音楽論

@ポピュラー・大衆文化アプローチ
 〜カルチュラル・スタディー、エスノグラフィー〜

『新版現代文化を学ぶ人のために』1998井上俊編・小川博司他著/世界思想社
『<実践>ポピュラー文化を学ぶ人のために』渡辺潤・伊藤明己編/世界思想社
『カルチュラル・スタディーズ』2000吉見俊哉/岩波書店
『現代日本の消費空間〜文化の仕掛けを読み解く』2004 関口英里/世界思想社
「チェッカーズのおっかけエスノグラフィ」

A階層・階級論アプローチ
 〜文化の再生産、文化構造論〜

プルデュー先生の本
「ロック音楽文化の構造分析 : ブルデュー<場>の理論の応用展開」


B音楽社会理論アプローチ
 〜アドルノ、ピーターソン、ニーガス、サイモン〜

『ポピュラー音楽理論入門』2004キース・ニーガス 安田昌弘訳/水声社
『ポピュラー音楽の研究』1990フィリップ・タグ他 三井徹編訳/音楽之友社
『音のうち・そと』1993 北川純子/勁草書房
「音楽産業論の理論と実際 −ターンテーブル産業とクラブ・ミュージック」


C音楽学アプローチ
 〜楽譜、歌詞、メロディー、リズム分析〜

 〜アーティスト人物史〜
「ビートルズを生み出した60年代のイギリス」
「音楽とことば〜槇原敬之{どんなときも}」

D音楽史アプローチ
 〜社会、経済、政治等、他要因との関連〜

『にほんのうた〜戦後歌謡曲史』2003北中正和/平凡社
『音楽ジャンルってなんだろう?』1999みつとみ俊郎/新潮選書
『音楽史の形成とメディア』2002大崎滋生/平凡社
『続・社会文化1945-1989』1990南博・社会心理研究所/勁草書房
1960年代初期の日本の洋楽ポップの需要と背景」


E生活史的、実証的アプローチ
 〜データ分析、経験的論述

『音の風景とは何か〜サウンドスケープの社会誌』1999山岸美穂・山岸健/日本放送出版
「京都市内における大学生のポピュラー音楽実践 〜サークル、バンド活動を中心に〜」

Fエッセー、評論的アプローチ
 〜詩的、主観的

『ジェネーレーションF〜熱狂の70年代×フォーク』2001猪井丈弘編/桜桃書房

G産業・経営論的アプローチ
 〜ビジネスの視点

『ポピュラー音楽は誰が作るのか〜音楽産業の政治学』2004生明俊雄/勁草書房



「メディア時代の音楽と社会〜小川博司 大西貢司書評」 抜粋
 @『紅白歌合戦』(「国民的行事」から啓蒙番組へ)
 A女声デュオの変遷(ザ・ピーナッツ〜ピンクレディー〜Wink)
 Bカラオケ(昭和一桁世代〜現代の学生)
 Cバンド(GS〜『ベストテン』時代のバンド〜『イカ天』バンド)
 Dメッセージソングの変遷(演歌〜艶歌〜反戦ソング〜四畳半フォーク
      〜ニューミュージック〜尾崎豊)
 Eワールド・ミュージック(宝塚歌劇〜シャンソン〜フランス映画
     〜『ベルサイユのばら』〜パリ発ワールド・ミュージック)
 F沖縄の「ワールド」性(仲曽根美樹〜田端義男〜南沙織〜フィンガー5
     〜チャンプルーズ〜りんけんバンド)
 G音楽放送の変遷(FM東京〜J-WAVE、FM802〜セント・ギガ)
 Hクラシック音楽の受容(『題名のない音楽会』『オーケストラがやってきた』〜カラヤン来日
     〜ホール戦争〜TVのパロディCM「チーチーンブイブイ」)
 I広告音楽の歴史(CMソング〜イメージ・ソング
     〜クラシック音楽・民族音楽・現代音楽の進出〜リゲイン) 

 ・音楽はもはやコンサートホールの閉じた空間ではなく、
   日常生活の開かれた空間で気軽に、 なにかをしながら「散漫に」聞かれるようになった。
   (サウンドスケープとしてのポピュラー音楽)。

