最近お前人当たりが良くなったよな。
そんな台詞を耳にする。
と言っても。
俺にそんな事を言うのは一人しかいないけど。
そうかな?
と一人首を傾げる。
俺自身はそう思わないし、感じもしないけど。
周りはそう取っているらしい。
実際、上杉以外にも少数ではあるが
俺に話し掛けてくる様になった生徒もチラホラ出て来ている。
そんなに変わったのか?
はてさて。
まぁ、心当たりが無い訳でも無いけど。
なぁ。
朧月夜。
見えない女に対して語り掛ける。
確かに朧に逢ってから俺は変わったのかも知れない。
少しだけ人当たりが柔らかくなったのかも。
今までの触れれば斬れてしまう様な鋭さが無くなったらしい。
そのお陰らしいが、ホンの少し学校生活と言う物が
下らない物では無いんだなとも思い始めた。
今までは面白いとは思わなかったし。
別の意味では面白かったが。
人ではない者との駆け引きは中々面白かったし、スリルがあった。
今でも「視えて」はいるが、特に仕掛けては来ないようだし。
それがお互いの為だしな。
何かと顔を合わすと、均衡が崩れる。
チョッカイも度が過ぎると只じゃ済まないしな。
「ああ。ここ最近のお前って何て言うのか
こう、以前の刺々しさが無くなった、とまでは行かないか。
少し薄まったって言うのが正しいのか。
今まであれだけ腫れ物だったお前がこうも変わるなんてな」
あっそ。
そんなに俺は危険人物だったのか。
自覚、無かったぞ、そこまでは。
「何かあったのか?
例えば、そうだなぁ。お前が恋なんてする筈無いしな。
好きな異性が出来たとか?
ハッ、それこそ、まさかな」
ハン、と鼻で笑う。
お前、そこまで言うのか?
俺でも異性を好きになったりするぞ。
どっかの唐変木と一緒にするな。
「でも、実言うと少し安心したぜ、俺。
お前何処か、人と違ってたって言うかな
俺達と一線を画していたって言うか。
だから少し心配してたんだぜ。これでも」
そんな素振りはまったく見えなかったけどな。
まぁ。
そこは突っ込まない事にしとくか。
折角の好意だ、敢えて機嫌を損ねる事もあるまいに。
「アリガトな、心配してくれて」
素直に感謝の意を表す。
これに又も意外だ、と言う表情で俺を見る上杉。
ええぃ。
どうせいと言うのじゃ。
人が素直に言えばそんなツラしやがって。
「待て、ホントにお前あの出雲か?
実は別人と変わってないか?誰かの変装とか?」
そこまで言うなら喰らうがいい。
我が幻の左を!!
何の予告も無しにいきなり幻の左が繰り出される。
いい音がして上杉は見事に廊下の向こうまで吹っ飛んで行く。
・・・・・・快感だ。
久々の感触。
暫くこうもフルパワーでブン殴った事無かったしな。
殴った拳を握り締め、余韻に浸る。
感動。
「ううう。
やっぱりお前、変わってない。
いきなり心友を殴る様な奴は」
よろめきながら立ち上がる自称心友。
その程度、かわせない様じゃ心友なんて片腹痛いわ。
そのままそこで寝てろ、心友。
フラフラな心友を放っておいて。
俺はそのまま目的地、教室に向かう。
「でさ。
お前の思い人って誰さ?
このガッコか?それとも他の高校?
いえよ、心友にさ。誰にも言いやしないし」
いきなり復帰した上杉が俺の肩に手を回してくる。
今回は随分と早いな。
あれだけダメージデカかったのに。
しかもそのダメージも残ってないような。
ふむ。
今度はもう少し強めに撃って見よう。
その内こいつ、壁にメリ込むんじゃないのか?
・・・・・・
それはそれで面白そうだ。やってみよう。
一人ニヤリと哂う。
「を。
その微笑みは心当たりがあるんだな。
このぉ。
この俺に隠れていつの間に見付けたんだ、お前」
この、この、と脇腹を肘で突付く。
マジでもう一発殴ってやろうか。
そうすれば少しはマトモになるか?
ぎゅっと密かに拳を握り締める。
「誰だよ。お前。言って見な。
まさか、三年の白嶺先輩じゃないだろうな。
止めとけ、止めとけ。
とてもじゃないが、お前じゃ無理よ。
イヤ、何もお前だからとか言う意味じゃ無くてな」
ひらひらと手を振りつつ上杉が言う。
白嶺?
知らんな、そんな人は。
先輩らしいが、聞いた事無いな。
「あの人は何て言うか。
そうだな、お前に似てるって言うか。
それでもお前よりは人間味はあるが、ダメだね」
一体どんな人だそれは。
俺に似てて俺よりも人間味がある?
それじゃ俺には無い様な言い方だな?
「あの人は今まで皆アタックしたが玉砕さ」
「お前もか?」
当然、とばかりにニヤリと笑う。
ふーん
あっそ。
「あの人、陰では「クールビューティー」とか「アイスドール」とか言われてる位だからな。
幾ら似た者同士でも、無理だと思うぜ」
「あら。それは私の事かしら?」
いきなり背後から女性の声が。
ギョッとして上杉が振り返る。
今の奴の顔は見モノだろうな。
きっと凄い顔してるに違いない。
「イヤー、先輩。
いつ見てもお美しい、流石はこの学校の五指に入るだけはありますね」
見え見えの世辞で何とか切り抜けようとする。
だがいきなりの事で動揺は隠せないようで、表情が硬いぞ。
頑張れよ、心友。
とても冷めた目で見たいる先輩とやらを眺めつつ
俺はさっさと教室に戻ろうとする。
が。
「貴方が出雲君かしら?少し、時間宜しい?」
俺に用か。
「構いませんが」
と
先輩の方を向く。
………ああ。
成る程。
この人も「あちら」の人か。
「そんなに手間は取らせないわ。
今日の放課後、校舎裏に来てくれないかしら。
そこでお話があるの」
「ココでは話せない事ですか?」
幾分冷たく言い返す。
上杉の視線が突き刺さるが、そんな事構うか。
からかわれる位ならココでキッパリと否定させてもらう。
「ええ。
御免なさい、ココではちょっとね。済まないけれど、来て貰えない?」
あくまでそのスタンスは崩さない訳ね。
「お断りします」
ハッキリと否定する。
上杉の視線がかなりきついモノに。
仕方ないだろ、からかわれるだけなんだから。
「行った所で答えは同じですから。
何なら代わりにこいつを行かせましょうか?」
と、横の上杉を指す。
「上杉。代わりに行ってくれよ。俺は一向に構わないから」
「いいのか、俺が行っても」
ああ、構わないぜ。
と言って俺はさっさと教室に引っ込む。
ったく、冗談じゃない。
何だって今更そんな幼稚な悪戯しかけてくるんだか。
どっかと椅子に座り、何気なく外の景色を眺める。
まだ廊下の方でがやがや五月蝿いが、時間になればそれも収まろう。
ああ、ホント、今日もいい天気だ。
このままフケようかな。
そうしよう。
まだ、教師は来ていないし、やるなら今だな。
カラリと、窓を開けて。
二階の窓から身を躍らせる。
因みにこの学校は下から一年となっているので、俺の教室は二階になる。
二階くらいからなら飛び降りても。
まぁ、痛いことは痛いけど。
激痛って訳でもないし。
着地のショックを和らげる為にグンと沈み込み。
その反動で前に思い切り飛ぶ。
脱出成功。
アバヨ心友。
後はよきにはからってくれ。
途端。
何やら背後で凄いどよめきが。
ん?
