「ハイ、兄さん。
左、前、右、後ろ」

秋葉が俺の動きを的確に指示する。
俺は秋葉の言われた通りに動くが
たったこれだけの事でも足は動いてくれない。

「焦らないで大丈夫ですよ、兄さん。
時間はまだありますから」

こんな不出来な俺にでも
秋葉は優しく諭してくれる。

大きく息を吸い込み、心を落ち着かせる。

よし

「秋葉、もう一回行くよ」







「shall we」






「ハイ、兄さん、では。
左、前、右、後ろ」
秋葉は又同じ言葉を繰り返す。

ソレと同じく
俺の体も同じ様に動く。

秋葉は逆だ。
俺が左に動けば右に。
反対に動く。

やがて
余裕が出来てくると、秋葉が
俺の背中を軽く押したりしている事にも気付く。

ああ、成る程。
声だけでなくそうやって指示をしてくれていたんだ。

「兄さん随分余裕が出来てみたいですね。
それでは今度は秋葉の指示無しでやってみますか?」

「いやまだソレは無理だよ。
今だって気を抜くと足がもつれるんだから」

謙遜じゃない。
事実、一寸他に気を向けると、途端に秋葉に足が絡んでしまう。
そこで慌てて二次災害を巻き起こしてしまう。

「でももう音楽を聴く位は余裕はありますよね?」
そう言って秋葉は一度俺から離れる。

スルリと俺の腕の中から抜けて行く。

そのまま秋葉は部屋の隅にあるレコードを起動させる。
この家にそんなものがある事自体驚きだ。
俺だって実際に見た事は無いんだから。
しかもそれがキチンと作動するっていうんだから。

ジジ、と針がドーナツ盤をなぞる音がして
やがてラッパから音楽が流れ出す。

ああ、この曲は。
さっき俺が部屋に入って来た時に掛かっていた曲か。
なんだろう。
俺の貧相な知識ではこの曲が何だかは分からなかった。

「では兄さん。
今度はこの曲に合わせて動いて下さい」
そう言って秋葉が俺と向かい合わせに。
そして秋葉の右手を左手で握り
右手は秋葉の腰へ。同じく秋葉の左手も俺の腰に。

すぅ、と大きく息を吸い込む。
そして曲が始まり、先程と同じく足を動かし始める。
左に、前に、右に、後ろに。
神経を集中させて何とか曲に合わせて体を、足を動かす。

秋葉はそんな俺を無言だが腰に回した腕で示唆する。
左に、前に、右に、後ろに、と。

「そうです、兄さん、飲み込みが早いですわ」

「おだてるっ、な。
少しでも集中が途切れると、足が絡む!」
秋葉からの賞賛の言葉も今はゆっくり聞いてられない。


暫く互いに無言で音楽を聴きながら
同じ時間を共有する。
秋葉はどうだが分からないが、俺は今はまだ少しの余裕もない。

そして数分で(俺にはもっと長く感じた)曲は終わり
見計らったかの様に部屋には琥珀さんが入って来て
二、三度手を叩き、自分の存在を誇示する。

「はいは〜い。
志貴さんに秋葉様。
少し御休憩なさったら如何です?
幾ら志貴さんからの申し出とは言え素人の志貴さんを
こんなに長時間引っ張りまわしたら志貴さんだってへとへとですよー」
そんな事を言いながらテーブルにテキパキと持って来た
カップやケーキを並べて行く。
翡翠は俺と秋葉に汗を拭う為のタオルを手渡してくれる。

ああ、随分と長い時間だったんだな。
二人が来なかったら今日一日ずっとだったかも知れない。
別にそれでも構わなかったけど。

「志貴様。
着替えなさいますか?汗でべとべとしてなさいませんか?」
翡翠が代えの着替えを持って来ている。

「ん。ありがと。
けどそこまで汗もかいてないからまだいいよ」

ふぅ、と一息付いて椅子に座り込む。
うう結構足腰に来てる。
思った以上に疲労が溜まってる。

俺の目の前では何気無い風を装って秋葉が紅茶を飲んでいる。
左程汗もかいてない様だし、息も切れてない。
流石お嬢様、これも嗜みですか。

「しかし兄さん。
何故いきなりこの部屋にいらしたのです?
ここがこう言う部屋だって事は御承知だったと思いますが」
コトリ、とカップを戻すと、俺の方を向き直る。

「う。
い、イヤ、ソレは知ってるけど。
なんかさ、やっぱりそう言うのは一人でなく相手がいた方がいいだろ?」

ジッと俺の目を覗き込む様に真正面から俺を見詰める。
流石にそう正面から見詰められると気恥ずかしい。
如何な妹とは言え秋葉は贔屓目無しでも綺麗だし。
そんな妹が真正面から俺を見ていると思うだけで少し動悸が激しくなる。

