「だめです」

「どうしてもか」

「どうしてもです」

「ここまで言っても駄目なのか」

「はい。何度言っても駄目なものは駄目です」

「分かった」
そう言って立つ。

もう、何度言ったら分かってくれるんですか、バイトは禁止です。兄さん。
その夜、兄さんは部屋から出てこなかった。
そしてその後兄さんは一度も姿を見せなかった。
それが、一週間前。

「翡翠。どう言う事」
翡翠を叱責する。
分かってる。それが八つ当たりなのも。

「申し訳ありません。いつお声をかけても気分が悪いと言われて」
「それがこれね」
私の手にあるもの。小さなラジカセ。そして徐に再生ボタンを押す。
兄さんの編集した声が流れる。

これで翡翠は騙されたのね。
まったく。

「それで。兄さんの行きそうな場所は分かっているの?」
「はい。おそらくは、乾さんのところではないかと」
琥珀が答える。

「分かりました。では行って見ましょう」




「昨日までは居たんだけどなあ」
頭をがしがしと掻きながら、乾さんが答える。

「それで、それまで何か言ってましたか。兄さんは」
「ああ、あいつ・・・っと悪いな秋葉ちゃん。何も言ってなかったぜ」

慌てた様子でごまかす。
何をしていたんですか。
「ああ、遠野か。あの子何だか、明け方ぶらりと帰って来ては二、三時間で又出て行ってたな。
有彦、お前知ってんだろ」

家から、砕けた格好の女性が出てきた。
「馬、馬鹿野郎。こんな所でそんなこと言うんじゃねえ」
「いいじゃないか、別に。減るもんじゃないだろ」

この人が有彦さんのお姉さんの一子さんね。
「いつからですか。そして、どこに行きました」

「一二週間前か。突然来て。昨日、来た時と同じく突然いなくなって」

もう。どれだけ心配させれば気が済むのかしら。

「先輩なら知ってるかもな」
あまりに落胆していたのか、有彦さんがぼそりと呟く。
その後しまったという顔してたし。

・・・気が進まないけど行って見ましょうか。
「有難う御座いました。もし兄が帰ってきましたらすぐに連絡を下さい。
どうもお騒がせいたしました」

礼を述べて立ち去ろうとする。

「秋葉ちゃん」

一子さんが呼び止める。

「あんまり、いじめるなよ」



それから、「先輩」の家に向かう。

家の前に立ち、呼び鈴を押す。中で人の気配がする。

二人?
先輩と・・・もしかして、兄さん?

扉が開く。そこから、顔が出てくる。

先輩の顔だ。汗を掻いているのは何故かしら。

「ああ、秋葉さんでしたか」
何か?と顔が聞いている。

「あ、あの。突然で申し訳ないですが、ここに兄さんは来ていませんでしょうか?」

先輩の頭にはてなマークが浮かび上がっている。
次にびっくりマークが浮かんでいた。

「残念ですが、いませんよ。ああ、そうですね、少し散らかっていますが、どうぞ」
断るのも失礼よね。

ではお言葉に甘えて。

「で?何故、あなたがいるんでしょうか。明確な答えを下さらない?」

「え〜別にいいじゃない。妹には関係ないじゃない」
「妹と呼ばないように、とも言いましたよね」

・・・・・兄さんを探していて、何でこの人たちに会わなくちゃならないのでしょう。

「兄を探して三千里。ですね。きゃ〜秋葉さんたら、けなげですね」

「先輩、戯言はいいですから。
兄さんのこと、知っているんですよね。教えて下さいませんか?」

「はい、知ってますよ」
「では教えてください。もう、二週間も家に帰っていないのです」

「でしょうねえ。でも、知らない方がいいんじゃないでしょうか」

「何故です。私は知る権利があります」
「でもさー、妹、やっぱり知らないほうがいいよ」
「アルクェイド、口を挟まない。でも、私もそれに賛成ですが」

今気付いたけど、家の中物凄いことになっているわね。
テーブルは破壊され、カーテンは破れ、壁は黒鍵が刺さり燃えている。
この家で無事なものなんて無いんじゃないかしら。

