女心と秋の空。

どっちも移り変わりの激しいものの代表だが。

いくらなんでもこんなに激しいのはどっちも勘弁だ。

何だって
朝晴れてたのに帰る時になって
こんな土砂降りになるんだ。

天気予報でもここまでは言ってなかったぜ。

まぁ。
最近のは当てにならないから結構聞き流してたけど。
でも週間予報でもこんな事は言ってなかった。


さて。
現実逃避はコレ位にして。

打開策でも考えるか。

まず
今は学校。

で、昇降口にいる。

俺の様な人間もちらほら見える。
多分まったく俺と同じなんだろうな。

傘が無いトコも一緒で。



外だ。

完全に大雨。
もう台風とか、嵐と言っていいだろう。
洒落にならない位だ。


手段は。
傘でも持ってればいいんだろうが。

それが無いからここで
こんな益の無い事考えてる。

では。
傘をどっかから持ってくるか。

「よう。
出雲君。浮かない顔してるな」

そうか、こいつもいたか。

「上杉。
お前早く帰らないと。
今でもキツイだろ。
いくら傘持ってたってこの雨じゃしんどいぞ」

「はん。
大丈夫さ。この上杉様を舐めてもらっては困るな」

あっそ。
じゃ、帰れば。

「でさ。出雲よ。お前帰らないのか?」

ぶん殴ってやろうか。
帰るならさっさと帰ってるさ。

「はぁ〜ん。
さてはあれだけ騒がれてたのに
君は傘を持っていないんだね」

「?騒がれてる?
何がだ?」


それに上杉は心底驚いた様で。

「何だ、出雲。知らないのか。

何でもこの時期に長雨が続くってのは
この辺りでは有名で。

何だかの祟りとか。
女の怨念とか。
昔からそう言われていて。

二・三日前から結構な騒ぎだったんだぜ」


あ、そ。
祟りねぇ。

それでこの雨か。
何だかね。

それで長雨ですか。

「じゃあ暫く続くんだな、この雨は」

「おう。
話じゃ、一週間位だとさ。
その怨念の気が済むまでって言うんで。
梅雨よりはマシじゃないのか」


たまんないね。
これは。

「ま、いいや。
じゃ、待ってても止まない訳だ。
俺はこのまま帰るけど。
上杉、お前どうするんだ?」

それにニヤリと笑う上杉。

「頑張れよ、心友。
俺はもう少し待ってから帰る。
何せ、君と違ってちゃんと傘があるからね」

HAHAHAHAHA
とエセ外人の様な笑い方をする。

器用な奴め。

「アバヨ。
又明日、な」

ビッと親指を立てる。


上杉も同じく。


俺はそのまま
勢い良く外に飛び出す。

瞬間。
物凄い風と雨。

冗談で嵐とか言ったけど。
マジで本物みたいだ。

こんなに凄いのか。
この怨念とか言うのは。


このままじゃ
帰る所か行き倒れもいい所だ。


それでも何とか走るが。
体が右に左に風に煽られる。
とてもじゃないけど
まっすぐ走れやしない。



くそぅ。
進退窮まった。


行くか引くか。

どうするか。



チラリと後ろを見る。

学校まで続く一本道。


先を見る。

こっちも同じく
一本道。

・・・・・・・

待てよ。
いくらなんでも、コレはおかしいだろ。

この辺りはメインストリートで
周りには商店や、コンビニとかあって
結構栄えてる筈なのに。

それが一個も無いなんて
おかしすぎるだろ。


不味いな。
何かに魅入られたか。


でなきゃ、コレは説明つかない。

どこで魅入られたかな。
心当たりは無いんだけど。

っと。
そんな事を考えてる余裕も無く。

風は勢いを増し
雨は容赦無く体を叩き付ける。

洒落にならん。
このままだと、冗談でなく行き倒れる。

どっか・・・・・・
ないのか雨宿り出来る所。



必死に走って
辺りを探すが。

これと言って見当たらない。

何も見えない一本道をひたすら走る。

ふと。
目の前に建物らしき物陰が見える。


