夜 散歩に出る。
別に理由があった訳じゃない。
ホンの気紛れにぶらりと外に出る。
夜も更けて時間も深夜に近い。
一歩外に出ると、寒風が身に染みる。
まだ真夜中の散歩には少し早いかも知れない。
けど、この寒空の中、空気は凛と澄んでいる。
それもまた一つの楽しみでもある。
この時期は夜空の星星も綺麗に見える。
星の瞬きすらハッキリ見える。
本当に、気分がいい。
肌に冷気が刺さる。
心地よい寒さ。
天空には星星と同じく煌く白銀の天体。
そして、眼前にはその天体の名を冠した女性が一人。
女性は真夜中の路地に一人只立っている。
全ての事に無関心な風を醸し出して。
「よお」
何気ない風をこちらも装って。
無言。
「お前も真夜中の散歩か?」
無視。
「中々洒落た趣味を持ってるじゃないか」
又無視。
ふう。
何言っても無視か。
「おい」
唐突に相手が話しかけて来た。
「何だ?」
「ここは何だ?」
又、抽象的な言い回しだな。
どう答えろと。
「ここって?」
「今、この場所の事だ」
「真夜中の路地だろ」
「そう意味ではない」
即答された。
「じゃなんだよ」
「この場に何故我がいてお主がいるかだ」
「だから、お前も散歩だろ」
軽口叩こうとしたら、思いっ切り睨まれた。
「我の前でその様な事を言うとは」
「悪い」
視線だけで人を殺せそうだ。
それを感じ取ったのか ふんと鼻で笑う。
「その様な下賎な真似はせぬ。無闇に人を殺めるのはお主の方だろう」
ニヤリと、わらう
「何故、我がここにいるか。いつもならお主が我の方へ来るだろう」
確かにその疑問は俺も思った。
どうして、こいつがここにいるのか。
何故、俺があいつの城に行かなかったのか。
「・・・・・夢であるのは分かっている。今この夢が誰の夢かが問題なのだ」
業を煮やしたのか、朱い月が声を荒げる。
「誰の夢か、そんな事はいいじゃないか。今、こうして俺達は「存在」している」
「では、お主はこの「存在」を理解しているのか」
「「夢」って事はな。でも、「誰の夢」かって事は関係ない」
「何故だ」
ここまで言って一度言葉を切る。
「お主の「夢」ではないのか」
「最初はそう思った。けど、違うだろ」
俺もここで一回切る。
「お前の「夢」でもないだろ」
「ふむ。解せぬな。我ら二人の「夢」でないとするなら何故、我はここにいる」
結構こいつ理屈っぽいな。
多分、コレは一度前に経験したあの出来事。
それと同じだろう。
で、今は夜だから活動してるのが「たまたま」俺達だった、と。
「ふむ、そんな物か」
「そんなもんだろ」
素っ気無く返す。
「でさ」
「夢」と言う事が分かったことで、又無関心になったこいつに話しかける。
「城から出た事ってそんなに無いんだろ。出て見てどうさ?」
「下界の事は知識でしか知らぬ。確かに城の中とはまったく趣は違うな」
趣って。
そりゃ違うだろう。
あの城もデカかったけど、この世界とは比べ物にはならないだろ。
それに、ここには「生きた」人間しかいないし。
「これは何だ?」
ふと、朱い月は横で咲いている木の花を手で触っていた。
その花は日本人なら誰もが知っている花。
春の象徴の花。
「確か・・・「ちぇりーぶらっさむ」と言ったかこの花」
本当、どこでこう言う知識得るんだろう。
「ここでは「桜」って言うんだよ」
「どうでもいい。呼び名など」
ツイ、と横を向く。
?もしかして、知らなかったのか。
「余計な詮索はしない事だ。「好奇心猫を殺す」とはこの国の格言であろう」
あ、やっぱ知らなかったんだ。
「おぬしに自殺願望が会ったとは初耳だ」
くわばら くわばら
「でもさ、お前、アルクとの記憶もあるんだろ。俺、あいつには桜のこと教えたぜ」
「我はあ奴の側面。お主の知る奴とは又違う」
「どっちも「アルクェイド」だよ」
「名前はな」
・・・・このままじゃ、平行線になるな。
「いいよ、どうでも」
「お主にとって、奴はどうでもいいことなのか」
「俺にとってはお前は「朱い月」だし。あいつは「アルクェイド」だし」
「本当に不思議な人間だ」
「世の中の人間全員がこうとは思うなよ」
「心得た」
何かそう言われるのも、少し寂しい。
「じゃ、行くか」
「?何処にだ」
「桜、見に行くんだろ」
そう言って、俺は、朱い月の手を引いて歩き出す。
目的の場所はここから左程離れてはいない。
「ここだよ」
朱い月はこの光景を見ても、無関心らしい。
この場所は満開の桜でも、夜桜用の無粋な明かりも無い。
普段は夜桜見物の客がいるんだが、今日はいない。
流石に「夢」の中じゃ、無理も無いな。
いつもアルクと行くこの公園。
春になると桜は満開になり、密かなデートスポットでもある。
「ふむ。コレが世に言う夜桜、か。成る程。見事なものだ」
「だろ」
ちょっと自慢。
こいつの口から感動の言葉が出てくるとは。
「さ、次行くぞ」
「?こことは違うのか」
「ここ、か」
「ああ。見事なもんだろ」
ここも、満開の桜が、咲き誇っている。
「この様な場所が下界にもあるとは」
「あるんだよ」
うし。成功。
「ここは、地元の人も知らない、隠れた名所だ」
小高い丘の奥。
少し奥まった所にある、小さな社。
そこに桜があるのを知ったのは偶然だった。
今日みたいにふらりと散歩に出て、たまたま見つけた社。
春になって満開になったら綺麗だろうな、とぼんやり思っていた。
まさか、それをこいつと一緒に見るとも思わなかったが。
「成る程。これは確かに、人間が魅了されるのも無理は無い」
魅了、ね。
日本人にはもう遺伝子レベルで組み込まれているもんだろうし。
「夜桜、・・・・・・怖ろしい、そして、儚さ、幽玄、妖艶。
一つの花から、様々な感情が湧き出てくる」
幽玄か。
それは分かる。
けど、怖ろしい?