何気なく振り向く。
と
教室と言う教室の窓に鈴なりになった人の山。
思わず後ずさりしてしまう。
な、なんだこれは。
皆口々に色々な事言ってるみたいだが。
そんなに珍しい事なのか?
窓から飛び降りるって事は。
家ではしょっちゅうやってる事だからなぁ。
まぁ、いいか。
そのまま校門を出る。
他人が何言おうが、構うかよ。
俺は俺。
知った事じゃない。
何処行こうかな。
これからだとゲーセンでも行くかな。
学校を出てから暫く通りを歩きながら目的地を模索する。
?おかしな。
何だか凄く嫌な「感じ」がするぞ。
「魅入られた」のとは少し違う。
何て言うか。
敵対する、あからさまな、殺気?
辺りを見回す。
誰だ、一体。俺が何をしたって言うんだ。
「小僧」
低い声が俺に掛かる。
その声のした方を見る。
丁度道を挟んだ反対側、そこに一人の坊主が俺を睨んでいる。
こいつはヤバい。
何がヤバいとか言うんじゃなくて。
本能でそう告げている。
「こいつに関わるな」
そう言ってる。
少し身を屈め、そいつに対して攻撃態勢を取る。
本能がそう言ってても逃げる事なんて出来るか。
こいつは
間違い無く俺の「敵」なんだから。
それは確信した。
大体何で反対側からの声が俺に聞こえるんだよ。
「てめえ、何者だ」
無意識に拳を握りめる。
口の中がカラカラになって行く。
緊張しているのがよく分かる。
純粋に腕力勝負なら負けない位の自信はあるが。
この坊主にはそんな事関係無いみたいだし。
「お主。
その身に何を住まわしてるのか、分かっているのか?」
確かな足取りで道路を渡り、俺の目の前にまで歩いて来る。
近くで見ると又でかいな。
しかも矢鱈と眼光鋭いし。
「何の事だ?」
取り合えず白ばっくれる。
相手の意図が分からない以上、迂闊な事は言わない方がいいだろう。
坊主は片眉を上げ、更に俺を睨み付ける。
負けるかよ。
俺も坊主の目を睨み返す。
気合で負けて堪るか。
坊主はフム、と唸ると。
「お主、今のままでは遠からず災難が降り掛かるぞ。
それを避けたければいつでも儂の元へ来るがいい」
「但し」
更に眼光が鋭くなる。
真っ直ぐに「俺の後ろ」を見抜き、射抜く様な眼差し。
「儂の邪魔をすると言うのならその時から貴様は敵だと思え」
最後に捨て台詞を吐くと興味を失った様にクルリと背を向けて去って行ってしまった。
何だったんだ、あいつは。
額の汗を拭いつつ、あいつの去って行った方向を眺める。
あの方向……
真逆。
学校に行くつもりじゃないだろうな。
あいつの事だからいきなり乗り込みそうだな。
どうするか。
戻って注意でも促すか?
でも
流石に学校中の「あちら」の人全てに言うのは無理があるしな。
見捨てるのも寝覚めが悪いしな。
だぁぁぁ。
ああもう。
面倒はゴメンだって言うのに。
こう言う所、俺もお人好しだよな。
自分で自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す。
戻ろう。
そして、あの先輩くらいには一言注意しておこう。
他は分からないし、運が悪かったと言う事で。
ふぅ、と大きく溜息を付くと。
全速力で学校に向かって駆け始める。
間に合えよ。
必死になって走る。
それ程進んでなかったので、直ぐに学校に着き。
時間を確認する。
…確か、先輩は「放課後校舎裏」って言ってたな。
先に上杉に会って事情を説明しとくか。
階段を駆け上がり、教室に雪崩れ込む。
中には数人の生徒。
上杉は、いた。
「上杉」
「おう。パフォーマー。今お帰りか?」
悪い、戯言に付き合ってる暇は無いんだ。
「さっきの先輩の話。
俺が行くわ、悪いけどそう言う事で」
上杉の顔が露骨に難色を示す。
「お前、余りにもそれは酷いんじゃねぇのか?
舌の根も乾かない内にさ、どうしたんだよいきなり」
「訳は無い。
唯、俺の方でも先輩に話が出来ただけだ。しかも火急な、な」
はぁはぁとまだ肩で息してる。
くそ、最近弛んでたからな。
これ位で息が切れるなんて、無様だ。
「俺が納得出来る様な事なら引いてやる」
それは納得出来なかったら意地でも引かないと言う事な?
「じゃ、ハッキリ言うぞ。
先輩の生死に関わる、って言えば引いて貰えるか?」
「ハッ。何だそれは。
今時そんな脅しじゃガキでもビビらないぞ。
あんなぁ、嘘付くにしてももう少しまともなものにしろよ」
そりゃ、いきなりそんな事言っても信じないよな。
それは俺でも分かるさ。
「信じる信じないはお前の勝手だ。
だが、俺と会わなかったら確実に先輩はこの世から消えるぜ。
これは脅しじゃ無く、本当の事だ」
汚ぇぞ、と上杉が呻く。
ああ、今お前とこうしている時間だって惜しいって言うのに。
チラリと上杉が腕時計に目をやる。
「行けよ。
先輩との約束時間まで後十分足らずだぜ」
プイ、と横を向いてそれだけ言う。
「悪い、上杉」
頭を下げ、直ぐに教室を出ようとする俺を上杉が呼び止めた。
「待てよ、出雲」
何だ?
と振り向いた俺の顔面にまともに上杉の拳がヒットする。
くぅぅぅ。
効くな、やっぱ。
「チェンジ料はそれでチャラにしてやる」
そう言ってビッと親指を立てる。
「さっさと行けよ。このスケコマシ野郎」
応よ、と俺も親指を立てる。
サンクスな、心友。
口元の血を拭って教室の窓から又もダイヴし、真っ直ぐ校舎裏に向かう。
なんだか、今日はやたらとハードアクションだな。
その待ち合わせの場所には一人の影が。
あの先輩にしては少し影が小さいな。
他にいるのか?
それとも他に呼ばれた奴がいるのか?
徐々に近付くに連れその人物が見えて来る。
女生徒?
何でここに他の生徒が?
聞いてみるか?
「あのさぁ」
そこで一人で待っていたらしい女生徒に声をかける。
俺の声でその女生徒も振り向く。
?
どっかであったか?
