ある朝、起きたら朱い月はうちの学校の制服を着ていた。




 「………………なに、それ?」

 「コウコウとやらに入るには、このような身なりをせねばならぬと伝え聞く。

  剛に入りては剛に従え。迷惑をかけぬ為には、こうする他あるまい」

 「……………………」



女子高生というものは、とかく制服の魔力によって武装しているものだ。

例えば、警官が警官たる最たる要因がその制服であり、私服警官というのは

どことなくかっこよさはあっても威厳は感じられないような気がしないでもない。


制服というものは、纏うだけで人を強固な存在たらしめる。

しかしそれゆえ、相応というものが激しく求められるのも確かだ。

今でこそ巧みな洗脳を施し、何食わぬ顔で女子高生を満喫しちゃってる

地味な人もいるが、万が一あの洗脳が解けてしまったら、その制服姿を

見ただけで思わず「曲者!!」と手裏剣を投げずにはいられないだろう。

10代だから女子高生なのではない。制服を着ているから女子高生なのだ。


それはさしあたって関係のない話だが、朱い月に制服は相応しくない。


 「駄目だ! お前は、あのドレス姿じゃなきゃ駄目なんだ!!

  お前、なんちゃって女子高生としていじられたいのか!? 本人は

  おいしくても、周りから見たら案外痛々しいぞ!?」

勢いに任せて捲くし立てる俺を見て、悲しげにうつむく朱い月。


……うわああ、威厳はあってもやっぱこういう所はアルクェイドだよなぁ……。


 「……そうか。やはり似合わぬか……」


や……やめろおおおおおおお!!

その目は反則だ……!!

アルクェイドの甘えるような上目遣いはそのままに、凛とした壮麗さが

少女じみた淡い悲しみに彩られた泣きそうな顔。


ここまで男の理性を木っ端微塵に砕き去る表情があるだろうか。


 「に、似合ってる! 似合ってるぞ!! っていうか、お前のためにある制服だ!!」

 「…………そうか……?」

一転して恥ずかしそうに微笑を溢す。

うはああああああああああああああ……とろける…………


 「………………では、参ろうか」

 「………………………………………………は?」


 「コウコウとやらに」


 「…………………………………………………………」

……前フリだったのか…………これ……。熱弁したのに…………









朱い靴 履いてた おひめさま











そもそも朱い月が高校に興味を持ってしまうのは時間の問題だった。

出会った頃は世の中全てに関心を示さず虚無感さえ感じられた朱い月が、最近は

いろいろなものに興味を持ち、それこそスポンジのようにぐんぐんと吸収していく。

そして今は、俺が不覚にも嬉々として高校の事を語ってしまったため、

女子高生に興味を持ってしまったというわけだ。




 「………………て、転校生を紹介する…………」


物事には限度というものがある。

美少女突然の転校というのは古今東西絶対不可侵のルールではあるが、

それにも許容できる範囲は限られている。



 「あ、朱い月……………………さんだ」


 「勉学に勤しむつもりは毛頭ないが、興味があって参った。

  この身のことは遠慮せずに朱い月と呼称するがいい」


 「「「………………………………………………」」」


とびきりの美少女の転校に狂喜乱舞した男子達だったが、さすがにその怪しさに

正気に返ったようだった。


 「なあ遠野、やっぱ”朱い”が苗字で”つき”が名前なのかな、あれは」

…………疑問を抱く部分が根本的に間違っている奴もいるが。

カナカナの名前で平気な顔して潜伏してる人もいるっていうのに、ツメが甘いなあ、朱い月は。


だが、所詮十の疑心も万の美の前には霞み、消し飛んでしまう。

最初はこそこそと噂話をしていたクラスメイトだが、すぐにその

神秘的な美に魅せられてしまったのか、犬のように朱い月の足元に纏わりついている。

 「…………犬とお呼び下さい!!」

 「そうか、お前は犬というのか」

 「そうです、私達は卑しい犬にございます!!」

 「……………………犬」

 「はあああああああああああ…………」

びくびくと打ち震えながら悶える男子達。こいつらが犬なら保健所に送ったほうがいいだろうか。



その時、けたたましい破砕音とともに窓ガラスが木っ端微塵に砕け散った。

 「何やってやがんですかコンチクショーがああああああああああ!!!」

階段を下りてくるのももどかしかったのか、消火器のホースを腰に巻いた人が

上の3年生の階からアクロバティックにダイブしてきた。

あ、カタカナの名前の人だ。


 「ここは高校です! 女子高生の聖域!! あなたのような年増が来ていいような

  場所ではありません!! 早々に立ち去りなさい!!」

 「…………………………」

あえて何もツッコまずに憐憫に満ちた微笑みを浮かべる朱い月。

先輩も自爆してる事ぐらい気付いてくださいよ……

 「自傷癖があるようだな。埋葬機関。鏡に自分の顔を映してみるがいい」

遠回しに「お前の方がなんちゃって女子高生じゃー」とツッコむ朱い月。


 「笑止!! 笑いが止まると書いて笑止ですよ!! 世に溢れる女子高生を

  見てごらんなさい!! 若さに任せて笑顔いっぱい元気いっぱいやりたい放題!!

