ヒッグス粒子(神の粒子)は変な粒子

著者 高田敞

 


T まえがき

素粒子(万物の素)に質量を与えたといわれているヒッグス粒子が実証されたということです。それで、その理論を述べた人が、二人、今年(2013年)のノーベル物理学賞をもらいました。

これで、神の一撃であるビッグバン宇宙論に次ぐ現代版創世記の挿話がまた一つみんなに認められることになりました。現代物理学が、神の証明へと踏み込んでから二つ目の画期的出来事です。

現代物理学から迫る現代版創世記は特殊相対性理論に端を発します。神はまず光あれとおっしゃった。光がこの世の始まりである、ということです。相対論は、光が総ての基準である、ということから始ります。小さな一歩でした。しかしそれは神の現代番存在証明のよろめきながらの一歩でした。

ということで以下に述べることは、「トンデモ科学」です。

「トンデモ科学」とは、その時の学会の定説や常識に反対する考えを述べることです。昔なら、ガリレオとか、ダーウィンとかです。かれらは、時の学会や宗教集団や知識人から否定されました。トンデモ科学は時々事実を述べるものなのです。でもその時は、笑われたり、無視されたりする意見です。時代を1歩も2歩も進んでいるからです。最近では大陸移動説です。大陸移動説も、今こそ脚光を浴びてますが、私の子供のころは、笑いものでした。相対論も、ビッグバン宇宙論も、ヒッグス粒子も、言いだしたころは相手にされなかったのかもしれません。トンデモ科学の一派だったかもしれません。今こそ押しも押されもしませんが。

 

 

U 本論

1 ヒッグス粒子が与えたもの

動きにくさ

2 物質の持っている性質

@動きにくさ  A止まりにくさ  B万有引力

(注;万有引力はニュートンが考えた、物質は引き合う性質があるという考え方です。重力は、アインシュタインが考えた、物質は重い力があるという考え方です。物質は、空間の曲がりの斜面を重いから転がり落ちるということです。万有引力と、重力は似て非なるものです。ここでは、トンデモ科学だからニュートンを取ります。以下、相対論の考え方のときは重力と、それ以外のときは、万有引力と表示します。どっちつかずのときは適当です。まあ、引力と思ってください)

3 ヒッグス粒子の謎

(1)ヒッグス粒子の生成過程が不明

(2)ヒッグス場の構造が不明

(3)ヒッグス場のエネルギーはどこから来たのかが不明(この宇宙すべての物質を作るエネルギーより大きいはず)

(4)陽子の133倍の質量があるヒッグス粒子はどのようにして生まれたのか

(5)なぜ他の素粒子は質量をもたずに生まれたのに、ヒッグス粒子だけは、陽子の133倍もの質量をもって生まれたのか

(6)陽子の133倍も重い素粒子(ヒッグス粒子)が詰まっている空間を物質は通り抜けられるのだろうか

(7)ヒッグス粒子の詰まった空間を公転している地球はその抵抗で止まってしまわないのだろうか

(8)このように重いヒッグス粒子が満ちていると、その重力で空間が曲がり、太陽系の回転運動に影響しないのだろうか。太陽の質量でさえ空間を曲げているというのが定説なのに。その曲がりを転がり落ちているのが惑星の運動であるというのだから。

(9)ヒッグス粒子はそのものの重力で収縮しないのだろうか。収縮しないとすればそれを支えている力は何なのか。太陽をつぶさないのは熱であるということだ。熱は分子の振動であるということだ。ヒッグス粒子も熱を持つのだろうか。もし熱を持つとしたら、その熱は巨大で、地球など蒸発してしまうだろうから、熱はないようだ。他の仕組みで収縮しないのだろう。新理論を作らねばならない。

(10)ビッグバン論では宇宙誕生時に物質にかすかな揺らぎがあったという。ヒッグス粒子に揺らぎはなかったのだろうか。揺らぎがあるとすれば、通常の物質のようにヒッグス粒子が収縮し、ヒッグス粒子の銀河や星を作らないのだろうか。
(11)通常の物質と、ヒッグス粒子は相互作用をするということだから、宇宙誕生時の通常の物質の揺らぎは、ヒッグス粒子にも揺らぎを生じさせたのではないだろうか。

12素粒子とヒッグス粒子の相互作用は何によってどのように起こるのか

13ヒッグス粒子が、物質に質量を与える反応はどのように起こっているのか

14ヒッグス粒子は素粒子に動かしにくさを与えたという。では素粒子の持つ止まりにくさや万有引力はどのようにして与えたのか

15ブラックホール内のヒッグス粒子はやはり果てしなく収縮するのだろうか

17恒星や銀河の形成のとき、ヒッグス粒子の重力はどのように影響するのだろうか

ビッグバン宇宙誕生の初期、宇宙はほとんど水素であった。その133倍も質量のあるヒッグス粒子がびっしり空間を埋めていたら、水素自身の万有引力では収縮できなくなるのではないか。たとえ、ダークマターがあったとしても。ダークマターは、謎の物質だから、ヒッグス粒子などものともしない謎のエネルギーがあるのかもしれない。現に星や銀河があるのだから、ヒッグス粒子などへとも思わないすごい力を秘めていなければならないはずだ、ということになるのだろうか。宇宙進化について、新たな仮説が必要である。

ヒッグス粒子は、物質に質量を与えるためだけに生まれた神の素粒子なのだから、他のことは一切考慮しなくていいということではないと思う。もし存在するなら、それは上のような問題をはらんでいるはずである。問題がないとしても、科学なら問題がないことを証明しなければならない。そこで、以下に考えてみる。

 

考察1 動きにくさ=質量は正しいか

(1)動きにくさ

ヒッグス粒子が素粒子に与えたといわれている。そして、ヒッグス粒子はこれしか与えていない。質量の持つほかの性質は与えていないということは重要なことだ。しかし、このことはだれもいわない。

