「♪〜〜〜〜〜〜♪♪〜〜〜〜〜〜〜〜♪〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜〜」

  ハミングしながら、鍋をゆっくりとお玉で掻き混ぜる。

  ゆっくりとたちのぼる、お味噌汁のいいにおい。

「……………………………………………………」

  一口、すくって味見する。

「………うん。美味しい」

  これなら、大丈夫。





  じゅあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、ぱちっ、ぱちぱちっ。

  油の撥ねる音がする。





  菜箸を使って、こんがりとキツネ色に揚がったコロッケを取り上げ、油を切る。

  クリームコロッケは、私の得意料理のひとつだ。

  最近になって、漸く『得意料理』と言えるようになったというのは、まあ、ご愛嬌。





  なにもかもを失い、なにもかもを奪われ ―― 

  しかし、最後に残った、ただひとつ。

  それが、最高の幸せを運んでくれた。




















月姫夜話





『私の幸せ』















Written by “Lost-Way"




















「………んだ、だあ、あー」

「はいはい、貴秋ちゃん、もう少し待っててねー。もうすぐ、パパが帰って来ますからねー」

  背負い紐で背中に背負った、私たちの愛の結晶の重みを心地よく感じながら、軽く躰を揺すり、貴秋をあやす。

  自慢の長い髪は、ひとまとめにして括ってある。

  でなければ、貴秋が口に咥えて涎でベトベトにしてしまうからだ。

  ママとしては、ちょっと悲しかったりする。

  料理を並べて、時計に目をやる。





「だあ、あー、んぱー?」

「もうちゅぐぱぱががえってきまちゅよー?」

  背負い紐をほどき、抱き抱えてあやす。

  何が嬉しいのか、キャッキャッとはしゃぐ貴秋。





  私は、愛する夫が帰ってくるまでの時間、今の幸せをかみしめた。

  2LDKのマンション。

  それが、今の私の家。

  そして、この中に収まるものが、今の私の持ち物全て。





「♪〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

  ハミングしながら、貴秋をあやす。

  腕にすっぽりと収まる貴秋の体は暖かく、その重みは、ここに幸せはあるよ、と、伝えてくれているようだった。





  何でもあったけど、幸せの無かった日々。

  何も無いけれど、幸せに満ちた日々。

  全てを失ったけれど、ずっと側にいてくれた、愛しい人。





「………ああ………」

  今では、もう、呼ばなくなったけれど。

「兄さん」

  口にすれば、思い出される。

  なつかしくも騒がしかった高校時代。

  そして続く、喪失の日々を。















  父、槙久が亡くなって、党首の地位を継いでから起きた、一連の『吸血鬼』騒動。

  琥珀の謀略により、幽閉されていたハズのシキによって、引き起こされた殺人事件。

  その事件をきっかけにして経験した、痛みと、女としての悦び。





「………兄さん………」





  そもそもの起こりは、私たちがまだ幼かったころ。

  四季と志貴兄さんと、翡翠と。

  まだ、四人で仲良く遊んでいたころ。

  四季が、遠野の血に飲まれ、『反転』して志貴兄さんを殺めてしまった夏の日から。

  すべてが、始まったのだろう。

  父、槙久は、遠野一族当主の跡取りが反転してしまったことを隠蔽するために、同じ名前の読み方の志貴兄さんを跡取りにでっちあげ、分家筋である有間の家に追い出した。

  表向きは病弱で跡を継ぐことが出来ないから、とされていたけれど、結局のところ、自分が滅ぼした七夜一族の生き残りに生命を狙われるのを、そして、自分の近くに置くことで、当時屋敷にいた一族の者に感付かれるのを防ぎたかったのではなかっただろうか?