  甘酸っぱい青春の象徴、それが女子高生! あなたのような能面、女子高生を

  名乗るには1万年遅いです!!」

……いや、確かに無駄に元気いっぱいでやりたい放題な人だけど……。

だからといって、それだけで、この人を女子高生と認めていいものなのか。


 「それは違うぜ、先輩」

えらい男前な顔で先輩の前に立ちはだかる有彦。


 「さっき言った女子高生像、それはあんたの夢描いた幻想に過ぎねぇ!!」

ビシっ、と快音が教室に鳴り響いた。

有彦が力強く指差した音と、先輩の頭にヒビが入った音の調和。


 「滅多に笑顔を見せない、能面みたいな女子高生! いいじゃあねえか!

  だからこそ笑顔に価値が出てくるってもんだろ!? 元気がないなら出させてあげたい!

  受動的なら引っ張ってあげたい!! 畜生!! 男の夢の福袋じゃねーか!!」

 「うおおおおおおおおおお! 乾いいいいいいいいい!!!」


有彦の熱き演説を聞き、犬共は声を上げてむせび泣いていた。

ちなみに俺はというと、巻き添えを食わないように朱い月と女子を連れて安全圏へ避難する。

後ろで先輩がガチャガチャと金属音を響かせていたから。




当然のように、有彦が一番念入りに殺害された。

黒鍵を嵐のように投擲された後、有彦の守護星座の形に合わせ全身に第七聖典を叩き込まれた。

 「さあ、もう安心です。女子の皆さんに遠野君。電波に脳幹を犯された男子達は

  二度と生き返れないほど粉砕しておきましたから。これで分かったでしょう!!

  あなたのせいで多くの命が失われました! さっさと失せなさい、朱い月!!」

俺は何に、どっからどうツッコめばいいんだろう。

だが俺の懸念を余所に、瞬時に再生した男子は再び朱い月の周りでキャンキャン鳴いていた。

 「馬鹿な!? こんなエセ女子高生にどうしてそこまで媚びるんですか、あなた達は!?」


今学期クラス委員の弓塚が女子を代表するように言い放つ。

 「シエル先輩、これが本当の女子高生の魅力だと思うよ。命さえ超越させる魅力。

  それをやっかんでただ暴力を振るうだけなんて、シエル先輩、最低!!」

シエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール(驚愕音)


さらにそれを続けるように、朱い月が諭すように言う。

 「一番ジョシコウセイの影に怯えているのは貴様自身ではないのか。己がジョシコウセイ

  たる確固とした自信を持てぬがために、他人を貶める事で初めて自分の存在価値を

  確認する。……無様な女だ」


拳を握り締め絶叫するシエル先輩。

 「……だって……だって! 怖いじゃないですか!! 好物カレーだし!!

  髪の特徴はもみ上げだけだし!! 眼鏡っ娘なのに眼鏡っ気薄いし!!

  ダブってるわけじゃないのに、なんか周りの娘がみんな私より若く見えるし!!」


それは……仕方ないと思いますが…………


 「それでも、私だって、一生懸命みんなについていこうと頑張ってるんです!!

  話題に乗り遅れないように、雑誌で流行りの服とかチェックしてるんですよ!

  月9もちゃんと見てるし!!(でもたけしのTVタックル)

