体が熱っぽい。
少し節々が痛い。
頭がフラフラして、重い。
そして、ダルい。
やはり風邪ですね。これではメイド失格です。
でも志貴様には決して移さないようにしないと。
志貴様は体が丈夫な方ではないのですし。
壁に寄り掛かる様にして志貴様の部屋の前まで来ます。
それだけで息が上がってしまい、体に力が入りません。
・・・・・・もう、駄目。意識が、しろ、く。
部屋の外でバタンと大きな音がした。
その音で目が覚める。
何事かと寝起きの頭を総動員して、部屋の外に出る。
そこには。
ハアハアと荒い息をしている翡翠の姿。
ペタンと廊下に座り込み壁にもたれ掛かっている。
そんな光景を見て一気に意識が覚醒する。
すぐに症状を確認する。
額に手を当てる。
かなりの熱。じっとりと汗ばんでいて、このままだともっとこじらせそうだ。
こんなに熱があるって言うのにうわ言の様に「志貴様が」とか呟いてる。
正直嬉しいけど、ムカッ腹も立ってきた。
俺の事より自分の方の心配をしなよ。
誰かが私に触れている。
その感触でうっすら目を開けてみる。
あ、志貴様が私の事を。
志貴様付のメイドなのに心配をかけては。
「し、志貴様」
駄目。上手く喋れない。
私が謝罪しようとしたら
「何でこんなになるまで、何も言わなかったのさ」
ですがだからと言って、メイドが風邪を引きましたなんて。
「兎に角、早く横にならないと」
志貴様が私の体に触れます。
ビクッと体が硬直してしまいます。
そんな、志貴様。私に触っては風邪が・・・
「四の五の言わせないぜ」
乱雑にドアを開け放ちます。
熱で動けない私をヒョイと抱え上げて、部屋に入っていきます。
そのまま私の戸惑いを知らん振りして、志貴様のベッドに私を降ろしました。
「志貴様。どうかこれ以上は。風邪がうつってしまいます」
「黙ってて」
ぴしゃりと言い放ちます。
本気で怒っています。
どうしましょう。
「ここまで何も言わなかった翡翠にも腹が立つけど、
一番自分に腹が立つ。毎日一緒に居て、気付かなかったなんて。
俺は只の間抜けじゃないか」
ブツブツと文句を言っています。
申し訳在りません。
私が余計なことを。
「あの」
「いいから。兎に角寝てなよ。せめて看病位させてくれ」
その目を見てしまうと何も言えません。
真剣な、本当に真剣な眼差し。
「今琥珀さんを連れてくるから」
おとなしく寝てなよ、と念を押されてしまいました。
「ですが、横になれて、少し楽になれましたので、もう大丈夫です」
「強権発動するぞ。いい加減聞き分けないな。
翡翠の主人の俺が
寝て居ろって言っているんだって言い方しないと言う事聞いてくれないのか」
「ですが、それは聞けません」
「なら動いてみなよ」
「動ける訳無いだろ。病気に関しては俺の方が、遥かに知っているんだ。
その俺が無理だって言っている」
「それでも動けるって言うんなら、いいよ。けど、ここで無理すると
後でもっと酷い目に遭うよ」
そして志貴様は部屋を出て行ってしまいました。
確かに今の私は満足に動けません。
悔しさと恥ずかしさで胸が一杯です。
志貴様にみっともない所を。
涙が止めどなく流れて行きます。
私が、もっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかったのに。
毛布を顔まで被る。
せめて志貴様には私の泣き顔は見せたくないです。
少し寝たら、姉さんが来る前に、部屋を出ましょう。
そして私の部屋で休ませて頂きます。
それでも、いいですよね、志貴様。
「翡翠ちゃん。起きて下さいね」
姉さんの優しい声が聞こえます。
ゆっくりと目を開ける。
目の前に姉さんの笑顔が一杯に映っています。
あ 起きましたね。何て、いつも通りの姉さん。
