ここは昔はかなり広い山谷だったらしく


よく小動物がいたり、猟師も多かったそうで。
家は爺が腕利きの猟師で食糧は爺が山から取ってきていた。
今もその名残があちこちに見られる。

流石に山はないけど、だだっ広い野原が今も残っていたりする。
だからであろうか


子供の時から猟で使う罠なんかよく残ってて
引っ掛かったりひっかけたりして遊んでいた。

流石に高校になってもそんな遊びはしなくなったけど。



何で今頃そんな昔の事思い出したかと言えば。
今目の前にその罠に掛っている一匹の小狐がいたからなんだけど。


がっちりと虎ばさみに足を食われていて
もう鳴く力もないのかただ静かにその場に蹲っている。


やがて近付いてくる俺に気付いたのか
小さく一声鳴くと又蹲ってしまう。

あーあ

ここはガキの遊び場には持ってこいなのに
まだこんな物騒な物残ってたのか


あらかたガキの頃バラシたかと思ってたけど。
流石にこの広さじゃ無理ないか。


どーれ。
ではでは。


俺がしゃがみ込んで罠に手を掛ける。

暫くじっとしてろよ、暴れると手元が狂うんでな。



かなり錆びていて力を入れないと開きやしない。
痛いかも知れないが我慢しろよ。

更に力をいれる。
ぎぎと拒む様に軋みながら徐徐に開いていく。
もう少しだからな
とかいいながら開け切ろうとした時。

がぷっ


・・・・・・・いってえ!!



俺の左手に激痛が走った。
余りの痛さに狐が噛みついたらしい。
すぐに歯が食い込み、血が出る。


俺も痛みに耐えながらの作業になってしまった。


あかん
埒が開かない。



洒落にならんて。

一気に行くぜ。

ふんと、思い切り開く。
がちゃりとそいつはようやく外れてくれる。
もういいぜ


未だ必死に噛みついている狐に声をかける。
狐もそれが分かったみたいでこっちも外れてくれる。


おーお 見事に穴空いてる
骨には行ってないみたいだな

歩けるか?
持ってたハンカチで応急処置してやる。
狐はきょとんとした顔で見てる


そんな顔すんなよ。
折角助かったんだし。

ペロペロ

?ん


狐も俺に噛み付いた場所を舐めてくれる。
ああ、気にするなよ。

大した怪我じゃないし。


それでも暫く舐めてくれてた。



漸く気がすんだのか。

二、三度。

自分の怪我も舐めて。


こちらを見ないで。

そのまま、野原の方へ駆けて行った。



姿が小さくなって行く。


その姿が小さい点になった位で。


一声大きく鳴いた。

長く長く

響く声だった。







この事が
後々自分の運命を変えてしまうなんてこの時は

夢にも思っていなかった。








「晴天降雨」








大分
遅れて学校に着く。


まあ、元々真面目に授業を受ける気なんてないけど。
出ない事には単位が貰えないし。




かぱ。


おんや?




