「や〜ん、超カワイイッ!!」

「あ、ホント〜。カワイイ〜」

「ね?カワイイよね!」

















ケージの前で、黄色い声を上げる女子高生が二人。

デパートのペットコーナー。

彼女たちが見ているのは、冗談じゃないのかという値段がついた仔犬や仔猫。

さんとデパートに来ていた流川は、フライパンを買ったさんがお会計を済ませるのを待っていた。

調理器具売り場に隣接されていたペットショップは、なかなかの賑わい。

邪魔にならないように通路の端に立っていた流川は、先の女子高生の奇声に眉を顰めながら、

それでも動物たちへと視線を向けていた。

暇つぶしに…















『…ぉぉ…動いた…』

















ケージの隅で丸まっていた猫の耳がピクリと動いた。

けれどどうやら寝ているようで…それ以上は身動き一つしない。

もしかして起きはしないかとしばし見つめていたが…

















「おまたせ流川…って…なに?怖い顔して…」

「ん?」

















フライパンを入れたレジ袋を提げたさんは、一瞬近寄るのをためらったご様子。

















「あれ…起きねーかと思って」

「あれ?…あー、猫ね」

















大半が冷やかしだろう客たち。

ちょっと背伸びをしてその人垣の間から、流川の言う「あれ」を見つけたさんは

一瞬その猫を見ただけで、すぐに流川へと視線を戻す。

















「見たいなら覗いていこうか?」

「別に…」

「そう。じゃあ上に行こうか。流川、CD買うんでしょ?」

「おー」

















並んで乗ったエスカレーター。

ゆっくりと上の階へと進んでいく中、流川がぽつりと言った。

















サンは…」

「ん?」

「ネコ…好きじゃねーの?」

「え…嫌いじゃないけど…どうして?」

「かわいいって言わなかった」

「…はい?」

















ケージの前で騒いでいた女子高生たちと、さんの反応に差があった。

流川はそれを、ちょっと不思議に思っただけ。

女はもれなく、ああいうのを可愛いと言うものだと思っていたから。

突然そんなことを言われたさんは怪訝そうな顔をしたけれど…

流川が唐突なのはいつものことなので、あまり深くは考えない。

自分の思い込みを考え直す流川と、すでに次の買い物のことを考えてるさんと。

エスカレーターはようやく次の階へと到着した。



















「じゃあ流川。私は隣り見てるから、終ったら呼んで?」

「あぁ」

















CDを買いたいのは流川。

CDの類はほとんどレンタルで済ませてしまうさんは、隣りの雑貨コーナーを覗きに行ってしまった。

流川も流川で、通学のお供用CDを物色。

このカップル…たまに一緒に買い物に来てもいつもこうだ。

興味の対象が違うと言ってしまえばそれまでだが…

















よさげなCDを一枚買った流川は、サンを探して通路に出た。

扱う商品の性質上、どうしても若い女の子が多い雑貨コーナー。

この中に入っていかなければいけないのかと、ちょっと憂鬱になる流川だったが…

サンはすぐに見つかった。

なぜなら一番目立つところにいたから。

客寄せのディスプレイなのか、それとも売り物なのかはわからないけれど。

雑貨コーナーの中央に置かれているのは…

流川でさえもその存在を知っている、「ハチミツ好きの黄色いクマ」のぬいぐるみ。

世界一有名なネズミの仲間だ。

しかもデカイ…

こちらに背を向けているサンは、

ハチミツの壷を抱えた体長1m弱のそのクマを、正面からじっと見ていた。

















『…ぁにやってんだ…あのヒト…』

















それからのサンの行動に、流川は立ち尽くすしかなかった。

クマのぬいぐるみをじっと見ていたサンは、おもむろにソレに手を伸ばす。

耳・足・腕の順番で、手触りを楽しむようにぬいぐるみを揉みまくり。

頭を撫でていたかと思えば、いきなりぬいぐるみを持ち上げて、ぎゅっと抱きついてみたり…

しかもなぜか…幸せそう…



















『…オイオイ…』

















雑貨コーナーに足を踏み入れた途端、サンの目に飛び込んできたのは

巨大な「くまのプーさん」のぬいぐるみ。

別にぬいぐるみを集めているわけではないけれど…なんとなく触ってみたくなった。

値段は高いけれど、その分触り心地は抜群で。

こんなのに抱きついて寝たらさぞ気持ちいいだろうと…思わず抱きしめていた。

ふかふかなぬいぐるみを抱いて、悦に入っていたサン。