「あ、あの。
私、中等部の稲葉って言います。
出雲、先輩ですか?」
その稲葉と名乗った生徒が自己紹介をする。
「ああ。俺が出雲だが。
お前さんもあの白嶺って先輩に呼ばれたのか?」
稲葉はキョトンとした顔で俺を見ている。
あれ?
違うのか。
「先輩。
不躾だとは思いますが、一ついいですか?」
「構わないけど、俺もいいか?」
俺も疑問が無い訳では無いけど。
稲葉の提案に乗ってみる。
「「私(俺)とどこか出会わなかった(です)か?」」
何と。
二人とも同じ事感じたのか。
最初はデジャヴ(既視感)かと思ったが。
どうやらそうでも無さそうだな。
「ま。それは置いておこう。今はそれ所じゃない、し?」
ああ、「視えた」
この娘も「あちら」の住人か。
だから呼ばれたのか。
「稲葉、とか言ったか。お前、「あちら」の人間か」
今までの軽い雰囲気から一気に空気が張り詰める。
稲葉の俺を見る目が少し強くなる。
何処と無く目を細めて何か「別」なモノを見るかの様に。
キン、と周辺の空気が凍り付いて行く。
あっと、待った。
「待った。
ここで余り「殺気」を出すのは勘弁。
俺がここに来たのも呼ばれた先輩に忠告したからだったからだし」
「忠告、ですか?」
依然冷たい目で俺を見つめる稲葉。
「そう。
いいか、怒らずにそのまま聞けよ。
ついさっき、学校の外で怪しげな坊主に会った。
恐らく君ら「あちら」側のモノに害なす奴だと思う。
実際少し足を突っ込んでる俺にも殺気ぶつけてくる野郎だし。
だから、君らには問答無用に何かしてくると思う」
稲葉は静かに聴いてる。
無視してる訳じゃないさそうだ。
「それで先輩。
その白嶺先輩もその、私たちと同じ「あちら」側の人だから。
態々戻って来て忠告して下さるんですか?」
言い方は丁寧なのだが、どうにも棘がある言い方だな。
「そ。
幾ら他人との接触を切ってる俺でも少しの良心はあるさ。
関わった人くらいは助けたいと思うのは当然じゃないのか?」
腕を組み、俺の真意を推し量ってる様な感じがする。
この娘からもかなりの「気」が溢れてるし。
出来るなら余り頻繁に放出して欲しくないのだが。
ホンの少し関わった朧の気配すら感じる奴だし。
壁に耳あり、障子に目あり。
何処から嗅ぎ付けるか分かったもんじゃない。
「そうですか。
おそらく、拝み屋の類の者なのでしょうね。
それで多少その気配のした先輩に声を掛けたのでしょう。
では私達に目星を付けるのもそう遅くは無いでしょう」
クイ、と顎を指で摘み思案顔になる。
「それで、稲葉は何でここにいるんだ?
やっぱ白嶺先輩に呼ばれたのか?」
とりあえず最初の質問をぶり返す。
稲葉は「ええ」とだけ簡単に答えると又口を噤む。
何とも取っ付き難い娘だな。
稲葉はそのまま俺が聞いても答えそうも無い位に没頭してる。
「遅いな、先輩。真逆」
「イエ、大丈夫です」
即座に返答が。
「遅いですよ先輩」
稲葉が冷たい一言を浴びせる。
しかし白嶺先輩はニコリと笑いその皮肉をやり過ごす。
何かあったのか、この二人。
「あら。貴方、出雲君ね。
さっきは上杉君に来て貰う筈じゃなかったのかしら」
で、とばっちりはこっちに来るのか。
「こっちも訳ありでね」
何か先輩が言いたいそうだけど。
今は時間が惜しい。
早速本題に入らせて貰う。
「先輩。
さっきのこの稲葉って娘にも言ったんだが。
先輩は「あちら」の人ですね」
しかし先輩の顔色は変わらない。
あくまでも涼やかに。
「でも今はそれはいいです。
本題はさっき「拝み屋」って奴と会いました。
多分、ここにも来るでしょう。
ですから早目に逃げるなり、対処をした方がいいですよ」
「それが上杉君と変わった理由?」
そうですが?
いけませんか?
置いてけ堀の稲葉には悪いが暫くはこの問答は続けさせて貰う。
「ハッキリ言いますが。
俺は別にあんたらがどうなろうとも知った事じゃない。
けど、少なくとも見知った顔がいきなりいなくなればやっぱいい気はしない。
だから上杉と変わってもらって先輩に忠告しに来た。いけないか?」
「出雲先輩。
でもそれって先輩も危ないんじゃないですか?」
横から思わぬ反撃が。
横目で稲葉を見る。
稲葉は相変わらず腕組をしたまま。
そのままで俺を見つめてる。
「そうね。
私たちだけではなく、君にも危険があるようね」
先輩までそんな事を言い出す。
って事は。
当然、視えているのね。
俺の後ろの「人」が。
「朧、視えているんですか」
二人は無言で頷く。
やっぱ、視える人には視えるんだな。
そう言う事は、あの坊主も視えてて俺を見逃した、と。
「人間の身で神を宿したって私たちの間では有名よ」
先輩の一言で悟った。
どうやら俺はかなりどちらの世界でも「特殊」な部類に分類されているらしい。
「じゃ、俺を呼んだのはこの朧に用が?」
「正確には貴方なんだけどね。
出雲君。人のままで神を使役する人として頼みがあるの」
「それで白嶺先輩。私には何の用ですか?」
おっと、忘れてた。
稲葉もいたんだっけ。
この娘も何か用があって呼ばれてたんだろうけど。
「ええ。
稲葉さんにも当然用はあります。
稲葉さんを呼んだのはこの学校で有数の力の持ち主だからです。
妖狐の力は伝説にもなる程のものですから」
はぁぁ。
稲葉は妖狐か。
「で。
先輩は「蛇」の化身ですか?」
ズバリと言って見る。
これには流石に二人とも驚いてくれる。
「矢張り噂は本当の様ですね。私の事を見破りましたか」
「あのさ。
ここでそんな事してる暇は無いぜ。
何も俺もそれを暴露してどうこうってのはないから」
それに、と言葉を続ける。
「あんた、ホンモンじゃねぇだろ?
先輩の姿をした偽者だろ。何が目的だ?早目に言った方がいいぜ」
先輩は今までの余裕のあった態度ではもういられないようで。
顔なんか真っ青だ。
ここまで見破られるとは思っていなかったのか?
「そうですか…
そこまで分かってしまいますか。稲葉様もご存知で?」
正体が見破られたからか、態度が一変する。
稲葉もそんな先輩を少し戸惑いながらも頷く。
「貴女は何者ですか?
視た所、貴女も同じ「蛇」ではあるようですが」
稲葉も俺と同じ事を言う。
やっぱこの娘も視えてるんだ。
「ええ。
私は本物の白嶺様にお仕えする者です。
なぜ私が白嶺様の姿をしていたかと申せば」
!マズイ!
