重力は空間の曲がりである      

                     メッセージ    へいこく雑記帖

 アインシュタインは、重力は空間の曲がりであるといっている。このことを考えて見る。

 

1  重力の発生の説明

(1)問題

 ゴムシートに鉄球を乗せるとへこむ。これと同じように空間も質量のあるものによって曲がるという説である。この空間の曲がりが重力であるという説だ。

(2)考察

 ア 空間が曲がる原因

 ゴムシートに鉄球を乗せると下にへこむのは、万有引力(以下引力と書く。重力という表現は相対性理論に関係したときに書く)により鉄球と地球が引っ張りあっているからである。引力がなければゴムシートはへこまない。

 では地球を考えてみよう。地球があることで空間が曲がっているということだ。では地球の何が空間を曲げているのだろうか。重力は空間の曲がりなのだから、重力が空間を曲げているのではない。ということは質量そのものが曲げているということだ。では質量はどのように空間に働きかけているのだろう。重力は空間の曲がりの結果であるので、曲がりの原因ではないというのが条件である。したがって、ゴムシートの比喩のように、重力が先にあって、重力によって空間が曲がるということにはならない。ゴムシートでいうなら、ゴムシートが曲がったために、重力ができたとならなければならない。ゴムシートの比喩は、空間の曲がりが重力であるという考えに対しては、間違った考え方であることが分かる。

 そこで、空間の曲がりが重力であるという考え方を検討してみよう。

 空間とはどういうものかが誰にもわかっていないのでこの問題は憶測を出ないことになる。もちろん、だれも、このことについては答えを出していない。

 一応、空間は構造をもっていて、そこに、地球があると、空間が押しのけられて、空間が曲がると考えてみよう。

 これだと、空間の曲がりが質量によるといえそうである。

 しかし、空間に物質のような構造があるということは、今のところ観測されていない。納得できる理論もない。今のところ、空間そのものは何もない、というのが一番実態にあっているようであるから、なにもない、として考える。すると、何もないものが曲がるということは、かなり難しい理論になりそうである。空間は物質ではないので、地球によって空間が押しのけられるというのもおかしなことだ。何もないものが押しのけられたりするわけがない。

 また、引力のような何かが空間を引っ張っているということなのかもしれないが、重力は空間の曲がりの結果なので重力が引っ張っているわけでもない。

 やはり、空間とは何かが分かっていないから、空間がなぜ曲がるかとか、どのように曲がるかとか、その仕組みとかの答えは出ない。どんなにアインシュタインが天才でも、空間とは何かとか、空間が曲がる仕組みとかの理論さえないのだから空間の曲がりが重力であるという説は仮説にもなっていない。空想の域を出ていないことである。まあ、引力は何かということもわかっていないから、これはなんともいえないことだが。

 

イ 空間の曲がりと、物や光の進路

@ 物質の進路(ゴムシートの比喩から考える)

 ゴムシートの上に鉄球を乗せるとゴムシートが下にへこむ。ここに、ビー玉を乗せると、ビー玉は下に落ちる。このとき、横向きの速度があると、螺旋を描いて落ちて行き、速度が大きいと外に飛び出す。

 これと同じことが、空間の曲がりでも起こるという説である。この説明が主流である。

 それで引力が起こるか、実際に当てはめてみよう。 

 地球があると空間が曲がる。その空間の曲がりによってりんごは地上に落下する。そして横向きの力がある月は公転している、ということである。

○ ゴムシートとビー玉を詳しく考える。

 へこんだゴムシートにビー玉を置くと下に落ちる。これは、ビー玉と地球に引力があり引き合っているからである。

 これを無重力状態の人工衛星の中で実験をしてみよう。まずゴムシートに鉄球を乗せる。すると、下にへこまない。これは、鉄球と、地球の引力が見かけ上働かないからである。

 へこまないゴムシートでは実験が継続できないので、手で引っ張って、ゴムシートをへこませて見よう。ここにビー玉を乗せてみる。ビー玉は、へこみに沿って落ちていかない。これもビー玉と地球の引力が見かけ上働かないからである。

