一足で駆け出し、間合いを詰める。

相手の体に浮かぶ「死線」
そして「死の点」

確かに視える。
なら俺のやる事は一つ。
もう一度
七夜を固く握り締める。

「俺の体に線とやらが見えたとして。
そう簡単になぞらせはせんよ」
そんな声が聞こえた刹那。

相手の姿が消える。
視界から外れるとか言うのではなく。
完全に俺の目の前から姿を消していた。


「な、に」




完全に姿が消えた?
これは、俺の高速移動と同じなのか?
イヤ、そんなものとは全く違う。
存在自体が消えている。
殺気が全く無い。



「その一瞬が命取りだ」
思考が停止していた俺の背後に疾風が巻き起こる。
こちらの死角からの攻撃か。
左後方からの鋭い剣撃。

感覚のみを頼りに体を捻り交わす。
交わし様すかさずその場所目掛け七夜を振り下ろすが。


もうそこには相手の姿は無く。
「遅い」
今度は上空からの投擲。
天上に逆さになりながら大きく剣を振り被り、投げる。
向かって来るのは三本か。
その剣が俺に降り注ぐ。

トン、トン、トン。
小気味良い音がして俺のいた位置に三本とも刺さる。


ここまでは相手のペースだったが後手に回るのはここまでだ。
着地の瞬間を狙い、こっちから仕掛ける。
着地を見て相手の体に思い切り体当たりをブチ咬ます。
相手もそれを、したり、と受け止める。

俺の渾身の突進を肩で受け止め
片手で胸倉を掴み力任せに放り投げられた。

何て馬鹿力だ。
しかも
投げた反対の手には先程の剣が。


真逆。

背筋に冷たい物が走る。
相手がニヤリと笑うのが見える。

そして。
手にしていた剣が投げられる。

くそッ。
無理な体勢だが何とか空中でその剣を弾き飛ばす。


そのまま
半回転し着地。
更に間合いを離す為に、大きくバックステップで距離を取る。

中々ヤリ辛い相手だな。
額の汗を拭いながらごちる。

近付こうにも相手は消える為場所を特定し難い。

離れれば先程の様な飛び道具が乱射される。
こっちに有利な間合いが見当たらない。

「それで君の攻撃は終わりかね?」
剣を持った手を掲げ、呟く。



「なら、こっちの番だ」
そう言って又も姿が掻き消える。


今度は死角からやらせるか。


ドン。
背中を壁につける。
こうすれば少なくとも背後からの攻撃は防げる。


「愚かな。
自ら罠に嵌るとは」


目の前を風が吹き抜ける。
そして
風と共に相手の姿が。


しかも
俺に背中を向けている。














何て
無防備





















何て
侮辱
























何て
愚か!!






















一気に頭に血が上る。
その無防備な背中に七夜を突き立ててやる!
殺人衝動の命ずるままに
体を深く沈め、思い切り駆け出す。





!!

体内を駆け巡る殺人衝動と同時に
最大級の警告も鳴り響く。
駆け出した体を無理矢理に押し止める。


いきなりなのでそう簡単には止まらなかったが。
それでも
数歩で突進は止まる。




だけど
たった数歩なのに。
目の前には何も無いのに。
何故か頬に傷が。
何に触れて切れたってんだ?


「フム。
流石に気付いたか。
矢張り君の血筋はそのテの事には敏感だな」
クルリと振り向く。


「何だと?」

「言ったろ?
君は俺の罠に嵌ってるのさ」


罠?
この何も無い空間に、罠だと?





落ち着け。
よく見てみろ。


奴がああ言うからには何か、ある筈だ。


ジッと目を凝らす。
別にコレと言って特に代わり映えの無い空間。
今まで同じく無数に広がる死線。




……待てよ
おかしいだろ?
幾ら何でもこの数は異常だ。
この夥しい線は尋常じゃない。


まるでコレじゃこの空間自体が「死んでる」みたいだ。




真逆とは思うが
こいつ
この部屋自体を「殺した」のか?

「俺にそんな能力は無いぜ。
「殺す」のは君の専売特許だろ?」
ニタリと笑ってのたまう。



そう言やさっき駆け抜けようとした場所にも線があるな。



……線?




