■右からアメリカ軍、ソ連軍、ドイツ軍の陸軍階級呼称(海軍、空軍では呼び方が若干違います
■ドイツ軍の場合上記が国防軍、下記が親衛隊であるが親衛隊の階級は武装親衛隊では正式な場を除いて
親衛隊での階級呼称で呼ばれずほとんどは国防軍の階級呼称で呼ばれます
■階級説明文の下の陸・海・空欄には主にその階級で就く役職を乗せています。参謀本部や各省などの役職は
重複するので陸にしか書いていない場合があります。

将官 元帥
ジェネラル・オブ・アーミー
General of the Army
マルシャル
Маршал
ゲネラールフェルトマーシャル
Generalfeldmarschal
 軍隊の最高階級。この階級になると終身現役であり定年はありません。
最高の名誉階級で、アメリカ軍では陸海空定員5人と定められていますが第二次大戦以降元帥は生まれていません。(ブラッドレー元帥が最後で湾岸戦争時に二名(ノーマン・シュワルツコフ陸軍大将、コリン・パウエル陸軍大将)元帥に推されたそうですが辞退したそうです。)
 元帥になると高級副官(大佐)と専属副官(大尉)が付き、ドイツ軍などでは豪華な元帥杖、旧日本では元帥佩刀を与えられる。旧日本軍では元帥と言う階級 はどちらかと言うと大将が名誉として受ける称号のようなもので、元帥府大将と言って天皇の軍事最高顧問として元帥府といって野球の殿堂入りのような扱いに なる。

 旧日本軍では正三位(総理大臣は従二位、閣僚と同等)を与えられる。ただし宮中の席次は従一位、公爵より上で国務大臣相当になります。

余談ですが、元帥を超える階級としては大元帥旧日本軍の天皇陛下(制度上は陸海軍大将)や、アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントン(独立戦争当時は中将でしたが、後に中将の階級を超える軍人が出始めた為、元帥より高位の大元帥に)アメリカ海軍大元帥(ジョージ・デューイ)ナチスドイツの国家元帥(ヘルマン・ゲーリング)ソビエト連邦大元帥(ヨシフ・スターリン)中華民国総統大元帥(蒋介石)、過去のフランス軍総司令官(大元帥)などがいる。
また計画だけではあったがナチスドイツ親衛隊の国民元帥、アメリカ海軍の旗旒提督(大元帥)などもありました

ちなみに北の偉大なる将軍様も大元帥

上級大将

ゲネラル アルミィー
Генерал Арлмий
ゲネラールオーバースト
General>obers
オーベルストグルッペンフューラー
SS-Oberstgruppenfuhrer
 一部の国家のみにある階級で,おもにソ連軍やドイツ軍などでは平時においての最高階級(筆頭大将)として参謀総長などに与えられた階級。
 戦時ではさらに上位の階級である元帥が任命される為、上級の軍などを指揮。
 現在ではほぼ消えてしまった階級であが中華人民軍の一級上将がこの階級に当てはまる。この一級上将も平時の最高階級として国防部参謀総長に与えられている。
 大抵上級大将の階級が存在する国では准将が設定されていない為、上級大将を各国の大将、大将を各国の中将として扱っているが実際はそうとも言い切れない

大将
ジェネラル
General・GEN
Генерал Полковник ゲネラール
Gener
オーベルグルッペンフューラー
SS-Obergruppenfuhrer
  通常軍隊の最高階級。軍組織の最重要組織の長を務める。現自衛隊においてこの階級に類する幕僚長は陸、海、空、統合の四名のみで、アメリカ軍では統合、 陸、海、空、海兵で30名近い大将が存在する。(正規軍142.6万、予備役116.3万なので別段多いという訳でもない)
 大将になれる者は中将になった超エリートの中でもほんの一握り、いや、一摘みです。
 大将の現役定限年齢(定年)は62歳。旧軍では65歳
 旧日本軍では従三位(都道府県知事・著名国会議員と同等)を与えられる。また貴族階級では子爵相当である。ただし天皇の親任官である為宮中席次では従一位、公爵より上で枢密顧問官相当になります。
陸軍大臣
参謀本部総長
教育総監
軍管区司令官
軍司令官
方面軍司令官
海軍大臣
参謀本部作戦部長
参謀本部作戦副部長
連合艦隊司令官
方面艦隊司令官
航空軍団司令官

中将
ルテナン・ジェネラル
Lieutenant General・LTG
>ゲネラル レイチェナント
>Генерал Лейтенант
ゲネラール・ロイトナント
Generalleutnant
ブリガーデフューラー
SS-Brigadefuhrer
 もっとも将軍、提督らしい地位。超エリート軍人達の行き着く階級。
 軍団司令官、艦隊司令官、軍組織での重要な要職につき多数の幕僚、参謀を引き連れる事となります
 権限は絶大で派閥のトップになる事があります。
 中将の現役定限年齢(定年)は60歳。旧軍では62歳
 旧日本軍では正四位(国会議員と同等)を与えられる。また貴族階級では男爵相当である。その為、男爵位をもつ少尉などは軍隊内では大佐などより格下だが国家行事などでは上官である大佐等より上位の席につきます。ただし宮中席次では正四位ながら中将は天皇勅任の勅任官である為正二位より上、侯爵よりも上位の席次につきます。ややこしいね

 旧日本軍では少将から中将に昇進する為には特別な優秀者を除いて中将候補と認められた少将先任者を集めて毎年一回、参謀総長統裁の「将官演習旅行」で戦術能力や体力を審査、これをクリアすると中将となれるのである。
 この試験で際立って優秀な成績を残すと今まで中央の参謀でもなく窓際少将だったのが一躍栄転できるチャンスでもあった。逆に大学校出のエリートであってもここで失敗してしまうと少将止まりになってしまうのである。

 中央省庁では局長、次官、大使クラス。警察なら警視監クラス、海上保安官だと一等海上保安監(甲)
軍団長
師団長
参謀本部次長
陸軍本部次長
各本部長
方面参謀長
大学校校長
軍中央病院院長
軍政治部長(ソ連)
監部長官
統合幕僚学校長
幹部学校長
補給統制本部長
研究本部長
特殊作戦軍司令官
国防長官高級軍事補佐官
統合参謀本部議長補佐官