「えへへ〜。あのね、志貴はね、毎日」
トス。いい音がしてアルクェイドさんが倒れる。
当身かしら。

「化け猫の言う事なんて、気にしないで下さい」
にこりと笑いながら、話す。

「兄さんは何をしているのです。そして兄さんはどこにいるのです。
はっきりと仰って下さい。先輩」
自分でも髪の毛が赤くなっているのが分かる。

それでも、先輩は動じることなく
「教えることは出来ませんねえ。しいて言うなら」
「しいて言うなら?」

「自業自得ですね」

自業自得。どう言う事。私が、何を、した、の

「まあ、気にせずにゆっくりと家で待ってて下さい。果報は寝て待てです」





とぼとぼと、家路に着く。
もう、空は茜色。
私の髪の毛が同化しているかの如く、真っ赤に染まっていた。

坂が途方も無く長く、大きく感じる。

一体何がどうなったと言うのかしら。

何故兄さんは又私の前から消えてしまったのでしょう。

又、あの針の筵の日々が続くのでしょうか。

あの、八年と言う永遠とも感じたあの日々に。

「ヤ、お帰り」
一体誰でしょう。この人は。

ソファーに座っている人。
優雅に足を組んで紅茶を飲んでいる。

「琥珀、この人は一体どなた」
「は、志貴さんの先生とかいう方です。蒼崎青子、とか仰いましたっけ」

確か、聞いたことあるわ。兄さんの幼少期に多大な影響を与えた方とか。

「どうも、お邪魔してるよ」
「いえ、そんな。いらっしゃいませ」

自分でも何言ってるんだろう。

「随分と心配そうだね。志貴のことでしょ。琥珀から聞いたよ。難儀してるねえ」

「何か知ってるんですか」
急き込んで聞く。そう。「先生」なら知っているかも。

「当然。けど、別にいいじゃない。直帰ってくるよ」

先生もか。何で皆こうなのかな。

・・・・待って。全員、この事知っているのね。

知ってて、隠しているのね。

私だけのけ者、か。

「秋葉、髪の毛。赤いよ」
こともなげに先生がのたまう。

「だって、皆、知ってて隠しているんですよ。私だけ何も知らなくて」
「そりゃあ、志貴の立っての願いだし」

・・・・・え?兄さんの願い。なんですか。

「こういうとこだけ、まめだよねえ。ったく、天然すけこましが」
その意見には全面的に賛成です。
「それにあいつなりに考えてあたしまで寄越したんだから」

「ああっと。これ以上は言えないよ。ここまで喋るつもりも無かったし」
「ここに来たのは何でですか」
「あんまりにね、あんたがしょげてるって聞いてね。姫や七位じゃ無理だろうし」

