こちらはすいすい水夢さんの所で開催されている「萌月夜」に投稿したものです。

「無間回廊」




私がその一報を聞いたのは礼園の校内だった。

ここには電話でしか外部との連絡は出来ないので
事実、かなり遅れてここに電話してきたと、相手は言っていた。

しかし、遅れた事に対しての怒りより
その電話の内容の方が私には何十倍も衝撃的だった。

電話の主は兎に角、すぐにこっちに来てくれとだけ言った。


電話を力無く置く。

当然すぐにでも走り出さなくては、と思うが。
反面
一体何の事か、頭が対応してくれない。


いや

判ってる
判ってるけど。

その事自体の衝撃で私と言う
「黒桐鮮花」と言う人間自体が
機能を停止してしまってる。


どうやら
普段口では色々言ってるけど。

私の頭脳はそうそう優秀ではないらしい。


けど。

とにかく
走り出さないと。


何とか、機能が回復してきた。

こんなことが思い浮かぶ所を見ると。
回復力は優秀らしい。



一度、回復すれば、後はもう早い。

シスターの所に向かい、外出届を貰い。
(私の鬼気迫る勢いに飲まれたらしく)
すんなりとそれを出させ

その足で、表に出る。


と、そこで、気が付いた。


正確な住所を聞いてない。

とにかく、こっちにとしか、相手は言ってなかったし。
私もそこまで気が回らなかった。

クッ
小さくごちる。

生憎と、私には幹也の様な特殊能力は無い。
二・三個のキーワードで目的地を見付けだすなんて
私には到底無理だ。

仕方ない。

兎に角、駅に行って橙子師のアトリエに行かないと。


そう考えながら
駅に向かって走ってる私の脇に一台の車が止まる。

何かと不審に思い、運転席を見る。


そこには。

「鮮花、乗れ」

驚いた。

今から行こうとしていた所の当人がいたのだから。

「え?何で、橙子師が?ここに?」
「訳なんか、道すがら話そう。今は一刻を争うんだろ?」

いつもの、あのニヤリとした笑みを私に向けてくる。

その笑みの裏が判ってしまい、悔しさがこみ上げるが。

今は確かに、そう。

兎に角時間が惜しい。


「失礼します、橙子師。
ではお願いします」

一瞬の逡巡を見て取ったのか

助手席に滑り込んで来た私を見て。

「ホント、世話の焼ける弟子だ」

一言、呟き。

タバコに火を点ける。

そして

しっかり捕まってな。

と、言ったかと思うと。

猛スピードで急発進した。

一気にシートにめり込んでいく。

「なあに。
その内慣れるさ。
それに今日は運がいい。
丁度対戦相手も現れたとこだし」


何?
サイドミラーを覗き込む。


後ろからは

白と黒のツートンカラーの車とバイクが。

・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・



いつもなら
「止めて下さい、橙子師」
とか言うんだろうけど。


今日はそんな事言ってる余裕なんて、無い。

「さあて。どうする鮮花?
このまま、レースを楽しむか。
それとも?」

何て言ってるが、私の顔を見てすぐに

「珍しく、否定しないじゃないか。
それほどまでに一大事かい?」

「何と言われてもいいです。

・・・・・橙子師。
有無を言わせません。

ぶっちぎって下さい。」

キッと橙子師の方を向く。


「ハッハッハ。
本当、退屈させないな、君達兄弟は」

大声で笑いながら、グングン差を開いていく。

しかし

私の心はもうすでに目的地に向かっていた。













