(わかる「時間」)についての私的考察

 {Newton別冊 (わかる「時間」) 株式会社ニュートンプレス2009年9月15日発行}

  わかる「時間」について


まえがき

 この本は、時間について、3つの観点から述べられている。本質的時間と、時計の時間、相対性理論の時間である。

 その中で、本質的時間については多くは語られず、けっきょく何もわかっていないというような結論だった。時計の時間は、計り方の問題であって、大きな問題ではないと考えて、ここでは論じない。多く割かれていたのが相対性理論の時間であった。その相対性理論の時間の考え方に疑問を持ったので私なりの考えを書いた。

 方法は、相対性理論の時間が、この現実世界の事象と一致するかの検討が中心である。理論は事実で確かめなくてはならないからである。

 

わかる「時間」1

 

 (以下「」内は上記本よりの引用)

 

1 時間の考え方

 ニュートンの考えとアインシュタインの考え方について比較してみる。

(1) ニュートンの考えた時間

 絶対的な時間を考えた。時間は外界の何者にも関係なく均一に流れる。

(2) アインシュタインの考えた時間

 時間は伸び縮みする。時間は速度や重力によって進み方が変わる。

2 二人の考えた時間の比較

(1)ニュートンの考えた時間

 私の周りにあるものすべては、私と同じ時刻にある。今あるものはすべて今、という時刻にある。

 私が今打っているパソコンは、今、という時刻を私と共有している。

 外の太陽の光は、8分前に太陽を出て、8分間光速で進んできて、今、私のところに到着した。

 このように、実際の観測では、(今)という時刻は、身の回りに関しては、全てに共通な瞬間である。(今)の中に、過去や未来は混ざっていないと考えられる。

 このこと、日常生活で時間の違いがないことを、相対性理論では「光速に近い速度で動く場合や、ひじょうに大きな重力のもとで顕著に現れる効果です。日常の生活では、どの人の時間も同じ速さで流れていると考えてよいでしょう。」と事実と相対性理論が一致することを述べている。しかしそうだろうか。理論では固有の時間があると言っているのに、日常生活ではそれは現れないとしている。理論と事実が一致しなくてもいいというのだ。科学はそんなにあいまいでいいのだろうか。そこで以下に考察してみる。

(2)アインシュタインの考えた時間の考察

ア 速度や重力によって時間の進み方が違う。

例1 エベレスト山頂の時間

 海抜0mの時計にくらべ、「100年あたり300分の1秒ほど速く進む」

 このことから、3万年で1秒、300万年で100秒の違いがでる。3000万年で1000秒の違いがでる。これは、16分と40秒ほどである。

 このことから、エベレストができてから今日までに、海面と、エベレスト山頂では、20分ほどの違いが出ている。エベレスト山頂は20分未来にあるということになる。

 すると、ヘリコプターで山頂に飛んだ人は(撮影などでけっこう行っている)、20分未来に行ったということになる。未来に行けるヘリコプターはタイムマシーンである。すごいことである。この本の中で、タイムマシーンについて、ワームホールや宇宙ひもなど、大げさなものでその可能性を話しているが、ヘリコプターで十分なのである。

 こんなことはありえない。現在の機械で、20分でも未来に行くことのできる機械は存在しない。

 現在この瞬間、エベレスト山頂は海面と同じ時刻、(今)、を共有している、ということができる。決して未来ではない。アインシュタインの考え方は、現実に一致していないといえる。

 この例においては、ニュートンの絶対時間の方が事実に一致しているといえる。

 イ 「私たちには気がつかない」

 速度や、重力による時間の変化は「あまりにも小さく、私たちには気がつかない」

考察1 上記、エベレストの例から

 小さな違いは、1時間や、1日くらいでは差は人間には見分けがつかなくても、時間は累積されるから、1000年たてば、計測できるほど時間の差は出てくるはずである。ところが、上に見たように、その時間の差は現実には何一つ現れてはいない。

考察2 GPS衛星の例

(例)GPS衛星の原子時計では計れる、ということである。実際「相対性理論のずれ」を補正しているという。

 人間の手で、ずれを補正し、地上の時計に合わせているのであろう。

 時計の進み方が違うということは、地上とGPS衛星との本質的な時間の進み方も違うということなのであろう。そして、GPS衛星の時間の進み方が早いという主張である。

 (考察)

 誇張された図(P19)では、地上の時計15秒に対して,GPSの時計は18秒進んでいる。

 この例から考えてみる。地球上で1日たつと、GPS衛星の時間は24時間×18÷15時間進んだことになる。28.8時間である。

 地上の時計が24時間進む間に、GPS衛星の時計は、28.8時間進むことになる。本質的な時間もこれに準じて進んでいるということである。

 そこで、思考実験をしてみる。

 2009年1月1日午前0時に計り始めるとする。

 時刻の差の表

地上の時刻

GPS衛星の時刻

1月1日0時

1月1日0時

1月2日0時

1月2日4時48分

1月3日0時

1月3日9時36分

1月4日0時

1月4日14時24分

1月5日0時

1月5日18時32分

1月6日0時

1月6日23時20分

1月7日0時

1月8日4時14分

 この表で見ると、1週間たつと、ほぼ1日の差が出ることになる。この差を,GPSの時計を補正することで地球時刻に合わせているということである。

 時計はいくらでも合わせることができる。時計は実際の時間ではなく、ただ、針の回転あるいは、原子の振動であるからである。(原子の振動である場合は、時計を進めるには電子の振動を無視して、針だけ進めなければならない)だが、実際に経過した時間を人工的に合わせることはできない。

 GPSの時計を地上に合わせる反対に地上の時計をGPSに合わせてみよう。これも可能なはずだ。1日ごとに合わせるのは面倒なので、7日午前0時にそれまでを一括して合わせる。すると、1月7日0時から1月8日4時14分まで地球上の時間が飛んでしまう。その間の地上の時間はどうなったのだろう。

 GPSの時計は自由自在に動かすことができる。しかし,GPSそのものが経過した時間を動かすことは人間にはできない。それは地上の経過時間を人間が動かすことができないことと同じである。

 もし、時計の針を動かしてGPS衛星の本質的な時間も変わるなら、どのような乗り物でも時計の針を動かすだけで、本質的な時間が変わるはずである。すると、車に乗って、車の時計を進めたり戻したりすると、西暦3000年の未来の世にも、西暦100年の過去にもすぐ戻れるはずである。

 SF小説では、時計を、西暦100年1月1日に合わせると、タイムマシーンは、現在からその日にタイムトラベルする。アインシュタインの時間の伸び縮みは、いくら時刻が変わっても、その時刻には飛んでいかずに、いつまでも現在の(今)に0.001秒も違わずにぴったりついてくる。

 まあ、GPS衛星がとつぜん消えて、明日の地球に現れたら困るものね。

 したがって、相対性理論が正しければ、西暦2009年1月7日0時の空に、西暦2009年1月8日4時14分のGPS衛星が浮かんでいるということになるわけだ。1日と、4時間14分未来である。われわれは望遠鏡で、未来を見ることができるということである。

 アインシュタインの論では、GPSの速度や高度(重力)が違えば、時間の進み方がそれぞれに変わる。今、たくさんの人工衛星が、地球上空を飛んでいる、それぞれに、速度も、重力も違うから、それぞれに地球上と、違う時刻である。その人工衛星も、自分の時刻の地球に飛んでいかずに、ちゃんと現在の(今)という時刻の地球上空を飛んでいる。律儀なものだ。

 これは、速度も、重力も(今)という時刻を変えることはできないということの証明である。アインシュタインではなく、ニュートンの時刻のほうが現実には一致するのである。

 もちろん、この図は誇張されている。実際は、ひじょうに小さなずれだから人間には気づかないから大丈夫であるという論理なのだが、そんなことで科学はいいのだろうか。時刻が違えばどんな小さな時間でも、同時刻の世界にタイムトラベルすべきなのだ。

 相対性理論家は、違った時刻の事物が、今という時刻に同時に存在するという現象を説明する必要がある。そして、それが、エベレスト山頂や、GPS衛星の時刻にではなく、地球上の地表の(今)の時刻に必ず一致するという理由も説明しなくてはならない。その理由を説明できる相対性理論家はいないでしょうが。

 ニュートンの絶対時間なら、何の説明の必要もない、事実と一致するからである。単純明快である。

 このことから、時間は伸び縮みしないということが明らかになる。

したがって、P37にある、ロジャー・ベンローズが、「地上で静止していた時計と、航空機で運んでから地上に戻ってきた時計の進みとの間に食い違いが生じることが直接的に観測されているのです。」ということも、違う時刻なのにどうして今という時刻を共有しているのか、ということを説明できなければならない。昨日のあなたが今日にこれないように、今日のあなたは昨日にはいけないのです。

 (追記:GPS衛星の時間のずれの理由は後で説明)

 

わかる「時間」2

「時間の進む向き」

「どちらが「過去」で、どちらが「未来」か」ということで、3つのフイルムの図がある。

 惑星の公転、バウンドしていくボール、衝突を繰り返すミクロの粒子である。

 

問題1

 これについて、どちらにフイルムをまわしても不自然さは見られない。ニュートン力学も、マクスウエルの電磁気学、アインシュタインの相対性理論、量子論も時間の向きをまったく区別しない。と述べている。

 

考察1

(1)惑星の公転

 このフイルムから、本当の惑星がどちらの方向に回転していたのかはわからない。

 なぜか。回転を直接見ていないからだ。直接見た人は、どちらに回転しているか分かっている。その映像を撮影していた人は、撮影していた「今」という時間が過去から未来に流れていくのにそって惑星が回転しているのを映しているはずだ。彼にとっては、惑星の回転と、時間の流れは、何一つ不明な点はないはずだ。

 なぜこのフイルムではわからないのか、それは、これがフイルムであるからである。映像は本物ではない。フイルム内の写真に過ぎない。再生すると、時間の経過とともに、フイルムが動き、それとともに惑星が公転するのが映し出される。このとき注意しなければならないのは、それは映し出された映像であるということだ。本当の惑星ではない。フイルムが刻々と流れていく「今」という時間とともに、惑星の映像が回転している。今度はそれを逆転させてみよう。今度は惑星は、刻々と過ぎていく「今」とともに先ほどとは逆回転をするのが見えるだろう。これも映像である。時間の流れとともに、映像は動いている。どちらが本当の惑星の回転か、ということは問題ではない。これは本当の惑星ではなく映像なのだから、映写機の動きに左右される。ケプラ−の法則に左右されてはいない。機械を早く回せば早く回転し、遅く回せば遅く回転する。止めればとまる。

 映写機の早い遅いも、正、逆も関係なく、「今」という時間の流れとともに、映像は動いていく。機械を止めて、映像が動かなくても時間は過ぎていく。信号で止まった車と同じだ。時間の流れはどの場合も変わらない。

(2)はずんでいくボール

 これも上のことと同じである。撮影した人は、ボールが時間の流れとともにどちらに弾んで行ったのかわかっている。このフイルムをまわすと、やはり時間の経過とともに、映像のボールは一方にはずんでいく。本当のボールのはずんだ方向は関係ないのである。映像の中でボールが弾んでいるのが、(今)起こっている事実なのである。

(3)粒子の衝突

 これも同じである。映像なのだから、本物ではない。フイルムの回し方で映像はどちらにでも動く。今動いている映像が今起こっていることである。それが事実である。本物とは関係ない出来事である。

結論1

 事物の動きとは関係なく時間はつねに流れている。事物が前に行こうが、後ろに行こうが、右へ行こうが、渦巻こうが、止まろうが、それと時間の流れは関係ない。少なくとも地球上の時間はそのように流れている。止まった時間、渦巻いた時間、後戻りした時間などは今のところ観測されていない。

 

わかる「時間」3

エディントンの「時間の矢」

問題1

「時間はなぜ「未来」から「過去」へ流れない」

考察1

 コーヒーにミルクを混ぜる。この混ざったコーヒーはもとのコーヒーだけに戻せない。「このように、時間的に逆戻りできない過程を「不可逆過程」という」

 このために、「私たちは、時間が過去から未来への一方通行であるように感じている」とある。

 コーヒーを持ち出すまでもなく、全ての事象が不可逆過程である。過去に戻してやり直せたことなど、人類の歴史が始まって以来ひとつも存在しないだろうと思われる。

 もし、ミルクの混ざったコーヒーを、もとのように、コーヒーとミルクに分ける技術ができたとしても、それで、過去に戻れるわけではない。積み木を、組み立てては崩しまた組み立てても、時間が行ったり来たりしているわけではないのと同じである。

 時間とはそういうものである。積み木を何もしないで積んでおいても、時間は経過し、積み木を組み立てても同じように時間はすぎていく。もちろん、どんなにすばやく積み木を組み立てても、時間経過が早くなるわけではないし、ゆっくりつんでもそれで時間経過が遅くなるわけでもない。

 時間は事象とは関係なく経過しているようである。

 

問題2

 時間の矢とエントロピー 

(1)問題

「秩序だった状態は時間とともに乱雑な状態に落ち着いていく。」

「膨大な数の原子がかかわる過程はほとんど確実に不可逆なものになり、その結果として時間の矢があらわれると、ボルツマンは結論した」

(2)考察

 これもコーヒーと同じ発想である。コーヒーとミルクが混ざって乱雑な状態になったら不可逆であるから、その結果時間の矢ができるというのである。

 しかし、その逆にエントロピーが減少している例がある。

 「自然界では、時間とともに秩序が生まれて行く過程が見られる」

として、分子が核酸になる過程と、銀河が示されている。

 分子が核酸になるのは、太陽エネルギーのためである。銀河ができるのは、万有引力のエネルギーである。

 「外からのエネルギーをつぎ込めば、エントロピーは簡単に減らせるのである」とあるとおりである。

 「だが宇宙全体を考えれば、やはりエントロピー増大の法則は成り立っている。そして宇宙全体を貫く時間の矢は、たしかに存在しているのである。」

 エントロピーが増大しているときだけ時間の矢が現れるとしたら、エントロピーが減少しているところでは時間の矢が反転しそうである。

 たとえば、人が、成長していく過程は、エントロピーの減少の現象である。すると人は、成長するにともない時間が過去にもどることになる。銀河も、ガスが集まって、収縮し、銀河になるときはエントロピーの減少であるから、時間も逆転しそうである。

 宇宙全体のエントロピーが増加している (それを実証する証拠は現在のところない)ために、宇宙全体に時間の矢ができるとするなら。個々のエントロピー減少の事象では、個々に、時間の矢が逆向きに現れてもよさそうである。(相対性理論ではすべての物質が固有の時間を持っているという)

 先の積み木で考えよう。積み木が崩れるのはエントロピーの増大である。積み木を積むのは、エントロピーの減少である。積み木に手を触れないのは、エントロピーの停滞であるといえる。

 様々な積み木のある幼稚園の教室でも、エントロピーの増減や停滞に関係なく時間は一定速度で一方向に流れているのがわかる。積み木には関係なく、夕方には母親が迎えに来るのである。これは、事象が先ではなく、時間の矢が先であると考えると説明がつく。

(3)結論

 この地球上では、少なくとも事象の運動のいかんにかかわらず時間は一定に流れていると考えると、矛盾が少なくなりそうである。ニュートンの絶対時間の考え方である。

問題3

 「この宇宙も「エントロピーの低い状態」が最初に用意されないかぎり、そこに時間の矢は現れないのだ」

考察3

(1)エントロピーと時間

 上に述べたように、エントロピーの増減と時間とは関係ないので、時間を作るために最初に、エントロピーの低い状態をつくる必要はまったくないといえる。

(2)宇宙観を比べる

ア ビッグバン宇宙

 ビッグバン宇宙は、1点から始まって宇宙空間の膨張にともなって拡散していくという論である。これは、集まっていたものが、拡散するのだから、エントロピーの増大であるといえそうである。

イ 定常宇宙論

 これは宇宙全体に陽子が散らばって生まれるという論だから、最初にばらばらの状態がある。それが、宇宙の構造や、銀河を作るのだから、エントロピーの減少になる

 