下駄箱に見慣れぬ物が。


今時古風な。



下駄箱にラブレターですか。

クルリと後ろを見ても。



名前なんてない。


悪戯か。
でも、ここまで来るんだから
出向いて上げないと失礼だよな。




「よお、出雲。
重役出勤とは、又豪儀だな」


俺の姿を見て
一人の生徒が絡んでくる。





「それはお前もだろ?上杉よ。
同じ穴のムジナのくせに」

絡んで来たそいつに俺も皮肉を込めて
言い返す。


「俺はお前と違って午前から居たさ。
偶々外に飯を食いに行こうとしたんだよ」





さいで。
俺がその場から立ち去ろうとする。


「頑張れよ、女泣かせの出雲黄泉君」
去り際にトンでもない事言ってくれる。

それは、聞き捨てならないぞ。

「待て、上杉。
何だ、その言葉は」

「んー?
事実だろ。
今回で何人、いや何十人目だ。
何回コクられてるんだよ。
その度に無碍に断りやがって。

ちったあ、この一人身の俺にも回せってんだよ
この極悪人」
トン
と、俺の胸を小突く。

「アバヨ」

問答無用に
俺の左手が唸る。

いい音を立てて拳がどて腹にめり込む。
上杉は当然、腹を押さえて倒れる。




息も絶え絶えに何か吠ざいてる。

後ろの方で
悪魔とか人でなしとか女たらしとか
色々言ってるが。


無視。



その場で蹲ってぎゃあぎゃあ喚いている
上杉を放って置いて。





手紙に書いてあった待ち合わせ場所に向かう。


「校舎裏に」

それだけ書かれた手紙。

どうにでも取れてしまう内容だ。




その場所には
俺の予想に反して。
上杉の予想通りと言うのが悔しいが。


一人の女生徒が立っていた。



相手もこちらの姿が見えたらしい。

しかし
一人で待ってるとは。

普通。
こう言う時って数人いるんだけど。



「あ、あの。
出雲先輩ですよね。
私、中等部の稲葉って言います」

焦って自己紹介して
勢いで頭を下げる。


「手紙読んで下さったんですよね。
有難う御座いました。
本当は来ないんじゃないかってドキドキでした」

コロコロとよく表情の変わる娘だ。
驚いてたかと思えば
にぱーと笑って。

そんなに嬉しいのか。


「私、前々から先輩のこと見てて。
あ、あの。
先輩って今、付き合っている人っていないんですよね。
それで
あ、あああの・・・・」


何だか、この娘の百面相の方が
話を聞いてるより面白い。

そこまで言ってその稲葉って娘は
俯いてしまって。

時折
チラッチラッと、こちらの顔色を伺う。

ふう。
こっちから言わないといけないか。


「ああ。
折角、勇気を出してくれたのに
申し訳無いんだけど。
俺は付き合う気は無いんだ。

すまないが、すっぱりと諦めて
他の人探してくれ。

その気持ちだけで十分だ」


そこまで言うと。

やはりこの答えを予想していたんだろう。

あからさまに落胆した表情になる。


「そうですよね。
先輩は色んな人から告白されていますよね。
私の様な小娘なんかより
素敵な人もいるんですよね。

スイマセンでした。
私の独りよがりで先輩に」


俯いたままでそう言って。
くるんと
背を向けて、ダッシュで走っていった。


う〜ん元気だなぁ。
それとも自棄起こしたかな。




確かに辛いよなあ。
まあ、悪く思ってくれていいさ。
憎まれるのは慣れてるし。


さ。

俺も戻るか。

















校舎裏から
教室に戻ると。

ニヤリと
悪友の上杉が出迎えてくれた。


「記録更新オメデトウ。
今度は誰だ?
ん?」

もう一度喰らわないと理解しないのか、こいつの頭は。

ぐっ
もう一度拳を固く握る。

慌てて上杉は両手を交差させる。

「慌てるなよ。
お前のその性格、もう少し何とかならないのか。
俺みたいに、社交的にならないとだな」

「さらばだ、心友」



又も俺の幻の左が唸りを上げる。

上杉はぐっはああああああ
なんてオーバーリアクションでぶっ飛んで行く。


何て演技派。

そこまでするとは、やるな心友。


がっしゃーん
と机に突っ込んでいく上杉に親指を立てる。


「冗。冗談じゃ、ねえ。
これが演技か、よ。
お前、自分が殺人級のパンチ持ってるって自覚しろよ」


「てめえが、弱いだけだ。
これ位避けられんで俺の心友を名乗るなんて」

やれやれだぜ

と、肩をすくめる。



「せんせー。
上杉君がお腹痛いそうですー」

「て、てめえ、後で覚えとれよ」











そんなこんなで、
何時もの通りに学校を終えて
家に帰る途中。














「そう言や、出雲よ。
中等部の稲葉って娘、知ってるか?」

?稲葉?
さっき呼ばれた娘だよな。


「この娘も中々に美人らしいぜ」
そうだな、確かに中々美人だった。


「で?何だって、いきなりそんな事を?」


「その娘はさ。
俺の後輩なんだけどよ。
何時もお前の事をばっか、聞きやがるんだよ。
目の前に俺って言う超美男子がいるってのにも関わらずだ」
何やら、無意味な憤りを爆発させる。

