プロフィール(A)

狩野嘉宏(篠笛・能管) [かりのよしひろ]

栃木県宇都宮市生まれ。

国立音楽大学卒業。

偶然耳にした日本の横笛の音色に心を奪われ、独学で篠笛を始める。

1993年より篠笛・能管を鯉沼廣行氏に師事。

1996年 NHK金曜時代劇「夢暦 長崎奉行」の横笛の演奏を師の鯉沼廣行氏と共に担当。
1998年 第1回リサイタル。(宇都宮市豊郷市民センター)
2000年 第2回リサイタル。(宇都宮市松寿苑)
2002年10月 全曲オリジナル作品のCD「星河」をリリース。
2002年11月1日 横浜、港の見える丘公園「イギリス館」にてCD発売記念コンサートを行う。
2003年 第3回リサイタル(宇都宮市大運寺)
2003年 福井県、若狭小浜「海のシルクロード音楽祭」出演。
2004年2月 CD収録曲に加え新曲を収めた曲集「狩野嘉宏 篠笛作品集」を出版。
2004年9月 第4回リサイタル(宇都宮市カトリック松が峰教会)
2006年2月 WARAKU ×T.C.Grooveの活動に参加。
2006年4月 第1回和洋楽器グループ・コンテスト本選会(日本民謡協会主催、日比谷公会堂)において、特別賞受賞。
2006年10月 塩原温泉開湯1200年記念祭、和の響きフェスティバル 邦楽グループコンテストにおいて最優秀賞(グランプリ)受賞。
2007年3月 日本音楽集団オーディション合格。
2007年4月 第2回和洋楽器グループコンテスト(日本民謡協会主催、日比谷公会堂)において準グランプリ受賞。
2012年9月 ジャズピアニストの福田重男氏とのコラボアルバム(CD)「横笛とピアノが抒情歌をJazzのテイストでうたう」をリリース。

2014年4月 オリジナル曲「菊」「さくら」「月結」
「祈り」を含む全8曲の横笛ソロDVDアルバム、
「菊」をリリース。

現在、演奏活動と共に横笛の指導にあたる。
一般社団法人 日本篠笛協会 代表理事
宇都宮大学教育学部非常勤講師。
読売日本テレビ文化センター講師。



プロフィール(B)

狩野嘉宏(篠笛・能管) [かりのよしひろ]

国立音楽大学でフルートを学ぶ。
30歳代半ばで篠笛と出会う。
日本人の血が騒ぐような体験を通し、篠笛への思いを募らせていく。
横笛奏者 鯉沼廣行に師事し、数年後篠笛での演奏活動を始める。
2002年 全曲オリジナル作品のCD「星河(ほしのかわ)」を発表。
2004年 曲集「狩野嘉宏 篠笛作品集」を出版。
2006年 音楽ユニット「WARAKU×T.C.Groove」に参加。
同年、塩原温泉開湯1200年記念祭「和の響きフェスティバル」邦楽グループコンテストにおいて最優秀賞(グランプリ)受賞。
2007年 第2回和洋楽器グループコンテスト(日本民謡協会主催 日比谷公会堂)において準グランプリ受賞。
2007年 日本音楽集団オーディション合格。
2012年 ジャズピアニスト福田重男とのコラボアルバム(CD)「横笛とピアノが抒情歌をJazzのテイストでうたう」をリリース。
2014年 ソロDVDアルバム「菊」をリリース。
一般社団法人 日本篠笛協会 代表理事
宇都宮大学教育学部非常勤講師。





プログラム・チラシ用写真












左から現・朗童管六本調子。私が篠笛を始めた平成4年頃、朗童さんより直接買い求め、それ以来ずっと吹き続けている。
2002年にリリースしたCD「星河」は、この笛をはじめすべて現・朗童管で演奏している。私が感じる理想の「篠笛の響き」
に最も近い笛。一本調子から八本調子まで、約30本の朗童管を所有している。                          
 
