学校からの帰り道。
不意にある事を思い返す。
ああそう言えば確か。
そのまま暫く考え、その事が間違っていない事を再確認する。
ならば
そうと決まれば早速行動。
善は急げと昔から言うし。
帰宅してから直ぐに琥珀さんを探す。
「翡翠、悪いけど琥珀さんドコにいるか知らない?」
俺の問い掛けに翡翠は即座に答える。
「姉さんなら今は食事の為に厨房に居ると思いますが?
姉さんに何か用ですか?」
「ああ、一寸ね。分った厨房ね、アリガト翡翠」
翡翠に礼を言ってその足で厨房に入る。
中では翡翠の言った通りに
琥珀さんが鼻歌を歌いながら料理を作っている最中だった。
何だか仕事途中に話し掛けるのもいけないかな、とも思ったけど。
少しでも早く伝えたかったから。
御免、と心の中で琥珀さんに謝ってから。
「琥珀さん」
と声を掛ける。
俺の声にかなり吃驚したのか
肩がビクリと大きく揺れる。
何事かと、恐る恐るゆっくりと首が後ろに向く。
「な、何ですか志貴さん」
動揺もそのままに非難の目を俺に向ける。
けど直ぐにいつもの笑顔に戻り
「あ、もしかして翡翠ちゃんですか?
翡翠ちゃんならさっきまで志貴さんの事待ってましたよ」
「翡翠はさっき逢ったよ。
俺が声掛けたのは別の用件で」
それに今度はにこぱ、と微笑む。
「あー。分りましたよー。
秋葉様ですねー。
もー志貴さんたら秋葉様には甘甘なんですからー。
でも残念ですねー。
秋葉様はお帰りになっていませんですよー」
いやそれも違うから。
そう琥珀さんに告げる。
二度の否定にそれこそ琥珀さんの顔から笑みが消える。
全く見当が付かない。
そんな風がありありと見て取れる。
そんな難しい事じゃないと思うんだけど。
「あのね、琥珀さん」
ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「俺は琥珀さんに用があってここに来たの。
今の所その二人への用は済んでるから」
これを聞いて更に目を大きく見開く。
私に何の用ですか?
言葉にしなくても目でそう言ってる。
「琥珀さん。確か明日完全にフリーだって言ってたよね。
覚えてます?」
未だ動揺から抜け出ない琥珀さんに諭す様に語る。
「え。ええ、確かにそう言いましたが。
それがなにか?」
「ん。だからさ。
明日俺と出掛けませんか?」
きょとーん。
てのがピッタリ来る位に琥珀さんの動きが止まる。
いつもの作り笑いも完全に消え。
琥珀さんの素の表情が現れる。
「あのー。
いきなり、ですね。
その、えと。
志貴さん今なんて言いましたか?」
いつものニコニコした物腰とは裏腹に
かなりオドオドして俺に尋ねる。
恐らくこれが本当の琥珀さんなんだろうな。
「琥珀」を演じていない「本物の琥珀」さん。
「明日、俺と一緒に出掛けませんか?
そう言ったんですが」
俺ももう一度力強く言葉を発する。
それを聞いても何やら実感が沸かないらしく。
無表情のまま俺を見詰め続ける。
やがて
フト気付いたかの様に言い訳をし始める。
「あ!御免なさい志貴さん。
明日はですねー。
翡翠ちゃんにお料理を教える事になってたんですよー」
慌てて逃げ道を作り始める。
「翡翠にも了解を得たよ。
明日は特に何も無いそうだよ、翡翠は」
「そ、そうです。そうです!
明日は秋葉様と親族を招いての会議が」
それでも何とかして逃れようとする。
「無いよ。
秋葉にも聞いたし、秋葉からも承諾は得ている。
だから明日、琥珀さんを縛るものは何も無いよ」
逃げ道を封じてから
「それとも琥珀さんは俺と出掛けるのはイヤなの?」
ズルいとは思うけど。
言って見る。
「そ、そんな事無いですよ!」
大慌てで手を交差し俺の意見を否定する。
「でも」
「でも?」
そこまで言って口篭る。
ジッと俺を見つめる琥珀色の瞳。
その瞳からは様々な想いが溢れている。
「あの、ですね。
そのー、私で、いいんですか?
志貴さんこそ
翡翠ちゃんや、秋葉様の方が一緒にいて楽しいんじゃないですか?
ホラ。
私はこう見えても結構ドジだし、洋服だってそんなに持ってる訳でも。
こんな和服着てる人が横にいたら人目を引いちゃいますし」
ごにょごにょと言ってる。
そんな琥珀さんを見て。
「俺は、琥珀さんと一緒に出掛けたいんだ。
その気持ちに嘘偽りは無いし
楽しくないかどうかは行って見ないと分らないよ」
キッパリと
そして
ハッキリと言い切る。
暫く互いに無口になり
重い沈黙が降りる。
「っと!
ああ御免琥珀さん!
ここまで長話するつもりじゃなかったんだ!
早く、後ろ!