艦隊司令官
参謀本部次長
海軍本部次長
地方総監
各軍司令官
方面隊司令官
航空艦隊司令官

少将
メジャー・ジェネラル
Major General・MG
ゲネラル マイオール
Генерал Майор
ゲネラール・マヨーア
Generalmajor
ブリガーデフューラー
SS-Brigadefuhrer
 この階級からは師団長や旅団長、戦隊司令官を勤める。
 王制時代などにはよほどの功績がない限り宮廷貴族のみがなれる階級で地方貴族などは佐官までしかなれなかった。
 少将から中将に昇進するのですが、大体少将の内、9〜10人に一人と厚い壁があります。
 自衛隊などでは士官学校を出て大佐に任官して6年、幹部候補生として大佐まで昇任した者は各期に割り当てられた人数分のみ少将に昇任する事ができる。
 また「営門将補」といい、一佐に十年以上、一佐の一(准将待遇)の者が離職時に特別昇任する事もある。
 アメリカ陸・空軍では通常士官で出世できる最高階級が少将で、これ以上の将官はそのポスト、たとえば軍団司令官に任官した将官などにそれに相当する階級(中将)を名誉として贈られるという特殊な形になっています。なので過去参謀総長(大将ポスト)であったマッカーサーが参謀総長を解任された際、少将に降格されたりしています。また大将や中将で不正を疑われ審議される場合も役職から離れる為に少将に降格、不正が無ければ中将、大将ポストについて階級が戻る場合があります。もし不正があった場合は度合いによりますがそのまま降格、退役になります。
 現在では大抵退職か天下りしていますので降格になる事は殆どありません。
 海軍では戦隊司令官として数隻の軍艦を率い、現自衛隊では護衛隊群司令として護衛艦、イージス艦で編成された8隻の護衛隊を率い、
 また海軍、陸軍、空軍省などでは参謀(作戦)次長指揮下の各部門長(課長・班長)、艦隊総司令部では各部門の部長を務めます。
 少将の現役定限年齢(定年)は60歳
 旧日本軍では正五位〜従四位を与えられる。中央省庁では参事官、審議官、部長、局長クラス。警察なら警視長クラス、海上保安官だと一等海上保安監(乙)
師団長
兵団長
旅団長
参謀本部部長
陸軍本部部長
各局長
方面参謀長
方面副参謀長
軍作戦部長
軍情報部長
軍兵站部長
軍団参謀長
特別補佐官
各支部長
各学校長
軍中央病院副院長
補給処長
英軍特殊部隊局長
戦隊司令官
空母打撃群司令官
艦隊参謀長
参謀本部部長
海軍本部部長
術科学校長
航空団司令
方面副司令
参謀本部部長
術科学校長

准将
ブリガーデ・ジェネラル
Brigadier General・BG
オーデルフューラー
上級指導者
SS-Oberfuhrer
 昔ではどちらかというと、将官になる為の準備期間として与えられる階級である。従って、立場としては大佐とそれ程変わらない。
 現在では陸・海・空軍省などの重要担当官、副部長職、課長職。軍や統合軍の参謀長、財務、兵站、戦略政策、支援センターの長など師団、軍団などより上級部隊での部長職、課長職を勤め、実戦部隊では副師団長(作戦担当)(支援担当)や旅団長、航空団司令官などの職務に着く
 
この階級から「将軍」「提督」「閣下」「司令官」と呼ばれるようになる。ちなみに大佐以下の場合は「司令」で「司令官」とは呼ばない。(海外ではコマンダーなので訳はどちらでも良い)
 定年間際の大佐が定年直後に准将「閣下」として定年する事も多々ある。
 また、イギリスなどでは「代将」と呼ばれる特殊な階級があり、大佐数名が指揮する数個の部隊(艦隊や臨時の戦闘団)があった場合、命令系統を混乱させな いように、全体指揮官の大佐にその場だけの階級「代将」に任命し、指揮を執り易くさせた。(旧日本軍だと軍司令官も中将、師団長も中将で、階級は一緒と言う事で命令系統でいざこざがあったりした。この為、一時期旧日本軍でも上級大将、上級中将とかの階級を作ろうとしていたらしい)その作戦事態が終われ ば、代将も元の大佐に戻るが、大抵は作戦終了時に少将に昇進したりした。因みに黒船で有名なペリーも代将である(当時のアメリカ軍の平時最高階級が大佐であった為でもある)
 またナチス親衛隊のオーデルフューラーは厳密には准将ではなく将官待遇の大佐で将官用の制服を着る事ができるが権限自体は大佐とほぼ同じである。
 中国の大校も佐官ながら役職的には西側の准将相当(師団長、副師団長、旅団長)です。
 海上自衛隊でも将官がなる群司令などに一佐が当てられる場合、将旗として「代将旗」があげられ一佐ながら将官としての待遇となる。アメリカ海軍では空母打撃群司令官として空母を中心とした護衛艦付きの強力な部隊を指揮します。
 アメリカの警察なら警視正クラス
旅団長
師団参謀長
副師団長
副旅団長
参謀本部課長
軍各部門長
特殊作戦軍作戦担当副司令官
特殊作戦軍司令官補佐
指揮支援センター長
群司令
戦隊司令
航空団司令
作戦軍司令

佐官

高級将校
大佐
カーネル
Colonel・COL
パルコヴニク
Полковник
オーバースト
Obers
スタンダルテンフューラー
SS-Standartenfuhrer
 アメリカ陸軍では陸軍大学(大佐または大佐への昇進が決定している中佐の必須課程)入学が大佐昇進の必須条件で通常、士官学校を出て行き着く階級で、大佐が任につく連隊長は「一国一城の主」と呼ばれ軍人になったら誰でも一度はやってみたい職です。独立決裁権を始め、多くの権限を有し軍組織内の実権をもっとも掌握している階層です。
 大学校出の中佐は中佐任官後大体3〜5年、40〜45くらい、一般の士官学校出身であれば50歳くらいで大佐となります。この頃になると師団参謀長、参謀本部課長クラスと、実質的に軍の中枢を握る事となります。また、軍高級副官、方面軍次級副官、駐在武官、特務機関長として特別な任務につく人もいます。
 連隊長職の大佐は地方に駐屯地を持ち地方の名士として扱われます。大佐から准将、少将に昇進するのは大佐になった者4〜5人に一人の割合である。
 大佐がよく任につく連隊長は上記のように駐屯地を持ち強いて言うなら学校の校長先生のようなものです。生徒(兵、下士官)と先生(将校)を管理し、地域行事、懇談会に出たり教育委員会の会議や校長会(師団での会議)に出席したり研究発表と連隊外での行事も大量にありかなり忙しい職務でもあります。
 平時では進級が停滞するので大佐といえば50歳代が多いようです。
 海軍でも戦艦、空母、巡洋艦艦長、駆逐戦隊司令など各重要職につきます。現代の海軍では自衛隊などでは護衛隊司令として2〜4隻の護衛艦を率いたりアメリカ海軍でも駆逐隊など2〜4隻の駆逐艦を率いています。
  参謀本部の課長職の大佐と軍、軍団の地方部隊の課長職の大佐の場合、地方部隊の課長職の大佐は参謀本部室長・班長相当の扱いになり地位的には下位におかれる。(室長・班長であれば本部では主査クラスに)このように面倒な事が多かった為、現在では上位部隊の課長は准将相当になっている(自衛隊では一佐の1(准将)が課長で班長が一佐、課員も一佐と非常にややこしい)
 大抵特殊部隊は最高指揮官が少将、准将である為、現場の最高指揮官は大佐、または少佐だったりします。その為映画などで出てくる最高指揮官は現場最高階級の大佐だったりするのです。
 現在自衛隊では大佐(一佐)であってもランクがあり(T〜W)一佐のTは准将相当官で乗車する車のプレートなどには准将階位の証として星一つがつく。
 特殊な部門である
憲兵隊の最高階級は大佐であり、その職務は各地域の憲兵本部の長で彼らの上官である憲兵司令官である少将、中将は人事運用上憲兵隊出身でない者が多く任命された。
 また
軍楽隊の最高階級も大佐であり、その職務は中央音楽隊などの指揮、音楽科要員の教育の元締めである。
 大佐の現役定限年齢(定年)は56歳。尚、旧日本海軍では「
だいさ」と呼ぶ
 旧日本軍では従五位上(都道府県議会議長と同等)を与えられる。中央省庁では課長、一等書記官クラス、学校では国立大学教授、警察なら警視正、警視(インスペクター)クラス、海上保安官だと二等海上保安監
旅団長
連隊長
群司令
駐屯地司令
地方隊司令
参謀本部課長
陸軍本部課長
参謀本部主任
陸軍本部主任
師団参謀長(幕僚長)
各主任参謀
各大使館駐在武官
元帥付副官
大学校教官
師団付政治将校(ソ連)
軍中央病院部長
軍病院院長
教育団長
教育連隊長
陸曹教育隊長
学校長
副補給処長
司令官付特別補佐官
戦艦艦長
空母艦長
巡洋艦艦長
イージス艦艦長
駆逐隊司令
空母航空団司令
大型空母副長
空母航空団副司令
隊司令
基地司令
艦隊参謀
各主任参謀
基地司令
飛行群司令
参謀本部課長
方面参謀長
群司令

