タッタッタッタッタッタ。
私は走る。
志貴の元へ。

タッタッタッタッタッタ。
暗い闇の中を一心に走り続ける。
今日も彼の夢の中に。


遠野志貴。
今の私のマスター。

そして
今私が一番愛している人。



真っ暗なユメのナカを彼の夢に向かって迷い無く進む。
昼間はいつもいつも彼の周りは喧しくて私にまで気を向けてくれない。
だから
この時間
この夢の中だけは私だけを見て欲しい。

その為に私は駆ける。

彼の元へ。

彼の夢の中へ。











「夢の中へ」








この路は何度も通ってる路。
だからこの路を走るのが一番近い事も知ってる。
ホラ。
もう直ぐ着く。

目の前に白い光が見え出した。
アレが志貴のユメ。
唯一志貴と私が共有出来る空間。
私が志貴を自由に出来る時間。

その光に向け更に駆け出す。
早く
早く
早く
一刻でも早く彼を私のものにしたい。


そのままの勢いで光の中に飛び込む。
入った瞬間は圧倒的な光の為に目を開けられない。
暫くしてその光にも目が慣れ始めて周囲を確認する。


??????

アレ?

ここは?

志貴の夢の中とは違う。

別の人のユメに入っちゃった?
おかしいな?
いつもと同じ道を通って来たから間違える筈無いんだけど。


「ようこそ」
いきなり
横から男の人の声がする。

クルンとそっちの方向に向く。
そこには
まるで
昔志貴が私に聞かせてくれた童話の中に出て来るみたいな
大きな黒いツバ広の帽子を被った。

(男性?)
不思議に思い小首を傾げる。

「いけないかね?
ボクが帽子を被っていては。
ここは魔女らしく女性の方がよかったかな?」

ニヤリと底意地の悪そうな笑みを向ける。

(別に構わないの)
その人も私の返答を聞いて
そうかい?
とか言わない。

(それで、ここは何処なの?
志貴の夢の中じゃないの?)

「ああ、違うね。
ここは私の空間だ。
少し君に用があったのでね。
君の路に邪魔をさせて貰った」

(じゃ、ここは貴方のユメ?)

「イヤ、それも少し違うのだが。
まぁ、そう思って貰って結構だよ」

何だか、よく分からないけどここが志貴のユメじゃない事は分かった。
なら私がする事は一つ。

志貴の元へ行く。
それだけ。
途中で寄り道はしない。

「まぁ待ち給え。
私が用があるんだ。
そんなに時間は取らせんよ」

そう言って私の行動を手で制す。
私もピタリと立ち止まる。
何か用があるなら聞かないと失礼。

「有難う。
さて、それじゃ話そうか。
私が何で君しか来れない筈のここにいるか」

(そう言えばそうなの)

言われて気付いた。
普通の人は夢の中に入って来れない。
だからこの時間は私だけの時間。

なのにこの人はそんな中にも入って来れる。
不思議な人。
もしかして私と同じ?

「いや違うよ。
私はニンゲンさ、君とは違うさ」

さて
そう前置きしてその人が
服の中から何か取り出す。

「?
煙草を見るのは初めてかい?
ああそうか。
君の周りではコレを吸ってる人はいないな」

確か志貴の友達のお姉さんが吸ってるの。
でも見た事は無いの。

だろうね。
そう言いながら煙草に火を点ける。

すると。
突然
足元にあった筈の路が消える。
けど
体が落ちる訳でもなくそのまま空中に浮いてる。

フワフワと何も無い空間に私とその黒い服の魔法使いさんとが
浮いてる。

「さて、と。
場所はここでいいか。
それではいいかね?」
頭が真下に向いたまま魔法使いさんが聞いてくる。

「君は夢魔と言う種族らしいね。
ああ、勘違いしないでくれ給えよ。
だからなんだと言う訳じゃない。
確認さ。
そして今日もそのマスターと言う彼、遠野志貴とか言ったか。
その彼の元に行こうとしていた。コレに間違いはないかい?」

それにコクンと頷く。
そう。
私は夢魔。
名前はレン。

最初のマスターから生と名を受け
そして今のマスター
志貴から様々な事を貰った。
だから私は志貴にそのお返しをしたくて。
いろんな事を教えてくれた志貴に感謝の気持ちを込めて。
でも私はお返しの方法が分からない。
志貴は何も言わないし、何も欲しくないからと
そのココロだけでいいんだよって。