料理が焦げてる!!」
琥珀さんの背後から何やら黒い煙が見え始める。
慌てて注意を促し、琥珀さんもハッと気が付き
同じく慌てて料理を再開する。
その後
何とか形にした料理を並べ。
いつもと同じ夕食となったが。
私には今日の料理の味付けが美味く行ったかどうか分らなかった。
こんなに
こんなに気持ちが揺れて自分の料理の味すら分らなくなるなんて。
食事の際、志貴さんの顔もまともに見られなかったし。
何時も通りの笑顔が出来ていたかも不安だし。
そんな少し重苦しい雰囲気の中で食事は進み。
夕食後。
秋葉様から
「珍しいわね、琥珀。
貴女が味付けを失敗するだなんて」
と言われる始末。
部屋に去り際。
リビングから出て行こうとする私に志貴さんから
「琥珀さん。じゃ明日ね」
と更に追い討ちを掛けられ。
完全に逃げ場を失ってしまって。
夜寝る前。
一人鏡台の前に座る。
洗い晒しのままの髪を梳きながら
何気無しに鏡に映る琥珀色の瞳を眺める。
鏡に写るのは
同じ顔をした年頃の女の子。
瞳には様々な大きな不安とホンの少しの期待が浮かんでは消える。
さっきは余りの事で動揺してしまったけど。
もう大丈夫。
何とか落ち着きは取り戻したかな。
よし。
一人鏡の中の自分に頷き掛ける。
志貴さんは恐らく何の打算も無く私を誘ったんでしょう。
そう言う所聡い様で鈍い人だから。
純粋に私の為に明日出掛けようと。
だから
私も何の気負いも無く志貴さんの行為に甘える事にする。
普段は余り一緒にいる事が出来ないから。
こう言う時でないと二人きりになれないし
甘える事も出来ない。
そう考えを切り替える。
いつまでも色々考えても仕方無いし。
さぁ。
それじゃ今日は早目に寝ましょう。
全ては明日。
だから今日は夢の中で予行練習。
明日はドコに連れて行ってくれるんですか?
ねぇ志貴さん?
FIN
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後書き
月詠:ハイコンバンワ。
琥珀:こんばんわですよー。
翡翠:皆様今晩わです。
琥珀:さてさて今回のコレは?
翡翠:姉さんのSSで間違いないと思います。
月詠:そだね。琥珀さんSSだと思う。
琥珀:きゃはっ。漸くこの日が来たんですね。私の時代ですね。
翡翠:それは違います。
琥珀:時代が私を呼んだんですよー。
月詠:どでしょ?
琥珀:そんな事言う悪い子は「めっ」ですよ〜。
翡翠:少なくともこれからは月姫の時代では無いと。
月詠:翡翠。それは言っちゃ駄目!
琥珀:そーですよー。如何に翡翠ちゃんでもそれは禁句ですよー。
翡翠:私は事実を言ったまでです。
月詠:確かにね。最近新作が出たばっかだしね。
琥珀:それでもこの人気は衰えませんよー。
翡翠:そう願いたいです。
月詠:さてと。それじゃ今回のSSの解説、行くよ?
琥珀:きゃ〜〜〜イッちゃって下さい〜〜。
翡翠:説明の余地無いと思いますが。
月詠:コレマタ手厳しい。
琥珀:これはですね。「琥珀さんウキウキお出掛けSS」なんですよー。
翡翠:姉さん、そのままです。
月詠:他に言い様が無いけど。
琥珀:でもですねー。不満が無い訳でも無いんですよ?
翡翠:あれだけ書いて貰ってて何が不満ですか。
月詠:それは分る。
琥珀:でしょ?
翡翠:真逆とは思いますが姉さん。志貴様とのラブラブが無いと言うのでは?
琥珀:当ったり前田のくらっか〜ですよ。ここまで書いておいて。
月詠:うーん、書こうとも思ったんだけどね。
翡翠:何時もの如く蛇足なのでバッサリ、ですか。
琥珀:ひど〜い、翡翠ちゃんたらひど〜い。あれからがいいのに〜。
月詠:事実ね。その後ってのが思い描けないのよ。
翡翠:だそうです。理解出来ましたか?姉さん。
琥珀:そんな。あの後、目一杯お洒落して志貴さんとの濃厚な一日が。
翡翠:何を言ってるんです。
月詠:まー。ユメは見るだけならタダだしね。
琥珀:うううう。そんな二人して酷いです。
翡翠:でも確かに姉さんの言う通りだと思いますが。
琥珀:そーよねー!流石翡翠ちゃん!
月詠:でもねー。どーしてもあの後は楽しく過ごしたとしか書けないから。
翡翠:姉さんのココロの葛藤を見て貰えればいいのですか。
月詠:と言うかね。琥珀さんがとっても書きたくなったから書いたてのが。
琥珀:それが真相だったり。
翡翠:では今度は私ですか?
琥珀:…………………………
月詠:…………………………
翡翠:何で黙るんですか?
月詠:さてそれでわ。
琥珀:ではでは。
翡翠:お答え下さい。
月詠:それでは又次回のここで逢いましょう。
琥珀:皆様からの声援だけが頼りですよ〜
翡翠:あくまで無視ですか。
月詠:ではここまで読んで下さって有難う御座いました。
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後書きの後書き(舞台裏)
ハイ、月詠です。
今回のSSは上で一応解説してますが。
私にしては珍しく琥珀さんSSです。
何でいきなり書きたくなったのかは、秘密です。
不意にこう言うものを書きたくなるんですよね。
こう言う砂吐SSを。
今回は琥珀さんです。
何時もニコニコ笑っている向日葵の様な人ですが。
いつでも陰が付き纏う。
だから偶にはこんな風に楽しんで貰いたい。
と
そこまで考えて書いたかと言うと。
否、ですが。
理由なんてのは書き手には無いのです。
書きたいから書く。
それが
私のSSを書く理由ですか?
なんて
カッコいい事言いますが。
上手く書けているでしょうかね?
普段琥珀さん書かないから。
少しでも皆さんの思い描く琥珀さんに近ければ幸いです。
ではここまで読んで下さって誠に有難う御座いました。
又次回のここでお会いしましょう。