紅蓮の炎が闇夜を焦がす。
この世全てが炎によって焼き尽くされて行く様な。

街が、建物が、森が、空が。

ありとあらゆるものが焼かれ、燃える。
最早ここには生きとし生けるものは無く。
只、炎のみが己の力を誇示している。

「…………神よ……」

その光景をぼんやりと見つめる。
闇をも焦がすその中で一人呟く。

声からすると男性であろうか。
だが、暗闇と燃え盛る炎で判別出来ない。

炎を見上げる様にして立ち
己が影を長く投げ掛ける。

「…………神よ……」

もう一度同じ言葉を呟く。
今度のこれには多少の感情が込められる。
ギリリ、と言う歯軋りも聞こえる。

「これが。
これが貴方の望んだモノか……」

吐き捨てる様に呟くと
燃え盛る炎に背を向ける。
そして
そのまま歩みを止めずに闇の中に身を投じる。

残されるのは
燃え盛る炎の音のみ。



そして全ては無に返るのだ。


















「灰色の狂想曲」




















「ああったく。喧しいな……」
漸く街に辿り着いたと思ったら何だコリャ。
入った途端に馬鹿騒ぎが耳をつんざく。
イヤ正確には入る前から分かってはいたけど。

でも祭りとか言うモンでもないな。
あーゆー馬鹿騒ぎとは少し様相が違う。

何か
どちらかと言えば狂気に近い叫び声。

何だ何だ?
街の中心まではまだ少しあるけど。
それでもこの騒ぎは少しばかりおかしいだろ?

そんな事を思いながら中心へ続く道をぽけーとしながら歩く。
山間の長閑な、これと言った特徴も無い街。
隣町って言っても山一つ超えないと無い場所だしなー。

そんな鄙びた街で一体何の馬鹿騒ぎだ?

と。
何やら俺の行く方角から
つまり中心部から誰かが駆けて来るのが見える。
ハテ?

暫しこの場に立ち、来訪者を待って見る。
その人影は……
どうやら女性?

と言っても俺に女性の知り合いはいないし。
てか俺はこの町の人間でもないし。

で。
その女性を追い掛ける様にして
数名、の男たちが走ってる。

うーん。
ナンパにしては随分必死だな。

徐々に距離が近付き
女性の全体像が見える。

体中泥に塗れていて更に、衣服は所々破け、血が滲んでる。
表情は死に物狂いと言うのが適切か?

何が、あった?

女性は俺の姿を確認して急停止する。

背後からは口々に何やら叫んでる男たち。
このままでは追い付かれる。
そして少しばかり判断が遅れた。

この一瞬が命取りだった。

男たちは女性に追い付き
女性も
ならば、と俺の背後に隠れる。
互いに面識が無い以上、当面の敵では無いと認識したか。

俺の背後に回った女性から激しい息遣いが伝わる。
随分と長時間走ってたんだな。

「おい、おめぇ。
見ねぇ顔だな? 旅人か?」
いきなり荒い口調で詰問してくる。

「ええ。隣町と言うか。
まぁあっちの方から来ました、旅人、かな?」
と自分が歩いて来た道を指差す。

それは遠い山々。
遥か遠くの雲に隠れた峰。
それを指す。

「ハン。
そうかよ、だがな生憎この街にはロクなモンがねぇ。
用が無いならさっさとここを抜けて都会まで行くんだな」
強引に話を打ち切ろうとする。
待てよ。

幾らお急ぎだからって
旅人を無下にするもんじゃないぞ。

「ロクな、と言っても
食料とか旅に欠かせない物はあるでしょう。
まぁ、私もこの街に用は無いですが」
チラと背後の女性を見る。
大分息は落ち着いたか。
それでもまだ緊張は解けてないな。

「だったらさっさと済ませて出て行け。
俺らもお前でなく、その後ろの女に用があるからな」
ザッ、と一歩前に出る。

「あのー」
そんな緊迫した空気の中
場違いな程のんびりした口調で問う。

「先程からの馬鹿騒ぎ、一体何があったんです?
それにこの女性。
何かしたんですか?」

「あぁ?
何をしたか? じゃない。
何かしたら手遅れなんだ」

何やら良く分からない理屈を言っている。
したら手遅れ?