でも
それじゃ私が嬉しくない。
私が志貴にお返しがしたい。
だからせめて
ユメの中だけでも志貴の望んだ夢を見せて上げたい。

「ハハ。
立派だね。
想い人の為を想って自分の出来る事をする。
今のニンゲンに見習って貰いたい美点だよ。
それを夢魔である君が示すと言うのも何だけどね」
魔法使いの人がそんな事を言って手を叩く。

でも私にはよく分からない。
私は私がしたい事をしてるだけ。
そんな難しい事はワカラナイ。

「イヤイヤ立派だよ。
そこまで君がココロを持っているというのは。
最初の頃の君は本当に只の使い魔だったからね。
マスターの命ずるままに動く
実に出来のいい使い魔だったよ。
それがたった一人の凡庸なニンゲンと出会い
ここまで代わるとはね。
今更ながらにウンメイと言うのは分からないものだよ」

何本目かのタバコに火を点けて呟く。
そうなのかな?
首を傾げてみるがそんな昔の記憶は無い。
あるのは初めてのマスターに撫でられた時の記憶。
目の前一杯に広がる
黄金色の世界。

そこまで。

ぴしゃり、と魔法使いの人が私を呼び止める。
「君には過去を振り返る時間は今はまだ早い。
今は前だけを見てい給え。
まだ昔を振り返るには早いよ」
タバコを挟んだ指が顔の前で左右に揺れる。

「では次の質問だ」

そう言うと。
又世界が変わる。

ぐにゃり、と今いる世界が飴細工の様に捻じ曲がる。
ぐにゃりぐにゃりと
色んな色が混ざり合う中。
私と魔法使いさんのみその中で実体を保ってる。

「さぁ。
もう目を開けていいよ」
その声で自分が目を瞑っていたのに気付く。

恐る恐る目を開いてみると。

???????????

(アーネンエルベ?)

見覚えのある場所。
美味しそうな匂い。
暖かい光。

「ああここはそう言う場所なのかね。
すまんね、よく知らないんでね。
君たち共通の思い出の場所と言う事で探したんだが。
ここはそう言う名前なのかい?」

私の前の椅子に座ってる。
そして
目の前のテーブルには湯気を立ている紅茶とケーキ。

(食べていいの?)

「勿論だ。
君の為に用意したものだからね」

黒い飲み物(珈琲と言う苦いもの)
を飲みながら勧めてくれる。

じゃ、まずはチーズケーキから。

ぱくり。

…………おいし。

「良かったよ。お口に合わないのではないかと
内心心配したのだが。
杞憂だったね」

苦笑いをして私を見つめる。

(ウン、美味しいの)

「満面の笑み、と言う奴だね。
喜怒哀楽もちゃんと理解してるようだ。
さてそれでは質問を続けるよ。

君はココロを持っている。
それ自体は悪い事じゃない。
寧ろ良い事だ。

だが。
今も喜怒哀楽と言ったが。
君はその意味を知ってるかね?」

(?)

「言ってる事が理解出来ない程
君が無知ではない事は先程の問答で分かった。
もう一度聞くよ。
喜怒哀楽、その意味を知ってるかね?」

喜怒哀楽。
ニンゲンの感情の四大要素。

喜び

怒り

哀しみ

楽しみ

それの意味位は知ってる。

でもそれが?

「そう。
その言葉の意味は知っていても意味が無い。
実際にそれを経験してその意味を理解しないと。
私が言ってる事はそう言う事だ」

実際に経験。
ケーキを食べる喜び。
志貴と一緒にいる喜び。


志貴と一緒にお出かけする楽しみ。
ケーキが焼けるのを待つ楽しみ。

でも。
怒りや哀しみは、無い。


あったかも知れないけど。
覚えていない。

「だろうね。
君が最初に知った感情は
哀しみの筈だからね。
でも君はそれを封印してしまった。
それは君にとって
自我が崩壊してしまう位の衝撃だったから。
だから君はその二つを知らずにいる。
それらは負の感情だから知らない方がいいのは確か。
でもニンゲンには欠かせない感情の要素なのだよ」

ニンゲンに必要な感情。
そうなのかな?