中佐
ルーテナン・カーネル
Lieutenant Colonel・LTC
ポドパルコヴニク
Подполковник
オーバースト・ロイトナント
Oberstleutnant
オーベルストルムバンフューラ
Obersturmbannfuhrer
 平時では士官学校同期の三分の一がこの階級まであがる間に軍を去っています。そして大抵の士官学校出がこの中佐で軍歴を終えます。(その為、定年と同時に大佐に昇進する定年大佐が多く居ます)
 大学校出の少佐は少佐任官後大体3〜5年、38〜40歳くらい、一般の士官学校出であれば45歳くらいで中佐となり大学校出のエリートは各参謀を勤める。若くして軍中枢に関わる為、功名心とエリート思想で暴走し、現地部隊に無理な命令を出したりする事もありました。
 中佐は連隊付として戦時には副連隊長、留守隊長あるいは後備部隊長となります。少佐と同じく委員首座として部隊経営を主任務にしており、部隊を離れて、師団の事務や高級副官を勤める人もあります。
 副連隊長ともなると学校の教頭先生と役割は同じで同部隊の将校(先生)を統括。部隊の委員首座として人事をおこなったり、頻繁に出張、部隊外での活動の多い連隊長(校長)不在の指揮を取るなど、結構忙しくなります。
 海軍では艦長や副艦長、艦隊幕僚を勤めるなど重要な階級です。現代の海上自衛隊やアメリカ軍のフリゲート、駆逐艦クラスの艦長は大抵中佐です。
 また兵、下士官から昇進した将校は少佐までは「特務」がついたが中佐になると「特務」がとれた。
 中佐の現役定限年齢(定年)は55歳、旧軍では54歳
 旧日本軍では従五位〜正六位(市町村議会議長と同等)を与えられる。中央省庁では課員、二等書記官クラス。警察なら警視クラス、海上保安官では三等海上保安監
連隊長
連隊副長
特殊部隊中隊長
大将付副官
司令官付き特別補佐官
参謀本部班長
陸軍本部班長
各主任参謀
各大使館駐在武官
連絡官
大学校教官
軍病院副院長
大臣官房筆頭秘書官
官房筆頭副官
副教育連隊長
教育大隊長
弾薬支処長
燃料支処長
中央音楽隊副長
方面軍楽隊長
巡洋艦艦長
護衛艦艦長
潜水艦艦長
海防艦艦長
隊司令
戦艦副長
空母副長
巡洋艦副長
艦隊参謀
参謀本部班長
各主任参謀
参謀本部課長
方面各部長
方面各課長
飛行隊長(スコードロン)
分屯基地司令

少佐
メジャー
Major・MAJ
Майор マヨーア
Major
ストルムバンフューラー
Sturmbannfuhrer
  高級将校、参謀将校と呼ばれるのがココから。旧軍であれば少佐への進級は士官学校出の大尉であれば、人によって早い遅いがありますが、ほぼ全員ができますが大尉から少佐に昇進する時に特別な専門教育を受けます。(現陸上自衛隊では幹部上級課程中級指揮官、幕僚教育。三佐昇任の必須条件、またアメリカ軍では合衆国軍幕僚大入学が必須条件)これは少佐以上の階級の軍人は一つの作戦単位の指揮官となることを求められるからであり、そのため能力の不十分な大尉は少佐に昇進することができないまま除隊することもあります。
 また職種によってはこの階級で軍歴を終わる事が多く(特殊部隊など部隊の規模が小さい部門や研究部門、高級士官の枠が少ない等)家庭事情で地元から離れられなずに上記試験を受けず部隊勤務を続ける人も居り一概に士官学校出で晩年大尉、少佐だからといって能力が低い訳ではありません。
 大学校、士官学校出の大尉は大体大尉任官後6年、33〜36歳で少佐となります。ここまでは出世速度はあまりかわりませんが、ここから大差をつけられてしまい、士官学校出の人が大佐になった頃には大学校出の人は中将、大将になっているのです。
 また自衛隊の幹部候補生B部内(若手の36歳未満の曹)から士官になった場合、大抵三佐(少佐)か一尉(大尉)で定年を迎え、二佐(中佐)になる人は稀です。
 少佐の職務である大隊長は戦争の無い時は大隊事務室の隣にある大隊長室に座っています。
 旧軍であれば少佐には従卒として一等兵がつき、出勤時などお迎えにやってきてパッカパッカお馬に乗って駐屯地に仕事に行きます。帰りも従卒と共にパッカパッカとお家に帰ります。その後一等兵はおうちの世話をさせられたりしてぐったりしながら駐屯地に帰っていきます。少佐殿のお宅拝見をして内部事情(普段偉そうな少佐殿が家では奥さんの尻にしかれている等・・・)を見てしまうことになるので口の堅い真面目な一等兵が従卒に任命されました。
 駐屯地では部隊本部の諸委員首座(委員長)を兼ねて、そちらの方の仕事に熱心です。部隊の財布は委任経理なので、部隊長はお金の出る仕事については委員を設けて、財布の管理をさせます。節約して余った予算は、次年度予算に繰り込めますので、委員の腕次第で、無駄を省き、必要な 所には重点的にお金を出すことで兵隊に良いご飯を喰わせたり、被服も出征用に上等なものをたくさん備蓄出来ます。
 現自衛隊においては普通化中隊の指揮官は三佐(少佐)になります。