わかる「時間」4

「時間はどうやって「はじまった」のか」

問題

「現在の標準的な宇宙論の立場」として

「ビッグバンを宇宙のはじまりとみなすなら、それは同時に時間のはじまりでもあるとする」という考えと、

「ビッグバンの前にも時間が流れていた」

の二通りが紹介されている。相反しているようだが、ある観点からすると、まったく同じ流れのものである。

考察 ビッグバンとキリスト教について

 ビッグバン宇宙論は、宇宙は1点から大爆発で始まって膨張して今日に至っている、という論である。われわれの住む宇宙の星や光だけでなく空間や時間まで、1点から始まって膨張しているという理論である。先の、「宇宙全体を考えれば、やはりエントロピー増大の法則はなりたっている」というのも、ビッグバン宇宙論から考えているのであろう。

 それはさておき、宇宙が広がっているということはその外側があるということになる。P30とP31にビッグバンのいろいろな図があるが、どれも、この宇宙の外側に何かが広がっている図である。このわれわれの宇宙のすべては、もとからある他のわれわれの宇宙ではない謎の宇宙空間に風船のように膨らんでいく図といえる。

 

 1600年に教会によって火あぶりにされたブルーノという人がいる。刑の理由は、宇宙は無限大であるという宇宙観を提唱したためということだ。

 それが火あぶりに値するほどの罪であったのだ。

 キリスト教は、星が入っている天球のかなたに天国がある、という考え方である。ところが、無限の宇宙では、この宇宙が全てになり、天国の場所がなくなってしまうことになる。これが神を否定することになったので火あぶりにされたということだ。

 ビッグバン宇宙論は、このキリスト教の宇宙観とそっくりである。人間などの住むこの宇宙(天球)と、そのかなたにこの宇宙と関係ない、人間には触れることのできない異質の空間(天国)が広がっているということは、現世と、神のすむ国がそれぞれにあることを矛盾なく示していることになる。

 まず、神の住む国があり、その中に、この宇宙がビッグバンを始まりとして広がっていったということになる。

 灼熱の火の玉からはじまったことも、光あれ、にぴったり一致する。また、ダークマターや、ダークエネルギーのように、人間にはわからない、超自然のエネルギーや物質がこの宇宙の大部分を占め、この宇宙を支配しているということも、神の力、神の存在をうかがわせるには最適である。

 400年前までは、地球も太陽も神が作ったものであった。ところが観測技術が進歩するにともなって、それではつじつまが合わなくなった。神は太陽系からも、銀河系からも神通力を失ってしまった。観測技術の進歩とともに、神は遠くへ追いやられてしまったのだ。今は、137億年前、137億光年かなたの宇宙にまで追いやられてしまった。そこはまだ人類が観測できていない場所である。神、空にしろしめる場所である。

 

 ビッグバン宇宙の時間を考えてみよう。

 ひとつは、時間はビッグバンとともにはじまったという考え方である。これはこの世界のすべてを神が作り出した、という考えに無理なく一致させられる。

 また、それ以前から時間はあったという考えにしても、それ以前はこの世界はなかったが、神の世界はあった。すなわちそれ以前は神の時間である、と考えれば無理なく神の存在に一致させることができる。

結論

 このように、ビッグバン宇宙論は、ニュートンが無限の宇宙を理論化して以来、非常に危うくなっていた神の存在場所をもう一度取り戻したことになる。そればかりではなく、天地創造というキリスト教の教えにも一致する。このように、ビッグバン宇宙論は、キリスト教の考えに科学的な根拠を示したということで、キリスト教会にとっては待ち望んでいた宇宙観であろう。

 

わかる「時間」5

 動いている人の時間は遅れる

問題 光時計

 「船内に置かれた光時計の光は光源からまっすぐ上の鏡に向かうように見える。」

考察

 「光は光源からまっすぐ上の鏡に向かう」というのは仮説である。これは実証されていない。マイケルソンとモーリーの実験が実証になるということだが、これは、検証実験がなされていないので、科学的には実証されたとはいえない。

 反対に、星の光が斜めに地球に降り注ぐという観測がなされている。これは、地球が星の光に対して動いていることから現れる現象である。これは多くの人によって観測されているから、実証されたといえる。

 すると、星の光が斜めになるように、光時計の光源から出た光は、動いている上の鏡に斜めにあたることになるはずである。「まっすぐ上の鏡に向かう」は事実とは食い違うので間違いである。相対性理論はその根底が覆ることになる。特殊相対性理論はここで破綻するはずである。

結論

 間違った仮説で空想上作られた光時計は間違った結果を出す。特殊相対性理論の根拠はそれくらいのものだ。

 

わかる「時間」6

 過去にタイムトラベルする方法とは

問題 ここに3つの方法が述べられている

 過去へもどる、ワームホールと、宇宙ひも。そして未来にいくブラックホールである。

考察

1 ワームホール

 架空の産物である。現在までに、このようなものは、観測されていない。思い付きにしか過ぎない。観測されたとき考えても遅くはない。絶対観測はされないだろうけど。

2 宇宙ひも

 このような物質も観測されていない。強い重力が生じるということだから、そこに、宇宙の物質が集まって、星や銀河や、銀河団あるいは巨大構造を作るだろうが、そのようなものは観測されていない。宇宙の大構造は存在するのが観測されているが、成因は宇宙ひもとは関係ないようだ。これも思い付きにしか過ぎない。

3 未来へのタイムトラベル

「ブラックホールのそばのような非常に重力の強い場所に行き、しばらくそこで過ごします。そこでは地球に比べて時間がゆっくり流れ、地球ではどんどん時間が流れていきます。その後、地球に戻ればずっと未来の地球になっています。」

この可能性を考えてみる。

(例)

 ブラックホールのため、地球と宇宙船で1000年時間が違ったとする。地球が西暦3009年になり、宇宙船は、西暦2009年であるとする。この宇宙船はどうやって、3009年の地球にたどり着くのだろうか。未来へ行くための装置はなくても、ただ地球に向かって飛べば20009年の宇宙船が3009年の地球に到達するのだろうか。

 相対性理論だと、ブラックホールの近くでも、高度が違えば時間の進み方は違うということだ。

 500年遅れた宇宙船は、地球に向けて飛べば、2509年の地球に、10年遅れた宇宙船は、地球に向かって飛べば、2019年の地球にたどり着くということのようだ。ところが、どの宇宙船の時間もブラックホールのためにゆっくり進むから宇宙船の時刻は2009年のままだ。宇宙船の時刻をどうやって地球時刻に合わせるのだろう。まさか、時計のノブを指で回して地球時刻に合わせるなどということではないだろうね。ところが、相対性理論の必読書ガモフの「不思議宇宙のトムキンス」ではそうやって時計を合わせて、時間があったといっている。それで時刻が自由に合わせられるのなら、ブラックホールも、宇宙ひもも、ワームーホールもいらない。時計があればその針を動かしてやれば自由に目的の時刻にあわすことができ、針を合わせればその時刻になるのだから、簡単にタイムトラベルができる。こうなると、時計を合わせれば目的の時刻に飛んでいけるSF小説そのものになってしまう。

 ところが、ばかにできない。相対性理論もそれと同じことをやっている。GPS衛星の時計を人間が合わしているという。速度や重力で違ってしまった時刻を人間が合わせて、元どうりになった、と澄ましているのである。

 

 実際に銀河系の中心にはブラックホールがあるという。そこでは、時間がゆっくりのはずだ。現在、ブラックホールの膠着円盤から出ている光だろうというものが赤外線望遠鏡で観測されている。ブラックホールの近くにあるから、膠着円盤の時間はゆっくり進んでいることと思われる。銀河系ができてから100億年立っている可能性がある。その間、膠着円盤は、地球に比べて、少なくとも数百万年分は時間が遅れていることだろう。するとそれだけ過去になる。赤外線望遠鏡はどのような仕組みで、過去を見ることができるのだろう。赤外線望遠鏡は、タイムマシーンなのだろうか。

(注:10光年先の星は、十年昔の星を見ていることになる、ということと仕組みが違う。この場合、10年昔星を出た光が、10年間旅をして、今地球にやってきた、ということである。到着した光は、今、である。これは昨日の夜オーストラリアを飛行機で飛び立って、今日の昼日本に着いた、と同じである。飛行機は、昨日の夜にあるのではなく、今日成田飛行場にあるのである。また、星の光には宇宙を旅してきた証拠が残っている。星の光のスペクトルを取ると、旅の途中に光が遭遇した物質のために失われた部分が暗い縞模様になって現れているのが観測されている。長い旅行で、鞄にいろいろな傷ができるようなものだ)

 ブラックホールでは時間が止まるということだ。ブラックホールが、銀河系ができたときにできたとすると、ブラックホールは、100億年過去にある。ところが、その重力が、現在の銀河系の星や、物質を、ひきつけている。

 普通、過去や未来の物質は現在には影響できない。昨日の太陽や、10年前の太陽や、あるいは100年後の未来の太陽の重力が、現在のこの瞬間の地球の公転に影響しているということはない。地球を引っ張っているのは、今ある太陽だけだ。(注:相対性理論では、太陽も重力のために時間が遅れ4600年は過去になっているはずだ。4600年前に出た太陽の重力が、現在の地球の公転を支配している。では4600年前の地球の公転を支配していたのは、何年の太陽なのだろうか)

 相対性理論では、どんなに時間が速く進もうがどんなに遅く進もうが、という世界からは絶対に離れない。それも、地球上のに、まるで違う時刻の全宇宙の物質が現れている。時刻に関しては地球が宇宙の中心だ。新天動説とでもいえそうだ。

 地球上の全ての原子は100億年の間の経歴はみんな違う。重力も、速度も。巨大な星の一部であって、時間の進みが遅かったものや、ただ宇宙をただよって、時間の進み方が速かったものや、光速に近い速度で飛んだものや、様々なはずだ。

 それが、地球上では、みんな同じ時刻のに出現している。おかしな話だ。

結論

「ただし、実現は困難」

それは、相対性理論がお話の世界のことからだ。空想科学の世界は実現できない。

 相対性理論は、速度や、重力で異なる時刻になった物質が、地球上の同時刻のにすべて出現する理由と、仕組みを説明しなければならない。

 

わかる「時間」7

 「時間を止めることは可能」

問題

 「あくまでも相対的に止まってみえる」

「ブックホールの境界面」の時計は、「十分はなれた場所から観察できたら、それは止まってみえるはずです。」

「時計が止まって見えるだけで、境界面にいる者にとっては時間の進み方はいつもと同じです」

2 考察

 以上のことから、境界面の時計はいつものとおり、時刻を刻んでいるという主張である。時計の針は本当は回転しているのに、遠くから見ると止まっている。これは、実際の時間は同じ速度で進んでいるが、見え方が違うというだけ、ということになる。これは本質的な時間と、時計の時間が二重にあるということなのだろうか。

 Q2では、「運動状態や重力の強さなど、その人が置かれている立場や環境によって時間の進み方がことなるのです。」と述べている。これは、重力の強いところでは本質的な時間の進み方が遅くなるという主張だ。

 ところがこの章では、時間の進み方は同じだが、見かけが変わるだけだと述べている。どちらが正しいのだろうか。それとも両方正しいとか、どちらも間違っているとか。ジェット機の時計が実際にゆっくり進んだという実験はどうしよう。特殊相対性理論とは関係ないことかもしれないけれど。

 

結論

 「あくまでも遠く離れた場所から観察した時計が止まって見えるだけで、境界面にいるものにとっては時間の進み方はいつもと同じです」、すなわち、重力が強くても、時間は遅れないという主張だ。先ほどまでとはまるで違う。

 つじつまが合わない。相対性理論の特徴である。相対性理論を理解できる人はいないといわれたゆえんであろう。いまだに一冊の本でさえ、章が変わると主張が違っている。なぜかというと、事実と相容れないからである。考えれば考えるほど、事実と食い違うから、つじつまを合わせるためにしどろもどろになるのである。

 

わかる「時間」8

1 問題

(1)光速度不変の原理

「光の速度は、光源のあらゆる運動や観測者のあらゆる運動によらず同じ値になる」

(2)根拠となる実験

ア マイケルソンとモーリーの実験

「観測者のあらゆる運動によらず」光の速度は同じ値になる

イ 加速器によって加速された素粒子からの光が光速度である。

 光源の速度は光の速度に影響しない

(3)光速度不変の原理の分析

これにはふたつの原理が含まれている。

A 観測者のあらゆる運動によらず、光の速度は同じ値になる。

  (根拠となる実験ア)

B 光源のあらゆる運動によらず、光の速度は同じ値になる。

  (根拠となる実験イ)

考察

上の二つは真であるか、の考察

このふたつは似て非なるものである。

(1) 同じような伝わり方をする、音で考えてみる。

ア Bとの比較

 音も、音源の速度によらず、同じ音速をとる、といえる。

 たとえば、時速60kmで走る車から出た音も、音速のジェット機から出た音も、空気中で同じ音速をとる。

 これはBの場合と非常によく似ている。根拠となる実験イとも似ている。

 音速のジェット機から出た音は、ジェット機と同じ速度、音速で伝わる。ジェット機の速度が音の速度に加算されない。このために、音が固まりになり衝撃波が起こり、地上に大音響を起こしたりする。最初に音速に達した飛行機は、この衝撃波のために空中分解している。

 

イ Aとの比較

 音速より早いジェット機には音は追いつけないで取り残される。したがって音速より速くなると、音の衝撃波は起こらない。

 このことから、音源の速度に音の速度が影響されないからといって、音はどの飛行機にも、音速で近づくとはいえないということである。

 したがって、音の場合は、(音源のあらゆる運動によらず、音の速度は同じ値になる)はなりたっても、(観測者のあらゆる運動によらず、音の速度は同じ値になる)は成り立たないことが分かる。

 以上のことから次のことがいえる。

「加速器によって光速度の99.9%に加速された素粒子から放出された光の速度を計測したが,やはり秒速30万キロメートルであった。これはマイケルソンとモーリーの実験よりも、さらに直接的な光速度普遍原理の実証である。」

とあるが、このことで、音の場合と同じように、Bの「光源のあらゆる運動によらず、光の速度は同じ値になる」、は証明されても、Aの場合の「観測者のあらゆる運動によらず、光の速度は同じ値になる」の証明にはならないということである。

 理由は簡単である。音も光も質量を持たないから。音源や光源の速度を保存することができない。そのために、音や、光独自の速度になるのである。慣性の法則は、質量のあるものどうしにしか働かないからだ。

 このことから「さらに直接的な光速度普遍原理の実証である。」は間違いであることがわかる。

 そして、肝心なことは、光速度不変の原理は、Bではなく、Aだけが関係しているということである。本来Bは相対性理論には関係のない現象である。

 

 A「観測者のあらゆる運動によらず、光の速度は同じ値になる」は真であるかをもうすこし考察してみる。

 

(2)光速度不変の原理A「観測者のあらゆる運動によらず、光の速度は同じ値になる」の考察

 これは、光と観測者は、つねに相対速度を変えず、いつも30万km秒の値をとるということである。

ア マイケルソンとモーリーの実験

 この実験は検証実験がされていない。ということは、これは、まだ仮説にしか過ぎないということである。

イ 反証

@ 光行差

 星の光が、地球の進行方向にたいして斜めに降り注いでいる現象である。

 これは、地球が光に対して、相対速度を変えているということになる。

 これは、複数の人と複数の観測機器で何度も観測されているから事実であるといえる。光速度不変の原理Aを否定する証拠である。

A 光のドップラー効果

 宇宙背景放射に対して、地球の相対速度が検出されている。

 地球の進行方向から来る背景放射は、青方偏移し、後方からくる背景放射は赤方変異するのが観測されている。音のドップラー効果から考えると、これは、背景放射に対して地球が相対速度を変えているということである。これは複数の人工衛星で観測されているので、事実といえる。また、星の光がドップラー効果を起こしていることや、銀河の回転によるドップラー効果も観測されている。これは、星や、銀河が光に対して、相対速度を変えているということである。

