何時も通い慣れている道をとてとてと歩く。
この道は私の魔術の師である橙子師の事務所へと続く道。
何でもないこの道が
真逆
あんな出来事の始まりに続くとは誰が予想しえただろうか?
例え稀代の魔術師や魔法使いでも絶対に無理だ。
そう断言出来るほど
この出来事は荒唐無稽だった。
『CHASE』
唯ぽけーと歩いていた私の背後から物凄い爆音が響いて来る。
なに?
この時期に暴走族?
しかもこんな昼日中の町のど真ん中で?
傍迷惑もいい所ね
やがて来るだろうその阿呆を横目で見ようと
道の端に立ち来訪を待つ。
が
私の予想に反しその爆音は突然私の真横で消える。
は?
眼前に止まったその黒い車を凝視しつつ体を緊張させる。
一体何のつもり?
真逆私をナンパでもしに来たって言うの?
それなら出て来たと同時に怒鳴ってやる。
助手席のスモーク張りの窓が降り、中からドライバーの姿が
「ちょっと、どういうつもり?」
「鮮花じゃないか、どうした?」
二人が同時に声を発する。
そして二人とも一瞬硬直する。
どうしたって
いきなりこんな事されれば誰だって
「橙子師!」
「ああ、君の魔術の師であり兄の勤める勤務先の上司である所の
蒼崎橙子その人だが。何か?」
咥え煙草のままニヤリを笑うオレンジの魔術師。
あーもー突っ込み所満載だけど
どっから突っ込みましょうか。
明らかに落胆してる私をせせら笑いながら
「さて。とりあえず用が無いなら早く乗れ。
こっちも無駄に長話するほど時間も無くてな」
バックミラーを覗きながら呟く。
「はぁ」
「訳は道すがら話そう。
さ、しっかり捕まってろ、舌咬んでも責任持たんぞ」
私が乗ったのと同時に車は急発進する。
タイヤがアスファルトに咬み、唸りを上げる。
「ちょ、ちょっと。まだシートベルト」
「構わん、そんなもの後でも」
「そんな無茶な」
「無茶でも何でもない。追っ手が来たのでな」
追っ手?
サイドミラーから背後を伺う。
確かに背後には数台の車が追い駆けるように追って来ている。
窓から体を出して何か叫んでるけど
こっちに聞こえる筈もない。
「ハン、馬鹿が。
貴様らにこの車など宝の持ち腐れだ」
紫煙を揺らしながらニヤニヤ笑う。
「大体どうしたんです?この車。
橙子師、車お持ちで無かった筈ですよね」
「ああ、これは言うなれば現物支給だ」
「現物支給?」
「そうだ。
私に仕事を依頼しておいて、払う金が無いと来た。
だからだったらこいつを貰って行こうとな。
随分と安くついたが、まぁオケラよりはマシだな」
追っ手を巻きつつ説明をする。
しかし
「いいんですか?
車って色々あるんですよね、手続きとか」
「知るか。大体私は隠匿してる身だ。
今更そんな常識を」
グン、とアクセルを踏み込む。
一気にシートに押し付けられる。
「ハッハッハ!そもそも貴様ら凡人にこの「カミソリ」は勿体無いのだよ!!」
わーはっはっは、と高笑いを残し後続をぶっ千切る。
後続の車はやがて豆粒になり、地平線の彼方に消えて行った。
それでも橙子師はご機嫌で車を操縦し、そのまま山へと向かう。
「あの、橙子師、このままだと山に行きますよ」
しかし橙子師は何を馬鹿な事を言ってるのだこの弟子は、と言う顔で
「当たり前だろう、この車に乗っていて峠を攻めないで
何が日本最強のロータリーエンジンだ」
新しい煙草に火を点けてそうのたまう。
はぁそうですか
もう何も言いません。
私はもうなすがままになりますので
「フン詰まらん。
そんなに私の運転は面白味に欠けるか?
そんなに酷いとも思わないが」
「酷いです十分。
信号こそ無視しませんでしたが法定速度ってご存知ですか?」
「知らん、と言ったらどうする?」
「トツトツと説明しますが」
「却下だな」
なんて話しながら車はスイスイと山を登って行く。
確かに橙子師が褒めるだけあってこの車はスポーツカーの中でも
凄い車なのだろう。
私にはよく車種は分からないけど、すれ違う車の殆どが横目で見て行たし。
のみならず
道行く人もこの車を眺めていたっけ。
「橙子師、質問なのですが」
「帰りたいとか言うのは最早聞かんぞ」
「違います。
この車はそんなに珍しいのですか?