・・・・・・・夜桜だからか。
天空には白銀に煌く、真円の月。
背景は漆黒の深い、闇。
浮かび上がる、薄桃色の春の象徴。
そんな中に金色の髪をたなびかせて桜に見惚れている。
夜の桜と闇を怖れる心。
それが被さって、「怖ろしい」なんて表現になったのか。
ボーとそんな光景を眺めていたら
不意に朱い月が桜に手を伸ばす。
手は花弁でなく、枝の方に向かう。
・・・・・ちょっと待て。
あいつの意図が分かって、すぐにその行為を止めさせる。
力を込めた手を即座に枝から剥がす。
「何をする」
「そりゃこっちの台詞だ」
「あんなあ。「桜折る馬鹿、梅折らぬ馬鹿」っていう諺あるの知ってるか」
「知らぬ」
だろうとは思うよ。
でなきゃ、こんな馬鹿な真似しないって。
「では、どうやって、この花を愛でろ、と」
「「花泥棒は罪にならない」とは言っても、無闇に持ってこうとするな」
昨今この言葉通りに根こそぎ山野草を持って行ったりする輩がいるが。
勘弁して欲しいもの。
花は何処ででも愛でられるだろうに。
落ちた花びらを一つ摘む。
で、ほれ、と渡す。
「これじゃ不満か?」
「・・・・・・・そこまで、風流を解さない野暮ではない」
ほんの少し、笑った様な気がした。
「あ。笑った」
思わず、声に出してしまった。
瞬間。
朱い月の目が細まる。
空気が、更にキンと冷えて行く。
冷気が殺気に変わる。
「何で、そんな事でこんなに怒るんだよっ」
「風流を解さぬ下衆が」
言葉はかなり辛辣だが、表情ははにかんでいる様に微かに赤い。
「へーへ。いつも妹に言われてるよ。そう言う事」
「なら、少しは慎むのだな」
どれ位時間が経ったのだろう。
暫く桜と朱い月を眺めていたが、もう今宵の宴は仕舞いらしい。
「そろそろ起きる様だな」
「らしいな」
何となく、分かった。
あいつの体が霞んで見える。
俺の体もそうなんだろう。
「最後に何か言う事ないか」
「最後って、死ぬ訳じゃないだろうに」
「うるさい」
「はいはい。分かったって」
「では、さらばだ」
「ああ、じゃあな」
徐々に体が消えてゆく。
体を通して背後の風景が見えている。
「今日は楽しかったぞ」
「どうも、ね。俺も楽しかったよ」
それが、最後の言葉だった。
俺も目が醒めるらしい。
意識が夢と現実の境目に戻って来ている。
遠くで翡翠の呼ぶ声がする。
・・・・ああ。
もう朝、か。
「志貴様。お起き下さいませ」
翡翠の声で、漸く頭が起きる。
「ああ。おはよう、翡翠」
「お早う御座います、志貴様」
いつも通りの会話。
翡翠の持ってきた着替えに袖を通した時。
ひらりと何かが、ベッドから落ちた。
何かと拾って見る。
それは
夢の欠片。
桜のはなびら。
あの夢の名残
ああ、今日もいい天気だ。
ベッドの中ではレンがすやすやと寝息を立てて寝ていた。
終わり
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後書き
月詠:はい。これを読んで頂きまして真に有難う御座います。
朱い月:このSSの題名は「ゆめうつつ」と読む。
月詠:うーん、何でしょうね。これは。初めての朱い月SS。
しかもこれが私の十作品目になります。
朱い月:もう桜が満開なのでこのSSを書く事にしたそうだ。
月詠:ほのぼのしてないし、恋愛にしては半端。当然ギャグでもない。
朱い月:花見酒など趣があっていいかもしれないな。
月詠:全てが中途半端ですみません。
朱い月:文中でも書いたが桜は折るものではないぞ。
月詠:さっきから全然話が噛み合いませんね。
朱い月:無視している訳ではないので、安心せい。
月詠:それはそれで、悲しいモンがありますが。
朱い月:では、次作で会おう。
月詠:読んで下さって有難う御座いました。
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後書きの後書き(舞台裏)
ハイ、月詠です。
えー。
桜、満開ですね。
いきなり開花しましたよね。
もう花見ですか。
まだ三月ですよ。
これじゃ、四月は葉桜になってしまいますね。
そんな事でこれが出来ました。
いや、桜、いいですね。
今度は別人物で書いてみましょうか。
では
次の作品で会いましょう。