結論

 以上から、光速度不変の原理の実証は検証されていないマイケルソンとモーリーの実験だけだが、反証は、実際に毎日観測されている現象である。

 光速度不変の原理は、間違いであることがわかる。すると、これを根拠としている、時間や空間の伸び縮みは存在しなくなるということがいえる。すなわち、特殊相対性理論は間違っているということである。

 マイケルソンとモーリーの実験は、光の速度差の検出に失敗したということだ。この実験はひじょうに難しい実験であるということであるので、検出に失敗することは十分ありうることである。

 アインシュタインは、鵜呑みにせずに、自分で検証実験をするべきであったのだ。また、相対性理論家も、人頼みをせず、自分で検証実験をするべきであった。

 

わかる「時間」9

時間の遅れ

問題1

「特殊相対性理論では、観測者の運動状態によって時間の進み方が違ってくる。「走っている人の時間は遅れる」のである。

考察1

(1) 光速度不変

 前章で光速度不変の原理が間違いであることを述べた。光速度不変を前提としたこの章の内容は間違いであるといえる。

(2) 特殊相対性理論が正しいとしても

ア 反証1

 特殊相対性理論はおたがいさまであると述べられている。したがって、ジェット機も、新幹線も、スペースシャトルも、遅れは地球のほうであるともいえる。ところがそうでない例が載っている。

(例)原子時計をジェット機にのせて、「時間の遅れ」を確かめる実験

 このとき、ジェット機に載せた時計が遅れるのを確認したということが前章で載っていた。

 ジェット機から見ると、地球の時計が遅れるのだから、地球の原子時計も遅れていなければならないはずだ。したがって、ジェット機の乗員が着陸して地上の時計を見たら、地上の時計のほうが遅れていなければならないはずだ。ところがそれはない。この例は時間の遅れは一方的であるという例である。理論と矛盾している。

イ 反証2

 ジェット機も、新幹線も、スペースシャトルも時間が遅れるということだ。ジェット機も、新幹線も、スペースシャトルも、時間が遅れているのに、現在の今の瞬間に現れている。

 同時にスタートした車は、速度が同じなら並んで走ることができるが、速度が違うと、距離は離れていく。相対性理論の時間は、時間の速度が違ってもいつもいっしょにある。時間の進み方は時計の針にしか現れない。どんなに時間が違っても、今という時間をいつも共有しているのだから、時間の進み方に変化がない状態と少しも違わない。

 時間の遅れた物体は、過去に行くべきである、時間の進んだ物体は、未来に行くべきである。時間が違うのに今にかじりついて、今にしか現れないのはおかしな話だ。奇想天外なお話にかじりついてありがたがっている科学者がおかしいのだ。まるでアインシュタインは神様だ。たとえば、57ページに、重力についての記述がある。「ところが万有引力の法則では、重力は瞬時に伝わる。これは特殊相対性理論の「光速度を越えて情報は伝えられない」という事実と矛盾した。」とある。「事実と矛盾した」のだろうか。違うのである。本当は、相対性理論と矛盾しただけなのである。アインシュタインの言ったことを、理論ではなく完全な事実と思い込んでいる。「光速度を越えて情報は伝えられない」ということが事実ということはどのような科学的実験や観測で確認されたのか、万有引力が光速を超えないということがどのような観測や実験で確認されたのか、相対性理論家は、アインシュタインのありがたいお言葉ではなく、事実で証明しなければならない。彼らは事実を根拠に述べているわけではない。根拠は(20世紀最大の天才アインシュタインが言ったから絶対正しいのだ)、である。これは、科学ではなく宗教である。

 

結論

 現象の中から、アインシュタインの話につごうのいいところだけを拾い出して、証明された、といっているだけだ。ごつごうのいい話にしか過ぎない。

 アインシュタインの論は、事実と相容れないから間違いである。

 

わかる「時間」10

同時刻の相対性

問題

 宇宙ステーションの真ん中で、光を発射すると「それらの光が、同時に宇宙ステーションの前と後ろの端に当たるのが見えるだろう。」

考察

 わかる「時間」8で述べたように、光速度不変の原理は間違っているから、光は同時には前後の壁に当たらない。光は物質と相対的な速度を変えるので、後ろの壁に先に当たる。

 静止した人がこれを眺めてもやはり同じように、後ろの壁に早く当たる。どちらも同時であるので矛盾はない。「同時性の破れ」はないことが分かる。

結論

同時刻の相対性は存在しない。

 

わかる「時間」11

光時計

問題1

「速く走れば走るほど、その人の持っている時計は、静止している人の時計よりも遅れる。」

考察1

 特殊相対生理論はおたがいさまだから、走っている人から見れば、静止している人が動くことになるから、静止している人の時計が遅れることになる。

 見ているときは相手が遅れるが、見られるとこちらが遅れる。

 そこで、走り終わった人と静止している人とでお互いの時計を比べてみる。

 静止していた人は時計を見比べてあなたの時計は遅れているという。走っていた人は時計を見比べて、あなたの時計のほうが遅れているという。

 どちらが本当だろう。相対性原理ではどちらも正しいことになる。互いに遅れている時計とはどんな時計だろう。見てみたいものだ。それとも、早業で、先に目線を流したほうの勝ち。ということになるのだろうか。夕日のガンマンの勝ちということだ。

結論1

 答えは出ている。ジェット機に積んだ時計の話が載っていた。結果は、ジェット機に積んだ時計が一方的に遅れていたということだ。結論は、静止していたほうの勝ちである。相対性原理はどうなったのかというと、都合が悪くなると、相対性原理は引っ込むのである。便利な理論だ。そして、こういうことはここだけに限ったことではない。アインシュタイン自身も、一般相対性理論を考えたとき、前に考えた特殊相対性理論の方法は間違っているといって否定して、特殊相対性理論で否定した方法論で今度は一般相対性理論を組み立てている。一般相対性理論に不都合だからといって、特殊相対性理論の方法論の根幹を否定しているのである。都合がいいからといって、特殊相対性理論で否定した方法で、一般相対性理論を組み立てているのである。ご都合主義もいいところだ。

問題2 光時計の仕組みは事実か

光はまっすぐ天井に届く

考察2

 光速度不変の原理は間違っているので、光時計の光線は天井にはまっすぐには当たらない。光は光源(床)の速度を保存しない。もちろん、天井がどちらに動こうが、天井の速度ももらわない。光りは、誰に見られていようがどんな箱に入っていようが、関係なく、光独自にニュートンの絶対空間に対して光速度で直進する。根拠となる事実は先に書いたとおり、光行差と光のドップラー現象である。

結論2

 光時計は何度もでてきて、あたかも真実のようにいっているが、実際に光時計で実験したわけではない。これを思考実験あるいは空想実験という。思考実験はその人の考え次第でどうにでもなる妄想にしか過ぎない。光は螺旋に進むと考えればそのようになるし、光がアカンベーをすると考えればアカンベーをする。空想科学小説と同じで、何でもありなのだ。思考実験は科学的には何物をも証明しない。

 光速度不変の原理は事実に合わないことは述べたとおりである。事実に合うかどうかが肝心なのである。思考実験はごまかしのために行っているのである。

 

わかる「時間」12

「重力が強いほど時間が遅れる」

問題1

重力によって、太陽や惑星の時間が遅れるという。

a 太陽 「時間の遅れ:1秒につき100万分の1秒」

b 木星 「時間の遅れ:1秒につき1000万分の1秒」

c 地球 「時間の遅れ:1秒につき10億分の1秒」

 

考察1

 このことから、現在の太陽系のそれぞれの時刻を考えてみる。

 太陽系はできてから46億年たっているといわれている。ほぼ同時に、太陽も惑星もできたと考える。太陽より、惑星のほうが遅くできたと思われるが、太陽と惑星の時間差が大きくなるだけなのでこの論を考えるうえでは支障はないと思う。

(1)太陽の年齢

 時間の遅れは100万分の1であるということから、重力のない場合に比べ46億年で4600年の遅れになる。

 46億−4600=45億9999万5400歳

(2)木星 

 同様に460年の遅れになる。

 45億9999万9540歳

(3)地球

同様に4.6年になる

 45億9999万9995.4歳

 

 以上のことから、太陽は、太陽系年(太陽系ができたときを0年とする)45億9999万5400年、木星は45億9999万9540年、地球は45億9999万9995.4年になる。

 地球を基準にすると、太陽は西暦紀元前2586.4年にあることになる。木星は西暦紀元後1553.6年にあることになる。

 太陽からの光は約8分強で地球に到達するということである。すると、紀元前2586.4年に太陽を出た光は、8分後、紀元後2009年の地球に到達することになる。

 また、木星を見ると、紀元前2586.4年に太陽を出た光が、紀元後1553.6年の木星に当たり、反射して西暦2009年の地球に到達することになる。

疑問1

 太陽の光は、タイムトラベルしたことになる。その仕組みはどうなっているのだろう。

疑問2

 なぜ、太陽も木星も、地球時間のに合わせて忠実に現れているのだろう。木星時間や太陽時間に合わせないのだろう。地球は宇宙時刻の中心である。時間に関しては天動説である。

結論1

 重力で時間が遅れるという考え方は事実と一致しない。

 このことは、実際には、重力で時間が遅れていないことを示唆している。重力で遅れなかったら、太陽も、木星も、地球も同じという時間を共有していることになる。ニュートンの絶対時間と絶対空間ならこの事実と矛盾なく一致する。

 少なくとも、重力によって時間が遅れるというような現象は太陽系には存在しないということがいえる。すなわち、一般相対性理論は間違いであるということがいえる。

 

問題2

「加速運動をしたときに感じる「見かけの力」と、重力は区別できない」

考察2

 加速運動では、確かに押し付けられる力を感じる。その感じが地球に押し付けられている感覚と似ているのはたしかだ。しかし、それはアインシュタインの重力とは区別できないかもしれないが、ニュートンの万有引力とははっきり区別できるものである。

 万有引力は、引き付けあう力である。一方、加速度は加速の力を一方的に受けるだけである。エレベーターに乗っている人は、エレベーターの加速に何一つ貢献していない。かえって重さがかかる分エレベーターのモーターによけいな力をかけさせている。万有引力なら、引き付けあうから、エレベーターを引き上げる力がかかり、モーターにかかる力は少なくてすむ。加速度は万有引力とは力のかかり方が完全に違うのである。これは、万有引力以前の、物は重いから落ちる(アインシュタインの重力はこちらである)という考えには一致する。

 万有引力は互いに引き合う力である。地球と、小さな物質では質量が違いすぎるから落ちるように見えるが、本当は引き合っているのである。月ほどになると明らかに引き付けあっている現象があらわれる。海の水が満ちたり引いたりする、潮汐作用はその表れである。

 加速度にはこの潮汐作用がない。明らかに加速度と万有引力は違うものである。

 なぜ、アインシュタインの重力は、加速度と同じなのか。それは、ニュートン以前の、物は重いから落ちるという考え方と同じだからである。物は重いから落ちるという考え方にはこの潮汐作用はない。

 人は地球に押し付けられているという感覚はある。しかし、地球を引っ張っているという感覚はない。それをうまく利用しただけの言葉の手品である。あるのはニュートン以前の古い考え方である。

 事実は、質量のあるものは引き付けあう力、万有引力を持つ。

 このことからも分かるように、アインシュタインの重力と、加速度は一致しても、万有引力と加速度とは一致しないといえる。すなわち、等価原理は事実とは一致しないといえる。

結論2

 一般相対性理論は、ニュートン以前の、物は重いから落ちるという古い力学に依存している。その上、人間のあいまいな感覚だけに頼っている。等価原理が事実と一致しないのは当然である。

 感覚だけに頼った論は科学とはいえない。

 

問題3

 「重力のはたらく方向と反対向きに放出された光の速度は、重力によって引きずられて、速度が遅くなる。逆に重力の方向に放出された光の速度は大きくなる」

考察3

(1)万有引力との関係

 万有引力は、質量のあるもの同士の作用である。光は質量がないので、万有引力とは相互作用をしない。アインシュタインの重力は光にも作用する。この点も一方的に落ちるという考え方である。光が物を引き付ける、という現象は入っていない。まず地球があって、そこに物や、光が落下するということだ。ニュートン以前の古典力学だ。その上、光と物質との区別もつかないのである。

(2)光速度普遍の原理

ア 矛盾

 地球から出る光は速度が遅くなり、地球に向かう光は速度が速くなるということである。すると、光速は普遍であるということと矛盾する。

 そこで時間が延びたり、空間が縮まったりするというのだろうけれど、考察1に述べたようにそれは事実に反している。

イ 光速より速いものはない

 地球に向かう光は速度が速くなっているのだから、光速度より速くなっている。相対性理論の光速度より早いものはないということと矛盾する。その場合は時間が早くなるのだろうか。この場合のことは一切書かれていない。やばいから知らん振りを決め込んでいるのだろうか。

ウ 時間

 上に行く光を見た人は、時間が遅くなっているのを観測し、下に行く光を観測した人は、時間が速くなっているのを観測することになるだろう。地球の本当の時間はどちらになるのだろう。足して2で割るのだろうか。それとも偏差値かな。

結論3

 重力の考え方が間違っていることが原因である。重力で、光の速度が変わるということや、重力で時間が伸び縮みするという考えが間違っているのである。

 重力ではなく万有引力である。そして、万有引力は光とは相互作用をしないし、時間とも相互作用をしない、といえる。

 実際に万有引力が時間と関係ないのは考察1で見たとおりだ。

 

 

わかる「時間」13

ブラックホール1

問題1

 「時間が遅れるのは、重力による落下速度の分だけ光の速度が遅くなるからだった」

考察1

 光の速度が遅くなることが時間の遅れの原因であるとしている。

 すると、水の中では光の速度は遅くなるから、水の中でも時間が遅れていることになる。

 ダイヤモンドの中はもっと遅れる。ダイヤモンドの中は時間がかなり遅くなりそうだ。

 すると、ダイヤモンドの今の時刻と他の物の今の時刻が違ってしまいそうだ。ダイヤモンドはつねに過去にあることになる。すると、あなたの指で光っているのは、現在の光が過去のダイヤモンドに入って、屈折し、また現在に戻ってきたということになる。タイムトラベルという不思議な現象だ。こんなことは起こっていない。すると、光が遅くなるということと時間が遅れるということは直接の関係はなさそうである。

 このことから、「重力による落下速度」が原因で「光の速度が遅くなる」場合に限って時間が遅れるといえそうである。なんかえこひいきのような気がするのだけど。

結論

 @ 光が遅くなるとどうして時間が遅れるのかは、説明されていない。

 A 他の理由で光が遅くなるときは時間とは関係なく、重力で光の速度が遅くなるときだけ時間が遅くなる理由も述べられていない。

 したがって、この説はここでは根拠不明、あるいは説明不足である。

 

問題2

「光速度で落下している人が外向きに光を出しても、遠方の人にとっては内向きの落下速度と光速度が打ち消し合って、光はその場所に静止しているように見える。そこから出た光は遠方に届くことなく、永遠にそこにへばりついている。」

考察2

(1)「遠方の人にとっては・・・静止しているように見える。」と、光は「遠方に届くことなく、永遠にそこにへばりついている。」の矛盾。

 遠方に届くことがない光を遠方の人が見ている。届かない光を見ることはできない。矛盾である。

(2)「光速度で落下している人が外向きに光を出しても、遠方の人にとっては内向きの落下速度と光速度が打ち消し合って、」

 ニュートンの万有引力では、引力は、質量のあるものどうしの相互作用だから、光は引力とは相互作用をしない。しかし、アインシュタインの重力は光を落下させる。ともに仮説であるが真っ向から対立している。

 ニュートンは引き合う力である。アインシュタインは、それ以前の、物質は、重いから地球に落下するという一方的な作用である落下である。この光は落下しているだけなので、ニュートンが否定した古典物理である。

問題3

「落下している本人にとっては、あっという間にブラックホールに飛び込んでしまう。」

考察3

 時間が遅くなっても、時間が止まっても、本人は普通のときとまったく同じように運動しているようである。重力で時間が遅れるというこれまでの相対性理論の考え方とは違う。時間は普通どおりに経過しているようである。