・・・・・・・・・

何時来ても、この匂いには慣れない。


この静かさにも慣れない。

何か出るとか言うんでなくて。

いつもここに来ると
あの時の事を思い出してしまうからだ。


まだ、俺が昏睡状態だった時の事を。

今は違う。

今は俺が病院に見舞いに来ている。


柄にも無いと、自分でも思う。

けど、居ても立ってもいられない。

それで、ここに来てしまった。

前回は鮮花の奴に無碍に断られたけど。

今回も、結局俺が関わってるし。


そして
ある一室に着く。



病院だというのも構わず。

無造作にドアを開ける。

中にはベッドに寝ている一人だけかと思っていたからだ。

しかし
開いた音に振り向いたのはベッドに寝てる人間ではなかった。

その横の椅子に腰掛けているもう一人。


その瞳に一瞬たじろく。

「何しに来たのよ、式。
言い訳でもしようって言うの。
それとも、又懲りずに幹也の看病でもしようとでも?」

ギンと睨みつけてくる鮮花。

ムッとなってズカズカと病室に入る。

けど、その俺の腕を鮮花が掴んだ。
「待ちなさいよ。
話なら外でしましょう。
多分、私も貴方も冷静ではいられないでしょうから」


そのまま有無を言わさず、私達は待合室まで移動する。


その間、式は無言だった。


お互い向かい合う様に
備え付けの椅子に座る。


「で?
一体何の用かしら?式。
大体のあらましは橙子師から聞いたけど」

足を組んで、尋問するかの様に式に問う。

そんな私を見て式は横を向いて、
「あらましを知ってるなら、いいだろ」

「良い訳ありません。
聞いたって言っても
式の家に行って、大怪我して来たって事だけなんですから」

式が、あの女とか呟いてる。

橙子師が情報を断片でしか伝えないのは何時もの事。
だから私はその情報から何が起こったか

自分で考えて自分なりに結論を出してはいた。


「幹也が家に来た時に父上と会って、
父上が「君が来た時に一度手合わせしたと思ってな」
とか言いやがって。
相手はズブのド素人だぜ。

勿論、俺も秋隆も止めたさ。
試合にも練習にもならないって。

けど、父上は聞き入れなくて。

結果は見ての通りさ。

ズタボロのボロ雑巾の様にのされちまいやがった。
幹也も幹也さ。
そんな結果の判り切ってるもの、断ればいいのに。

無理して受けやがって。

そんな事されたって、俺が喜ぶ筈が無いのに」

まあ、大体予想出来た答え。
私も、ふう、と、溜息をつく。

「そんな事、判り切ってた事でしょ、式。
幹也はあなたに余計な心配掛けたくないから。
決して無理とかではなくて。

それが幹也なりの優しさだって。
それが判らない貴方じゃないでしょ。

ああ、もう。
何でこんな事私から言わなくちゃいけないのよ。

いい、式。

幹也は貴方との将来を考えてそう言う結論を出したのよ。
その幹也に対して、貴方のその態度は何?

断ればいい?
そんな事、幹也が出来る訳無いでしょうが。
あの人は誰にでも分け隔てなく優しい人。
それが時として人を傷つける事もあるけれど。

基本的に人畜無害よ。

そんな幹也が貴方の為に、

そう。

式、貴方の為に結果の見えている試合を受けたのよ」

ここまで一気に捲し立てた。

一度、落ち着く為に大きく息をする。

式も、私の言う事は事前には判っていたのだろう。

「そんな事お前に言われなくったって、判ってる。
判っていたって、あの時の俺じゃ、どうしても止められなかった。
秋隆だってそうだ。
一度始まってしまったら終わるまで待たなけりゃならない。

