双子のパラドックス


著者 高田敞

 これは以前にも書いたことです。兄と弟がいて、兄がロケットで宇宙に行って帰ってきたとき、兄の時間が遅れている。兄が弟より若くなるという矛盾についての話である。

 

第1の仮定

 速度が速くなると、時間の進み方が遅くなるという、特殊相対論が正しいとする。

(条件)

西暦3000年1月1日0時に兄が出発したとする。地球上の時間が10年たったとする。兄はその間に、弟より5年時間が遅れたとする。

 このことから、

 弟は西暦3010年1月1日0時にいる。

 兄は西暦3005年1月1日0時にいる。

 ということがわかる。

 

問題1

 地球に帰ってきた兄は、西暦3010年1月1日の弟に地球上で迎えられたとする。

考察1

 このとき暦はどちらが正しいのだろう。兄の暦の西暦3005年1月1日0時だろうか。弟の暦の西暦3010年1月1日0時だろうか。

 同時に同方向に出発した車は、速度が違うと、違う場所に存在し、二度とあうことはない。

 時速50kmの車と、時速60kmの車は、どんどん離れていく。2時間後、双方は20km離れている。互いに見ることはできない。触ることもできない。

 なぜ、西暦3005年1月1日0時にいるはずの兄が、西暦3010年1月1日0時にいる弟のいる地球に着陸できるのだろう。

 時間の場合は、違う速さで進んでも、同じ「今」にいられるという原理を科学的に説明できなければならない。どのように時間が早く進もうがどのように時間が遅く進もうが、いるのは私がいる「今」という時間だけに物質が集まる理由が説明できていない。暦は、地球時間に取り替えればすむと考えていたのだろうか。そういえば、速度が違うために違ってしまった時間は、時計の針を回して合わすという話をガモフという人が、「不思議宇宙のトムキンス」という本の中で述べている。速度で狂った時間を指先で進めている。相対性理論の時間とはせいぜい時計の針の動きの問題なのだ。

 

問題2

 兄は兄の時間の西暦3005年1月1日の地球上に着陸するとする。そこで弟に迎えられたとする。

考察2

 これだと暦上の問題はなくなる。弟も西暦3005年1月1日の地球上にいる。

 しかし、弟は兄が宇宙旅行をしている間に、西暦3010年1月1日にいるはずである。弟が二人いることになる。このことが正しいとすると、時間によってすべての過去と未来が常に存在していることになる。

 あらゆる時間にわたって、今がいつも存在していることである。もちろん今の私の未来も存在していることである。なぜなら地球より遅い速度で動いている物質は存在しているから、それらは時間が地球より早く進むから、地球の今より未来にあるからである。その未来の物質に対する全宇宙の今が存在していることになる。

 そのようなことは今の科学では証明されていない。

結論
 双子のパラドックスは、どちらが若いかというつまらないパラドックス以外にも、矛盾に満ちているのである。

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