見付けた瞬間、ヤバいと思った

 この相手は危険
 そう本能が悟った

 でも、それと同時に

 この相手は
 本当に面白いと思ったんだ















 【01.ジョーカー】















 あの日あの時あの場所での出逢い。
 きっとあれは、偶然じゃなかった。

 エイプリルフール。二人が初めて出会った日。
 そう言って、1日は二人でお祝いをした。
 でもそれは―――本当の初めてじゃない。





「…ねえ、新一」
「ん?」
「俺達が初めて逢った時の事覚えてる?」


 二人で一緒にシャンパンでお祝いして。
 二人で一緒に快斗お手製のケーキも食べて。

 今日だけは特別だと恥ずかしそうに言った新一と一緒にお風呂に入って。
 ソファーで後ろから新一を抱き締めて、そのさらさの髪を乾かしながら、快斗はそう尋ねた。


「今更何言ってんだよ。今日はそのお祝いなんだろ?」


 首を後ろに逸らして、快斗を見上げながら新一は何を今更、と訝しげに快斗を見詰めた。
 そんな新一の言葉に快斗は苦笑する。


「それは、そうなんだけどね…」
「…?」
「本当は、そのずっとずっと前に逢ってたんだよな…って思って」
「ああ。そういう事か…」


 そう、まだ新一が小さくなる前。
 『江戸川コナン』ではなく『工藤新一』として、とある怪盗と対峙した。

 あの時は、怪盗の名前なんてさして気にしなかった。
 ま、いっか…で片付けたのだと後に快斗に語ったら、思いっきりがっくりしていたのを思い出して、新一はクスクスと笑う。


「あん時のお前の顔、最高だったな」
「こら、新一君。あんまり笑わないの」


 一体新一が何を思い出して笑い出したのか分ったのだろう。
 ちょっとだけ恥ずかしそうに仏頂面をわざと作ってそう言った快斗に、新一は余計に笑ってしまう。


「しょうがねえだろ。面白かったんだ」
「面白かったって…;」


 あの時のがっくりには敵わないが、やっぱりがっくりとした快斗をまたクスクスと笑って。
 新一はまだ濡れたままだった快斗の髪を軽く引っ張った。


「お前の方が濡れてる」
「新一の髪乾かしたら乾かすよ」
「自分の方先に乾かせよ」
「いーの。俺は後で」


 そう言って、まだ少しだけ水分を残している髪をまるで宝石でも扱う様に優しく優しく乾かして。
 その感触に、擽ったそうに新一は首を捻った。


「こーら。動かないの」
「悪い。だって擽ったかったんだ」
「くすぐったいだけ…?」


 少し声のトーンを落として、耳元でそう囁けば、新一がビクッとしたのが分る。
 分っていて敢えて、その耳元に口付けを落とした。


「か、快斗!!///」
「あんまり新一君が笑うからだよ」


 ちゅっと頬にも口付けを落として、にこっと天使の笑みで快斗は笑う。
 無邪気に、そしてしたたかに。


「……悪かったよ。しゃーねーだろ。だって……」

 あの時にやり合った『好敵手』がまさかこんな太陽もビックリな明るい奴だと思わなかったんだ。


 あの時の相手が切れ者なのは新一も分っていた。
 後から聞いた話、自分の事をこの目の前の魔術師は『ジョーカー』と言って下さったらしいが、新一にしたってこの相手は『厄介なジョーカー』だった。
 あの日あの時、見事に逃げ遂せられて、悔しくなかったかと言われたら、正直ちょっとばっかり悔しかった。
 でも、自分の専門は一課であるし(警部にも課が違うと言われたし)、日々自分の専門の殺人事件に追われて、正直ちょっとばっかし忘れていた(…)のも事実だったりするのだが、心は多分覚えていたのだろう。

 あの後、小さくなるなんて本当に信じられない体験をして。
 そうして、あの日あの時あの場所で彼と出会った。

 ワクワクした。
 正直言えば楽しくて仕方なかった。

 犠牲者の出ない夜の追いかけっこは、いつも手がけている事件と比べて、純粋に楽しむ事が出来た。
 あのワクワクは、確かにあの時に経験した物と同じだった。

 『探偵』と『怪盗』である宿敵同士の自分が何の因果か『恋人』なんてものになって。
 最初は正直、どこかで飽きるのじゃないかと自分でも思っていた。
 でも、手に入れた恋人は『快斗』としても『キッド』としても、相変わらず新一をドキドキワクワクさせてくれる。
 この魔術師は新一にとって、昼も夜もいつだって飽きる事のない『ジョーカー』だった。


「それは褒め言葉として捉えていいのかな?」
「ああ。褒めてるよ」
「……本当に?」
「本当だって。すげー褒めてる」


 あの切れ者だと思っていた『怪盗』がこんなに面白い奴だと思わなかったし。
 その面白さや明るさに、確かに新一は救われているし。
 それにただ頭が切れるだけの奴だったらきっと…『厄介なジョーカー』だとは思わなかっただろう。

 彼だから。
 彼を追うから。

 スリリングで
 ワクワクして。
 そして――――負けたくないと思う。

 厄介だから必死にみっともないぐらいになりながらも追いかける。
 それが出来るのはこの『ジョーカー』相手にだけだ。



「それは光栄ですよ。名探偵」



 ふわっと漂った夜の空気に、新一は瞳を閉じた。

 思い出す。
 あの日あの場所での感覚を。

 ワクワクして。
 同時に緊張して。
 そして、愛しい何かでも待つ様に、彼を待ち焦がれていた。

 ああ、きっと……あの時から自分はこのジョーカーに恋をしていた。
 どうしようもなく。



「俺もお前にそう呼んでもらえて……光栄だよ」



 希代の魔術師にそう呼んで貰えるのは、新一だけ。
 それが嬉しくて、何だか酷く擽ったい。


 新一の言葉に快斗は満足そうに笑って、新一を思いっきりぎゅーっと抱き締めた。












 ――――俺の『ジョーカー』は世界でお前ただ一人だけだよ。

















END.






top