む〜ん。

む〜〜ん。

む〜〜〜ん。

さっきからリビングに俺の唸り声ばかりが響き渡る。
何も別に歯が痛くてその為に唸っている訳ではないぞ?
しっかりと頭を使っていてその為に唸っているのだ。
『悩んでる』が為の唸り声である。

その俺の前に鎮座されていらっしゃるこの家の(表向きの)最高権力者。
その顔には「この勝負、私の勝ちですね」と言わんばかりの
会心の笑みが浮かんでいる。

兄として、又オトコとして人生の中で負けられない時というものは
度々顔を覗かせる。
そして今日、この瞬間が俺にとってその時であった。


負けられない。
何としても、この勝負勝たないと。
でないと。


でないと。






















「CHESS」





















「これ以上小遣い減らされてたまるか〜〜!!」
心の中でそんな魂の叫びを上げる。
この勝負に負けると今でさえ雀の涙ほどの小遣いが更に減る事に。
そんな悲惨な状況になってたまるか。
もしそうなったらこの先どうやって生きて行けと?

毎日琥珀さんに弁当作ってもらったり(以前やっていたが秋葉に見付かり禁止)
有彦にタカったり(毎日ガッコにいる訳でもないので却下)
シエル先輩に御馳走してもらったりと(カレーを毎日食す事に抵抗が無ければ)

これらの策を弄じないとマジで生活できないぞ。
今でさえカツカツなのに。
この国には「基本的人権の尊重」と言う者が明記されているんだぞ。
全ての人間はとか何とか。
おまい程の人間が法律を知らん訳も無かろうに。

まぁ、前にそこを突っ込んだら全文を諳んじやがって。
「何処の箇所でしょうか?兄さん」
とか不敵に笑って俺の事見たんだよな。
侮りがたし、浅上女学園。


さて
現実逃避終了。
目の前の問題に戻ろう。
逃避してても解決出来る訳で無いし。


まず。
目の前、秋葉が座っている。
優雅に琥珀さんが淹れた紅茶を飲みながら俺の出方を待っている。


その後ろでは琥珀さんが
「あは〜。志貴さんもう負け決定ですね〜」
と目で俺に降伏勧告している。
そう思うなら少しは手助けして下さい。


そして俺の後ろ。
いつも通りに翡翠が立っている。
翡翠にはこのテのゲームは
理解出来ないらしくてじっと静かに行方を見守っている。
翡翠からのアドバイスも期待出来ないしな。


それから
もう一度目の前のテーブルに目を落す。
俺の危機的状況は変わっていない。
変わっていたらいたでソレも危機だけど。

「兄さん?先程から手が動いていませんが。
もう終わりで宜しいですか?」
待ち草臥れましたわ、とでも言いたそうな
それでいて、さぁさどうしますか兄さん?
とも取れそうな口調で俺を促す秋葉。

お前その性格は直した方が良いとお兄ちゃんは切に願うぞ。
何だってこうも人を追い込むのが好きなんだろうなぁ。
今は無き義父を恨むぜ、マジデ。
こんな「サディスティック」な妹に育て上げてくれてさ。

テーブルの上には正方形の盤が。
その上に様々な形をした駒が乱雑に置いてある。
乱雑じゃないんだけど、俺にはそう見える。

む〜〜ん。
悩む。
どうすればここから脱出できるか。

「全く、兄さんの無鉄砲には呆れますわ。
ロクにチェスもした事が無いって言うのに。
いきなり私に勝負をしてくるだなんて」

「待てって。そっからして誤解だろ。
俺は只チェスをした事無いから秋葉に教えて欲しいな、って言っただけだろ。
ソレがいつの間にか賭けに発展してて」

そうでしたっけ?
空とぼける秋葉。
知ってて言ってるんじゃないだろうな、お前。

「あは〜。志貴さん言い訳は見苦しいですよ〜。
さっき言ったじゃないですか〜。
『悪いな、忙しい時にこんな事頼んで』って。
そう言う事は何かしらの報酬、又は見返りがあると思っていいんじゃないですか?」

「それだ!!
琥珀さん、意訳し過ぎだし、端折り過ぎです。
俺は只純粋に謝罪の意味で言っただけだし」

とにかく!
コホンとワザとらしく咳払いをする妹君。

「それでも兄さんはこの勝負を受けたんです。
男らしく負けを認めるなり、次の手を考えて下さい」

うぐぅ。
そんな事を言ったって。
チェスのド素人である俺が名人クラスの腕前を持つ秋葉の仕掛けた
この
「秋葉式チェス版穴熊、琥珀バージョン」
をどうやったら破れるって言うのじゃ。
その前にチェスに穴熊ってあるのか?
イヤイヤ
更にその琥珀バージョンて何だ?
だったら秋葉バージョンや翡翠バージョンてのもあるのか?