 旅団高級副官、軍次級副官、師団参謀、軍参謀、参謀本部の参謀課員、局員を勤めます。
 海軍では駆逐艦などの艦長、艦の各部門の長を務めるなどします。
 また兵、下士官から昇進した将校は少佐までは「特務」がつき特務少佐と呼ばれ制服も将校と同じであるが袖章などには特務を記す星章がついていた。昭和17年11月にこの「特務」の称号は廃止されたが必要な場合は「特務士官たる海軍少佐」と呼ばれた。これは指揮権の問題で、艦長戦死の場合、副長、副長戦死の場合は先任将校が指揮する事となっていたが特務士官はその道のエキスパートであって艦全体の指揮権は与えられないからであった。

 少佐の現役定限年齢(定年)は55歳、旧軍では52歳
 旧日本軍では従六位を与えられる。文官では高等官5等、中央省庁では主事、三等書記官、中学校の校長クラス。警察なら警視(デピュティ・インスペクター)クラス、海上保安官では一等海上保安正。
大隊長
特殊部隊小隊長
各参謀
中将付副官
元帥専属副官
高級副官
兵学校教官
各大使館駐在武官
大臣官房秘書官
官房副官
方面軍楽隊長
駆逐艦艦長
砲艦艦長
参謀
兵学校教官
巡洋艦航海長
巡洋艦水雷長
巡洋艦砲術長
飛行隊長




将校
大尉
キャプテン
Captain・CPT
カピターン
Капитан
ハオプトマン
Hauptmann
ハプトストルムフュラー
SS-Hauptsturmfuhrer
 大体士官学校を卒業した者で中尉任官後だいたい5年、30歳〜35歳くらいで大尉になります。アメリカ軍だと若干早く30歳手前で大尉に任官しますが、大学校入学者は卒業と同時に最速で25歳で大尉となる事もあります。また、叩き 上げ軍人の最終階級でもあります。これは大尉以上に昇進できないと言うより、大尉に達したときにはたたき上げ故に定年間近かであるという事です。
 アメリカ陸軍では
歩兵将校上級課程(大尉または大尉への昇進が決定している中尉の必須課程)を受け大尉となる。
 自衛隊では幹部上級過程を修了した一尉は幹部特修過程(FOC)の受講資格を得られる。職種学校で連隊・大隊級の指揮官・幕僚として必要な知識及び技能を修得させる。教育期間は約1年。教育終了者は時期の差はあるが原則二等陸佐への昇任が保証され、一部は一等陸佐に最終的に昇任する。しかし本課程は
指揮幕僚課程または技術高級課程よりも一段低い格付けであり、また幹部候補生学校を上位5%で卒業した者は原則二佐に昇任出来る為、上記課程に合格できなかった者に対し用意されている道とされたきた。
 また旧軍では昭和八年から少尉、中尉時に陸軍大学校を受験し受からなかった者、隊務の為に入校できなかった者の中から試験選抜に陸軍大学校専科学生(
陸大専科)に一年間入校させ参謀教育を施した。卒業生は第二次大戦時では各師団の参謀長、中には少将に昇進し旅団長を務める者も居た。
 中隊長が主な職務ですが、連隊副官、師団専属副官を勤める人もいます。中隊長(一般に隊長と呼ぶ)の居場所は、中隊事務室の中隊長室です。やっと大尉になって俸給も人並みに貰うので、兵隊からは「やっとこ大尉」と呼ばれます。
 午前中は准尉や曹長のもってきた書類の決裁をし、昼からは中隊の新兵を集めて講話をしたり、今月の中隊目標を考えたりします。役職的には中小産業の社長さんみたいな感じです。
 ときどき大尉は各兵科の実施学校に缶詰になって、新兵器・新戦術の講習に参加し、古参になると大隊長になるための訓練を受けます。
 戦闘での中隊長の役割は、非常に大きなものがあり、戦闘では中隊単位で動き、隊長の判断ひとつで勝ち負けが決まります。先頭に立って突撃をしなければならない時もあります。
 幕僚としては大隊各幕僚(S-1人事・庶務、S-2情報・保全、S-4兵站・後方)、大隊S-3(作戦・運用・訓練)幕僚補佐、師団幕僚補佐を務めます。
 また旧日本軍では大学校を出た者が参謀を務めるので
参謀と呼ばれるのは大抵大尉からである
 中隊長職の大尉は兵隊から隊長のいないとろで「チューさん」「チュウ助」「チュー公」と呼びます
 海軍の場合、大尉〜少佐、兵科士官になると当直将校として艦長代理として停泊中は昼四時間、夜は二時間艦、航海中は昼夜問わずニ時間艦を指揮する。ただし航海長は航行中は激務の為に当直にたつ必要はなかった。
 大尉、分隊長になると待機室が次室士官室(ガンルーム)から士官室(ワードルーム)に移動し、第二次大戦頃まで部屋も少、中尉の二段ベットから一人用のベットになり一人前の将校として扱われるようになる。

 大尉の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では50歳。また旧日本海軍では「たいい」では無く「
だいい」と呼びます
 旧日本軍では正七位を与えられる。文官では高等官6等、中央省庁では主任、係長クラス。警察なら警部クラス(英語だとキャプテンなのでそのまんま)海上保安官では二等海上保安正
中隊長
大隊副官
各参謀
少将付副官
大隊付政治将校(ソ連)
大臣官房秘書官
官房副官
水雷艇艇長
掃海艇長
分隊長
小型潜水艦艦長
駆逐艦副長
駆逐艦砲術長
駆逐艦水雷長
中隊長
小隊長(フライトリーダー)

中尉
ファースト・ルテナン
First Lieutenant・1LT
レイチェナント
Лейтенант
オーバー・ロイトナント
Oberleutnant
オーベルストルムフューラー
SS-Obersturmfuhrer
 大隊本部の各係の主任や、大隊副官、旅団専属副官になって、中隊とは離れて勤務する人が多くなります。
 士官学校出身者では少尉任官後大体3年、年齢25〜30歳くらいで、大学校入学者は大学校在学中で中尉に任官します。
 またCグループ幹部(36歳以上、50歳未満の准尉、曹長)が士官になった場合、大抵が中尉で退役になります。
まだまだ棒給も低く、兵隊からは「やりくり中尉」と呼ばれます。
戦闘では第1小隊長、中隊付中尉として活躍します。中隊長(大尉)が倒れた場合は、中隊長代理をします。

