エタモノハ 〜先輩編〜

作者:ばん・ちょー



 僕の卒業式。僕はこの日を待っていた。しんと静まり返った空間の中で先輩との約束を守るため・・・。

過去の記憶、高一の夏、そしてカノンと約束2年半前、僕は入院した先輩の見舞いに行った。

先輩は体の機能が少しずつ失われるという脳の難病にかかっている。彼はもともと右目が見えず、

さらに3ヶ月前から左腕が動かなくなっていた。そしてこの時、また一つ体の機能を失っていた。

病室に入ると先輩と彼の母親もいた。先輩は明後日を見ているかのように ぼ〜としている。

「先輩、大丈夫ですか。僕です。タイチです。」

「ああ、タイチか・・・。」声に生気がない。

「今度はどこの具合が悪いんですか?」

「それは・・・。」

「謙二は今、内臓の機能も低下してきているの・・・」先輩、謙二の声を遮るようにうつむいたまま

の彼の母が言った。 

そんなッ・・・・僕は体が揺らぐ気がした。

「タイチ・・・・。」先輩の声にも僕は反応することが出来ない。頭の中が真っ白だ。

頭の中を整理することが出来ない。これが現実かどうかも解らない。夢の中にいる気分だ。

内臓に異常が出てきたということは即ち、先輩の・・・死が・・・。

 それといって仲のいい友達がいない僕には先輩は大切な人だ。なのにこのままじゃ・・・。

「・・・ィチ、タイチ!」先輩の幾度かめの呼びかけでやっと僕は我に返った。

「まさかオレが死ぬことでも想像してたんじゃないだろうなぁ。」先輩は笑い口調でそん

なことを言った。しかし 彼の、彼の目は曇っていた。僕はその顔を忘れないだろう。

「そんなこと・・・ないですよ。」僕は笑顔を見せそんな返事をした。

「あ・・・。」話を続けようとしたが、唇がふるえ、目が霞んできた。僕はすぐに振り返り

「それでは・・・」と扉に向かって別れの挨拶をした。そのまま部屋の方を振り返らずドアを出て

ゆっくりと扉を閉めた。・・・目頭が熱い・・・。病院を出たと共に家まで一気に走った。

涙が溢れて止まらなかった。でもそんなことは気にしない。実はこの僕も同じ病気にかかっている。

僕は左耳の聴力を失っている。でもそんなこと先輩の状況に比べれば何ともない。自分の病気が内臓にまで

及ぶことよりも、先輩が小さい箱に詰められることが嫌だった。そんな僕を窓から先輩は見ていた。

1ヶ月後、先輩は仮退院した。久しぶりの一緒の登校だ、2ヶ月ぶりくらいかな・・・。

「何かうれしそうだな、タイチ。」どうやら僕は少しにやけてたらしい。

「え?だって久しぶりの先輩との登校だから。」

「ハハハ、なんかオレ敬われているなぁ。タイチィ、昼休み屋上来いよ。久々にハーモニカ吹いてやるからよ。」

「えっ、本当ですか!?確か先輩はハーモニカ、下手だって自分で言ってましたよね?」

「ああ、下手だが聴いてくれよ。もし聴いてくれたらオレの校章やるよ。」

「えっ!!」先輩の校章は特別だ。『謙二オリジナル』といって、「高」の文字の回りが赤で掘られていて、

裏にはkenjiと手書きのサイン入り。昔から欲しいと言っていた物だった。

「昼休み、屋上に来いよ。じゃな。」僕と先輩は下足室で別れた。


「よう、まってたぜ。」昼休み、僕が屋上に行くともう先輩は来ていて、フェンスに背を付け

腰を下ろしていた。昼上がり、日が照っている。僕が先輩の隣に座ると、胸ポケットからハーモニカを

取り出し無造作に音を鳴らした。

「よし。」そう言うとしきりなおして今度は曲として成り立っているモノを吹いた。

意外にまとも・・・というか「う、うまい・・・。」柔らかな音色が響く。何か詰まっているものが

流れていってしまいそうな。片耳の聞こえない僕にもわずかな音から音の繊細さが伝わってくる。

その音色に聞き惚れているとあることに気づいた。この曲、聴いたことがある。確か、去年の僕の

中学での卒業式・・・。たしか「カノン・・・。」先輩は横目で僕をちらりと見、そしてきりの

いいところで演奏を止めた。そして、ハーモニカを手で遊び、それを見ていたかと思うと急に手を止め、

上を見上げた。そしてゆっくりと口を開く。

「もう、10月だな・・・。」

「そうですね」いきなりの発言に僕は曖昧な返答しかできなかった。

「カノンっていい曲だと思わないか?なんか涙が出てきそうなくらい・・」

「・・・・はあ。」先輩の頬がバラ色になった。

「オレ、卒業式までもう休まねえよ。出席日数が足りなくて卒業できなくなるかも知れないからな。」

「はあ・・・。」先輩がうつむいたのに合わせるように太陽が雲に隠れた。

「オレ・・・、余命5ヶ月なんだ・・・。」僕は自分の耳を疑った。・・余命5ヶ月?

