庭に一本だけずっと花の咲かない桜があった。
屋敷の誰に聞いてもその桜はずっと咲かなかったらしく。
住人の誰もがその桜の事など気にも留めてもいなかった。

だからであろうか。

その桜に花が咲いた事がとても嬉しい事に思えたのは。


とても見事な桜の木だった。
コレが満開になればさぞ見物だろうと一人密かに思っていた。
けど
幾ら待ってもその桜は満開の花を俺に見せてはくれなかった。

幹自体が腐っていたのか、それとも元々この桜は花を咲かせないものなのか。

そんなヤキモキした気分のまま
いつしか日々の生活に追われてその桜の事など忘れてしまっていた。

咲いたのはこの桜のみだが。
充分この一本のみでも花見は出来そうなくらいに。
それはそれは
見事な、見事な満開の桜だった。





























『狂咲桜下』

























「ホラ、秋葉。言った通りだろ?」
秋葉の横に並びその木の前に立つ。

薄闇の中薄桃色の花弁が舞い散る。

そんな桜吹雪の中に俺と秋葉の二人。

じっと





じっと

桜を眺めながら立ち竦む。


秋葉はこの桜に合わせた訳でもないが。
紅色の着物に身を包み、じっと満開の桜を眺めている。

その目には果たして何が映っているのか。






俺か





桜か






闇か






それとも






別のナニか








全く今の秋葉からは窺い知れない。

無心で無私で飽く事無く桜の木を見ている秋葉。

そんな秋葉を見ていると。
何故だか
無性に涙が溢れてしまう。


視界が
歪んで全てがグニャグニャに見える。
歪んだ視界の中で咲き乱れる桜と同化してる秋葉。

キッと溢れる涙を拭い、秋葉を後ろから抱き締める。
ぎゅっと
キツく、キツく抱き締める。
秋葉の細い体が折れてしまうのではないかと思う位に。
秋葉の存在がとても儚いものに思えてしまって。
その存在が消えて無くなってしまわない様に。


それでも秋葉はじっと上を見上げている。
只俺に成されるがままに。


「な?秋葉言っただろ?」
背後から諭す様に秋葉に言い聞かせる。

「何だって願えば想いは叶うんだ。この桜みたいに」





秋葉に言い聞かせている筈なのに。
何故か
自分に言い聞かせている気がする。






そうか。
そう願ってるのは俺の方なのかも。

「だから俺も諦めないから、秋葉の事。皆の事」


秋葉は俺の話を聞いているのか、いないのか。
頷く事もせずに、虚空を瞳に写したまま。

やがて
桜を見るのに飽きたのか

緩慢な動作で抱き締めている俺の腕を剥がすと
俺の指を自分の口元に持って行く。
























そして



がりっ、と言う音と共に襲って来る一瞬の激痛。






















見る見る俺の指から血が零れて行く。
それを
無心に舐め取り、飲み下す。


流れ行く血と共に意識も堕ちそうになるのを気力で堪える。
秋葉は喉を嚥下させながら美味しそうに俺の血をその体に満たしていく。





どれ位の時間そうやっていたのか。
搾取するのに満足したのか

俺の指を口から出して傷口を綺麗に舐める。
幾分固まっていたがそれでも
丁寧に丁寧に
完全に血が止まるまで
秋葉は俺の指を解放しようとはしなかった。



俺の指から血が流れていないのを確認すると
それにも興味がなくなったのか
パッと指から手を離す。




まだ多少ジンジンするが肉体の痛みなんて
「ココロノイタミ」に比べればまだ軽い。



秋葉の体から離れ、俺も又桜の木を見上げる。
暗闇の中
そこ一帯のみが明るく浮かび上がっていて。
漆黒の黒と、桜の薄桃の対比がとても綺麗で。
とても幽玄で。

周りは紅に染まった紅葉やらが桜と同じく
空間を朱に染め抜いていて









黒と






朱と








薄桃の







この季節には在り得ない狂演が
目の前で繰り広げられている。
目まぐるしく変わる原色に一種異界に迷い込んだ様な錯覚を起こさせる。

いや
今この世界こそ異界ではなかろうか?
























