三井家の長男で一人っ子の寿くんは、ご両親にけっこう愛されている様子。

三井家の二階の一角、彼は家中で一番広い部屋を独占していた。

ベッドに机、パソコンやテレビやオーディオ機器

それに整理用の家具なんかも加わって、三井の部屋には中々たくさん物があるが、それでもそこそこ広く感じる。













「へー。片付いてるんだね〜。…意外だぁ」

「意外っていうな!…ま、昨日必死こいて掃除したけどな」

「え?昨日って…帰ってから?けっこう遅かったのに…」









よく冷えたペットボトルのレモンティーとグラスを載せたトレーをテーブルに置き、

三井は部屋中を見回してきょろきょろしているを座らせた。

一つしかないクッションをに譲った三井は、自分は直接床に座る。

三井がアイスティーをグラスに注ぎ分けている間も、

は綺麗に片付いた三井の部屋の観察を止めようとしない。











「んー…まあ、あれだ。ここにお前呼ぶの初めてだからな。第一印象は大事だべ?」

「ああ…寿は隠さなきゃいけないもの多いからね…」

「そうそう…って、おい!」

「あははっ。やっぱりそうなんだぁ。よーし、ガサ入れ開始!」











思春期の男のバイブルとか?

持っていること自体はやましいこととは思わない三井でも

あまり女の目に触れさせるべきではないという、最低限のマナーはわきまえている。

昨夜だって念のため、が見てあまりいい気持ちはしないだろうと思われる品の数々は、

しっかり別室へと移したのだから。

そうとは知らないさん。

雑誌やCDしか並んでいない本棚、机の周り、ベッドの下

さすがに棚や引き出しを開けたりはしないながらも、可能な限りの場所に目を光らせている。











「…ガサ入れって…懐かしすぎて意味わかんねえし。

…てか…何探してるわけ…?…まあ、大体想像はつくけどよぉ…」

「んー?やっぱえっちぃ本とか?」











あまりにお約束過ぎて突っ込む気力もなくした三井は盛大にため息をつく










「あー…基本だな…」

「だよねぇ?てことで、見せて?」











そんな可愛くお願いされても…











「…見てぇの?」

「うんうん」











そんな満面の笑みでうなずかれても…











「誰が見せるかっ!」

「んじゃ、グラビアでもOKよぉ。前の彼女の写真でもいいからぁ〜」











普段なら、三井が少しでも大きな声をあげると引き下がる

しかし今回に限ってはやけに粘るではないか。

しかも、前の彼女の写真まで見たがるとはいったい…










「何でそんなに見てぇんだよ」

「…うっ…それはぁ…」

「言えねぇなら見せらんねぇな」

「…う〜ん…」











悩むを尻目に、三井はレモンティーを口にした。その表情はなぜか誇らしげだ。

いつもにはヤラれっぱなしの三井なもんだから、

たまに立場が逆転するとすぐ調子にのってこんな顔をする。

それを見るがちょっと悔しそうな拗ねたような顔を見せるもんだから、三井はますます調子づくのだ。

いつの間にか座っていたクッションを膝の上に乗せていた

勝ち誇った笑みを浮かべる三井に「どうすんだ?」と迫られるたびに、

うめきながらポカポカとクッションを叩いて悩みまくり…

ついに諦めたようなため息をついた。

そして恨めしげな視線を三井に向けつつ、「見たい理由」を白状し始める…












「…リサーチよ。…彼女としてはさぁ…寿の好きな女の子のタイプ…把握しておかなきゃとか思って?

