木々の合間をくぐり抜ける様にしてひたすら走る。

捕まったら。

捕まったら、何されるか分かったもんじゃない。

ここは逃げの一手。


しかし、そんな俺の思惑とは違い
この屋敷の庭の木々は俺の行く手を阻み続ける。

もうこんな鬼ごっこも何日が過ぎたろうか。

数える気にもならない。

「まだたったの二日ですよ」

背後から、追っ手の声がした。

見付かったか。

「当然です。兄さん。この家において私を撒けるとでもお思いになりましたか」

正直少し思ったぞ。

「いくら兄さんが身体能力が優れていたとしても私の「檻髪」には敵いませんよ」

確かにね。
視線に入るもの全てを「奪う」事の出来る固有結界。

そら、敵わんわ。

「では。いい加減諦めて下さいますか」
「それは無い。行くも地獄、戻るも地獄なら俺は先に進む」

「その先が永遠に地獄だとしてもですか。今ならまだ許して差し上げますが」
「否。この身が朽ち果てるまで、突き進むのみ。それが漢の生きる道」

はあ。とか、やたら大きな溜息が聞こえた。
所詮女には分かるまい。
この「漢」と書いて男と読む生き様は。

なんて気取ってたら。

「熱っ」
体中に刺す様な痛み。

くそっ。秋葉の奴。
ピンポイントで奪いやがったな。

見ると奪われた所が赤くなっている。

低温火傷みたいなもんか。

「どうしてそう意固地なんですか。兄さん。私は何も難しい事は言っていませんよ」
「難しいを通り越して、選択の余地無しじゃないか。あれは」

思わず後ろを振り返る。

「なにがですか?そんなムキになって」
「コレがムキにならずにいられるかってんだ」



秋葉はまだ分からないらしく、しきりに首を捻ってる。
そう。

事の発端は。
今から二日前。






「兄さん。少し遅れてしまいましたが」

そんな事を言って、秋葉が小さな包みを差し出してくる。

一瞬何の事だか分からずに地蔵になるが

「もうっ。だから言ったではないですか。少し遅れてしまいましたが と」

その言葉でようやく理解した。

「ああ。バレンタインの事ね。秋葉からもらえるとは思わなかったよ」
はにかみながら呟く。

「もらえるとは何て、酷い言い草ですね。私だって、一応女の子ですし。
こう言う年相応のイベントをしたっていいじゃないですか」

頬を膨らませ、むうと拗ねる。

「ああ。悪かった。ただ、秋葉はああ言う学校に行ってるから
こう言うのには疎いんじゃないかって」

「ああ言う学校だから、知っているんです。兄さんは知らないでしょうが
私、毎年、物凄い数のチョコ持って帰っているんですよ。それはもうトラック何台分の」

コレは比喩なんだろうか。それとも、本当なのか。
そんでもって、今まで貰ったって言えば都古と母さん位しか
貰った事の無い俺に対する自慢かつ嫌がらせ及びあてつけなんだろうか。

「兄さん聞いています」

秋葉の言葉で我に返る。

「安心して下さい。ちゃんと食べられます。殺人級の料理ではないので」
ちゃっかり翡翠への皮肉も込めるとは。

では。ご相伴預かろうかな。
シンプルなラッピングを剥がし、中の四角い箱を開ける。

うん。
確かに普通のチョコだ。

実に普通のチョコだ。

ハートの形になっていて
ホワイトチョコで「I LOVE YOU」なんて書いてあるのは気のせいだろう。
とてもじゃないが人前では見せられないシロモノ。

というか一体どこのどいつが人前でバレンタインのチョコを食うのだ。

恐る恐る一口齧ってみようとする。

「ア、言い忘れましたが」
不意に秋葉が喋り始めた。

「何でも世間ではバレンタインのお返しは三倍返しが基本らしいですね」

らしいね。

何時誰が決めたか知らないけど。
傍迷惑もいいところだ。
そいつの所為で世の男達は義理でもかなり苦しんでいるってのに。

絶対製菓会社の陰謀だ。

「そのチョコには全て最高級の材料を惜しみなく使いました。
ええ。遠野財閥の持てる力全てを使って。
おそらく、この一つにフェラーリ一台分はかかったかと思います」

ピタリ。
食べようとしていた腕が止る。

待て。
今何と言った、妹よ。

このチョコでフェラーリが買えるとな。
マジで?

「材料をこと細かくご説明致しましょうか?まず、水は・・・・」
と、秋葉は説明をし出した。

が。

んなモン聞こえない。
ちょっと待て。

するってえと、何か。
俺はこいつを食ってしまうと。


しまうと・・・・

いくら周りから朴念仁とか史上最強の鈍感男とか言われている俺でも分かる。




食ってしまうと単純にフェラーリ三台分のお返しをホワイトデーにしなきゃいけないのか?



「・・・・・を使っているのです。兄さん、聞いていましたか?」
いや、全然。


「ああ、でも勘違いしないで下さい。兄さんにこの三倍返しは期待していませんので」
うう。そうハッキリ言われるとかなり悲しい。

「期待はしません が。世の中はギブアンドテイクです」
ここで秋葉の目がキラリと光ったのを見逃さなかった。


「いくら兄さんがこれから一ヶ月バイトをしても、とてもフェラーリは買えないでしょう」

こほん、とワザとらしく咳なんかする。
物凄く嫌な予感がしてたまらない。


「ですから、兄さんはその代わり一生私のものになって下さい」


そこまで聞いて俺は脱兎の如く トンズラした。

「♪あ。兄さん待って下さい♪」

態度とは正反対な台詞を吐きながら秋葉が追い駆ける。






で、
今に至る。と

いいじゃないか。
ここらで覚悟決めちまえ
なんて簡単に言うかもしれないが。

冷静に考えてくれ。

この家には誰がいる?

