コンコン。
ノックの音が聞こえる。
ああ、もう朝なのか。
でも俺はまだ起きる気は無いぞ。
朝のこの時間は貴重なのだ。
そう決断し、ぶわさと布団を被り直す。
このまどろみが何とも言えなく心地よい。
ノックはもう聞こえない。
諦めて帰って行ったかな。
これで何の憂いも無く、ぐっすり眠れる。
寝惚けた頭でそう結論し、また夢の中へ入り込もうとした時。
「志〜貴〜。おっはよぉ〜〜〜〜〜」
物凄い音がしてドアが破壊される。
誰かが中に侵入して来たらしい。
更に。
「おっきろ〜〜。この〜〜〜〜」
第二撃が寝ている俺に加えられる
トンでも無い衝撃が。
ぐふっ。
腹が、苦しい。
どうやらベッドにボディプレスを仕掛けたらしく。
その衝撃で完全に目が覚める。
「起きた〜〜〜?」
なんて可愛らしく言ってもこれは効いたぞ。
う〜〜ん、と唸りながらもぞもぞと顔を出す。
「あ。起きた」
にこぱ、と満面の笑みで俺を迎える。
その邪気の無い笑みを見ると
この突然の襲撃の事なんて全て吹っ飛んでしまう。
「何て言うと思うか!
あんだってそんな豪快な起こし方する!もそっと優しく起こさんかぃ!」
俺の上に馬乗りになってる張本人に対し、反撃を試みる。
でも
馬耳東風。
馬の耳に念仏。
あ〜ぱ〜に常識。
まったく利いた風も無く。
「だって、志貴の寝起きの悪さ、知ってるし。
こうでもしないと時間で起きないでしょ?」
えへん、どうよ?
と馬乗りになったまま胸を張る。
あ〜〜〜〜……
朝から疲れるな。
がしがしと頭をかく。
「で?何だってこの時間に起こしたん?何かあったっけ?」
「あー!やっぱり忘れてる。
今日は私と一緒に遊びに行ってくれるって約束したじゃない」
と頬を膨らませて、プンプンと怒り捲くる。
しかも馬乗りのまま暴れるからイタイイタイ。
「だぁぁぁ。俺の上で暴れるな。暴れるなら降りてから暴れろ」
「分かった。じゃ、降りて暴れる」
俺の言葉の通り。
ぽふ、とベッドの上に降りて。
「ヤダ〜〜〜〜〜〜〜!!
今日一緒に遊んでくれるって言った〜〜〜〜。
遊んでよ、遊んで、遊んで、遊んで!」
今度は俺の横で駄々っ子の様にジタバタ暴れる。
ああ、もう。
うっさいなぁ。
何だってのさ、こんな朝の早よから。
「今日、どこに行くって言ったけ?」
完全に忘れていたから取り合えず聞いて見る。
と。
ジロリ、とジト目で俺を見る。
う。
マジィ。
怒ってますね、この目は。
涙目でホッペを膨らませて、上目遣いで俺を睨む。
如何にも「怒ってるのよ、私」
と言うオ〜ラが充満してる。
「志貴、やっぱり忘れてる。
昨日あんだけ言ったのに。絶対ねって念まで押して。
しかも誓約書まで書かせたのに、忘れるなんて。
どーせ、私は本命までの繋ぎなのね。只の遊びなのね〜〜〜〜〜〜」
オイオイと大泣きする。
まさに「お子様」
お子様なのにそんな不穏当な発言は宜しくないなぁ。
どっからそんな知識を……
って多分、あの女からだろうと言うのは明確なんだけど。
何だってああもあの女は……
今も割烹着を着て、あは〜とか言って笑っているのが
手に取る様に分かる。
……止めよう。
気持ちが更に落ち込む。
朝から何でこんなにブルーにならんといけんのさ?