真ん中は先代・朗童管六本調子。平成16年、東京都杉並区のリサイクルショップがオークションに出品したものを落札。
先代・朗童管にしては格安にて入手したが、吹いてみて驚愕。銘器と言うにふさわしい極上の音色。最高の鳴り。吹きや
すさも文句なし。こんな素晴らしい笛が、こんなところにあったなんて。正にお宝発見。以来、私の最高の宝物。      
その後不思議な縁で、先代朗童管を5本続けて入手する。そのうちの七本調子は、歌口から右手の指穴にかかるくらい
まで割れが入っていたが、現・朗童さんの見事な修理で生き返る。総巻きになってしまったためかちょっと音が硬くなって
しまった感じ。                                                                 

 一番右は獅子田五本調子。つい先日(平成17年5月)、茨城県の古道具屋がオークションに出品したものを落札。出品写
真を穴のあくほどながめ、「これはきっと良い音がするに違いない。」と思い、競合して結構な価格で落札する。はたして届
いてみると、これがまたびっくりするほどの良い笛。上の先代・朗童管に勝るとも劣らぬ銘器だった。(届いた次の日コン
サート本番で使ってしまったほど) 作りも素晴らしく先代、現・朗童管にまったくひけをとらない、所謂 「良い仕事してます
ねー」という笛だった。頭には五とあるが、実際には朗童管六本調子と同じ律だった。私は六本調子が大好きなので、む 
しろ嬉しかった。竹質も美しく、先代・朗童管よりも時代が経っている感じだ。そのためか総巻きにもかかわらず、音が硬す
ぎない。獅子田名の篠笛はたくさんの種類があって 調べてみるとピンからキリまであるようだ。実際、以前やはりオークシ
ョンで手に入れた総巻の獅子田名の笛は、大はずれ。まったく息が入らず作りも良くなかった。                

これらの素晴らしい銘器たち、「今日はどれを吹こうか」と迷う日々を送っている。




最近の演奏活動において、唄物の笛の必要性を強く感じるようになった。もちろん朗童さんも唄物の笛を作っており、私も
とても気に入って使わせていただいている。素晴らしい音味のその笛だが、私にとってただひとつ気になる点が、アンサン
ブルにおけるピッチのあわせ難さにあった。以前一度蘭情さんを訪れ、三本調子を1管いただいてきたが、朗童管との併用
に無理を感じあまり使わずにいた。今年になって(2006年)ポピュラー系の方たちとアンサンブルをする機会を得、演奏す
る曲がf-mollだったため九本調子が必要になった。先代朗童さんの古典調しか持っていなくて、練習はそれで済ませたが
どうしても無理を感じ、友人の松尾慧さんにお願いして蘭情管をお借りした。はたしてその笛でとても良い結果を残すことが
出来た。そこで、アンサンブルは蘭情管でいこうかという思いが強くなった。2006年4月4日松尾慧さんと、蘭情さんを再び
訪ねる。そこでニ、六、七、八本調子をいただいてきた。どれも素晴らしい出来だった。良いもののなかった四、五、十本調
子は作っていただくようにお願いしてきた。しばらくしてそれらが届いたが、四、五本調子は素晴らしかったが、十本調子は
問題があり(ヒシギが鳴らない)その後2回、合計7管送っていただき、やっと満足いくものに出会えた。あとは経済的に余
裕のあるときに一、十一、十二本調子をもとめたいと思う。






下の能管のところにも書いたが、平成5年4月、出来上がった能管を京都に取りに行った帰り道、以前より福原百之助氏が使用し
ていることで有名だった俣野眞龍の篠笛を手に入れようと下京区御幸町通の工房を訪れた。細い路地を地図を頼りに歩いている
と一度通り過ぎてしまったのだが、「御笛師 俣野眞龍」の看板を見つけその玄関を入る。工房は奥にあるようで、そこは京都の
路地裏にあるごく普通のお宅の玄関だった。出ていらした中年の男性に「7笨調子の篠笛がほしいのですが」と言うと、奥から3本
の笛を持ってきてくれた。その中で一番吹きやすいと思われたものを1本いただく。値段は35,000円だった。いただいた名刺に
は「御笛師 四世 俣野眞龍」とあった。そのときの笛が上の写真の右から7本目の白っぽい字で七と書いてある笛である。良く鳴
る笛だ。   ちなみに俣野眞龍のホームページによると、現在の方は「五世」とのことだ。

