例えば二人で会話をするとき

センパイは真っ直ぐオレの目を見つめる。

センパイに見られるのは別に嫌いじゃねえけど…やっぱ照れる…














だからオレは、いつもセンパイの口元を見てた。

中三のとき、ガッコーで習ったから。

…面接のときは、面接官の口元かネクタイを見ろって…















じっと見ていて気づいたこと

センパイのクチビルはすげぇ柔らかそう

オレなんかのよりは濃いピンク色で、形もふっくらしてんだ

なんつーか…すげぇ うまそう…?




















「…センパイ、終わりっす」

「ん?あ、そう。じゃあ帰ろうか」

「ん。着替えてくる」



















部活のあと、いつものように自主練習をして、気づけば時間はもう七時半。

部室で制服に着替えた流川が体育館に戻ると、はさっきまでと同じように

ステージに腰掛けて読書をしていた。いつもの光景である。

部活中も自主練習中も、たまのデートで待ち合わせたときも

少しでも時間があればは本を読んでいる。

雑誌だったりマンガだったり、時々はそういうものも読んでいるけど…大体が文庫本











『…よく飽きねえ…』










流川の口からは思わずため息が出る。

だっては…本を読み始めるとすぐに夢中になってしまうから。

今だって戻ってきた流川には気づいていない。

ステージに近寄っても、わざと音を立ててカバンを置いても、

の視線は本に釘付けだった。

こうしての姿を見ているのも悪くはない。

だけれど時間も時間だし、腹だって減った。

さすがにちょっとムッとして、流川はの正面に立った。

視界が暗くなって、ようやく顔を上げる














「びっくりした…流川か。準備できた?」

「ん…」













ステージに腰掛けているが顔を上げれば、

その顔は流川の顔よりも少しだけ高い位置に。

やっぱりは流川の目を真っ直ぐに見つめてきて…

先に視線を外すのは、やっぱり流川の方だった。

いつものようにの口元へ視線を移した流川は…

思ったよりも近かった二人の距離に思わず息を飲む。

ずっと気になっていたの唇をこんなに近くで見てしまったら…















「流川?…どうしたの?まだ帰らないの?」

「…センパイ…」

「なに?」

「キス…」

「ん?」

「…キスしてぇ…」

「はあ?」



















流川の言葉に、まさに「あいた口がふさがらない」状態の

あの流川が、しかも学校の体育館でこんなことを言い出すとは思っていなくて…

だけど流川にしてみれば、薄く開かれたの唇は「うまそう」以外の何物でもない。













「なあ…」












流川はの制服のスカートのすそをツンと引っ張って催促してくる。

驚いたのは本当だけれど、彼氏である流川がキスしたいと言うのならば

彼女としてはなんとか答えを出さなければならないわけで…

の思考回路は急遽フル回転











彼氏とのキスを拒む理由はないけれど、相手は流川楓でしょ?

流川はスポーツ選手で…

スポーツ選手=さわやか=清く正しい男女交際

…が基本じゃないかしら…?

だとするとやっぱり…











「うーん…いいのかなぁ…」

「…む…」












ああ…流川が落ち込んじゃったわ…どうしよう?