気の流れが変わりつつあるぞ。
気付かれたか。
ここまで暴露させたのが裏目に出たか。
(出雲様、殺気が微かにします)
朧にも感じたか。
「二人とも。ヤバイぞ。
感付かれたかも知れない。一回ここはバラけよう」
まだ二人は気付いてない様だけど。
確実にあいつはこっちに来るな。
「ですがこの後合流する事は難しいです」
稲葉の言う事は尤もだ。
何が目的だったのか知らないけど。
又コンタクトを取るのは至難の業だわな。
「ならいい所がある。付いて来てくれ」
二人を誘う。
俺の行く場所ならあの坊主でもそうは来れないだろう。
「分かりました。一緒に行きます」
二人とも頷いて俺の後を付いて来る。
俺も素早くこの場から移動する。
「あの坊主。
いきなり何の用だよ、ぶらりと現れてはいきなり問答無用に」
走りながらぼやく。
「知りませんよ、私は。
私だって被害者ですからね」
息を切らしながら稲葉が反論する。
しんどいなら無理に反論するな、走る事に専念しろよ。
「恐らく、その人は私を追っているのでしょう。
彼の人とは前世からの因縁がありますから」
勘弁してくれ。
そんな深い訳があるのかよ。
前世とかそんな昔からの因縁でこっちにとばっちり持って来るな。
「お前ら、人を何だと思ってる。
自分らだけでドンパチしてろよ。一体何だって言うんだ」
走り疲れてどっかと座り込む。
二人もかなり疲れたらしく、話すら出来ない。
大汗かいて、肩が大きく揺れてるし。
「こ、ここ、で、すか」
「稲葉。落ち着いてからでいいぜ」
「あの、ここ、は」
「先輩も息整えて下さい。
って、先輩じゃないんだよな。あんた名前は?」
俺の前でハァハァ言ってる二人に質問したいが。
まだ話せる程余裕も無いみたいだし。
もう暫く待って見ますかな。
「ここはウチの近くのゲーセン。
かなり賑やかだから何話しても聞こえないでしょう。
さ、て。
じゃお聞かせ願いましょうか?」
「でもここで大丈夫ですか?
かなりいろんな気が入り混じってますから逆に来たら見付け難いんじゃ?」
「大丈夫。
よく周りを見てみなよ」
ニヤリと笑う。
二人も周りの客を見てみる。
それで俺の言った事が理解出来たらしい。
「そう言う事ですか」
「そ。
ここの客全部があんたらと同じ。
だからそう簡単にはここには来られないさ。
簡単だけど、結界、てのか、張ってるらしいから」
ここは前々から知ってはいたが、
俺みたいなのが入っていくと厄介事が増えるから敢えて今まで入らなかった。
けど。
今回は事情が違うし、それに同じ住人を連れて来た事で一応静観って所か。
「私は、白嶺様にお仕えしている青蛇です。
白嶺様は私たち蛇の化身の上に立たれる方です。
ですが。
今はその力も殆ど失われしまいまして、静かにお休みになっています」
「それで?
私達に何の用ですか?」
腕組、足を組んで稲葉が詰問する。
「大方あの坊主から本物の先輩を守ってくれ、ってのが本題じゃないのか」
首を回してコキンと鳴らす。
少しウォーミングアップしておかないと。
これから何があるか分かったもんじゃない。
「それは幾らなんでも無理です。
あの人はかなりの力の持ち主です。
何度も戦いましたから、それは重々知っています。
逃げもしましたし、封じられもしました」
………封じられたってね、あんた。
これはとんでもなく厄介な事なんじゃないのか?
「守るのではなく、戦うのでもない。では一体何が目的です?」
冷静だな、稲葉。
もしかしたらお前も封じられるかも知れないんだぞ。
よくそんなに冷静でいられるな。
「戦いは熱くなった方が負けです。
いつ如何なる時もクールに、それが鉄則ですよ、先輩」
俺の心でも読んだのか。
稲葉が俺にそんな事を言う。
さいで。
でもね、俺はそんなの真っ平御免ですな。
あくまでも俺のスタンスは熱血ですから、今更そんなキャラチェンジはしません。
「元はお二人とも恋仲でした。
ですが、些細な食い違いから今では敵味方。
封印が解けるとあの人も活動を開始して再度封印する。
それを何度と無く今まで繰り返して来たのです。
私はその度にとても悲しい思いでお二人を見て来ました。
お互いがお互いを好いているのになぜこうも争わなければいけないのか。
いつかはこの呪われた因果を断ち切りたい、とも」
「その食い違いとは。
人と、私たち魔の者との違い、とか言うのではないでしょうね?」
「そうだろうよ。
そりゃ共に白髪の生えるまでとは行かないだろうさ。
だがよ。
それを理解した上で好いたんじゃねぇのか?
それを意見の相違だって言ってそんな阿呆な事してるって言うんなら。
俺は降りるぜ、そんな犬も食わない痴話喧嘩の仲裁だなんて願い下げだ」
何も言わずに立ち上がる。
「奇遇ですね、先輩。
私もそう思っていたのです。
そんな幼稚な恋心の為に私の力を使用するなんて、する気も失せました」
稲葉も俺に習い立ち上がる。
流石にこれにはお付の蛇さんは驚いたらしい。
何とか俺たちを翻意させようと必死になって説得をする。
「待って下さい。
今では二人とも互いに話を聞こうともしません。
ですから。
二人に話し合いをして欲しいのです。
その為に貴方達の様な方に助力を願ったのです。
私独りではどうする事も出来ませんから」
「んな事知った事か。
話がしたいなら坊主に封じられる前に自分から出向いてでもすればいいじゃねぇか。
そんな事で他人を巻き込むなよ、迷惑だ」
「そうですね。
その彼にももはや自分が封じる事が彼女へのせめてもの供養、他の誰にもさせない。
自分の手自らで封じてあげる。
そんな理念に凝り固まっているのかも知れません。
そんな状態では残念ですが、何を言っても無理でしょう」
俺たち二人から否定的な事しか言われなくて
力無く項垂れる、先輩。
それ位の事は分かってて俺らを呼んだんだろうけど。
俺よりも何倍も長く生きてるんだし。
「あーあ。
まったくあんな物騒な坊主が何で野放しなんだよ」
クルリと背を向ける。
フン、と軽くストレッチを開始。
「ブン殴って分かってもらえればいいけどな。
そこまで可愛げのある様な面はしてなかったぞ、あの坊主」
「そうですね、先輩は一回会っているんですよね」
稲葉が俺の意図でも汲み取ったかの様に話しかける。
「でーもさ。
幾星霜も前からこんな事してたんだろ?