 このように、ゴムシートの実験は、互いに引っ張り合う力、引力がなければ働かないことが分かる。ゴムシートの実験の場合は、ゴムシートがへこんだから、引力が生まれたのではなく、最初から引力があったから、ゴムシートがへこんだのである。ビー球が転がったのも、引力が働いたからである。ゴムシートのへこみは引力発生には無関係である。

○ 地球と月を考える

 では、地球と月ではどうだろう。

 地球によって空間がへこむ(曲がる)と仮定する。そこに月を置く。月は、へこみに沿って落ちていくだろうか。アインシュタインの考えだと空間構造の曲がりそのものが重力だから、地球と月には引っ張り合う力はない。したがって、人工衛星の中のゴムシートとビー球の関係のように、空間のへこみに沿って落ちていくことはない。引力がなければ上下はないのだから、空間のへこみのどちらが上でどちらが下かは決められない。月は落ちていくことはできない。(ニュートンの法則に関しては後でも)

 物質(月と地球)に関しては、空間の構造が変化しただけでは、引力と同じ現象は発生しないといえる。

A 光の進路

上と違って、次のような考え方もある。

 地球の表面に直線を書く。これは二次元では直線だが。三次元では曲がっている。二次元世界の住人には、この球に沿った曲がりは観測できない。直線にしか見えないというのだ。

 これと同じように、三次元全体が曲がっている空間では、空間の曲がりに沿った線が直線である。光は最短距離を通るから、この空間の曲がりに沿って動くことになる。という考え方だ。(上の下線部分は、すべて仮説(証明がない)である)

 このあたりになると、作図はできなくなるから考えるのも難しくなる。

 この、空間の曲がりに沿っていることが直線であるという考え方を考察してみる。

 球体上の直線を考えて見る。二次元から見ると、左右にはぶれないので、二次元生物から見ると、これは直線である。二次元生物には球に沿った縦の曲がりを確認する手立てはない。

 これが三次元で起こっているとする。


第1の問題

 上の比喩をこの世界に当てはめると、この世界の直線が曲がっているか否かは、4次元世界に行かなくては、確認できないことになる。

 空間が曲がっていることの証拠を考える。太陽近傍の星の光が曲がっていたことが、エディントンの観測から明らかになった。これは空間の曲がりに沿って光が進んだために、光が曲がったということだ。なぜそうなるかというと、光は最短コースを通るという理論からだ。空間の曲がりに沿うことが最短コースだというのである。

 すると、この3次元で空間の曲がりのために光の曲がりが現れたことになる。

 先の例でいうと、二次元世界で直線が曲がっていたことになる。すなわち球体上の直線が左右どちらかに曲がっていたということになる。これはありえない。三次元世界の曲がりは二次元に反映されないのが原則である。同じように4次元に曲がっている直線は、三次元には反映されないはずである。したがって、二次元の比喩は、この説の空間の曲がりの場合には意味を持たなくなる。エディントンの観測によっていわれている、太陽の重力によって星の光が曲がったのは三次元世界内の曲がりであるから、次元の問題ではなくなる。

 (参考:太陽近くを通る星の光が曲がった原因に対する私見。太陽大気による屈折現象であるとすれば問題はない。気体による屈折現象は観測や実験で証明されている。空間が曲がるという、観測も、証明も、理論もない現象が原因であるという考えとは大きな違いがある。実際の観測値も、重力とした場合よりずれている。また、観測値の差は、太陽大気による星の光の瞬き現象であるとすれば矛盾はなくなる)

 また、月の公転が、このような次元間の空間の曲がりによるなら、4次元空間には現れても三次元空間には直線となり、現象として現れないはずである。

 空間の曲がりは、球の表面の比喩とは関係のない現象であるといえる。


第2の問題

空間の曲がりに沿って動くということから考える。

 光が空間の曲がりに沿って動くのが重力なら、物質も空間の曲がりに沿って動かなければならない。

 月で考えてみる。月は、地球のために曲がった空間に沿って動いているために地球の周りを回っているとする。

 すると、月の公転軌道が空間の曲がりにぴったり一致していることになる。すると、空間の曲がりに沿って動く光もこの月の軌道上を進まなければならなくなる。しかし、光が地球を公転しているという観測はない。この考えは間違いであることが分かる。