「ではこの女性は一体なんだと言うのです?
まだ何もしてないなら別にここまで騒ぐ事はないのでは?」

「この街の人間でないお前には関係の無い話だが。
この女は魔女なんだよ!!
だから早々に退治しないと俺たちが危ないんだ!!」
そう、口角泡を飛ばしながら男の一人が絶叫する。

はぁ? 魔女?
なにそれ?
幾ら山深い街とは言え真逆本気でそんな迷信を信じてるとは。
これは笑ってしまう。

「分かったか。
分かったらその女をよこせ。
魔女は火炙りにして処刑しないと」
ずい、と腕を伸ばして来る。

「で?」
予想していなかった言葉らしく
皆の動きが止まる。

「で? だと」

「ああ。
なにそれ?
この女性が魔女だって言う証拠でもあるの?
只の嫌疑だけで殺されちゃ堪らんね。
それこそ化けて出るぞ?」

「なっ!
お前もその女の仲間か!!」

「よく見ろよ。
俺の何処が女だよ、大体魔女なんだろ?
男は魔女とはいわんだろ」
呆れて物も言えない。
まず、火炙りありき、か。
この女性が魔女かどうかは関係無いんだな。
疑わしき者は片端から嫌疑をかけて火炙りで処刑。

「こ、この女はな!
天気を知る事が出来るんだぞ!!
そんな事司祭様ですら分からんのに。
それこそ神への冒涜だ!!」

「で?」

「で、だと?」
徐々に男たちの目に殺気が灯り始める。
俺も敵として認知され始めたらしい。
阿呆らしいな、全く。

「そんなん、星見や風水を知ってれば誰だって分かる。
何も神秘な物じゃないだろがよ」

「そ、それだけじゃないぞ!!
この女は大釜で何やら怪しげな薬を作ってるのを俺は見た!!
あれこそ魔女が作ると言う薬じゃないのか!!」
代わって次の男が叫ぶ。
どうでもいいが
幾ら郊外だからってあんまり叫ぶなよ。
俺はそんなに離れた場所にいないんだから。

「で?」
又も同じ台詞を吐く。

「実際にその薬を飲んだのか?
飲んだ人間を見たのか?
その人間はどうなったんだ?
そこまでハッキリとしてから物事を話せよ。
餓鬼じゃあるまいし、情報を端的に揃えて騒ぐな」

「病気のを治すのは須らく儂等の役目。
そこな小娘がどうこう出来る物ではない」
厳かな口調で話しに割り込んで来る。
本命登場か。

俺たちの前に一人の司祭が姿を見せる。
司祭は俺を上から下までじっくりと観察し

「旅の者、か。
良くぞ参った、と言いたい所だが。
生憎とこの街には魔女なる不浄の輩がいてな。
悪い事は言わぬから早々に立ち去るが良い」

面白くない。
余りに予想された言葉。

「俺はさ、司祭様。
行く先々で様々な病気や何やらを見て来たけど。
結局一回もあんたらの言う「お祈り」やらで治ったのを
終ぞ見た事が無いんだがな。
これはやっぱりお決まりの「この者の寿命が尽きたのだ」なのか?
それとも「神の御許に旅立ったのだ」か?
「信仰が足りなかった」でもいいがな。
言い訳は何でも付くしな、どれでも構わんか?」
小馬鹿にした表情で司祭に問う。

司祭は最初こそ驚愕の色を示したが
次の瞬間には元の無表情に戻り

「何やら誤解をされているな。
確かに行く先々でその様な事があったのかも知れんが。
儂らにも救えぬ者もあるし、救える者も当然ある。
お主はその内の救えぬ者のみを見て来たのだろう」
何とも素晴らしい言い訳だ。
こいつらとは裁判はしたくないな。
何を言っても言い逃れるだろうし。

「そんで?
一体誰があんたら以外に病を治しちゃいけないって決めたんだ?
別に民間療法で治るならあんたらも暇になって
更に金儲けに走れるだろ?
感謝こそされ殺される謂れは無いと思うがね?
偉大なる司祭様?」
大きく両手を開き恭しく右手を胸の前に持って行き、頭を垂れる。

司祭は流石に怒り心頭で怒鳴りはしなかったが。
こめかみに青筋が浮き上っている。
かなり御立腹らしい。

それでも信者達の手前
怒鳴り散らして当たる事は出来ないから。
何とか怒りを理性で抑え付けているのが分かる。

「まー、そんな決定打に乏しい物で
在らぬ嫌疑をかけられちゃ迷惑だ。
もっと決定的な証拠でも掴んでから来たらどうです?」
言外に分が悪いからここは引いたら、と匂わせる。
こう言う神職者はプライドは高いから
そう言う所は鼻が利くらしい。