皆見て行くのですが」
「さっき言ったろう。
日本最高峰のロータリーエンジン搭載だ。
そうお目に掛かれる車じゃない事は間違いないな」
ふーん
橙子師の説明を聞きながら窓の外の景色を眺める。
かなり登ってるらしくドンドン風景が変わる。
「さて、降りるぞ鮮花。
いい加減腰が痛い」
キキーと急ブレーキ気味に止まり、橙子師が下りる。
私も外の空気が吸いたかったので同じく下りる。
「うわー登りましたね橙子師」
一人眼下の景色を眺めてる橙子師に声をかける。
「ああそうだな。
そんなに走ったつもりも無いのだがな、結構来たな」
腰に手を当て胸を反らす。
「いてて、しかしこいつは長い間の運転には向かないな。
もう少しクッションのいいシートとサスを付けるか」
腰を捻りながらそんな事を呟く。
確かにそう思います。
横で座ってた私も、お尻が痛いです。
「それでこれからどうするんです?
このまま峠を攻めるんですか?」
自販機でコーヒーを買いつつ、煙草を指で揉み消してるし
この人昔は何をしてたんだホントに
「ん?勿論そのつもりだが
まぁ待て、直に相手も現れるだろう」
「相手って。さっきの人たちですか?
それは無理ですよ、ここに来る確立は橙子師が結婚する位に低いですよ」
「む?何気にいい感じに毒を吐いてくれるな、鮮花」
「だって事実ですし」
「………………」
一気に気まずい空気が
「まぁ私も奴が来るとは思ってない」
場を変える様に橙子師が話し出す。
「じゃ誰が来るって言うんです?
待ち合わせでもしてるんですか?」
「馬鹿か鮮花。
こんなデートにも向かない場所で誰を待つ?
来るのはこう言う場所にぴったりの奴だよ」
こう言う場所にぴったり?
えーと
この場所は峠
それで乗ってる車はスポーツカー
橙子師が語るには最高峰らしい
と言う事は?
「あのー」
恐る恐る伺って見る。
「もしかして、待ち人って言うのは
あの良くある奴ですかー?」
それにニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべる。
うわ、魔女の名に恥じない笑みだわ。
「そうだ、所謂『都市伝説』と言う奴だな。
この峠には亡霊がいると言う専らの噂でな。
何でもそいつは
夜中に峠を攻めていると不意に現れ、一瞬で去って行くらしい」
うーん、よくある話ね。
で、この峠を攻めてた人が崖から落ちて亡霊になって今も走り出す。
と言うのが多いわよね。
ここにもあるんだ、そう言うの。
でも、そう言う霊的なもの感じないけどなー
「橙子師?普通そう言う場所には何か感じますが
ここ、何も感じませんよ?」
周りをキョロキョロ見回すが何も無い
「当たり前だ。
そんなのは噂だ、デマだデマ。
毛の先ほど私だって信じてないさ。
だが、車を見たと言う奴はいる。
だったらいるのさ、噂に乗じた奴がな。
若しくは」
そこで一旦言葉を切る。
「その噂になった奴だな」
そうですね
でも
「私はここで帰りますので、どうぞお一人で」
クルンと背を向ける。
「帰るのはいいが、どうやって帰るんだ?
バスも来ないこんな場所に」
あ!そっか
えー
「じゃ私も?」
「当然だな」
さも当たり前の様に言う。
がっくり
うわー今日は厄日ですか?
何でこうも次から次へと
はぁーーーーー
溜息しか出ないわ
「さぁ、そろそろ時間だな。
乗れ鮮花」
素早く運転席に乗り込む。
私も腹を括り、大人しく乗り込む。
「で、橙子師。
どんな車なんですか?」
「知らん。
大体噂だしな。
赤い車とも言うし、青とも言う。
一台とも聞くし、群れを成して現れるとも聞いたな」
まー噂なんてそんなものですしね。
本当に来るのかなー?
来ないで欲しいけど、隣の人はそうでもなさそうだし
鼻歌交じりにハンドルを指で叩いてるし
「待ち遠しいな、全く。
早く現れろと言うのだ」
勝手な言い分を。
が
その橙子師の言葉でも聞こえたのか
山の麓の方から車の音が
来たんですか?
来てしまったのですか?
橙子師はきらーん、と目を光らせてハンドルを握る。
「行くぞ、鮮花。
しっかり捕まっていろ」
アイドリングを開始し、敵の来襲を待つ。
徐々に下から光が見え始める。
こいつか?
