なんとなく山形へ行ってみた旅 1

山形へ行くにあたって

 2004年11月23日火の勤労感謝の日と次の日24日水の平日休みを利用して1泊旅行にいこう、なんて10月中に考えていたんですよ。で、頭の中では紅葉見に京都まで行こう。という気持ちだったんです。そして11月23日の3日前くらいまでは、京都行くための計画を立てていたんです。京都も混んでるので宿はかなり離れて福知山なんてところに泊って周辺も見て回ろうなんてところまで考えていたんです。18日に町内会長さんが京都行ってきて、大して紅葉してなかったよ、21日にじいちゃんの誕生日祝いをしに水戸に来ていた姉も先週行ってきて、「う〜ん台風来たのと猛暑のせいか、いまいち」ってな感じだったので急に京都行きたい熱も醒めてしまったんですね。

 せっかくの2連休だし、このまま家にいても仕方がないのでどこ行こうかな〜?なんて家で話していたら、姉が12月に銀山温泉行ってくるんだ〜ってな話をしていたので、「あ、それイタダキ!」ってな具合で銀山温泉のある山形まで行ってみようと20日土曜の夜に決めて、次の日21日日曜の午前中に本屋にるるぶを買いに行ったのでした(本当はまっぷるが欲しかったんだけど売ってなかった)。そして、るるぶとインターネットを利用して大体の予定を月曜日に立て、翌日旅行に行くので、あまり突っ込んでは調べられなかったけど22日の早朝深夜1時半頃に就寝したのでした。

11月23日 その1

 朝6時起床し6時55分家を出発。最初の目的地は米沢。水戸から米沢までは常磐道、磐越道、東北道と乗り継いで福島飯坂インターから国道で米沢入りするのが最も早く着く道程なんだけど、先を急ぐ旅でもないし常磐道と磐越道は飽きたので違うアプローチで走ってみることとして、常磐道と磐越道は走らないで、水戸から栃木県の馬頭、大田原を一般国道と県道を抜け東北道の西那須野塩原インターから高速に乗って福島飯坂まで走ることにしたんだ。
 水戸市内を抜け隣町の常北町(合併して名前変わったらしい)に入ると那珂川からの朝霧が強くなる。御前山の那珂川に架かる鉄橋(1)を渡るまで結構な濃霧で、那珂川沿いを進むルートをいったん離れたら雲ひとつ無い青空になったよ。ちょうど茨城美和村と栃木馬頭町の県境付近は紅葉した山並をみることができた。
 栃木に入り、西那須野町を目指す。東北新幹線を超えると交差点中央に宙ぶらりんの信号機がある。なんとも不思議な感じな存在感(2)。そして西那須野塩原インターより東北道に入る(3)。ここまで1時間50分約90キロの道程。



(1)濃霧の那珂川の橋



(2)宙ぶらりん信号機と那須の山



(3)東北道へ
 東北道を北上すること1時間10分約120キロ。空き空きの東北道で何回か楽しいオービスの下をくぐり、福島飯坂インターで降りる。高速から国道13号で山形県の米沢に向けて峠道を進む(4)。この国道13号は別名「万世大路(ばんせいたいろ)」というカッコいい名前の昔からの道みたいで、現在は勾配の緩和された坂道と長い2本の栗子トンネルで福島と山形間の峠を抜けるが、一昔は山道をくねくね進んで当時としては長いトンネルで峠を越える道だったようだ。
 峠の区間は後ろからガラの悪い大型トラックが100キロ近いスピードで煽ってきていや〜な感じだったので登板車線で譲ったんだけど、結局前方の遅い車に繋がってトロトロ運転していたけど、意味ね〜って言う運転。そんななか、楽しい動物警戒標識があって思わず反応してしまう(5)。この道沿に東北中央自動車道を建設していたが、国道に登板車線が整備されているので果たして必要なのだろうか?。
 分水嶺の西栗子トンネルを抜け、11時に米沢に到着。