平成17〜18年にかけてインターネットのオークションで、俣野眞龍の笛がたくさん出た。それらをほとんど落札した。上の写真の
真ん中にある白文字で(実際は金文字)六と書いてあるものは、作りや文字の色から私が京都で買ったものと同じ方が作ったも
のと思われる。それ以外は大分古そうなので(指穴の開け方も違う)三世あるいは二世の方の作品のようだ。良く鳴るもの、鳴ら
ないもの、コンサートですぐにでも使えそうなもの等ある。ただ古い方の笛はピッチが高めで、4分の1音低い数字の笛で吹くとち
ょうどいいようだ。すなわち7笨のときは6笨半、6笨のときは5笨半・・・と言う具合だ。  ちなみに落札価格は、新品の数分の一
というような格安なものだった。

今年の夏休み(平成18年)日本音楽集団の西川浩平先生にご指導を受ける機会を得た。素晴らしいお稽古で、とても勉強させて
いただいた。西川先生は、とても気に入っていらっしゃるという古い俣野眞龍の笛を、素晴らしい音色でお吹きになっていた。



平成19年11月、俣野眞龍10本セットを手に入れた。それなりの価格だったのと、以前手に入れた俣野眞龍のピッチが約半音高か
ったこと、鳴りが良いかどうかわからないこと(最近の物の中には、鳴りの良くないものをみかける)等、大変迷ったが思い切って手
に入れることにした。届いてみるとまずまずのものであった。ピッチも良く、鳴りも柔らかい独特の響きをしていて、コンサートで使っ
てみたいと思わせる笛であった。組で作らせたものか、各笛のバランスも取れている。しばらく吹いていると、鳴らすコツもつかめて
きた。 でも、蘭情管との併用は難しいかなと感じている。コンサートで使う場合は、この笛のみの使用になるかもしれない。







今までに6本の能管を所有してきた。最初の1本は日本の笛に目覚めて間もない頃、まだ篠笛を独学で勉強していた頃、どうしても
能管というものがほしくなり、地元の筝や三味線、尺八等を扱っている老舗の和楽器店に行き「能管がほしいんですが、ありますか?」
と尋ねると「能管はないなー」「どこに行けば買えるんですか?」「そりゃー能管は京都でしょう。」という言葉を受け、早速図書館に行き
京都の電話帳(タウンページ)を調べる。和楽器を製作しているところは結構載っていたが、雅楽関係の楽器が多く能管の文字が入っ
ているところは2、3軒しか出ていなかった。電話をしてみる。中で1軒、とても丁寧に話をしてくれるところがあった。京都市中京区の
山田全一氏である。彼は宮内庁にもその作品を納めている代々の雅楽器師であるが、能管にも精通しており電話で1時間以上も詳し
く説明してくれた。平成4年12月製作を依頼する。平成5年4月その能管が出来上がったとのお手紙をいただき、春休みの家族旅行
を兼ねて京都まで取りに行ってきた。鳴らすのはなかなか難しかった。歌口の穴がすごく大きく感じられ、これで曲が吹けるのか、長
い時間吹き続けることができるのか、と疑問を感じるほどだった。そんなわけで能管は買ってはみたものの、思うように吹けずそのま
まになっていた。数年後能管のお稽古が始まりこの能管を使い始める。CDを聴いたり、能を見に行ったり、師匠の音を間近で聴いたり
して、だんだん能管の良い音と言うのがわかってくると、自分の出している音がおかしいのではないかと言う疑問が生じ師匠に能管を
みていただく。「大分歌口が大きいね。吹くのが大変だ。でも良い楽器ですよ。もし吹くのが辛いんだったら、鈴木幸子さんという笛師を
訪ねてごらん。」とおっしゃられた。早速電話をすると、何本か出来ているのがあるとのことで平成9年12月に東京都小金井市の鈴木
幸子さん宅を訪ねる。6、7本の中から太めで自分にとって一番吹きやすくかつ能管らしい音色の一番強いものを選んだ。色々お話しを
伺っていて「今年は丸の能管だけで八ツ割りは作りませんでした。」とのこと。「丸と八ツ割りではそんなに違いがあるのですか?」と伺
うと「吹き込むに従って大分違いがでてきます。力強く締まった音がしてきますし、なにより音色に艶があり遠音が差します。」とのこと。
「八ツ割りが出来たらお知らせしますから吹き比べに来てください。」とおっしゃってくださった。この時今まで使っていた山田氏の能管を
歌口を小さくして吹きやすくしてもらうようにお願いしておいてくる。その山田氏の能管、約1年後修理が上がってきた。とても大変な仕
事だったらしい。とても吹きやすく能管らしい音が出るようになって戻ってきたが、もう鈴木幸子さんの能管に慣れてしまっていたのでそ
のまま吹かずに持っていた。ある時、譲ってほしいというお弟子さんに譲ってしまったが、その後山田全一氏は人間国宝になられた。持
っていたら大分価値が出ただろう。                                                            