その時の俺の気持ちがお前に判るって言うのか」

「判る訳無いでしょ」

即座に言い放つ。


刹那。


式の目が蒼く光り出す。


「冗談、貴方が待ったのなんて、ホンの何分かでしょ。
私なんか、自慢にもならないけど。
何年待ってたと思ってるの。
その年月に比べれば、貴方の待つ事なんて」

それっきり、私も式も口を噤んでしまう。

重い空気のみが二人の間を静かに流れる。

静かになったので今までの思い出が
走馬灯の如くに脳裏をよぎる。


あれだけ威勢の良い事言ってたけど。


実際私は幹也の怪我にかこつけて式をなじりたかっただけ。
それが判ってしまう自分の優秀さが恨めしかった。

高揚していた気分が急降下に落下していく。

残るのは膨大な虚無感だけ。
「ねえ、式」

俯いたままの私が、式を呼ぶ。

「勝手言って悪いかも知れないけど」

「何だよ」
ぶっきら棒に式が呟く。


「幹也の看病、又私にさせてくれ、ない?」

言葉の最後の方は殆ど消え入りそうな位、小さい。

流石にこれにはカチンと来たらしい。
「お前、この前も俺を遠ざけたよな。
そんなに俺を幹也の側に置いて置きたくないのか。

俺だっていくらお前の言う常識ってモノが無くったって。
看病位は出来る。

それとも他に理由があるのかよ」

「ううん。何も無いわ。
兎に角、幹也の側に居たいの。

御免。

只の私の我侭なのは判ってる。
でも、どうしても抑え切れないの」

「ふざけるなよ」

鋭い声が飛ぶ。

当然だと思う。

私の言ってる事は全て自分勝手。
私のエゴ。
私の完全な我侭。


それも全て判ってて、今式にそんな事言ってる。

式が怒るのも当然だ。


でも

それでも

この気持ちを抑えきれない。


「お前の勝手に付き合うつもりは無いぜ。
何を言おうが俺が看病する」

「だよね。
そう言うよね、普通は」

ずっと俯いたままの私が余程不思議らしい。
口ではそう言ってても私を心配してる。

「どうしたんだよ、一体。
いつものお前らしくもっと突っかかって来いよ。
いきなり しおらしくなりやがって」


ハア、何てワザとらしく溜息をつく。


「おい」
何時までそうしていたんだろう。

上の方から声が聞こえる。

「おい。
何時まで呆けてるんだ」



下げていた顔を上げる。

頭上には私の見下ろしている式の顔。

その式を見上げている私。

今、式の目には私はどう映っているのだろう。


「何時まで、呆けているんだって言ってんだよ。
日本語、わかるか?」

それにこくん、と頷く。


式はフンと鼻で笑うと。


「眠いから、一回帰るぜ。
暫くしたら又来るからな。

その時まで、そんな腑抜けた面してたら。
その時は問答無用に幹也は俺が貰ってくぜ」

そこまで言うと。


私への興味を失くしたのか。

一切私を振り返らずにスタスタと帰ってしまった。



暫く、何があったのか、判らず。

ぽかんと式の向かっていた先を眺めていた。



これは

私が、看ていいのよね?式。


ゴメンネ、式。
私の我侭に。

















静かにドアを開ける。

部屋の住人は当然まだ寝ている。

その中に私は音も無く入っていく。

そして


ベッドの端まで歩いていき。


ねえ、幹也。

何で私、貴方を好きになったんでしょうね。
どこにでもいそうな極々平凡な。

でもどこにもいない極稀な。

私の兄さんの幹也。
式の恋人の幹也。
私の永遠の想い人の幹也。


どうしてだろう、何て、それこそ永遠の袋小路。
貴方以外見えないし、見る気もない。

ベッドの横に椅子を置き暫く幹也の顔を眺める。

ずっと寝ている。
穏やかな寝顔。
愛しい。
全て奪ってしまいたい。


私のものにならないなら。

そう。ならないなら・・・・・






寝ている幹也の顔に近づく。


そして


一瞬の キス。
触れるだけの微かな口づけ。

でもそれでも。


背徳の、決して忘れられる事の無い味。



「ねえ、幹也、知ってる?」
穏やかな口調で、寝ている幹也に語りかける。



「乙女のファーストキスにはね、魔法があるのよ」





FIN
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後書き。
どうも、初めましてSS書きの月詠です。
この度は「萌月夜」に投稿させて頂きました。

で。
「黒桐鮮花SS」で「無間回廊」です。

?萌えましたか?
?萌えませんか?

えー、私は萌えます(きっぱり)

何故なら私は「妹萌え」なので。
でも、十二人の妹には萌えません(断言)


かなり、無理矢理な展開ですが。
判りますでしょうかね。

見せ場はやはり最後です。
これが書きたかったんですが。

これでもOKですか?

それでは、これからも頑張って下さい。

では。

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