フン、と鼻を鳴らすと
「今日の所は確かに急ぎ過ぎた感はある。
又日を改めてそれについての審議をし直そう」
と、最後まで不遜な態度を取りながら
司祭と男たちは来た道を戻って行った。

やーれやれ。
成り行きとは言え
この街の権力者であろう司祭に喧嘩を売った手前
この女性は守り通さないとな。
自分で蒔いた種だけど。

今だ俺の背後で硬直してる女性を見る。
うーん、魔女、ねぇ。
背後の女性の方へ向き直り
「大丈夫?」
と一言声をかける。

俺の言葉で漸く我に返ったらしい。
ハッ、と大きく目を見開き
慌てて周囲を見回す。

「さっきの生臭司祭ならもう帰ったよ。
当面はこれで大丈夫じゃないかな。
体とか平気?」

そう言われて自分の体を見る。
確かに衣服は破れて血は滲んでる。
でも出血はもう止まってるし、然るべき処置をすれば
大丈夫だろうか。

「あ、あの。
家に帰れば薬草の類がありますから
平気、だと思いますが」
でも又それを見てあーだこーだ騒ぐ輩もいそうだが。

「その薬草てのが君が魔女だって言う疑惑なんだがね」
言われて気付いたらしい。
しゅん、としょげる。

「あんなもの。
多少山に入った事がある人間なら誰でも知ってる事なんだが。
何も殊更大袈裟に騒がなくてもいいものを」
はぁ、とワザとらしく大袈裟に溜息を付く。

女性もきょとん、として俺を見る。
「あの、もし」

ん?

「旅をされているんですよね?
もし、でよかったらなんですが。
私の家にいらっしゃいませんか?
お礼もしたいですし」
とそこまで言って急に顔色が曇る。

「ってダメですよね。
私魔女ですから。
そんな女の家になんか来られる筈ないですよね」

「いや、お邪魔じゃなかったらお願いしたい。
こっちも食料が無くて。
このままじゃ山の中で調達しないといけない羽目になる所だった」
ペコリとお辞儀する。



























そして俺たちは彼女の家までの道を歩む。

「けどさ。
あれだけ追われてて又街に戻って平気なのか?」
後ろからトボトボ付いて行きながらそんな事を呟く。


「ええ。
私の家は街の外れでですから。
街に戻ると言っても問題は無いですよ」

あそ。
ならいいけど。

しかし
痛々しいな。
傷だらけの姿を見てふと思う。
この女性、ずっとあんな迫害の中で生きて来たのか?
その間誰も助けてくれなかったのか?

そんな事を考えながら女性は
町外れの林の中に入って行き
その中に隠れる様に建っている一軒の家に入って行く。
恐らくはバレてはいるかとは思うけど。
それとも今は静観か。

女性はその家の中に入る。
俺もお邪魔しましょう。

中は小奇麗に整頓されていて
壁には様々な本やビンが整然と並べてある。

フム、結構あるなぁ。
これならそこんじょそこらの研究所に匹敵するな。
そりゃ、司祭様も敵視するわ。

その中の一つのビンを手に取る。
を、これは薬草の詰め合わせ。
これを塗れば止血は出来るかな。
出しときましょ。


「申し訳無いです。
こんな狭い所で」
奥から女性が出て来る。
着替えたらしい、あのボロボロの服でなく新しい服に変わってる。
袖口からは包帯も見えるから自分で手当てしたのかな。
元来綺麗な人みたいだから、服を変えるだけでもガラリと印象は変わる。

「山の中で濡れ鼠になるのを考えれば雲泥の差です。
手当てもなさったんですね」

「ええ。
見っとも無い所を」
幾分頬を朱に染めてうつむく。
別に構わないけどね、俺は。

「あの」
突然女性が俺に向かい

「そう言えばいまだお礼も」

「ああ、そうでしたっけ?」

「ハイ。
先程は有難う御座いました、お陰で助かりました」
ペコリと頭を下げる。
んなお礼を言われる事じゃない。
当然の事だし。

「ああ、えーと、そんな事無いですよ。
あ、と」

「あのままでしたら私は魔女と言う事で火炙りにかけられていたでしょう。
今までもそうやって幾人もの同僚が亡くなって行きましたし。
残ったのも私一人。
それも仕方が無い事なのでしょうか」
一人で話し、一人で鬱になって行く。