もし寿がさ、華奢な子が好きだっていうなら…ダイエットしなきゃだしねぇ…」












ダイエットしなきゃと言いながら、遠い目をする

傍から見ればスタイル抜群と思われる彼女だが、誰だって自分にないものを求めたりするものだ。

三井の好みが「小さくて可愛い女の子」だったらと思うと、一気に気持ちが沈んで行く。

身長は、伸ばす努力はできても縮めるとなると無理だろう…。

さらに、折れそうに細い足腰が羨ましがられる今の時代。

昔から「健康優良児」で、胸も腰つきも立派なは、

その分、腕や足なんかも人よりちょっと立派なような気がして…。

もちろん全く気にする必要のないレベルではあるのだけれど、

親友であるが昔から「痩せ気味」な体型であることもあり、












『実はあたし、要ダイエットかも??』













と、常々思っていたわけで…。

まだ少しだけ拗ねたような表情を見せながらも、

はさっきまでポカポカと殴りつけていたクッションを、今度はやわやわと揉んでいる。

我ながら馬鹿げたことを言ったものだと後悔してもいるのだけれど

けっこう真剣に悩んでいるコンプレックスだったりもするのだ。

別に三井は何も言わないけれど…誰だって可愛い彼女の方がいいに決まってる。

なんだかんだ言っても三井のことが大好きなは、

本当は前から三井の好みのタイプを気にしていたというわけだ。

クッションを床に置いたは小さくため息をついてレモンティを口にし、

そのままテーブルに両手で頬杖をついてしまった。




















『オレの好きなタイプねぇ…』

























の言葉を聞いて何くだらないこと考えているんだと思いながらも、

三井は自分の好みのタイプとやらを考えてみる。

まあ…庇護欲をくすぐる華奢なおとなしい感じの女の子っての?やっぱ理想。

けど…










三井が横目での方を見れば、彼女はまだ難しい顔をしていた。

こうして口を閉じて黙っていれば、は実はとても整った顔をしているのだが…

いつも楽しそうに笑ったり怒ったり、たまーに変な顔とか…

くるくるといろんな表情を見せてくれるから目が離せない。

華奢でもおとなしい性格でもないけれど、それを諦めてもおつりがくるほどは可愛いと思う。

元気で明るくて一緒にいると楽しいし、何よりも素直だ。

言葉でも態度でも、三井のことが好きなのだと…は全身で伝えてくれる。

これはかなりうれしいもの。












「今はお前がタイプだな。モロに」

「…今は…」
















自分のことをタイプだと言ってもらえて嬉しかったは、

頬杖の姿勢から一気に体を起こして三井を見た。

が…その言葉にちょっとだけ気にかかる部分があり、またすぐにしゅんとした表情を見せる。

すると三井は少しだけ声をあげて笑い、先ほどのと同じようにテーブルに頬杖をついた。

そして片腕を伸ばし…の頭をわしゃわしゃと撫でる。












「好きになったヤツがタイプって…よく言うじゃん?」

「…ふーん…そか…」













結局三井の好きなタイプは聞けずじまい。

なんだか話をはぐらかされたような気もしていたが…

もともと素直なは、三井の言葉をそのまま受け止める。

滅多に好きだなんて言わない三井がここまで言ってくるなら、それはおそらく本心だろうから。












「なにお前、照れてんの?顔まっか」

「うん…。へへ、だって嬉しいんだもん。」












赤い顔をして、それでも嬉しそうな笑顔を見せる










『…やっぱ…可愛いわコイツ…』











こんな顔が見られるのなら、たまには好きだと言ってやるのもいいかもしれない。

















すっかりご機嫌なは膝だけで三井の隣に移動してきて、三井の腕に絡んでくる。

十分な大きさの胸が腕に当たって…三井としては夢膨らむおいしい状態でもあるものの…

本当に無邪気に笑うを見ていると、押し倒したいという気持ちも萎えてくる。












「…一応布団のシーツも代えてたんだけどな…」

「え?なにか言った?」

「んー?いや、今日はこれで勘弁してやるよ」

「…ん…」














突然三井にキスをされて、は驚いたようにまばたきをした。

不思議そうに三井を見つめてくる。














「さて、そろそろ昼だな。なんか食いに行くか?」

「え?うん!」
















今日はに手を出さない。

この決心が崩れる前に、外へでも出た方がよさそうだ。

…男に二言はないのである。











「グラスなんてそのままでいいからよ。行くぜ」

「え?あ、待ってよ〜」













せっかくを部屋に呼んだものの…結局午後からは外で過ごしてしまった。

やっぱりちょっと惜しかったような気持ちを味わいながら、まだ両親も帰らない家へと戻る三井。

いつもの部屋がやけに広く感じられるのはなぜだろう…。












ベッドに転がって天井をにらんだり壁側に寝返りをうったりしていた三井だが、

やがてそれにも飽きて起き上がった。

乱暴に頭を掻きながらベッドを降りると…部屋の中央に置かれたテーブルにグラスが二つ…














すっかり空になったグラスは自分が使ったもの。

まだ中身が半分ほど残っているのはが使ったもの。















口紅なのかリップクリームなのか、

が使ったグラスには微かに彼女の唇の痕が残っていた。












帰り際にがそうしたのだろうか、二つのグラスは寄り添うように並んで置かれていて…

たったそれだけのことにの名残を感じてしまい、自然に顔がにやけるのはなぜなのか。














「オレもまだまだ若けぇってな」















感じていた不思議な喪失感はもうなくなっている。

二人分のグラスを片付けるため、三井はグラスをトレーに載せると静かに部屋を後にした。










後書き

書き終えて思ったこと
この話って…別に三井の家が舞台じゃなくてもよさそう…
せっかく三井宅に行ったんだから…もすこし色気ある話にしとけばよかったなぁ。


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