 ・複製メディアは音楽の「送り手」と「受け手」を切り離した。
   それは音楽コミュニケーションの革新でもあった。

 ・カラオケによる自己表現と自己陶酔、ライブコンサート聴衆の自己表現と自己確認、
   P.バーガーによる近代人のアイデンティティの特徴、青年のアイデンティティ、個性

「書き下ろし歌謡曲〜阿久悠 東谷護書評」抜粋
 「大都会は、一人暮らしの女に似合う。
 高層のホテルも、ブティックも、カフェも、一人暮らしの女のためにあるように思える。
 彼女たちは颯爽としている。大胆でもある。不良でもある。群衆の中で輝く。
 しかし、群衆が無縁の人と思えたとき、翳る。
 その瞬間を見落としてしまったら、現代では歌が作れない。(p.20)」
 
 阿久は、自分では歌わない。シンガーソングライターではない。
 歌い手に詞を提供する作詞家である。 しかも流行り歌のだ。
 彼の眼には、常に時代を見る鋭さが、あるのだろう。
 この現代の女性に対する、都会での仕事を持つ女性なのだろうか、
 いずれにしてもありふれた光景の中に阿久の目が光っている。


『ポピュラー音楽は誰が作るのか〜音楽産業の政治学』2004生明俊雄

音楽産業研究四つの系譜

@「対立モデル」
【アドルノ】
1930年代 音楽産業批判・大衆音楽批判 マルクス主義的批判
ベートーベンやマーラーを崇拝し、
自らもクラッシック音楽に増資が深いアドルノにとって、
アメリカに流行していたジャズはつまらない音楽であり、
この大衆音楽はマスメディアにばらまかれているとみた。
文化産業が大量生産され、大量販売される様を「エセ個性尊重」と非難。
「受け手に音楽の志向や文化的な価値を押し付けており、
受け手の文化創造の可能性を阻害している。」

【スティーブ・チャプル&リービー・ガロファロ】
1960年代以降のライター。
ポピュラー音楽が、
権威主義に対する若者の反抗や政治的行動に結びついたときの、
革命的可能性を信じた世代。
しかし、小規模でマイナーで地域に根ざして活動が、
大きな資本力を持つ音楽産業につぶされていったのを見た。
メジャー対マイナー、メジャー対インディペンデントという構図。
「後者の方が、新しい音楽に敏感で好意的である」

【デイブ・ハーカー】
アーティストは資本主義的体制では、その立場を失い、妥協と譲歩を余儀なくされる。
「ボブディランやジョンレノンの反体制的なメッセージも、
音楽産業の束縛によって骨抜きにされ、
曖昧な「僕ら」や「彼ら」を主張する政治しか歌えず、それは聴衆の行動にも影響を与えた。」

【ネルソン・ジョージ】
黒人音楽は白人に受け入れられることを目指す音楽を作ることを余儀なくされ、
R&Bに死が持たされた。
自分たちのコミュニティが失われた。

【ペーター・マニュエル】
サルサ(ニューヨークのスペイン系の移民が発展させた政治的・文化的アイデンティティ)も、
口当たりの良い非政治的な音楽に変形された。

A「伝達・共同作業モデル」
1970年代 大衆文化の生産過程の研究が盛ん(アメリカの社会学)
音楽産業全体の活動によって、初めて音楽は始まる。

【ポール・ヒルシュ】 「文化の生産」
音楽は音楽産業内にいるスタッフたちによって、作り上げられる。
ビジネス部門、宣伝担当者、マーケティング担当を通る。

【ハワード・ベッカー】
「芸術作品は、
 その作品が生まれるのに必要な共同作業を行った全ての人による活動の結果である。」

【リチャード・ピーターソン】
いかにして、「共同作業としての生産」が行われているかを解明し、
音楽産業における音楽生産の実態を解明しようとした。
カントリー音楽における音楽生産を事例にし、文化の生産は、
「技術」「法制度」「市場」「職業意識」「組織構造」「産業構造」という変数が
複雑に作用しあって、行われるという。

B「媒介モデル」

【アントワーヌ・エニオンとジャン・ヴィニョン】
音楽生産は、「組み立て」ライン的な作業によって、生まれるものではなく、
レコード会社のスタッフの絶え間ない意見交換の賜物。

【キース・ニーガス】 「媒介モデル」
文化は何者かによって生産されるものではなく、
自分たちの周りに「有意義な世界」を作り出すための手段で、
「生き方全体を含むものとして扱うもの」。生産と消費は不可分に行われる。