「あんなん、頭の固い奴らの妄執だっての。
魔女だか悪魔だか知らんが。
そんなんいて堪るか、っているのかな?」
俺の言葉にキョトンとして俺を見つめる。

「あの教会の屋根にある石像は悪魔だか何だかなんでしょ?
だったらいるんじゃないの?
生きてるかは知らんが」

ね? とウインクしてみせる。
幾分気障っぽい言い草だったけど。
多少は女性の気分を晴らすのには適していたみたいで。

女性もはにかみながらも微笑む。
「そう、ですね。
悪魔や魔女なんてああいう物でしょうし。
人の形をしているのかすら分かりませんものね」

「いやー、実は人と寸分違わぬ姿だったり?」
多少おどけた口調で言ってみる。

「真逆。
脅かしっこはなしですよ」

ハハハ、と言った俺も笑う。
女性もフフフと。

これで気分転換できたかな?

「さて、あー。
考えてみたらお名前聞いてなかったですね」
漸く場が砕けて来た所で思い出す。

「あらそう言えば」

「ですねー。
俺はルーク、旅人ですかねぇ?」
言ったからには自分から。

「私はリリー。
昔からこの辺りで薬園を管理していました。
何代も昔から。
しかし、それが今では魔女と呼ばれ」

「あーストップ」
又鬱な会話になる前に会話を止める。

「もういいいってその話しは。
俺は別にそう言うの全く信じないから。
山に入れば薬草取るし星を見て天気を見るし。
だったら俺も魔女ではないけど悪魔だよな?」

「では、貴方もここにいれば同じく火炙りに」

そんな心配を一笑に付す。

「んな事知ったこっちゃねぇ。
そんな迷信で死んで堪るか、阿呆が」
俺のトンでもない物言いに唖然とした表情に。

「そう思わねぇ?
あんな事信じてるのは自分で山に入った事無い輩だ。
そんな輩の為に死んでやるものか」
憮然とした口調でそう結論付ける。

リリーは珍しいものを見たとでも言いたげに
俺を見詰める。
そうまじまじと見詰められると幾分ドギマギする。
長旅が多かったせいで女性と面と向かって話す機会も早々無いし。
しかも
美人と話す事なんてそれこそ数える位。

何となくこの人の為に何かしたくなる。
一目惚れって奴なのか、これって?
この感情がその一目惚れなのか、同情から来る物なのかは判断付かないけど。
それでも
この人の為に何かして上げたくなるこの感情は嘘じゃない。



「ま。いいや。
じゃ済まないけど少しばかり食糧とか貰える?
最短ルートで隣町まで行ける分でいいから」
そう告げるとリリーは一旦奥に引っ込み
暫くガサゴソと何かを探し始める。

やがて
食糧を詰めたと思われる袋を一つ抱えて運んで来てくれる。

「少しばかりですが」

「とんでもない。
これだけ貰えれば途中で飢え死にしなくて済む」
そう言えるほど中には食糧と水が入っていた。
中身を確認し代価をテーブルに置く。

「そんな!お金なんて」

「いいから取っといて。
お礼だから、それに何もせずに貰えるほど俺も厚顔無恥じゃない」
慌てるリリーを置き去りにしてそのままドアへ向かい。

「じゃ食糧有難う。
大切に使わせて貰うから」
とリリーの言葉を遮って駆け出す。
後ろではリリーが何か言ってるけど追いかけて来る事まではしないみたいだ。
うん、その方がいいって。

そのまま駆けて街中には入らないで横道から街を抜けようとし
険しい山道を歩く。

あれだけドンパチしたんだから
街中中央突破は自殺行為だ。
そりゃ、あの破戒司祭はブン殴ってやりたいけど。
暗殺者じゃるまいし、見付からずに教会まで忍び寄る事なんてできっこない。
口惜しいけどこの際仕方ない。

もう一時間は歩いたか?、いやもっとか?
獣道すらない山の中を枝を折りつつ上る。
如何せん木々が生い茂っていて太陽が拝めない。

漸く目の前が開けて来た。
大通りに出られるか?
最後の枝を折り、飛び出す。

「何だ崖か」

開けたのはそこが崖だったから。
そこからは街が一望できる。

ここから見てみると左程大きな町ではないのは分かる。
その中でも異様にデカい建物。
教会、か。
なんでああ言う奴はでっかい建物に住みたがるかね?
それが自分の力を誇示してるとでも思っているのか。
愚かしい。
それこそ虚勢ではないか。

馬鹿でかい教会から目を外し郊外に目を向ける。
ああ、あそこの木々が茂ってるのがリリーの家か。

何だか矢鱈と人の行き来が多くないか?

