ガクリ、と膝をつく。

 もう我慢できない。

 緊張のあまり息が荒くなる。


 恋人とはいえ、妹に、こんな事を――――――――――――― 



「秋葉――――――――――――」



「バイトさせてくれ」

「駄目です」




『三者面談』




「へっへっへっ、いいネタありますぜ旦那」

 部屋で落ち込んでいると余程そのスタイルが気に入ったのか、チャイナドレスを着込んで琥珀さんが入ってきた。

「その格好で部屋に入られて、
それが翡翠や秋葉に見られたら言い訳がきかないのですが、琥珀さん」

「私琥珀ちがうねー 謎の情報屋ミスター陳あるよー」

 ノリノリだ。

 困る。

「アルバイトの許可が貰えない志貴さんにナイスな手があるんですけれどねー」

「薬は駄目です。
俺は妹を人間やめさせてまでお金欲しくないです」

 あはー、って笑ったまま何も言わないが絶対

「既に人間じゃないんだから少しぐらい変わっても大したことありませんよー」

 とか考えてる顔だ。

「で、何なんですか、そのネタって」

 とにかく聞かないことには話が進まない。

「ふふふ、いくら出しますか?」

 ニヤリ、と笑う琥珀さん。

 折角可愛いんだから「にこり、と清楚に笑った。」みたいな印象を与えて欲しいんだけど、

 その笑いは間違いなくニヤリだった。

 だってアルバイトしたがる程金に困ってる貧乏学生にそんなこと言いますか!?

 やはり情報屋という職種の人間はシビア極まりない。

「というのは冗談で…」

 クス、と可愛らしく琥珀さんが唇に手を当てた。

「どこまでして下さいます?」


 お部屋をお連れします、という翡翠の姉だけあって、この人もワカラナイ事をいう。

 どこまで、というのは距離や限度を聞く言葉だ。

 それに「して下さいます」を付けるとなると…


「もちろん体で払って頂くんですよー」

 よぉーよぉーよぉー…と俺の頭の中で琥珀さんの言葉が響く。

 …体で?

 そんな、一体何をさせる気なんですか?

 目当ては俺の内臓ですか!?