 動きが、時間の遅れとともに遅くなったり、止まったりするのは、遠くはなれた人が見たときだけのようである。

 時間の進み方が遅くなったら、本人も、時間の進み方に合わせて、時間の進み方が速いところよりゆっくり動いてよさそうである。これは、特殊相対性理論のときの、ジェット機に積んだ時計の針はゆっくり進んでいた、ということと違う現象である。特殊相対性理論では見た目だけでなく実際にも動きがゆっくりになっている。また、一般相対性理論でも太陽の時間や、木星の時間が実際に遅くなっているとも書いている。したがって、ブラックホールの境界線で時間が停止したら、事象も動かず、その中にいる本人も時計の針も動くことはできないはずだが、停止した時間の中で平気で普通に動いているようである。

結論3

 時間が止まったら動きも止まってしまうことにすると、ブラックホールの境界線上に落ちてきた(重力ではそうなる)物質や光が境界線上に山済みになってしまうから困るのだろう。

 苦肉の策というところだね。あるいは苦しい言い訳というところか。

問題4

 ブラックホールは「その表面で時間は凍りついてしまう」

考察4

「時間は凍りついてしまう」というのは、時間が止まっているという現象をさすのだと解釈する。すると、ブラックホールの表面は、そのときから時間が経過していかなくなる。たとえば、西暦1500年にブラックホールになった星は、その瞬間から、永遠に西暦1500年のままで時間が止まっているということだと解釈する。

そこで思考実験。

 銀河系ができたのは、今から、100億年ほど前であるといわれている。ブラックホールもそれと相前後して生まれていると考えられる。違っていてもおそらく、時間的にそんなには離れていないだろう。せいぜい1億年か2億年だろう。

 すると、ブラックホールはその時点で時間が止まる。ブラックホールの時刻は、今から、100億年前の時刻を指したままである。銀河の星や、星間物質は、その後も時間が経過している。相対論では、速度や、重力でそれぞれに違う速度で時間が経過しているから、物質それぞれに違う時刻になっているとしても、ブラックホールよりはかなり進んでいるはずだ。

 すると、ほとんどの物質はブラックホールと、100億年近くの時間差が生まれているはずだ。ところが、銀河系中心のブラックホールの周りには、大きな星が多数回転している。これらの星は、中心のブラックホールの巨大な引力に引かれて公転している。ケプラーの法則からそれがわかるということだ。すると、100億年前の時刻にあるブラックホールの引力が、100億年ほど後の時刻の星と引き付けあって(ケプラーの法則だから、万有引力であって、重力ではない)いるということだ。

 変な話である。過去も未来も時間が止まろうが動こうが、どんな速度で時間が経過しようが、全ての物質は「今」という時刻に1秒と違わずぴったり集合している。時刻などは関係ないということだ。ひじょうに変な話だ。これはニュートンの絶対時間なら、矛盾はなくなる。全ての物質は同じ速さの時間の中にいるということなのだから、ブラックホールも他の星も、星間物質も、みんないつも同じ時刻にあるということなのだから。

結論

 見かけは時間が遅くなるが、「落下している本人にとっては、あっという間にブラックホールに飛び込んでしまう。」というから、本人には時間は普通どうりに流れているようだ。

 ところが、ブラックホールは「その表面で時間は凍りついてしまう」といっているから、本人も時間が止まっている。論理に一貫性がない。これは、論理どおりに具体化しようとすると矛盾が表面化してしまうためである。それを、つじつまを合わせようとすることから生まれたちぐはぐである。特殊相対性理論の、どちらも相手より遅れている時計と同じである。

 これは理論が事実に合わないことからくる。すなわち理論が間違っているということの証明である。

 

わかる「時間」14

ブラックホール2

問題1

 特異点

「ブラックホールの中心の非常に狭い領域に、落ち込んだすべてのものが閉じ込められ、そこで消えてしまう。」

「時間や空間、物質は特異点で消えてしまう。」これが特異点の性質ということである。

考察2

 特異点のことは何も分かっていないという。しかし、物質だけでなく、時間や空間まで消えてしまうということはわかっているようだ。本当だろうか。

(1)物質について

 もし、全てが消えたら、何も残らないことになる。すると、物がなくなるから重力もなくなることになる。しかし、実際は、銀河系の中心のブラックホールは巨大な万有引力で周りの星を引き付けているのが観測されている。万有引力は消えてはいないようである。ということは何らかの形で膨大な物質が残っているということである。「そこで消えてしまう」に反している。どちらが正しいのだろう。理論だろうか、事実だろうか。

 ほとんどの、楕円銀河や渦巻銀河の中心にはブラックホールがあるという。それが銀河を引き付けている。ブラックホールの中でも物質は消えないという証拠である。

(2)時間について

 時間も停止することから、時間もなくなるということのようである。時間がなくなった状態というのはどのような状態なのだろうか。時間がなくなった物質から、それでも、万有引力が出ているというのは、どのようなことなのだろうか。やはり事実は、この理論を否定している。

(3)空間について

 空間もなくなるということである。空間がなくなった状態とはどのような状態なのだろうか。

 「太陽くらいの質量を半径3キロメートルの球に閉じ込めると」ブラックホールになるということである。

 すると、この半径3キロメートルの中には空間に変わって何があるのだろう。

 銀河系の中心には280万太陽質量のブラックホールがあるという。これは特異点でどのようになっているのだろう。太陽230万個分の質量が消えてしまっているのだろうか。ブラックホールの理論からすると消えているのだろう。空間も消えているのだろう。銀河系の真ん中は、空間が存在しなくて、何か特別なものがあるというのだろうか。

(4)重力について

 ブラックホールからは光も脱出できないということであった。脱出速度より、重力のほうが上回るからだという。ところで、重力も、光を超える速度を持たないというのが相対性理論である。すると、重力も脱出できなくなるのではないだろうか。まあ、重力は別口なのだろう。そうしないと事実と食い違うからね。

3 結論

 ブラックホールという何か特別なものがこの世界にあるという考え方は胸躍らせるけれど、本当かどうか怪しいものだ。相対性理論では消えているはずの物質や空間や時間が、実際はその周りの現象と変わらずにそのままそこにあるようである。白色矮星や中性子星のように、その先にひじょうに圧縮された物質、中性子も壊れた物質があるだけなのではないだろうか。引力も、時間も、空間も相対性理論に反してそのまま残っている事実はそれを示唆しているようである。

 普通の現象の延長上に、普通の現象としてある物質が、ブラックホールという名にされただけではないのだろうか。

 そもそも、ブラックホールの性質は、相対性理論がいっていることにしか過ぎない。見てきたように、速度で時間が伸び縮みするとか、重力で時間が伸び縮みするとかいう現象は、事実とは相容れない。事実は、どのような速度の経歴を持とうが、どのような重力の経歴を持とうが、「今」という時刻に全ての物質が存在するということである。これは、あらゆる物質は、同じ時間経過を持っているということである。

 また、空間が曲がるという理論も実際には観測されていないので、仮説にしか過ぎない。(相対性理論家は観測されたというが、みんな普通の現象として説明可能な現象にしか過ぎない。そのことを相対性理論家は無視している)

 もし、相対性理論にいうようなブラックホールがあるなら、100億年前に時間が消えた銀河中心のブラックホールが、現在の星を引っ張る重力はどのようにして時間を超えられたのかを説明することが必要である。100億年過去のブラックホールの周りを、現在の星たちが回転しているのである。まるっきりSF漫画である。常識に囚われないのが相対性理論であるとしても、変なものは変である。

 

わかる「時間」15

ワームホール

このようなものがあることは観測されていない。もしあるとすれば何らかの形で観測されているだろう。たんなる思い付きにしか過ぎない。まだまだ科学の域には達していない。

 

わかる「時間」16

「光速をこえることは可能か」

問題1

「地球軌道上の宇宙飛行士が一方の粒子を観測した瞬間に、土星よりも遠くにあるもう一方の粒子の状態が決まる。」

考察1

・ 宇宙飛行士が観測しないと、もうひとつの粒子は状態が決まらないままどこかにあるということらしい。観測してもらえなければ半欠けの粒子は状態が決まらないまま、永遠にさ迷わなくてはならないのだから宇宙飛行士様お願いどうにかして見つけてということなのだろう。宇宙飛行士は神様です。

 さ迷うことも状態のひとつだから、それさえ許されないから、どうしていいか分からなくて、ノイローゼになるだろう。いや、ノイローゼもひとつの状態だから、それもできないということだ。場所だって、どこかにあるということは状態のひとつだから、それも決まらないはずだ。土星の向こう側か、地球の内部か、アンドロメダの端っこか、決めようがない。

・ 粒子は非常に小さいから、観測もれのほうがはるかに多いだろう。観測もれした粒子の片割れはどうすればいいのだろう。

・ こちらの片割れだって、観測されるまで、なんにも決まらないのだから、宇宙飛行士だって、この広い宇宙のどこを探せばいいのか見当もつかないだろう。太平洋で、どこに落としたかわからないビーズ玉を探すよりはるかに難しいことだろう。

・ 宇宙に人間が飛び出す前や、人間が粒子を観測できる技術を持つ前は粒子はどうしていたのだろう。

・ 素粒子が見つかる前は粒子はどうしていたのだろう。

・ もし、宇宙犬が見た場合はどのような状態になるのだろう。犬には見えないから心配する必要はないか。では宇宙人が観測した場合はどのようになるのだろう。

・ 観測するのは、哺乳動物の、霊長類の、ホモサピエンスでなければならないのだろうか。

・ 観測はただ見ただけでいいのだろうか。それとも何かで測ったり分析したりしなければならないのだろうか。

・ 観測の誤差はどのように表れるのだろうか。

・ 見つかった、と、相手の粒子に伝えるものは何なのだろう。光速より速い遅いということは、何か情報を伝えるものがあるということである。

・ それはテレパシーのようなものなのだろうか。それは波なのだろうか、それとも粒子なのだろうか。

・ 加速器の中で粒子は壊されている。それを常に観測している。すると加速器の中ではこの情報の伝達はつねにおこっていることになる。情報伝達の物や、方法は、観測されているのだろうか。

結論1

このような事実が存在することが確認されたときに信じよう。これも、まあ、思いつきのお話のたぐいだ。科学とはとてもいいがたい。

問題2

 ほかに光速以上になるものはないだろうか

考察2

 地球に向かう光は重力で引っぱられ速度が大きくなるということであった。すると、地球に向かう光は光速を越えていることになる。

 光が重力に引っ張られて速度を落とすと、その分時間が遅くなるというから、反対に、速くなると、時間が早くならなければならない。

 ブラックホールでは出てくる光は、実質止まってしまって、出てこれないというのだから。反対にブラックホールに向かう光は光速をはるかに越えるだろう。地球も、重力源だから、少しは光を引っ張って速度を上げるはずである。これは、マイケルソンとモーリーの実験に現れたのだろうか。装置としてはこれは関係ないから、観測されなかったのは当然か。それにしても、地球に対して上る光と、落ちる光と(上る、落ちるは、アインシュタインの重力の考え方)で、比べてみると、光の速度に差が出るのが観測できるのではないだろうか。

 もちろん、相対性理論の効果は地球の重力が小さすぎて、現れないというだろう。ジェット機の時計や、ミュー粒子の寿命の延びや、GPS衛星の時計には現れるのだろうが。

結論2

 もちろん、万有引力は光と相互作用はしないから万有引力ではこのような現象は起こらないことになっている。

 

わかる「時間」17

時間のはじまり

問題1

「現在の宇宙は、膨張していることが知られている」

考察1

 これは実証されていないので仮説である。宇宙論者の満場一致であっても、科学は多数決ではないので仮説であることには違いない。今までも満場一致の学説が覆されたことは限りなくある。天動説しかり、神が生き物を作った、しかり、大陸は動かない、しかり、宇宙は星々の集まりでできている、しかりである。これらを、地動説や、進化論や、大陸移動説や、アンドロメダ銀河が銀河系外の島銀河であることの実証などで覆した。

 ビッグバン宇宙論もそのひとつである可能性が高い。

 科学はニュートンの海である。分かっていないことのほうがはるかに多いのである。そして、ビッグバン論者は声高に実証されたように言っているが、ビッグバン宇宙論は実際の証拠は何一つない空論だけで作られているのである。それをみていこう。

(1)膨張の証拠といわれているもの

 これには大きく三つの証拠がビッグバン論者によって提出されている。そして、それで決まりだ、と確信有り気に言っている。そうだろうか。検証してみよう。

ア 銀河の赤方偏移

 銀河の光が赤方偏移しているのは空間膨張のため、とビッグバン論者はいう。ところが空間が膨張するという現象は直接には観測されていない。

 赤方偏移が空間膨張の直接の観測事実になるということはいえない。赤方偏移が他の理由である可能性もあるからだ。パンが膨らむのを直接計測するように、空間が膨らんでいることを、直接観測しなければ、観測事実とはいえない。

 事実で確認されていないということは、これは仮説であるということである。

 今現在も膨張しているであろう地球がある空間や、太陽系がある空間の膨張は観測されていない。また、太陽系の歴史を見てみても、今まで膨張による何らかの現象があったということも観測されていない。

 地球や、太陽系ができてから46億年たったので、その間に地球や太陽系のある場所の空間はかなり膨張しているはずだ。その膨張による変化は観測されていない。地球の軌道も、月の軌道も、小惑星や、彗星の軌道も、それによって変化したということはだれも観測していない。空間はかなり大きな変化になっているはずなのにである。これは太陽系では空間膨張がなかったということの証拠になりそうである。

 このことから、観測が正確にできない遠い宇宙ではいざ知らず、観測が正確に行われる近いところでは、空間膨張はないといえそうである。

 また、空間とは何か、空間膨張の仕組みはどのようになっているか、空間膨張のエネルギーは何か、等、空間膨張の理論も何一つない。

 光が宇宙空間を飛べば、光のエネルギーが減じるという意見は現実味がないからといってビッグバン論者に否定された、という意見を見たことがある。では、空間膨張は現実味があるのだろうかというと、書いたように、まるっきり理論もない、事実も観測されていない、空間が何かさえ分かっていないのである。

 現実に証明されていないということではどちらも同じである。

 光が500万年飛ぶ間に、人間は、猿のようなものから人間にまで進化した。1億年の間に、ねずみのようなものから、人間になった。46億年の間に、生命が生まれ、人間にまでなったのである。その間宇宙空間を果てしなく飛び続けた光が無傷でいられるのだろうか。宇宙空間に漂う膨大な原子や分子や恒星風やニュートリノの中を通り抜けてくるのにである。光のエネルギーが減じてもそれほど不思議なことではない。むしろ、エネルギーが減じないほうが不思議である。光のエネルギーが減ったというほうが、空間が膨張するより、よほど現実味があるといえる。

イ 宇宙背景放射

 ビッグバン宇宙の重要な証拠であるという。

 これは、ビッグバンが起こってから30万年後に起こった宇宙晴れ上がりの名残の光であるといわれている。

 ビッグバン論者は肝心なことをふたつ隠している。第一は、そのとき地球がどこにあったかということである。ビッグバン論から類推すると地球は46億年前とつぜん太陽系に出現したわけではない。地球になる物質はビッグバンとともに生まれたはずである。したがって、宇宙晴れ上がりのときに、すでに地球になる物質は形は違ってもすべてその中に含まれていたはずである。従って、宇宙背景放射の光の中には、やがて固まって地球になることになる水素原子が出した光も混じっているはずである。すると、137億年前に地球が出した光を137億年後、また地球が見ていることになる。

 昨日の地球はどこを探しても見ることはできない。1年前の地球を見ることもできない。1億年前の地球もしかりである。10億年前も、できたばかりの46億年前の地球も、計算して、その場所を特定して、そのとき地球が生まれただろう場所に望遠鏡をむけても見ることはできない。では100億年前ならどうだろう。100億年前なら見えるのだろうか。できたての銀河系の中で、違った星になろうとしている地球が見えるだろうか。見えるわけはない。昨日の銀河系が見えないように、100億年前の銀河系が見えるわけはないのだから。ではそれが147億年前になるととつぜん見えるのはどうしてなのだろうか。(注:銀河系とはわれわれのいる天の川銀河を指す。それ以外の銀河はただ銀河と呼ぶ慣わしだ)