それに……
よく見えないが手に何か持ってないか?
今太陽に反射したぞ。

……反射したって事は刃物、だよな。
真逆。
冗談じゃねぇぞ!

咄嗟に判断し、今来た道を引き返す。
くそっ!

結構来ちまったから戻るのに時間がかかる。

間に合えよ!
今来た道をそれこそ転げ落ちる様に駆け下りて行く。

























































「そうか。
奴は去ったか」
不意に扉の陰から聞きたくない声がする。


慌てて身を隠そうとするが
両手を男たちに握られて身動きが取れなくなる。

「大人しくするんだな。
今ここで殺してもいいんだぞ」
宣誓する様に司祭がのたまう。

「どちらにしろ
殺される運命なのでしょう」
吐き捨てる様に言い放つが、馬耳東風。

「早いか遅いかの違いだな」
そう言って
「こちらとしては
火炙りの方が群集への見世物としていいのだがな」
などど繋げる。

狂ってる。
人の生き死にを見世物だなんて。
この人は魔女狩りに便乗して自分の意のままにならない人を消しているのでは?
そんな疑惑が浮かび上がる。

「世話をかけさせるな。
このまま大人しくしていれば痛い目には遭わなくて済む」
司祭が手を伸ばしてきた瞬間。
両脇の男から強引に腕を引き抜き、家の中に駆け込む。
そして素早くドアを閉めて閂を駆ける。

こんな事をしても急場しのぎにしかならないのは分かってるけど。
だからってみすみす死ぬのも御免だ。

「くっ。
手間をかけさせるな!」
司祭の苛立った声が聞こえる。
ドンドン、と何か固い物がドアを打ち付ける音が響く。
ああ、あんなに強く叩かれたら持たない。

どうしよう。

このまま奥に隠れたって直ぐに見付かってしまう。
だからって戦うなんて事は出来ない。

ああ、中に入ったはいいが進退窮まってしまった。

「ハハハ。
自ら袋のネズミになるとはな。
よかろう、狩りも獲物が抵抗しない事には面白味に欠ける」

外では勝ち誇った様な司祭の声。

「さぁ、もう一息で壊れるぞ」
その声と同時にバキバキとへし折れながらドアが開かれる。

「覚悟はいいかな、魔女殿」

「不法侵入も神の導きかよ、生臭司祭」
突然、そんな声がして。
司祭が吹っ飛ぶ。

何事か、と
皆が吹っ飛んだ司祭を見る。

「この破戒司祭が。
相手が魔女なら何でもしていいのかよ」

「何とでも言え。
聞けば貴様も同族らしいではないか。
ならば貴様も捕らえ、神の御許へ送ってやろう」
起き上がった司祭が傲岸不遜に答える。

「やなこった」
即座に言い返す。
だが今回は司祭も笑みを崩さない。
どうやらここからでは見えないが背後にはワラワラといるんだろう。
物量作戦かよ。

「その勇ましさも何時まで持つものか。
大人しくすれば儂とて手荒な真似はせん」
とか言いながら家の中にゾロゾロと入れるな。
ヤル気満々じゃねぇか。
男たちは殺気立った目でリリーを追い詰めて行く。

「そんなに
人殺したいのかよ、てめえら」

「人ではない。
悪魔であり魔女だ」
うわ、言い切りやがったよ。

「どこが悪魔で何処が魔女だよ。
だったらおめえだって見えない神とやらを信じてるのはどうなんだよ。
何もしない神よりもこっちの方がまだ有益だぜ。
少なくとも人の役に立ってるからな」

その言葉に周囲が色めき立つ。

「き、貴様。
言うに事欠いて神を冒涜するか」

ハン、そんな戯言を鼻で笑う。
冒涜?
何もしない神よりも俺は自分の力を信じるね。
心の拠り所ならまだしも、狂信的に妄執するのはどうよ?