「え、え〜と、さ。
ゴメン。すっかり忘れた。
その誓約書あるかい?それ見て思い出す」
ぐしぐしとぐずってる相手を宥めながら聞く。
「?ないよ、そんなん。言ってみただけ。
それに今日は志貴が連れて行ってくれるって
言うからどこ行くかは知らないよ、私」
きょとんとして俺にそんな事を言う。
完全に墓穴だ。
そんな約束した当人が忘れてるんだし、これはどう仕様も無い。
さて。
昨日どこに行こうと思ったんだっけ?
確か、話の流れから。
外に遊びに行こうとなって。
それなら何処でもいいと。
それで、じゃあチョット遠いけど……
ああ。
思い出した。
そうか、そうか。
確かに約束した。
「ゴメン。確かに言ったね。じゃあ今から行こうか?」
それに満面の笑みに変わる。
ああ、こう言う所、彼女にそっくりだな。
本人たちは否定するだろうけど。
この笑顔はそっくりだ。
それにここまで感情をストレートに表現するのも。
「ああ。さぁ、行こうか、アルト」
やっぱり志貴は何だかんだ言っても優しいと思う。
いきなりの私の寝込みの襲撃や一方的な言い分も、笑って許してくれる。
そして今も私をその場所に連れて行ってくれる。
何処に連れて行ってくれるんだろ?
それを聞いてもニコリと笑うだけで教えてくれない。
「教えたら意味無いだろ?」
とだけ言って私には何も言ってくれない。
邪眼を使って聞き出したり「力在る言葉」で命じても良いんだけど。
そこまでして聞き出したら
折角志貴が秘密にしてくれている意味がなくなってしまう。
だから私もそれ以上は詳しくは聞かず。
志貴が教えてくれるまでその秘密を秘密のままにおこう。
今日はいい天気。
空はとっても広く、青く、高く。
雲は白くて大きくて輝いていて。
風も爽やか。
うん。
今日はいい天気。
「ねぇ、志貴。お腹すいた〜〜〜」
……いきなりだった。
折角いい気分で目的地に向かっていたらこれだ。
まったく我侭まで似てるのか、このお姫様たちは。
この辺りだと。
ああ、丁度好いな。あの場所が近いか。
「少し離れるけど。いいかい?」
「うん。構わないわ。志貴に任せる」
そう言われてしまっては、こちらの責任は重大だ。
目的地からは少し離れるが。
道を外れ、そのお店までトコトコと歩く。
青年と少女。
傍から見れば仲のいい兄妹か?
俺は特にどうって事の無い平々凡々な人間。
まぁ特殊な「目」は持ってるけど。
何処にでもいる(と思う)一般人だ。
だが。
相手の彼女は。
黒服の長い黒髪。
透き通る様な白い肌。
そして、人成らざる者の証である、「紅い瞳」
どうみても14・5歳の少女にしか見えないんだけど。
彼女はアルトルージュ・ブリュンスタッド。
死徒の姫君。
黒の姫。
今の所、俺の逆らえないリストの一番目。
何で今この娘の元にいるかはとても長くなるので省略するが。
取り合えず、俺はこの娘と生活している訳で。
これが知れた時の皆の反応は凄まじかったもので。
暫くは俺は「変態」扱いされたものだ。
イヤイヤ決して違うぞ。
俺はそんな疚しい心で一緒にいるんじゃない。
これには深い訳があってだな。
「志貴。誰に向かって話しかけてるの?
何かアブない電波でも受信してるのん?」
横で素敵な事を言ってくれる彼女。
「……何でも無い」
このままだと本当にその称号を頂きそうだ。
「見えてきたよ。あそこだ」
前方に漸く見え始めた店を指差す。
「へぇ。お洒落なお店ね。よくここで色んな女性をオトしたの?」
サラリと問題発言してくれる。
「あ、あのね。
俺はそんなに見境無く声を掛けたりはしない。
と言うか、人聞きの悪い事を言わないでくれ」
……こんなストレートな物言いもそっくりだ。
カランコロン
ドアに付けられたベルが軽やかに鳴る。
一歩店内に入ると一気に暗闇に染まる。
照明が控え目になってるだけに余り見通しはよくない。
クラシックな調度や食器、それに似合う落ち着いた音楽。
嵌め込まれたガラスやらが個性を主張せず見事な調和となってる。
実に落ち着いた雰囲気を持つお店。
そして一種独特の空気も持つお店。
その店の名は「アーネンエルベ」と言った。
「……アーネンエルベ、ね。遺産、か」
アルトが独り、呟く。
「あれ、ここ知ってるの?」
意表を突かれた。
真逆ここを知ってるとは思わなかった。
「ん〜ん。そのお店の名前の意味、知ってるだけ。
ドイツ語なのね、これ」
と、店の看板のスペルをテーブルの上に書き記す。
細い指がスーッとテーブルの上を踊って行き、一つの単語を描く。
「へぇ。驚いたよ、真逆アルトがそんな事知ってるなんて」
「もぅ。志貴ったら酷〜い。
こう見えても私、貴方の何倍も長生きしてるのよ?