まさかそれを、流川が見ているなんて夢にも思っていなかったけれど…

















「センパイ」

「…ッ!…る、流川…」

















ポンと肩を叩かれて、サンは我に返った。

ぬいぐるみを抱き上げたまま、恐る恐る振り返れば案の定、そこにいたのは流川で…

















「あ…早かったね。いいCDあった?」

「あった」

















そんなことを言いながら、サンはさりげなくぬいぐるみを元の場所に戻す。

けれど返事をしながらも、流川の視線はぬいぐるみを追って上から下へ。

やましいことはしていないけれど…できることなら見られたくなかった…。

そんなキャラじゃないことは、サン自身よくわかっていますから。

















「…好きか?こーゆーの」

「え…ぬいぐるみのこと?」

「そう」

「まあ…そこそこ」

「そーか」

「うん…」

















お店の商品に、むやみに手をかけてはいけません。

それを破った報いなのでしょうか?この居心地の悪さは…

なんだか居たたまれないサンを尻目に、流川はずっとぬいぐるみを見ていました。

なんとなく…コレをサンに買ってあげたくなったのです。

いつも流川がお世話になっているサンは、流川に何かを強請るなんてことありません。

日ごろのお礼をするチャンスなのですよ、これは。

ただ…ぬいぐるみはけっこうお高い。

それが有名なディズニーキャラクターものともなればなおのこと。

この巨大クマもそうだけれど、CDを買ってしまった流川の財布では、

もっと小さいぬいぐるみすら買えない…。

















「…ちょっと待ってて…」

「え…どこ行くの…?」



















最近やってないけれど…たぶんアレでなら…。

その場にサンを残して、流川は目的の場所を目指します。

一人残されたサン

さっきの反省から、さすがにぬいぐるみコーナーの前は離れましたが

姿を消してしまった流川が戻ってくるまで待つしかありませんでした。

小物を眺めならが、15分程経ったでしょうか。

周りより頭一つ分以上大きい流川が戻ってくるのが見えました。

ただ…

















「え…」



















こちらに向って歩く流川が抱えていたのは、なんと「プーさん」のぬいぐるみで。

たどり着くなり、流川はそれをサンに押し付けました。



















「…やる」

「…どうしたのこれ…」

















サンが思わず受け取ってしまったそれは、

普通に買えば5千円程度の大きさの「プーさん」。

…一体どこから持ってきたのでしょうか…?

















「取った」

「取った?」

「(コクリ)…ゲーセンで…」

「…まさかUFOキャッチャー…?」

「それ」



















デパートからの帰り道。

流川は商品の陳列状態を見ただけで、それが「取れるモノ」かどうかがわかるのだと語り…。

それを聞いたサンは、誰にでも意外な才能はあるものだと思いました。

だってほら、あの「のび太くん」にだって、射撃という特技があるらしいし…。

















「ホントは…買ってやりたかったけど金ねぇし…」

「それで取りに行ったわけね。何しに行ったのかと思えば…。でもうれしい。ありがとうね」

「ん。けど、次はちゃんと買うし…」

「あはは。別に景品でもいいわよ。可愛いし」

「じゃー…次は好きなの取ってやる」

「本当?期待してるわ」

















ぬいぐるみを抱えて歩くサンは、時々「プーさん」を見つめます。

景品の「プーさん」を可愛いと言った言葉は本心のようで、

サンは終始笑顔でした。

サンがぬいぐるみを喜ぶなんて、イメージ的に考えもしなかったけれど。

こうして見るとサンもけっこう「女の子」なんだなと、なぜか流川はちょっと照れくさかったり。

















「どこに飾ろうかしらね?」

「…抱いて寝れば?」

「う〜ん…さすがにそれは…」

「マクラとか…」

「…寝にくいと思うけど…」

「そーか…?」

















「ぬいぐるみ」と「抱きマクラ」を混同しているらしい流川。

ぬいぐるみの使い道なんて、それぐらいしか思い浮かびません。

ぬいぐるみは寝具じゃないと、流川が身をもって体験することになるのは次にサンのお部屋に遊びに行った時。

「プーさん」をマクラに昼寝した流川が、首を痛めてからのことでした。









後書き

えーと、流川がただのアホになってしまいました。



モドル