「あんたらの信じる神様ってのは人殺しを賞賛してるのかよ?
魔女だ、悪魔だ言ってくれてるがその為に殺されて行った人は
本当に魔女だったのか?悪魔だったのか?」

「クッ。
何を言っている。
当然だろうが!
人ならざる知識や技能を持ってる者が真っ当な人である訳が無い」

「だから。
だったら司祭さん。あんただってそうだって言ってるんだよ。
人ならざる知識や技能を持ってるだろ?
それを棚に上げてこっちばかり異端扱いでよ」

そこまで言っても自分の意思を変えないらしい。
頑固と言うか頑迷と言うか。
いい加減頭来たぞ。

「待って下さい!」
リリーが一触即発な中で声を上げる。

「私は、私は火炙りになっても構いません。
ですがこの人は全くの無関係です。
この街の人でもないんです。
ですから、代わりに助けて下さいませんか」
必死になって助命をするリリー。
俺はいいさ。どーにかするから。
その前に自分を大事にしなよ。

「分かった。
ならばその尊い御心に免除してあの男は火炙りにはせん。
だがその代わりにリリー。
貴様は火炙りとする。
自身が魔女であると申すのだな?」
獲物を捕らえた嬉しさか。
司祭の顔には笑みが零れてる。
このサドが。
そんなに嬉しいのかよ。

「待てよ。
そう簡単に魔女扱いするなっての。リリーも。
何でそう皆殺気立ってるのさ。
コトが起きてからでもいいだろ?
その為の司祭だろ?
それとも何か起こってからじゃ対処出来ないから
今の内に芽を摘んでおくってのか」

「戯言を!!」
いい加減堪らなくなったのか。
信徒の一人がナイフを振り上げて俺に襲い掛かってくる。
獣じゃないんだから落ち着けっての。
その突進をひらりと半身になって交わす。

「構うか!
こいつもリリーも悪魔だ!
火炙りを待たずにこの場で処刑してしまえ!」
司祭が叫ぶ。
その言葉で一気に殺気が開放された。
津波の様に押し寄せて来る人。
手に得物を持って襲って来る。

冗談じゃねぇ。
同じ人間同士で殺し合いをしてる場合かよ。
俺も手に護身用のナイフを取り防戦する。
幾らなんでも立ち寄った街で人殺しはしたくないし。
何とか立ち回りながらリリ−を助けようとそちらへ向かう。

「てめえら恥ずかしくないのかよ!
大の大人が寄って集って女性一人を嬲りやがって」
リリーに群がる群集を退けながら声高に叫ぶ。
だが
最早一種のパニックに襲われている輩には
そんな言葉届きもしない。
狂った様に俺に向かって、そして俺の背後のリリー目掛けて猛進して来る。
お前ら同じ町の人間だろ?
何でこうも簡単に殺そうとするのさ。

「構わん。
その男も一緒に滅せ。
神はその為の殺人ならお許しになって下さる」
高見に見物を洒落込んでいる司祭がそんな戯言を。

「化けの皮が剥がれたな生臭。
神が殺人を悦ぶかよ、阿呆が!」
群集が落とした得物を拾い、司祭に向かって投げ付ける。
惜しくも当たりはしなかったが、司祭の頬を掠め、うっすらと血が滲む。

司祭は余りの事に顔面蒼白となる。
ワナワナと震える指で切れた箇所を触り、指に付いた血を信じられない顔で凝視する。
おい。
血ぐらい見た事あるだろ?
司祭をしてればさ。

「こ、殺せー!
生きてここから出すな!
火炙りなど死体でも構わん!!」
恐怖に駆られて金切り声を上げる。
我武者羅に腕を振るい、地団太を踏む。
そんなに傷が付いた事が恐怖なら
「傷が怖いなら!
殺される者の痛みだって分かるだろうがよ!!」
眼前の男を蹴飛ばしギンと司祭を睨み付ける。
俺の目を見て
「ひぃ」だなんて情けない声を上げる。
こっちも殺気立ってるからそれなりに怖いかも知れないけど。

「もう!もう止めて下さい!!」
リリーが耐えられないと大声を上げるが。

「ここで止めるなら最初からこいつら刃物なんて持ってこないさ!
最初から殺す気で来たんだから」

「だったら!
だったら私死にます!
だから、だからこれ以上は!!」
そう叫び、床に落ちていたナイフを取り上げ
俺が静止する間も無く深々と胸に突き立てる。





刻が、止まった。




突然のリリーの行動に金縛りにあった様に皆の動きが止まる。
「ばっか野郎!!」
直ぐに屈み込み、リリーを抱き抱える。
ナイフの刺さった箇所からは大量の出血が。
くそ!
今から止血しても、もう無理だな。

「何だってそんな無謀な真似した!」
乱暴に体を揺する。
徐々に体から熱が抜けて行く。
このまま奴の言う通り神の御許に旅立つつもりかよ。

「何とか言え!この野郎!
勝手に死にやがって、それで満足なのかよ。
自分にかけられた嫌疑を晴らさずに死んで。
それで満足なのかよ。
自分が魔女だって認めたんだぞ!」
それでもリリーは目を開けず。
止め処無く血は流れ。
その血と共にリリーの生命も流れ出す。