「志貴さん、ソレは無いですよ。
あくまでその手は私が発明したって言うだけですから〜」

いらん事ばかりに手間暇を掛けるな、この人は。
それと勝手に人の心を読まないで下さい。

「ソレでどうですか兄さん。降参ですか?お手上げですか?詰みですか?」
皆同じ事だろ、それ。
絶対に勝てないと分かっているのに更に追い込んでどうする?
もう二度と秋葉とチェスをしないと心に固く誓う秋の日の遠野志貴でした、まる

全く。
折角何とかして皆と共通の話題を持とうとしてこのチェスも考え付いたのに。
何だってここで賭け事をしないといけないのかな。
俺は皆で盤を囲んで楽しめればよかったのに。

「では兄さん。先程のお小遣いの件は無しとして差し上げますから。
負ける毎に一枚づつ服を脱いで行って下さいまし」

「脱衣麻雀じゃないんだぞ〜〜〜〜〜!!」
渾身の俺の突っ込みも暖簾に腕押し。
なんでそうなる秋葉。
言った内容を理解してるのか?

琥珀さんは顔を赤らめ頬に手を当て
「キャ〜〜、志貴さんのストリップですか。
コレは良いものが見られそうですねー」
何て言っていそいそとビデオの用意を始めるし。

翡翠は
「志貴様の裸体、志貴様の裸、私だけの志貴様の……」
と意識が遠い彼方に飛んでいる御様子。

「では早く、指して下さい。
そして私を追い込んで下さいな。
そうすれば兄さんは脱がなくても宜しいんですよ?」

うん、だからと言ってお兄ちゃんは秋葉のストリップも見たくない。
見ても楽しくないし、特に胸とか胸とか胸とか。

「別に俺は小遣いの値上げを目的にチェスをしに来た訳じゃないんだが」

「ではどう言う経緯なんですか?」

「んー?只皆で何か出来ないかな?とね。この家じゃそう言う娯楽は無いだろ?
ボードゲームって言ったらコレが出て来るんだし」

「確かにそうですねー。TVすらない家ですから。
私達で共通のゲームなんて言うのは無いですねー」

ビデオのセットをし終えた琥珀さんが話しに加わる。
本気で撮影する気なんだ、琥珀さん。
もうここまで来たら撮るのは構いませんから闇に流さないで下さいね。
この人なら本気でやりそうだから怖い。

「四人で出来るもの。
確かに無いですね。
それでチェスですか。
チェスだって四人では出来ませんが?」

「んな事位俺だって分かる。
それでも皆が覚えればちょっとした時間で集まったりして出来るだろ?
面子揃える必要も無いしさ」

「それはそうですが。兄さんも知らなかったんですよね」

「ん。それで秋葉に教わりに行ったら、こうなったと。
俺としても基礎を教わって秋葉と勝負が出来る位になったら賭けをしてもいかな
とは思ってたけど。
真逆教わりに言ったその日にいきなり賭けをするとは思わなかった」


うぐぅ。
秋葉が今度は唸る。
秋葉としては少しからかってみようかな。
くらいの気持ちだったのかも知れないけど。

正直頭に来たのは事実。

「ソレで志貴さんはどんな賭けをしようと思ったんです?」
琥珀さんが少し真面目に問い掛けて来る。

「そんな大層な事じゃないよ。一日付き合おうとか。
そんな事位だよ」

ソレを聞いて三人の目に新たな闘志が燃える。
きゅぴーん、と言う擬音すら聞こえそうな位。

あらら?
コレは自爆だったかな?