一体、どっから突っ込んでいいのか。



「なんなら一度会って見るか。
場所の設定なら俺がやってやるぜ?」


「いや、もうさっき会った。
でもって
これ以上お前からいらん称号を貰うのは勘弁だぜ」



じゃあな。


と、上杉と別れる。









「只今」
がらりとドアを開ける。


「あ。お帰りなさい」

はい?

今聞き慣れん声がしなかったか?




空耳か?



「あ。もう少し待ってて下さいね。
あと少しで夕ご飯出来ますから」


家の奥で制服姿がパタパタと忙しなく動いてる。

家に俺以外の学生はいない筈だが。
・・・・・・
親父の隠し子か。

いや、あの親父にそんな真似が出来る筈無いし。


「先輩。
どうかしましたか?
さっきから、玄関でボーとして」

気付いたら目の前一杯に顔のドアップが。



「ああ、大丈夫だ・・・・」


「ああ、よかった。
心配しましたよ。
あんまり心配掛けさせないで下さいね」

何て言って又戻ってく。

「って、一寸待て。
これは一体何の真似だ。何だって俺の家にいるんだ」

がしと
その娘の手首を掴む。




その娘は
は?
と首を傾げる。

「何だって・・・・・
押し掛け女房のつもりですが?
いけませんか?」



「お気楽に言うな。

ついさっき会った娘が
「いきなり押し掛け女房に来ました。
何も聞かずに置いて下さい」
ってそんな事言われたって信じられるか」

その娘はそれを聞いて少しムッとして。


「仕方ないんですよ。
こうでもしないと先輩は認めてくれなさそうだし。
なので諦めて下さい。
こうなったら既成事実しかないんです。
このまま暫くここにいますので」

そこまで言うと。


玄関で
三つ指付いて。


「不束者ですか。
どうぞ宜しくお願いします」

深々と頭を下げられた。



「あ、いえ、こちらこそ宜しくお願いします」
即座に返してしまった。




「えへへ。
これで、先輩からも了解貰いましたし。
もう、既成事実、完了ですよね」




「あ、そうそう。
私の名前は稲葉洋子ですからね。
覚えておいて下さいよ、先輩」


そんな事を言いながらニコニコと笑い。
その稲葉って娘は
又引っ込んでいく。



俺は、それを呆然と見ていたが。


はたと、気が付く。

俺から貰ったってことは。


親父やお袋はすんなり了承したのか。


ずかずかと廊下を歩き。


「親父ー!
お袋いるかー!!」

がらっ。

居間でコタツに入ってる
両親に問い詰める。

「何なんだ、一体。
あの娘を何だって入れたんだ?」


「あー。
まあ、気にするな。
お前も気張らずにのんびりいけ」

「そうよー。
今時あれだけ、甲斐甲斐しく
動いてくれる娘はいないわよ。
ウン、いい娘を見つけたじゃないの」


・・・・・・忘れていた。
この両親はとても寛大というか寛容で
滅多な事でも動じない位の素晴らしい神経の持ち主だったっけ。



普通いきなりそんな事を言ってくる娘をそのまま
家に入れるかよ。

頭痛くなってくる。

けど
これは俺一人がいくら頑張っても事態は好転しないな。


ハア、仕方ない。
気が変わるまで待つか。






暫くしたら
飽きて出て行くだろう。






とか

思ってたら。





考えが甘かった。







この稲葉って娘は
中々マメな娘で家事から炊事なんでも文句言わず
それこそ
本当の家族と錯覚してしまう位に。



俺の家に溶け込んでしまっていた。