「動きにくさ」を与えた仕組みは、空間はヒッグス粒子に満たされている。その中を素粒子が飛ぶと、ヒッグス粒子と相互作用して動きにくくなる。これで、動きにくさを獲得したということである。

(2)止まりにくさ

 この性質を獲得した過程は述べられていない。「止まりにくさ」をヒッグス粒子が直接与えたとは言っていない。いつの間にかどこからか獲得したようだ。

 なぜなら、ヒッグス粒子の中を飛ぶと止まりにくくなるとはいえないからだ。だから無視しているのだろう。

(3)万有引力

これも、ヒッグス粒子が与えたとは言っていない。いつの間にかどこからか獲得したようだ。やはり、ヒッグス粒子の中を動くと万有引力(引き合う力)を獲得するというのは説明できないために無視しているのだろう。これが重力だとどうだろう。ヒッグス粒子の質量で曲がった空間を素粒子が移動するとき、素粒子がゆがんで重力を獲得するのかしら。

(4) まとめ

以上のことから、質量の性質のうち、ヒッグス粒子から獲得したのは、@の「動きにくさ」だけで、A「止まりにくさ」やB「万有引力」はどこから獲得したか不明である。

 これについては、直接ヒッグス粒子から説明できないので、質量をヒッグス粒子に都合がいいように言い換えて説明している。

まず、質量は「動きにくさ」である、と無理やり断言して、A「止まりにくさ」やB「万有引力」を質量の性質から消してしまう。そうしてから、素粒子は「動きにくさ」を獲得したのだから「質量」を獲得したという。次に、質量を獲得したのだから、止まりにくさも、重力もその中にある、とでもいうのだろう。適当な話だ。

 すなわち、「動きにくさ」=「質量」である。「質量」=「動きにくさ」「止まりにくさ」「重力」であるから、ヒッグス粒子で素粒子が動きにくくなると、素粒子は動きにくさを獲得した→素粒子は質量を獲得した→素粒子は止まりにくさも、重力も獲得した、ということになる。アインシュタインも得意とした三段論法である。1だけ証明すれば、後の99はなんの説明も証明もしないでも勝手についてくるのである。誇大広告とか、上げ底とか、詐欺商法とかなどと同じ仕組みである。

 試しに、同じ方法で質量の持つ他の性質を取り上げて考えてみよう。

 重い物質ほど止まりにくい、ということから、質量=「止まりにくさ」と置いて、ヒッグス粒子が、素粒子に質量を与えた仕組みを、考えてみよう。

 すると、ヒッグスの海で、それまで、自由に光速で飛んでいた素粒子にブレーキがかかる。運動エネルギーの法則、(K=mv/2)がある。速度が落ちるということは、この式から物質の運動エネルギーが少なくなったということになる。運動エネルギーが減ったのであって、質量を獲得したから速度が落ちたのではない。

もう一つ考えてみよう。

有名人が会場に入った時動きにくくなる。有名人は動きにくさを獲得する→有名人は質量を獲得する→有名人は、止まりにくさと重力を獲得する。

このことが言えるだろうか。有名人は、パーティーがあるたびに重くなる。あっという間に、歩けないほど重くなる。こんなことは現実に起こっていない。すなわち、有名人の比喩は、そのものが、現実とは乖離しているということである。すなわち比喩そのものが間違いであるということだ。

比喩は科学の証明でないということに加えて、比喩そのものが、間違っているという、めちゃくちゃな証明である。

 

(5)「動きにくさ=質量」は本当か?

 質量は動きにくさである、の原理は、重いものは動かしにくい、軽いものは動かしやすい、質量が大きくなると動かしにくくなる、したがって、質量とは、動きにくさである、ということにしたようである。これは明らかな間違いである。これで納得するのはせいぜい幼稚園生までであろう。

 動きにくさは、質量の性質の一部分である。質量には上に書いたように他にも性質があるから、動きにくさ=質量とはいえない。言うならば、「質量の性質=動きにくさ+止まりにくさ+万有引力」である。

 それを、ヒッグス粒子が質量を生んだということをいいたいために、ヒッグス粒子が、質量を素粒子に与えたという理論に都合のいいことだけ(「動きにくさ」)を取り上げ、説明できない、「万有引力」や「止まりにくさ」を無視するために、言葉巧みに「動きにくさ=質量」としたのだろう。これは科学的手法ではなく、詐欺師的手法である。

 違うというなら、ヒッグス粒子が、止まりにくさや、万有引力を素粒子に与えた仕組みを述べる必要がある。できないだろう。

考察2 「動きにくさ」獲得の仕組みは科学といえるだろうか

 ヒッグス粒子の海で、素粒子はヒッグス粒子と相互作用をして動きにくくなる、ということである。

船を考えてみる。海の中で、船は水と相互作用をして動きにくくなっている。これは、船が水を押しのけるためや、水との摩擦熱を生じるために船の運動エネルギーが、水に移動するからである。船がエンジンを止めるとやがて止まるのは、船の持っていた運動エネルギーが水に移動して、船の持つ運動エネルギーがなくなるからである。この相互作用を仲立ちしているのは電磁気力である。

 水の中で水と船が相互作用をして動きにくくなるのは、船が質量を獲得したためではない。これは、エネルギーの受け渡しであって、船が、水から動きにくさを受け取って、質量を獲得したためではない。

 したがって、ヒッグス粒子が質量を受け取った仕組みは、「ヒッグス粒子の海で、素粒子はヒッグス粒子と相互作用をして動きにくくなる」では説明できない。他の説明がいる。すなわち、相互作用の科学的仕組みである。どのような相互作用が、素粒子に質量(「動きにくさ」だけでなく、「止まりにくさ」や、「万有引力」も含めて)を与えたのかを科学的に説明しなくてはならない。