「ま、魔女は死んだ、のか」

「魔女じゃねぇって言ってんだろうがよ!!」
気合一閃。
司祭の言葉を吹き飛ばす。

「……これで満足だったのかよ」
冷たくなったリリーを抱き、呟く。

誰も何も話さない。

「これで満足だったのかよ!」
もう一度同じ言葉を呟く。

「魔女は自ら滅んだ。
残るのは悪魔のみだ、さぁ、かかれ」
何が嬉しいのか嬉々とした声で皆に号令する。
それで皆正気に戻ったのか。
そろそろと動き始める。




「おい」
底冷えする声で呟く。

「その狗。
神は最初に何と言った?」
リリーの胸に顔を埋めながらそんな言葉を口にする。

「何?」

「答えろよ、狗。
貴様らが妄信する神は最初に何と言った?」
突然意味不明な言葉を口にする俺を不思議なモノを見る目で眺める。
毒気が抜かれた様に皆棹立ちになって俺を見つめる。

「答えられないのか? 狗。
答えろよ。貴様が信じてる神は」

「初めに闇ありき。
そう、初めに闇ありきと言ったと書かれている」
不思議に思いながら自分の記憶を引き出して答える。

「そうだな。
では原初の世界は真っ暗だった。
そうだよな、初めに闇ありき。
そして光あれ、と言ったんだからな。
分かるか、この意味が。
この世は最初は闇だったんだ」

「一体何を言ってるんだ」

「黙って聞けよ、狗」
司祭を一喝する。

「貴様らは神を万能だと勘違いしてるが果たしてそうか?
光あれ、と言い闇を払っただけだ。
その前には闇の世界が存在していた。
そしてその世界をそっくりそのまま奪い去っただけで何もしていない。
その神の名の元?
神の御心? 御許?
ハン、笑わせるな。
そんな神に縋って生きるのか、貴様らは。
しかもその神の御心とかを歪曲し嬉々として人殺しをする。
さぞや神の元には救われぬ魂が集っている事だろうよ」

「何が、言いたいんだ?」
雰囲気が変わった俺を尋問する様に問い掛ける。

「別に。
そうだな、言いたい事、か」
ユラリと幽鬼の如く立ち上がり

「遺言は無いか?
それ位か、言いたい事は」
カッ、と大きく目を見開く。

その目を見て皆一様に驚愕する。

「何を恐れる、狗共。
俺の顔がそんなにおかしいか?」
ニヤリと口元を吊り上げる。

「な、そ、その目は」
口々にそんな事を言い、指差す。

「この目がそんなに珍しいか?
何も変わらんだろ?
只「紅い」だけで」

そこまで言って
全員が恐怖の表情に変わる。
俺が奴らの言う本物の「悪魔」だと認識したらしい。

「俺が何に見える?
悪魔か? それとも普通の人か?
たかが目の色が違うだけで殺すのか?」

「あ、当たり前だ!
貴様、矢張り悪魔だったのか!
だからか、だからこの街に来た。
この街を滅ぼす為に!」

恐慌を来たした群集がジリジリと後退する。

「そう言えば。
隣町も焼失したと聞く。
貴様の仕業か?」
それに鼻で笑う。

「あの街は俺が行った時はもう燃えていた。
貴様らと同じ狗が狂乱して火を放ったからな」

そこまで言いぐるりと周りを見回す。
皆恐怖の表情。
恐怖を知ってるなら、今まで貴様らに殺された者の気持ちも分かろうものに。

「さて。
余り同じ土俵に立つのは気が進まんが。
貴様らの持論だと「魔女だから、悪魔だから火炙り」だったな。
この中で悪魔なのは俺だが。
逆に考えてみよう。
俺から見れば貴様らこそが「悪魔」だ。
貴様らと同じ理論なら「悪魔だから火炙り、殺す」
そう言う行為を取っても神とやらは許して下さるんだよな」
皆何も話さない。
恐怖に怯え、後ろに下がる。
家から飛び出して行く者も出ている。

「さぁ、司祭様。
悪魔祓いとやらをして貰いましょうか?
それともこの信徒の魂を元に戻して貰う方が簡単かね?」
底意地の悪い笑みを浮かべ、問い詰める。
司祭は余りの出来事に唖然とし、何も話さない。