怒りと哀しみ。

いつも怒ってるアキハ。

志貴がいなくて悲しそうな顔をしてるアキハやコハク、ヒスイ。

「君の周りにもそう言う風にいるだろ?
そう。
それがそうさ。
そして君に足りないのはその二つだ」

私に足りない?

私はそんなモノ知りたくない。
毎日が楽しく嬉しければ。
いつも志貴が一緒にいてくれれば。

「だが。
それは無理な相談さ。
ヒトはいつかは儚くなるものさ。
そしてそれは避けられない運命の悪戯。
君もやがては知るだろう現実さ」
その言葉に過敏に反応する。

そんなの、イヤ!
志貴がいなくなるなんてそんな事、イヤ!
そんな事考えたくも無い。
何時までも志貴は私と一緒にいると約束してくれた。
だから志貴が私の前からいなくなるなんて事は無い。

ないのに
このヒトはそれが現実に起こると言う。
そんな事は無いの。

絶対に志貴は約束は破らないの。

私と


約束


したもの


食べようとしてたケーキに涙が落ちる。
一つ取って口に入れたけど。

アレだけ美味しかったケーキがとっても美味しくない。
味が無いケーキをむぐむぐと食べる。

「ああ。すまない。
そこまでするつもりは無かったんだが。
泣かせてしまったね。
私が言いたいのは
その感情を否定していてはいけないよ、と言う事なんだ。
君は無意識にそれから目を背けていた。
だからそれに気付いて欲しかったんだ。
その為に君には少しキツイ物言いになってしまったね」

(貴方、嫌いなの)
プイ、と横を向く。

「完全に拗ねてしまったな。
ご機嫌斜めってのがありありと分かるよ」
苦りきった笑みを頬に貼り付けている。

「まぁ。そこまでニンゲンらしくなっていれば。
私もこの役を演じた甲斐があったと言うものだがね」
そんな事を独りごちる。

麗らかな日差しの中。
私と魔法使いさんの二人きり。
このお店に、たった二人きり。

「さて、一通り食したかい?
もういいのなら
そろそろ君ともお別れだが」

最後の一欠けを口に入れた私を見て言う。

(もうおしまいなの?)

「まだ食べるつもりか?」

(ううん、お腹一杯なの)

「それはよかった。
では最後だ。
君にとって
カレはどんなヒトだね?」


志貴は私の一番大好きな人。
そして
最愛のマスター。

その答えに
満足そうに笑みを浮かべる。

「上出来だ。
そう答えられるならば
もう何の心配も無いな。
よろしい。
ではお別れだ」

珈琲を飲み干すと。
「その店から出れば彼のユメへは直ぐに行ける筈。
迷わずに行くといいさ」

私はウン、と頷くと立ち上がる。
(ケーキ有難うなの)

「どう致しまして」
ニコリと微笑む。

私はそのままお店を出て志貴の夢に向かって駆け出す。
結構時間が経ってしまった。
今頃志貴はどんな夢を見てるかな?

悪夢にうなされていないといいけれど。
待っててね、志貴。
今私が飛び切りの夢を見せて上げるから。
























































そして
私は走る。
志貴の元へ。























































完全に夢魔の姿が見えなくなってから
魔法使いのカレがタバコに火を点ける。

「全く。
慣れない事はするモンじゃないな。
肩が凝って仕方が無い。
だが。
コレも昔からの約束だしな。
それも仕方が、無い、か」

ふぅー、と虚空に紫煙を吐き出す。

「心配ならそんな今際に際に
心残りを作るな。
その手段も知らない癖に。
僕の事を散々言ってくれたが、君の方こそ
僕よりも人でなしじゃないのか?」


「まぁ。
いい暇潰しが出来ただけでも
よし、とするか。
でないとそれこそ僕は道化そのものになってしまう」





「アーネンエルベ、か」




「正に「遺産」だよ。
その言葉通りに、ね。
コレで気が済んだかい?」
ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべ
誰もいない筈の向かいの席にその笑みを向ける。