「確かにそうですが。
ですが今まで兄さんは秋葉がそうしていても一向に無関心ではなかったですか。
ですからどんな心変わりだったのか、ソレが聞きたいのです」

「どんな心変わりって、そりゃ。
…………御免、只の気紛れ」
どうにも言い逃れが出来ない空気だったから素直に白状する。

何か他の言い逃れをしても秋葉の後ろにいる「割烹着の悪魔さん」が
ソレを許してくれる筈もない。
事実、俺が正直に言うとあからさまに不満そうな表情をしてる。
「ちぇ〜〜」とか無言で言ってる気がするのは俺の空耳か。

「そうですか。
気紛れでも秋葉は嬉しいです。
兄さんが態々ここに来て下さって秋葉と一緒に踊って下さったんですから」
今までアップにしていた髪を解く。
はらりと長い黒髪が流れる。

「ああ、でもゴメンな。
役に立つ所か、足を引っ張るだけだったな」
照れ隠しに頬をかく。
最初は何か音楽が聞こえるなと部屋に入り
そこで一人で踊ってる秋葉を見付け。

暫くその秋葉の姿から目が離せなかった。
一人、音楽に合わせてステップを踏み踊る秋葉。
長い髪は踊るのに邪魔になるからか、一纏めにしてあり
何時もの服装と同じだが、少しばかり違ってる。
けど
違ってるのは分かるが、何処がと問われると明確には説明出来ない。
第一俺は自分のもそうだが女性の服を語れるほど知ってる訳でもないし。

「そんな事ないですわ、兄さん。
人に一から教えると言う事は自分もそこまで理解していないと出来ません。
そして兄さんに教えながら秋葉も勉強になりましたし。
それに兄さんは元々運動神経もいいのですから
ステップ自体をお教えするのは苦ではなかったです」
ニコリと微笑む秋葉。
そんな風に微笑まれるとこっちが困る。
結局俺はその字の如く「秋葉の足を引っ張った」だけだったし。

「あはー、秋葉様良かったですねー。
いつもはとてもつまらなそうに踊っていらしましたもの。
ソレが今日はとてもとて」
琥珀さんの暴露は言葉の途中で終わる。

「琥珀。兄さんのカップが空の様だけど?」
後ろを見ないで琥珀さんを強制的に会話から外す。
琥珀さんもニコリとして俺の方へ紅茶を淹れてくれる。

「志貴さんも隅に置けませんねー。
秋葉様が常々零していたのをお聞きになっていたんでしょー?
それで本日決行と言う事ですか?」

「姉さん、その言い方では語弊があります。
志貴様はそんな下心丸出しで秋葉様の相手をしたのではありません」
翡翠が眉根を寄せて俺の代わりに反論する。

「あはー。
下心が無くて殿方がご婦人と一緒にダンスなんて踊りませんよー。
だって踊ってる時は密着出来るんですよ?
誰からも怪しまれずにしかも堂々と。
こんな美味しい話を志貴さんが黙って見ている筈」

「琥珀。お喋りはその位にして。
私のカップがさっきから空なんですけど?」
空になったカップをユラユラと揺らしながら琥珀さんを呼び付ける。

「もぅ、秋葉様ったらそんなヤキモチ起こさなくたって」

「こ・は・く・?」
もう一度琥珀さんの名前を呼ぶ。
今度は強調するように一文字づつ区切って。

「ハイハイ分かりましたですよー。
全く志貴さんとお話しするだけでそんなヤキモチ焼かれては
体が幾つあってもありませんよーだ」
ぷちぷち文句を言いながらそれでも秋葉に紅茶を淹れる琥珀さん。
文句は言ってるけどソレは上辺だけ。
一応秋葉を立てているだけって言うのは俺でも分かる。

「それで兄さん。
まだ時間はおありですか?」

「?ん、ああ。大丈夫だ。
今日は特に予定は無いから、ソレこそ寝るまで付き合えるぞ」
まだ欲を言えば暫く休憩していたいが
秋葉はどうも手持ち無沙汰みたいで。
琥珀さんが焼いてくれたケーキも一頻り食べたみたいだし。