  今となっては、そう思う。

  その後、父、槙久の死により、当主の地位を継いだ私は、当主としての権限を使って、屋敷にいた一族 を追い出し、有間の家から兄さんを呼び戻した。





  そして始まった、奇妙な事件。





  吸血鬼となっていたシキを仕留め、めでたしめでたし、となるはずが、どこでどうおかしくなったのか。

  あろうことか兄さんは、私と共有していた『生命』を私に返して行方不明。

  漸く所在が解ったかと思えば、カレー先輩の世話になっていたとか。

  そのときの怒りたるや、言葉通り『怒髪天』と言うのに相応しかったと思う。










「……………………………………………………む」

  あ、だめだ。

  思い出したら、怒りまで思い出せてきちゃったし。










  その後、兄さんが帰って来てからが、また、大変だった。

  警察と、一族と。

  父、槙久の残した『業』故か。

  反転した『シキ』を処理せず、幽閉に止めたこと。

  その為、一族の当主たる義務 ―― 『反転した一族を狩る』 ―― が果たせなかったこと。

  また、滅ぼすべきと当主自らが決めた兄さんの一族 ―― 七夜一族 ―― を生かしておいたこと。

  一族の連中が言うところの、当主の義務を果たしていなかった。

  また、七夜一族を鏖にして処理し、戸籍などの記録も抹消したはずが、そのことを何らかの手段で調べ上げたものがいたらしく、結果、父、槙久の所業が元で遠野グループは解散。

  私は身一つで放り出され、当主の地位を追われ、途方に暮れた。










  そこを救けてくれたのが、兄さんだった。

  今まで琥珀や翡翠に頼りっぱなしで日常的なことが何一つ出来ない私を支えてくれた。

  どこをどうやったのか、『七夜』の戸籍を取り戻し、結果 ―― 





   ―― そう。

  結果、『兄妹』から『他人』へと変わり ―― 










   ―― 私たちは、結ばれた。















「………ふふっ」

  今までの生活全てを失ったけれど、兄さんは側にいてくれた。

  私は、兄さんさえ側にいてくれれば、それでよかった。

  そして、兄さんは側にいてくれた。

  全てを失ってからの生活は、失敗の連続だった。

  それは、私が何も出来ない小娘であると言う事実を、否応無しに自覚せざるを得なかった。

  そんな私を、ずっと励ましてくれた兄さん。

  兄さんがいなければ、私はこんなにも頑張れなかっただろう。

  ずっと、兄さんの優しさに甘えていたのかもしれない。










「だあ、あー、あば」

  腕の中の貴秋が、玄関に向かって手を伸ばす。

  どうも、この子は兄さんの気配に敏感なんだから。





  と ―― 





「ただいまー」

  がちゃ、と、ドアが開いて、兄さんが帰って来た。

「お帰りなさい、あなた」

「ただいま、秋葉」

  ちゅっ、と、玄関で接吻(くちづけ)を交わし、

「だああー!」

「………何で、ママと仲良くできないのかな?    貴秋は」

「パパが大好きだからでしょ?」

  お互いに顔を見合わせて笑みを浮かべる。

  貴秋を椅子に座らせ、兄さんから上着を預かってハンガーにかけ、ドレスブラシをかける。





「へえ、今日はコロッケか」

「ええ。結構、自信あるんですよ?」

「………そういや、料理始めたての頃はすごかったよなぁ」

「ん、もう!」

「ははは、ごめんごめん」

  そうやって笑い合えるのも、今が幸せだから。










「………秋葉?    なんだか嬉しそうだけど?」

「ええ、勿論」





  ふふっ。

  知ったら………びっくりするんだから。





「ねえ、あなた」

「なんだい?    秋葉」

「考えてほしいことがあるんですよ」

「なんだい?」

「名前」

「名前?」

「ええ。名前」

「……………………………………………………って、それ………」





  気付いたかな?