この家の外には?

とりあえず
アルクェイドと先輩は一日デートで手打ち。

琥珀さんと翡翠はそれぞれにお返しの品を買おうと考えていた。

そこに秋葉のこの発言。
ハッキリ言って、ここで秋葉と一緒になったとしてもあの四人と太刀打ちできない。

それに俺が宙ぶらりんの状態が五人には悪いが
危ういバランスの上に平和が成り立っている。

俺の勝手な我侭だけど。


「それでも兄さんは私だけを見ていて欲しいんです」

いつの間にか背後を取られた。

秋葉が後ろから抱き付いてくる。

「私だけを見てください。何で駄目なんですか。どうして、どうしてですか?」
目に涙をためて必死に訴えかけて来る。

「秋葉が妹だからですか。秋葉を女とは見てくれないんですか」
「そんな訳ないだろ」

吐き捨てる様に言い放つ。
「秋葉は確かに俺にとって大事な妹だし、大事な女性だ」

「ならなんでいけないんですか。秋葉を一番に思って下さい」

真摯な眼差し。
そんな顔されると言いにくい。

・・・・やっぱりここらで腹括るしかないのかな。


「あの三倍返しの事が気になっているんですか。
あんなの兄さんを繋ぎ止めようとした秋葉の嘘です。
そんなの気にしないで下さい。だから」

ぽろぽろと涙を零しながら秋葉の独白が続く。

「何時までも秋葉のお兄ちゃんでいて下さい」




「俺、甲斐性無しだぜ」
「構いません」
「浮気だってするかもしれないし」
「構いません」
「秋葉を危ない目に遭わせるかも知れないし」
「構いません」



「何だって構いません。一生秋葉の側に居てくれるのなら。
何があったってそんな事構いません」

そんな真剣な態度とられると。
俺は何も言えなくなるだろ。

「もう一度聞くぞ」
決意の意味も込めて。

「本当に俺でいいんだな」
「はい」

「こんな俺でいいんだな」
「はい」


・・・・・・・普通逆な様な気がする。



ま。
いいか。


ここらが年貢の納め時かな。


「分かった」
短く小さく呟く。



「じゃあ、有り難く頂くよ」
「ハイ。どうぞ」


秋葉からのチョコを一口食べる。

ほんのりと甘いチョコの味がする。

やっぱり普通のチョコとは違う。

けど
正直味はよく分からない。


今の俺にとってコレは決意の儀式みたいなもの。

神聖なる儀式。

これまでの生活。
これからの生活。

悲喜交々

俺の側でじっと様子を伺っている秋葉。
俺は一生をかけて、秋葉を守る。


「ふ〜ん。結局志貴は妹を選ぶんだ」

一番聞きたくない奴の声が。

「遠野君。邪道です」
「志貴様は不潔だと思います」
「志貴さん。外道ですね〜」

うわ。

揃いも揃って。

いつの間にか全員に囲まれた。

「志貴ってば私達を捨てて、妹に走るのね」

「アルクェイドさん。兄は貴方でなく私を選んで下さったのです。
負け猫はさっさとお家へお帰り下さい」


秋葉も言うなあ。

「では兄さん」
くるりとこちらを向く。

うう
視線が痛い。
視線だけで殺されそうだ。


「秋葉」
「はい」

せーの

「逃げるぞ」

又もトンズラこく。

裏の方では、一瞬の間を突かれ行動が遅れた。

「秋葉」
「はい」

「これからも、こんな感じでもいいのか」

「ええ。当然です。兄さんとならどんな事でも」









言ってくれる。

「にゃ〜、まて〜このへんたい〜」






こんな感じで

俺はずっと過ごして行くんだろうな。





「「「「勝手に閉めるな」」」」

だから
外野
喧しい

































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後書き
秋葉:毎回読んで頂き有難う御座います。遠野家当主、遠野秋葉で御座います。
月詠:月詠です。
秋葉:季節外れもいいトコも「バレンタイン」ネタです。
月詠:ですね
秋葉:まあ、それでも「私」が主役ですからいいですけど。
月詠:そうですね
秋葉:ちょっと。何そんな他人事みたいに。
月詠:色々あってね。ここまでずれ込んでもう開き直るしかないし。
秋葉:だからって、そんな無気力、許しませんよ。
月詠:何とでも言ってくれ。
秋葉:(何だかやりずらいわね)それで。当然、コレの対のSSも書いているんでしょうね
月詠:何とかねえ。書いちゃいるんだが、ノリが悪くって。
秋葉:ならいいわ。では
月詠:次回のSSでお会いしましょう。
秋葉:本当に有難う御座いました。

















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後書きの後書き(舞台裏)
えー
月詠です。

今回はかなりテンション低いです。
コレも本当は当日上げるつもりでしたが、やんごとなき事情により
一ヶ月遅れになりました。

はふう。

更に
又も職場の異動がありまして、それも関係してます。
至極私的な事なのですが。

ここまで読んで下さいまして、真に有難う御座います。
意見等々は掲示板などに。
では

次回のSSでお会いしましょう。

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