生ける人形と化してしまった秋葉。






















只生き血を啜る事しか出来なくなった秋葉。

























一切の自我が無くなってしまった秋葉。

























反転してしまった俺の最愛の、女。






























不意に
秋葉が俺の方に向き直る。
俺の血に化粧された口が薄く開き
はぁ、と吐息を吐き出す。



























闇を背負い


























朱に染まった紅葉を纏い


























狂い咲きの桜に下で


























美しき鬼が






























静かに笑う
























END


















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後書き
月詠:ハイ。皆様お久し振りです。
琥珀:久し振りですねー。
月詠:今回のSSは如何だったでしょうか?
翡翠:今回のこのSSはかなりこの作者にしては異色作ですが。
琥珀:異色ねー。秋葉様反転SSなんて。
月詠:早々お目にかかれないしね。
琥珀:でもなんでですか?
翡翠:又何かネタがあったんですか?
月詠:通勤で毎日聞いてるCDから、かな?
琥珀:ああ。あのCDですか。
翡翠:その中の何が?
月詠:ワンフレーズ「狂い咲きの桜の〜」ってのがあってね。
琥珀:まんまなんですね。
翡翠:それでですか。
月詠:昔からこの狂い咲きってのは使いたかったから。
琥珀:桜とか、綺麗ですけどどこか怖いですもんねー。
翡翠:夜桜なんて背筋がゾクッと来る事、偶にあります。
月詠:そー。別に慣れ親しんだ場所の桜なのに夜になると表情が変わるっているか。
琥珀:そして暗闇、紅葉とのコントラストですか。
翡翠:つくづくこの作者に絵心が無いのが残念です。
琥珀:そーだねー。絵心があればとっても綺麗な絵になったでしょうね。
月詠:うっさいよ。
琥珀:何方か奇特な人いませんかねー。
翡翠:書いて下さいって寄贈して下さる方ですか?
月詠:いたら本当に下さい。直ぐにトップに飾ります。
琥珀:まーいないと思いますが。
翡翠:姉さんそれは言ってはいけません。
月詠:こんだけ味気無いサイトも珍しいからね。
琥珀:それはそうと。
翡翠:二つ三つ疑問が。
月詠:?何じゃらホイ。
琥珀:何で私たちがここに?
翡翠:私たち本編では出ていません。
月詠:だって誰出せって。志貴は嫌だぜ。
琥珀:納得。
翡翠:納得。
月詠:酷い扱いだ。あれでも一応主役だぜ。
琥珀:いーんです、志貴さんは。
翡翠:次です。この続きはどうなってるんですか?
琥珀:あ、それ私も知りたい。
月詠:これね。一応、順番が前後したけど「罪の咎 罰の傷」に繋がるのさ。
翡翠:成る程。それなら(一応)納得できますね。
琥珀:そっか〜。アレに繋がるのか〜。
月詠:無理矢理だけどね。でもこの続きって一回書いてるし。
琥珀:同じシチュは書けないと?
翡翠:いえ、書きたくない。だと思います。
月詠:俺の中で一回はケリが付いた事だしね。
琥珀:コレで疑問は解決した?翡翠ちゃん?
翡翠:ハイ。
月詠:じゃ締めるよ。
翡翠:結構です。
琥珀:それではここまで読んで下さいまして真に有難う御座いました。
翡翠:感想など出来ればお暇な時等に書いて下されば悦びますので。
月詠:それでは有難う御座いました。






















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後書きの後書き(舞台裏)
ハイ、月詠です。
お久し振りですねー。
って
コレばっかり言ってる気も。
事実ですから仕方ないですが。


さて。
今回のSSですが。
短いですが、秋葉反転です。

やはりこう
桜の下に立つにはそれなりに美しさと妖しさとかが必要かな、と。
それを誰にさせるか?
私の中では
このフレーズを聞いた時から秋葉しかありませんでしたけど。


桜って
ホント怖いじゃないですか?
儚いからか、純粋に綺麗だからか。
何かお化けって訳じゃないんですが、ゾクリと来ると言うか。


分かりますかね?

そんな物が少しでも感じ取れてくれれば。
作者冥利に尽きます。



と言う事で。

それでは又次回のここでお会いしましょう。
ここまで読んで下さって真に有難う御座いました。

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