 137億年前の地球が出した光が見えるのだから。それは地球をみるということだ。不思議な現象だ。宇宙背景放射を発見したペンジアスとウィルソンのアンテナは137億年前に限っては、タイムマシーンになれるようだ。

第二の隠し事

 宇宙に散らばっている塵が出す光が観測できたら、全天からマイクロ波が降り注いでいるのが観測できるという説が、ビッグバン論以前に何人かの人たちが違うアプローチから述べている。

 背景放射はビッグバンの名残の光だというなら、背景放射は宇宙に漂う塵から出るマイクロ波であるという説を、理論や観測で否定しなければならない。ところが、ビッグバン論者は、この説を無視している。そんな説はなかったことにしているかのようだ。もし、否定できないから無視しているとしたら科学者の方法としては最悪だ。

 なんにしろ、この塵説を事実で否定しない限り、背景放射がビッグバンの証拠であるということは仮説以上にはなれない。

 先に述べたように、ビッグバン説だと地球の過去を見ることができるという不可能なことができることになる。それに比べて、宇宙の塵は観測されている。また塵が温度を持っていたら必ず電磁波を出す。このふたつから現実味は宇宙塵説のほうが格段にあるといえる。仮に、背景放射がビッグバンの名残光であったとしても、宇宙の塵も必ずマイクロ波を出しているはずだから塵の出す光もそれに混じっているはずである。

 相対性理論家はこのことを秘め事にして絶対人にはしゃべらない。

ウ 水素とヘリウムの構成比

 これはビッグバンがあるとすると今の宇宙の水素と、ヘリウムの構成比にぴったりであるという理論だ。

 これは、ビッグバンがあったということが大前提の計算の仕方だ。ぴったりになって当たり前だ。

 ヘリウムは、星の中でも水素からできるのは観測されている。理論もできている。したがって、ビッグバンがなくてもヘリウムはできるのである。(注:ビッグバンではヘリウムしかできないらしい。それ以外の原子は全部星によってできている)

 問題は時間である。ビッグバン説は、宇宙は137億年前にできたということで計算している。137億年では星の中でできるヘリウムの量は少なすぎるというのだ。だから、ビッグバンがあった証拠だというわけだ。しかし、ビッグバンがなければ、宇宙の年齢はもっと長くてもよい。するとその長い時間の間に、水素とヘリウムの比が、星によってだけで今の宇宙の状態になるということは可能である。時間は限りなくあるのだから。ビッグバン説の137億年で計算しているから、星の作るヘリウムでは間に合わないということになるだけだ。

 ビッグバンまずありきである。

結論

 この3つのほかに証拠といえる大きなものはない。反対に、上記のほかにも否定的証拠はいくつか有る。

 そのひとつが137億年では、銀河や宇宙の構造がうまくできないということだ。それを解決するために、ビッグバン論者はダークマターや、ダークエネルギーなどという、不可思議以外の何者でもないものを作り出している。それこそ神の力と言い換えられそうな代物だ。

 ビッグバン宇宙論は、少なくとも、全員一致ということは考えられない代物であるのに、なぜか、宇宙論者が全員一致している。不可思議な現象だ。

 

問題2 

a 「無の状態では、時間も空間も物質も何もないこと以外詳しいことは良くわからない」

b 「無の状態のゆらぎによって、小さな宇宙がこつ然とできる」

c 「できたとたんに消えてしまう宇宙もある」

考察2

(1)宇宙ができる前

 aで、「詳しいことは良くわからない」といいながら、無の状態であったということや、bやcの出来事はわかっているようだ。根拠はもちろん示されていない。ビッグバンは点から生まれたというのが根拠なのだろうけれど、それは仮説にしか過ぎない。ビッグバンがあった、というのが大前提の理論である。

(2)無とは何

「無の状態のゆらぎ」とある。何が揺らいだのか。時間も空間も物質もないと言っているのだから、それ以外の何かがゆらいでいるのだろう。それはなにか示されていない。無が揺らぐとは禅問答である。

 たしかに何も分かっていないということだけはわかる。

(3)手品

 「できたとたんに消えてしまう宇宙もある」とはすごい手品だ。鳩や虎は消せても、宇宙を消すのは手品師にはできない技だ。地球を消すのだって大変だ。宇宙は、その何兆倍の何兆倍の物質があるか分からないくらいすごい。それを簡単に造ったり消したりするのだからものすごいものだ。その上時間や空間まで創ったり消したりするのだ。どこにそんなスイッチがあるのだろう。種はどうなっているのだろう。種明かしを見たいものだ。

 神様の出番かね。ビッグバン宇宙論は、キリスト教の人たちが大喜びしたはずだ。まるっきり神様の世界だもんね。

結論2

 これはまるっきり空想の世界だ。人間には確かめようがないからといって、言った者勝ちで、思い付きをくっちゃべっているだけだ。これが科学なら、おとぎ話も科学になる。

 

わかる「時間」18

時間の終わり1

問題 1

膨張を続ける宇宙

考察 1

 宇宙の重力に打ち勝って、宇宙が膨張するということである。このエネルギーはものすごいエネルギーであるだろう。地球ひとつだって、太陽の万有引力から飛び出させるのには、並大抵の力ではできない。それを全宇宙の星をばらばらにするのである。どこからこのエネルギーは出てくるのだろう。謎のエネルギーである。

 ビッグバン論者にいわせると、巨大な銀河同士を結び付けている銀河団は宇宙膨張力に打ち勝っているという。銀河系と、アンドロメダ銀河は宇宙膨張に打ち勝って、近づいているという。

 これを今さらばらばらにはできまい。そのためには新しい巨大な空間膨張エネルギーがいる。どこからそれは涌いてくるのか。

 事実を無視した考え方である。実際この近辺では、宇宙膨張の力によって離れていっている星や銀河は直接観測されていない。(前章で述べたように赤方偏移は、膨張の直接の観測ではない)星はちゃんと銀河系の中を回っている。大小のマゼラン星雲は、銀河系にぴったり寄り添っている。230万光年はなれたアンドロメダ銀河は接近さえしている。観測が正確にできるところは、膨張していないのだ。

問題 2

 「ブラックホールは長い時間をかけて光を放って蒸発し始める」

考察 2

 ブラックホールは、何物も外に出られない特異点に収縮し、消えるという理論であった。光どころか時間も空間もでられないということだった。

 それが、全宇宙の物質が、ブラックホールになったら、光を出すという。光を出したら軽くなって爆発さえするという。普通の超新星となんら変わらない。特異点で、消えてなくなったはずが、宇宙の終わりではまた出てくるという。時間や空間は光のように、またしょぼしょぼ蒸発してでてくるのだろうか。理論に統一性がない。

特異点という人智の及ばない現象をおいとけば、なんだってそのせいにして思いのままだからね。

結論

 これも空想に過ぎない。科学ではない。

 

時間の終わり2

問題 3

 収縮する宇宙では「最終的に銀河もとけてなくなるだろう。」ということだ。

考察 3

「とけてなくなる」とは科学者の言葉とは思えない。物質はとけてもなくならない。氷は溶けて水になる、水は蒸発して、水蒸気になる。見えなくても、決してなくなったわけではない。子どもならいざ知らず、科学者の言葉とは思えない。

問題 4

「そして時間のない、無の状態に戻るだろう」

考察 4

 どうして時間がなくなるのかの理由がない。時間とは何かということが分かっていないのに、時間が無くなると断定することができるのだろうか。できるわけはない。それを証明する事実も理論もない。何もないのに結論だけ断定するのは仮説にすらならない。御伽噺のたぐいである。

問題5

 「宇宙は時間も空間も存在しない、無の状態に戻るであろう。」

考察5

 重力が、空間も引き込んだということなのだろう。

 銀河系の中心には巨大なブラックホールがあるという。するとこのブラックホールは、周りの空間を引っ込んでいるはずだ。空間はそこでドンドン収縮しているはずだ。観測によると、物質が引き込まれているらしいのはわかるが、空間が引き込まれている様子はない。ブラックホールの周りの星はケプラーの法則でブラックホールの周りを回転しているようだから、空間は引き込まれていないと類推できる。

 もし、ブラックホールがその大きな重力で空間を引き込むなら、銀河系全体の空間もやがて引き込まれてしまうだろう。ところが銀河系ができて少なくとも100億年は立っているといわれているのに、空間はちゃんと銀河系に残っている。

 他のもっと大きな銀河では、もっと巨大なブラックホールがあるだろうといわれている。その銀河も、ちゃんと空間は維持している。

 このことから、いくら大きくなっても、ブラックホールは空間を引き込まないということがわかる。

 すると、どのくらい重力が大きくなったときに空間が引き込まれて収縮を始めるのだろう。すると、重力源から遠くはなれた空間は、重力に引き込まれずに、残ってしまわないのだろうか。ブラックホールごときでは引き込まれないのだから。

 銀河の星は引き込まれていないから、空間も同じであるとはいえない。星や物質は質量や位置エネルギーや、熱エネルギーを持っている。これが運動エネルギーになり、重力に対抗した斥力となり、銀河の回転運動になり、重力とつりあって、なかなか引き込まれないのだ。ところが、空間は、質量がないから位置エネルギーがない。熱による運動もない。重力に対抗する斥力は何もないようだ。だから一気に引き込まれそうである。ところがびくともしていない。

 空間は重力には引き込まれないといえそうである。元々、相対性理論では、重力は空間のゆがみであるというのだから、引き寄せる力はないはずである。引き寄せる力はニュートンの万有引力の考え方である。つごうのいいところだけ、ニュートンを借りてはだめだ。

 また、「無の状態」とはどういう状態なのか。そこには何かが詰まっているのだろうか。それとも何もないのだろうか。何もない真空の空間とどのように違うのだろうか。無の状態の説明がない。

結論

 時間の終わりも、空間の終わりも、まだまだ、空想物語であるようだ。

 

わかる「時間」19

タイムトラベルは可能か

 「オリオン星雲まで2年で行ける?」

問題1

・ 「オリオン星雲は地球から1500光年、つまり光の速さで1500年かかる距離にある」

・ 「光速の99.9999%であれば2年強で着いてしまう。」

・ 「超高速で運動する物体上での時間の経過は遅れる(ゆっくりになる)」

考察1

(1) 光の速さ

 光の速さで運動すると、時間が止まるということである。すると、光は光の速さだから、時間がとまっているはずだ。すると、オリオン星雲からの光は、時間が経過していないということになる。

 時間が経過していないのに光は進んでいる。

 オリオン星雲からの光は時間が経過しないのだから、一瞬で地球に着いたことになる。本にもあるように、普通は、オリオン星雲からの光は地球に来るのに1500年かかることになっている。

(2)「光速の99.9999%であれば2年強で着いてしまう。」

 普通は速度は距離÷時間である。すると、1500光年÷2年=750になり光速の750倍の速度であるということになる。

 相対性理論は違う計算式を使うから光速の750倍ではなく、時間の進み方がゆっくりになるからであろう。時間がゆっくりになれば、速度もそれに合わせてゆっくりになりそうだが、そうではないようである。時間を無視して、速度はそのままのようだ。なぜか時計の針の進む速度だけが遅くなるということなのだ。

 漫画では、時間が止まると、みんな動きが止まる。主人公だけは、普通の速度で動きまわることができる。これは外の時間が止まって自分の時間だけが動いているからである。

 この場合は反対で、自分の時間がゆっくりで、回りは普通の時間が流れていることになっているから、ロケットの1年の間に、回りは750年経過していることになる。ロケットから見ると、外はものすごい速さで時が流れているように見えることだろう。外から見ると、750年の間にロケットは、1光年弱しか進んでいないことになりそうだ。光速の750分の1の速度にしかならない。ところがそうではないようだ。

(3)「超高速で運動する物体上での時間の経過は遅れる」

 「特殊相対性理論による時間の遅れは、おたがいさまだということです。」と、P47にある。

 すると、オリオン星雲を基準にすると、オリオン星雲が1500年経過する間に、宇宙船は2年でやってくることになる。しかし、基準を宇宙船にとると、オリオン星雲のほうが光速の99.9999%で動いていることになり、宇宙船は止まっているのだから、宇宙船の時間は1500年経過し、動いているオリオン星雲のほうが、2年で、宇宙船にやってくることになる。

 なんとも不思議な世界だ。

(4) どちらの時刻が正しい時刻

ア 宇宙船が動いているとした場合

オリオン星雲と、宇宙船の時計を西暦2000年に合わせる。そして宇宙船が出発する。

 オリオン星雲に到着したときは宇宙船の時計は2002年を指している。オリオン星雲の時計は3500年を指している。

イ オリオン星雲が動いているとした場合(アインシュタインの相対性原理)

 反対に宇宙船の時計が3500年を指し、オリオン星雲の時計が2002年を指している。

結論

 オリオン星人が時計を見ると、遅れているのはロケットのほうである。ロケットの人が見ると、基準のロケットは止まっているのだから、遅れているのは、オリオン星人の時計である。お互いにそちらの時計が遅れていると論争になりそうである。

 これはどのように考えたらいいのか。これが事実に一致するであろうか。ひじょうに疑問である。GPS衛星のときも、ジェット機に積んだ時計のときも、相対性理論家はこの問題は黙って、ないことにしている。それはちょっとずるいんじゃないですか。

 

わかる「時間」20

特殊相対性理論の基礎となる二つの原理

1 相対性原理

(1)原理

「運動はすべて相対的で、何が静止し何が運動しているのかを絶対的に決めることはできない」

(2)根拠

 宇宙船と宇宙ステーションを比べる。宇宙ステーションから見ると、宇宙船が動いているように見える、しかし、宇宙船から見ると、宇宙ステーションが動いているように見える。「このように、運動は全て相対的で、何が静止し何が運動しているのかを絶対的に決めることはできない」

(3)考察

 ア 上記の根拠は科学であろうか。否である。

 見かけがそのように見えることと、本当の運動とは違う。

(例1)この本の宇宙船と、宇宙ステーションの例

 宇宙船と、宇宙ステーションの質量は違っている。したがって、どちらが動くかで運動エネルギーが違う。これは肉眼で見ただけでは確認できない現象だ。もしどちらも同じなら、ニュートンの運動法則を完全否定するということである。 

(例2)天動説

 太陽や、星が東から昇り、西に沈む。このことから、長い間、太陽や星が動いているとヨーロッパの科学者には思い込まれていた。また、多くの人々もそう思い込んでいた。地動説はなかなか認められなかった。見た限りでは、太陽が動いているのはたしかだ。ところがそれが間違っていた。物事は見かけでは判断できない例だ。

 天動説なら、ケプラーの法則は成立しない。

・ 小さな地球の周りを大きな太陽が回ることはできない。

・ 星は遠くはなれているので、一日に地球を1周すると、光速を越えてしまう。また、星の実際の大きさは地球よりはるかに大きい。

天動説はニュートンの法則に完全に反する。

(例3)

自転車で走る。

 自転車から見ると、道路が動いている。道路側から見ると、自転車が動いている。相対性原理ではどちらも正しい。しかし、人が自転車のペダルを踏む力ぐらいで道路が動くだろうか。道路は地球にくっついているから、道路が動くということは地球が動くということである。

 これも運動エネルギーから考えるとニュートンの法則に完全に反している。

 

(例4)

 宇宙線

 地球には毎日無数の宇宙線が降り注いでいるということである。

 これらは光速であるものもある。宇宙線から見ると、宇宙線が停止して、地球が光速で動いていることになる。

@ 光速で動くと、時間が止まることになるのが、相対性理論である。すると、宇宙線に対して光速で動く地球上の時間は停止することになる。時間が止まると、全ての動きは止まってしまう。そんな事実は確認されていない。遠くから見ると止まっているが、地球上はいつものとおり時間が経過しているというのが相対性理論のつごうのいい理屈なのだろうが、変な話になるのは間違いない。