また、現自衛隊では以下の条件に当てはまる者は、おおよそ1年以内の規定の教育期間を経た後、すぐさま二等陸・海・空尉に任命されます。
* 防衛大学校の学生で、大学院修士課程まで修了した者
* 一般大学の大学院修士課程修了者(見込み含)で自衛隊幹部候補生試験に合格した者。ただし、修了見込みの身分で試験に合格した者。ただし試験合格年度に修了できなかった場合、採用取消となる。
* 防衛医科大学校を卒業後、医師国家試験に合格した者
 
 中尉ともなると大隊副官、大隊幕僚として作戦命令書の作成、各中隊の戦闘状況の把握と大隊長への報告。上級指揮官への戦闘要報の報告、行軍日誌の記録など大隊本部での各種業務統括を行い、目まぐるしい日々をおくりながら自身が指揮官になったときの為の指揮方法や運用方法を学ぶのである。

 海軍の場合、軍艦配属の少尉・中尉は副直将校(当直将校の補佐)として交代で副直任務につく。
また副直勤務終了後は次の副直勤務者が終了するまで機動艇、艦載水雷艇の艇指揮があり、次室士官室(ガンルーム)で待機したり軍艦と港の行き来を指揮する。この機動艇の艇指揮が大変で難所、夜間荒天の指揮など新米士官達にとって恐怖の的であった。
 また兵、下士官から将校となった「特務」中尉などは艦の古参兵として下士官を指揮、指導、監督し砲術長や航海長の補佐として「掌長」任務についた。

 旧ソ連軍の場合士官学校を卒業した者は少尉からではなく中尉からの任官となっている。(大尉と中尉の間に旧ソ連独自の上級中尉という階級が存在するのでなかなか紛らわしい)

 中尉の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では47歳
 旧日本軍では従七位を与えられる。中央省庁では先輩職員、主任クラス
中隊付将校
小隊長
少将専属副官
大佐付副官
中佐付副官
中隊付政治将校(ソ連)
各専科学校学生
分隊士
駆逐艦機関長
掌砲長(特務)
掌航海長
電信長
掌通信長
掌水雷長
掌飛行長
小隊長
航空団作戦幕僚

少尉
セカンド・ルテナン
Second Lieutenant・2LT
ムラドシー レイチェナント
Младший Лейтенант
ロイトナント
Leutnan
ウンターストルムフューラー
SS-Untersturmfuhrer
 この階級から将校、自衛隊では「幹部」と呼ばれる士官になります。
 士官学校に入学して部隊に配属され、士官候補生として1年間、下士卒(上等兵から軍曹)の生活を体験する。士官学校の生徒となってからは、卒業前に見習士官(曹長)として再び同一部隊で将校の仕事を体験し、部隊の将校先考会議で部隊将校全員の推薦を得て少尉に任官する。少尉に任官するには

●士官学校を受験し、卒業後隊付(少尉候補生曹長)になり一年後少尉となる。
●一般大学卒業後(22歳以上、26歳未満)に幹部候補生試験を受け、幹部候補生学校卒業後に少尉となる。
●幹部候補生B部内(36歳未満の曹長、一曹任官者、二曹任官後1年、三曹任官後4年の優秀者が部隊内での選抜に合格し曹長昇任後に一般幹部候補生となり幹部候補生学校卒業後少尉に任官)
●Cグループ幹部(36歳以上、50歳未満の准尉、曹長が部隊内での試験で選考され各職種学校入校後12週間の教育期間を経て少尉に任官)
*ただし平成24年度からはC幹は廃止され熟練曹の確保の為に准尉が上級曹長に変更される。
●准尉任官後3年で選考のみで3尉に任官(年齢的にもほぼ少尉で退役。功労的な任官)
●アメリカ軍の場合、州立大学、私立大学に設置された
ROTC(予備役将校訓練課程)を受け、その後少尉となる。
●連隊長の推薦により下士官が少尉候補生となり士官学校卒業後少尉となる。
●戦地昇進(指揮官戦死により下士官の中から小隊、中隊指揮官適任者を昇進させる)で少尉となる
●特別任官で、民間人が臨時の少尉になる。

その為少尉になるには最短で23歳になります。(旧軍では12歳で幼年学校に入学しその後予科士官学校(予科練)、隊付勤務、士官学校、見習い士官を経て少尉任官の最短コースで20〜21歳で少尉になれます。)

ちなみに年数は幼年学校3年→予科士官学校2年→隊付勤務8ヶ月→士官学校本科1年八ヶ月→見習い士官4ヶ月
一般ですと16歳から予科士官学校を受験でき、その後は幼年学校生徒と同じ道を歩みます。
士官学校本科の年数は時代によってかわり、第二次大戦末期では1年にまで縮められた。
予科士官学校を卒業すると上等兵、隊付勤務中に伍長、軍曹に昇進し士官学校本科に入校。卒業時に見習い士官(曹長)となります。

 旧海軍では下士官からの叩き上げ将校は中佐になるまで「特務」の称号が付き、呼ばれる時は「特務少佐」と呼ばれました。
 将校は連隊に所属し、大佐か将官にでもならない限り、その連隊の
将校団に所属した。
最初は中隊付で、戦闘では小隊長として小隊を率い、内務では訓練運用幹部、後方幹部として新兵の教官をしたり業務調整、陣地構築の指導などを行います。助教に内務班長、助手に上等兵がつきます。中隊の将校室で仕事をし、他の将校(中尉、准尉、少尉候補生)と一緒に机を並べます。新品少尉〜中尉は中隊内の仕事よりもどちらかというと戦術などに関する論文を提出したり、雑用に借り出されたりとある意味一等兵と似たような感覚で軍隊生活を送ります。

 旧軍では隊付2年目で士官学校の上級学校である
「大学校」の 受験資格を得る。大学校では参謀教育、上級部隊教育(師団規模の部隊運用)が行われ、大学校を卒業した者には参謀将校としてエリート街道を進み、将官への道が開かれる。大学校の 試験は難しく、隊付け二年間を受験勉強に費やし部隊の訓練を放り出す少尉も数多くいましたが、これを潔しとせず大学校受験を諦め、実戦部隊に残る将校も居たようです。
海軍の場合では若干違い、士官学校の成績(通称ハンモックナンバー)で将来が決定される為、海軍大学校を卒業したからといって必ずしも出世が早まるという訳ではない。ただし卒業者はもともと優秀な為、将官になったものの半数は大学校出ではある。

 現陸上自衛隊では大学校と同じような
指揮幕僚課程(CGS)というものがあり、40歳未満の二尉〜三佐が受験できる。将官(准将以上)になるには必ず修了しなければならない。また旧軍と同じように海上自衛隊では指揮幕僚課程を修了したとしても将来の昇進が保障されている訳ではなく、修了しても二佐で退官する者も多く、むしろ受ける者が少ない。逆に他の一般大学で語学や工学を学ぶ者が多い。