「橙子師?」
「ん、こいつだ。
黙ってろ、久々のデカい獲物だ」
ならそうなんでしょう。
橙子師は車を発進させ
その車に並行する様に走り出し
そのまま車の前に出る。
「行くぞ、鮮花。
よーく見てろ。
そうそう無い事だぞ」
そんな軽口を叩いていた橙子師だったが
相手の車を見た瞬間、その顔から笑みが消える。
「ほう、真逆貴婦人とはな。
中々楽しませてもらえそうだ」
貴婦人?
「しかも30か。
これは歯応えがあるな」
30?なにそれ?
「深紅の貴婦人、か。
相手にとって不足は無い」
ぎゅ、とハンドルを握り締めて気合を入れる。
暗闇の山道を
漆黒の『カミソリ』と
深紅の『貴婦人』が駆け巡る。
それは凄い光景だったろう。
物凄いスピードで二台の車が爆走する。
カーブをブレーキも踏まずに走り抜ける。
その度に私は右に左に揺らされる。
幾らシートベルトをしててもこれじゃ堪らない。
体を飛ばされない様にしっかり固定しておかないと。
その間も二台は止まらずに僅差のまま山道を疾走する。
貴婦人は抜けない代わりにカミソリも差を広げられない。
一進一退のカーチェイスは
山を登り終える最後のカーブで状況が変わった。
カーブを曲がり終えた瞬間
狙い澄ましたかの如くに貴婦人がカミソリを追い抜いた。
横を通り過ぎた刹那に、相手を見やる。
「は?」
思わず声が出てしまう。
「しまった!」
抜かれた橙子師がチッと舌打ちする。
どうやら橙子師には相手が見えなかったらしい
良かったのか、良くないのか。
「……微妙」
橙子師は貴婦人から目を離さずにいるけど
差が縮まらない。
さっきと立場が逆転して
貴婦人が前でカミソリが後ろに着く。
そして今度は山を下り
徐々に、徐々にだが
貴婦人に引き離されて行く。
「馬鹿な!
この車が貴婦人に引き離されるだと!ありえん!」
アクセル全開でエンジンが唸りを上げているが
やはり距離は離れて行く。
その後幾らスピードを上げても貴婦人には追い付けず
やがて貴婦人はそのまま闇に消えて行った。
橙子師はそのままスピードを緩め
路肩へ車を止める。
よろよろと車から這い出て
ポケットから煙草を取り出し火を点ける。
「何だったんだ奴は……」
ポツリと呟く。
本当に橙子師は相手を見てなかったらしい。
知ってたらもっと怒るのかな?
言わない方がいいわよね
うん、そうしよう
橙子師は暫し没我の表情で煙草を吹かしてる。
余程疲れたのか、一言も話さずに
貴婦人の消えた方角を眺めている。
はぁーーーー
疲れた
別に私が運転してた訳じゃないけど
何だか凄く疲れた。
私もぽけーとそっちの方向を眺める。
もう夜も更けた頃だし
いい加減眠いし
「橙子師、そろそろ戻りませんか?」
と言いかけた時
又も背後から、クラクション?
ライトがこちらへ向かって来る。
今度は何よ?
「待てー!待て待てー!」
何だか聞き慣れた声が
ぶーん、とエンジン音がしてその音は又も私の横で止まる。
「ああもう、コクトー。
お前があんな運転してるから見失ったじゃないか!」
「でもさ式、あんなスピードは出さないよ普通」
「出ない、出るじゃなく出さないと追い付かないだろうが」
ぶつくさ言いながら両サイドから人が降りて来る。
その人物は矢張り見知った顔で
「あ、橙子さん、こんばんわ。
あの、ここらで赤い車見ませんでした?」
真っ暗な中真っ黒な人物が話しかける。
「ああ、黒桐か。
そうだな、ここは一本道だ。
だったら言わずと分かるな」
それを聞き式がくそ、と呟く。
「やっぱりか!
よしコクトー追うぞ!」
「いや無理だよ式。
幾ら何でも今からじゃ追い付く前に朝になっちゃう」
「そうだな、それは黒桐が正しい。
あのスピードじゃ到底その車では無理だな」
幹也たちが乗ってる車を見てそう言うが
「馬鹿にするなよトーコ。
この車だってかなりのものなんだぞ
ブルドッグを舐めるなよ」
不貞腐れながらも乗り込み
「戻るぞ、コクトー」
「ハイハイ、それじゃ橙子さん。又明日。
鮮花も早く帰るんだよ」
そう言って幹也は車に乗り込み、来た道を引き返して行った。
「橙子師?」
「なるほどね、分かったよ。
貴婦人のドライバーがな」
分かっちゃいました?