「いきなりアレだけの運動したのですから
兄さんはお疲れでしょう。
致し方ありませんね。
不本意ですが、琥珀か翡翠のどちらかにお相手を願いましょうか」

「いや!なに平気だぞ、ウン。
俺はもう回復したって!秋葉の相手は俺が務めるさ。
そうしようと今日は決めたんだし」
がばっ、と勢い良く立ち上がる。

「兄さんご無理をなさらないで下さい。
あれだけ踊ったのですから足腰に来ているのは分かっていますから」
秋葉も椅子から腰を浮かす。

確かに事実そうだけど。
だからって
はいそうですね、ではお言葉に甘えて。
なんて出来るか。

「いや何とも無いって、とは言わないけど。
秋葉の相手は俺がするよ」
つかつかと秋葉を伴って部屋の中心まで歩いて行く。
その間秋葉は終始無言。

そして部屋の中央に
二人は先程と同じく向かい合い。
同じ様に先程からの曲がかかる。

ソレをきっかけに手を取り合ってダンスを始める。

「そうです、兄さん。
はいその調子です」
俺の耳元で秋葉の声が反響する。

「冗談言うなっての。
おだてたって何も出ないぞ?」
何とかそれだけ言う。

「ハイ。では
いいですか兄さん。
スロースロー、クイッククイック。
このテンポですよ」

幾らか踊れると判断したのか
秋葉が更に注文を出して来る。
冗談じゃない。
今でさえ大変だって言うのにそんなテンポなんて考えられない。
だと言うのに
秋葉は呪文の様に先程の言葉を繰り返す。

止めてくれ。
逆に気が散ってステップを間違える。

「何もそう難しい事ではありません、兄さん。
最初は慣れないから大変と思うかもしれませんが
何も特殊な事をしてる訳ではないのです。
分からなければ秋葉の指の通りに動いて下さい」

そう言われて何となくだけど
落ち着けた気がする。
うん、それなら何とかなる。
さっきからその通りに動いてる訳だし。
只そのタイミングが少し違っていて早いか遅いかの違い。

よし、慌てるな。
兎に角今は秋葉の通りに動こう。
「そうです兄さん。
矢張りやれば出来るじゃないですか
兄さんは元々出来る人なのですから」
俺が秋葉のままに動いている事を俺が踊れている事と勘違いしたのか。
矢鱈上機嫌になって俺にしがみ付いて来る。

「お、おい。秋葉。
幾ら踊れるからって抱き付かれたら踊れるものも踊れなくなるって」
不意の攻撃に慌ててしまって最早ステップ所ではない。
秋葉はそのまま俺に抱きついていて
慌てて振り解こうとしている俺と一緒にブンブン揺れている。

「これでもう壁の花にならなくていいんですね」
漸く落ち着いたのかボソリとそんな事を小声で呟く。

何?
壁の、花?

幾ら何でも秋葉位の地位のある者ならそんな壁の花にならなくても
相手はいるだろうに。
それとも秋葉自身が拒んでいたのか?

「…………確か。
近い内にグループ内で財界人を集めてのパーティーがあるって。
それで又ダンスの練習を始めたって、言ってたよな?秋葉」

チークダンスの様に体を左右に動かしながら
今だ抱き付いている秋葉に静かに問い掛ける。
秋葉も只コクン、と頷くのみ。
成る程。
だからあれだけ俺の上達が嬉しかったのか。

「ではお嬢様。
今度の舞踏会、この私めと一緒に踊っては頂けませんか?」
抱き付いている秋葉を一旦剥がし、目の前に跪く。

秋葉は一瞬何が起こったのか分からないと言った風に
俺の事を凝視している。

「是非に今度の舞踏会では私めと」
下から秋葉を見上げる様にして
秋葉からは見下ろす様にして

「で、でも兄さんはああ言う場所は苦手だと……」

「確かに苦手さ。
ソレはこれからも変わらないだろうね。
けど、ダンスパーティーだって言うのなら話は違う。
それに」
そこで一度言葉を区切って秋葉の目を直視する。
秋葉も俺の顔をまじまじと見詰める。

「可愛い妹を壁の花になんかさせて置けるものか。
誰とも踊らないのか、踊れないのかは分からない。
けど、ソレを知ってしまったからにはそんな真似させられるか」

秋葉は口を押さえて、兄さん。と一言だけ漏らす。
そのまま固まってしまって微動だにしない。

「今度からは俺もダンパなら都合付けてでも一緒に出る。
もう秋葉だけに悲しい思いなんかさせない」
キッパリと、そしてハッキリと言い切る。
秋葉は漸くそこまで聞いて恐る恐る手を伸ばし始める。