A 宇宙線は全方向から地球に降り注いでいる。すると、地球は全方向に光速で動くことになる。それも同時にである。東西から同時に宇宙線がやってきたらどうするのだろう。東に光速で動くのと西に光速で動くのが同時になる。どうやって地球は動くのだろう。宇宙線からそう見えるだけだというのは、相対性原理の、「運動は全て相対的で、何が静止し何が運動しているのかを絶対的に決めることはできない」に反する。

結論

 物事が相対的であるという事例はない。物事は絶対的であるという事例は山とある。「相対性原理」は事実と一致しないので間違っている。

 

(4) 慣性系

 ここには書かれていないが、これらは、慣性運動をしているもののことであるという。ではこの宇宙を考えてみよう。万有引力は、どこまでも、届くという。230万光年離れたアンドロメダ銀河と銀河系は、引き合って近づいているということからもわかる。したがって、この宇宙には万有引力のないところはない。ということは、この宇宙の全ての物質は、引力のために加速運動をしているということになる。すると、慣性運動をしている物質は、この宇宙には存在しないということである。したがって、慣性系はこの世界には適用できないといえるから、相対性理論は、この世界には適用できないことになる。

 加速系が相対性原理に入らないなら、この世界の全ては加速系だから、この世界の全ての動きは絶対的であるといえる。

 慣性系でも動いたほうが動いているのは決まっているのは、上に見たとおりである。

(5)結論

 太陽と地球はどちらが動いているか決まっている。地球が太陽の周りを回っている。そして、太陽も銀河系の回転とともに動いている。その銀河系も、動いているのが観測されている。これらの動きは何が動いているか決まっている。

 地球から見たら、太陽や、銀河系の星々が動いているように見えても、動いているのは地球のほうである。相対性理論では天動説も正しくなる。

 物事は見た目で判断できるほど甘くはない。見た目が全てというのは科学ではなく、手相や、星占いの世界のことである。特殊相対性理論はそれくらいのものである。手相や、星占いを信じる人がけっこうたくさんいるように、相対性理論を信じる人もけっこうたくさんいるのは仕方がないか。

 

2 光速度不変の原理

問題1

 この本の例は秒速15000kmの宇宙船と、これを観測する秒速0kmの宇宙ステーションの観測者の測定という設定である。この宇宙船の中で秒速5000kmのボールと、光を前後に発射して比べている。

考察1 

 6個の事例が提示されているが、光速度普遍の原理を証明する現象は、そのうちの1個だけである。後の5個は光速度不変の原理とは関係ない現象である。

(1) 唯一関係ある事項

「宇宙船内部で観測すると光の速度は秒速30万km」

 これは、宇宙船が停止していても、15000kmで飛んでいても、光は、宇宙船に対して30万kmで飛ぶということである。

 これは、「電磁気学によって示唆されていた。また理論だけでなく、1887年に行われたマイケルソンとモーリーによる実験でも実証された。」と根拠が述べられている。

 考察

@ マイケルソンとモーリーによる実験 

 マイケルソンとモーリーによる実験は、検証実験ができていないので、実証されたとはいえない。検証実験がなされないかぎり、実証されたとはいえないことは科学としての常識である。それを無視している。なぜか。検証実験ができないからである。なぜ検証実験ができないか。マイケルソンとモーリーによる実験が、間違っていることがわかるからである。わかってはなぜ困るのか。特殊相対性理論が間違っていることになるからである。特殊相対性理論が間違っているのがわかるのはなぜ困るのか。謎である。

 アインシュタインの相対性理論は、あらゆる疑問が無視される。反対に、マイケルソンとモーリーによる実験のように、ほんのかすかな、藁をも掴むような現象にすがり付いて、実証されたと声高に言う。エディントンの観測しかり、重力レンズしかりである。原因は他にあるのを検証していないのである。それどころか他の理由は無視しているのである。まず、相対性理論は絶対に正しい、があるのである。

A 光が相対速度を変えている例

 ・ 光行差(星の光が、地球に対して、斜めに降る現象。多くの天文学者によって観測されている)

・ 宇宙背景放射のドップラー現象(ふたつの人工衛星によって観測されている)

 これらは、全て、それぞれに複数の人や、観測機器で観測されている。検証されているとみなせる。このことで、光は物質に対して相対速度を変えているといえる

(2) 光速度不変と関係ない事項

@ ボールの場合

 ここに書かれてある、ボールの3つの事項は、全て、ニュートンの慣性の法則で説明がつくことである。光速度不変の原理とは何の関係もない。

 関係ありそうなのは、ボールはどのような速度の宇宙船の中でも、前後に同速度で飛ぶという現象である。このことから、光も、宇宙船の中では同速度で飛ぶという現象が、同じ現象のように錯覚されることである。これは、科学者はだませないからごまかしにもならないとは思うのだが、素人相手の本では意味があるかも知れない。

 このふたつは、見掛けは同じ現象のように見えるがまるで違う現象である。ボールが、宇宙船の前後に対してどちらにも同速度で飛ぶのは慣性の法則である。しかし、光は慣性の法則は適用できない。慣性の法則は、質量のあるものが、運動エネルギーを保存しているということであるが、光は、質量がないから、光源の運動エネルギーを保存できないから、宇宙船の速度と無関係な光独自の速度になる。

 ではなぜ、光もボールと同じように、宇宙船の前後に対して同速度で飛ぶのかというと、光の場合は、相対性原理の、光速度普遍の原理からである。基本の原理がまるで異なっている。原理がまるで異なっているのに、同じ動きになるのは、たんに偶然の一致か、片一方が間違っているかである。

 

 5つは正しい。間違っているのは光速度不変の事項だけである。他の5個の、正しい事項の中に、何食わぬ顔をして紛れ込ませているが、光速度普遍の原理は他とは全然関係ない現象である。紛れ込ませることで正当化しようとしているなら、それは科学的姿勢を裏切ることになる。

 

以下に、五個の事項が正しいことを検討してみる。

(1) 宇宙船内での観測

ア ボール

 前後ともに秒速5000km

 これはニュートンの慣性の法則である。観測者もボールも、ともに、宇宙船の速度15000kmを共通して持っているので、これは、観測者とボールの相対速度に関係しないから、このようになる。

 これと同じように光も前後に同じ速度で飛ぶと思わせようとしたのなら、詐欺である。ぜんぜん違う現象なのはわかっているはずだからである。まあ、だまされる人はいないだろうけど。なんにしろ、ボールの現象(慣性の法則)と、光の現象(光速度不変の原理)は全然関係ないことである。科学としては比較するのが間違っている。

イ 光

 観測者に対して「光の速度は30万km」ということである。この根拠は「電磁気学によって示唆されていた。また、マイケルソンとモーリーによる実験でも実証されている。」ということである。前に指摘したように、マイケルソンとモーリーによる実験は、検証実験がなされていないから、実証されたことにならない。また、宇宙背景放射と、地球の相対速度が人工衛星の観測で検出されていることから、マイケルソンとモーリーの実験結果は間違っているということが証明されている。

 したがって、宇宙船内の観測では、人工衛星と背景放射が相対速度を変えたように、光と宇宙船は相対速度を変えるから、前方に進む光は、30万km−15000km=28万5000kmになり、後方に進む光は、30万km+15000km=315000kmになるはずである。ボールのようにはならないのである。

(2)宇宙ステーションからの観測

ア ボールを前方に発射した場合

15000km+5000km=20000km

これは慣性の法則のとおりである。

イ 光を前方に発射した場合

 15000km+300000km=315000kmとなりそうだが、300000kmのままである。

 これは、ボールは質量があるから、宇宙船からもらった速度を保存できるから、二つ合わせた速度になる。しかし光は、質量がないから宇宙船の速度を持つことができない。したがって光独自の速度になる。

 これはボールや光を後方に発射した場合でも同じである。慣性の法則が適用できるのは質量のあるものどうしの場合に限るのである。

 速度0の宇宙ステーションから見ると、光源の速度にかかわらず、光の速度は秒速30万kmというのは、ニュートンの絶対空間に対して、光は光速度であるというのと一致する。宇宙ステーションが、速度を持っていたら、その宇宙ステーションにたいして光は相対速度を変える。一方、光速度不変の原理では光は秒速30万kmである。

結論

 特殊相対性理論の要である光速度不変の原理は、宇宙船の内部の観測機器に対して、前後に発射した光が光速度であるという理論だけである。他は、関係ない普通に起こっている出来事ことである。

 そして間違っているのもこの理論だけである。光は、動くものに対して、相対速度を変えるのである。

 

 相対性原理も、光速度不変の原理も、事実とは異なる理論である。事実に一致しない原理は間違いである。間違った原理によって組み立てられた特殊相対性理論は、間違っているということである。

 

わかる「時間」21

「同時性の破れ、時間のずれ」

問題1

「同時性の破れとは、光速度不変性を前提にすると、ある人から見て同時刻に起きている二つの現象が、別の人から見ると同時刻には起きていないということである。」

考察1

「光速度不変性を前提にすると」起こる現象であるという説明である。ところが、先に述べたように、「光速度不変の原理」は事実とは一致しないので間違った理論である。したがって、同時性の破れは起こらないといえる。

(例)

「宇宙船内で観測すると、発射された光が前方と後方の受光装置に到着するのは0.1秒後で、「同時」である。」という例があげられている。

 これが間違いになる。実際は同時には到達しない。実際の現象は宇宙船内の後ろの受光装置には、0.1−α秒、前の受光装置には0.1+α秒で到達する。船外から見た説明と同じになる。

結論1

 したがって船外から見ようが、船内から見ようが同じ現象になるから、「同時性の破れ」は存在しなくなる。

 

わかる「時間」22

「長さのちぢみ」

問題 1

「特殊相対性理論では、運動する物体の長さがちぢむという現象が現れる。」

「宇宙船で遠方の天体まで行く場合、地球から見ると、宇宙船が動いている。しかし、宇宙船のほうから見ると、その間の空間が自分のほうに向かって動いている。したがってその距離は短くなり、」

考察 1 事実との照合

 例として、オリオン星雲との距離と、速度による縮みが書かれてある。

光速の0%のときは1500光年。光速の99%のときは212光年になるということだ。

 そこで、オリオン星雲から出た光を考える。光は光速である。上の論理からすると、光から見ると地球までの空間が光速で光に動いていくことになる。すると、光に対して、空間がちぢむことになる。光速だから、ぴったりとちぢむ。すると、オリオン星雲の光は一瞬で地球にやってきていることになる。

 1光年は、光が1年で進む距離であるという。これは速度によって空間はちぢまないということを前提にしている。ニュートンの絶対空間の考え方である。空間は伸び縮みするという特殊相対性理論からすると間違ってはいる。伸び縮みする時空だと、光には距離も時間もなくなるから、光は一瞬で宇宙のどこにでも到達するはずである。

 太陽からの光は、地球に届くのに8分強かかるというのが定説である。アンドロメダ銀河からの光は、230万年かかるということだ。これは、絶対空間で考えている。伸び縮みする空間ではない。そして、事実も、距離と光速度に比例している。これは、最初に光りの速度を計算した木星の衛星からの光の到達時間のずれからも証明されている。光に対して、空間は1mmもちぢまず、木星と地球の距離によって到達時間が違っているのである。

 光が光速でも、光に対しては特別で、空間はちぢまないということなのだろうか。そのときは、光は特別であるということを証明しなければならない。

 有名なカミオカンデの観測では、ニュートリノは光速で飛んできている。超新星の爆発による光と、ニュートリノは、ほぼ同時に地球に到達している。

 もし光だけ特別で空間がちぢまないのなら、ニュートリノに対しては縮むはずだ。すると、ニュートリノはあっという間にちぢんだ空間を飛んできてしまうだろう。光はずっと遅れてやってくるはずだ。

 ところが、ニュートリノはその光と同時に地球に到達しているから、光速で飛ぶニュートリノに対しても、空間はちぢんでいないことになる。

 ニュートリノは粒子である。質量もあるということである。ほぼ物質と考えてもいいということだ。すると、質量のある粒子が光速で飛んでも、空間はちぢまないということである。

結論1

 このことから、実際の現象では、特殊相対性理論に反して、空間は速度によってはちぢまないということを示している。

 これはどちらかが間違っているということを示している。理論が間違っているのか、事実が間違っているのかの二者択一である。もちろん相対性理論は絶対であるから事実が間違っているのである。なんてことにならないように願いたいですね。ところが、今までも都合が悪いときは、観測誤差(エディントンの太陽の蕎麦の星の観測が、相対性理論に合わないからといって誤差にしている)とかにして事実のほうが間違っているといわんばかりにしているのである。重力レンズだって理論と観測値が一致していないのをほったらかしである。

問題2

空間が動くか?

「宇宙船のほうから見ると、その間の空間が自分のほうに向かって動いている。」

考察 2

「空間が自分のほうに向かって動いている。」ということは、宇宙が動いているということである。

 宇宙船のエンジンの力で、宇宙船を動かすことはニュートンの力学で計算できる。しかし、宇宙船のエンジンで全宇宙を動かすというのは、どのようなエネルギーの計算をするのだろう。

 「宇宙船のほうから見ると、その間の空間が自分のほうに向かって動いている。」というのは、宇宙線に向かって全宇宙が動いているということである。地球は動いているから地球から見ると、宇宙が地球にむかって動いている、ということになる。天道説である。太陽も星もたしかに動いて見える。長い間みんなが信じていたのは仕方がない。ニュートン力学がそれを理論的に否定した。物は重いから落ちる、から万有引力への転換である。ところが、アインシュタインは引力から、重力へ逆戻りさせた。それとともに、またぞろ天動説である。ところが、それを信奉している学者のなんと多いことか。

(注:万有引力と重力の違い。万有引力は互いに引き合う力だから、潮汐力が働く。しかし、重いから落ちる、と、アインシュタインの重力は、一方的な力だから潮汐力がない。これが大きな違いである。実際の現象には潮汐力が観測されているから、万有引力のほうが事実に一致する。アインシュタインの重力の考えは事実に一致しない)

 

結論 2

 今時天動説だって。よくそんなことが信じられること。ロケットが地球に向かって飛んできたら、地球は大急ぎで、ロケットに向かって飛ばなければならないなんて義理はないですから。

 

 

わかる「時間」23

時空の概念

1 地図

(1)問題 

 地図に描かれた川の横幅を計る問題で、「ちがった向きで描いた地図では横幅も当然ちがう」

(2)考察 

 横幅の意味が不明。何をもって横幅とするかが決められていない。川の横幅は、実際に測ればいつ測っても同じである。地球は回転しているから、違った時刻に測れば川の向きは太陽に対して変わっている。ちがった向きの川を測ったらちがった川幅になるというようなことはない。

 地図も向きがどのようであれ縮尺が同じなら、同じところを測れば同じになるはずである。もちろん、紙に対して横ということに固守すれば、地図の書き方で、横幅は変わるだろう。しかしそのときは測っている場所が違うのだから当たり前である。そのような測りかたは何の意味も持たない。

(3)結論

 意味不明な論である。

2 時空1

(1)問題

「各時刻での「空間」を積み上げたものを時空とよぶ」

(2)考察

 空間を積み上げるということはできるのだろうか。

 今の空間と、一瞬前の空間を積み上げるとどうなるのだろう。宇宙がふたつできる。では一瞬後の空間をそれに積み上げるとどうなるのだろう。宇宙が三つできる。どのように重なっているのだろう。

 現実には過去は連綿と積みあがっているわけではない。そんな事実もない。

 また未来も、積み上げられない。未来はまだ存在しないのだし。

 あるのはこの瞬間の宇宙だけである。(注:相対性理論では、物質はそれぞれに違う時刻になっているから、宇宙には、あらゆる時刻の物質がごちゃ混ぜになっているということだが)

(3)結論

 このような事実は観測されたことがない。思考上のものでしかない。事実ではない。このようなことを絵空事という。式で書くと、時空=絵空事となる。

3 たとえ話

(1)問題

「空間を1本のまっすぐな“糸”で表す」

「ある時刻の空間を表す糸の上に、すぐ次の瞬間の空間をあらわす糸を並べる」

(2)考察

・ 糸は並べることができる。なぜなら、糸は具体物であるからである。しかし、次の瞬間の糸は人間には並べられない。未来の糸は人間には触ることができないものである。次々に糸を並べるというイメージから、次の瞬間に糸を並べることができるように錯覚させているが、人間が織物を作るときは全て今の瞬間の糸を並べているのである。未来の瞬間の糸を並べているわけではない。横に並んでいるのは、一瞬前の過去に並べたけれど、今の時刻にはただ横たわっている状態の糸である。すなわち、今、横たわっている糸の横に、同じ今、次の糸を並べているのである。決して、次の瞬間の糸を並べているわけではない。