何か、おかしい。




その何かが分からないが。
この数はおかしい。





一つなぞってみるか。
もしコレがフェイクだとしてもヒントとなろう。

ゆっくりとその線に沿ってなぞる。

ぎゃりぃぃぃぃん
ガラスを引っ掻いた様な異音が響く。


……ッこいつ。
線じゃなくて。




そんな俺の表情が読めたのか。
我が意を得たり、と
会心の笑みを浮かべる。


「そう。
こいつは鋼線、ワイヤーさ。
しかもこの線一つがカミソリ並みの切れ味を持っている。
迂闊に飛び込めば、君の体は一瞬にして細切れに」
そう言ってこいつはクククと楽しそうに笑い声を上げる。






「君の台詞では無いが。
糸を巣と張る固有結界。
ようこそ
素晴らしきこの空間に」
両手を広げ、にこやかに微笑む。



つまり
この死線に見えた線は全て奴の張った罠、と。

斬れるのか、こいつは。
ヒュンと一振りしてみるが。
キィィィィン、と甲高い音がして弾き返される。

成る程、ね。
コレは確かに厄介だ。
ワイヤーは目の前だけでなく、
それこそこの部屋一帯に縦横無尽に張り巡らされている。
もしかしてこいつが
姿を消しているのってコレを張るためか?


ワイヤーを巡らす為に
ワザと姿を消してその意図を悟らせない様に?

ま、それは後で考える。
今は兎に角ここから出る事を。
切り抜ける事も無理だし、かと言って隙間を抜けるにも
余りに小さすぎてそれも不可能。
おまけに俺自身で背後に壁を背負ったから。
進退窮まった、って奴か。


「さぁて、どうするね。
このままでは君に勝ち目は無いな。
俺は君にコレを投げればいいだけだしな」
じゃらり、と
両手に挟まれた剣を高々と掲げる。

そう易々とチェックメイトになどさせるかよ。



逃げ道が無いなら
作ってやる!!





クルリと反転し
壁に走る線を切り裂く。
まるでバターにナイフを入れる様に壁にぽっかりと穴が空く。
直ぐ様
その穴から身を躍らす。

「逃がすか!!」
その穴目掛け剣が投げられるが俺には当たらない。
続け様に足音。

奴もこの事は考えに入っていなかったのか。
声に幾らかの焦りが見える。
足音をさせて来るなんて余程切羽詰ってるのか?
奴が俺を追い掛けて穴から外へ飛び出て来る。

その時を狙っていたのさ!!
体が見えた瞬間。
穴の横に身を潜めていた俺が斬りかかる。



「!!」
奴の目が大きく見開く。
完全に奴の不意を付いた!
反撃させる間も与えずに一瞬にして十七分割する。





相手の体が血の海に沈んだのを
確認してから、溜めていた力を解放する様に
胸の中の空気を全て吐き出す。


確かに手強い相手だったけど。
ホンの少しの隙があれば俺には充分。
瞬きする間に相手を消し去る事の出来る俺なら。


手に持った七夜を一振りし血を払うと
頬を伝う汗を手の甲で拭い取る。

「成る程。
それが直死の魔眼の威力か。
想像以上の力だな」


!!
背後から奴の声が。
馬鹿な。
たった今目の前でバラバラにしたって言うのに。


なのに。
何でそんな呑気に煙草なんか吹かしてるんだ?


ありえない。
そんな事、ありえる筈が無い。


「仕方無いさ。
君の理解の範疇は超えているからな。
それが魔法であり、魔術だ」

そう言って片手を掲げる。
そのまま
パチーーーン、と指を鳴らす。




同時に視界が歪む様な嫌な感覚がして。
さっき俺が切り刻んだ奴の体が只の紙屑に変わる。


「変わり、身」


「コレもこの国に来てから習得したのだがね。
「ウツセミ」とか言うのだろ?」


事も無げにサラリと言う。
じゃ、俺は今までニセモノと必死になって戦ってたってのか。
何て、無様だ。

「……何時の間に」
呻く様に呟く。


「最初からさ。
最初消えた時から入れ替わった。
後は俺本体は身を隠し、分身が俺の変わりに戦っていた」

それを聞いて愕然とする。
体中の力が抜けて行くのが分かる。

結局。
俺は釈迦の掌の上で遊ばれていただけ、か。


「悪く思うな。
君の力を見たかったからな。
だがその為に万が一にもその一撃を喰らう事は避けたかった。
その所為で君に嫌な思いをさせてしまったが」
被っていた帽子を脱ぎ、深々と一礼する。