平成14年の鈴木幸子さんからの年賀状に「年末に八ツ割の能管できました。よろしかったら吹きに来てください。」とあり、すぐにお電話
をさしあげ平成14年1月9日に鈴木さんの自宅へ伺う。出来上がったばかりの八ツ割りの能管が9本、テーブルの上におかれて私を待っ
ていてくれた。早速、片っ端から吹いてみる。1時間があっという間に過ぎる。中から3本を選び出し、また吹く。大変迷ったが第一印象の
一番良かったものにした。呂は普通だったが甲の音色が素晴らしかった。以前買わせていただいた丸の能管も持っていって吹き比べた
が、流石に何年も吹き込んであるので丸の方が良く鳴るが、八つツ割りは音の質が違うように感じられた。鈴木さんも聴いてくださって
「遠音が差す感じがします。それが一番良いと思います。」とおっしゃってくださった。買わせていただくことにした。それが上の写真の右
側の能管である。頭金には金の鳳凰が埋め込まれている。


平成15年1月、神奈川県逗子市でのコンサートのため、前日夜鎌倉駅近くのホテルにチェックインした。夕飯を食べようと思い小町通り
を歩いたが、もうみんな閉まっていてラーメン屋くらいしか開いていなかった。ラーメンは食べたくなかったので仕方なく小町通り入り口の
不二家のレストランに入りペスカトーレを注文したところに携帯が鳴った。出てみると師匠の鯉沼先生からだった。「能管の古管が出まし
た。めったにないことだから吹きにきませんか。」とのこと。電話でのお話しでは、旧家からでたものを岐阜県の高名な笛師、田中敏長氏
が完璧に修理したもので、呂は出にくいんだが甲は古管の味を充分に出しているとのこと。約150年くらい前のものとのことだ。市場に
出ると80〜100万円くらいになるそうだが、先生がご自分の弟子に売りたいとのことで大分安い値段を付けて下さっているようだった。
4日後の平成15年1月29日、鯉沼先生宅を訪れご対面。立派な黒塗りの箱に入っていた。ドキドキしながら、吹かせていただく。甲の
音はこれぞ古管という素晴らしい音だったが、呂はすごく出しにくかった。約1時間程吹かせていただき、呂は吹き込んでいけば出るよう
になってくるかもしれないという期待をして買わせていただくことにした。市場価格よりは大分安いといっても、私には充分な価格であっ
た。その後しばらくその古管ばかりを吹いていたが一向に呂が鳴ってくる気配はなかった。ある日、江の島在住の、私が一番信頼を寄せ
ている横笛奏者の松尾慧さんに吹いてもらうと「これじゃ本番で使えないわ。呂が鳴らな過ぎる。鈴木幸子さんに修理に出した方がいい
よ。いくら甲の音が良くても本番で使えなくては意味がないよ。」とのことで、修理に出す事にした。鈴木さんには甲の古管らしい音色が
消えないようにとの注文を付けてお願いした。8ヵ月後修理が上がってきた。鈴木さんのお話しでは歌口を小さくしたり、のどを厚くしたり、
歌口から指穴までの寸法を変えたり、指穴の内径を広げたりと大修理をしてくださり大変身して戻ってきた。呂はとても良く鳴るようにな
った。一番心配していた甲の古管らしい音も消えてはいないようだった。ただヒシギが鳴らしずらい。鳴らない事はないんだが、長く伸
ばすのが大変になった。調整に出せば良くなるだろうと思っている。上の写真の左側がその古管である。頭金は銀の鶉が埋め込まれ
ている。