 (「図解雑学よく判るヒッグス粒子」広瀬立成、ナツメ社)によると、パーティー会場に{有名人が入ってきたことを告げたとする。すると、会場の人びとは有名人のまわりに集まり、有名人は動きにくくなる。この有名人が、ヒッグスの海(真空)に存在する素粒子に相当する。}というような比喩で説明している。会場の人がヒッグス粒子、有名人が素粒子であるということなのである。(注;同じ比喩を、浅井祥仁氏が、「ヒッグス粒子の謎」祥伝社、でも述べている)

この場合について考えてみる。

有名人が動きにくくなったのは船とは違う原因である。集まった人が、挨拶をしたり、話しかけたりするから、有名人はそれに答えるために、歩みを遅くしたり、立ち止まったりしたのである。速度が落ちたのは、有名人が自分の意思で歩みをおとしたからである。その方法は、足で床を進行方向と逆方向につっぱって、床との摩擦で、速度を落とした。このとき、有名人の体が持っていた運動エネルギーは、床を押すことによって、床の分子を振動させて熱になる。それで、動く速度が落ちたのである。これも、有名人が人びとから質量を受け取ったから動きにくくなったわけではない。

もし、素粒子が現れたらだれかに知らされてヒッグス粒子が素粒子の周りに集まるなら、その仕組みを科学的に説明しなくてはならない。すなわち、素粒子の何に反応してヒッグス粒子はそちらに移動するのか、移動手段は何か(例えば、自動車なら車輪の回転、飛行機ならジェットの噴出である。磁石なら磁気である。ヒッグス粒子はどのような力を持っているのだろうか、不明である)。移動するにはエネルギーが必要であるがその時のエネルギーはどこから出るのか、その時エネルギー不変則は満たされているか。空間はヒッグス粒子で隙間なく満たされているということだが集まるときはヒッグス粒子が圧縮されるのか、ヒッグス粒子が移動した後の空間はどうなるのか、なにもない真空になるのかそれとも他のヒッグス粒子がそこに移動するのか、などいろいろな問題が出現する。説明できないでしょう。困ったもんだ。

 これも単なる比喩で、ヒッグス粒子が素粒子に動きにくさを与える仕組みとはまるで関係ないことである。外見上が似ていそうだから、というだけで思い付きで言っている。根拠などないのである。こういうのも、インチキサプリメントなどでよく見る宣伝と似ている。有名アスリートが出てきて、「飲んでますよ」と言うと、さも体力がつきそうだが、アスリートに体力があるのは、彼が日ごろの練習で鍛えたからであって、そのサプリメントを飲んだからではない。でもそれで、サプリメントが効きそうだと視聴者に錯覚させるというのとよく似ている。錯覚を利用して、思い込みを作っているのである。

 では、素粒子はヒッグス粒子から、どのようにして、動きにくさを獲得したのか、というと、その本当の科学として納得できる仕組みは誰も述べていない。そんなものはないのである。

 

考察3動きにくさを獲得する仕組み

素粒子は、宇宙誕生後、数億分の1秒後に、ヒッグス粒子と相互作用して質量を獲得したと言っている。

その時素粒子はまだ質量がなく、光速で飛び回っていたという。そこに、ヒッグス粒子が現れて、相互作用をし、動きにくさを与えたというシナリオだ。

ではこの相互作用はどのような力で行われたのだろう。上の、船と海水の相互作用の場合は、電磁気力がその媒介をしている。有名人と床の場合も、電磁気力である。

ヒッグス粒子と、素粒子は何を媒介として、相互作用をしたのだろう。答えは不明である。

光速で飛んでいた素粒子がヒッグス粒子に衝突したとき、素粒子はどのようになるのだろう。加速器の中の陽子のように木っ端みじんになるのだろうか。そうではないみたいだ、そんなことになれば、この世界の素粒子は、宇宙誕生後10億分の1秒でみんな粉々に壊れてしまう。この世に物質は存在しなくなる。今この世界があるのだから、粉々にはならず光速で衝突しても、ヒッグスの海の中では「動きにくさ」だけを受け取るようだ。神の粒子だから、そっと優しくがモットーなのだろうか。ありがたいことだ。

では、素粒子に光速でぶち当たられたヒッグス粒子はどうなるのだろう。素粒子はその時まだ質量がないから何の影響も受けないのだろうか。光も質量がないけれど、物に当たると電子をたたき出したりする。質量のない素粒子も、ヒッグス粒子に光速で当たったらなにかを弾き飛ばさないのだろうか。でもそんなこともないみたいだ。ただ動きにくくなっただけという。動きにくさをもらったということはその反対を、ヒッグス粒子に与えたということであろう。そのあたりは何も触れていない。まあ、素粒子が質量をもらえれば後はどうなったってかまわないのだから、面倒なことは取り合わないのだろう。

宇宙にあるすべての素粒子が光速で飛び回っている。そして、ぎっしり詰まっているヒッグス粒子に、一瞬より短い時間、10億分の1秒で一斉に衝突する。今あるすべての星と、銀河と、星間ガスと銀河間ガスとを作っている物質が総て素粒子であったのだから、それはすごい衝突だっただろう。秒速数キロの小惑星の衝突でさえすごいことになるのに、宇宙のすべての物質が同時に秒速30万キロメートルで衝突するのである。実に想像を絶する(だから考えないのかな)。そして、ヒッグス粒子の一つに当たってもその次も待っている、次から次に衝突していかなくてはならない。なんせ、ヒッグス粒子は、宇宙にぎっしり詰まっているのだから大変だ。もちろん、その時、まだ素粒子として生まれたばかりの地球や月や太陽も、一斉にヒッグス粒子の海に突入する、そして内事もないかのように、動きにくさだけちゃっかりもらってくる。見事な手品だ。神様にしかできない芸当だ。

 