そんな事を言ってるが。
恐らくマジでヤッたら俺の方が不利だろう。
それ位読めない程俺も愚かじゃない。














「それで?
態々遠野君を罠に掛けてまで見たがっていた力。
実際に目の当たりにしてどうでした」

戦闘が終了したのと同時に。
先輩が彼に声を掛ける。

「ん?ああ確かに怖ろしいな。
類稀なる殺人センスとそれを行使出来る肉体。
流石は闇に名を馳せた一族だけはある」


ジッと俺を見詰める。
今度の視線には先程とは違う色が。
何か誰何する様な、それでいて値踏みする様な。

「そして
その彼の肉体に宿った直死の魔眼。
これだけ条件の揃った殺人鬼はいない」


「で?
志貴をどうするつもり?
真逆、本当に真逆とは思うけど。
自分の死徒にするつもりじゃないでしょうね?」
腕組をし、尋問するかの様な勢いで畳み掛けてくる姫君。

「彼の自我が弱かったらそうするつもりでいた」
サラリと俺も爆弾発言をする。

「先程も言ったがこれ程の逸材は早々お目に掛かれない。
あわよくば僕として連れて行きたかったが」

そこまで言い、色めきたった面子を見回す。
これ以上不穏当な発言をしたら袋叩きに遭いそうな。

「だが。
確かに類稀な殺人鬼だが、結局は彼はヒトだ。
ヒトはどこまで行ってもヒトのままだ」

吸っていた煙草を投げ捨てる。
そして懐から新しい煙草を引き出し、火を点ける。

「それは彼の事は諦めると言う事ですか?」
些かも気を許していない。
当然か。
俺は彼女からすれば異端であり、狩られる対象。
そして
今又最愛なる人を奪おうとしているからな。


「ああ。多少残念だがね。
ここまでの逸材を見逃すのは。
だが、
俺にヒトはいらない。
欲しいのは完全な殺人鬼。
それも躊躇無く殺せる、な」

紫煙を吐き出しながらそう結論付ける。

「この場合は
俺にとっては残念だがと言っていいんだろうな。
彼はこの大きな矛盾を抱きながらヒトとして生きて行こうとしてる。
安心しろよ、無理矢理連れて行こうとはしないから」


そう言ってもまだ周りの目は厳しい。
それは当然か。
いきなり来て
しかもこれだけ派手にドンパチしておいて。
挙句
こんな身勝手な事言ってるんだから。


「ま、いいわ。
貴方がそう言うなら一応信じる。
で?
どうする気?
これで目的は果たしたんでしょ?
このまま帰るの?」

ハン冗談。
姫君のその言葉を鼻で笑う。


「何をそんな戯言を。
俺の目的はまだあるぜ?」

「何があると言うのです?
遠野君を連れて行かないのならさっさと本国に戻ったらどうです」


「寝言は寝てから言え、代行者。
俺のもう一つの目的。
それを果たせずに帰れるか」

ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべる。


























「あのケモノ野郎をこの手で仕留めるまで
俺は帰る気なんてサラサラ無いぜ?」


「混沌、ですか。
ですが幾ら貴方でも彼を滅ぼすのは無理です。
それこそ遠野君の魔眼で無い限り」

代行者が声を荒げる。
そんな事は先刻承知。

「だがよ。
これは俺の喧嘩だ。
俺の喧嘩に彼を巻き込む気は無い。
それにさっき言ったろ?」


一同が俺を凝視する。


「彼はヒトのまま生きると。
幾ら相手が死人だろうと、人殺しは出来ない。
こう言う汚れ仕事は俺らの領分だ」

だから黙って見てろよ。
そう付け加える。


周囲が水を打った様に静かになる。
ま。
そゆ事で。

クルリと反転しその場を去る。


「それで一人で行くつもりですか?」
代行者が俺に問う。
当たり前だろ?
これは俺の喧嘩、もうこれっきりだろ?お前らとも。

「見縊らないで下さい。
私は埋葬機関としてこの町に常駐しているんです。
この町に死徒がいるのならそれを殲滅するのが役目です」


あっそ。
それには俺も含まれるのか?
そんな意図が通じたのが
幾分顔をしかめる。

「確かに貴方もそうですが。
危険度から言えば混沌の方が上です。
ですからこれは私にも関係する事です」

「だからって共同戦線を張るつもりは無いんだろ?
だったら邪魔だ。
大人しく部屋の隅で震えてろ」
バッサリと言い切る。

流石にこれには反論が出る。

「一寸ルーク。シエルが手を貸して上げるって言ってるんだから。
そんな事言う事無いじゃないよ」

「てめぇら、五月蝿ぇぞ。
姫さんにしろ代行者にしろ。
奴を完全に滅する事は出来ないんだ。
そんな奴と組んだって意味は無い。
だったら俺一人の方が何かと身軽だ」

「それは貴方も同じではないですか。
混沌は遠野君で無ければ滅ぼせません。
貴方に直死の魔眼があると言うのなら話は別ですが。
ええ。
言う通り私にもそしてそこのあーぱーにも完全に滅する手はありません。
ですが
それは貴方も同じ。
それとも何か妙案があるとでも言うのですか?」