天野玄竹作の能管を手に入れた(2006年8月)。師匠も、現在お吹きの古管を入手される前に、天野玄竹作の能管を吹いておられた。レコ
ーディングもされているのでその音色を聴くことができる(鯉沼廣行:横笛の世界)。 また、安藤由典著「楽器の音色を探る」(中公新書)
にもその名前を見ることができ、高名な笛師であったことをうかがわせる。私の手元に来たとき蜜蝋がその役割を果たしてなく、歌口近辺
の漆が数箇所剥げていた。吹いてみると音は出た。直感的に「良い能管だ」と感じた。早速、鈴木幸子さんに修理をお願いする。その時点
では誰の作の能管かはわからなかった。鈴木さんの手元に届いてご連絡をいただいた。「この能管は昭和44年に亡くなった、天野玄竹さ
ん作のものではないかと思います。天野さんの笛に詳しい森田流の松田弘之さんに伺っておきます。」とのことだった。約1ヵ月後修理があ
がって来た。「天野玄竹作の能管に間違いありません」、との手紙が添えられていた。完璧に修理されて戻ってきた能管は、最初の直感の
とおりとても良い音色の能管だったが、更にこれから吹き込むとすごく良くなるのではないかと予感させるものがあった。 とても良いものを
手に入れることができた。上の2枚の写真がそれだ。この能管にピッタリと合った筒が付属していた。

鈴木幸子さんから天野玄竹についての資料をいただいた。(芸大の楽理科を卒業した方からの情報とのこと。)
天野玄竹(天野浜兵衛)・・・明治20年2月2日生まれ〜昭和44年7月2日没(自殺)。京都市左京区西院の良家に生まれ、謡・鼓・笛な
どを習い、師匠であった森田流の杉市太郎師に勧められ、持っていた能管「法橋」を手本に笛を作り始める。短い期間に790管あまりを
作ったという。






昨年(平成18年)11月に手に入れた能管の修理が半年かかって上がってきた。もちろん鈴木幸子さんである。彼女の修理、調整は抜群で
ある。この能管も、手に入れた時は大分ひどい状態だった。管体に数箇所の割れが入っていたり、巻が割れていたり、歌口が大きくえぐられ
ていたり、中の漆がはげていたり、指穴が擦り減っていたりして、このままでは朽ち果ててしまいそうな雰囲気であった。音も出なかった。そ
れが上の写真のように素晴らしい姿に変身して戻ってきた。吹いてみると、それは正しく古管の音であった。鈴木さんも「はっきりとはわかり
ませんが、百年は経っていると思います。」とのことだった。森田流の松田弘之氏にも試奏していただいたようで、「これはとても良い能管で
す。」とのお言葉をいただいたようだ。鈴木さんから「姿のとても良い笛だという印象をもちました。ロウの詰め方の苦労をしなくても、低音が
鳴ってくれる笛だと良かったかも・・・と言うのが修理をした感想です。」というお手紙が添えられていた。やはり乙音は出し難い。頭金は金の
龍が埋められている。





もう一つの仕事の道具









上から(2、3枚目の写真は左から)