「本当はこのまま寝ていた方がいいんですけど、
お薬を飲んで貰わないといけないんで。ゴメンなさいね」
いいえ。そんなこと無いです。すいません、姉さん。
何時までも世話のかかる妹で。
「でもいいですね」
突然。にぱ、と笑いました。
「翡翠ちゃん、志貴さんにお姫様抱っこしてもらって
更に志貴さんのベッドで寝られるなんて。お姉ちゃん、うらやましいなあ」
そこまで言われて、思い出しました。
そうでした。
私、志貴様の部屋で寝ていたんでしたっけ。
慌てて上半身を起こしましたが、眩暈がして又倒れてしまいます。
「駄目ですよ。じっとしてないと」
姉さんが、怒ってますのポーズで、私をしかる。
「聞き分けないととっても苦いお薬を調合しちゃいますよ」
でも、姉さん。私、今日まだ何もしていないんです。
そんな私の表情が読めたのか
「大丈夫ですよ。お仕事の方は秋葉様と志貴さんが手分けしてしていますから」
今 姉さん。何て言いました。
それこそ大変じゃないですか。
「私もそれは駄目です。人には分相応がありますって言ったんですよ。
そしたら何て言ったと思います。二人とも「翡翠がこうなったのも自分の責任だって」
その一点張りで」
「秋葉様なんて「なら遠野家当主として命令します。翡翠が回復するまで
翡翠の仕事を私達が分担します」って」
「結局私が折れてお二人にして頂いてます」
そんな。志貴様だけでなく、秋葉様まで。
「えっと」
姉さんが呼んでいます。
どうやら少しボーっとしていたみたいです。
「翡翠ちゃんいいですか。今回の風邪の主原因は過労です。
ですけどそれだけでなくてですね、偏った食事も一つの原因ですよ」
ベッドの横に座って果物をむきながら姉さんが続ける。
「ハッキリ言うと、無理なダイエットが風邪の原因です。
折角お姉ちゃんが考えた食事もあまり手をつけないで、偏食しているからです。
お姉ちゃんは少し怒っていますよ」
形の揃った果物が八つ。
その一つを私に渡します。
「ごめんなさい、姉さん」
「でも」
又、にぱと笑う。
「分からなくも無いんでよ。恋する乙女は藁にも縋りますからね」
・・・・・全部ばれていたんですね。
「でも、相手があの人ですからねえ。なかなか前途多難というか、無謀と言うか」
うう。そこまでハッキリ言われてしまうと、辛いです。
果物を全て食べ終えて、新しい着替えを着て。
姉さんから薬を一錠もらいました。
「罰として、苦いお薬にしました。良薬は口に苦しです。でもよく効きますよ。
それとかなり強い睡眠薬も入っていますから無理しないで寝ちゃって下さいね」
「はい。分かりました。けど、姉さん」
「分かってますよ。ここで寝てていいんです。翡翠ちゃんは何も心配しないで、
治す事だけ専念してね」
「ごめんなさい。姉さん」
もう何回謝ったでしょうか。でも、それでも足りない気がして。
何言ってるんですか。何て姉さんが笑う。とても優しい笑顔。
そして。私達はたった二人の姉妹なんだから。
そう言って部屋を出て行きます。
姉妹 ですか。
姉さんからもらった薬を飲んで、ぼふとベッドに倒れ込む。
流石姉さんの薬。効きが早いです。
では。お言葉に甘えさせてもらいます。皆さん。
何となく部屋に人の気配がしたので意識だけが起きました。
「それでどうなの?」
「ハイ大丈夫ですよ。今は薬で寝ていますが、起きれば多少は持ち直します」
「そうじゃなくて、全快しないなら手を打たないといけないでしょ」
「私の調合した薬です。効き目は問題ないです」
それもそうね、何て声がしました。
「翡翠が倒れた原因てやっぱ俺?」
「当たらずとも遠からずです。でもそれで責任とか感じないで下さいね」
「何で?俺が原因だったら、直さないと」