実際は、海に飛び込むのではなく、素粒子が光速で飛んでいたら、突然(10億分の1秒で)現れたヒッグス粒子に、周りはびっしり覆われてしまうのである。

ビッグバン宇宙論では、このとき宇宙はまだ非常に小さかったはずだ。今の宇宙にもびっしり隙間なくヒッグス粒子があるのだから、その時のヒッグス粒子は非常に高密度で詰め込まれていただろう。ヒッグス粒子そのものが小さく圧縮されていたのかもしれない。今と同じ大きさなら数を減らすか、小さく圧縮するかしなくては、今よりはるかに小さい空間に詰め込めないはずだから。どちらかなのだろうけど、まあ、そんなことは考えなくてもいいのだろう。なんてったって、質量さえもらってしまえば、後はどうなとしゃあなるばいだから。

素粒子だって、その時今あるすべての物質が生まれていたはずなのに(今ある物質はビッグバンのとき総て生まれ、その後は生まれていないというのがビッグバン宇宙論だから)、素粒子は光速で飛び回っていたりするんだから。太陽は地球の100万倍ある。銀河系は太陽が2000億個集まっているという。おとめ座超銀河団は、その銀河が、数千個も集まっているという。そして、宇宙はおとめ座超銀河団がどれくらいあるかわからないくらいたくさんの銀河団でできている。

それらの物質が、すべて、ビッグバン直後に生まれているというのが、ビッグバン宇宙論だ。十億分の1秒後、宇宙はどれくらいの大きさか知らないが、(学者はもっともらしいことを言っているが、本当は知っている人は誰もいない)すべて、素粒子も、ヒッグス粒子も、ダークマターもがそこにつまっているというのだ。素粒子だけにしたってかなりの密度になるだろう。密度はブラックホールどころではないだろう。その中で素粒子は光速で飛び回っているというのだ。0.000000001ミリ動いただけで、ほかの素粒子にぶつかってしまうだろう。飛び回るなどとても不可能なはずだ。どうなっているのだろう。物理学で説明できるのかしら。できないだろう。そして、すべての素粒子が質量をもらうというのだ。その瞬間、素粒子はもらった重力で1000億分の1秒で宇宙は完全につぶれてしまうだろう。

それより先に、質量を持って生まれてきたヒッグス粒子が、生まれた途端10億分の1秒で自らの重力で潰れているだろう。陽子の133倍もの質量をもっているのだから。

 

考察3 「動きにくさ」と「止まりにくさ」について

(以下{ }内は(「図解雑学よく判るヒッグス粒子」広瀬立成、ナツメ社よりの引用)

 {抵抗力が質量に関係することは、軽いものは動きやすく重いものは動きにくいことから理解できる}と解説してある。

 この本では述べていないが、重いものは止まりにくく軽いものは止まりやすいということも、質量に関係している。

 この二つは慣性質量の現実に現れる性質である。

運動エネルギー=1/2×質量×速度という式からも考えられる。

 質量が大きければ運動エネルギーが大きくなるから、動かす時には、大きなエネルギーが必要になる。これが重いものは動きにくいという現象になる。軽いものは動きやすいというのも、この式から導かれる。

 同じ原理で、質量が大きい物は運動エネルギーも大きいから、止めるには大きなエネルギーがいる。軽いものを止めるには小さなエネルギーですむ。エネルギー不変則である。

 {抵抗力が質量に関係することは}これからわかる。しかし、抵抗力が、質量そのものを生んだ、ということはいえない。抵抗力は、運動エネルギーの受け渡しにしか過ぎない。動きにくさは、慣性質量の性質の一つにすぎないのである。

 そのほかの慣性質量の性質、止まりにくくなる性質はどのようにして手に入れたのだろうか?ヒッグス粒子は止まりにくさをどのようにして、物質に与えたのだろうか。これについては、そもそも止まりにくさはおくびにも出していないから判断のしようがない。

 まず{ヒッグス粒子と相互作用して抵抗力を受けるため、動きにくくなる=質量の獲得}とする。そして、質量を獲得したのだから、物質は質量を持ったことになる。質量は、慣性質量をもっているから、慣性質量も持ったことになる。慣性質量だから、止まりにくさも持っているとでもいうのだろう。これとすると、インチキも甚だしい。俺は日本人である。日本は世界第3位の経済大国である。だから俺は世界第3位の金持ちである、というようなものだ。日本が世界第3位の金持ち国家であるということは、俺が金持ちであることとは関係がない。日本にはたくさんのホームレスがいる。

{抵抗力を受けるため、動きにくくなる}ということは、上に書いた船と水の関係である。船は、水の抵抗で動きにくくはなるが、止まりにくくはならない。したがって、ヒッグス粒子の抵抗を受け素粒子が動きにくくなったとしても、それによって、止まりにくさを獲得することはできない。

 ヒッグス粒子の抵抗がどのような物理現象なのか説明しなくてはならない。少なくとも、地球上の物質の抵抗の現象は、どのようなものにも、もちろん素粒子にも質量を与えることはない。もちろん他の化学現象や物理現象でも、地球上や太陽系で起こる様々な現象でも物質に質量を与えるような現象は存在しない。ヒッグス粒子が物質に質量を与えるという現象は非常に特殊な、ただそれだけの現象なのだから、今までに解かっているこの世界の現象や物理学では説明できないし、前例も同じ現象も他に存在しないのだから、新しい理論を構築しなくはならないはずだ。われわれの住む現在のこの世界には存在しない現象なのだから、今ある現実の現象で説明しようとしていては、何も本当のことはわからない。比喩ではなく科学的にその仕組みを解明し、説明しなくてはならない。本当はその仕組みは何一つ分かってないのだろう。だから、ごまかしの為の説明しか世に出ていないのだろう。分からないなら分からないというのが科学のはずだ。ごまかしていては、科学ではなく神学になってしまう。