  いままでは笑点とか水戸黄門しか見なかったけど、今は大河ドラマもちゃんと見てるし!!」

 「変わんないじゃん!!」

 「愚か者が。この身は昼に映し出される人生相談とやらもかかさず見ておるわ」


 「うっ…………うわーーーーーーーーーーん!!」


その朱い月の言葉に決定的な敗北を確信したのか、わざわざ違う窓をブチ破って

駆けて行くシエル先輩。

…………どこに敗因があったのだろうか……。


 「……志貴よ。ジョシコウセイというものは、こんなにも悲しき存在なのか……」

 「人にもよるけどね」





わかりきっていたことだが、授業など全然朱い月は聞こうとしない。

興味を持ったことはとことん探求するが、それ以外のものはてんでほったらかす性分なのだ。


 「……おい。遠野。次は体育だぞ」

 「…………………………」



 「「「「「ほぎゃああああああああああああああああああああああああああ」」」」」

男子全員が絶叫する。

朱い月は律儀にも体操服に着替えてグラウンドに佇んでいたのだ。

あまりにもなまめかしいブルマに前屈者続出。

気になるのは女子の何人かも頬を赤らめている事だが。
 
 「…………似合わぬか」

 「だ、だからそんな事ないって」

 「…………そうか。それは何よりだ」

今、微かに笑ってくれたように見えた。

………さっき有彦の言ったとおりだ。

普段なかなか見れないからこそ、価値があるんだよな。ブルマ……じゃなかった、笑顔。

その日の体育は、男子はみんな見学だった。

体調の不良による見学ではなく、朱い月の見学。1時間ずっと。

それは、甲子園の決勝にも似た熱き青春の時間だった。





昼休み、廊下でじっと何かを見つめている朱い月を発見した。

 「志貴、あれは一体なんだ」

見ると、この高校一セクシーと謳われる英語の先生が、妖艶なイングリッシュで

廊下を走っていた男子生徒を説教している所だった。

ちなみにこの高校の七不思議では、この先生に廊下で説教されると放課後……


 「あれは先生だよ。ずっと教室の前の方に立ってただろ、男の先生ばっかりだったけど。

  女教師は少ないからなぁ、この高校」


 「オンナキョウシ…………」








昼休みが終わり、午後の授業が始まると、入ってきたのは最近痴漢の容疑で

書類送検されそうになった社会の先生ではなく、金髪をなびかせた女教師だった。

…………というか朱い月だった。

 「お、お前ーー!! 何やってんだよ! っていうかそれ、英語の先生のスーツ!?」

 「……もちろんオンナキョウシだ。あの女は、裸で廊下に転がすのも可哀想なので、

  マットでくるんで倉庫に置いてきた」

盗んだんかい!!

しかもかえってあぶないシチュエーションにおいやってきてるし……。


 「オンナキョウシの方にも興味が湧いた。だからやる。それだけだ。誰か依存のある者でも

  いるのか」


 「「「「「いません!!!」」」」」

サーイエッサーと言わんばかりに一糸乱れぬ返事が返ってきた。

しかし当然こうなるとやっぱり黙っていられないのだろう、轟音とともに

黒板をブチ抜いて青いスーツを纏った女性がカッ飛んでくる。

 「あなたは……あなたは、私から女教師としての存在意義も奪う気なんですか!!」

シエル先輩……じゃなかった、知得留先生だ。

 「奢るな。貴様、己が女教師の体現だとでも言う気か」

 「あなたは私の隣でブーブー言ってればいいんですよーーーーーーーーー!!!」

それは朱い月じゃなくて…………




…………でも待てよ。

何だかんだ言って、朱い月は自分の興味を持ったものにはとことんのめり込んでいく。

じゃあ……じゃあ……!!

 「ウェイトレスに興味を持たせたり、看護婦に興味を持たせたり、メイドに興味を持たせたり!!」

バリエーション豊富ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!



その日の夜。

背徳感に苛まれながらも、俺は一つの盗みを働いてしまった。

盗みの現場は遠野家。翡翠の部屋。

メイド服を小脇に抱えながら、俺は未来に思いを馳せていた。

まさか、巡回中のお巡りさんに呼び止められるなんて、思ってもみなかったから……。

薄ら笑いを浮かべながらメイド服を抱えてスキップする男の子の言い分は、全然

お巡りさんは聞いてくれませんでした。



 「……遅い。志貴は、何をしておるのだ」

アーネンエルベからウェイトレスの制服を強奪してきた朱い月が健気に志貴の帰りを

待っていたが、もちろんその日の夜志貴が帰ってくる事はなかった……。






終わる(志貴の人生も)



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水夢あとがき


うちのページの11万Hitのキリ番を(随分前に(汗)踏まれた月詠さんに贈らせていただいた

朱い月SSです。……でもリクエストに反してシエルの方が目立ってしまったかも……。

……すいません、100%リクエスト再現できなくて…………

書いてくうちにどんどんどんどん角度が変わってって……(泣)


2002/9/18

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水夢さん、ありがとうございました。
実は私、他の方からリクSS貰うのは初めてなんです。

いや、とても感激しました。
難しい内容でしたがありがとうでした。


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