「さぁて。
それじゃ、僕も帰るかな。
僕のあるべき場所に」
スックと立ち上がる。
タバコを一つ、吹かすと。
そのままそのタバコを投げ捨てる。







火の付いたタバコが床に落ちる瞬間。
今までの世界が夢現の様に消え去る。































そして
全ては漆黒の闇の中に。































FIN
____________________________________________
後書き
あの人:(懐に手を入れる)
月詠:……………………
あの人:(タバコに火を点ける)
月詠:……………………
あの人:ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(紫煙を吐き出す)
月詠:……………………
あの人:……………………やあ。
月詠:妙な間を取らんで下さい。
あの人:構わないだろ?
月詠:まぁ、貴方ならそれが無いといけないでしょうが。
あの人:で?
月詠:で?
あの人:何で僕がここに出てるんだ?
月詠:ん〜〜〜。
あの人:もしかして意味が無いのか?
月詠:そんな事は無いですよ?
あの人:なら何でだ?
月詠:相手はレンでしょ?それに会う人って言うとさ、それなりの人でないと。
あの人:(手元の資料を見て)……ふ、ぅん。
月詠:そう言う事を語れる人、いないでしょ?
あの人:ま、認めるか。
月詠:そう言う事。
あの人:それで?コレは何だ?
月詠:そのままですよ。「レンちゃんSS」
あの人:しかしオチが軽いな。
月詠:どうしようとは思ったんですがね。
レン:(結局私はあの後志貴のユメに入れたの?)
あの人:やあ、御機嫌よう。
月詠:入れたんでしょ?
レン:(う〜〜〜〜ん)
あの人:それは読んだ人如何だな。
月詠:いいユメ見ろよ?
レン:(ラブラブSSじゃないの)
あの人:僕とのロマンスかい?
月詠:止めんか、人でなし。
レン:(人でなしなの)
あの人:君たち、酷い言い草だね。
月詠:各地でアレだけ浮名を流しておいてまだ足りませんか。
レン:(自分の子孫にまでツバ付けておいて)
あの人:?あの娘の事かい。アレは私が守護天使となってるだけさ。
月詠:て事は、誰にも渡す気が無いんでしょ?
あの人:さぁ?彼女の幸せは彼女が探すさ。
レン:(ロリコン?)
あの人:何とでも言い給え。偶々僕の好みにあった子がそうだっただけさ。
月詠:根っからのスケコマシですね。
レン:(手当たり次第なの)
あの人:(無言で煙草を吹かす)
月詠:弁解しないって事は事実ですね。
レン:(事実なの)
あの人:何とでも言い給えよ。
月詠:さて、と。それではこのSSも終わりましたし。
あの人:アレで終わりかい?
レン:(他に話す事無いの)
月詠:何気にキツイ物言いだね、レンちゃん。
あの人:事実だしな。
レン:(事実なの)
月詠:さっきの意趣返しですか。
あの人:さぁ?
レン:(???????)
月詠:じゃ、締めますよ?
あの人:それじゃ、又何処かの宵闇で逢おう。
レン:(さよならなの。夢の中で逢いましょうなの)
月詠:それでは又次回のここで逢いましょう。
レン:(ここまで読んでくれてありがとうなの)
あの人:ああ、暇で何もやる事が無かったらこいつに手紙でも書いてやってくれ。
月詠:それでは誠に有難う御座いました。








































____________________________________________
後書きの後書き(舞台裏)
ハイ。そう言う事で月詠です。

えー。
今回も何が何やら。
一応今回のSSはレンちゃんSSです。
志貴のユメに向かうレンちゃんと出会う事の無い人との一時の語らい。

あの作中に出ているヒトは
某何処かの少年探偵のアダルトバージョンです。
この人、志貴に勝るとも劣らない程のスケコマシです。
お姿は黒い服に黒いツバ広の帽子。
そして
忘れていけない「煙草」

この人にレンとの語らいを頼んだのは
レンの最初のマスターと言う設定です。
レンが今幸せかどうかを見て欲しい、そしてその導を示して欲しい。
そんな趣旨の依頼だったのでは?

まー。
だからってこの人がそこまで忠実に依頼を遂行するかは
分かりませんけどね。
何せ
酒とオンナと煙草さえあればいい、みたいな人ですし。

そんなこんなで
この人の登場になりました。
少しでもコレでレンちゃんに変化があればいいですが。



さて。
それでは
ここまで読んで頂きまして誠に有難う御座います。
又次回のSSのここでお会いしましょう。
今年も又皆様にとって幸多き年となります様に。
月詠でした。

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