目に付いたソレは小さな社らしかった。

この際、社でもいいか。
罰当たりとか言われそうだけど。
このままよりかマシか。


社目掛けて猛ダッシュ。


バタンと扉を開けて
勢い良く中に転がり込む。


中は黴臭く、埃が充満してて。
贅沢は言ってられないけど。

扉を閉めて
取り合えず、一息つく。


びしょ濡れの上着を脱いで、絞る。
乾かしたいけど
でもここで火なんか起こせないし。

まあ、雨風を避けられるだけでも、よしとするか。

結構古いのか
所々隙間があって風がビュンビュン入ってくる。


それでもこの中を走るよりは
全然ましだけど。


冷えた体に隙間風は堪える。
なまじ濡れてるから
尚の事冷たく感じる。

寒さで意識が遠のきそうだ。


「あの」

いよいよ幻聴まで聞こえて来た。

コレはいよいよ不味いぞ。


「幻聴ではないですが・・・・」

いや、そうしといて下さい。

「あの、大丈夫ですか?」

あ、やっぱり。


恐る恐る声のする方を向く。

そこには

女性の姿が。

長い髪の色白の女性。
綺麗な、美人な。
見目麗しき女人 という奴であろうか?


「ああ、どうもすいません。
暫く休んだら直ぐ出て行きますので」

「いえ、どうぞごゆっくりして行って下さいな」

にこりと微笑む。
美人に微笑まれると、和むなあ。

これが
「生きて」いる人ならもっと和んだのに。

流石にこの場では和みはするが
背筋にゾクリと来るものがある。

その女性は

体が

透けていて

背後の壁が

朧に見える。


俗に言う「幽霊」て人なんでしょうか?

そんな人に微笑まれて和む俺も俺だけど。

「久し振りのお客様ですから。
何も持成せませんが、御寛ぎになって下さい」

寛げ、と言いましても。

こちとらは
不法侵入ですから。

「ああ、そんなに怯えないで下さい。
別に姿を見せても
貴方をどうこうするという事は無いのですから」


では、一体何故に?

「先程も言いましたが。
久し振りのお客様です。
なので
ホンの少しの間
私の話し相手になって下さいませんか?」

その程度でよければ。
幾らでもお話しますよ。

・・・・・・ですが。
話し、合うのか?

チラリと女性を見る。

確かに綺麗だ。

でも
服装が。

コレ「十二単」って言うんだっけ?
昔の貴族の人が着てたって言う。
今の人がそんな格好してる筈無いし。


少なくとも俺と同等の話題があるとは思えないが。


「何時頃の方ですか?」

「ええと・・・・」
と言って小首を傾げる。

「確か、帝がまだ京におわす頃ですから・・・・・」

ちょっと待て。
今の人、帝なんて言わないぞ。
言って天皇でしょ?


「ああ、ご心配なく。
これでもそれなりの知識はありますから」


知識と言っても。
それじゃあ、ねえ。



「「貴方のお名前とか、そう言う所から」」

二人の声が被る。


「・・・・・・私の名前など、知っても面白くないでしょう」
そんな事を言って顔を伏せる。

面白くないとか、そう言う事じゃないんだけど。


「・・・・・すいません。何でもないです」

慌てて言葉を否定する。


しかし、彼女は笑って

「構いませんよ。
では私の事を少しお話しましょうか。

私はこの社に依っている者です。
昔は社の前に看板もありましたが。
今では誰も知る事の無い社です。

何でも私は「祟り神」なんだそうです。
私を恐れた人が態々この社を作って下さいまして」

さらりとトンでもない事を言ってくれる。
「祟り神」って
何かこの世に恨みがあるからそう言われるんでしょ?

しかも態々社まで作ってもらって。
どれ位凄いかはそれで想像付く。

・・・・・・「祟り神」?
どっか最近聞いた気が。

何だっけ?
どこでだっけ?