「貴秋に、弟か妹が、ね?」

「………ははっ………」





  突如、立ち上がると、

「貴秋!    喜べ!    お前、お兄ちゃんになれるぞ!」

「ちょ、ちょっとあなた。そんなに、危ないですよ」

  貴秋をたかいたかい、と、掲げて、





「秋葉………」

「あなた………?」

「みんなで、幸せになろうな?」

「………はい!!」










  私たちは、これからも色々と大変なことに出会うだろう。

  でも、私なら大丈夫。

  兄さんが、貴秋がいるから。

「ねえ、あなた?」

「なんだい?」

「私、幸せですよ?」

「俺も、ね?」

  言葉を交わさなくても、心が通い合う。

  それが「My Dearest Love」















  兄さんが、言ってくれた。





  いい女は、いい本に似ている。

  読むと、刺激があって、気持ちよくて、元気が出る。

  その本を読むと、自分がやりたかったことを思い出せる。

  読むたびに、新しい発見がある。

  自分が経験するたびに、読み方が変わってくる。

  当然付き合いも長くなる。

  不意に心の中によみがえってきて、話しかけられる。

  普段は本棚の中にいて、じっと見詰めている。

  決して媚びたり甘やかしたりしないのだけど。

  挑戦すると、想像力で無限に膨らむ。

  時間と空間を超越している。

  眠る時、傍にいて、夢の中に運んでくれる。





  だから、私は夢の中にいる。

  兄さんと、同じ夢を見ている。

  その夢は、いつだって現実で、

  優しく私を包んでくれるのだ。










  それが、私の幸せ。

  ただひとつ、手放せないもの。




















LOVE SONG [Year 2003 Version]



There's a calling voice colouring the sky in vermilion
The falling rain goes on for miles and miles

There's the voice crying like an angel
Which grows a thousand dreams in the silent night



There are the sons standing like warriors
They kept the sun on their fists and endured the suffering days

"May you have a future ahead"
There's the voice wishing and singing
Which sleeps within the belief



LOVE SONG blooms as flowers
LOVE SONG blows as a wind
LOVE SONG rises as waves
LOVE SONG cries about people...



“May you have good fortune in the furthest sky"
There's the rain shining all over you

There's the voice calling like an angel
Which counted the woven days colouring the vermillion sky



LOVE SONG blooms as flowers
LOVE SONG blows as a wind
LOVE SONG rises as waves
LOVE SONG cries about people...





[Copyright(C) e-License Inc]

[Copyright (C)2003 all rights reserved : CHAOS UNION   e-license]










  end………?
  or continue………?





  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!










後書き………のような駄文。

  はじめまして。
  Lost-Wayを御存じの方も、こちらでははじめまして。
  Cocktail Bar [MOON TIME]の電脳領域管理人、Lost-Wayと申すものです。
  月詠さんにはいつもお世話になっているので、なんとかしてお返ししなきゃな、と頭をひねった結果が『これ』でした。
  ……………………………………………………うまく書けていますでしょうか?
  気に入って戴けたらよいのですけれど………。
  素直なハッピーエンドよりも、ちょっとアクシデントなハッピーエンドが好きなもので………秋葉には『志貴』以外の全てを捨ててもらいました(苦笑)
  まあ、こんな『エンドアフター』もあり得るかも知れませんし。
  幸せの定義は『己の心に問え』でしょうから。


  では。
  LOST-WAYでした。





追記:
  作中の歌は、次のサイトからダウンロード出来ます。
  ただし、日本語の方ですけれどね。
  いい曲なので、是非、御一聴を。



http://www.s-hirasawa.com/nowar/




_________________________________
後書き
LOSTーWAYさん。
真に有難う御座います。
いつもSS読んでいますよ。
余り顔を出さなくて申し訳ないです。
いやー。
見ているこっちまでホホが緩んでしまう位の甘甘な二人ですね。
本来の秋葉ってこうやって可愛い筈なんですが。
何処で道を間違ったのか、皆様に認識されているのは
「胸」と「妹」のみなんですよね?
おかしいですねー?
でもこうやって
少しづつ秋葉の良さを分かってくれる人が増えてくれれば
コレ幸いです。

LOST-WAYさん。
お忙しい中でこの様なSS真に有難う御座いました。

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