「琥珀に翡翠。あなたたちも知っているのね」
「はい。勿論」
「はい。申し訳ないですが、志貴様の願いでしたので」

何だか、馬鹿らしくなったわ。

まるで私道化じゃない。一人相撲で。

「まあ、心配しなさんなって。必ず帰ってくるから。
わざわざあたしのとこまで来て慰めてくれって」

そんな真似するなら、早く帰って来て下さい。

「何してるかは言えないけど、今はあたしのとこにいるから」
「何時頃帰ってきますか。もう何しているかは聞きません。
兎に角早く帰って来て下さい。もうそれだけです」

それに「あいよ」と軽く答えて青い魔法使いは帰っていった。




何日過ぎたろう。

何回太陽は沈み、昇ったろうか。

もう、あれから時間が止った私の前を無常に通り抜けていく。

あの針の筵の痛みに感覚が麻痺してもう何も感じなくなった。

八年の再来を私の頭が拒否し、全てが止ってしまった。

二週間前まではあれこれと色んな人にあったりして
それなりに刺激があったが、それも、もう過去の話。

只の人形。それが今の私の的確な表現かも。

翡翠も昔の様な無機質な表情になったし、
琥珀もあの笑顔が消えてしまった。

兄さんが来る前に、いや、それよりも酷いかも。

兄さんの存在がこんなに大きいものだったなんて。

「秋葉様」
誰かが呼んでいる。

何だろう。

「      が    ました」

何を言っているのかしら。
「もう一度言ってくれない」

聞こえなかった。いや、信じられなかった。
「志貴様がお帰りなりました」

・・・・本当?

居ても立ってもいられず、玄関に駆け寄る。

そこには・・・・

「やあ」
確かに兄さんが。けど
顔中髭だらけで、まるで。
「ああ、これか。仕方ないよ。ここ一ヶ月、ろくに休んでないしな」

そんなことどうでもいい。無事に帰ってきてくれたなら。

「まるで山から下りてきたみたいだな、って先生に笑われたしな」
ほっと、したからか。何だか、怒りがこみ上げて来た。

「にいさん!!」
「は、はいっ」

「一体今まで何してたんですか。どれだけ心配したと思っているんですか」

「まあまあ、秋葉様。とりあえず、居間の方へ」
琥珀がなだめる。むう。言い足りないけど、ここよりはいいか。


「で、兄さんは私以外の皆には言っていて、何で私だけのけ者だったんですか」
「別にのけ者にした訳じゃない。只黙っててもらっただけだ。
これだけは秘密にしておかないと。俺が道化になっちゃうし」

「だからと言って、何で私なんですか」
「何でって、秋葉に関係あるからに決まっているだろ」

・・・・・は?私に関係ある?
何の事だろう。

「ああ、だからって、バイトの事じゃないぞ。ここ一ヶ月ずっとバイトしてたけど」
「何ですって。だから、家に帰らなかったんですか」
よりによってバイトなんて。

「だからそれは目的の為には仕方なかったんだって。大体なんで駄目なんだ」
「それは、遠野の人間がバイトなんて許されません。前から言っているではないですか。
欲しいものがあるなら言ってくれれば」

「確かにな。だが、これは欲しいと言っていいもんじゃないしな」
「一体なんですか。それは」

「ああ、一寸待ってな」

そう言ってポケットをごぞごぞ漁る。

「まずは翡翠」
そう言って翡翠にプレゼントを渡す。
何で翡翠なんです。

「翡翠にはいつも迷惑かけてるし。感謝の意味も込めて」
翡翠、顔が赤い。何かジェラシー。

翡翠は兄さんからのプレゼントをあける。
中には、名の如く翡翠色のイヤリング。
「因みに琥珀さんのは琥珀色のイヤリングです。先に言っちゃたら面白くないですが」
開けようとしていた琥珀に呼びかける。
二人に同じものですか。

「琥珀さんにもお世話になってますし、毎日の食事も大変でしょう」
(それと、これ)
秋葉には見えない様にもう一つ渡す。
これは今まで、陰で、秋葉の情報や、何やらと色々動いてもらったお礼の意味で。
こちらは手染めのハンカチ。