別に嫌ってわけではないし…スポーツ選手といっても流川楓の場合

「さわやか」という時点でなんか違う気もするし…












「…センパイ?」

「……」

「なあ、キス…」

「………」

「…やだ?…」

「…ま、いいか」


















最終的に呟かれたの言葉は彼女の口癖。

流川の表情がにわかに明るくなる。





















「いいの?」





















自分から言い出したくせに、ちょっと上目遣いで今更のように聞いてきて…





















『…可愛いじゃないのよ…』























女としてどこか負けたような気分を味わいながらも、は少し笑ってうなづいた。









小さくてやわらかい頬に触れるのはもちろん

こんなに近いところでの顔を見るのも初めてだった流川は、

じっくりとその感覚を楽しんだ。

くすぐったそうに目を閉じたりはするけれど、は流川の好きなようにさせてくれる。



















「…キスする…」

「…うん。いいよ…」



















手をの頭に回せば、は少しだけ上体を傾けて近づいてくれる。

目を閉じるタイミングが掴めなくて一瞬見つめ合ってしまって

ちょっとドキリとしたけれど…少し微笑んだが先に目を閉じてくれた。

ゆっくりと重なり合う二人の唇…

見た目を裏切らないふわふわ感を味わいながら、流川は至福のひと時を過ごす。











一度きりでは満足できなくて…二度三度とキスを交わし

ようやく離れた流川は、開口一番こう言った。





























「…うめぇ」



「なんですって?!」

























さすがのも、キスの感想に「うまい」と言われたのは初めてで

まじまじと流川の顔を見つめ返してしまう。















「センパイは?」

「は?」

「うまかったか?」

「…う…まかった…」

「よし」












満足げに頷いた流川は、ひょいとを抱き上げた。

を床に立たせると、側においていたカバンを取り上げて、帰る支度は万全だ。

ふっと肩をすくめて笑ったも、文庫を鞄にしまいこんで流川の隣に歩み寄る。












「そういえば…」

「ん?」

「すっぱくねーんだな」

「…なにが?」

「ファーストキスはレモンの味なんだろ?」

「………」













『…これは…本気で言ってる…?』















…これは…どう反応すればいいの…?

冗談だとしても面白くないけど…笑っておくのが礼儀かしら…

だけどもし本気だったら…純情な流川の男心を傷つけてしまう?















「…そっか。じゃあなに味だった?」

「ん。甘え」

「…へー…」















悩んだ末、結局は軽く流すことにした

どうやら流川はまじめに言っていたようで、笑わなくてよかったと一安心。

安心なんだけど…天然なのか真面目なのかわからない流川の言動には

正直…付いていけないとか…思わなくもないわけで…

どこか遠い目をして立ち尽くす













「行かないんすか?」

「あ〜…うん…今行く…」

「…元気ねぇ?腹減った?」

「…そういうわけじゃ…」















小さなため息をついて気を取り直し、歩き出そうとするの前に

不意に流川の手が差し出された。

















「なに?」

「センパイ…しんどそうだ。引っ張ってってやるっす」

「…それはどうも…」















断るのもアレなので、は素直に流川の手をとった。

さりげなく手をつないで、二人は体育館を後にする。

















流川とキスをした。

にとってはなんてことのないキスだったけれど。

ふと隣を見れば…

の手を引きながら、非常に満足げな顔をして歩く流川がいる。

たかがキスの一つぐらいで

ここまで嬉しそうな顔されると…だって悪い気はしないわけで…

は自分の顔が自然に緩んでいくのを感じている。

のマンションの前に付くまで、二人の間に流れる空気はとても優しかった。













手をつないだままマンションの前までやってきた。

いつもどおり、送ってもらったお礼を言って。

…だけど流川が、まだ手を離してくれないのだ。

何か言いたそうな顔でこっちを見ている。













「どうしたの?」

「…次はホテル」

「ん?」

「キスした。だからその次」

「ああ…」











その言葉に軽い眩暈を感じているうちに、流川はの手を離してその場を走り去った。

しかも去り際に、またキスをされてしまった…















流川楓という男は

我侭で唐突で、おまけにけっこう子どもっぽかったり。

付き合っているとちょっと…調子が狂うことも度々ある。

だけどこんなときは「愛されてるなー」って思えてしまうもの。

流川相手にイライラしたり嬉しかったり…振り回されてるような気もするけれど…

流川に振り回されてる自分もけっこう好きかも知れない。











「まあ…いい男に誘われれば、悪い気はしないってことよね」













自分に言い聞かせるようにそう呟くと、

は流川が走り去った方を見たままで少し微笑んでいた。









後書き

これ完成するまでけっこう時間かかりました(泣)
一真としては、可愛い流川希望なんですけどね…書くのは難しいです。

2004・06・29


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