「村山博士が語る宇宙の果てをめぐる最新宇宙論」(Newton2013年5月号)への疑問9

著者 高田敞

 へいこく雑記帖  「村山博士が語る宇宙」目次    



(以下{ }内は上記本よりの引用)

問題

{宇宙誕生38万年後 宇宙の光が直進をはじめた。地球はまだできていない。}


考察

 ビッグバン宇宙論が正しいと仮定する。ビッグバン宇宙論では、宇宙のすべての物質はビッグバンとともにできたことになっている。したがって、{宇宙誕生38万年後}には地球もすでにできていたはずだ。まだ、ほとんどが水素原子の形で宇宙をやみくもに飛び回っていたとしても。ただ形が違うだけだ。

 したがって、{地球はまだできていない。}というのは、ビッグバン宇宙論を支持している人には言えないことになる。村山博士は矛盾した考え方をしている。

今の地球の形になっていないから地球はできていないというのなら、子供の意見としてはもっともだが、ビッグバン宇宙論としては間違っている。地球の物質は、ビッグバンとともにでき、何度か、恒星になっては爆発して、星間ガスや塵となり、やがて集まって現在の地球になったといわれている。

 ビッグバンとともに地球ができたとなると、137億年前、宇宙誕生後38万年後(著者注;よく万年の単位まで確定できたこと。化石だって、数億年くらい過去で、実物があっても万年の単位まで確定するのは至難の業なのに。これも、如何にビッグバン宇宙論が適当であるかの象徴的数字である)現在背景放射と言われている光が直進をはじめたとき、その光と地球は同じ処にあったということになる。28ページの図では、{現在地球がある場所}が光源の中心にあるが、そのとき、地球になる物質はその直前まで光と混ざり合っていたはずだし、自身も光も出していたから、光源にもなっていたはずだ。地球はその直前まで、光源の一部であったはずだ。

その時直進をはじめた光が、137億年をへだてて、今また地球にやってきたというのだ。不思議な現象だ。137億年の間に、地球は{現在地球がある場所}すなわち28,29ページの図にある球の表面状の光源(これの正体はなにか書いていない)の中心にやってきた。

その間、直進をはじめた光は、どこで、どんな暇つぶしをしていたのかわからないが、やはり、光源の中心の、{現在地球がある場所}までやってきたというのだ。地球は、せいぜい数百km/秒の速度であったろう。光は光速だ。それが同じ処から出発して、137億年後また出あったのだ。スタートは同じで、速度はまるで違うのに、ゴールは同時という、不可思議な現象がおこっている。

昨日地球が出した光は2度と見られない。1億年前に地球が出した光は2度と見られない。46億年前に地球が出した光は2度と見られない。137億年前に地球が出した光だけがどうして見えるのだろう。

答えは簡単である。ビッグバンは現在の科学を超越しているから、何があってもいいのだ。実証も、根拠となる理論もいらない。これがあったのだ、と言い切りさえすればいいのだ。

 それとも、本気で、地球は46億年前にできたと思っているのかしら。宇宙開闢の光が、46億年前に光源から数十億光年離れた(宇宙開闢から91億年たっているから、宇宙はかなり膨張しているだろうから)宇宙空間に突然現れた地球に向かって(137−91)億年かけてたどり着いたと思っているのだろうか。ビッグバン宇宙科学者なのだからまさかそれはないですよね。

 
結論
 地球はいつできたか。今の宇宙科学者は、地球の成分から、何度か超新星になったことがあるといっている。水素と、ヘリウム以外の元素は、恒星の中ででき、鉄以上の、元素は超新星のときにできるということだから、、それがある地球は何度か超新星になったことがあるということだ。
 では、ビッグバンのときに地球になる水素ができたのかと言うと、これは、証明されていない。ビッグバンがそもそも証明された理論ではないからだ。偉い科学者がみんな信じているということと、証明されたということは違うことである。ビッグバンの現象は、現在分かっている普通の物理学では、何一つ説明できないし、実証ももちろんないから、証明されたとはとても言えないばかりでなく、仮説にもならない、単なる、SF小説の域を出ていないと言える。
 したがって、地球になる元素がいつできたのかは今のところ不明であるといえる。