何本目かの煙草に火を点ける。
紫煙が立ち昇り、上空で消える。








































「奥の手ってのは隠しとくモンだぜ?
特に敵の前でバラす程滑稽なものは無いよな」
俺たちをさっきから注視してるカラスに話し掛ける。

















































「なぁ、混沌よ。
安心して待ってろよ。
迷い無く今度こそ冥土とやらに送ってやるからよ!」
カラスも俺の視線に気付き、羽ばたき飛び立つ。



「せいぜいそれまでに思う存分喰らうんだな。
それが出来るならな!」
飛び立ったカラス目掛け火の付いた煙草を投げ付ける。

煙草がカラスと一直線上になった時。
まばゆい光がカラスを包む。
その光が収まった時にはカラスの姿は消えていて。




「どこまで聞いてたかは知らんが。
誰に喧嘩を売ったのか、もう一度良く思い返して見るんだな」


















































虚空に向かい
ジッと一点を見詰め続け
誰に言うでもなく呟いた。
































NEXTSTORY
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後書き
ルーク:ハイお疲れさん。
シエル:お疲れ様ですねー。
アルク:全くよー。何時まで待たせるのよ。
月詠:そーゆーな。こっちだって無い知恵絞って考えてるんだ。
シエル:元々こんなSS書き出すのが間違いです。
ルーク:でもこれが出ないと俺は出ないからな。
アルク:しかも矢鱈と長ったらいし。
月詠:うっさいての。
シエル:それにしても驚きです。あの遠野家しか書かないと言っていた貴方が。
アルク:そー。このSSでは妹たち出て来て無いじゃん。
ルーク:そりゃ仕方ないだろ。
シエル:どうしてですか?
月詠:基本的にロアならまだしも、ネロじゃ遠野家は掠らないしな。
アルク:そーだね。ネロは表と言うか私の方だし。
ルーク:今回と次回まではネロ編だろうから暫くは無理だな。
シエル:でもその後ロアが出るとも限りませんしね。
アルク:出ないでしょ?このまま一気に。
月詠:どこに行こうと言うのかね?
シエル:さぁ?どこでしょ?
ルーク:カレーの国じゃねぇのか?
アルク:インド?
月詠:それはボケなのか?それとも素なのか?
シエル:素でしょうね。こう見えなくてもあーぱーですから。
ルーク:マンマお子ちゃまだからな。
アルク:ひどーい。私のどこがお子様なのよー。
シエル:性格。
ルーク:全て。
月詠:さぁ?
シエル:さて。それでは今回のSSですが。
ルーク:俺とあのボンとのバトルがメインだろ?
アルク:でもさー。あれって卑怯よね。
ルーク:ワイヤーか?それとも空蝉か?
シエル:どちらも立派な戦略です。それを卑怯と言うのは肉弾戦しか能が無いからでは?
月詠:まー、奇をてらい過ぎたとは思うけど。
ルーク:後は火炎の魔法とか、投擲とか。まネタは色々あるがな。
シエル:それにしては結構あっさり殺されましたね。
アルク:ウンそれは思った。
ルーク:油断した訳じゃないが。見えない箇所からの不意打ちとしては上出来さ。
月詠:本来の暗殺者ならアレが正統派かな。
シエル:では貴方も不意を付けば殺せる、と。
アルク:シエルに不意が付ければね。
ルーク:つけるモンなら付いてみろ。
月詠:今回は手の内の探り合いと志貴の能力の調査だから割かし簡単にやられましたが。
シエル:分ってますよ。貴方を追って行って何人の機関の人間が帰って来なかったか。
アルク:でもルークって別に封印される謂れは無いんじゃ?
ルーク:死徒である事が問題なんだろ?それでも刃向かうなら殺すが。
月詠:こいつも珍しい奴だし。血ぃ吸わんし無所属だし。
シエル:そう言う人ほど怖ろしいんです。何するか分らないから。
アルク:でさ。次回は?
ルーク:野郎との決戦だな。
シエル:本当に私たちの手助けはいらないのですか?
ルーク:くどいぜ。ガキは大人しく寝てろ。
月詠:まー、どーなるかは書いて見ないと分からんが。
シエル:分りました。
ルーク:じゃ、又次回な。アバヨ。
シエル:ここまで読んで下さって有難う御座いました。
アルク:じゃ、期待しててね。
月詠:それでは次回のここでお会いしましょう。

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