それに私、暫くはドイツで暮らしてたし。
だからこれ位は分かるわよ」
プンスカとご機嫌斜めになる。
運ばれたオレンジジュースを飲みながら俺を又もジト目で睨む。
ちゅーちゅーとストローでジュースを飲む死徒。
実にシュールだ。
ハンバーガーを齧る真祖といい勝負かも知れない。
「この家具と言い、ガラスも多分そうね。
それにかかってる音楽はクラシックだけど、とてもいいお店ね」
一瞬で機嫌を直して目の前のケーキを食べ始める。
俺の目の前にはテーブル一杯に並べられたケーキの山。
……この数、一人で喰う気か?
レンでもこれだけは食べられないと思うが?
「志貴も食べてね。私だけじゃこんなに食べられないし」
しれっと言ってくる。
「俺は元々小食だ。こんなには入らないぞ」
一応拒否して見る。
「無問題。食事とおやつは別腹よん。
志貴でも入るわ、そんなに重くなさそうだし」
そう言う理由でいいんだろうか?
しかも死徒が別腹とかそう言う事考えるのか?
イヤ、根本的に太るのか?
これは一回詳しく調査する必要があるかも知れないな。
実際俺がその時に……
「志貴。貴方今何か不謹慎な事考えなかった?」
アルトの目に光が燈る。
流石、女の勘とか言う奴か。
「イヤ何も?」
「ならいいけど」
と、又ケーキに没頭する。
はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ
はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ
コクコクコクコクコクコクコクコクコクコク
コクコクコクコクコクコクコクコクコクコク
はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ
はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐ
コクコクコクコクコクコクコクコクコクコク
コクコクコクコクコクコクコクコクコクコク
一心不乱てこう言う事を言うんだろうな。
正に脇目も振らずにケーキと格闘してる。
俺はそんなアルトの姿を微笑ましく眺めている。
コーヒーを含みながら窓から入る光を浴び。
ああ。
なんて平和で
何と掛け替えの無い日々。
願わくば……
「志貴?食べないの?」
むくっと顔を上げるアルト。
「ああ、俺に構わず好きなだけ食べなよ」
「じゃー」
とか言ってケーキを一欠けフォークに刺す。
それを……
真逆
「あ〜ん」
俺の目前に持ってくる。
やめれ。
幾ら何でもそんな甘々な事は止めようよ?
「ハイ、あ〜ん」
更ににこりと微笑み、突き出す。
「どうしても食べないとダメ?」
「ダメ」
キッパリと言い切られた。
「何なら他の方法を使ってもいいのよ?」
それは、もしかしてアレとかアレとかですか?