そう言う事はその坊主、今何歳だ?と言うか人間か?」
「もう彼の人は人としての生は潰えています。
今あの人を動かしているのはその理念のみです」
面倒臭ぇ。
何だよ、結局先輩とその坊さん二人を成仏させないといけないのか、これは。
そこまで行ったら本職連れて来いよ。
俺らじゃ何処まで出来るか分かったもんじゃないぞ。
「待てよ、お前。
そんならもうその坊さんは人じゃないんだろ。
ならばずっと永遠に一緒にいればいいじゃねぇか。
真逆、そこまで考えが行かない程只のマシーンになってるのか?」
それこそ私が言いたかった事です、て位に。
満面の笑みで頷く。
何だよ、本当に疲れる事だな、コレ。
話を聞かない坊さんに、封じられるがままの蛇の化身の先輩、か。
他人の恋の邪魔をする奴は馬に蹴られて死んじまえ、って言うけどさ。
態々、こっちがそこまでお膳立てしないといけないカップルてのも勘弁だな。
「稲葉。お前降りてもいいぜ。
こっからは少しばかり荒療治になるかも知れないし。
まぁ、その何だ。
俺に任せとけとは言えないけど。
何て言うかな、その」
ああもう。
分かってくれよ、これで。
中々いい言葉が出て来ない。
じれったいな。
「先輩は私が女だから怪我をさせたくない、だからここで帰りなさい。
そう言うんですね」
ハイ、その通りで。
「ですが」
ニコリと微笑んだその笑みは。
とても年齢相応に似合った笑みではなくて。
俺の知らない遥か昔から生きて来た者の強みが垣間見えた。
「私も、妖狐の端くれです。
言ってしまいますが、私が本気なれば
幾ら先輩でも瞬きをする間にこの世から消し去る事も可能なんですよ」
そう言う冗談、俺は好まないなぁ。
あ。
朧が怒った。
俺の後ろで今まで黙って聞いてた朧月夜が姿を現す。
「貴女。その言葉本心では無いでしょうが。
もし私の愛しい方に仇なすつもりなら私、黙っていませんよ?」
「冗談ですよ。
そんなに怒らないで下さいまし。
私どこかの誰かさんとは違ってそんな野蛮な事致しませんから」
稲葉、そこで挑発してどうする?
ホラ見ろ。
朧の気配が変わって来たぞ。
俺を中心にして妖気が立ち込める。
「朧、落ち着け。
今ここで争ったらあの坊さんを呼ぶ事になるぞ」
「出雲様。申し訳御座いませんが、それはお聞き出来ません。
ここでこの躾の成っていない小狐に少しばかり「オイタ」をしない様にお仕置きしないと」
「あら。
そんな事言って宜しいのですか?
ここは素直に彼の言う事を聞いた方が宜しいのじゃなくて?お・ば・さん?」
そこでそんな事言うな。
俺はもう知らないからな。
後はどうなっても俺の責任じゃない。
言う事は言ったからな。
「どうやら本気で怒らないと分からない様ね。
この祟り神として祀られていた私の実力、甘く見ない事ね」
豪、と突風が巻き起こる。
朧月夜の髪が、着物が風にたなびく。
「稲葉、今からでも遅くないから謝れ。
朧が本気なったらお前でも勝ち目無いぞ」
無駄だと分かっていても稲葉に聞いてみる。
「ええ、存じてます。
ですが、ここで引く事は出来ません。
ホラ、分かりますか、先輩?
この妖気に引き寄せられるかの様に、件のお坊様が到着なされましたよ」
稲葉の言葉が終わるよりも早く。
扉が大きく開け放たれる。
逆光になっていて分かり難いが。
あの坊さんに間違いは無いのだろう。
「見付けたぞ。
さぁ。
眠りから醒めたのならば、今一度長き眠りに付くがよい」
しゃらん、と手に持ってる錫丈が鳴る。
ああもう。
何だってこうも皆てんでバラバラにやるかな。
少しは協調性ってモンを持とうよ。
「お付の蛇さんよ。
その本物の先輩は何処にいらっしゃりますか?」
「私たちが住処としてる穴の中に」
「稲葉。お前言い出しっぺなんだからこの場を何とかしろよ」
「嫌です。私だって女の子なんですから、先輩守って下さいね」
てめぇ、ブン殴ってやろうか。
「小青よ。白嶺は何処にいる?」
坊さんがお付の蛇に聞く。
この言葉、「力」ある言葉か。
(朧。言霊、だよな、今の)
(そうですね、様々な修行の結果、習得したのでしょうね)
(じゃ、さ。俺を使って口寄せって出来る?)
(?憑依って事ですか?)
(どう取って貰ってもいいけど。
要するに、こっちも同じく「力」ある言葉を使ってあの坊さんを何とかする)
(分かりました。ここまでしてしまったのも私に責があります。
やってみましょう)
「ここから三里程離れた山中の」
『我が言葉を聞け』
俺の口から俺以外の声が発せられる。
それを聞いた途端。
皆の意識が俺に集中する。
うう結構、コレつらいぞ。
「お主。止めよ、慣れぬ者が不用意に操る物ではない。
今にその体魔の者に乗っ取られるぞ。儂の手を煩わせる様な真似は止めろ」
生憎そうですかって諦める程素直じゃないもので、ね。
「先輩、幾らなんでもそれは無理ですよ」
稲葉が珍しく反対する。
声もかなり緊迫してる。
やっぱ、何にも無い一般人がこう言う事しちゃ、いけないよな。
「山中のどこだ?」
あ、ヤナ奴。
更に言葉を強めやがったな。
俺に負けるかって意地がありありと感じるぞ。
『汝、我が言の葉を聞け、そして我が言葉に従え』
舐めるなよ。
こっちは当代一と謳われた朧月夜だ。
そんな安っぽいヒューマニズムが勝てると思うなよ。
「儂に楯突くと言うのか、小僧。
良かろう、ならばまずは貴様に取付いている魔の者から祓ってやろう」
アリガトさん。
こっちの思惑に掛かってくれて。
坊主がこっちを向いた瞬間。
稲葉の「妖しの瞳」が坊主を縛り付ける。
まったく。
面倒掛けさせやがる。
「何、人と妖しの者が何故儂に楯突く。妖しと人は決して共存出来ぬ。
それを知っていてその様に振舞うのか?」
しかし稲葉は髪をかき上げると。
フフン、と鼻で笑う。
「それはどうでしょう?
貴方と愛しい方とのケースを全てに当て嵌めて
見境無く喧嘩を売るのは余り宜しくないのでは?」
小青と呼ばれたお付に稲葉が問う。
「さぁ、貴方の仕えている方を連れて来なさいな。
今ならこの人は何も手出しは出来ません。今の内に行って来なさい」
小青は頷くと、俺たちの横を走り過ぎて店を出て行った。
坊主はそれを忌々しそうに眺め。
こっちに八つ当たりして来る。
「ええぃ。貴様らこのままで済むと思うなよ。
彼の女人を封じたら貴様ら二人も封じてくれる」
「俺たちはあんたら二人の話し合いをさせる為だけに共闘してるだけ。
恋の鞘当でこっちに飛び火してくるなよ」
朧を開放した俺が坊主に詰め寄る。
ギン、と俺を睨んで来るが、そんな甘ちゃんの睥睨、俺に効くかよ。
お返しとばかりに、俺も睨み返す。
あんたとは背負ってる物が違うんだよ。
俺の気迫に坊主が気圧されて行く。
「稲葉、しかし良く俺の考えてる事分かったな。
さっきの朧とのやり取りといい、先が読めるのか?」
不意に話題を変えて見る。
さっきから疑問に思っていた事ではあったが。
そう思わないと説明出来ない事もチラホラ。
「そうですよ?