「だから下手したら卒業式に出られないかも知れない。ここで最後のカノンを聴いたことになったのかもな。」

「僕も・・・」

「ん?」先輩は尋ねる様に僕の方を見た。

「僕もそのうち、そうなっちゃうのかな・・・。」先輩は鼻で笑った後、正面を見ていった。

「お前はすぐには死なねえよ。っていうかオレが生きてたら・・・いや、死んでいてもお前が死にそうに

なったとき幸せに逝かしてやるからよ。」 

「・・・・・。」

「なんてな。ま、オレは絶対卒業式までは生き延びてやる。」

僕は先輩の横顔を見た。赤くなった先輩の頬を濡らすものを見た。僕の頭には校章のことなどどこにもない。

そのとき、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

『オレは絶対 卒業式までは生き延びてやる。』その卒業式は僕と彼のどちらの卒業式だったのだろうか。


先輩の卒業前夜、置いてけぼりのハーモニカ雨が降っている。「明日の卒業式も雨だってねえ。」

母はそう言った。なんかこういう天気は気味が悪い。何か不吉なことでもおこりそうな、その時、

・・・プルルルルル 電話が鳴った。母が電話を取った。

「はい、葉山ですけど・・・・え、いえ、来てませんが。はい解りました。それでは・・・」

「母さん、何だって?」

「・・・謙二君がいなくなったんですって。」僕はまたも動くことが出来なくなった。

いや駄目だ。先輩を捜すのだ。

「母さん先輩を捜してくる!」そう言って勢いよく家のドアを開けた。のだが すでにドアのところに

先輩は立っていたらしく・・・結果的にびしょ濡れの学ランを着た先輩は鼻血を出しながら尻を付いていた。

「嗚呼!!すみません!え、あ、え〜ととにかくウチに上がって下さいッッッッ」

あわてていう僕に先輩は

「・・・そうするよ」とだけ言った。

「はい、今日はウチに泊めることになったので、では。」母は先輩の家に電話していたらしい。

「で 謙二君。今まで何をしていたの?」「いままで学校にいました・・・。」

「どうして?」

「それは・・・・」

「母さん、尋問すんなよ。先輩、僕の部屋に来ません?」

「そうするかな・・・」先輩はそう言った。

「ほう。ココがお前の部屋かあ。」先輩の着ていた学ランは濡れていたので母さんが服を貸していたが、先輩の手

にはいつぞやのハーモニカが握られていた。

「ここで一曲、いいか?」

「あ、どうぞ。いえ、お願いしますっ。」先輩はニヤリと優しい笑顔を向け吹き始めた。

(〜♪)・・・「威風堂々」今の先輩にぴったりだ。

 次の朝、先輩はハーモニカを忘れ…、いや置いていった。


 花道の先は、今日は先輩の卒業式だ。昨日言っていたとおり雨が降っている。

先輩は8組中7組だから結構後の方である。

「卒業生入場。」

会場にはカノンが流れ始めた。先輩、またカノンが聴けて良かったですね・・・

そういえば先輩との出会いは今日でちょうど2年か・・・ありふれた出会いだった。

あれは僕が中二のときの今日、僕は急に左耳が聞こえなくなった。病院に行ってみると

なんか長い名称の病名を言われた。でもその病気の起こす症状を知ったとき僕は泣いた。

そのうち自分は何も動かなくなり、何も出来ず死んでいくのだと思った。

そして入院と決まり病室へ行くと、そこに謙二先輩はいた。看護婦さんにあの人も同じ病気なのだと

聞かされた。はじめは彼の右目が全く動かないのを不気味に思っていたが一度話してみると、

とても明るく少し不良ぶっているが実はさりげに優しいことに気づいた。

「お互い治ったらさ、いっしょに登校しないか」それが先輩との初めての約束だった。

「3年7組、相川祐二。」

「ハイ。」

気づいたときにはもう卒業証書授与が始まっていた。しかも謙二先輩まであと7人、順調に授与は進んでいく。

「伊藤洋介。」

「ハイ。」(あと6人)

「小野拓也。」

「ハイ」(あと5人・・・・・・あと4人・・・・あと3人・・・あと2人・・・あと1人)

 そして・・・

「斎藤謙二。」ついに先輩の名が呼ばれた。先輩は大きな返事をして勢いよく立ち上がった。

パイプ椅子の群から堂々としたライオンの様に赤絨毯の花道に出た。何て立派なんだろう・・・。

先輩はステージへの階段に足を一歩踏み入れた。一段一段上がっていく。

・・校長先生の前に来た。互いに一礼し自由な右手だけで卒業証書を受け取った。

そして振り返った。・・・綺麗な回れ右だ。━━いやそんな事はどうでもいい。

先輩は僕に向かって笑っていた。僕はその笑顔を忘れない。最後の笑顔を先輩はステージから下り、

そして自分の椅子に戻るため再び赤絨毯を歩き出す。『余命5ヶ月』5ヶ月前のその言葉が急に僕の頭の中をよぎった。

っ!?