 光は空間の曲がりに沿って進むとしても、物質は、空間の曲がりに沿って進んでいるわけではないようである。

 このことから、光と、物質は異なった方法で運動していると考えられる。そんなことがあればだが。


第3の問題

 空間の曲がりに沿って動くのが直線なら、月の軌道は、質量や、速度で変化しないことになる。遠心力は、カーブしているとき初めて現れる現象である。直線では、遠心力は働かない。しかし、現実には月の速度が速ければ、月は地球から離れ、遅くなれば地球に落ちてくる。これは、月の軌道が、空間の曲がりが直線であるからそれに沿って動くという考え方とは関係なく公転していることを示している。

 これは引力である。空間の曲がりでは、説明できないことである。

 

第4の問題 光の曲がるわけは等価原理である

 一般相対性理論では、光が曲がるわけを以下のように述べている。

等価原理

 加速しているエレベーターの中に入った光は、下方に曲がっているように見える。加速と、重力は等価だから、重力のあるところでは光は下方に曲がる。ゆえに重力は光を曲げる。(このことについては後でも)

 等価原理による、光の曲がるわけはこのような理屈である。

 空間の曲がりはこの場合には出てこない。エレベーターの加速が原因で光が曲がっている。

 もし空間が曲がることで、重力が生まれるなら、加速と、重力は等価なのだから、加速するエレベーターによっても空間は曲がるはずである。加速は空間を曲げるとすると、それは、どの範囲に及ぶのだろうか。エレベーター内部だけに現れるのだろうか。それとも、外側にも現れるのだろうか。内部だけなら、窓が開いているとどうなるのだろうか。棒が外に突き出していると、どうなるのだろうか。外側にも現れるとすると、エレベーターの加速はどのように伝わり空間を曲げるのだろうか。やはり距離の2乗に反比例して空間の曲がりは弱まるのだろうか。

 じっとしていたナメクジが這い出すと少し加速される。空間が少し曲がる。秒速1,000kmの宇宙船が慣性飛行している。慣性系では、特殊相対性理論の光速度不変の原理で光は曲がらない。これは空間が曲がっていないということである。ナメクジが這い出すと、空間が曲がり、1,000km/秒もの高速で飛ぶのに宇宙船は空間を曲げないのである。面白い現象である。空間を曲げるのは運動エネルギーではないようである。

 加速が空間を曲げているという証拠はない。また、理論もない。加速が空間を曲げるということは矛盾だらけになる。すなわち、等価原理は、重力は空間を曲げるという考えのときは、成立しなくなるといえる。

 

B リンゴの落下

 リンゴを手から離す。加速しながら地上に落下(接触)する。

このりんごは、なぜ加速しながら地上にくっついたのかを考えてみる。

○ 空間の曲がりとする。

 空間の曲がりに置かれたリンゴは、引力がないときは、先ほどの、ゴムシートのときのように、上下がないので、動くことはない。

 また、空間の曲がりだけで、引力がなければ、リンゴを動かし、加速させる持続的に働くエネルギーが存在しない。

 物質が動くためには、エネルギーがいる。空間の曲がりだけでは、エネルギーは現れない。リンゴは動かないはずである。もし空間の曲がりだけでリンゴが落下するとすると、慣性の法則と、エネルギー不変の法則を改めなくてはならない。すなわちニュートンの法則を完全否定しなければならない。

 このように、空間の曲がりだけでは実際のリンゴの落下を説明することはできない。

 これを万有引力とする。

 地球とリンゴは引き合っているから、上下ができる。なおかつ、万有引力は引き合うエネルギーがある。これは物を動かすことができる。しかも、つねに働くので、リンゴを加速させることができる。

 実際のリンゴの落下と矛盾はなくなる。

 

 月の軌道を考えても遠心力に対抗する内から引っ張る力がないと、月の軌道は等速直線運動になりどこかへ飛んで行く。

 速度の変化によって軌道が変わるのは、引力によって引っ張り合っているから起こる現象である。空間の曲がりがあるとしても、それだけでは、速度と質量に応じた、軌道の変化は現れない。光が、空間の曲がりの最短コースを飛ぶように、物質も空間の最短コースを飛ぶはずだから、速度と軌道は関係なくなることになる。