音楽製作の関係者は、「文化の仲介者」。
 ←プルデュー
「文化や芸術生産の最も新しい分野で働く文化の仲介者は、
旧来の完了職のように、仕事や将来性が安定していない。
芸術的、文化的価値観の共有によって形成されるグループ。
特徴として、@仕事と余暇の区分がないA個人的嗜好と職業判断の混合など」

前述のモデルと異なるのは、「文化はアーティストや聴衆によっても作られる」、
 という考えの余地があるところ。

「音楽生産の諸条件が、音楽消費のパターンを決定するかどうか、
聴衆が企業によって管理された音楽生産の影響力を転覆させることができるかどうかを、
云々するのではなく、ポピュラー音楽が、
技術・文化・歴史・地理・政治などの要因によって媒介されていくさまについて、
議論を深めたい。これが、ポピュラー音楽を魅力的な研究対象にしている」

C 「合意モデル」
【サイモン・フリス】
90年代 音楽の受容について研究
70年代〜80年代 音楽産業について研究

音楽産業=音楽を商品化し、それを消費化に送り出す産業。
『サウンドの力』
60年代に登場してウェイトの高まったロックに注目。

・レコード会社の成長の意味
@受動的な音楽の消費と使用を登場させた。
Aラジオとあいまって新たな時刻の音楽と外国の音楽の志向を可能にし、
 クラッシックとポピュラー音楽のファンの区分を可能にした。
B音楽にかかわる新たな職業を生んだ。(評論家、DJ、A&R)

・ロックは商業性と創造性の融和によって生まれた。
ロックは資本主義と結びついている



『新版現代文化を学ぶ人のために』1995 井上俊編
【ポピュラー音楽の定義】
民俗音楽、芸術音楽と対比。
マスメディアに媒介され、音楽産業がそれを販売することにより利潤を得る商品。
 →定義は困難(小川博司)

【問題群】
@テクノロジーとポピュラー音楽
 伝達メディアの発達、音楽制作におけるテクノロジーの発達とポピュラー音楽の関係。
A資本主義とポピュラー音楽
 音楽を商品として扱う音楽産業の誕生。音楽産業の存立の仕組みについて。
 CMソングへの転換。著作権問題。
B権力とポピュラー音楽
 自主規制機関や音楽検閲の比較研究など
C西洋化
 ロックなどの汎文化的な音楽は、全世界的な規模で影響力を持った。
・音楽環境
 ラジオは聞き流すものに変わってしまった。
 ラジオは、個人的メディアになった。
 FM放送の出現によって、音楽メディアとしての性格を強めた。

*機能音楽
 工場の効率向上のため、買い物促進(1930年代アメリカ)
 イージーリスニング(1950年代アメリカ)

【現代的ヒットの構造】
 流行した歌の内容からその社会の社会意識を読み込むために、
  仕組み自体を研究対象に。
 ポイント
 @タイアップの全盛
 レコード会社、ミュージシャン、テレビ局、広告代理店、広告制作会社
 1970年代 化粧品会社のキャンペーンソングがレコードとして市販。
        イメージソング戦略=広告手法として定着。
 
 1990年代 テレビ番組とのタイアップ
         (背景)ベストテン番組が姿を消している。
        レコード会社:主題歌や挿入歌をヒット曲つくりの媒体として注目。
        ドラマ制作:効果的な曲を利用したい。
        1991 「101回目のプロポーズ」当時俺9歳
        『SAY YES』チャゲ&飛鳥
        →カラオケボックスの台頭(歌って気持ちいい曲がヒットするように)


【歌詞分析】
『近代日本の心情の歴史〜流行歌の社会心理史』1967見田宗介
1868年から1963年までの、
 日本の代表的流行歌451曲を素材に近代日本の心情の歴史を描いた。
心情を知る手がかり
 ・民衆自身の手によって書かれた投書や投稿、手紙など
 ・流行歌や大衆文学などの各種の大衆芸術
・流行歌を選択。
 なぜか。
 ・制作者によって狙われた大衆芸術は、
  少なくともある一定の社会層の心情の側面を反映している。
 ・流行歌は、民衆がそれらを聞き、口ずさむことで、流行歌たりえる