お袋と一緒に買い物に行ったり。
色々手料理を習っては
それを皆に披露して。

確かに美味いんだけどね。
お袋も手放しで喜んでるし。



漸くお前にも春が来たな〜
とか人の気も知らないで。
勝手気ままな事を言ってくれる。

「早く孫の顔を見せろよ」

「もぅ、お父様ったらそんな事
先輩の前で〜」

顔を赤らめてキャ〜とか言ってる。

勘弁してくれ。



もう、腹括るしかないのか、俺・・・・・




「ねえ、先輩。
先輩ていつも一人ですよね。
お休みなのに、何処にも行かないんですか」

今日は日曜日。
天気もいいから両親はどっかに出かけてる。

俺が起きたらもういなかったし。

いつもの事だから気にしなかったけど。


「あ〜あ。
お休みですよ、先輩。
天気もいいですね。
私もお休みなんですよ?」

だからどうした。



今日は一日家の中で体を休めようかと思ってたんだが。
どうやら、この娘はそう言うことは関係無いらしい。

「近くの公園でお昼なんていいでしょうねえ。
恋人同士、甘い一時を満喫してみませんか?」


「却下」
即座に言い返す。


「何でですか。
私ここに来て一回もそんな事無いんですよ」

「そういう事したいのか」


当然の様にブンブン首を縦に振る。
何だって、皆そういう事したがるのかな。

いいやん。
別に、そう言う事しない人間がいたって。


「じゃあ、そこの野原で、昼でも喰うか?」


「却下です」
即答されてしまった。

「じゃあ、大人しくしとれ。
どうしても行くってんなら
近いからそこの野原だな」




「何で野原なんです?
いいじゃないですか、公園でも。
と言うか、出かけましょうよ
今すぐに」




いこーよー
って、ガキ見たく駄々をこねる。

うっさいなあ。

ああ、もう仕方ない。



「うら。
外行くぞ。
公園でいいんだな」


すっくと立ち上がる。


途端に、にぱーと笑顔になる。
さて、それじゃ。


天気も確かにいいし。

たまに外に出るのもいいかな。



「んで。
どこ行きたいんだ?」

「え〜とですね、お買い物に。
お食事でしょ。

それに新しいお店が出来たって言うんでそこにも行って見たいし」

待てってばさ。
そんなに一日で行ける訳無かろうが。

どれかに絞ってくれ。

「それじゃ、シンプルにお食事行きましょ」

はいはい。
じゃ、行きましょか。

ツイ

何気に左手を開ける。

洋子はきょとんとした顔で見てる。

早くしろよ。
やってるこっちが恥ずいわ。


「うら」

クイクイ

左手を動かす。

それでやっと判ったらしい。

にぱー
とあの笑顔で飛び付いて来た。

がしっと、
思いっ切り体当たりでもする様に
俺の腕に抱きつく。

っつ。

抱き付かれた瞬間。

ホンの少し
痛みが走る。


忘れてた。
こっちの腕、怪我してたんだっけか。

「?先輩、どうしました」

ああ、気付かれた。

「ん?いやな。
この前、こっちの腕怪我してな。
その事すっかり忘れてて。
ああ、そんな顔するなよ。
大した怪我じゃなかったんだから」


にはは
と、こっちも笑って返す。

なのに
洋子はシュンとしょげ返ってしまい暗い顔になってる。



なまじ、こう言う経験をした事がないから
どうしていいかワカラナイ。


勘弁してくれ。
そんな顔されたら、こっちのリアクションに困る。

「・・・・・ケーキ、喰うか?」

フト目に入った喫茶店を見て呟く。
これで、機嫌がよくなるとも思えんが。

効果あるか?