緩やかな動作だが俺の目の前に右手を差し出す。
俺もその手を取り、同じくゆっくりとだが立ち上がる。
秋葉の絹の様な手をぎゅっと握り締めて、持上げる。
そのまま体を密着させ、又曲に合わせてダンスを再開する。

「余り時間が無いし、見た通り出来の悪い生徒だ。
正直間に合わないかも知れない。
けど、当日秋葉が恥をかかない位には上達するつもりだ」

「そう、ですね。
今のままではまだ舞台に上がるには役不足です兄さん。
ですから兄さん」
そう言って下から俺を見上げる秋葉。

「これからずっと特訓です。
どうぞ秋葉が恥をかかない位にまで上達して下さいね」













































私の愛しき王子様。
































































FIN
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後書き
月詠:ハイ皆様御久し振りです。
秋葉:何を今更。
琥珀:あは〜、秋葉様?
翡翠:(恨めしそうな眼差し)
月詠:トンでもなくお久し振りなのは分かってるから。
秋葉:自覚があっても行動が伴わないのならソレは無意味です。
琥珀:仕方無いですよ秋葉様。何かとこの人も忙しかったんですから〜
翡翠:言い訳ですが、確かにそうです。
月詠:何かとごたついてたしね。ソレは申し訳無いとは思う。
秋葉:……まぁ、それでもこうやって書き始めたのだから。
琥珀:そうですよー、悦ばないと〜
翡翠:これから私と志貴様の……
月詠:んー、早々にユメ壊すけど、ソレは無い。
秋葉:言い切ったわね。
琥珀:極悪人さんですー
翡翠:貴方を、刺します。
月詠:だって、嘘言ったってしょ〜がないやん。
秋葉:ある意味男らしいわね。
琥珀:じゃ〜私と志貴さんの
翡翠:姉さん、私ですらないのに、姉さんとなんて。論外です。
月詠:翡翠、言うなぁ。
秋葉:今度は何を?
琥珀:え〜と、停滞してるのが連載SSと?
翡翠:何やらFATEでも書くとか。
秋葉:それに創作の方も書くとか。
月詠:問題山積〜
琥珀:楽しそうですねー
翡翠:浮かれてないで書きやがれ今畜生。
秋葉:翡翠、そんな言葉遣いをしたらいけないわ。
琥珀:翡翠ちゃんも久し振りの出番で浮かれているんですよー
翡翠:黙れ、腹黒。
琥珀:(がっくし)
秋葉:それでは今回のSS、説明した方がいい?
月詠:うーん、どうだろ?殆ど分かるとは思う。
翡翠:壁の花、とは何です?
秋葉:姉を精神破壊させておいて、何て娘。
琥珀:壁の花とはですね〜、ダンスパーティーなどでパートナーがいない人の事ですよ。
月詠:そのまんまだね。誰とも踊らないから壁際で、ぽつねん。
秋葉:実際はそうではないとは思います。
翡翠:そのチチじゃな。
琥珀:この際女性の胸部は関係無いですよ。密着出来ますし。
月詠:君ら久し振りだからって飛ばすなよ。
秋葉:そう。貴女達、随分経ったから忘れてしまっていたの?
琥珀:密着度が増せば増すほど。
翡翠:痛いでしょうね。秋葉様は。
秋葉:(ぷっちん)貴女達ー!!!
月詠:晩御飯までには帰って来るんだよー
月詠:さて、一人になってしまった。
レン:(〆るの)
月詠:何故レンが!!
レン:(そんな事はどうでもいいの。所謂ピンチヒッターなの)
月詠:あー、アルクアンドシエルが来るよりはマシ、か。
レン:(じゃ〆るの。良い子の皆はもう寝るの)
月詠:それでは皆さんここまでお付き合い下さいまして真に有難う御座いました。
レン:(感想とか送ると悦ぶらしいの)
月詠:それでは又ここで。
レン:(遠くで何か断末魔が聞こえるけど、関係無いの)
月詠:関係無いんだ……
レン:(それではサヨナラなの)


























































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後書きの後書き(舞台裏)
ハイ、とにもかくにも御久し振りです。
何とかまだしぶとく生き残っています月詠です。
今回のSSは
まー私の書くものは見たまんまが多いのですが。
秋葉とのダンスシーン、これのみです。

少しだらだらし過ぎたかな、とも思いましたが。
これ位で収まれば御の字かな。
そんな感じです。

又これからちょくちょくとは書いていこうとは思っています。
只、約束が出来ないのが少しばかり痛いのですが。

では
この作品を読んだ方に幸多からん事をお祈りして

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