「では兄さんコレでチェックメイトですね。宜しいですか?
宜しいですね、異存は無いですね。
さぁ私の勝ちです。
今度の休日は私のでぇとして頂きます」

もうコレで終わりだと言わんばかりの勢いで。
そそくさと盤をかたし始めようとする。

「待てって秋葉。
まだ終わりじゃないだろ?
俺の手なんだから、俺が負けを認めるまではお前は一切手を出せない筈」


秋葉の手を取り、作業を中断させる。
秋葉は「?」と言う顔で俺を見る。

「兄さん、意固地になるのも分かりますが。
もう無理です。お止めになった方が」

「秋葉」
幾分強い口調で制する。

「俺の手だ」
それだけ言うと口を閉ざす。

秋葉も渋々ながらに椅子に座る。
そして冷めてしまった紅茶に口をつける。
目は「兄さんの頑固者」と言ってる。

ああは言ったけど。
確かに打つ手無しなんだよな。
駒の動かし方とルールを教わっただけの俺には。

如何ともし難い。
何か良い方法は無いものか。

「あの」
控え目な翡翠の発言。
皆が翡翠に注目する。

「何?翡翠」
クルリと後ろを向いて翡翠に聞く。

翡翠は思わぬ皆からの注目に戸惑いながらも。
「あの、差し出がましいかと思いましたが。
その駒をこう動かすと如何でしょうか?」
翡翠がそっと盤の一部分を指す。

フム?
ここ?
なるへそ、なるへそ。

「素晴らしいぞ翡翠。
コレは起死回生の一手ではないですか」
手放しで喜ぶ。
翡翠もはにかみながら喜んでるし。

逆に秋葉は苦虫を噛み潰してる。
凄く苦々しい顔して盤を睨んでる。

「琥珀。どう言う事?
この手は破られないって言ってたのは嘘だったの?」

「あは〜。流石は翡翠ちゃんですねー。
この手の弱点を見破りましたかー」
それでもからからと楽しそうに笑う琥珀さん。
俺たちには分からない双子のみの何か、があったのだろうか?

「秋葉。琥珀さんに当たるな。
お前も琥珀さんの言う事を信じてその手を打ったんだろ?
ならそこで責めるのはお門違いだろうが」

そう言われると大人しくなる。
元は素直なんだからいつもそうしていなさい。

今度は秋葉の手。
ゆっくりと熟考に入る。
まぁ秋葉の事だし。
直ぐに次の手を考えてくるでしょう。
結局は俺の負けは確定な訳だし。

琥珀さんが新しく淹れてくれた緑茶を飲みながら
秋葉の出方を待つ。

「志貴さん。
良かったですねー。翡翠ちゃんのお陰で形勢逆転ですよー。
コレは流れが変わりましたねー」

そうなのか?
俺には未だよく分からないけど。
矢張り先の読める人はそう見えるものなのか。

「琥珀。
そうは行かないわよ。
どうやら貴女も兄さんの方に付くみたいだけど。
コレ位で負ける程、私は簡単には堕ちないわ」

コトン
秋葉が新しく駒を動かす。

「なにぃ、こ、これはっ」
琥珀さんが劇画ちっくに叫ぶ。

「知っているのか、琥珀さん!」
ここはノってあげないと失礼ってもんだ。

「ウム。これはこの国に昔から伝わる云々かんぬん」
と大切な箇所を見事に端折って説明する。
それじゃ意味が無いでしょ。

「と言う事で。
先程の「秋葉式チェス版穴熊、琥珀バージョン」が
一手代わって「秋葉式チェス版穴熊、琥珀バージョン改」となっただけですねー」

ソレって好転してないんじゃないですか?
先程と何が変わったと言うのですか?

「コレでもう兄さんは絶体絶命です。
例え琥珀でもコレを破る事は不可能。
罪です、罪」

字が違う、秋葉。

「う〜ん、コレは確かに頂けませんねぇ。
志貴さん、人間諦めが肝心ですよ?」

この人一体どっちの味方なんだ?
俺の肩持ったり、秋葉を貶めたり。

「どうしても勝ちたいと言うでしたら。
不肖この割烹着の悪魔、憚りながらお手伝いさせて頂きますが。
如何致します?」
何だってゲームしてるだけなのに悪魔に魂売らないといけないんですか。
それに自分でそんな二つ名言ってて虚しくないですか。

「いいです。
そこまでして勝ちたいとも思いませんから。
俺は皆とコミュニケーションが取れれば良いので、勝敗には拘りません」

琥珀さんはあからさまにちぇ〜とつまらない顔してる。

しかし。
コレはもう無理だな。
幾ら粘っても俺の頭じゃ良い手は浮かばない。
諦めて詰みますか。

「分かったよ、秋葉。俺の負けだ」


ポイ、と匙を投げる。
最初から勝負にならない勝負だったけど。
当初の目的は達成されたし。
「皆で楽しめる事がしたい」って。

ソレが出来ただけ良いか。
う〜〜ん、と大きく背伸びをする。
背骨がポキポキと鳴る。

普段やり慣れない事するもんじゃないな。
何か、肩も凝ってる気がする。
グリグリと肩も回して見る。

「志貴さん。お疲れですねー。
ダメですよー、秋葉様に策も無しで勝とうだなんて」

「めっ」のポーズで俺を叱る琥珀さん。
だから勝つも何も俺は賭けをする気すらなかったんですってば。
ソレをここまで引っ掻き回したのは貴女でしょ?