・分析手法
 21のモチーフの設定
 ・批判・風刺・怒り・うらみ・やけ・自嘲・おどけ・喜び・希望・覇気・義侠・慕情・甘え
 ・こび・ひやかし・未練、あきらめ・孤独・閉塞感・郷愁・あこがれ・無常観、漂泊感
 (恋愛は1963年以降)

・1960年代後半から、これらの歌詞分析の前提が覆される。
   @流行した歌は国民の幅広いそうに支持されている。
   テレビ初ベストテン番組が開始。各局が放映。
      →テレビがポピュラー音楽を支えるメディア
      →テレビ移りの良い歌手が人気を集める(御三家、GS:第一)
      →歌手の声、歌唱力よりも容姿・キャラクターに関心。
      →曲の寿命が短くなった
      →ついていけるのは、若者だけ。中高年齢層は、演歌(歌謡曲、懐メロ:第二)へ。
      →第三の勢力、フォーク、ロックの台頭。
         これらを支えたのは、深夜放送ラジオ。既成体制のシンボルラジオに反抗
         【フォーク】→異議申し立ての運動と密接に連動
         マイク真木『バラが咲いた』
         フォーク・クルセイダーズ『帰ってきたヨッパライ』
      →70年代半ばには、ヒットチャート番組は姿を消していく。
      →大きくわけて、ポピュラーソングはいくつかの部分に分かれる。

   A流行歌の受け手は歌詞の意味を理解している。
   1950から1960年代半ばまでは、欧米ポピュラーソングのカヴァー。
   1960年半ばあたりからは、欧米ミュージシャンの歌を直接聴くようになる。
    →歌詞よりも、リズム・メロディー・アレンジなど欧米ポピュラー音楽の要素を取り入れる
    →サザンオールスターズ、YMOなどサウンド志向。

   *声・歌唱力・歌詞<キャラクター・容姿の重視

『音の風景とは何か』1999山岸美穂・山岸健/日本放送出版
【プルデュー】
・人々の趣味や好みがどのように形成されるのかを研究。
・人がものをどのように見、感じ、経験するかは人々の社会における位置、社会階級による。
  ハビトゥス(後天的に学習で身につけ、習慣的で持続的なパターンとなったもの)
   →差異化作用
   →他の階級とは区別し、卓越化しようとする戦略が存在。

・例えば、なぜ社会上層部の人間は、卓越・洗練・高貴といった文化的威信を
 身に帯びようとするのか、解明。
 音楽は最も精神性の高い芸術→音楽を愛する=精神性に触れているという証。

・音楽的教養を獲得する仕方=幼少時の音楽教育
・音楽生産の発展進化=趣味の発生
・音楽生産=音楽趣味の生産、音楽の欲望・音楽への信仰の生産

【小川博司】
音楽化社会は
「社会的コミュニケーションの中で、
 音楽の占める部分が増大する過程にある社会」である、という。

→生活と芸術
→感性行動学 感性の意味…

『音楽ジャンルってなんだろう?』1999みつとみ俊郎/新潮選書
・ロック内向的/ポップス外交的、大衆に理解されたもの
 →考え方の違い。
・仮説/カラオケで歌いやすいリスナー参加型のポップスと、
     音楽として鑑賞したいポップスの二つの流れ。
 →どう繰り返されるかは、社会、政治、経済の状態に大きく左右される。
 →サブカルとしての音楽はもろいが、大衆の心の素直な反映である。


『音楽する社会』1988 小川博司/勁草書房

・音楽化社会論の手始めはメディア論でなくてはならない

@サウンドスケープ
・カナダの作曲家、M.シェーファーの造語
・音源と聴取の交わりのこと。
 音は人間の聴く行為を通して初めてサウンドスケープになる。
・なぜ、サウンドスケープか。
  ・現代音楽のあり方が、音楽作品という枠では捉えきれなくなっているから。
  ・ランドスケープとの対比。
   近代=活字。視覚優位。 現代=電子メディア。聴覚的・触覚的

Aマクルーハン再考
・芸術家やメディア論者に影響を与えた
・論理的でない・・・。直感タイプ。
・「メディアはメッセージ」
 メディアとは、「人間のいずれかの能力の心的または肉体的の延長」
 メディアの特性を理解しなければならない。