「先輩、年頃の女の子が皆ケーキで釣られると思ったら
大間違いですよ」

あ。
やっぱ。

「でも」

「先輩の奢りなら話は別です。
頂きます!!」

そう言って、ぐいぐい俺を引っ張っていく。
俺の戸惑いなんか関係ないとばかりに
勢いよくドアを開けて入ってく。


まさか
自分で言っといてなんだが
こんな展開になるとは。

結局


その後、ケーキバイキング宜しく
はしごしまくってしまい。

べらぼうな量のケーキを胃袋に収納し、
又、同じ位べらぼうな量の漱石様が飛んで行ってしまった。


洋子はとてもご機嫌で
「恋人らしい一日でしたねー」
何てのたまってくれた。



ああ、上杉
見てなかったよな。
今日の俺の姿・・・・



しかし、関係無いのかも知れないけど。
この娘が来てから。

不思議に幸運付いて来たというか。

宝くじで五千円当たったり。

商店街のくじ引きで
目覚まし時計が当たったり。


ささやかだけど。
そんな幸運が続いた。




しかし
「本当にこの娘、俺の事好きなのか。

何だか、家政婦さんみたいだぞ。
失礼だけど」







「失礼ですよ。先輩。
うら若き乙女にそんな家政婦さんだなんて。
別に家政婦さんをバカにする訳じゃないですけど。

私のどこがいけないって言うんですか?