また映画などでよくある戦地昇進で少尉に任官した者は後に将校教育を受け所属していた中隊以外の部隊に配属される(これは同じ中隊では慣れ親しんだ仲間が多く、将校に敬意を払わない場合がある為の処置である)。彼らは熟練した下級指揮官として小隊〜大隊指揮官や訓練教官、大隊幕僚などを務め、大抵少佐か中佐で退役する(中には大佐まで進む者もまれにだが居る)
ドイツ軍などで士官候補生になった時点で後方の士官学校で三ヶ月の将校教育を受け同部隊に戻り指揮官を引き継ぐ事が多い

余談であるが、この他に将校からの学校に、
防衛大学校(士官学校)幹部候補生学校(入校と同時に曹長、卒業時に三尉)を卒業後→幹部初級課程(初級幹部教育)→幹部上級課程(中級指揮官、幕僚教育。三佐昇任の必須条件)→幹部特修過程(FOC)若しくは指揮幕僚課程(CGS)(上記)→幹部高級課程(戦略的・戦術的知識および技能と、師団以上の規模の部隊運用教育。指揮幕僚課程を終えた一佐、二佐が成績や勤務評定などを参考にして選抜され受講)・統合幕僚学(高級幕僚業務・自衛隊統合運用・安全保障学の研究。指揮幕僚課程を修了した一佐、二佐を経て、はじめて閣下(准将以上)が見えてくるわけです


 旧軍では士官、准士官以上の被服、軍刀、拳銃は自前で買ってこなければならず(下士官以下は支給品)さらには儀礼用の大礼服の購入など結構な出費の割りに棒給が低いので兵隊からは「貧乏少尉」と呼ばれています。
しかし世の中おしゃれさんも居るようで、軍帽や制服にいい生地を使ったりちょっとだけアレンジして作ってもらってる人も結構居たようです。

 少尉の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では47歳。また19世紀のイギリス海軍将校には定年はなくすごいおじいちゃんの提督がいたりしました。
  旧日本軍では正八位を与えられる。中央省庁では職員クラス。警察なら警部補クラス(英語だとルーテナンでそのまんま)海上保安官では三等海上保安正
小隊長
大隊副官
大隊作戦担当
警備派遣隊長
各専科学校学生
分隊士
掌砲長
飛行分隊・編隊長(エレメントリーダー)

少尉候補生
士官学校・幹部学校を卒業した者がなる階位で厳密には階級ではない。
階級章は曹長であるが礼遇は准士官の上、少尉の下で制服も将校のものを着用する。
通常、士官学校を出たばかりでいきなり少尉になるのではなく、この少尉候補生として部隊に配属され修行期間を過ごした後、陸の場合は連隊長や他の幹部に認められた後に、海では候補生として各種艦艇での航海、実地訓練を経た後に少尉に任官した。大抵士官学校出は一年程候補生を務めるが、たたき上げの場合は各種訓練は経験済みなので三ヶ月ほどで少尉に任官した。

准仕官 准尉
特務曹長
ワーラント・オフィサー
Warrant Officer
プラポルシチク
Прапорщик
ストルムシャールヒューラー
SS-Sturmscharfuhrer
  准尉は中隊の所属で、中隊の下士官以下の人事、給与を司ります。中隊に所属しウン十年の最古参の為、中隊の事を知り尽くしている中隊の神。その為、新任の少尉や中尉などよりも恐ろしい存在として中隊に君臨します。准尉は転勤があまり無い為、将校になれる実力を持ちながら、推薦や昇進を断り准尉として軍隊生活を終える人も多いようです。
 兵卒の元帥と呼ばれ、徴兵された兵士が准尉に睨まれると「楽しい」徴兵期間を過ごす事になります
 居場所は部隊本部の事務机で、左右に補佐の各係りの軍曹を従えたまさに閻魔大王のごとく鎮座しています。膨大な中隊の書類決済を行い上級部隊の司令部を飛び回ったりします
 実戦では中隊付准尉として中隊長を補佐したり前線の小隊とは少し後方に位置した本部班指揮小隊を指揮し各部隊への指示、情報の伝達、弾薬補給などを指揮する等、かなり気苦労の多い職務でもあり相応の能力を要求されます。中にはあまりの激務でおかしくなってしまった人や過労で倒れる人も居たほどです。
 階級表では少尉の下になっていますが、准尉の俸給は少尉や中尉などよりも高く、実際の部隊内では、士官学校出の少尉と同等、ないしそれより格上に扱われます。また、待遇は将校と同じで、准士官として扱われます。
またソ連軍では上級准尉(レイチェナント)という階級が存在し、准尉に任官してから10年経過し、なおかつ本来ならば将校が行うべき職務を遂行している」と証明されれば上級准尉になれます。いわゆる叩き上げの大ベテラン。退役後は予備役将校です

 アメリカ軍の准尉は少々ややこしく、准尉にも五段階あり、(W-1〜W-5)待遇的には将校の下、下士官の上ではあるものの准尉は独立した階級であり、高度な専門知識を備えた専門職の為の階級である。その為元少佐の准尉などというのも存在し、准尉から上級准尉への昇進は将校と同じく大統領の任命を受け議会の承認が必要である。
 主な職務は専門分野(高度な知識を必要とするAHのパイロットや航空機、装甲車両の教官、指揮官の専門分野における補佐などで、元々高度な知識を要求される空軍には准尉長などの階級はない場合が多い。
 イギリス軍でも准尉は二階級、一等准尉と二等准尉がありますが面倒な事に自衛隊、アメリカ軍の准尉とは違い「女王の認証状によって士官に准ずるとされる階級」で全下士官中の最先任とされていますが最先任下士官のように全下士官・兵を統括するような職責があるわけではありません。実際の呼称も部隊により違い「王立補給軍団付先任軍曹」や「連隊先任軍曹」、「連隊補給軍曹」、またその連隊においての伝統的な呼称、たとえば「連隊蹄鉄鍛冶伍長」や「国王衛士」などがあり映画とかで訳するとなると面倒この上なさそうです。

 旧日本陸軍では兵隊からは「トクさん」と呼ばれます。

 准尉の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では47歳
オペレーター
中隊副官
ヘリパイロット
各技術教官
オペレーター オペレーター