・・・・・う〜ん思い出せん。

「ですが、可笑しいですよね。
私を「祟り神」と言っていた人たちが
私が死んだら今度は本当に私を
「神」として奉ってしまうんですから」

クスリ、と哂う。

でも
その笑いはとても
綺麗で

美しくて

残酷だった


「何も、私だって
最初から「祟り神」ではなかったのですよ?」


「ですが、そう呼ばれたと言う事は
そうなる土壌があったと言う事ですよね、その時に。
例えば、貴女の家系が元来「言霊」を使えたとか」

思った事を口にしてみる。
この人がそう言われるには
何か無いとそんな事言われない筈。

確かにあの時代は今ほど情報も無かったから
不思議な事や、分からない事を
「魔物」や「物の怪」としていて。

そんな時代だから
昨今流行した「陰陽師」なんて妖しい者もいた訳だし。


「私の家は確かに代々その様な力を持っていました。
ですが、それ故に私の家は迫害されまして。


その力を嫉む者の讒言によって祖父は宮中から
追い出されたのです。

そこから没落の一途でした。

祖父は失意の内に亡くなり
父も何とか復権しようと躍起になりましたが
その夢も果たせず

私の代にはもう名門と言われていた影も形もありませんでした」


目を瞑り。
当時を思い返しているかの様に。

言葉に熱が篭って行く。

ああ、間違いない。
この人は言霊が使えたんだ。

力ある言葉は真実となり
現実をも変えてしまう。

「私の代では最早、どうする事も出来ない位にまで
没落していて。
このまま、終焉を迎えるのだろうと、諦めていました。

その時。
どこで聞きつけたのか。
そんな私に懸想して下さったお方が現れました。

その方は当時、有数の権力者で。
その方の寵愛を受けられる事が出来れば、
もしかしたら、私の代で家を潰す事は無くなるかも。

などと、甘い期待を抱かせてくれる程の方でした」



力ある言霊により。
その時の情景がまざまざと、思い描ける。

最早、この人は俺に語っているのではなく。
・・・・・語っているのでは、無く。




静寂の中で
静かに独白が続く。

「その方も、私を愛でてくれました。
確かに零落れてはいましたが。
私の家もそれなりの名門の家。


これからの政権の為に使えるのでは、と言う
打算があった事位は、覚悟はしていました。


ですが。
私は純粋にこの方を好いていました。


見目麗しきとか、権力者とか言う色眼鏡で無く。
一個人としてその方を愛していました。
その方も、それはそれは私を愛でて下さいましたし」




目を開いてはいるけど。
今この人は俺なんか見ちゃいないんだろうな。


今、この人に見えているのは。
その当時の風景。
その愛しい人の面影。


俺の背後にそんな物を見ているのだろうか?



「しかし、暫くしてから。
その方の足が遠のき始めました。
どうやら、他に女人が出来たらしく。
その人の方へ通っていると言う事でした。


私はそれでも構いませんでした。
当時はそれが普通でしたから。
ですが。

その女人は何やら私の事をある事無い事
その方に吹き込んでいると言う噂も耳にしました。

曰く「内裏が燃えたのは私の所為」
曰く「昨今の疫病は私の所為」
曰く「我が家が没落したのは私のこの力の所為」
等と。

それはまったくの出鱈目であり。
いい加減もいいものでした。

しかし。
それを真に受けたその方は私の力を恐れて。

結局、この縁談はご破算となってしました」


愛する人に裏切られた女の怨念、か。

それが、祟りとなり。
今、文明がここまで発達している現在においても。
未だ「祟り神」となって。

「それからの私は泣き暮らし。
この世を恨み。
あの方を恨み。
その女人を恨み。
この世のアリトアラユルモノヲ恨みました。

そして、その時の私の言葉は全て
言霊となって、現実化し。
私は皆様のご期待通りの祟り神となったのです」

にこりと笑ってはいるが。
とても愛想笑いが出来る笑顔じゃないし。

どう言って良いものか。
残酷な笑み、と言うか。
冷酷な、とても見ていて寒気がする様な笑み。


「ああ、でも。
勘違いなさらないで下さい。
私は決して、今でもこの世を恨んでいるのではないですよ。

流石に、此れ程の永い年月を重ねていると。
その時の恨みも薄れ行きましたし。

今では、極偶に当時の昏い感情が起こらない限り。
滅多には祟りを起こす事は無いですから。
ご安心下さい」



「・・・・・・・今はもう恨んでいないなら。
何で、そんな嘘を付くんです?
そんな痛々しい嘘、無理に付いて自分を誤魔化していても。
結局、辛いのは自分じゃ、ないですか」