それに
もうこの家に来て半年近くになるって言うのに。
一回も先輩、私に手を出しませんよね。

言いたくありませんが
先輩もしかして・・・・」



「ヲイ。
なにやら楽しい誤解してるみたいだが。

俺はまだお前の事認めてないだけで。
勝手な勘違いで人の品性を貶めるな。

押し掛け女房とか言って。
お前こそ
俺よりもこの家になじんでるじゃないか」







って



「一寸待て。
何で今俺が考えてた事が判ったんだ?
口にでも出してたか?」

「ええ、思いっ切り口に出してました。
それはもうしっかり、はっきり、くっきりと」

うわっちゃ。
マジッスか。

「ああ
何で判ってくれません?
私のこの先輩に対する
熱い思いが・・・・」


分かるかそんなモン。



ピンポーン

いい感じでヒートアップして行くトコでチャイムが鳴る。



その音に
何を感じたのか。

この娘の顔色が変わる。



「御免下さいませ」
男性の声がする。

珍しい。

この家に来客とは。

「・・・先輩」
洋子は俺の裏に隠れてぎゅっと
洋服を握ってる。


?これも珍しい。


この娘が怖がってる。


・・・・・て事は。
来客は、もしかして。




お袋が迎えにいく。




がらりとドアが開いて。
そこには
中年の男性と女性。

いい紳士と淑女。
ふむ。

いいとこのお嬢様じゃないか。





「はいはい。
どちら様でしょうか」


「突然の訪問、失礼いたします。
実は先日来からここに私達の娘が
お邪魔をしているらしいと」


「ええ。
ああそうですか。

いえいえ。
とてもいいお嬢様で。
あの様なお嬢様なら、何人でも構いませんわ」

ええい。
そう言う事が言いたんじゃないでしょうが。

「まあ、そんな所で話し込まなくても。
ささ。
どうぞこちらへ」

この人に話させてると何時まで経っても埒が開かないので。
俺が両親を部屋にお連れする。



「洋子。
もう気がすんだだろう。
お前の気持ちも判るが。
もう家に帰って来なさい」

開口一番。
座った途端に
父親が洋子に向かって話しかける。


「嫌です。
私は先輩のお嫁さんになるんです」


「そんな子供みたいな我侭言うんじゃない。
いいか。
お前には将来ちゃんとした人を見つけてやると言っただろう。
いい加減、人様に迷惑をかけるのはやめないか」


静かに、だが一切の拒否を認めない強さを秘めた言葉。

流石に両親が出てきては何時もの天真爛漫さは影を潜めるな。

「さ。
いいでしょ。洋子。
お父さんが本気で怒り出さない内にもう戻りましょ」
母親が優しく諭す。


けど。

それ位で、はいそうですか、
って言う娘じゃないとは判ってるでしょうに。


父親も今は黙って腕を組んでるけど。
こめかみ辺りがピクピクしてる。


それでも、動じない我が両親。
呑気に茶なんか飲んでるし。

実は大物なんじゃないのか。


「嫌です。嫌って言ったら嫌。
何と言われたって私は先輩と一緒になるの。
私は私」

そう言って、俺に抱きついてくる。
でもやっぱり怖いのか、震えてる。

そう言う所は普通の女の子だな、やっぱ。


この娘の父親も
はぁ、と大きく溜息をつく。

そこには諦めやらが色々混じる。


「やはり・・・・
言わないとお前は諦めないか。


聞きたくないから、聞かれたくないから
そこまで意地を張るのだろうが。

いいか、覚悟は?」

それでも、ぎゅっと握ってる。


それほど信頼してるのか。
俺の事を。

「余りの事で、混乱してしまわれるかも知れませんが。
良く聞いて下さい。


私達は人間ではないのです。
ええ。
今は人間の姿をしているんですが。

私達は「妖狐」と呼ばれる者です。

私達魔の者と人間では生きる場所が違うのです。
又、寿命もまったく違います。
私達はこの娘を不幸にはしたくありません。
ですので、
申し訳御座いませんが
このご縁は無かった事に」


ああ、やっぱりね。


それを聞いても驚きもしない。
我が両親ながら賞賛に値してしまう。


「はあ、妖狐さんですか。
それはそれは。
今までご苦労もあったでしょうに。
そうですか、それでは」

ちらり

お袋がこちらを見る。


ふん。


ワザとそっぽを向く。




「ですが、それは当人達の問題でして。
私達は貴方達が妖狐であろうが、人間であろうが、一向に構いません。
それに、あれだけの娘さんをお育てになられたんですから。
妖狐だからと言ってその様にお考えにならなくても」


「そうです、そうです。
今の時代
人間だから、妖狐だからとそんな事で、くよくよしてても
仕方ないですよ。

さて、それでは後は当人達にお任せして。
私達はこちらで」


親父が両親を隣の部屋に連れて行く。
両親はまだ何か言いたそうだが。
大人しく付いて行く。


家の両親に力で連れて行かれて。
スイマセンねえ。
家の人間はそんな事じゃ、動じないんですよ。



何せ、そのお話は子供の時の寝物語のスタンダードなものなんですよ。




やがて。
隣の部屋ではどんちゃん騒ぎが始まってしまった。
上手い事やりやがったな、親父。

酒が入りゃ、狐も人間も変わりやしないって事ですか?