「ホットなメディアとクールなメディア」
・ホットなメディア=単一な感覚を高精細度で拡張するメディア。
  メッセージの受け手は、補完する部分が少なく、参加度は低下。活字。
・クールなメディア=全身の感覚を低精細度で拡張するメディア。
  メッセージの受け手は、上述の逆。テレビ。
・ホット/クール(相対的)
 映画/テレビ 写真/漫画 ラジオ/電話 書物/会話 
 講義/演習 機械時代/テレビ時代 未開発国/先進国 
 農村の人/都会人 アルファベット/漢字
 *@情報精細度の高低A単一感覚か全身感覚か
   B補完度の高低=参加度の高低

・部族社会(口頭的・聴覚的、ホット)
 →近代(活字、クール)
 →現代(電子メディア、ホット)=地球村(部族)

・1920電気録音によるレジード、ラジオ
  →パッケージ化されたポピュラー音楽の大量販売
  →ラジオ=販促を可能にした
  →ベンヤミン「アウラ」を失う。
   =「いま、ここで」という一回性。
  →被音楽状況を導く。「〜しながら」を可能に。
  →「装置」との共生
   ドライブに合う音楽、勉強するときに聴く音楽
 1950デープ録音技術、ハイファイステレオ
 1980ヘッドホンステレオ、ビデオ

B「ノリの体験」
・ノリは時代のキーワード。
・A.シュッツは、社会関係を研究する手がかりとして、音楽のコミュニケーションに注目。
 音楽のコミュニケーションが成立する根底には、相互調整関係がある。
 「ノリが良い」とは、作曲家も演奏かも聞き手も、
 お互いに、音楽の流れの内的時間を共有している状態。
 音楽以外にも、「ノリ」は使われる。
 時流にノル。ブームにノル。
 どのように、その相互調整関係が成立するのか、については全く言及していない。
 ノリは音楽のみに関連しているわけではないが、時間芸術であるために、
 ノリの典型である。

 私達は、多元的な現実を生きている。
  「日常的生活世界」、「夢の世界」、「芸術の世界」、「夢と創造と幻想の世界」
  「科学的思考の世界」、「子供の遊びの世界」。
 ノリの世界と異なる、日常的生活世界はサメの世界。

・ノリは、憲、法、典、宣、規、則、と古代の祭政一致のまつりごとに関連している。
 宗教、芸能、芸術、政治、と分化するにつれて、政治からノリは排除された。
・ノルための条件(→ラジオ、レコードのメディアからの受容)
 @音楽学者 藤田隆則
  能楽の専門用語に「ノリ」あり。
  ある部分の共有を前提とした上で、個別性を出す。
  →このような素養を知っているかどうか。(教養)
   知らないと、ノレない。
   その点、ポピュラー音楽は特別な学習を必要としない。
 A緊張感
  共通性と個別性、不変性と新奇性、の緊張感。
  →パフォーマンスの時間・空間を限定。
    音楽産業にとっては、飽きが早い方が良い。
  →パフォーマンス内部において、新奇性を生み出す。

・マクルーハンの考えの応用
 *コンサート
  クールな状態=全身の感覚が覚醒している状態=コンサート
  ノリ⇔サメ(日常的生活世界)
 @共同体社会(
  クールでサメでいる日常生活世界⇔社会的に統制されたノリ
 A近代社会(隔離されたノリ)
  ホットでサメている日常生活世界⇔クールなノリ(コンサート、酒等)
 B音楽化社会、現代社会(日常化したノリ)
  ホットでサメている日常生活世界
  クールでノっている日常生活世界
   →1現代のクールな総ノリ状態は、電気メディアの時代の典型的現象
    →2社会的コミュニケーション総体にデジタル情報肥大。
      電子メディアは超ホット。
      視覚だけでは捉えられない。
     極度にサメた意識を持つことが要求される。
     ノリのためのノリといった、むなしいノリが見られるのも、
     サメとのバランスをとるためではないか。
     サメ世界からの離脱のために、各種ノリの装置が用意されているのでは。
   →3、管理社会化による演技の進行。
      コンピューター化の進展によって、
      様々な規則を持った人間関係を経験するため、
      非常に複雑化。それぞれの世界に適合した自己の提示が求められる。
      サメた意識をもちつつ、ノラなければならない。