黙って聞いていたけど。
流石に最後までは黙っていられなかった。


俯いたまま。


ぽつぽつと話し始める。


「辛いなら、もっと暴れればいいじゃないですか。
苦しいなら、もっと苦しめばいいじゃないですか。
無理にその感情を押さえ込もうとするから。
見ていてそんな痛々しいんじゃないですか。

確かに愛する人に裏切られた貴女の気持ちも分かります。
それによって、人生をズタズタにされたのも同情します。

でも、いつまでもそれを引き摺っていたって
ダメなんです。
俺みたいな若者が言う事じゃないですけど。

自分の気持ちに嘘を付いてそれを全て祟りの所為にするのは
結局逃げじゃないですか」




・・・・・・・・・・利いた風な口を

小さくそう呟いたのが聞こえた。

ぎしり、と
空気が軋むのが分かる。




「貴方に何が分かると言うのです。
この平和な時期に育った貴方に。
何も分からない貴方に変な同情をされても。
なら、貴方に私が救えるとでも言うのですか?
今の私を。
「祟り神」となって、未だに天に召される事も無いこの私を」



痛い位に剥き出しの感情が俺にぶつかって来る。




今まで誰にも言えなかった
自分の心の奥に仕舞い込んでいた、冥い感情。
激しい、狂おしい程のその人への情念。



それら全てが力となって俺に向けられる。


何も無い筈なのに。
目に見えない圧力で体が押し潰されそうになる。


彼女から発せられる「力」
それが今感情の爆発によって開放される。



一介の人間である俺が
仮にも「神」に喧嘩を売る事の愚かさを身を持って実感する。



「確かにあの時代じゃ、こう言う
言ってしまえば
愚痴や恨み言は言えなかったでしょう。

でも、もう今は違うんだ。
今は誰だって好きな事が言える時代なんだ。
貴女も言いたい事があるなら自分から何か動けばいいんだよ」



「では、一体誰に言えば良いと言うのです。
今まで私と対等に話せる者など誰一人いなかった。
仮にいたとしても、その人が親身になって聞いてくれるとは限りません。

今回みたいなのはあくまで例外です。
そう
貴方の様な方がいれば。
私だってここまで苦しまずに済んだかも知れません」


すぅと、俺から目を逸らす。


この人も
可哀想な人だったんだ。


誰からも疎まれて
愛する人からも裏切られ
信じていたものから見放され



それが
この人を「祟り神」にしてしまったのかも。



ふと。
そんな、俺らしくない感傷的な考えが浮かぶ。


まったく、らしくない。

いつもの俺はどこに行った?