下士官 上級曹長
サージェント・メジャー
Sergeant Major・SGM
オーバー・フェルトヴェーベル
Oberfeldwebel
ハプトシャールヒューラー
SS-Hauptscharfuhrer
 米、英陸軍、自衛隊などでは、大隊以上の部隊司令部にそれぞれ「最先任上級曹長」が配置され、これは大隊幕僚として配置されている者と、大隊・旅団長等に直接仕え補佐する立場の者がいます。彼らは、部隊長の推薦によって、より上級の最先任上級曹長へと昇進していくものであります。
 選考方法は、下からたたき上げで上がってきた曹長の中から、陸軍省の昇任委員会が選抜をして、約11〜36週の上級曹長課程に入り資格が得られるものです。最先任上級曹長になると転属もあります。地位的には、指揮官の幕僚であり、役割は、下士官・兵の指揮、訓練、昇任について、指揮官に直接助言ができるという ことであります。
配属は大隊以上の部隊(大隊・連隊・団・旅団・師団・方面・幕僚監部)でそれぞれ大隊最先任上級陸曹、師団最先任上級陸曹とよばれます。
 役目としては元々隊付准尉の行っていた職務(訓練・勤務調整、営内者への外出許可、命令伝達、部隊長の補佐)にさらに曹以下の隊員の人事・保全・訓練・補給等すべての面で指揮官を補佐し、さらには曹以下の人事、意見具申、諸外国軍隊の下士官交流を実施するなど、仕事が多岐にわたり業務の補佐として先任上級曹長付陸曹が補佐として1〜2名つけられます。
 
 彼らの待遇は、それぞれ各級大隊長以上の指揮官の近傍に専用オフィスを持っており、専用の官舎、専用の車両を与えられています。このポストに就くと手当 も付きます。また、アメリカ陸軍では、全軍でただ一名任命される陸軍最先任曹長は陸軍参謀総長に軍の人事に関して助言を行います。各国要人のエスコートを行う場合もあり、各国言語、テーブルマナーを極めた人物で、将軍クラスの専用オフィスを持つ。別名「下士官の元帥」と呼ばれています。たまにアメリカ大統領と各国首脳が合同演説や視察などの映像がニュースで流れていますがそこにチラっと写っている事もあります。

曹長(兵曹長)
マスター・サージェント
Master Sergeant・MSG
スタルシナ
Сташина
フェルトヴェーベル
Feldwebel
オーバーシャールヒューラー
SS-Oberscharfuhrer
 連隊書記、大隊幕僚、大隊書記。中隊給与係を勤める内務を司る下士官です。旧軍だと大体30代、現代では早くて40代前半〜50代で曹長に昇任します。
 通常、曹候補で教導団(下士官養成所)を卒業した者はこの階級で退役します。
 上級の下士官として上級陸曹教育を8週間教育を受け管理職としての知識、技能を修得する。
中隊には二名の曹長がおり、それぞれ給養係と兵器被服係とが居り上等兵の助手がつき、伝票や帳簿をつけ、被服、陣営係りの軍曹、伍長が部下に付きます。
旧軍の場合、曹長は中隊事務室で毎週、兵隊の給料を計算して支給日に渡します。旧軍では下士官以下の給料は日給制で十日おきに給料が給養係り曹長から手渡されるのです。
計算を間違えると、お金が足りなくなって、自分の財布から埋め合わせをしなければならなくなります。
戦場では将校の補佐を行い時には小隊長として前線を駆け回ります。
 兵隊に恐れられる職務で、内務が主な任務なので教練にも演習などでもあまりお目にかかれません。
  旧海軍では一等兵曹(1942年4月1日より上等兵曹)
 
 曹長の現役定限年齢(定年)は54歳、旧軍では45歳
中隊本部指揮班長
中隊本部給与班長
小隊長
小隊軍曹(副官)
連隊幕僚
大隊幕僚
各部隊書記
中隊副官
各管制器長
指揮班長
先任衛兵伍長
掌砲長
駆逐艦区画長
分隊士
小隊副官
編隊長
各管制器長

軍曹
サージャント
Sergeant・SGT
セルジャント
Сержант
ウンターオフィツィーア
Unteroffizier
ウンターシャールヒューラー
SS-Unterscharfuhrer
 プロの軍人として軍隊の中核を担う下士官。約4年間伍長を務めた後に昇進する。戦闘では分隊長として10名前後の兵を率いたり、小隊軍曹として新米小隊長を補佐したりします。
 内務では内務班長、訓練助教として新兵達を鍛え上げます。その為「鬼軍曹」などと呼ばれます。また曹長の補佐として中隊内の備品の管理を行い助手として上等兵が一名つきます。
 ベテランの軍曹などは士官学校でも教官(大尉)の補佐、訓練助教として実践訓練、野戦演習の教育をします。しかし候補生達(曹長以上、少尉未満待遇、若しくは学年により伍長・軍曹・曹長と昇進)は軍曹より上の階級になる場合がある為、「助教たる下士官」には他の教官(将校)と同じく礼をおこなうべし、と規定されていたりします。ただのこの規定もややこしく規定によっては他の将校教官には立ち止まって敬礼するのを下士官助教には歩いたまま敬礼したりと違いがあったりします。
 軍隊の規模により、三等〜一等軍曹、上級軍曹など細分化される事もある。
 旧海軍では二等兵曹(1942年4月1日より一等兵曹)
 軍曹の現役定限年齢(定年)は53歳。警察なら巡査部長クラス(英語だとサージャントなのでそのまんまです)、海上保安庁では一〜三等海上保安士
一等軍曹(上級軍曹)  一等軍曹昇進後、一年以内に必須課程である上級陸曹教育(海自には無い)を受け約8週間、管理職(中隊付准尉・上級曹長、隊付軍曹)としての知識や技能を学びます。その役職柄、中隊指揮を行えるまで勉強しなくてはならず大変です。
 主に戦闘では小隊長の補佐(小隊軍曹)場合によっては小隊長、大隊・中隊では大隊作戦・情報補佐下士官、兵器、通信、工兵、医療軍曹を勤めます。
二等軍曹からは大体40代〜40代後半に昇任しますが曹長がいっぱいだとなかなか昇進できません。
二等軍曹(一等軍曹) 戦闘では分隊指揮官や車長、中隊の各担当軍曹を務めます。鬼軍曹
三等軍曹からは下士官候補生であれば25〜30代、兵からであれば30代で二等軍曹に昇任します。
三等軍曹(二等軍曹) 戦闘では班長(分隊の半分を指揮)。下記伍長のように兵の期間をニ〜三年過ごした後に試験を受け下士官教育を受けた後に昇任します。
分隊長
各係担当
車長
各兵器担当
射手
衛兵伍長
各パイロット