「あ、悪魔め!」
何とか信徒の手前、ええカッコをしようと
聖水と十字架を掲げる。
手に持った聖水を俺に振り掛け何やら呪文を唱える。
そして十字架を俺に投げ付ける。

「立ち去れ! 悪魔よ!」
気合と共に呪文を終える。



「何をしている。
俺はまだ存命だ」

小莫迦にするように嘲る。
司祭は自分の術が効かない事に驚きを隠せない。
そんな筈は……
声の出ない口でそう呟く。

「さんざん神の名の元に人を殺めて来た者の信念など俺に効くものか」

一歩前に出る。
同じく司祭は一歩後ろに下がる。

「俺を滅したいのなら
それこそ神でも降臨させろ。
我が名は明けの明星。
貴様ら狗が束になった所で敵う相手ではない」
自分の名を告げ

「さぁ、狩りの時間だ。
早く逃げ惑え、狗よ。さもないと直ぐに追い付くぞ」
腕を横に振り、追い払う。
これをきっかけに大声で何かを叫びながら家から飛び出して行く。
それを窓から眺め

「早く逃げろよ。
でないと殺さなくてはならなくなる」
ポツリと呟く。



















































「司祭様」
逃げていた一人が儂を呼ぶ。

「あのバケモノは?」

「まだ、あの家の中だ」
汗を拭いながらそれだけ答える。
じょ、冗談ではない。
なんであんなバケモノがこの街に。
真逆、真逆。
真逆、今まで儂がしていた事を神がお怒りに?

「司祭様?」
信徒が顔を覗き込む。

「あ、ああ。
何でもない。
それよりもあのバケモノをなんとかしないと」
腕組みをし思案する。

「司祭様?
あのまま家ごと焼き殺してしまえば?」
そんな事であのバケモノが死ぬとは思えないが。
それでも銀器が無い以上他に手も無い。
やってみるか。

「よし。
では家の周りに燃える物を積み上げろ。
終わったら火をつけるんだ。
それまで一歩も家から出すな」
命を下し、すぐさま用意にかかる。

























家の周囲で何やら人の動く気配が。
素直に逃げれてば可愛げのあるものを。
むざむざ死にに来たのか?

どうせ祝福された薪でも使いこの家ごと焼き払うつもりだろうが。
そんな事で俺が死ぬとでも?
ま、それで出て来たら銀製で一発、か。

やがて。
パチパチと弾ける音がして
家の中が熱くなって来る。
蒸し焼きになるつもりはないが。
このまま焼け落ちるのを待ってるのも。

「愚かな。
これも貴様らが招いた結果だ」
入って来たドアから外に出る。
出て来た俺を見て
一斉に襲い掛かって来る訳でもないらしい。

「どうした?」

「こ、これでも喰らうがいい、悪魔!」
予想通り銀製のナイフを閃かせ俺に切りかかる。
ドス、とナイフが俺の体に刺さるが。
それで致命傷とまでもいかない。

「元来銀が効くのは異端の中でも下級。
先程言ったろう?
俺を滅したいなら信じる神でも降臨させろ、と」
刺さったナイフを引き抜き、手の中で握り潰す。

「出来るだけ穏便に済ませたかったが。
仕方ないな、これも貴様らの報いだ」
そう言いゆっくりと腕を振り上げる。

さぁ、浄化の炎でその身を清め
神の元へ旅立つがいい。




























































灰燼と帰した街を先程昇った崖から眼下に見下ろし呟く。
「……神、か」


そのまま十字に組まれた木を土に突き刺す。
この下にはリリーが眠っている。
あの時助けてあげられなかった女性。
蘇生をしようかとも思ったが。
輪廻の輪を乱す事はしたくない。
それこそ神への冒涜だ。
俺は確かに神に逆らい、堕天した者だが
何もこの世を乱そうとは考えてもいない。

「これが本当に貴方の望んだ事なのか。神よ」
こんな事望んではいないのは重々承知だがそれでも問わずにはいられない。
どうしたら貴方の意志からかけ離れた事がこうも横行する。
「魔女狩りなどど言う馬鹿げた行為
何時まで貴方は放置しているのですか?」

固く握り拳を作り横の幹に打ち込む。
口惜しさと無念。
そんな感情が押し寄せる。

「これが。
これが神に逆らいし者としてこの神の意志を間違いとして
正して行く事が私の罪とでも言うのか」


「なら」
虚空に向かい叫ぶ。








































































「ならば神よ。貴方は一体何なのだ!!!」





















































FIN
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