「あの」
力が弱まったのを感じ

もう一回声をかける。

彼女はもう関心が無いと言わんばかりに
表情の無いまま俺の方を向く。



「何でしたら。
さっきも言いましたが。
俺でよければ、いくらでも付き合いますよ。
その、いくらかスッキリする筈です。

こう言うのって。
人に話せば案外楽になるもんですよ?」


努めてにこやかに。
微笑みかける。


だけど。


相変わらず

無反応。


やっぱぎこちなかったかな。



「愚痴言うだけでも気分は晴れますから。
俺だって悩んだりする時は誰彼構わず
相談して、色んな答えを貰いますし。
まあ、一人で考え込むよりは幾分マシかな、と」




・・・・・・・・・・・

ダメかな。

仕方ないよな。


今の今までそんな事無かったろうし。

いきなり、見も知らない若造に
「サア、愚痴でも何でもぶっちゃけろ」
って言われて
ホイホイ話し出すとも思えないしな。



しかし

幽霊相手に

俺もよくやるよな。
改めて振り返って見ると。
これって結構、口説き文句に近い気がしないでもない。



「・・・・・・じゃあ。
今度は俺の事でも聞いて下さい。
と言っても、そんなに波乱万丈な人生でもないですが」




いい加減この無言の間が耐えられなくなったので。

俺から何か話題を提供する。



「俺の名前は「出雲黄泉」
高校二年の17歳。
成績は下の上くらいか。
品行方正とは言えないけど曲がった事は大嫌いで。

腕っ節に関してはかなり自信が有って。
喧嘩では一回も負けた事は無い。
相手が何人がかりで来ようとも返り討ち出来る」

ぐっ、と力こぶしを作る。
自分で言うのも何だけどね。
自己紹介だし。
少し位脚色したっていいじゃないか。


「で。
家の家系も、少し特殊で。
「言霊」までは行きませんが。
ウチの爺が猟師だったんで。
その所為か知らないけど。
人には見えないものが見えてしまう訳で。

実際、今貴女とお話してる訳ですから。
それは分かってくれるとは思います。

俺もその爺の血が濃かったらしく。
今までも色んな妖しの者と会話したり、喧嘩したり」



ピクリ
ここでやっと反応をしてくれる。


会話って言ったって。
からかわれたり。
悪戯されたからやり返したり位だけど。




「そうですか。
ですから、私とこうしてお話が出来るのですね。
今までにも、この様な事が?」


よし。
関心持ってくれたな。


「ここまでの事は無いです。
流石に神様とお話したのは今回が初めてですよ」



そうそう何回も経験はしたくないし。
神様に喧嘩売るほど俺だって厚顔無恥じゃないです。
いくら俺だってそこまで馬鹿じゃないです。



「勇ましいのですね。
腕白と言う程の年齢でも無いでしょう?
ご両親もヤキモキしているのではないですか?
もう少し勉学に励んでくれれば、と」


クスリと
先程よりはぎこちないが。
弱々しく微笑む。



嗚呼、やっぱ邪気の無い笑みは癒されるなぁ。
・・・・・・・・・・・
そんな事思う自分はどっかおかしいのかな。




「よく小言は言われますよ。
でも基本的に放任なんで、しかも爺がいた時は
「男なんだから婦女子の真似事なぞしなくてもいい。
男は腕っ節が強くないと舐められるぞ」
と。
それはそれは口が酸っぱくなる程、言ってましたよ。
そのお陰で、今じゃ、立派な問題児です」



「ですが、男の子なら、少し位
やんちゃな方が良いかも知れませんね。
少しですよ、あくまで。
貴方・・・・黄泉、君でしたか。
その熱意を少しばかり違う方へ向ければ良いのでは?」



うう。
なんだかガッコも先生との面談みたいな様相を呈して来た。
何だって俺の紹介だってのに。
勉強の話しないといけないのさ。


いいの、勉強なんて。
読み書きそろばんが出来れば。
後は気合と根性でどうにかなる。

それが俺の生活方針だし。



「しかし、やんちゃとか、腕白とか。
俺そんなにガキに見えます?
これでもそこいらの同い年よりかはずっと大人びてますけど?」



ワザとおどけて言ってみる。
やんちゃ、か。
久し振りに聞いたわ。そんな言葉。



「アラ御免なさい。
そんなつもりで言ったんではないんです。
ええと。
その、ですね」



ありゃ
案外この人、こう言うのに慣れていないんだな。
少しからかって見たんだけど。



「そう言えば。
貴女のお名前・・・・・
ってそうか。
あの時代の女性は殆ど名前って・・・・・・」



思い出した。
あの時代は女性の名前は有るにはあったが。
殆どが「誰それの娘」とかそんな感じで。



「私の、名前ですか。
・・・・・・・・以前ならお断りしたでしょうが。

私の名前は「朧月夜」と言います。

嗚呼、いつ以来でしょうか。
私がこの名前を口にするのは。
今まではずっと、「祟り神」としか呼ばれていませんでしたから」


感慨深げに ほぅ と吐息を吐く。



その一つの溜息に
どれ位の思いが込められているのか。



たった一つの小さな溜息だけど。



とても意味の有る大きな一歩。



その後。

打ち解けてもらえたらしく
色々と談笑をしたり。

今までの体験談や、失敗談。
俺の場合は少し特殊だけど。
そういったものを話し。


朧月夜さんはそれを可笑しいそうに
時には真剣に聞いてくれて。


フト思ったのだが。

この人笑う時、口元隠すんね。

まああの時代では普通なのかも知れないけど。
今の人はそうやって笑わないから少しびっくり。


そう言う少しの仕草にもそう言うのが見て取れて。
ああ、この人本当に長い間、ここにいたんだなって。


何故か納得してしまった。


どれ位そうやっていたのか。






何となくだけど。
空気の流れと言うか。

何かが変わった気がした。





「あの、朧月夜、さん?」
恐る恐る名前を呼んでみる。




「・・・・・感付いてしまいましたか。
やはり、あなたは少し違うのですね」

にこりと微笑むが、その笑みは。
何処か痛々しそうだった。






・・・・?
と言う事は。
もしかして




「ハイ、そのもしかして、です。
貴方と会えた事で、
今までの心の中に鬱積していたモノが
霧散し、この世への未練も消えた様です。
だからなのでしょう。
こんなにも今心穏やかなのは。