伍長
コーポラル
Corporal・CPL
ムラドシー セルジャン
Младший Сержант
ゲフライター
Gefreiter
ロッテンヒューラー
SS-Rottenfuhrer
 下士官志願で入隊し兵の期間を二〜三年過ごした後、下士養成所(教導団)を受験して90日(旧軍では1年・ドイツ軍では10ヶ月・基礎訓練4ヶ月、6ヶ月の下士官・兵科分隊長訓練)みっちりタコ詰め下士官教育を受け卒業すると伍長に任官します。軍隊によっては下士官候補上等兵として4ヶ月後伍長に昇進します。内務班では班長の手助けをします。
 戦闘では副分隊長として5名前後の兵を率います。平時では伍長がいっぱい居る為に「先任伍長」「上級伍長)などを設け、先任伍長が分隊指揮をとり、普通の伍長は兵隊と同様の扱いになります。国によってはさらに二等、一等、上級伍長を設定している場合もあります。
 また
憲兵隊などでは通常兵科と比べ消耗が少なく、また功績を立てても表立ったものではない為、大抵は憲兵伍長で予備役編入となった。しかし憲兵伍長の場合、捜査や検挙権限、単独行動や私服行動が許され、その任務性により髪型も丸刈りは少なく同じ階級であっても待遇・立場は一〜三階級上で給金も軍曹相当になっていた。
*海軍で「先任伍長」は各艦隊、各艦、各部門の最古参上級下仕官(上級曹長)が任命される最高位の役職で、専用の先任伍長室を持っており艦内の風紀を取り締まり、服務指導、兵、下士官の相談にのったり幹部への助言、下士官を代表しての意見具申などを行った。
 またただ一名任命される海上自衛隊先任伍長、自衛艦隊先任伍長等は海上自衛隊幕僚長、自衛艦隊司令官に軍の下士官人事に関して助言を行います。
 旧海軍では三等兵曹(1942年4月1日より二等兵曹)。海軍では高度な専門知識を要求される為、各種学校を卒業し、特技章を習得せねばならず、陸軍の下士官より任官のハードルが高くなっていました。
 旧日本軍では下士官になりますが、他の国では下士官に入らない事もあります。その為、現在の自衛隊の三曹は旧軍で言うなら伍長ですが、他国の現代軍隊の階級で言うなら軍曹相当になる訳です。

 伍長の現役定限年齢(定年)は53歳
分隊長補佐 機銃指揮官
兵長
イェフレイトル
Ефрейтор
 この階級は大抵の軍隊で存在しません。
 基本的に戦地に派遣されるのは教育期間(二年間、後に短縮)を終えた一等兵、上等兵なのであるが日中戦争の激化により二年間の教育期間を終えた直後に即日召集される場合が増えた為、すでに召集された古参の一等兵、上等兵との人事運用上の不都合が生まれた。その為旧日本軍では1940年に上等兵の上に階級を設け、伍長勤務上等兵というあやふやな階級を「兵長」という新たな階級で明文化した。
 伍長勤務上等兵と少し違う所は、伍勤は中隊に数名しか居ませんが、兵長はいっぱい居ると言う所です。その中でも下士官の代理を行う兵長は『下士官勤務兵長』として伍長勤務上等兵と同じような役割を果たした。
 ソ連軍の兵長は二年間の兵役を終えた者がなる階級でどちらかというと一等兵に近いものがあります

伍長勤務上等兵
Specialist・SPC
 さらに成績の良い上等兵は伍長勤務上等兵となり、下仕官が足りない時、その代理をします。
 伍長勤務は「
下士適任証書」を貰います。しかし、伍長勤務上等兵の待遇は責任としては下士官相当ですが他は上等兵のままです。もちろん給料も上等兵待遇です。責任だけ重くなりまったくもって貧乏クジですが、伍長勤務上等兵は中隊に数名しかおらず優秀な兵隊として一目置かれる存在となります。
 上記のアメリカ軍の階級、Specialistは伍長勤務上等兵ではないですが「特技兵」と呼ばれ専門技術をもった兵であり給与等級は伍長と同じですが身分は兵隊で下士官ではありません
 またドイツ軍などでは職業軍人(下士官)を希望しない者でも優秀な成績を収めた者は大隊の指揮官より「
予備下士官候補生」の資格を与えられ軍管区に設置されている軍管区下士官課程で訓練を行った。
 学校で言うなら生徒会役員、生徒会長クラス
分隊長補佐
訓練助手

上等兵
Private First Class・PFC ストルムマン
SS- Sturmmann
 徴兵されて成績が良いと上等兵候補者特別教育を受けこの階級となる。
 また専門教育を受けた
憲兵隊の隊員も実施学校卒業後は上等兵として配属された。
或いは、徴兵期間を一期勤めた後、民間に戻り、その後、再び徴兵されるとこの階級となる。
 訓練では訓練助手として配属された兵の面倒を見るのが役割。
 学校で言うならかなり出来のいい三年生。
 上等兵で徴兵満期除隊を迎えると就職に有利になったり、軍隊に残るにも有利になります。郷土に帰ってからも上等兵除隊だと郷土の誇りとして持てもてはやされます。
 現自衛隊では士長相当になりますが、士長には自動的に昇進できる為、上等兵とは意味合いはかなり違います。
訓練助手

一等兵
プライベート
Private・PV2

オーバーシュッツ
Oberschutze
オーバーシュッツ
SS-Oberschutze
 訓練から大体一年たつと二等兵は自動的に一等兵になる。一人前の兵隊。
 学校で言うなら二年生。今までのうっぷんを下級生(二等兵)にぶつけてこき使います。
 愛のムチを振るい、軍隊のなんたるかを下級生に懇切丁寧に教え込みます。何故か満期除隊が近づくと下級生に優しくなります。(満期除隊後のお礼参りを恐れてるわけではありませんよ タブン)
 よく日本語訳された戦争映画やゲームで本来一等兵なのに二等兵に訳されているモノが多い。呼びはプライベートだしね。プライベート・ライアンのライアンさんも一等兵から二等兵に降格されている。


二等兵
プライベート
Private・PV1
リャボタイ
Рядовой
シュッツ
schutze
シュッツ
SS-Schutze
 徴兵、志願入隊。軍隊入りたての新兵。訓練中の兵隊の階級である
 徴兵されると地元の後備連隊、補充大隊の中隊に配属され、そのまま同じ番号を持つ連隊や大隊の中隊所属となり、将校にならない限り、一生その中隊の所属となる。
 入隊して三ヶ月〜一年で自動的に一等兵に昇進する。
 学校で言うなら一年生。先輩に扱き使われる。
 新兵はまずは三週間の予備訓練を受けた後訓練大隊に送られ歩兵の場合8〜16週間の基礎訓練(第一段階 個人訓練 第二段階 分隊単位での訓練 第三段階 小隊単位での訓練)を行い野戦部隊に配属された。また平時であれば2〜3年程の徴兵期間の為に上級、応用訓練が行われ中隊規模、大隊規模の模擬戦や砲兵隊との連携訓練が行われた。
 平時は内務(営内)班(戦時の中隊)で班長である軍曹や伍長にみっちり訓練を受け、駐屯地の各種任務(主に歩哨)につく
 海軍によっては四等兵・三等兵もあるがこれは幼年兵に与えられる階級で徴兵された者は二等兵からである。