YAMAHA YFL−31 頭部管銀製、他部分洋銀製。1972年高校入学のお祝いに買ってもらった。
現在の私の原点。この楽器でヤマハの音楽教室に通った。
MURAMATSU  STANDARD bO7753 総銀製。1974年、当時個人レッスンしていただいていた先生の薦めで
新宿の村松本店より買っていただく。高校3年生から音大入試まで使用。
F.MEHNERT STUTTGART bS172 総銀製。1975年音大の教授より買い求める。音大時代はこのフルートに同じ
メーカーのwhite goldの頭部管を付けて吹いていた。
SANKYO ARTIST bQ3267 総銀製。2001年ふと立ち寄ったリサイクルショップで発見、即GET。タダみたいな値段だった。
その後,新潟の柳沢智郷さんのところでオーバーホール。新品同様。
KOTATO&FUKUSHIM 14K.GOLD bP32 14金製。1989年入手以来、現在まで吹き続けている。けして期待を裏切
らない、信頼のおけるフルート。
VERNE Q.POWELL BOSTON with B foot joint. bX618 総銀製。2004年入手。頭部管タイプ、vintage。吹き込むほどに
すばらしい音色になってくる。現在こればかり吹いている。最も気に入っているフルート。
2005年にラファンの頭部管を入手し、現在ではそれが付いている。(18Kライザ、アドラー付き)


その他今はもう手元にはないが、以前所有していたフルート

MURAMATSU 14K GOLD with B foot joint bQ5346 14金製
ALTUS A 807R openG♯ bP0988 リップのみ銀製、他部分洋銀製。
JH.HAMMIG bP984 総銀製。
LOUIS.LOT bV074 総銀製。
BONNEVILLE bR449 洋銀製。
WM.S.HAYNES  No.27926 総銀製。


2005年に手に入れたフルート









August Richard Hammig (1883〜1979)  No.3237 総銀製

1950年頃の楽器です。ヘルムート、ヨハネス兄弟の父親です。ドイツ工業技術の粋を極めた、驚くべき作りのフルートです。
トーンホールはソルダード。おそらくA.R.ハンミッヒによる楽器の中でも最上級に位置する作りの良さをもつフルートです。
鍛え上げられた管体、重厚すぎるほどのメカニズム(ポイントアームであることもA.Rとしては稀です)、削りだしのリフォーム
リッププレート(ディフォルトでエボナイトであったものをA.R自身が付け替えたもの、オリジナルです)。1950年頃の息子で
あるヘルムートもまだマルクノイキルヘンにいた頃の楽器ではないかと思われます。鍛え上げられた管体が頭部管の作り出
す響きをどこまでも伝えていく爽快さ、キーやリンク、オールドフレンチのようなクラウンにいたるまで感じられる彫金技術の見
事さ、どれをとっても最高の楽器であることを主張するものです。 前の持ち主は、もう大分前にリタイアされた方ですが、ドイ
ツ、フライブルグのオーケストラで、長年このフルートで活躍されていたそうです。縁あって2005年秋、私の手元に来ました。

私の大好きなフルーティストに大田哲弘さんという方がいらっしゃいます。その方の「カンタービレ」というCDに、使用されてい
る楽器がクレジットされており、Ph・Hammig(ca.1927)とあります。現在のフィリップ・ハンミッヒではなく先代のフィリップ、す
なわち私の手元にあるこのA.R.ハンミッヒの弟の作です。素晴らしい響きをつむぎだしていらっしゃいます。写真を見ますと
作りも似ていますし、響きがやはりそっくりです。私がこの楽器を手に入れる気になったのは、そのことが一番の理由です。

H.P.シュミッツのベルリン・トリオのCDをお聴きになったことはありますか?それはそれは素晴らしい音楽と、極上のフルート
の響きを聴くことができます。使われている楽器は、A.R.ハンミッヒの息子のヘルムート・ハンミッヒです。

2006年6月、東京目白にあるこのての楽器に大変造詣の深いフルート専門店に調整に出したところ、製造番号等から
およそ70年は経っている、戦前に作られた楽器であろうということがわかりました。


2007年に手に入れたフルート







WM.S.HAYNES  No.40669  総銀製(1973年製)

