想に思ったぐらい。


「…ばーろ……。準備、したんだろ?」
「でも、嫌だ」


 そう言って、新一の頬に触れる。
 熱い。熱過ぎる。
 平熱が低い彼だから、いつもは少し冷たいと思うぐらいなのに、今はこんなにも熱い。
 悔しくて快斗はぎゅっと目を閉じる。

 新一が体調が悪いのを一生懸命隠していたのは分っていた。
 だから、注意していた。
 あからさまに何かすれば、それはそれは物凄く気にするのが分っていたから、それとなく、さり気なく。
 それでも…どこかで油断していたのかもしれない。
 新一の我慢強さをどこかでなめていたのかもしれない。

 いきなりリビングでぶっ倒れた新一を抱き抱えた時に青褪めた。
 彼の身体が余りにも熱かったから。


「ねえ、新一」
「…何だよ」
「やっぱり哀ちゃんに…」
「嫌だ」
「新一」
「嫌だつったら嫌だ…」


 熱で辛そうにしながらも、きっちばっちり快斗を睨む目に力が籠る。
 そんな新一に快斗は小さく溜息を洩らした。

 知っている。
 新一がどれだけお隣の小さな科学者に心配をかけたくないかなんて。
 本当に死にそうに必要な時だけは仕方なく頼るとしても、それ以外は極力心配をかけたくない事も。
 だから快斗だって仕方なく、先程自分で調合した薬を新一に飲ませた所だ。
 直ぐに効いてくるだろうとは思うが、ある程度知識はあると言っても、本当は自分の専門外。
 本当なら専門分野である哀に診てもらうのが一番なのだが…。


「分った。じゃあ、今日俺は行かない」
「…快斗」


 新一の瞳をジッと見詰めて言えば、咎める様な声が返ってきたが、これだけは譲れない。
 こんな状態の新一を置いて行くなんて…。


「絶対行かない」
「…今日、逃したら……次いつ日本に来るか分んねえんだぞ…?」
「知ってる。分ってる」


 そう、分っていたからちゃんと予告状も出した。
 下準備もきちんと万全に済ませた。
 でも―――それでも、こんな状態の新一を放ってなんて行けない。


「快、斗…」
「嫌だ。絶対に行かない」


 どれだけ咎める様に新一に言われたって、これだけは譲れない。

 キッドも確かに自分の中では譲れないモノの一つだ。
 けれど―――それ以上に新一は大切で大切で堪らない人だ。

 そんな彼がこんな高熱を出して寝ているのに、彼を置いて仕事をしに行く訳にはいかない。


「快斗。…お前が俺を大事に…してくれてるのは知ってる……」
「だったら…」
「…でも、お前にとって……キッドだって譲れないモノだろ?」
「……それはそうだけど……」
「行って来いよ。……別に、このぐらいじゃ…死なねーからよ……」


 熱い吐息を少し苦しそうに吐き出しながらも、ニヤッと笑って見せる新一を快斗はじっと見詰めた。
 ……本当に、強くて――優しい人だ。


「でも…」
「お前が行かなきゃ…、俺は、…ずっと自分の事、責め続けなきゃならない……」
「新一…」
「だから……行って、来い……」


 強くて、優しくて、心配性な新一の瞳に―――流石の快斗も折れた。


「………分った……。行ってくる…。でも……」
「でも…?」
「…そっこーで帰ってくる」
「……わぁった。怪我すんなよ」


 するっと布団を抜け出た手が、そう言って、優しくふわふわの猫っ毛を撫でる。
 その感触に、新一は満足そうな笑顔を快斗へと向けた。


「ホントにホントにそっこーで帰ってくるから、待っててねv」


 新一に向けられた笑顔に、快斗も笑顔で返して。
 新一の手をそっと布団の中にしまって、もう一度布団をしっかりと掛け直すと、汗で張り付いた前髪をそっと掃ってちゅっと額にキスを落とした。


「気をつけろよ」
「うんv 行って来ますvv」


 言うが早いか、思いっきり全速力で駆けて行った快斗に新一は苦笑を零した。
 きっと怪盗紳士なんて名に相応しくないぐらい、強引に奪ってそっこーで返ってくるだろう事は想像に難くない。
 あれでは今日は警部もいつも以上に苦労するだろう。
 何だか申し訳ない気持ちで、新一は中森警部に心の中だけで謝った。

 快斗が自分を何よりも大切にしてくれているのは知っている。
 いつも何よりも一番自分が大切だと言ってくれる事も。
 何よりも優先順位は自分が一番なのだと言ってくれる事も。
 それは嬉しい。
 嬉しいが―――キッドだって快斗の中では譲れないモノだと知っている。

 だから―――。



「―――俺の、優先順位だって……お前が、一番なんだよ……」



 小さく小さく呟いて、快斗が帰って来るまで少しだけ眠る事にして、新一はそっと瞳を閉じた。


















END.






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