ああ、いいなあ。
こう言う時にこう言う親は。

爺がいたら絶対こうはすんなり行かなかったろうに。

と言うか。
この娘自体家に上がれなかったろう。


はぁ。

いきなり二人きりになってしまった。
洋子も俺の前に来て居心地悪そうにしてる。

もじもじとしててちょこんと座ってて。

こう言う所。
狐だよな。

別に構わないけど。
俺は。



「あの。私が妖狐でも、先輩は
好きって言ってくれますか?」

「それを承知で押し掛け女房に来たんだろ?
今更何言ってるんだよ」

にこりと笑う。


「それにしても。
もう足の方は大丈夫か?」

それを言われてハッとなる。


「知って、たんですか。

何時気付いたんです?
私があの時の狐だって事」


「俺を舐めるなよ。
言ったろ、家はマタギの家なんだよ。

生憎親父にはその血が薄かったらしく。
爺は俺に色んな事を教えてくれた。

爺はマタギだった所為か、そう言うものが見えていて。
それで
俺も他の人以上に
「視える」様になって。

だからあの日、洋子に呼ばれた時も
一目で判った。
そしてあの時の礼が言いたいのかなと思って。
だからああ言う事言ってしまって。



それでも、お前は俺の事愛してくれるのか?
もしその気持ち、今も変わらないなら」


「変わる訳無いです。
あの時先輩に助けてもらって。
その時私、心に決めたんです。

絶対にこの人のお嫁さんになるんだって。

そして
それからの今までの日々。
とても楽しかったし、嬉しかった。
私でも普通に生活できるんだって」



そんな洋子を見て。
暗い気持ちになる。


「お前が俺の事好きなのは俺だって分かる。
でも、俺とお前では生きていく時間が違うんだ。

だから。

俺はワザとお前に冷たくした。
俺だって心苦しかったさ。

好きな女の子に冷たくするのは。
それでも、これから先の事考えると。

それだけの覚悟が・・・・」



そこで、言葉が区切れる。
不意に洋子が俺にキスをしてきたからだ。
言い掛けた言葉が唇に遮られる。

その目には涙が溢れてる。

「洋子?」
と言ったつもりだったが声にならない。



「私だって考えました、その事は。
人と妖狐。
絶対に一緒には生きて行けない。
その事を父も言っていましたが。
それでも
私は自分の気持ちに嘘がつけなくて」



溢れる涙を拭おうともせずに
俺に語りかけてくる。

俺も愛しくて
ぎゅっと抱きしめる。


この暖かさがとても心地よい。
ずっとこうしていたい位に。
永遠にこのままでいたい。


「それでも
それでもいいのなら。
俺と・・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・





「あ。母様。
雨が降ってるよ。
あれ?
でも変。

お天道様が出てるのに。
お天気雨だ。

不思議なの〜」




「あらあら、本当ねえ。
懐かしいわ。

お母さんが嫁いだ時も
こんな天気でね。
こう言うのを
「狐の嫁入り」って言うのよ」







FIN













後書き
月詠:まず最初に。鬼の様に長くなりましたSS読んで頂き有難う御座います。
洋子:私がここに出ていいの?
月詠:お前以外に誰を出せと?
洋子:え〜?先輩とか、それこそ朧月夜さんとか?
月詠:これは私が書きましたSSの中で色んな意味での大作です。
洋子:長さも、時間も、方法も、ね。それこそ、最初のなんて
  某チャットで意見まで伺ってたんだし。
月詠:でも、そのお陰で、これがここまでのものになったんだぞ。
   少しは感謝しなさい。
洋子:当然感謝します。あの時、意見を下さった方々、真に有難う御座いました。
   お名前は出しませんが、とても感謝しています。
月詠:出してもいいんですが、一応許可取ってませんから。
  こう言う所に勝手に出すのも何だしね。
洋子:それで、これで、一応の完結でしょ?
月詠:そ。このパターンのSSは暫く書くけど、基本は一話完結。
洋子:所でさ、私の名前ってネタはアレ?
月詠:誰でも気付くとは思うけどね。妖狐だから洋子。
   苗字も狐→お稲荷さん→稲荷→稲葉だし。
洋子:単純ねぇ。
月詠:単純で悪いか。
黄泉:そう言や、俺の名前って何で?
洋子:いきなり来ましたね、先輩。
月詠:お前さんは、私の数ある小説の中から拾ってきた主人公の名前。
黄泉:ふぅ〜ん。て事は。出雲の国は黄泉の国か?元ネタは?
月詠:そ。シンプルイズベスト。
黄泉:ま、いいけど。こうして日の目を見たんだし。
洋子:私も。前々からあったネタでこうして形になったんだから。
月詠:悪かったよ、遅くなって。仕方ないだろ、こっちにだって都合があるんだよ。
二人:別にいいさ。出れただけでも。
月詠:引っかかる言い方だな、おい。
朧月夜:ここまで読んで下さいまして真に有難う御座いました。
    又、別のSSでお会い致しましょう。
二人:本当に有難う御座いました。
朧月夜:私ってこれだけの為のスポット出演ですか?









後書きの後書き(舞台裏)

はい。
どもです。
月詠です。
今回のSS「晴天降雨」
ネタはお天気雨ですね。
今の人はこれは狐の嫁入りとは言わないらしく。
(殆どの人は聞いたことないそうで)
なので、一つ書いてみましょうか、がきっかけです。

しかし、予想以上の難産でした。

その為に、沢山の方のご協力の下、こうして無事形になりました。
本当に有難う御座いました。

感謝し切れません。

それでは
又別のSSでお会いしましょう。

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