急にめまいと吐き気がきた。意識が遠のいていく・・・。

自分は椅子に座っていたがその椅子からもずれ落ちていく。周りがざわめく。

「先生!葉山タイチ君が!」ハハッ。僕は先輩の大切な舞台で倒れてしまったのか。

タイミングが悪すぎるよ・・・。先輩、ごめんなさい・・・。

ドヨッ

更に生徒達の悲鳴が広がった。

「斎藤謙二ッ!」

へ?せ、せんぱ・・・い・・?・・完全に意識はとぎれた。


 僕の卒業式、先輩を超えた先輩は死んだ。あのとき、倒れたまま二度とは目を開けなかった。

自分の席に戻ることもできずに。あれから2年、今度は僕の卒業式だ。

3年1組 12番だからすぐに順番が来る。

「3年1組 12番 葉山太一」もうきたよ。

「はい!」

僕は立ち上がる。そしてステージへ。いざステージに上がってみると意外に緊張しないものだ。

軽く礼をしたあと校長先生から卒業証書を受け取った。そして振り返る。そのとき全生徒が目に入った。

先輩はこのようなところから僕に微笑みかけたのか、だけど僕には微笑む人がいない。

目を閉じ、ゆっくりとステージの階段を下りていく。赤絨毯の上に来た。先輩は席に戻れずに、ここで倒れた。

一歩一歩 歩き出す。しかし、あっけなく自分の席の横についてそして自分の椅子に・・・

座った。この時 僕は先輩を超えた。興奮しているのか、頭の中がボーとしている。

「卒業生退場」

その言葉で我に返った。いつの間にか卒業式は終わっていた。

急いでみんなの後についていく。しかしあわてすぎたのか、卒業証書が風に飛ばされてしまった。

風に乗って卒業証書は飛ばされていく。何かに導かれているように。そして会場の端の壁のところに落ちた。

僕がそこにたどり着いて拾おうとしたとき、

『タイチ・・・』

誰かに呼ばれた気がした。しかし横を見ても後ろを見てもみんな離れたところにいる。

気のせいかと思い目の前の壁を見た。驚いたことにそこには文字が彫ってあった。

目が見開かれる。そこにはこう書いてあった。

『タイチよ。お前はこの文字に気づくだろうか 明日はオレの卒業式だが お前の卒業式も是非見たいと思っている。

たとえオレが死んでいても、お前の晴れ姿を見届けてやる。そしてその言葉の下には目の形が掘られていた。

先輩はこの目で見ていてくれたんですね。

 最後の一言がある。『━━約束は忘れない。』 

 約束?なんだっけ それ・・・。最後のホームルームの時も考えていた。

約束・・・約束ねえ。周りの女子は別れを惜しんで泣いている。男子は何か叫んでいる。意味もないことだろう。

ものを考えていると時間のたつのは早い。ざわめきあっていたホームルームも終わりを迎えた。