 

考察4 ヒッグス粒子の海

(1) ヒッグス粒子の質量から出てくる問題

 空間はヒッグス粒子にびっしり埋め尽くされているということだ。ということは物質はいつもヒッグス粒子をかき分けかき分け動いているということになる。

粒子を押しのけて進むには、並大抵の努力ではできない。よく46億年もの間公転を続けられたこと。

 物質の運動エネルギーはそのものの持つ質量と速度だけで決まる。この世界に満ちているというヒッグス粒子の質量や、ヒッグス粒子を押しのけた量には左右されていない。また、実際に物質が受けている抵抗は、今のところ、空気や水など、実際に存在することが観測されている物質のみである。ヒッグス粒子や、ダークマターや、今では否定されたとされているエーテルなどの、観測されたことのない得体のしれないものの抵抗や引力は一切受けていないことが実測から分かる。これは、ヒッグス粒子や、ダークマターや、エーテルは太陽系にはないということを証明している。

 1歩譲って、ヒッグス粒子が太陽系にあってたとしても普通の物質とは完全に相互作用しないのだろう。とにかく、すべてにわたって何一つ普通の物質には影響していない。質量がその証拠だというかもしれないが、それは、今まで書いたように、質量受け渡しの方法の科学的な説明も、質量を受け渡すときの計算式もないのでは、科学としては認められない。ほとんど相互作用しないといわれているニュートリノでさえ、時々、他の物質にしょうとつして光らせたりしている。陽子よりはるかに小さい素粒子を一つ残らず捕まえたくらいぎっしり隙間なく宇宙につまっているというヒッグス粒子が、いま何一つ作用しないのである。陽子の133倍もの質量があるというのに。

 今度、ヒッグス粒子を見つけた加速器でも、その中を、光速で陽子が飛んでもヒッグス粒子と相互作用しなかった。光速の陽子同士を正面衝突させたら、初めて、ヒッグス粒子がはじき出されたという。ということは空間の中のヒッグス粒子は光速の陽子には相互作用しないが、陽子が衝突するとでてくるということだ。

光速で飛ぶ陽子は、加速器内にもあるというヒッグス場の中を飛んでいる。すなわち限りなくヒッグス場をたたいている。それでも、ヒッグス粒子と相互作用をしていない。エネルギーが足りないというのだろう。しかし、宇宙開闢のときは、光速で飛ぶだけの素粒子と相互作用をしている、それも、瞬時に、すべて、ひとつ残らず、素粒子はヒッグス粒子と相互作用しているというのだ(地球はどれだけの素粒子でできているだろう。太陽はその100万倍である。銀河はその2000億倍である。宇宙全体ではその数千億倍ではきかないだろう。その総ての素粒子が大昔瞬時に、ヒッグス粒子とひとつ残らず相互作用したというのがヒッグス粒子論だ)ところが、加速器の中では、どんなに陽子を光速で飛ばしても、たった一つも相互作用しないのだ。方や100パーセントする、片や100パーセントしない。この差はどこから来るのだろうか。今現在、光速で飛ぶ陽子とヒッグス粒子は相互作用しないのだから、大昔だって相互作用しないといえる。今ないことは昔もなかったという証明になる。

 

もうひとつの疑問は、陽子の衝突でヒッグス粒子が叩き出されたということだ。真空から叩き出されたのではない。これは、その粒子が、真空から叩き出されたのではなく、陽子の破片であるという可能性の方がはるかに大きい。真空から叩き出されたのなら、真空にぶつかっているだけでたたき出されなくてはならない。上に書いたようにそれが起こっていない。陽子同士が衝突したときだけ現れるのだからそれは陽子の破片であるといえる。真空から叩き出されたというなら、陽子が真空と衝突しているだけでヒッグス粒子がたたき出される現象を観測しなくてはならないはずだ。陽子の破片でないという証明はどのように行ったのだろうか。それはないであろう。99,999パーセント理論に一致したといっても、それは理論による推測にしか過ぎない。実証は真空から直接ヒッグス粒子をたたき出した時しか、実証ではない。衝突時の大きなエネルギーが、真空をたたいて、ヒッグス粒子をはじきだしたというのだが、そのエネルギーが、どのように真空に作用して、どのようにヒッグス粒子をたたき出したのか説明しなくてはならない。衝突のエネルギーは何によって真空に伝えられたのか。もし伝えたものが物質なら、それは光速以上には速度が上がらない。上に書いたように光速では真空のヒッグス粒子とは相互作用をしていない。したがって物質以外のものが真空に働きかけたはずだ。それは何か。光でもない。光もヒッグス粒子をたたき出さないし、光はそもそも、ヒッグス粒子とは相互作用しないというのがヒッグス理論である。ではなにか。物資でも光でもない。重力か、重力は衝突から生まれない。強い力?電弱力?このあたりは、専門家に任せるしかない。

衝突のエネルギーは何によって真空に伝えられ、真空の何からヒッグス粒子をたたき出したのか、その仕組みを説明しなくてはならない。ただ大きなエネルギーがあればヒッグス粒子が真空からたたき出されるというだけでは説明にならない。

本当は、大きなエネルギーの衝突は陽子を大きく壊したというだけのことなのだ。車だって、衝突速度が大きくなると、壊れ方が激しくなる。それと同じ現象にしか過ぎない。真空からなにかたたき出したなどというのは、科学者の手前みそにしか過ぎない。その方が自分たちの理論に都合がいいからだけである。もともと真空には何もないのだから、いくらたたいたってのれんに腕押しで、そこから何も出てきはしない。

 

ところで、太陽のフレアとか、超新星の高温高熱とか、中性子星のパルスとか、宇宙を光速で飛び交っている宇宙線とかとは反応しないのでしょうね。まあ、観測のしようもないか。

 