有り難う御座います。
貴方のお陰です。
よもやこの私が
昇天出来るとは思いもよりませんでした」





その言葉通り
とても落ち着いた表情をしてる。

最初会った時の
にこやかだけど、険のある表情とは
まったく違ってる。







・・・・・・この人本当に美人だな。


こんな時にそんな事を考える自分が凄く馬鹿に思える。







「では。
短い間でしたが。
とてもよい思い出でした。
もう逢えないでしょうが、御機嫌よう」



そう言ってる傍から
元々朧だった体がもっと薄くなって行く。


存在が希薄になってるのが分かる。
このままだと、完全にこの世から消えてしまうのだろう。



それが分かってるのに、俺は何も動けない。



動いて、「何か」を変えて
この人をここに残す事も可能なのかも知れないけど。
それはこの人の望んでる事ではない。




この人はこの時代まで延々苦しんだんだ。
ここで全てを昇華して天に昇るのを
俺が止められる筈が無い。




只、じっとこの人が消え行くのを
天に召されるのを見ているしか。




そんなに長い間一緒ではなかったけど。
何かこの人とは通じるものがあった。


はっきり言って今この人が消える事に
俺は未練を持っている。




でも俺のわがままで
この人を永遠に苦しめたくは無い。







もう、いいじゃないか。
この人をこれ以上苦しめる事なんて俺には出来ない。






「優しい人ですね、貴方は」

もう殆ど姿は見えないけど。


声だけが
未だに聞こえる。





「その心だけでも、有り難く貰っていきます。
いつまでも、忘れないで下さいね。
ああ、本当に・・・・・」






その言葉を最後に
完全に気配が消える。


お帰りなさい。



そして

さようなら







誰もいなくなった社。

暫くは
俺もその余韻に浸っていたが。


さぁ。
外に出ようかな。


雨も止んだみたいだし。


ゆっくりと立ち上がる。

軋む扉を開き、外に出る。


外は、気持ちのいい位晴天で。
雨上がりの洗われた空気が新鮮で美味しい。


空は快晴で、雲も彼方に消えていて。
あの人の怨念も雨雲と一緒に消え去って。


澄み切った青空が何故か少し物悲しかった。





・・・・・たった、数時間だってのに。
こうも心縛られるとは。
俺は少しでなくて
かなり「特殊」なのかもしれない。




「ホント、俺、馬鹿だな」
小さくボヤく。


もういないのに。
その人の面影を
目の前にまざまざと思い描くなんて。



完全にイカレちまったか?


あの人はもういなんだ。
例え幻影だって分かっていても。


心揺らいでしまうなんて。



「あの・・・・・」



ああ、声まで聞こえる。
幻聴か。
まったく未練がましいな、俺も。


あの人はもういなんだ。

忘れろよ。


「いえ、その、ですね」


・・・・・・・・・・・

マジ、ですか?