言いませんでした?私、妖狐に連なる者ですから。
先読み、読心術では他の者に遅れは取りません」
簡単に言ってくれる。
あんなぁ、稲葉。
一応俺は普通の学生さん。
お前らみたいな「あちら」の者とは違うんだから、前以て説明してくれ。
(って、朧。
お前も知ってて挑発に乗ったのか)
(御免なさい。先程、稲葉様からその様な事を聞きまして)
あーそーですかー。
「お主。今は従順だが、いつその本性を剥くか分からぬ者を
その身に住まわせる事の重大さ、知らぬ訳でもあるまい」
今度は坊主お得意のお説教ですか?
馬の耳に念仏ですなぁ。
「だからどした?
そん時はそん時。今考えても仕方ないだろがよ。
それとも何か
お前はその本性が怖くて愛しいとか言ってながら我が身可愛さに封じたとか?」
お?
図星だったらしい。
顔が真っ赤になる。
茹蛸が出来てしまったり。
「先輩?普通の人は先輩の様に強くは無いのですから。
それにこの人の時代では物の怪は今よりも明確なモノだったでしょうし。
その恐怖を笑うのはいけないと思いますけど」
「それは言い訳。
怖いなら怖いって言えばいいし、拒否すればいい。
それでも好きだって言うなら周りの雑音なんか気にしなければいい。
結局、てめえの身が可愛かったんだろ?
偉そうなお題目並べてるけど、あんたそこまでその人に対して愛情持っていたのか?」
「儂を愚弄するのか?
そんな事言うまでも無い。
だが、先が見えてしまっている儂と永久を生きる白嶺。
残された者が悲しいのか、残して行く者が悲しいのか、それを考えた時。
儂は白嶺を封じて儂自身もこの身を少しでも長く持たせる術を捜し求めた。
そしてその法は未だ見付からぬ。
なればこそ、儂は又白嶺を封じ、儂自身も更なる不老、更なる不死の術を追い求める」
ふーん。
多少は考えてる訳だ。
けど
今自分がその術を身に付けていて不死になっているって事にまでは気は回らないのね。
その一念のみに凝り固まっていて他の事に頭を回す余裕は無い、と。
コレもある種の愛の形、なのか?
永遠の追いかけっこ。切れない運命の愛の形。
そして因果は回る、糸車の様に。
その糸によって紡がれる織物はどんな色彩を放つんだろうな。
悲しいね、それは。
?この坊主はそこまで想って行動しているって事は。
その相手の白嶺もそれを分かってて封じられているのか?
「なぁ、稲葉」
暫くの沈黙の後、不意に稲葉を呼ぶ。
「コレって俺たちでしゃばる事無かったんじゃないのか?
二人には二人なりの余人には分からない想いがあってさ。
だから俺たちは二人の恋路を邪魔してるだけって事、無いか?」
稲葉は小首を傾げるが。
直ぐに
「かも知れませんね。
あの小青と言うお付の蛇も知ってはいるけど、この二人を案じて私たちを呼んだとか。
余計なお節介かも知れませんね、この二人にとっては」
ニコリと笑みながら俺に同意する。
となると、どうするか。
このままこの坊主を放って置いて今までと同じ事をさせるか。
でも。
「そうですね。
それですと私たちの意義が無くなってしまいます。
なので、ここは馬に蹴られる覚悟で最後までお節介を焼くのも宜しいかと」
流石読心術。
俺の心をピタリと読んで下さる。
「先輩は読まなくても分かります。
思っている以上に先輩、分かりやすいですよ?
クールな振りしてても熱血漢みたいですから」
………さいですか。
「来たようですね。コレで主役は揃いました」
稲葉が微かな気配を感じて扉の方に目をやる。
俺も感じて同じく目を向ける。
キィと小さな音がして、静かに扉が開く。
そして光の中から二つの影が。
大きい影と小さい影。
徐々に人影はこちらに向かって近付いて来て。
顔が見える位の距離まで来て。
そこで立ち止まる。
「初めてお目に掛かります、先輩」
ペコリとお辞儀する。
小青の話では殆ど力が無いって言ってたけど。
どこがだよ、凄い気の流れを感じるぞ。
「初めまして本物の白嶺先輩」
稲葉も軽く会釈する。
稲葉も感じてるのかな?
この溢れ出る気の奔流を。
「皆様、小青がご迷惑をお掛けしました。
代わりに私からお詫びします」
優雅に無駄の無い所作で先輩が謝罪の為に頭を下げる。
うわー、眼光鋭いな。
優雅な柔らかい仕草の中にトンでもなく強い芯を感じるぞ。
ここらに野生のモノ、蛇を連想させるものが見える。
「そして貴方様。
お久しゅう御座います。
お変わり無く、ご健勝で何よりです」
未だ稲葉の妖しの瞳で縛られてる坊主に何百年振りの挨拶を交わす。
その表情は複雑な色で。
嬉しいのは当然だが
又もここで離れ離れになる事への悲しさみたいなものも見え隠れしてる気が。
「白嶺。
今ここに蘇ったのならば今までの因習に従いお前を封じる。
それこそが儂とお前が交わした契約なればこそ」
先輩は口は微笑んでいるけど、目はとても悲しそうな色を湛えて。
じっと愛しい人を見詰め続けている。
「そうですね。
あの時、貴方様と交わしたのは
いつの日か私と永久に添い遂げられる術を身に付けて戻って来ると言うもの。
未だその道は見付かりませんか、貴方?」
ギリリと歯軋りの音がシンとしたこの空間に嫌に大きく響く。
この人はまだ見付かっていないと思ってるのか。
そして
先輩はその事に気が付いてはいるけど、敢えて口には出さないで。
自ら気が付く日を待ち続けている。
哀しい程、苦しい程、虚しい程の愛情。
(今ここで俺がそれを言ったらこの二人はどうなる?)