エピローグ 

 夕焼け空誰もいなくなった教室で僕はまだ考えていた。時計は午後4時を回った。

しかしどうしても『約束』について思い出せなかった。

そうだ、先輩の最後の教室に行ってみよう。どういう訳ではないがなぜかそんな気になった。

先輩は3年7組だったから・・・ちょうどこの教室の真上か。

 タイチは教室を出、階段を上り始めた。何か最後となるといろんな行動が懐かしく感じるな・・・。

そう思いながら最後の段を上った。すると奥の教室からこっちの方をみている人がいる。

「・・・先輩ッ!?」紛れもなく先輩だった。その先輩が教室の中へ消えていく。その教室は3年7組。

僕は走った。そこへ、何かが僕の背中を押すようだ。

「先輩ッッッッッ!」

勢いよく教室に飛び込んだが、そこには人が一人たっていた。時間が止まったような気がした。

その人が振り返る。

「先輩・・・・じゃねーッ!あなたは誰ですかッ!」

そこにはタイチが初めて見る人がいた。その人はほほえんでいる。

「やあ、憲二の席ならあそこだよ。」

その人が指さしたのは真ん中の列の一番後ろの席だった。ふらふらとその席に歩いていく。

その席には「サイトウケンジ」と彫られていた。(先輩は何にでも自分の名前を入れるなあ。)

その下のほうにも文字が彫ってある。3/11・・・ああ、そうか。3/11は卒業式の前日、

つまりこの字を彫ったのも体育館に彫ったのもこの日だったのだ。だから先輩はあの雨の日・・・。

「窓の外を見てごらん。憲二は休み時間の時いつも外を眺めてたんだ。」

僕は外に目をやった。これが先輩が見ていた光景なのか。頭がボーとするように何か懐かしさを感じる。

コトン・・・後ろで何かをおく音がした。さっきの人はいつの間にかいなくなっていた。

そして先輩の机の上に一部が少しふくらんだ封筒が置いてある。その中を覗いてみた。涙があふれてきた。

中には先輩の校章が入っていた。自分がほしいほしい言っていたもの。さっきの人は先輩の分身だったのだろうか…。


 タイチは校門を出た。先輩の校章をつけて。赤くなった空をみる。あっ先輩、タイチは笑っている。

もう一つの約束も守ってくれそうですね。ゆっくりと後ろへ倒れる。先輩が屋上でもう一つ言っていたこと。

地面に仰向けになった。

「…ありがとう、先輩。」

タイチの命の蝋燭はそこで消えた。

『お前が死にそうになったとき幸せに逝かしてやるから』

先輩、僕 今 幸せだ。

〜end〜





HP柿の木小説 〜エタモノハ〜

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