・ 時空と糸はまったく別のものである。時空を糸で代用することはできない。1時間前に並べた糸は今も残っている。30分前に並べた糸も残る。具体物だからだ。しかし、1時間前の空間はどこにも残っていない。30分前の空間も残っていない。30分前の空間を観測したという事例はない。空間は今以外は残らないようだ。だから、糸は何本も並べることができるが、残らない空間は常にひとつしかないから並べることができないのだ。糸を持ち出しても、時空もそのように並べることができるかもしれないと錯覚させることしかできない。そしてその錯覚を狙っているにしかすぎない。錯覚を使った手品である。科学としての意味は何もない。

(3) 結論

ア 糸と時間

 糸は並べることができるが、過去の糸と、現在の糸と、未来の糸は並べることはできない。すなわち時間を積み重ねることは人間にはできないし、自然界にも、過去と現在と未来が同時に積み重なっているという現象は今のところ観測されていない。地層は、時間とともに積み重なっているが、あれは土が積み重なっているのであって、時間が積み重なっているわけではない。今ある地層はすべて、大昔積み重なって、今、という瞬間の中で縞模様になっているのである。

イ 糸と空間

 1次元の糸は並べて布のように二次元にできる。しかし、三次元の空間を並べることはできない。実際に並べることができた人はいない。また、そのような現象は観測されていない。思考の中にしかない現象である。

ウ 結論

 時空が積み重なるというのは、面白い考えかもしれないが、事実の中では何一つ観測されていない。哲学では思考の中だけでもいいかも知れないが、科学となったら事実の裏づけが必要である。それがなければ科学とはいえない。糸を並べて、さも現実の存在であるかのようにいうのは、偽のマークを使って本物らしく見せて売りつけるのに似ている。

3 時空2

問題

「空間、時間という概念を独立に考えることを放棄し、時空全体を相手にしようというのが、相対性理論によって登場した新しい時空観なのである。」

考察

 この本でも、時間の本質は何もわかっていないということだった。空間は何も書いてないが、空間も、本質的なことは何も分かっていないと思われる。単独でも何も分かっていないものを、一緒くたにして、時空とするのは、何も分かっていない、の2乗になるような気さえする。

結論

 普通では、時間と空間は似ても似つかないものである。それをいっしょにすることで新しがっているけれど、新しければいいというものではないはずだ。事実は何か、が大切なのだ。何もわかっていないから、反論もできないことをいい事に、一緒くたにして手柄にしているだけだ。

 

わかる「時間」24

相対性理論とタイムトラベル

問題1

「可逆的な時間」

「物理学に登場する時間のほとんどは逆回しにしてもいっこうに構わない時間です」

(例1)

「宇宙が一点から生まれて膨張していく理論を作ったとします。すると時間を逆回しにして、宇宙が収縮していって一点につぶれてしまう理論も同時に作ることができるのです。」

(例2)

「Aという粒子がこわれてBとCという二つの粒子ができたとします。この場合に時間を逆回しにしてBとCの二つの粒子からAが作られてもかまいません。」

考察1

理論的には可能かもしれないが現実には不可能な例である。

(例1)

 宇宙が膨張した後収縮するときにも、時間は負ではなく正のほうに流れているはずだ。

 (反例1)

 宇宙に散らばったガスが収縮していって、やがて星になることが観測されている。ガスが収縮するときその部分で時間が逆に流れているということはない。

(反例2)

 水は熱すると膨張する。水蒸気になると大きく膨張する。このとき時間は周りと同じように流れている。反対に冷却すると収縮し水になる。このときも時間は周りと同じに流れている。

 このことから、地球上や宇宙の物質の、膨張と収縮は時間の順、逆とは関係ない現象であるといえる。

(例2)

 ある物質を二つに割り、そしてまた元のようにくっつけるとき時間は、逆に流れるか。

 (反例2)

 昨日饅頭を二つにし、今日またくっつけたら、昨日に戻ったなんてことはありえない。

(反例3)

 酸素と水素をくっつけると水になる。電気分解すると、また酸素と水素に分解する。このとき、時間は逆転したりしない。

結論

 相対性理論を使うと可能でも、現実にそれを行うことはできない。それができたらタイムマシーンができる。

 時間が逆に流れるという実験もないし、事実も観測されていない。これは、時間は逆には流れないという証拠である。

 相対性理論を使うと可能ということは、相対性理論には、現実には存在しない現象を生む論が含まれているということである。ということは、相対性理論は、現実を正確には表していないということである。すなわち、それはあの世の理論ではあってもこの世界の理論ではないということを示唆している。

 これはよくて哲学、まあ、思い付きにしか過ぎない。

 

問題 2

「時間はエントロピーが増大するほうにしか流れません」

考察 2

 (反例1)

 星間ガスは物質がばらばらにある状態だ。それが、まとまって恒星になると、これはエントロピーの減少といえる。星ができるとき時間が逆に流れるという現象はない。もし時間が逆に流れたら、星は、から過去に移動し見えなくなってしまうことになる。(注:過去はわれわれには決して見えないものである。1万年前の星が見えたというのは、過去を見ているようで過去ではない。1万年前星を出た光が1万年かかって現在の地球に到達したということで光は1万年経過しているから今の光を見ているのである。昨日の夜、オーストラリアをたった飛行機が今日成田についたということと同じである。成田に着いた飛行機の時間は昨日ではない。星の光は過去の映像であるが、それは1万年保存された映像である。昔の映画を見るのと同じである。昔撮った映像であるけれど、映写機の中で回っているのは、今の時刻のフイルムである。)

(反例2)

 植物は、水と炭酸ガスからでんぷんを作る。これは、エントロピーの減少である。植物の成長にともなって時間が逆に流れている現象はない。

結論

 このように実際の世界ではエネルギーを使ってエントロピー減少の現象がつねに起こっている。そのときその部分の時間が逆になったりはしていない。普通に流れている。

 したがって、「時間はエントロピーが増大するほうにしか流れません」という論理は間違っているといえる。時間はエントロピーの増減とは関係なく流れているといえる。ニュートンの絶対時間である。

 「物理学の時間になぜ2種類あるのかはいまだにわかっていません。」というのはその物理学が事実と乖離している、すなわち間違っていることを示唆している。相対性理論では、降りてきたジェット機の人の時計と、空港の人の時計が違っているのを二人で見比べて、どちらが正しいのかしら、と比べたりできるが、現実には、時間はひとつである。現在の時計と、過去の時計を並べて比べることはできない。過去の物質と、現在の物質を並べることは不可能であるからである。物理学という学問の中の時間には2種類あるかもしれないが、事実は絶対時間しかないといえる。そうでないというなら、昨日の時計と、今日の時計とを並べてみるといい。世界広しといえども、それのできる人はいない。

 

わかる「時間」25

相対性理論と固有時間

 「アインシュタインは彼の特殊相対性理論で、時間は運動の仕方によって進み方が変わること、つまり運動している人はそれぞれ別の時間を持っていることを明らかにしました。こうした時間を「固有時間」といいます。」

問題 1

 「運動している人がそれぞれ違う固有時間を持っているなら、「同時刻」も人によってちがってきます。」

考察 2

 物質は原子でできているというのが定説である。地球の、鉄より原子数が多い物質は、大きな星の爆発で作られたということだ。また、水素以外の物質も星の中でつくられたという。

 超新星で飛び散ったとき原子はそれぞれに速度が違っていたはずである。そして、何万年と高速で飛ぶ。すると原子の時間はそれぞれに違っているはずである。また星の中にいた時間と、宇宙を漂っていた時間とで重力に大きな違いができる。その期間も、原子一つ一つごとに何万年何億年の違いができる。時間の違いも、何千年、何万年の違いがある原子があるはずだ。それが集まって太陽を作るときには、複数の星の起源の原子も集まっているはずだ。あるいは一度も星にならなかった原子も多く含まれているはずだ。すると原子の時刻はそれぞれに大きく違っているはずである。

 地球ができたとき、地球を構成する全ての原子は、まるで違う時刻にあることになる。

 したがって、人の体を構成している原子も、全て違う時刻になることになる。右手を見てみよう。右手の親指のつめを構成している原子は人差し指を構成している原子と違う時刻にある。もちろん親指のつめを構成している原子それぞれが違う時刻にある。

 あなたの体は、1982年3月15日0時12分26秒にある原子や、5985年9月9日16時39分08秒にある原子など、一つ一つ違う時刻にある無数の原子によって構成されていることになる。

 その様々な原子が、なぜ今という時刻に全部同時に出現しているのだろうか。なぜ原子固有の時刻に出現していないのだろうか。1800年の原子は1800年に、3009年の原子は3009年に出現するほうが、妥当であろう。

 原子が今という時刻にぴったりあらわれた原因は何なのだろうか。簡単である。原子はみんな同じ時刻にあるということである。原子それぞれに固有時刻が存在しないということである。固有時刻が存在しないということは、原子の過去の速度によって、固有の時間が流れていないということである。重力によっても固有の時間は流れていないということである。このことから、現実世界では、時間は、速度や重力によっては変わっていないということがいえる。

 時間は、ニュートンのいう、絶対時間のほうが事実に符合するといえる。

 

問題2

「双子の兄がロケットで宇宙旅行に出発して地球に帰ると、弟より若くなっているという「浦島効果」も起きるのです。」

考察2

(1)相対性原理から

 相対性原理では、見方を変えると動いているほうも変わる。

 地球から見ると、ロケットが動いているから、兄の時間がゆっくりになるから兄が若い。反対にロケットから見ると地球が動いているから、弟の時間がゆっくりになるから弟が若い。

 地球で再会した二人は、どちらの観点で時間を計ればいいのだろう。弟から見れば兄が若いし、兄から見れば弟が若い。二人とも相手が若いと見る。もちろん時計もそうなっている。お互いに相手の時計のほうが遅れていると主張するだろう。

 ところが、この問題は、ジェット機につんだ時計の実験で解決している。ジェット機の時計が一方的に遅れていたということだ。双子の兄のほうが若いのである。ジェット機の人から見た地球の時計が遅れているということはなかったようだ。ジェット機の人が地上の人の時計を見たという記述はないから確定はできないが、記述がないということは、不思議がなかったということだから、一方的にジェット機の時計が遅れていたということであろう。

 ここでは光速度不変の原理のために速度によって時間の流れ方が違うということを説明したいために、特殊相対性理論のもうひとつの原理、相対性原理を箱にしまっている。それに出てこられると、話がややこしくなるからである。

(2)再開の時間

 帰ってきたロケットと地球の時刻が違う。するとどちらの時刻に合わせばいいのかがわからなくなる。地球に帰ってきたのだから地球に合わせるとする。時計は合わせることができる。針やデジタルの数字を動かせばいいだけだから。だが、本当の時刻を動かす方法は今のところ人間にはできない。

 時間がゆっくりで、まだ昨日の時刻にしかいない人と、普通に時間がすぎていって今日にいる人がいっしょに会うことは可能なのだろうか。普通、昨日の人と、今日の人は会うことはできない。もし会うとしたらどちらの時刻で会うのだろうか。

結論2

 現実には違う時刻の人は会うことはできない。すなわち、「同時刻の相対性」は実際には実現不可能な事柄だ。時間が違ってしまったロケットは二度と地球には帰ってこられないのだ。時間が遅れてしまったロケットは出発時刻に遅れてしまった恋人のようなものだ。恋人は列車に乗ってもう遠くを走っている。ロケットが帰ってきても、そこにはもう地球は存在しない。地球はずっと未来にいっているのだから。

 

問題3

「特殊相対性理論にあらわれる時間は空間と密接に関連し、時間と空間が融合した4次元の「時空」を作っていることがわかったのです。」

考察3

 「時間と空間が融合した4次元の「時空」」というのはかなりかっこいいイメージである。しかし、イメージ以上のものは存在するのだろうか。今まで、時空なるものの存在が直接にも間接にも観測されたことはあるのだろうか。あるいは実験で作り出せたことはあるのだろうか。あれば示してほしいものである。

 「時間と空間が融合した4次元」なるものは、空想科学の世界である。

 時間と空間はまったく異質のものである。どうやってくっつけるのか。まあ、きょう日いい接着剤が出回っているから何とかなるだろうとか。4次元なんて、かっこいいから、漫画やSF小説の題材にはうってつけだけど、実際そんなものの存在を実証できたためしはないのである。実証できないものは仮説か、間違いである。

結論3

 これは単に観念論にしか過ぎない。

 

わかる「時間」26

同時刻は観測者によってことなる。

問題1

「特殊相対性理論では、たがいに等速直線運動をしている観測者の群れを考える」「つまり加速運動は考えない」

考察1

 先に書いたように、この宇宙は全て万有引力に満たされている。すなわちこの宇宙の物質は全て万有引力によって引き付けあう加速運動、相対性理論では、重力による落下運動をしているということである。どちらの理論にしろ、純粋に慣性運動をしている物質はこの宇宙には存在しないといえる。

 特殊相対性理論は、地上にある軌道を走る列車を例にして述べられている。ところが、地球は自転と公転をしながら、銀河系の回転とともに回転し、さらにどこかに向かって飛んでいるといわれている。したがって、地上のものはすべて複雑な螺旋運動をしている。それも、自転は赤道で音速を超え、公転は30km秒、銀河の回転は200km秒、宇宙空間に対しては700km秒である。人間が作れる速度では、加速器の中以外にこれほどの高速はない。それが地球の行なっている螺旋運動である。地球上には等速直線運動をしている軌道はない。特殊相対性理論とはそれくらいの誤差があっても大丈夫な代物である。適当なのだ。

 加速運動をしているもの、すなわち、この宇宙のすべての物質にとって光の速度はどのようになっているのであろうか。「つまり加速運動は考えない」特殊相対性理論はどのように現実世界に適用されるのだろうか。

結論1

 このことから、この特殊相対性理論は、加速しているわれわれの宇宙のことは「考えない」ということになる。特殊相対性理論はこの宇宙の理論ではないということである。

 

問題2

「これらすべての観測者たちにとって光の速さは一定であるというのが実験事実である。」

考察2の1

 マイケルソンとモーリーの実験は地上で行われている。太陽の引力で公転し、また自転している地上は、慣性運動をしているとはいえない。すなわち、「考えない」という世界の実験である。

結論2の1

 かなり微妙な実験であるといわれている。それを「考えない」はずの螺旋運動をしている装置で測っているのである。相対性理論とはそれぐらいの精度で十分間に合うということのようだ。

考察2の2

 同じ速度で同じ方向に動いているものから光を観測すると、光の速度は同じである。これは、同じ列車内から、隣を走っている車の速度を測ると、同じ速度であるのと同じである。列車が150kmで車が同方向に80kmなら、列車内の座席に座っている全ての人に対して、車は、70kmで遠ざかっていると測定できる。

 このことから、時速150km(秒速41.6m)で走る列車と同方向に進む光の速度は、30万km−0.0416km=299999.9584kmとなる。

結論2の2

 普通の現象である。光と同じ速度で飛ぶ宇宙船から光を観測すると、光は並んで飛ぶことになる。宇宙船の乗客から見ると、光の速度は相対的に、0kmということになる。これはチェレンコフ光の観測で実証されている。光速で飛ぶ粒子からでた光が、その粒子と同速度で飛ぶために、衝撃波を起こしているのがいろいろなところで観測されている。

考察2の3

「光の速さは一定であるというのが実験事実である。」とある。これは、マイケルソンとモーリーの実験をさしていると思われる。

 そして、マイケルソンとモーリーの共同実験ひとつだけである。すなわち、検証実験がなされていないので、これをもって実験事実ということは科学としては認められない。また、先に述べたように、地球が背景放射に対して相対速度を持っていることが別々の人工衛星によって観測されている。これは実験と、検証実験に当たるので科学的に事実として認められる。地球が光に対して相対速度を持っているということは、光速度不変を否定する証拠である。

