夢邪鬼の消失

夢邪鬼は「ビューティフルドリーマー」(以下BD)で黒幕的な役割を演じたキャラである。黒幕というか、むしろペテン師というべき立ち位置は後の押井作品における原型の一つであろう。虚構という舞台をつくり出した犯人であり、黒幕、あるいはペテン師とは明らかに「映画監督」のメタファである。それは監督にとって自己投影の対象でもあった。BDにおいて饒舌に「動機」を語る姿は、後の作品には見られない。そしてBDにおいてもう一人キーとなるキャラクターが「少女」である。主人公の影(シャドウ)としての役割を演じるこのキャラもまた、「夢邪鬼」とともに押井作品の原型の一つとなっていく。

「御先祖様万々歳」における麿子は夢邪鬼の正統な後継であり、ペテン師というテーマを突き詰めたものと言えよう。造形から見れば「少女」であろうが、主人公の影という役割は持っていない。「劇場版パトレイバー1」の帆場栄一、「劇場版パトレイバー2」の柘植行人も、状況をつくり出した黒幕であると同時に周囲を欺くペテン師でもあった。「攻殻機動隊」で言えば、「夢邪鬼」的キャラクターは人形使いということになろう。

しかし、「イノセンス」では「夢邪鬼」的役割は素子ということになるだろうが、ほとんどデウス・エキス・マキナの役割しか果たしていない。「スカイ・クロラ」で「夢邪鬼」的なキャラクターを探すとすればティーチャーなのだろうが、「イノセンス」と同様に物語を終わらせるための役回りである。この作品では主人公の前世が「少女」としての役割を果たしており、「夢邪鬼」役の影は薄い。「実写版パトレイバー」の灰原は「夢邪鬼」的な立ち位置とは言えないだろう。むしろ実写版シリーズを通じて後藤の「遺産」、すなわちペテンが特車二課という虚構を成り立たせる形となっている。

さて、「東京無国籍少女」である。BDの焼き直しと言えばその通りで、主人公の影である釉(Iに対するYOU)はBDにおける「少女」の立ち位置であろう。そして、年々影が薄くなっていった「夢邪鬼」的なキャラクターはとうとう姿を消してしまった。監督にとって、もはや自己投影の対象は必要ないということなのか、単にエンタメじゃないから分かりやすい敵役はいなくてもいいということなのか。

ここで、「夢邪鬼」的なキャラクターが登場しない作品がもう一つ。「天使のたまご」である。これについては実際の監督そのものが「夢邪鬼」的な立ち位置にあるので、映像の中に登場させる必要がなかったということかもしれない。

あるいは、姿を隠した「黒幕」がすべてをコントロールする、という構図自体が既にリアリティを失っているとも言える。

2001年のアメリカ同時多発テロではビン・ラディンやフセインなど、分かりやすい黒幕が設定されていた。翻って2015年は、世界の若者が「ここではないどこか」を目指してイスラム国へ向かい、通り魔的な無差別殺人が「神の戦士」と事後認定される。誰も状況をコントロールできず、またしようともしていない。ここで神のごとき「黒幕」を登場させたところで、安っぽい陰謀論者と見なされるだけだろう。

一方、「立喰師列伝」に登場する主要キャラクターはほとんどすべてペテン師であり、「夢邪鬼」的なキャラクターである。彼らは黒幕ではなく、一瞬の夢を見せて時代の流れの中に消えて行く存在でしかない。今後「夢邪鬼」的なキャラクターが生き残るとすれば、このような姿になるのだろう。

(初出:2015年12月31日  WWF  No.53)

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