 

 以上のことから、空間の曲がりによって、重力が生じているという考え方は、様々な矛盾を抱えていることが分かる。すなわち、重力にしろ、万有引力にしろ、空間の曲がりだけでは、生じないということがいえる。

 

 上に書いたように、空間が曲がっているという証拠もない。付け加えれば、銀河や銀河団の重力レンズは、銀河や銀河団の星間ガスによる、屈折現象であると考えることもできる。銀河や銀河団がガスに満たされていることは観測されている。

 これもやはり、気体による屈折であるとすれば既存の証明や理論で十分である。それに対して、宇宙空間が重力で曲がっているためにレンズ現象が起こっているという直接の証明や実証は今のところ何もない。

 エディントンの観測や、銀河の重力レンズは、空間の曲がりの証拠にはならない。気体による屈折現象ではないという証明がなされたとき、初めて、空間の曲がりである可能性があるということになるくらいだ。それをあらゆる可能性を無視して空間の曲がりだと断言している。しかし、太陽大気では光は曲がらないという証明はできないだろうと予測できる。星の瞬きは、地球による空間の曲がりのためであるということになるからだ。


ウ 等価原理

 先に書いたように、等価原理とは、重力と、加速度は同じであるという考え方だ。 

 加速しているエレベーターに乗ると、下に押し付けられる力を感じる。地上に立っていても、押し付けられる力を感じる。この両者は区別できない。また、手に持ったリンゴを離すと、エレベーターの中のリンゴは床に加速しながら落下するように見える。地上でリンゴを離したときとまったく同じに見える。だから、地上と、加速しているエレベーター内は同じである。重力は加速と同じだ、という理論だ。

 これには空間の曲がりは出てこない。重力は、重いからりんごが落ちる、ということだ。(もちろんこの現象は見た目や感覚であって、厳密に測ればまるで違っている。目がふたつ、鼻の穴がふたつ、口がひとつある、だから同一人物である、というのと同じくらいの精度にしかすぎない。しかも、鼻は鷲鼻と、だんごっ鼻で、目は、二重と、一重で、口はおちょぼ口と、大口なのにである)

 この理屈(注:科学の理論ではない)では、空間が曲がることで、重力が生まれたのではない。重いから落ちる重力がまずある。

 重力レンズも同じである。重力で空間が曲がったためにレンズになったという発想である。原因と結果が逆転している。相対性理論とはその程度である。空間が曲がることで重力ができる仕組みが何一つないからどっちにもなる。そしてつごうがいいものを使う。

 

 

3 結論 

 このように、対象によって、様々に使い分けているのが、相対性理論の重力や、空間の曲がりである。

 

 空間の曲がりは仮説であって、今のところ、証拠も、理論もない。ないないづくしである。証拠は、20世紀最大の天才、アインシュタインが言った、ということだけである。要するに権威主義である。権威にひれ伏しているだけである。

 仮に、空間が曲がっていても、それが直接重力になるということは上に見たように矛盾に満ちている。

 重力は空間の曲がりであるという考えは、ほぼ間違っているといえそうである。

 ゆえに、引力は、質量のあるものどうしが引き合う力であるという、ニュートンの万有引力と考えるのが妥当であろう。今のところ、それで計算して、太陽系の運動はぴったり合う。地上で物が落下する現象もそれで大丈夫である。空間の曲がりで計算している人はいない。

 

 この問題は、空間とは何かがまるでわかっていないことから生じている。何も分かっていないものが曲がっているとか曲がっていないとかいっても肯定も否定もできない。どちらも証拠を提出することができないからだ。

 もし、否定の根拠を出すことができないから言ったもん勝ちだ、を狙っていったとしたら、さすが天才だなあと感心するしかない。

 どちらにしろ、空間の曲がりが重力であるという考えかたは今のところ空想の域から一歩も出ていない。しかも現実とは少しも一致しない。それを仮説にするなら、まるっきり関係ない、ゴムシートや、二次元空間の比喩ではなく、せめて少しは現実と合う理論くらい提出すべきであろう。

平成22年3月6日完 高田敞