 アインシュタインは光速度不変を実証する実験を行っていない。相対性理論家もこの実験を検証する実験を行っていない。

 マイケルソンとモーリーの実験は、エーテルの存在を検証するために行われている。光速度不変のためではない。したがって、相対性理論家は光速度不変を証明するために、せめて2回は検証実験をする必要がある。今の科学なら、装置の性能も格段に向上し、押しも押されもせぬ実験が行われるであろう。ところが、アインシュタインも、相対性理論家も、それを決して行おうとしない。理由はなんなのだろう。あまりにも難しい実験だからなのか。費用がないのだろうか。地球が螺旋運動をしているから、実験できないというのだろうか。マイケルソンとモーリーの実験を認めているのだから、それはないだろうが。まさか、アインシュタインという、20世紀最大の科学者が言っていることだから実験するまでもない、などということでもあるまい。それなら最悪である。

結論2の3

 物理学を根底から覆した理論である。それが検証実験無しとは恐れ入る。どのような理由があっても、検証無しでは、「実験事実」とは認められないのが科学である。

問題3

「いくら速く光を追いかけてその速さを測っても光の速さは変わらない。」

考察3

 これは何に対しての光の速さなのだろう。ニュートンの絶対空間に対する速さなのだろうか。それとも、追いかけている観測者に対する相対的な速さなのだろうか、はっきりしない。

@ ニュートンの絶対空間

 絶対空間に対する速さなら、光はつねに光の速さになる。観測者の速度が変わっても、絶対速度は変わらない。これは地球が宇宙空間を回転しながら飛んでいる速さが絶対空間に対して決まっているのと同じである。全ての速度は絶対空間にたいして決まっている。すなわち全ての速度は絶対的であるということである。

 変わるのは観測者に対する相対速度である。問題2で書いたことになる。

A アインシュタインの光速度不変

 この場合観測者に対する相対的な光の速度が光速度で変わらないということになる。特殊相対性理論の光速度不変ということだ。これは「実験事実である」とはいえないのは先に書いた。

B アインシュタインの相対性原理

 地球から見ると、地球が止まり、全宇宙が螺旋運動をしながら、動くことになる。太陽や星が回転しながら地球を回っているように見えるのと同じ現象が事実として起こることになる。天動説である。

結論3

 いままで書いてきたように、光速度普遍の原理は間違っているというのが観測事実であるといえる。

問題4

「特殊相対性理論では光の速さに絶対的な意味を持たせ」

考察4

 光の速さには光の速さ以上の意味は存在しない。空気や、水や、ガラスや、ダイヤモンドや、様々なものを通過するとき、光はそれぞれで速度を変えている。また、水や、空気や、ガラスや、様々なもので、光の進路は屈折したり反射したりして曲がる。暗箱に光を入れると、光は消えてしまう。熱になったのだ。光が変化している現象は観測されている。唯一不変なのは、光の速度が光源の速度に左右されないということくらいだ。これは述べたように、どのような速度の物に対しても、光速度であるということではない。絶対空間に対して光速度であるということだ。動いている物に対しては相対速度を変えるのである。

 音も、空気や、水や、物質の中を伝わるときに速度を変える。箱に入れると、やがて消える。熱になったのだ。そして音源の速度に左右されない。

 もし光の速度が絶対的な意味を持つなら、音も、絶対的な意味を持つべきである。

  では、光と、時間や空間のどちらが絶対的であるかを考えてみよう。

 光は人間がつけたり消したりできる。曲げたりはねかえしたりすることだって小学校の実験で行っている。石と石をぶつけても光は作れる。それくらい子どもだって簡単にできるのだ。

 では、空間を作ることができる人間はいるのだろうか。いないのである。どのように偉大な学者も、作ることはおろか、空間を曲げたり伸ばしたりすることさえできないのだ。空間に指1本させないのだ。

 では、時間はどうだろう。時間も誰も作れない。指1本させない。

 時空を曲げて、タイムマシーンをつくろうなどと大学者が言っているが、空想科学の域を一歩も出ていない。できるならやってみろといいたい。空間や時間を、作ったり、曲げたり、延ばしたり、移動させたりはできっこないのだ。

 なぜ、子どもでも、作ったり、曲げたりでき、科学者なら、速度も変えることができる光が絶対で、誰も何一つ手出しできない、仕組みや構造すらわかっていない空間や、時間が絶対ではないといえるのだろうか。

結論4

 時間や空間が相対的であるというなら、時間や空間を作ったり、曲げ伸ばしたりして見せなくてはならない。そして、光が、どのように絶対的であるのかを示さなくてはならない。光は人間には手出しできないものだということを、である。

 物事の判断基準が、間違っているといえる。あらゆる事実の前に、まず、アインシュタインは天才だ、がある。相対性理論に合うように見えるかすかな現象や実験を、後生大事に壊さないように取り上げて、さも証明できたかのように声を張り上げているだけである。

 証拠とされるなけなしの現象である、エディントンの観測、重力レンズ、水星の軌道、みんなそうである。これらすべては、相対性理論と関係ない既存の理由でも簡単に説明できる。エディントンの観測や重力レンズは、太陽大気や、銀河団内のガスによる屈折現象ということもできる。水星の軌道は、太陽が楕円球であれば起こる現象であるといわれている。

 相対性理論家は、太陽が楕円球であると証明しない限り、相対性理論の効果を否定したことにはならないといって、このことを検証しない。科学は新しい理論を打ち立てたほうが既存の理論を否定しなければならないのが決まりだ。

 この場合、ガスによる屈折現象も、楕円球による軌道の変化も、既存の理論である。新しいのは、重力によって光が曲がるとか、重力によって、空間がゆがみ時間が遅れるという理論のほうである。したがって、既存の理論で証明できないということを実験なり観測なりで、証明しなければならないのは、相対性理論家のほうである。太陽が真球であるとか、太陽大気は光を曲げないとかを証明しなければならないのである。

 彼らは科学の基本をしらないのか。いや、証明できないからなのだ。自転している太陽が楕円球である可能性は高いのだ。真球である可能性はほとんどない。また、太陽大気によって、光が屈折するのは、地球大気の屈折現象から考えて十分考えられる。屈折しないなどということは考えられない。実際のエディントンの観測の数値も、銀河の重力レンズの数値も、相対性理論から計算したものと違っているという。屈折現象だからである。

 簡単な、マイケルソンとモーリーの実験すら、追試に手を出すことができないのだ。正確にやると、光は速度を変えているのがでてしまうのを知っているのだ。そんなことになったら、困ったことが身に降りかかってしまうからなのだろうか。

 

問題5

 スペースプレーンの前と後ろに鏡を取り付けて、その「真ん中に立っている人から両方のミラーに光の信号を同時に出す。スペースプレーンの中の人にとっては、どちらの方向への光の速さも同じなので、信号は両方のミラーに同時に到着する」

考察2

 チェレンコフ光という光がある。これは光速で飛ぶ粒子から出た光が、粒子と同じ速度で飛ぶために、光が次々にたまり、衝撃波を起こす現象である。

 これは、光は光源の速度に影響をされないから、光速30万kmで飛ぶ光源からでた光も30万kmで飛ぶために、光源と光が同速度になり、並んで飛ぶために起こる現象である。したがって、スペースプレーンの中の光源が出した光も、光源の速度とは関係なく光速で飛ぶ、もし光源が光速なら、チェレンコフ光の粒子と光のように、スペースプレーンの中の光源は光と並んで同じ30万kmで前方に飛ぶことになる。すると、光源装置と、同じ速度で飛ぶ前の鏡には永久に光が届かないことになる。後ろの鏡には、通常の半分の時間で到達する。これは、光源が光速の半分でも、同じ現象になる。光は、光源より15万km速いだけになる。光との相対速度が現れるということである。すると、「両方のミラーに同時に到着」はしない。後方のミラーに早く到着する。

結論2

 今まで述べたように、光は、物質に対して光速なのではなく、絶対空間に対して光速なのである。

 

わかる「時間」27

時計の遅れ

「運動している物体の時間はゆっくり進む」

問題1

「運動している時計の遅れを考えよう。これも直感とは相容れないが実験事実である」

考察1

「実験事実」とあるが、なにを指しているのであろう。精密な時計をジェット機に積んで地上の時計と比べたら時刻が違っていたという実験をさすのだろう。あれは間違いであるのは先に書いた。

 違った時計どうしは、どちらの時刻で相まみえるのか。Aの時計は、時刻が2009年10月29日0時5分を指している。Bという時計は2009年10月30日午後1時32分を指しているとする。両方の時刻は本当の時刻であるとする。両方の時計が同じ場所で机の上に隣り合わせに置いてあるとする。どちらの時刻が本当の時刻なのか。ふたつの時計は、どちらの時刻でいっしょにいるのだろうか。置いてある机はどの時刻なのだろうか。足して2で割るのだろうか。実験でできたというが、そのふたつの時計を確認した人の本質的な時刻はどちらの時刻だったのだろうか。

 昨日の時計が今日現れたり、今日の時計が昨日に現れたりできるのだろうか。昨日の人と、今日の人が、同じベンチに座って、話をすることは可能だろうか。そんな「実験事実」はあるのだろうか。それが可能ならタイムマシーンなど要らない。もうすでにできている。すべての乗り物はタイムマシーンである。

 ところが、相対性理論の時間は、どんなに遅れようが、どんなに進もうが、今という地球時刻に必ず0.001秒と違わずにそろって現れる。100年過去の時刻であろうが1000年未来の時刻であろうが、現在の地球の時刻にそろって現れてくれる。地球を尊重してくれてとてもありがたいことだ。

 時刻が変わっても、必ず今の瞬間に現れるのは、ニュートンの絶対時間とまるっきり違わない現象である。時間が遅れたり進んだりしていないのと同じなのである。

結論1

 この「実験事実」はたんに時計の誤差に過ぎない。私のうちの時計と同じである。時々指で回して合わさなければならない。狂った時計なら、何時を指していようが並べて比べることができる。

問題2 光時計

光時計の光は「スペースプレーンの中にいる人にとっては、光は真上の天井に向かって放出される」

考察2

 地球に対して、星の光が進行方向に対して斜めに降り注いでいることが、多数の天文学者によって観測されている。星の光は、動いている地球に対して、その速度と方向に合わせて斜行する。複数の観測者が、複数の望遠鏡で観測しているので、これは事実といえる。

 このことから、スペースプレーンの天井が動いているなら、動いている天井に対して、光は斜行するはずである。「光は真上の天井に向かって放出される」というのは間違いである。

 なぜ光行差が起こるのかというと、光も物質もニュートンのいう絶対空間にたいしての絶対速度を持っているからである。絶対速度を持つものどうしは相対速度を持つからである。

 光は絶対空間に対して直進し、それに対して、天井も、絶対空間に対して動いているから光時計に光は斜行するのである。

結論2

 光速度普遍の原理からくる理論だが、光速度不変の原理が間違っているのだから、それから導き出される思考実験は間違うことになる。これは実際の実験で確認すべきことである。ところが相対性理論家はこれを行っていない。光の光行差が見つかっているいじょう、この実験は、光は斜めになるということになるのは明らかであるから、実験しないのだろうか。

問題3

「運動の速度が速いほど時計がゆっくり進むことも明らかだろう」

考察

 光は真上の天井に向かって放出される」という前提が間違っているのだから、そこから導かれるすべての論理は間違いになる。

結論

 光の速度と時間は関係ないことであるといえる。

 

わかる「時間」28

時間の統一

問題1

富士山頂の時計は「1日当たりおよそ1億分の4秒速く進む」

考察1

 1年に換算すると、0.0000146秒になる。1万年で0.146秒。100万年で14.6秒になる。

 富士山頂の高さの空間は、100万年で14.6秒地表より未来にあることになる。地球の歴史46億年を考えてみる。すると67160秒になる。これは、約18時間半になる。

 富士山頂の高さの空間は地表より18時間半未来にあることになる。富士登山をした人は、未来旅行をしたことになる。

 毎日、飛行機はもっと上空に行っている。飛行機の乗員は、毎日、未来と現在を往復しているのだろうか。

 そのうえ、地表が現在であるという保証もない。相対性理論では、地表のすべての原子は固有の時間を持っているから、すべての原子は現在の時刻が違っているはずだ。

 原子は、宇宙開闢以来の歴史を持っている。そして、巨大な重力にさらされたものや。光速に近い速度で飛んだものもあるはずだ。経歴によって、それこそ何千年もの時間のずれが生じているはずだ。すべての原子の時刻が過去であったり未来であったりするのだ。それが地球上で一同に会している。相対性理論の時間の世界は不思議に満ちた世界である。

結論1

 こんなことは起こっていない。地表も上空も、つねに同一時刻である。ニュートンの絶対時刻が正しいのである。原因は、たいした根拠もなくこじつけで光を絶対としたことにある。

問題2

「GPS衛星では、時計の相対性理論的変化が日常的に起きている」

考察2

 GPS衛星の時計の指す時刻の差が相対性理論的変化であるというが、その証拠が明示されていない。根拠を示さずに断言しているだけである。根拠は20世紀最大の天才アインシュタインの理論だから、だけではないのだろうか。

 衛星から地球に送る電波は、方向によって到達時間に差ができる。地球が動いているから、進行方向では遅く、反対方向では早く到達することになるからだ。普通の速度差の原理で時間差ができる。GPS衛星が高速で飛んでいるために相対性理論的時間が遅れで、時計が遅れたのではなくなる。もちろん、光速度不変の原理の間違いの根拠は前に説明した。

 これなら速度や重力で時間が伸びたり縮んだりするという怪しげな理論に振り回されずに簡単につじつまを合わせられる。

結論2

 GPS衛星の時刻のずれも、光速度不変が間違いであるから、相対性理論とは関係ないずれである。普通の、電波と地上局との相対的な速度差による、時間のずれと考えられる。

問題3

「地球時、火星時、木星時」

考察

 太陽の時刻について述べたように、相対性理論が正しければ、現在、太陽は、地球より4600年昔の時刻を指している。4600年前というと、縄文時代である。4600年前の時刻の太陽が、縄文人たちを照らすのではなく、なぜか現在のわれわれを照らしているのが相対性理論である。

 そこで考えてみる。相対性理論では、火星は地球より軽いから、地球より時間の進み方が早いはずだ。すると、太陽系ができてから、ずっと、速い速度で時間が進んだ火星は、地球よりかなり未来に存在していることになる。

 反対に木星は地球より重いから時間の速度が遅くなっている。太陽系ができてから、460年の遅れになる。地球より460年昔にある。

地球から見ると、過去の木星と、未来の火星が観測できる。太陽を入れると、木星よりかなり過去の太陽も見える。月は火星より軽いから、もっと未来になる。

 なぜ地球時に合わせて太陽も、火星も、木星も、月も現れているのだろう。彼らの時刻はなんなのだろう。

 140ページの「時間の単位」というところで「日常の生活において、時間はとても重要な役割を果たしている。たとえば、二人の人が待ち合わせをしたときに、時間がずれていればその人たちは決して出会うことはできないだろう。」と述べている。ところが、相対性理論で現れる時間は、いくら時間がずれていても出会っているというのである。そして、なぜ違う時刻のもの同士が出会えるのかの説明は一切ない。

結論

 相対性理論によると、太陽系は、過去から未来まで、すべての時刻が観測できる。そしてこの地球時刻のにすべてが存在する。かなり無理な考え方である。ニュートンの時間だと宇宙はすべて今であるとする考え方だ。1秒だって過去のものや未来のものはない。こちらのほうが事実と符合する。相対性理論は事実とは一致しないから、間違っているといえる。

 

 

あとがき

 見てきたように、相対性理論は思考実験の中では存在するが、事実と照らし合わせると、事実に相反することばかりである。

 相対性理論の世界は空想科学の世界である。事実の世界のことではない。

 平成21年11月9日 完

 著者  高田敞

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