「ええ。本当みたいです。
私、この世に未練があるみたいで。
未だ、天に召されませんでした」




はにかみながら微笑む。


「そう、ですか。
それは、何と言って良いものか。
オメデトウと言うのはおかしいし。
残念でしたね、と言うのもまた違う気が」




嬉しい気持ちと
少しの罪悪感と。


様々な感情がごっちゃになって
巧く言葉にならない。


でもこれだけは胸を張って言える。





「お帰りなさい、又逢えて嬉しいです」


「はい。只今、です」













FIN
___________________________________
後書き
月詠:・・・・・永かった。兎に角永かった。
朧月夜:そうですね。コレはかなりの永さです。
黄泉:永かったな。確かに。
月詠:ああ、データロストが二回、更に修正その他諸々で何度発狂したか。
黄泉:あの時のお前はもう近寄りたくなかった。
朧月夜:鬼気迫っていました。
月詠:もう何言われても良い。オメデトウ俺、有り難う俺!!ブラボー!!
黄泉:書き上げた後だし、多少の行き過ぎは見逃すけど。
朧月夜:とりあえず、このSSのお話です。
黄泉:コレは「宵闇綺譚」第二作目「朧月草紙」となってます。
朧月夜:今回は私と黄泉君とのお話です。前回のは忘れて下さい。
月詠:基本的に繋がってる様で別物と考えて下さい。
黄泉:又コレはしかし、甘甘な話だな。
朧月夜:終わり方も半端では?
月詠:いいの、これで。余りダラダラ書いても仕方ないし。
黄泉:素直にコレが一杯一杯だと白状しろよ。
朧月夜:コレも前々から構想があったと言うパターンですか?
月詠:そ。幽霊、妖狐、後は何があったかな。
黄泉:マトモに中国要素を被ってるな。あっちの方は多いんだろ、こう言うの。
朧月夜:日本よりはかなりの数があります。
月詠:ホントは「牡丹燈籠」みたいなもの書きたかったけど。怪談で終わらしたくは無かったし。
黄泉:あれはマンマ怪談だろ。コレみたいな砂吐きな甘甘じゃねえ。
朧月夜:機会がありましたら是非お読み下さい。一読の価値はあると思いますよ。
月詠:しかし、いつも思うんだが。
黄泉:あんだよ?
月詠:本当にコレ読んでくれてる人っているのか?
黄泉:・・・・・・・・・・・・・・
朧月夜:・・・・・・・・・・・・・
月詠:・・・・・・・・・・・・・・
月詠:カウンター置いてないから仕方ないけど。手段はメールか、掲示板だし。
黄泉:気にするなよ。今に始まった事じゃないし。
朧月夜:そうです。元々、自分の好きな事したくて始めたHPじゃないですか。
月詠:そりゃそうだけど。やっぱ反応欲しいな、と。
黄泉:その内書いてくれる人が来るさね。
朧月夜:そうです。気を落とさずに。
月詠:ま、ね。さて、じゃ今度はどうしようかな。
黄泉:早っ。もうあるのか?
朧月夜:私はコレでお役御免ですか?
月詠:それは分からん。次回作でも出るかも知れんし。
黄泉:内容次第って事か。
朧月夜:でも、私が出ると次回での女性は?
黄泉:俺をスケコマシみたいに言うな。
月詠:今の段階はノーコメント。
黄泉:毎回違う女性を口説くこっちの身にもなれ。
朧月夜:フフ。私、祟り神ですから。
黄泉:そこ、不穏当な発言控える。
月詠:楽しそうじゃないか、お前。
黄泉:ふざけるなよ、コレはお前の所為じゃないか。
朧月夜:貴方まで私を裏切りませんよね?
月詠:さて。それではここまで読んで下さいまして有り難う御座いました。
黄泉:待て、ここで閉めるな。
朧月夜:百歳千歳の恋ですもの、諦めませんわ。
月詠:では、次回作でお会いしましょう。
黄泉:待てよ、お前ら、いい加減に。
朧月夜:離しませんわ、もう。決して。
月詠:本当に有り難う御座いました。
黄泉:最後だけ牡丹燈籠を真似るな!!
朧月夜:サア、永久に・・・・幾久しく。
黄泉:こんな終わり方、冗談じゃねぇぞ。


















___________________________________
後書きの後書き(舞台裏)
はい、月詠です。
何だか、尻切れトンボな気がしない事も無いのですが。
あれ以上書くと、蛇足な気もしまして。
すっぱりと切らせて貰いました。

かなり永いので読むのも大変だったと思います。
その割にはこの内容は何じゃ?とか思うかも知れません。
しかし、コレが私の限界なのです。
と言うか、もうダメです。

寝かせて下さい。

ええ、ぐっすりと。

内容でご指摘の事がありましたら随時訂正します。
かなり自分的な解釈の場面もちらほら。

こう言うお話好きなんです。
どうしてでしょうね。
やっぱり好きな作品に影響されるんでしょうね。
「泉鏡花」とか「上田秋成」とか好きですので。
いえあの方達と比べる程の実力では無いですが。

それでは又次回作でお会いしましょう。
ここまで読んで下さいまして本当に有り難う御座いました。



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