「それじゃ私たちも戻るとするか。
どうせ、もう今日は会えないしな」
そして
私たちも帰路に着いた。
後日
噂は更に大きくなり
『峠に深紅のドレスの貴婦人がカミソリを持って
道端に出て来て、車が止まらないとブルドッグを放し、追い駆ける』
と言うものに変わっていた。
「いやー人の噂って言うのはこうやって出来ていくんだろうなー」
何を呑気な。
どっと笑っとけってばさ
END
___________________________________________________________
後書き
鮮花:ハイ、そう言う事でこんにちわ
式:こんにちわ、ねぇ
鮮花:何よ?文句あるの?
式:別に、それに一々突っ掛かるな。
鮮花:まあいいけど。
式:それで?
鮮花:これはカーチェイスSSです。
式:昔流行った「イ○D」とか言うのか?
鮮花:違うわよ、出てる車が全く違うじゃない。
式:よく知らないし。
鮮花:だったら言わないの。
式:大体何でいきなりこんなの書き始めたんだ?
鮮花:知らない。
式:知らないのかよ。
鮮花:ええ、何でも橙子師はあんな風に走るだろうなーと
式:確かにかっとびそうだよな
鮮花:かっとびます
式:ブッ千切りだよな
鮮花:ブッ千切りです
橙子:そんな目で見てたのか
式:事実だろ?
鮮花:事実です
橙子:何を失礼な、キチンと交通ルールは守る。
式:だってさ
鮮花:そうですって
橙子:何か引っかかる言い方だな。
式:気のせいだ
鮮花:年のせいです
橙子:鮮花?
式:鮮花?
鮮花:何でしょう?
橙子:何気に何を言ってる。
式:本音だな
鮮花:乙女の秘密です。
橙子:乙女、ねぇ
式:まートーコじゃ、なぁ(チラ
鮮花:そうです
橙子:貴様らいい加減覚えておけよ。
式:さぁな
鮮花:今年一杯は。
橙子:後一日だろ。
式:そうだっけ?
鮮花:だそうです。
橙子:まぁ尋問は後で。
式:それよりもいい加減車種を教えろ。
鮮花:ハイ、ではまず橙子師の
橙子:私のは「RX-7」だ。
鮮花:ロータリーって言ってますしね。
式:それで、対戦相手の車は
橙子:貴婦人で分かれ。
鮮花:フェアレディZですね。
式:訳せば直ぐに分かるな。
橙子:そしてお前が乗っていたのは
鮮花:シティって車ね。ブルドッグって有名よ?
式:そうなのか?
橙子:有名だな。
鮮花:とまぁこんな感じです。
式:後は調べれば出てるのか?
橙子:出てるな、各自で調べて見てくれ。
鮮花:そう言う事で、OK?
式:後は貴婦人に乗ってたのは誰だ?
橙子:それは秘密だな。
鮮花:ヒントは式が追っかけてるて事かしら?
式:それで分かれ。
橙子:そうだな、大抵は分かるな。
鮮花:それじゃそろそろ、締めますけど?
式:そうだな
橙子:よし。
鮮花:今回はここまで読んで頂いて真に有難う御座いました。
式:感想でも書いてやれば喜ぶぞ。
橙子:それでは又な。
鮮花:来年も宜しくお願いします。
式:それでは又次回に。
橙子:アバヨ
___________________________________________________________
後書きの後書き(舞台裏)
ハイそう言う事で月詠です。
何ヶ月ぶりだろう、SS書くの。
めっさ久しぶりな気がします。
最近サボってばっかりでしたから、申し訳無いです。
と、グチグチ言っててもしょうがないので。
今回はそのまんまなSSです。
それ以外書けないだろう、と言う突っ込みも聞こえません。
いやだって
橙子さんてあんな風に走りそうじゃないですか(偏見
絶対スポーツカー好きですよ
びゅんびゅん飛ばして、峠とか行ってそう
で、走り屋さんたちからも歓声を貰ってそうな気が
それでもって
対戦相手ですが、分かると思います。
かの人です。
ええ、あの人ですよあの人。
式が追っかけて行くって言うので分かって貰えますでしょうか?
これ以上言っちゃうと分かっちゃいますし。
謎は謎のままでいいのですよ
真実は常に目の前に露呈しているのです
ただそれが見えるか否かなのですよ。
とまぁ、そんな訳で
今年も色々と有難う御座いました。
そして来年も変わらぬご贔屓の程宜しくお願いします。
良い年をお迎えられます様に。