(恐らくはそのまま天に召されると思いますが、果たしてそれが二人にとって幸福なのかまでは)
(だよなぁ……)
「稲葉さん、済みませぬがあの人を封じているその術、解いて下さって結構ですよ」
そうですか、と小さく呟くと。
妖しの瞳によって封じられていた動きが開放される。
坊主は手首や間接を解す為にグルグルと回していたが。
スックと立ち上がると。
先輩に向き直り、錫丈を向ける。
「白嶺。
済まんが今暫く眠っていてくれ。今度こそ
次の夜明けにこそお前と添い遂げられる術を持ってお前を迎えに行こう」
左手に掲げた数珠を揺らしながら何か文言を唱え始める。
白嶺も何も言わずに成されるがままにされている。
小青が不安げに俺たちの顔を交互に見る。
邪魔してもいいんだけど、こっちのもこういい手がある訳でもないんだよ。
「稲葉。何かないか?」
「無いです」
即答かよ。
「無いものは無いんですよ。
それに二人は今までずっとこうして来たんです。
今更その輪廻の輪を切るなんて事、無意味に感じません?」
適切なご意見、有難う。
だからってそれをこのまま見ているなんて俺の性分じゃ出来ないんだな。
『我が言の葉に耳を傾けよ。
今一度我が祝詞を聞き給え』
さっきやった口寄せをもう一度やってみる。
この場にいる全員の動きが止まる。
「あのさ、坊さんよ。
そうやって問題を先送りしてても仕方無いと思うぜ。
例えあんたが先に儚くなろうがこの人はそれを恨んだりはしないと思う。
それよりもさ。
残された生を目一杯謳歌した方がいいと思うなぁ。俺は」
「甘いぞ、小僧。
それでは解決にはならん。
儂が死んだ後、白嶺は儂を思って生きなくてはならん。
それがどれだけ辛いかと思うと儂はとてもじゃないが」
「それは貴方の独り善がりだと思いますが?」
今度は稲葉が話しに加わる。
「それはあくまで貴方の考えでは無いのですか?
残された者が可哀想?
ならばその残された者が
幸せな思い出に浸れる様に生きるのが貴方がた人の生き方ではないのですか?」
妖狐である稲葉のこの言葉は説得力がある。
幾ら俺があれこれ言ってもやっぱり実際あちら側の住人からの言葉に比べれば。
ああ。
今気が付いた。
稲葉も妖狐なんだよな。
もしかしたら過去にこんなやり取りが無かった訳でもないんだろうな。
俺なんか知らない位の遥か昔の過去に。
「それにお二人にお子が生まれればその子が成長して行き、その子からまた子が。
貴方の一族の行く末を見守ると言う事も出来ます。
何も、ご自分一人で全てを背負い込まなくとも助け合ってこそ夫婦だと思いますが?」
沈黙が、痛い。
この沈黙は今までとは質が違う。
互いが牽制し合っている小康状態の様な沈黙。
「白嶺」
坊主がこの沈黙を破る。
何か、声に今までとは違う決意が込められている気が。
「お前、今までその事を分かっていながら儂の術のままに封じられていたのか?」
白嶺は無言。
小青も同じく、何も語らず。
「何故儂にその事を話さなかった。
話せばこんな苦しみ味わなくても良かったのだぞ」
しかし白嶺は黙して語らず。
只涼やかに微笑むだけ。
坊主は握り潰さんばかりに数珠を握り。
それを床に叩き付ける。
「何故言わぬ!
コレでは儂は只の道化ではないか!
あくまで儂に良かれと思っていたお前の気持ちは分かるが。
何故もっと早く言わぬ。
白嶺、何故?」
「済みません貴方。
いつか貴方がそれに気付いてくれるまで私はずっと待つつもりでした。
その日をいつも夢見て貴方に封じられていたのです」
そこまで言うと
一息付く様にふぅ、と長く息を吐き出す。
胸の中の想いも全て吐き出す様な永い、永い吐息。
「嗚呼、ようやくこの日が来たのですね。
幾星霜夢見てきたこの一瞬が」
よろよろと二人は歩み寄り。
膝から崩折れる。
互いを確認する様に頬に手を当て、涙を拭い。
二度と離さんとばかりに固く抱き締める。
そのまま誰憚る事無く声を上げて泣き崩れる。
今までの思いをぶつける様に。
今までの時間を埋める様に。
「帰ろうぜ、朧。
もうこの二人は大丈夫だろう。
どんな結果を出すか知らないけど。それは二人が出した結果だし。
もう他人が口を挟める隙間は無いよ」
頭をかいて出口に向かう。
朧も俺に従う。
この後、二人が天に召されようが、そのまま永久の時を生きようが。
それは二人の決める事。
そこまで俺は野暮天じゃない。
「先輩。私を置いて行かないで下さいよ」
稲葉も俺の後を追って来る。
「ああ、稲葉も有難うな。
俺が礼を言うのも何だけど。
お前の言葉がきっかけになったのは間違いないし」
稲葉はニコリと微笑む。
こうして見ると年相応だよな。
長年生きてる妖狐だろうけど、まだ人としての幼さを残してると言うか。
「お二人とも。
真に有難う御座いました。
感謝の言葉すら見付かりませぬ。
何と言っていいものか、感謝し切れません」
白嶺が漸く顔を上げて俺たちに挨拶をする。
涙に濡れた姿は神々しくもある。
蛇の化身、か。
名前からすると、白蛇様かな?
成る程、それなら何か納得する。
「感謝なんてとんでも御座いません。
いつまで百瀬千歳の間、幾久しく。末永くお幸せにお過ごし下さい」
「感謝するぞ、小僧と妖狐の娘。
お主も儂が言うのも何だが、悔いの残らない生を歩めよ。
儂の様な奴は一人で十分だからな。
お主はお主なりに結論を導き出すだろうが。
まぁ、人生の、人の先輩としての小言とでも思ってくれ」
最初の頃からすると随分顔の険が取れたぞ、坊主。
陳腐な言い草だが、「仏」みたいな顔しやがって。
「アリガトヨ。
俺は年上の言う事は聞く方だからな。
今後の生活の指標にさせてもらうさ」
「ではコレで暫しのお別れですね。
さようなら、また逢う日を楽しみにしていますよ」
稲葉ならでは別れの挨拶だな。
俺では無理だ。
そして俺たちはそのまま店を出て。
ああ、もう空は夕暮れだ。
宵闇が差し迫って来てる。
空が燃える様な茜に染め抜かれ。
平線は微かに漆黒の色を。
陰と陽が入り混じる逢う魔が刻。
「何だか凄く疲れたぞ、今回。
やっぱ人がそちら側に立ち入るのは無謀だったなぁ」
コキコキと首を鳴らす。
変に肩が凝ってる気も。
体中が痛いし。
「そうですね、先輩。
コレは先輩の言うあちら側からのお節介です。
聞き流して下さっても結構です。
余り無闇に、不用意に覗かない事です。
只でさえ、先輩は「視える」人なんですから。
本当に取り込まれてもおかしくないですよ?」
稲葉が俺の前に回り込み、ピッと指を立ててご忠告してくれる。
紅に映る瞳は本来のものか、それとも茜が染まったものか。
どちらとでも取れるよな、今の時間は。
「それに私。
先輩の事、狙う事にしました。
朧さんがいますが、これからもアタックしますのでそこの所宜しくね」
?
はぃぃぃぃ?
今何と言いました?
「狙うと言うのは、お命頂戴って奴ですか?
俺のなんて殺っても美味しくないぞ」
それに女性二人は大袈裟に溜息を付き、頭を振る。
「朧さん、大変ですね。
こんな人に憑いてしまって。心中ご察ししますわ」
「いえ、そうでもないですが。
こんな事はしょっちゅうですからね。
それに私も負ける気も譲る気も無いですからね
まだまだ若い人には負けませんわよ」
何だか女性二人は意気投合してる。
何があったのさ?