ブラックホールとヒッグス粒子

やはりブラックホールの中にもヒッグス粒子は存在するのでしょうね。そのヒッグス粒子は、やはり重力で潰れていくのでしょうね。ブラックホールに吸いこまれて消えていくヒッグス粒子はどうなるのでしょうか。ブラックホールの周りにあるこう着円番は高速で回転しているということです。このこう着円番と、ヒッグス粒子が相互作用して、ヒッグス粒子も引きずられて回転しているのでしょうか。

 まあ、そんなことはヒッグス粒子研究家にとってどうでもいいことですね。ヒッグス粒子は物質に質量を与えるためだけに神様がおつくりになった粒子なのだから。よけいなことはしないですね。

 

ヒッグス粒子の質量は重力を持つか

ヒッグス粒子は地球の内部にもびっしり詰まっているはずである。陽子の133倍の質量ということであるから、地球の133倍の重力を発生させているのではないだろうか。ただ、地球の外の空間にもびっしり詰まっているから、相殺されて、無重力になるのだろうか。

太陽系の空間にもびっしり詰まっているはずである。すると、太陽系ができるとき、普通の物質が重力で集まっていくとき、その133倍もの重力のヒッグス粒子が均一に、びっしり宇宙に詰まっていたら、その重力に邪魔されて、星間物質は集まることができないのじゃないだろうか。

 

ヒッグス場は、神の御助け

金の原子番号は79だ。ヒッグス粒子はこれよりはるかに重い。金の原子が、空間にびっしり詰まっていたら、われわれはどう動けばいいのだろう。地球は公転できるのだろうか。それよりヒッグス粒子ははるかに重いのである。地球は弾き飛ばされてしまう。困ったことだ。

そんな困ったことを総て解決するのがヒッグス場だ。ヒッグス場はヒッグス粒子を生みだす場である。鳩を出すハンカチのようなものだ。手品でいえば種である。

場だから普通は何にもない。真空である。だから、普段は何にもない、ということのようだ。これなら地球も楽々進める。人間もヒッグス粒子を必死で押しのけて進む必要もなくなる。

ヒッグス場とヒッグス粒子

何にもない場が、陽子の133倍の粒子を、数億分の1秒とか数千億分の一秒とかで、全宇宙空間にびっしり生み出すという。それがヒッグス場だという。どんな手品師だって出来やしない。魔法使いだってできない芸当だ。ハンカチから鳩を出す手品師だって、何もないところから鳩をだすことはできない。種がある。ヒッグス場は、何にもないところから、ヒッグス粒子を出すのである。今宇宙にある、すべての素粒子の占める空間だけでも、ヒッグス粒子があると、それだけでヒッグス粒子の質量は、今ある全宇宙の物質の133倍よりはるかに大きくなる。宇宙は何もない空間の方がはるかに大きい。すると、そこも隙間なく埋め尽くすヒッグス粒子の質量は天文学的数字になる(もともと天文学だったか)。宇宙は重くて落っこちちゃいますね。その上、最初は、そのほかに3つのヒッグス場が重なっていて、それぞれヒッグス粒子を生みだしたというのだから、おそれいります。びっしりが、全部で4つ重なっていたのだから、(びっしり)+(びっしり)+(びっしり)+(びっしり)というわけだ。隙間のないところにあと3つ隙間のないなにかを入れる。よく入ったこと。片付けの天才だ

まあ、そんなことはどうでもいいことなのだろう。宇宙ができてから、数百億分の一秒とか、数千億分の一秒とかのとき一斉に現れて、素粒子に、「動かしにくさ」という、名前の質量を与えれば役目はすむのだから、役者は、舞台裏に引っ込んでいいということだ。影も形もなくすのは、場になった、と言えばいいのだから、種も仕掛けもいらない。ことば遊びだけで十分である。しかし、言うは易し行うは難し、である。一瞬でポンと地球ができたんだよと言うのは私にもできる。しかし、実際にポンと地球を作るのは非常に難しい。とても出来っこない。ところが、ビッグバン論者などは、地球の1兆個倍の1兆個倍の1兆個倍の物質を10億分の1秒でポンと真空から飛び出させている。よく言うよ。石ころ1個だって、真空からポンと出せないくせに。やってみな。神様ならできるって。冗談でしょう。

ところが、その宇宙の物質の何兆倍ものヒッグス粒子をヒッグス場という真空がポンと作ったという。10億分の1秒で作ったというのだからすさまじい。小さな物置を作るのでさえ何日もかかるのに、全宇宙の空間をびっしり埋め尽くすヒッグス粒子を10億分の1秒で作るというのだから恐れ入谷のコンコンチキだ。やってみな。人にはできないが、ヒッグス場ならできるって。鳩を出すハンカチじゃあるまいし。

宇宙にびっしり、陽子の133倍もの質量の何物かを生みだすのはヒッグス場の、どのようなエネルギーなのだろう。いつどのようにしてヒッグス場はそのエネルギーを持つことができたのだろう。ヒッグス場ができる10億分の1秒前には宇宙は真空しかなかったことになっている。真空とはエネルギーが最低の何かだという人もいる。しかも、宇宙は超ミクロの真空から誕生したというのがビッグバン宇宙論だ。超ミクロの真空が10億分の1秒後超巨大なエネルギーを持つヒッグス場を生み、超巨大なヒッグス粒子を生む。この宇宙空間をびっしり4重に満たす。質量が陽子の133倍もある粒子のエネルギーは巨大である。その巨大なエネルギーを持ったヒッグス粒子を生むヒッグス場はどこからどのようにそのエネルギーを手に入れたのだろう。無から有である。エネルギー不変則はその場合どうなるのだろうか。

同時に、生まれた素粒子などおとなしいものだ。直接陽子を生みだすことはできなかったみたいだ。たぶん大きすぎるのだろう。ヒッグス粒子の133分の1しかないのに。

 