「で?兄さん。二人の為に今までバイトをしていたんですか」
あ。反転しそう。髪が・・・・赤、く。

「待てよ。確かに二人には渡したが、本命はお前なんだから」
「もう何を言っても信用しません」

「秋葉様。拗ねないで、どうぞ志貴さんから受け取って下さいな」
「琥珀。その口振りからはそれが何か知っているのね」

「はい。当然です。知らないのは秋葉様だけですよ。吹き込んだのは
私かも知れませんが。でも、殿方なら誰もがそう考えるんじゃないですか」

「何よそれ。私の誕生日はもう過ぎたし。今更クリスマスも無いでしょう」
「ささ、志貴さん。ちゃっちゃと渡しちゃって下さい」

「はい、秋葉」
そう言って渡されたのは小さな四角い箱。
「開けていいですか」
兄さんはうなずく。

恐る恐るそれを開ける。
中には。
「秋葉様、泣いているんですか」
言われて気付いた。

私、泣いてる、の。
「だって。だって。これって、兄さん」



そこには、小さな輪っか。銀色の、小さな・・・・指輪。

「これと同じ」
そう言って、兄さんは自分の手に嵌めている物を見せる。

「これを買ってって言ったらホント道化だろ」

もう何も言えない。胸が一杯になって何も考えられない。

「まだ早いかも知れないし、甲斐性も無いけれど、受け取って、欲しい」

うんうんと何度も頷く。
「ささ、早く嵌めてください」
急かされて震える手で、ゆっくりと嵌める。

初めて嵌めたのに何年もしているようになじんでる。
「これの為に今まで、ずっとバイト。アルクや先輩に見付かって口裏合わせてもらったり、
先生にも手伝ってもらったり。迷惑かけたのは悪いとは思っていたけど、
こっちも大変だったんだぜ」

照れ臭そうに頬を掻きながら呟く。

何も聞こえない。もう何でもいいです。許します。今までの事、寂しかった事。
色々全て。ええ、もう全て。

「もう、本当に秋葉を一人にしないで下さい。寂しい思いをさせないで下さい。
もう、もう・・・・」

泣きながら、兄さんに抱きつく。人目なんて関係ない。
兄さんの胸でワンワン泣く。
そんな私を兄さんは優しく頭をなでて、慰めてくれる。

「昔の秋葉に戻ったな。俺にとって秋葉は何時まで経ってもこの秋葉だよ」
「兄さんの、馬鹿」

こんな時に、そんなこと言わなくたって。

いけず。

「秋葉を幸せにして下さいね。ずっと、ずっと。秋葉を守って下さいね」

「ああ。何があっても、秋葉を守るさ。必ずな」
「ご馳走様ですねー翡翠ちゃん」
「はい。よっご両人と言った所ですか」

二人、うるさい。





























「二人で、共に歩いて行こうな」
「はい」


















































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後書きなんです
翡翠「はい。毎度お馴染みになりました」
月詠「ここまで読んで下さいまして真に有難うございます」
琥珀「殆どの方が出ているのに私達の扱いは酷いですねー」
月詠「すいません。そんなつもりじゃないんです。只、どうしても、メインキャラ以外に台詞を回すと、
   どっか飛んで行っちゃうんですよ」
翡翠「姉さんはいいです。私なんか、もっと酷いです」
琥珀「そうです。アルクさんやシエルさん、果ては青子さんまで台詞があるのに」
月詠「それに対しては何も反論出来ません。今度は二人のを書きますんで」
翡翠「当然です」
琥珀「そうです。それ位しないとバランスが取れないですよ」
月詠「何とか、します。けど、気長に待って下さい。二人の内どちらかは書きますので」
翡翠「私ですよね」
琥珀「私です」
月詠「分かりましたから、翡翠も琥珀も。翡翠は指ぐる止める。琥珀も注射器おろす」
二人「私です」
月詠「前向きに対処します」
翡翠「・・・・・・・・では又次のSSで逢いましょう」
琥珀「はい、又合いましょ〜」











後書きの後書き(舞台裏)
えー、またまたここまで読んで下さいまして、本当に有難う御座います。
何とか、形になったでしょうか。
自惚れですかね。(自惚れです)
しかし、形にするのがこんなに大変だとは思いませんでした。
もっと、簡単だと考えたんですが。
かなり時間がかかるものだと、痛烈に感じます。
只単に下手なだけかも知れないですが。
ここまで、殆どのキャラは出たのですが、如何でしょうか。
感想等は掲示板や、メールでお願いします。
では、又、次のSSで。(あるのか?)









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