「寿!!!」

「あ?」













呼ばれて声のするほうを見れば、がいた。

なんか切羽詰った顔して、オレに向かって大きく手を振ってやがる。

とりあえず近寄ったオレに、は詰め寄ってきた。













「おう、なんだよ。3年の教室に来るなんて珍しいな?」

「ね、辞書!貸して!!」

「はあ?」

「だから、辞書!英語の。あたし今日忘れちゃってさ」

「辞書…」















んなもんわざわざ借りに来たのかよ…。

まあ…オレはいつも学校に置きっぱなしだ。

けど運悪く…さっき木暮に貸しちまった。

それを伝えると、はがっくりと肩を落とす。













「…うぅ…そっか…じゃあしょうがないや…」

「悪ぃな。2年のヤツに借りられねぇのか?」

「近所のクラスは移動教室で空でした…」

「ああ…」

















時計を見れば、次の授業まであと3分もない。

と、そこへ現れた徳男。

ちょうどいいところへ!





















「徳男!」

「ああ、三ちゃん。どーした?」

「おめぇ、英語の辞書持ってるか?」

「たぶんロッカーに」

「おっしゃ。貸せ」

「…えぇ!?三ちゃんが英語の辞書…」

「バカ!オレじゃねぇよ!」

















徳男の失礼極まりない発言にムッとしてるオレのわきから、が顔を出した。















「あの〜、忘れたのあたしなんです…」

「ああ、ちゃんか〜。納得」

「おいッ!!」

「ちょっと待ってて。持ってくるから」

「はい。すみません」



















…オレのツッコミは無視かよ…

















「これでいい?」

「はい!あ、午後まで借りちゃっても平気ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。オレは使わないから」

「よかった!じゃあ、お借りしまーす」

「ベンキョー頑張れよ〜」

「は〜い!!」



















目的のものを手にしたは、オレには目もくれずに教室へ戻っていきやがった。

の後姿を、手を振りながら眺める徳男に肘鉄食らわせて…

しょうがなくオレも教室へ戻る。

次は…現国かよ…。

まぁこれ終れば午後は2時間体育だし…何とか乗り切るか。











































「ふー。あっちぃなー…」

「三ちゃん張り切りすぎだって。たかが体育に」

「体育といえども、バスケに手は抜かねーんだよ」















楽しみにしていた体育も終わり。

授業の終わり部分はちーとばかしサボったオレと徳男は、一足先に教室に戻った。

自分の席に行って汗を拭き、次はどうせ部活だし?

着替えるのも面倒だから、HRは出なくてもいいかとか…

オレがそんなことを考えていた時だ。

徳男が奇声を挙げたのは…。















「うおッ!!!」

「な、なんだよ!焦ったぁ…」















オレに背を向けたままなにやら固まっている徳男。

どうもその様子が普通じゃねーもんだから、オレは徳男の側まで出向いた。

徳男の肩越しに覗けば…机の上に、やけに可愛らしい包みが…。

徳男にまるでそぐわないソレからは、明らかにオンナの気配。















女子からのプレゼント?

徳男に…?

…ありえねぇ…















「あ、あ…ちゃんだッ!」

「…なにぃ!?」

















徳男にプレゼントなんてどんな女だよ…なんて思ってたオレは、

徳男が手にしていたメッセージカードを引っ手繰った。

カードっつってもメモ帳。

けどそこには、明らかにの筆跡で書かれたメッセージが…









































徳男先輩へ!

辞書ありがとうございました。

今日の英語はめちゃくちゃ辞書使いまくりだったので、すごく助かりました!

お礼に、調理実習で作ったカップケーキですけど、良かったら食べてください。

より



PS 寿の分はないんで、内緒です。

寿に盗られないように、注意してくださいね♪





































「…………」

ちゃん…優しい子だぁ…」















辞書の上に乗っていた包みの中には、カップケーキが二つ並んでいた。

それを見て感極まる徳男の横で。

何度もメッセージを読み返していたオレは、メモを持つ手が震えるのを抑えきれない。

勢い余ってそのメモを握りつぶした。















「み、三っちゃん!?…あぁ…ちゃんからの手紙がぁ…なんてことすんだよぉ…」

「うっせー!」













丸まったメモを、涙目になりながら必死にシワを伸ばす徳男。

それを大事そうに生徒手帳に挟んで…って!

なんでお前が生徒手帳なんか持ち歩いてんだ!?



















…いや、んなことはどーでもいい。

問題なのはカップケーキ。















「…オレにはねぇのかよ…」















なんで?















何気にショックでけぇぞ…

調理実習の菓子持ってくるのなんて、普通は彼氏にだべ?

それを徳男なんかに…















「…って!なにもう食ってんだよ徳男!」

「え、だってうまいし…」

「んなこと言ってんじゃねぇ!くっそ…のヤツ…なんだってお前だけに…」

「そりゃやっぱ、辞書を貸したのはオレだから」

「一個よこせよな…」

「ダ、ダメだよ。三っちゃんにはやるなって、ちゃんが…」

「お前に辞書を貸せっつたのはオレだ!半分はオレに権利がある!」

「いやだー!」

















残り一つのカップケーキを奪い取ろうとするオレと、それを阻止しようとする徳男。

徳男はカップケーキを抱えて教室中を逃げ回り、オレの一瞬の隙をついて、教室の外へと走り去った。

当然オレも教室を飛び出したものの…徳男とは思えぬスピードで走り去ったらしく、廊下に人影はすでにない。

















「くそッ…徳男のヤロー…あとで覚えてやがれ…」

















しかし…徳男はそれから教室に戻って来なかった。

結局のカップケーキにあり付けなかったオレは、その後の部活の最中もずっと意気消沈してたらしい…。

…ま、それだけショックだったわけだ。

だもんだからその日の帰り道、オレはいつになく無口だった。



















「もう…どうしたの寿。今日は機嫌悪いね?」

「…
おめぇのせいだろ…」

「ん?」

「…別に…」

















文句の一つも言ってやろうかと思ったけどよ…それってかなり格好悪ぃだろ?

オレにカップケーキ持ってこなかったのは納得いかねぇが…が悪ぃわけじゃねぇ。

コイツは単に辞書のお礼として、

本来はオレのもんだった(はずの)カップケーキを徳男にくれてやっただけのことだ。

それでヘソ曲げてたんじゃ、男が廃るってもんだろ。

大人になれ、三井寿!

















「ひーさーし」

「あ?」









































ちゅう











































「…いきなりすんなって…」

「へへへ」

「まあいいけどよ」

「もう一回してあげようか?」

「…1回だけか?」

「何回でもOK」









































ちょっと背伸びしてオレに抱きついたがくれたキス。

突然のことで驚いたっちゃぁ驚いたけど…悪かねぇな…うん。



















「機嫌直った?」

「まーな」

「そ?よかった。でも…なんで機嫌悪かったの?」

「あー…忘れた」

「なにそれ。変なの」

「そう言うなって。ま、食いもんの恨みは恐ろしいってこったな」

「はい?」

「なんでもねーよ」

















怪訝な顔をしてる

オレが不機嫌だった訳を聞き出そうとするを適当にあしらいながら、

すっかり機嫌の直っていたオレは、の手を引いて歩き出した。

カップケーキは惜しかったけど、代わりにもっとイイモンもらったからな。





































これは余談だけどよ。

次の日オレが徳男をシメたのは言うまでもねぇ。







後書き

お願いって…辞書貸してって部分ですか?(聞くな)
それはともかく…三井と徳男って同じクラスだったっけ?
確認しないところが恐ろしい…


モドル