「多分今志貴が考えた事であってると思う。
さぁ、どうする?」
うぅむ。
仕方無い、か。
アルクとでもそんなにした事無いって言うのに。
「あ。あ〜ん」
「あ〜ん」
パク。
……甘。
「美味し?」
むくむくと咀嚼しながら頷く。
アルトもニコと笑ってそのままケーキを食べ始める。
「美味しかった〜〜」
「お粗末様」
テーブル上のケーキを全て制覇したアルトがぷぅと息を付く。
俺は苦笑いしてその姿を見る。
どう見たってこれじゃそんな威厳のある姫様には見えない。
「じゃ、行こうか」
「うん」
スッと立ち上がり席を立つ。
店を出て、う〜〜〜んと伸びをする。
ああ、いい気持ち。
お腹も一杯だし。
このままごろんと横になってどっかでお昼寝したいな。
「さあ、行こうか、アルト」
志貴が先に歩いて行く。
私も遅れずにその後を追う。
直ぐに志貴の横について
「ご馳走様」
チョット背伸びをして志貴の頬に軽くキスをする。
志貴は突然の事に驚きの表情で
キスされた頬を手で押さえ、まじまじと私の顔を見る。
そんなに見ないでよ。
私でも恥ずかしいわ。
でもでも。
「てりゃ」
志貴が呆然としてる間に手を取りぶら下がる。
「ア、アルト。重いって」
むか。
女の子に対してそんな事言いますか。
「重いとか言うな。
それに私一人支えられなくてどうするの?
これからもっと重いもの支えてもらうのに」
さぁ
私を何処に連れて行ってくれるの?
これからずっと一緒にいてくれるの
何時までもずっとずっと。
運命の悪戯が私たちを引き離すまで。
貴方が心変わりするまで。
その時までずっとずっと一緒にいてね。
私が初めて心から愛した、人。
END
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後書き
月詠:ハイ、コンニチワ。何やらここに出てくるのが久し振りな気が。
アルト:そうね。久し振りかも。あ、皆様コンニチワ。アルトです。
月詠:あくまで志貴っちを出さない辺りが私らしいと言うか。
アルト:いいやないのん。だってロリなんでしょ?
月詠:そー、お前の所為で私はあらぬ冤罪を、あらぬ烙印を。
アルト:でも否定できる?
月詠:否定したい。
アルト:って事はし切れないのね。
月詠:クッ。何たる屈辱。言い包められるとは。
アルト:いいじゃない。実際に手を出してる訳じゃないでしょ?
月詠:俺を犯罪者にするつもりか?
アルト:まだなってないならいいじゃない。
月詠:なるもならないもなる気も無い。
アルト:さて、今回のSSですが。
月詠:これは私のHPで「5000HIT」のキリ番リクエストによります。
アルト:あー。あのぶるじょあな方ね?
月詠:いい加減やめて上げなよ。彼酷く落ち込んでたよ。
アルト:とか言いつつホントは止める気無いでしょ?
月詠:私をロリ扱いするあ奴とはいつか雌雄を決しないとね。
アルト:嫌な構図ね。ぶるじょあ対ロリ。
月詠:もう少しカッコいい言い方してよ。
アルト:だって事実だし(しれっと)
月詠:彼からはアルトEDでとしか言ってなかったので。
アルト:EDかどうかは知らないけど。
月詠:一応。ほのぼのちっくに、途中に少しネタバレみたいなものを。
アルト:そうね。一応彼の作品を受けてって事だし。
月詠:出来うるなら彼の作品をお読みになってから読まれた方が。
アルト:あの男の非道さがより一層分かります。
月詠:ここまで築き上げて来た物を一気に壊しましたね。
アルト:知らな〜い。
月詠:ま、いいけど。じゃ、〆るよ?
アルト:ハイ。ここまで読んで下さいまして真に有り難う御座いました。
月詠:これからも私のHPを宜しくお願い致します。
アルト:来て頂く方がいてこそのHPですからね。
月詠:それでは有り難う御座いました。
アルト:バイバ〜イ。
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後書きの後書き(舞台裏)
ハイ。
お久し振りです。
今回のSSは5000HITのキリ番SSです。
キリ番を踏まれました「EIJI様」真に有り難う御座いました。
これからも私のHP、ご贔屓に願います。
さて、
それでですね。
今回のは時にそれ以外では指定を受けていないので
私なりに書きましたが、宜しかったでしょうか?
久々にこんなほのぼの書きましたよ。
でも一撮みの毒も含んでますが。
最後のアルトの台詞なんて、事情を知ってる人から見れば。
まあ今までの私の作品からすると少し毛色が違います。
試行錯誤してると思って下さい。
そんな訳で。
今後ともどうぞご贔屓に。
それでは。