2007年の新年早々手に入れました。ヘインズは吹きにくいという話は聞いていましたが、初めて吹いたときびっくり
しました。鳴らないのです。口がおかしくなったのではないかと思うほど。パウエルを吹いてみましたが(これにはラ
ファンの頭部管がついています)ちゃんと鳴ります。パウエルのvintegeタイプの頭部管に差し替えても鳴ります。い
や〜失敗だったかなと思いました。ところが2〜3日吹いていくと、あのなんともいえないクリーミィなヘインズトーン
がしてくるではありませんか。他のフルートとは吹き方を変えなければ鳴ってくれません。このフルートをしっかり吹
きこなすことが出来れば、なにか新しい世界が見えてくるような気がしています。
 管厚は0.014in 、重さ422g。
ちなみに以前の所有者は、在京の某有名オーケストラのプレーヤー。








所有の海外製シルバー頭部管

左から、ヘインズ(リッププレート14K、0.014inc)、ヘインズ(0.014inc)、ヘインズ(0.014inc)、
パウエル(タイプ=ヴィンテージ、0.016inc)、ラファン(18Kライザ・アドラー、0.018inc)、
ブランネン(タイプ=モダン、0.016inc)、


究極の銘器 ヘルムート・ハンミッヒ











HELMUTH HAMMIG No.67 総銀製(1955年製)

学生時代より思い続けてきた「究極の銘器」ともいわれるヘルムート・ハンミッヒを、ついに手に入れました。
れもご縁でしょうか。私を選んで来てくれたとしか言いようがありません。前所有者はアマチュアの女医さん
だったようです。プロによりオーケストラ等で毎日何時間も30年、40年と酷使されてきたものが多い中、こ
れほどメカの状態の良いヘルムートは珍しいと、仲介してくださったベルリンの楽器屋さんもおっしゃっていま
した。ヘルムートは典型的な古いドイツ奏法に最適化されていて、頭部管を当てる角度、息の方向、強さ、
タンギングの質など現代の一般的なフルートの吹き方をしても、その良さを引き出すことはできないと言わ
れています。たしかに今まで吹いたどのフルートとも違った吹奏感です。中身がとても詰まっているという感
じの音で、それを引き出すのはなかなか難しく、銘器はやはり手強いということを見せつけられました。吹き
始めて1ヶ月ほどで、このフルートから最適の音を引き出す吹き方というのがわかってきました。もう手放せ
ない楽器になりました。ヘルムートは、オリジナルでありさえすれば皆例外なく銘器といわれています。ヘル
ムート自身、気に入らない楽器は破棄してしまったとのこと。ただ下手な改造、下手な修理でオリジナルとは
言えないものが多数あるとのことです。まことしやかにヘルムートの専門家を自負している方が多くいらっし
ゃるようで、くれぐれもそう言う方の意見に惑わされないようにとのご注意をいただきました。この楽器はシ
リアル67番で初期の楽器ですが、その初期のものは管厚も厚く、ソルダードで、木管の響きにちかいよう
に意図して作られていたとのことです。後期の管厚の薄い引き抜きの楽器は若干抵抗が少なく吹きやすい
ようです。








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リンク

篠笛・横笛倶楽部!http://www.shinobueclub.com/index.html

一般社団法人 日本篠笛協会
http://shinobue.or.jp/


オフィスSi*no http://www.office-si-no.jp/

横笛研究会 http://www.asahi-net.or.jp/~dl1s-ymgc/

日本の横笛 http://www.yokobue.com/

横笛奏者 鯉沼廣行 http://green.zero.jp/hiroyuki_koinuma/

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風来音 滝本ひろ子 http://www.furaion.com/

横笛奏者 小野さゆり http://www.shinobue.net/

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横笛奏者 朱鷺たたら http://shinobue.com/

柊美会 http://shubikai.org/

横笛奏者 松尾 慧 http://shinobue.com/MatsuoKei.html

11弦&6弦ギタリスト 辻 幹雄 http://homepege1.nifty.com/41record/



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