そんな俺の嘆きを他所に二人は楽しそうに談笑し始める。
何か通じるものがあるのだろうか。
とても楽しいそうだぞ、お前ら
その後、白嶺先輩はその坊さんと共に永久の時間を生きる事に決めたらしい。
お付の小青がそれを伝えて来てくれた。
そうか、よかったな。互いの気持ちが伝わって。
長生きしてくれよ、二人とも。
刻が終わるその日まで。
そして俺の家には居候がもう一人増える事になった。
そんなある夏の日の物語
FIN
_________________________________________________
後書き
月詠:ハイ。宵闇綺譚第三話「儚幻捧遥」如何だったでしょうか?
白嶺:私の出番が殆ど無いのですが。
洋子:いいじゃないですか、先輩はキーパーソンなんですから。
朧:貴女だってそうじゃないですか。コレで二話出てるんですよ。
白嶺:しかも私下の名前無いし。
洋子:無かったでしたっけ?
朧:無いですね。ずっと先輩としか言われていません。
月詠:因みに楽屋ネタで「晴海」と言う名前が付いてました。
白嶺:で、何で出て来なかったの?
朧:出る間も無く先に進んでしまったからですね。
洋子:かわいそー(棒読み)
白嶺:挑発ならもっと上手くやる事ね。
朧:失敗しましたね。
月詠:洋子も余りからかうなよ。
黄泉:そー言や、俺の名前も今回は出雲のみだったな。
朧:そうですね。今回は珍しくキャストが多かったですから。
洋子:真逆私も引っ張り出されるとは思わなかったわ。
白嶺:イエ、今回は貴女の出演は折り込み済みよ。
黄泉:だろうな。でないと俺一人で俺は解決出来ないしな。
朧:新キャラ出さないと無理ですね。しかも私か洋子さんクラスの方の登場で。
月詠:俺にも何か話させろ。
白嶺:最初は陰陽師も裸足で逃げ出す、術が飛び交うアクションになるんでしたよね。
朧:そうです。黄泉様と洋子さん、そして小青の三人であのお坊さんと戦うと言う。
洋子:術合戦みたいなものよね。何故か先輩がそっちに強くって対等に渡り合うって。
黄泉:俺はあくまで普通の人間だ。何もしてないからな。
白嶺:得てしてそう言う人の方が強いんですよね。
朧:無知は楯にもなり剣にもなる。
洋子:でも最後で私も居候になるのには吃驚よね。
黄泉:ああ。コレで一話は完全に破綻したな。
白嶺:そうでもないんですよ。ちゃんと言ってるじゃないですか。
洋子:え?あ、そうか。
黄泉:?何だ?
朧:パラレルで全ての話は繋がっているんです。
白嶺:それでも二話と三話は確実にリンクしていますが。
洋子:そうですね。でないと話が繋がりませんし。
黄泉:だな。
朧:そう言えばあのお坊さんのお名前、あるんですか?
白嶺:ありますよ?「法仙」と言うらしいです。
洋子:あのさ。これって「白蛇伝」と「蛇性の淫」がモチーフよね。
黄泉:だろ?誰が見ても分かるだろ。
朧:小青なんてそのままですからね。
白嶺:只本来は悪役であるお坊さんと私がくっつくのはおかしいですが。
洋子:だから白嶺さん、白蛇なんだ。
黄泉:結局俺と洋子は只の橋渡しなんだよな。
朧:けど、本来は風光明媚な場所なのに。ゲーセンですか?
白嶺:仕方ないですね。彼の法力では何処に行っても無駄ですから。
洋子:それに結界とか勝手に張れないし。
黄泉:ゲーセンなら不特定多数の人がいるしな。それが結界か。
月詠:お前ら、いい加減俺にも話させろ。
朧:どうぞ?
洋子:何か言いたい事あるの?
白嶺:今回の話を継いで次回作はどうなんです?
黄泉:また俺は何か巻き込まれるのか?
月詠:まだ考えてない。今回のはかなり私の中でも異色作だし。
白嶺:そうですか。
洋子:でも最近変わって来たよね。
朧:そうですね。基本のハッピーエンドは変わりませんが。
黄泉:二人が結ばれるしな。
月詠:今回も悩んだよ、このまま天に召されるか。
洋子:けどそれは可哀想だし。
白嶺:私たち生き別れになる筈だったのね。
朧:そこで随分悩んでましたしね。
黄泉:悩むよな、生命与奪の権利があるって事は。
月詠:ああ。そう簡単に殺したくないしな。
洋子:でもやられキャラってのはいるんでしょ?
朧:それには何の愛着は無いみたいですよ。
白嶺:さくっといなくなりますしね。
月詠:終わり方だって納得行かないし。言い出したらキリは無いけどね。
黄泉:でも一区切りは付いたんだろ?
洋子:ならいいじゃない。
朧:ご苦労様。
白嶺:お疲れ様。
月詠:真逆自分のキャラに励まされるとは思わなかった。
黄泉:何も俺たちだっていつもけなすだけじゃないぜ。
洋子:そーそー
朧:では次回作に期待して。
白嶺:今夜はこの辺で御機嫌よう。
月詠:ここまで読んで頂き真に有難う御座いました。
黄泉:出来れば感想くれよな。
洋子:感想待ってまーす。
朧:皆様、次回まで暫しのお別れです。
白嶺:私は多分出ないでしょうけど。
月詠:それでは又次回お会いしましょう。
_________________________________________________
後書きの後書き(舞台裏)
ハイ、そう言う事で月詠です。
今回のこれも随分と重い内容でした。
人と妖しの恋愛。
どうしたって人の方が先に儚くなりますからね。
それが分かっていますからその時、どうするか?
法仙の様に永遠にその方法を探して彷徨うか。
洋子の言う様に残った方が一族を見守って行くのか?
個か子孫か。
難しいですね。
私はまだそこまで突き詰めた考えは持っていないのでどっちも正しい様に思えます。
どっちも否定出来ませんしね。
本編では互いが残りましたが。
恐らく、あの後法仙は子を残して儚くなるのでしょう。
それが一番いいのかな?
分かりません、私は。
この答えは千差万別、十人十色と言う事で。
もしかしたら私の示した答え以外にもあるかも知れませんし。
もっといい方法が。
さて。
ああ重い文章は書くと疲れます。
もう少し学園ライクな軽いモノにしましょうか、次回は。
とか言っときながら
もっとへヴィだったり。
分かりません。
その時の私の心なんて。
それこそ洋子でも連れて来て読心術で見て下さい。
多分投げ出すと思います。
覗いたって面白くないぞ、私の心なんて。
それではここまで読んで頂いて真に有難う御座います。
次回作にご期待下さい。
次のこの場所でお会いしましょう。
コレを読んだ皆さんに幸多からん事を。
では月詠でした。