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未来へ

2004.9.24

ちょっと蒸し暑いが、秋である。

わっしょいわっしょいという威勢のよいかけ声が窓外に聞こえ、
なんとなくわくわくと高揚した気分で窓から顔を出して待っていると、
予想外にこぢんまりとした集団が、わりとだらだらと冷めた感じで通りの角から姿を現し、
ああ、そうだったよな、と思いながらもけっこうがっかりしたりする。 
その数分後、今度は賑やかな祭囃子の音色にさそわれ、ついつい窓辺に駆け寄ると、
やはり古ぼけた小型トラックが一台、
録音テープを流しながらのろのろと通り過ぎるのをぼんやりと見送り、
しょうこりもなくまた少しテンションが下がったりもする。
そんな秋が、また、きている。


前置きが少しのびたが、秋は大道芸の季節であり、
だいたい今週末あたりからが、シーズン真っ盛りとなる。

私に関して言えば、その口火を切るのが、明日に控えた「日テレART DAIDOGEI トライアル」である。
この審査に合格せねば、向こう半年、日テレでやることはできなくなるわけだ。
はっきり言おう。
現在私はこの日テレART DAIDOGEIのスペシャルアーティストであることによって、
三度三度とはいわないが、日に二度の御飯をたらふく食べている、
のみならず、たまにはいいかっこして 「ここはいいから」 
などと言って、さっと伝票をつかんでレジに向かったりというようなこともできている。 
つまり明日は、私にとってかなりの正念場なわけで、そのことを考えると、
眼球がめりめりと飛び出しそうな気分になる。
とにかく、なにくれとなくやらねばならない時期なのである。 


やや唐突だが、私はここ三ヶ月ほど、仮眠しかとっていない。 
初期の頃は、たしかに意識的にそうしていた。
忙しかったせいもあって、1〜2時間の睡眠を日に2〜3回繰り返すことで、
一日があたかも二日、三日あるようなお得感がありながら、
朝には朝の、夜には夜のよいところを余すことなく満喫できるという、
なにもかもがよいことづくめな感じがしたものだ。

が、最近私は気がついた。
仮眠の回数が、いつのまにか一日2〜3回から4〜5回に増えている。
そのうえ、一回の睡眠時間も1〜2時間から2〜3時間に増えている。
「待てよ。」 と思う。
冷静に考えると、もしや私はトータルで一日10時間くらい寝ているのではなかろうか。
まさかそんな。

まあよい。
生活に時間的制約のない私が、一日2時間寝ようが10時間寝ようがかまわないのだ。
たしかに、人に 「10時間寝てます」 と言うのは少し恥ずかしいが、
とどのつまりはその日一日がうまくいっていればよいのである。
「だが、しかし…」 私は少し立ち止まって考えてみる。
「起きてる時間があまりに短すぎやせんか?」

たとえば先日、
私はいつものように床で目を覚まし、 「よっしゃ、また朝だ」 とウキウキとはしゃぎまわり、
今日は大好物のバターランチでも食べよう、と思った。
バターランチとは、私が物心ついた頃から現在までこよなく愛しているパンで、
タカキベーカリーというローカルな会社が製造しており、おそらく広島にしか売っていない。
多感な思春期の頃私は、
「お前(バターランチ)とこの星がありゃあ生きていけるさ、なあ。 はっはっは」 などと
本気で思ったりする、絶対モテそうもない女子高生であった。

それはともかくとして、目が覚めた私は、そのバターランチとの蜜月のひとときを楽しむ。
なにしろ今では入手困難、
たまたま妹が帰省した折、いくつか持ち帰ってくれた貴重品である。
浮かれた私は、写真を撮ったりもする。
ひとしきり楽しんだ後、ありがたくいただいた、まではよかったが、
ふと気がつくと私は床に転がって寝ており、
辺りには夕闇が迫っており、
枕がわりの座布団の下に、バターランチの空き袋がきちんと敷かれてあるのを発見する。
無意識とはおそろしいものだ。
私は昔やっていたように、積極的にバターランチの夢を見ようとしていたらしい。

うーーぬーー。 私は考え込む。
人の幸せは十人十色、バターランチとたわむれて終える日があってもよかろう。
高校時代の私ならば、それこそ本望と思ったかもしれない。
だが私はすでに中年前期であり、しかも今はパフォーマンスに真剣に取り組むべき時である。
そこらじゅうに 「私最近本気です」 と吹聴してまわったばかりでもある。
それが、バターランチと遊び疲れて夢の中へ逃避行としゃれこんでていいのか?
しかも見た夢は、バターランチとはほど遠い、現実と地続きになった妙にリアルな悪夢であった。
どんなにはしゃごうとも、小心者の私は、やはりそちらが本当のところなのだろう。
それに、バターランチを本気で愛する者として、
あいつを単なる欲望のはけ口にしてしまってはいけない。
私の現実に、常に力を与える存在であらせ続けなくては。

いいでしょう。 とりあえず明日のトライアル一発勝負、あんたに全部捧げちゃおうじゃないの。
そしてそのあとは、しばしお前とはお別れだ、B.L.。
ちょっとのあいだだけだけどね。


追記

と、言ってるうちにもう今日である。
実は一昨日の晩から、両目がひりひり痛んでしょうがない。
出続ける涙は止まったけど。
これは、めりめり飛び出しそうな眼球をほったらかしておいた罰か?
それとも、寝すぎで眼が腐ったのか?
いずれにしても、眼が血走っててさぞかし恐いだろうな、今日。




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