「駄目ですよ。感じても直せるものじゃないんですよ」
「何気にキツイ言い方ね」
どうやら三人で会話をしているみたいです。
「あ、起こしちゃいました?」
素早く姉さんが私の方に駆けてきます。
「どう?翡翠、大丈夫?」
心配顔の秋葉様。そう滅多に見る事の出来ない表情。
「御免な、翡翠」
心底申し訳なさそうな志貴様。
どうかそんなお顔をなさらないで下さい。
「こちらの方こそ。申し訳ありません」
「あのさあ」
志貴様が頬を掻きながら私の言葉を遮ります。
「前々から言ってるけどさ。そう堅苦しいのは止めよう。俺達は家族だろ。
そんな中で、やれメイドだ何だってやっぱおかしいよ」
「そうね。確かに琥珀も翡翠も肩書きはそうなっていますが
私達のかけがえの無い家族ですものね」
そんな。
秋葉様までその様な事を。
姉さんと志貴様も驚いています。
小声で「遠野の当主があんなことを」とか何とか。
「何です。私がこんな事言ってはおかしいとでも言うんですか、兄さんは」
「だってねえ。いつも俺に遠野家の長男はとか、この家の格式がどうとか。
兎角何かとそう言う事にうるさいお前がさ」
「そうですそうです。普段の秋葉様からはとてもじゃないですが聞けないお言葉でしたよ。
今のお言葉で今までの生活ががらりと変わってしまいますよ」
二人から、冷やかされて秋葉様はぷいと横を向いてしまいました。
「とにかく」
コホン、と一つ咳払いをして。
「琥珀も翡翠も私達の大事な家族なんですから
今後はもっと自分の体調にも重々留意する事」
いいわね。何て、顔を赤らめて言います。
「普通、家族にそんな言い方しないぞ。
無理しないで、もっとこっちに甘えていいよとか寄り掛っていいよとか言い方は色々あるだろうに」
「志貴さんそれも違いますね。それじゃあ恋人同士の甘甘な会話ですよ」
それから、私の事を無視した会話に発展して行きました。
・・・まだ少し眠いです。
やいのやいの言っている三人をボーと眺めながら
ふと、こんな風に人と会話したのは何時だろう何て考えました。
幼少の頃。
まだ幼かった私達。
全てが自由で時間なんて無限にあると信じていた日々。
そして、悪夢の瞬間。
その日から、私と姉さんのとりかえばや物語が始まった。
日に日に人形と化して行った私。
日に日に昔の私そっくりになって行った姉さん。
全てが無意味で時は永遠に流れて行くと漠然と思っていた空白の八年間。
姉さんも、秋葉様も仮面を付けて生活する。
そんな非日常的な日常に嫌気がさし始めた頃。
志貴様が帰って来た。
あの日にもう居なくなってしまった日常の象徴。
最初に会った時はこの人が本当にあの志貴様か、と疑っていた。
でも、だんだんとあの人に、昔の面影が見えて来て。
勘違いだったけど私や姉さんの事も覚えていてくれた。
志貴様と接していて、皆被っていた仮面が窮屈だと思い始め。
徐々に作り上げてきた虚構の世界にヒビが入り出し。
そこにあの事件。
それで全てが終わった。
そう何もかもが。
虚構の世界には終止符が打たれ、現実が戻って来る。
失った八年はもう戻りはしないけれど
これからまだ私達にはそれを補って余りある時間が残っている。
そして一緒に歩いてくれる家族が居る。
私を家族と言ってくれた人が居る。
そして私の初恋の人が待っていてくれる。
もう人形は止めよう。
簡単には人には戻れないかも知れないけど
ゆっくりと又昔の様になろう。
いつも笑っていた私に。
「ちょっと翡翠、聞いてよ。兄さんたら」
秋葉様が私に水を向ける。
そんな秋葉様を見て何だか少し可笑しかった。
秋葉様も私を見て、ビックリしてる。
「翡翠。何かあったの?」
そんな秋葉様の声で二人も私の顔を覗き込む。
「おかしいですか?」