「いや、体で、って具体的にどういう事を?」

「いえいえ、きっとお気に召していただける方法ですよ?」



 それからの話は精神的にかなり心地よいモノだった。

 なんで始めからそうしてくれないのかと思うぐらい。

 あきらめてるけど。こういう人だから。


「…秋葉」

「何でしょう、兄さん」


 夕食後のお茶のひとときに、俺は機会を得た。


「三者面談があるんだってな。」

「なっ………!?」

 危うく紅茶を吹き出しそうになるが、何とか耐え切るあたり流石だなぁ、と少し尊敬した。

「う、裏切ったわね琥珀!」

「琥珀さんに当たるんじゃない。
大体、保護者が自分自身だからって二者面談にするってのもおかしな話だろう。」

 まぁ、他の遠野の親戚連中に来て欲しくなかったのだろうけど。

 あと、琥珀さんの話では浅上という一流校に秋葉の保護者という形で行ったら最後、

 そいつが遠野の事実上の当主と見られてしまう可能性があるからとか。

「し、しかしですね、兄さんが来るといっても兄さんはそんな服…」

 そう、俺は正装は学生服しかない。

 しかし浅上の三者面談に学生服の保護者が行けば、それは間違いなく噂になり、

 秋葉としても困るところだろう。

「うん、持ってない。」

「でしたら…」

「買ってくれるんだろ?」

「…え?」

「『必要なもの』だよな? 揃えてくれるんだろ?」


 この時、久しぶりに俺は秋葉に勝った。

 参謀付きとはいえ、実に八年ぶりの勝利だった。



「秋葉様、スーツも仕立てましょうか? 洋服の○山で買う訳にはいかないでしょうし」

「当然です。 遠野家の長男が既製品など着て面談されては困りますからね」

 週末、買い物に行くに当たって、何か横で凄い会話が為されている。

「では、仕立て屋さんに連絡を入れておきますねー」

「既製品で済ませていいものは―――セカンドバッグくらいかしら?」

「この場合ビジネスバッグの方がよろしいのではないでしょうか、持ち帰られる書類もありますし」

 書類…
 
 そう、まさにこれである。

 何かしらその場において収穫を得なければ。

 今後秋葉に対する牽制の材料を仕入れ、

 しかも買い物をするに当たって兄妹間のコミュニケーションも取れ、

 さらには兄らしい事もしてやれるという三段構えの策。

 割烹着の悪魔、健在だ。

 まぁ、この作戦もただじゃないけど…

「では出かけましょうか、兄さん」

「あぁ。」

 遠出するという訳で今回はショッピングデート風とはいえ車だ。

 遠野家の車は運転席と後部席の間に仕切りがあるので、

 運転手の人に気を使わずに会話できるのが今回はありがたい。

「でも、意外です。 兄さんが三者面談に来てくださるなんて」

「そうかな?」

 あいかわらず、二人きりになると甘えてくるあたり、可愛いが鋭いのも変わらない。

 やっぱり俺には過ぎた妹だよなぁ、とよくよく思う。

 …恋人としても、過ぎてはいると思えてしまうのが悲しい。

「ええ、いつもの兄さんでしたら
『三者面談で保護者が必要なら琥珀さんに来てもらえばいいじゃないか』とか仰せになるところのような気がしましたので」

「…そこまで考え無しでもないよ」

 これも実は嘘。

 きっと秋葉から「三者面談があるんです」なんて言われたら俺はそう言ったに違いない。

 琥珀さんに事前に言われてたからこそできる切り返しだ。



 デパート、仕立て屋、ブランド直営店…どこでも秋葉は常連らしく歓迎されていた。

 そうでない紳士服の仕立て屋でも落ち着いてデザイナーに俺の希望を伝えてくれ、

 さらには秋葉自身の意見も勧めてくれた。 正直、助かった。 

 どう注文していいかなんてわからないし俺はセンスにも自信がない。

 社交界でこういうオーダーメイドのスーツも見慣れてる秋葉の見立てなら間違い無さそうだ。


「ふぅっ」

 ドッ、と車の後部座席に座り込む。
 
 流石に疲れてしまった。

「もう、兄さんたら」

 苦笑を浮かべつつも秋葉はそれを許容してくれた。

 やはり、二人きりはいい。

 そして、秋葉には苦労をかけているな、とふと自覚する。

 彼女は他者が介在する場合―――それが例え家族同然である琥珀さんや翡翠でも―――、

 俺に対しても遠野家の当主として振舞わねばならない。

 本当はこんなに可愛くて、優しいのに。

 俺が――――――――――――――――――――――――――――――――



やっぱ、やめた。






「ええっ!? 結局学友の方ともお会いせず帰ってきちゃったんですか?」

「だって、気がすすまなかったから」

 秋葉の弱みを握って牽制する、

 それには少し早めに浅上に行って三者面談を待っているふりをしつつ秋葉の同級生に会って

 秋葉の弱みになるような話を聞いておく、というのが琥珀さんの作戦の最重要点だった。

 でも、俺は結局しなかった。

 少しぐらい厳しくても、

 秋葉の悩みを減らす為、少しぐらいの物欲は我慢しようと思うのだ。


 ちょっと情けない責任の取り方だけど、しばらくこの程度の協力で我慢しててくれよな、秋葉

 
 力になれる、頼りになる兄貴をめざすから。

 
 とりあえず


「秋葉、勉強教えてくれないか?」







 蛇足までに。

 俺が「体」で払った掃除とか手伝いに、

 琥珀さんがなんだかんだ言って遠野家の雑費からバイト料を出してくれた。

 それと、この時揃えたスーツやらバッグやらは

 秋葉の言う「ちゃんとした場所」でのデートに役立ち、

 秋葉はいたく満足そうだった。

 ひょっとしたら琥珀さん、ここまで考えてくれてたのかな。感謝の言葉もない。


 

 終わり






後書

 はい、読了ありがとうございました。
 EIJIといいます。月詠氏のSSファンの皆様にはちょっとだけ御存知いただけてるかも知れません。
 氏にキリリクで「淡雪」をリクエストさせていただいたものです。
 この度一万ヒットとの事で投稿させていただきました。
 氏の遠野家SSのテンポのよさを見習いつつ書いてみましたが…琥珀さんが白くなってしまいました
 …こんなの琥珀さんじゃないやい!と驚かれたらすいません(笑



















感想など。
わ〜い、有難う御座います。
この度は私のHP一万ヒット記念と言う事で頂きましたです。
いやしかし
確かに琥珀さんが真っ白ですね。
綺麗過ぎます。
でも秋葉ももう少し大人しくてもいいかとも。
皆さん言いますね、「そうすれば可愛いのに」って。
ですが。
ソレこそが秋葉の秋葉たる所以ではないでしょうか?


EIJI様、この度は真に有難う御座いました。

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