「お疲れ様でした志貴様」

「あ、有難うな翡翠。
あの一手が無かったらもっと早くに負けてたし。
結局は負けたけどね。
でも翡翠もチェス知ってるんだったら今度一緒にやろうな?」

翡翠は顔を真っ赤にして俯いて。
小声でごにょごにょ言ってる。

「さて、それでは兄さん。
約束ですので今度の休日。
私とお付き合いして下さいね」


「ああ、分かってるって。
逃げも隠れもしないから安心しろって」

残っていたお茶をずずー、と飲み干す。

ああ、全く最初はどうなるかと思ってたけど。
思ってたよりは波乱含みにならなかったし、結果オーライって感じか?

まぁ
その後一つだけ困った事があって。
コレに味を占めた三人にプラス、何処でコレを聞き付けたのか。
アルク達も参戦しての
「志貴争奪賭けチェス」が毎週一回のペースで開催される事となり。
その週の休日はその賭けの勝者とのデートとなった。

今までの力対力で無い所が救いだけど。
コレなら翡翠や琥珀さんも無事に参加出来るし。
賑やかな中にも殺気立った楽しげなチェスが屋敷で行われる事となった。


























「でもソレって俺の意志って何処にあるの?」
































「「「「「そんなものは最初から無いよ」」」」」
























でしょうね(涙)

























終わり
___________________________________________________
後書き
月詠:ハイ、どうも月詠です。
秋葉:久し振りね。
琥珀:本当ですねー、この腐れ作家は。
翡翠:姉さん言い過ぎです。
琥珀:いいのいいの。
秋葉:良くは無いわ。余りいぢめると更に書かなくなるわよ。
翡翠:これ以上出番が削られるのは勘弁です。
琥珀:そうねー、じゃ少し手綱を緩めましょ。
月詠:説明、良いか?
秋葉:どうぞ?
琥珀:これは「賭けチェスSS」ですか。
翡翠:又誰も書かないものを題材にしましたねー。
秋葉:アラ?(書きかけの紙を発見)
琥珀:秋葉様?如何致しました。
翡翠:それは、コレと似ていますね。
秋葉:コレのプロトバージョンかしら?
月詠:本来はギャグにはならなくてもっと情緒溢れる秋葉SSとなる筈だったのだ。
琥珀:どれどれ?
翡翠:本当ですね。秋葉様しか出演していません。
秋葉:当然相手は兄さんですか?
琥珀:あら〜。コレは(以下削除)ですねー。
翡翠:ですから姉さん。余りに危険な発言は止して下さい。
月詠:そっちも近日中には上げるからチェスの作品が二つになるのか。
秋葉:駒の動かし方も知らないでよく書けますね。
琥珀:将棋が分かれば多少は出来ますよ。
翡翠:そうでしょうか?
秋葉:まぁ同じ様なものね。アバウトに行けば。
月詠:いーの。要はそう言う描写が欲しいだけだから。
琥珀:ソレと質問。
秋葉:何?琥珀。
琥珀:作中で何で私の千日手を翡翠ちゃんが見破れたんですか?
翡翠:そう言って。姉さんワザと私に分かる様に作ったんでしょ?
秋葉:????
琥珀:あは〜。そこまでばれてますか。
秋葉:一体何なの?
翡翠:双子の秘密です。
琥珀:です。
月詠:要するに翡翠に「きゅぴ〜ん」と来たらしい。
秋葉:ソレで分かったのね。良いのかしらそんな理由で。
琥珀:おぉるおっけぇですよー。
翡翠:誰もそこまで突き詰めて読んでませんから。
月詠:ソレも悲しいけどね。
秋葉:良いんです、貴方のは口直しに読むのが一番ですから。
琥珀:サラッと読めますからねー。
翡翠:オードブルですか?
月詠:良いけどね、読んでもらえるだけ。
秋葉:さてソレでは行数も来ましたし。
琥珀:そろそろ締めますか?
翡翠:ソレでは皆さんここまで読んで頂きまして。
秋葉:真に有難う御座います。
琥珀:又次回のここでお会いしましょうね。
月詠:ソレでは本当に有難う御座いました。



















___________________________________________________
後書きの後書き(舞台裏)
さて、そう言う事で月詠です。
今回も突っ込み所満載なSSが出来上がりました。
自分でルールも分からないのにチェスを書いてしまう所に無鉄砲さが良く出ています。

本来はこう言うドタバタじゃなくて違ったものだったんですが。
何処で道を間違ったものか。
結果ギャグに走ってしまいました。
出だしからそうですから確信犯なのでしょうか?
指と頭が相反しています。

う〜〜んもっと考えて書かないといけませんね。
どうもこう突発的に書き始める事が多くなりました。
コレは悪しき事ですね、私的には。
しっかり推敲して文を構成して。

コレが私の味だと開き直れればいいのですが。


さて。
それではここまで読んで頂きましたて真に有難う御座います。
又次回の作品で会いましょう。

TOPへ