「ええ。滅多に笑わない翡翠が、満面の笑みで私を見たら」
「でも。綺麗な笑顔だよ」
「あはは。志貴さん、女殺しの本領発揮ですね〜」
私。自然に笑ってたんだ。
自然に笑えるようになったんだ。
人形だった私はもう居ない。
いるのは翡翠と言う一人の女の子。
普通に恋をしている女の子。
まだ三人が私を見ている。
少し恥ずかしくなったので、顔まで毛布を被る。
「兄さんが余計なこと言うから」
「俺の所為かよ。元はと言えば」
「翡翠ちゃん」
又口論を始めた二人に聞こえない声で姉さんが呼んでる。
ちら。と顔の上半分だけ出して、見る。
「治るまではうんと甘えちゃって下さいね。お二人とも、それを望んでいるんですよ」
「ハイ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「でも」
「でも、姉さんも、私に甘えて下さいね。でないと不公平ですから」
「ふふふ。ええ、その時はそうさせてもらっちゃいますね」
はい、と答える。
やっと見付けた、私の居場所。
ようやく戻って来れた私の場所。
願わくば何時までもこの生活が続きますように。
「ただいま。志貴ちゃん」
「「「お帰り。翡翠」」」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
後書き
月詠:♪ちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃんちゃん♪
翡翠:初手から何してるんですか?
月詠:何って、今度は琥珀さんのSSだから転換してるんだよ。
翡翠と琥珀さんてコインの裏表だし。因みにBGMはドリフの転換のテーマ。
翡翠:誰もそんな事を聞いているんじゃありません。
まずはここまで読んで頂いた皆様に感謝の挨拶が先でしょう。
月詠:・・・・・皆様。本当ここまで読んで頂き有難う御座います。
翡翠:私のSSですが納得して頂けたでしょうか。
月詠:途中から書いていて収拾がつかなくなってしまいあの様な終わり方になりました。
翡翠:途中で私が敬語から話し言葉になっていたのは心情の変化の為です。
月詠:まさかここでそれも説明することになるとは思わなかった。
翡翠:私もです。何で自分のSSで自分が解説しないといけないのですか?
月詠:それについては法律でも定められている黙秘権を行使します。
翡翠:(ぐーるぐーるぐーるぐーるぐーるぐーるぐーるぐーるぐーるぐーるぐーるぐーる)
月詠:効かぬ。効かぬのだトキ。
翡翠:万人に分かる様なボケをして下さい。
月詠:♪聞いて翡翠リーナ、ちょっと言いにくいんだけど♪
翡翠:聴きますが同情はしません。
月詠:勤務地が変わって片道二時間なの(実話)
翡翠:♪聞いてくれてありがと、月詠ーナ♪
月詠:勝手に終わらせるな。
翡翠:ほら早くして下さい。
月詠:・・・・・では、又次のSSで逢いましょう。
翡翠;読んで頂きまして真に有難う御座います。
後書きの後書き(舞台裏)
えー。本当に読んで頂きまして、有難う御座います。
書いていて思ったこと。
翡翠はムズい。兎に角難しい。
前の三部作は下書きも何もせずに書けたのに翡翠は下書きして更に推敲しても
全然上手くいかず、何度か書くのを止めたりと難産でした。
何でこんなに書けないんでしょう。
いや、自分のレベルは知っていますが、それにしたって書きづらかった。
翡翠はやっぱり突っ込み役でないと生かしきれないのかな。
半端にメインにするとどうも動いてくれない。
性格が受動的だからかなあ。
とまあ、愚痴をここで書いても仕方なのでそれでは又次のSSでお会いしましょう。
もし、こんな私にも希望感想野望に無謀なご意見がありましたら、メールや掲示板に書いてください。
ではでは。