 

この世の物質の生まれかた

(「ヒッグス粒子の謎」浅井祥仁、祥伝社)によると、「この世界は粒子と、反粒子が生まれては消えるということを繰り返しているというのです」「宇宙が誕生した時には、物質と反物質が同じ数だけあったはずですが、今の世の中には物質しかないわけです。」と述べている。

しかし、同じ本で次のように述べられている。「宇宙の誕生直後は光と、この光から生成されたいろいろな素粒子で満たされていました。光に質量はありませんから、そこから生まれた素粒子にも質量はありません。つまり、素粒子の質量は0でなければならない。」(P63)

 最初は、真空から素粒子が生まれるといって、後では、光から生まれるといっている。どちらが本当なのか。それとも、共に間違いなのか。説明に都合がいいように使い分けるのでしょうね。

 「この世界は粒子と、反粒子が生まれては消えるということを繰り返している」と言うけれど、どこでそのような現象が観測されたのでしょう。137億年前にあったことなら、今もあっていいはずです。何故今はないのでしょう。今あることは昔もあることです。昔あることは今もあって当然です。今ないことは昔もなかったといえます。今はないけれど昔はあったというときは、その理由が要ります。その理由は、あるのでしょうか。

 これは1個とか2個とかが生まれているというイメージである。全宇宙は一斉に、数億分の1秒で生まれたのだから、「この世界は粒子と、反粒子が生まれては消えるという」などというイメージとはまるで違う。「この世界は」全宇宙の物質と、反物質と、光と、ダークマターと、ダークエネルギーと、ヒッグス粒子が、一瞬より短い間に生まれたというのがビッグバン宇宙論でありヒッグス粒子論である。電子顕微鏡でも見えないくらい小さな粒子がぽつぽつと生まれては消えるというのとはわけが違う。イメージ戦略の誇大広告もいいとこである。

 物質には、反物質があるという。では、ダークマターには反ダークマターとかがあるのでしょうか。やはり、反ダークマターの方が少し少なかったのでしょうか。ヒッグス粒子も粒子だから、反ヒッグス粒子というものが生まれたのでしょうか。ま、そんなややこしいことを考えても仕方がないから、問わないことにしましょう。ダークマターは重力しか持ち合わせていないようだし、ヒッグス粒子は質量を持っても、重力や、強い力や、弱い力や、電磁気力は持ち合わせていないようだから、通常の物質とは生まれ方も当然違うのでしょう。都合がいいといえばこれほど都合がいいものもないともいえるのだが。

 

ヒッグス場とヒッグス粒子

ヒッグス粒子はヒッグス場から生まれるということだ。

宇宙空間はヒッグス粒子にびっしり満たされている、ということである。ところが、あるときは、ヒッグス粒子ではなく、ヒッグス場である、という。加速器は、ヒッグス場から、ヒッグス粒子をたたき出したという。一方で、空間はヒッグス粒子に満たされているから、たたき出さないと出てこないから、加速器で、陽子を正面衝突させるという。

 このヒッグス場とヒッグス粒子の関係はどうなっているのだろうか。

 ヒッグス場が、ヒッグス粒子を生むシステムはどのようになっているのか、不明である。真空はエネルギーを持っているから粒子を生んだり消したりしている。ということのようだが、陽子の133倍もの質量の粒子を生むのである。とても大変だったことだろう。いや、電子よりはるかに小さい無の真空から、一瞬より短い時間で、この宇宙のすべてを生むことができるのが真空の力なのだから、それくらいなんちゃないか。

 としても、やはり、ヒッグス場とはどのような構造をして、どのような過程でヒッグス粒子を生成するのか、そのエネルギーは何なのかを極めなくてはならないはずだ。そして、生成されたヒッグス粒子が、どのような過程で元のヒッグス場になって消えてしまうのかを、せめて理論化しなくてはならないだろう。これは標準理論にも関係することなのだから。標準理論にヒッグス場を生むエネルギーは入ってないか。

 科学者が都合がいい時はヒッグス粒子にして、都合が悪くなるとヒッグス場にするというだけの気がするのだが。いるときだけ出して、あとはないことにしようということだ。もちろん理論の要請というのだろうが、理論に都合がいいように現実を出し入れしている。

ヒッグス粒子そのものが、科学者の理論の要請から生まれたということである。素粒子は、理論が予言して、後からその粒子が発見されるという歴史があるからいい、ということであるそうだ。今回もそのとおりに理論通りにヒッグス粒子が発見された、ということである。

 でもそうだろうか。あまりにも都合がよすぎないだろうか。

 

空間はヒッグス粒子に満たされているから、たたき出さないと出てこない

 海中を考える。海中で水分子をたたき出す。すると、たたき出された水分子はやはり水の中にある。おなじように、ヒッグス粒子の海の中で、ヒッグス粒子をたたき出しても、やはり違う場所のヒッグス粒子の中にある。単に場所が変わっただけだ。この宇宙はどこまで行ってもヒッグスの海と言っている。いくらたたいてもヒッグスの海から外に出ることはできないはずだ。

標準理論を考える

この世界は4つの力から成り立っているという。それを一つの力に統一する理論が統一理論だそうだ。

しかし、この世界は4つの力からできているというのでいいのだろうか。

ビッグバン宇宙論では、この世界は、5パーセント(4%、とか6%と言う人もいる。まあ、誤差の範囲か)の観測されている物質と力と、あと95パーセントのダークと付く、謎のエネルギーと物質とからなっているという。

このことから、標準理論は、宇宙の5パーセントの部分しか述べていないといえる。

そして、今度は、ヒッグス粒子だ。これは、ヒッグス場としてもヒッグス粒子を生むエネルギーを持っているのだから、エネルギーと質量は同じであるという観点からすると、ヒッグス粒子と同じはずだ。陽子の133倍も質量のあるヒッグス粒子、あるいはヒッグス場がこの宇宙をびっしり埋め尽くしているというのだ。このエネルギーも付け加えなくてならない。

すると、この宇宙は通常の物質がほんの少し、爪の垢くらいで、あとはダークマターと、ダークエネルギーと、ヒッグス粒子(あるいはヒッグス場)が、その数千倍あるということになる。

4つの力の標準理論など考えたって、その他の謎の力の方がはるかに大きいのだから、無意味に近くなってしまう。それでも、4つの力以外は無視しているのはどうしてなのだろう。ひょっとして、ダークとツ小物も、ヒッグス場も架空のものとしていたりして。

 

 ヒッグス粒子と重力

 ヒッグス粒子は、宇宙にぎっしり満ちているという。すると陽子の133倍の質量があるのだから、大きな重力を持っているということになる。宇宙全体がヒッグス粒子の重力に満ちることになる。通常の物質の重力などなんの意味もなくなるほどだろう。しかし、地球はヒッグス粒子の重力など、何一つ感ぜずに太陽を公転している。そう、今はヒッグス粒子は、ヒッグス場に隠れていて、何の影響も与えないのでしょう。日食のとき、月に太陽が隠れても、太陽の引力は少しも消えずに地球をとらえている。ヒッグス粒子はヒッグス場に隠れたときに、その重力はどうなるのだろう。今地球や太陽系にヒッグス粒子の重力は影響していないようだから、きっと、重力も隠れているだろう。

ヒッグス粒子があるとすれば、その重力は今宇宙で観測されている総ての物質の重力をはるかに超える重力のはずだ。それをきれいに隠す。ヒッグス場とはすごいものだ。

ヒッグス場とはとても便利なものです。科学者の理論に邪魔なものはすぐ隠してくれる。かくれんぼのときそこに隠れたら決して見つからない。

 

ヒッグス場とヒッグス粒子の関係

「真空にヒッグス粒子が詰まっている絵というのは実は間違いで、真空がヒッグス場という状態になっていると考えるのが正しい理解です」「ヒッグス場を取りだしたら、ヒッグス粒子になります。あくまでも粒子にならない限り、取りだすことはできません。」(ヒッグス粒子の謎・浅井祥二)

 考察

 又、「あくまでも粒子にならない限り、取りだすことはできません。」とある。しかし、ヒッグス場からヒッグス粒子を作るには、ヒッグス場を取りださなければならないと述べている。ところがヒッグス場はそのままでは取り出せない。ヒッグス粒子にならなければ取り出せないという。卵と鶏のどちらが早いかというどうどうめぐりである。これではいつまで経てもヒッグス粒子はできないし、ヒッグス場も取り出せない。

場は、「物理現象を対象となる“モノ”でなく、空間の性質として考えようというものです。」と同じ本で述べています。場は空間の性質なのですから、性質を取りだすことはできません。したがって、「ヒッグス場を取りだす」ということはこの本にも述べているように不可能です。

 そんな本質とは関係ない枝葉を書かずにヒッグス場が、ヒッグス粒子を作り出すシステムを書けばいいのです。それができないから、枝葉のことなどせっせと書いているのでしょう。

「宇宙が誕生してから10のマイナス10乗秒ぐらいの頃、素粒子が、ヒッグス粒子の抵抗を受けて、質量を獲得した」ということなのだから、この、瞬間より短い時間に、ミクロの真空からヒッグス場が生まれ、続いてそのヒッグス場が取りだされ、ヒッグス粒子を生み、それが、素粒子に質量を与えたというのだから、その科学的なシステムを書けばそれで事足りるのです。

これは「10のマイナス10乗秒」くらいで行われたというのだから、その化学反応の速度は並大抵ではありません。そのような短時間で行われる反応を究明することこそ大切なことです。ところで、この2行ほどの筋書きを書くのに20秒ほどかかりました。宇宙は、それを具現化するのに、「10のマイナス10乗秒」でやってのけるというのですから。言うは難し、行うは易し、ですね。

とにかく、人気者が来たら、人々が集まって動きにくくなったなどという、おふざけではなく、科学的にそのシステムを説明するべきです。ところが、前述の浅井祥二氏も、広瀬立成氏も同じ説明をしています。人気者として登場する人が違うだけです。おそらく、大本のとても偉い科学者がそんなことで説明しているからその受け売りを言っているのでしょう。大本の人は、なぜヒッグス粒子と関係ない人気者の比喩を出して説明したのでしょう。ごまかしだってことを知ってたはずです。たぶんとても偉い科学者なのだからそれくらいの判断力はあったでしょう。推測するにヒッグス粒子が素粒子に質量を与えた化学反応式がわからなかったからなのでしょう。又それ以前にヒッグス場がどのようにして生まれ、そのヒッグス場が、どのようにしてヒッグス粒子を生んだのか、まるで分らなかったからじゃないのでしょうか。もちろん今も解らないのでしょう。受け売りしている科学者も、ヒッグス粒子が通常の物質に質量を与える仕組みがわからないから有名人の比喩を受け売りしているのでしょう。そうでなければ、その仕組みを科学的に事実として書くはずです。今も、何にもわからないからごまかししか書けないでいるのでしょう。ヒッグス粒子学とはせいぜいそんな程度なの?

 

終わりに

光あれ

まず神様は光あれとおっしゃった。そうすると、光が満ちた。

相対論も光が始まりだ。光を絶対とするところから相対論は始まっている。ビッグバン宇宙論もまず光あれだ。光が現れ、光から質量のない素粒子が生まれ、神の粒子がそれに質量を与えたから我々人間が生まれたといっている。

現代版創世記だ。物理学者もやっと神様に近づいてきました。おめでたいことです。物理も唯物論だけでは行き詰るのですから。なんてったってキリスト教ですよ。ところでそれって科学?