(4)紅葉も終わりの万世大路



(5)楽しい動物警戒標識



(6)西栗子トンネル
 米沢市は、江戸時代上杉家の城下町として栄えていたところで、まずは目的地である山形大学工学部の前身である旧米沢高等工業学校を見に行く。道路には案内標識は無く、迷いそうだったけど迷う前に建物を発見。建物の横にある、山形大学の守衛所に、「建物を見たいのですが…」と申し出ると住所と名前、車のナンバーを記載して、来客用の駐車場に停めることができ、ゆっくりと見学することが出来た。
 渋い近代西洋建築の旧米沢高等学校は明治43年竣工と古く、ルネッサンス様式を基調とした全長94mにも及ぶ2階建てで、内部は一部工事をしていたが立派な建物だったよ。ここで日本では初めて人造絹糸(レーヨン)を発明した秦逸三、その展示物が内部にはあったよ。内部を見学した後、守衛さんに通行証(駐車券?)を返却する際、何枚かあった建物の絵葉書を2枚もらってしまったよ。
 お昼は、米沢市上杉博物館の向かいの上花輪という米沢ラーメン屋さんに入る。米沢ラーメンは縮れ麺のあっさり系でオーソドックス。比較するとすれば白河ラーメンと同じようなかんじ。やはりラーメンは旭川だな〜。
 そして米沢城跡の上杉神社、上杉伯爵邸、上杉博物館をハシゴする。上杉神社(8)は名前の通り上杉謙信を祀っているいるんだよ。境内の松は雪囲いの真っ最中だったけど、紅葉の赤が太陽に照らされて綺麗だったよ(9)。



(7)旧米沢高等学校



(8)上杉神社



(9)真っ赤な葉
 そして上杉伯爵邸(上杉記念館)(10)の内部に入ったらレストランになってて、ただ単に見学は出来なさそうだったので、玄関回りをチラッと見て庭のほうへ出たら庭園が広がっていたよ。
 そして上杉博物館へ。常設展示室は、こんな内容で金取るのかってな感じでしたが、これも旅の醍醐味?。藩の政治改革、経済活動を確立した上杉鷹山の凄いことだけは良く解りましたよ。



(10)上杉伯爵邸



(11)「左利き」という名の吟醸酒


 そして上杉関連地帯を見終わって、スーパー訪問。今回はサティ。地元販売の銘菓を探したが売っていなかったけど、米沢の地酒、小林総本店(東光)より販売されている地酒を購入。色々ある中で、目に付いた「左利き」(利=正しくはくちへんに利)を買った。なぜなら僕は左利きだからという単純な理由で…。

 スーパーに寄った後は、米沢からは10キロほど北上して、次の目的地高畠町へと向かう。途中ラフランス通りという、地元らしいネーミングの農道もあったよ。

 まずは、道の駅たかはたへ行ってみる。道の駅の向かいには安久津八幡神社(12)があって三重の塔がある。ふらりとまず神社を見た後に道の駅で高畠の観光案内のパンフ群の中に「昭和の香る味な街・中央通り 昭和ミニ資料館」と書かれた地図があったので手に取る。今回高畠に寄ったのは、前出の三重の塔とネットで昭和の面影の残る商店街があるという情報を得ていたからで、手に取った地図を見ると期待できる。
 が…。



(12)安久津八幡神社



(13)山形交通高畠駅跡



(14)山形交通で活躍した車両



(15)昭和ミニ資料館



(16)昭和の街並み????



(17)渋いお店

 道の駅を出発して、昭和49年に廃止された山形交通高畠駅跡(13)に行く。高畠石造りの駅舎は、異国の風情を醸し出しており、また駅には山形交通で活躍した電気機関車と貨車と電車がホームに残っている(14)。駅舎は廃止後バスの待合所として機能していたようだが、バスは現在駅跡前には来ないようで、バス停が残っていても時刻も記載されてなく、駅舎内に入ることも出来ないのであった。

 駅前通はそのまま「昭和ミニ資料館」(15)と掲示された商店街になる。昭和の街並みなのか?と先ほど地図で見て期待していたのは、僕の勝手な妄想であったよ。各店舗の中に昭和の高度成長期の商品や文化品が展示してあるのだが、こういうのは外見も重要だと思うのだが…。よく言えば昭和の雰囲気なのかもしれないけど、外見は田舎の鄙びた商店街なだけで、ただその展示品を見るにしても案内不足は否めなく、観光客としてお店内に入るのは入りづらい雰囲気なのであった(16)。
 商店街を昭和調で売り出すには、お金の問題もあるでしょうから外観までレトロ調にするのは難しいのかな?。立派な駅舎跡を中心に、昭和の街並みを再現すれば、観光客が来て多少は町にお金が落ちるのではないでしょうかね〜。
 商店街の一本裏通りの細い路地で蔵造りの渋いお店があったけど、こういうのを売りにしていけば良いと思うんだけどもな〜(17)。

11月23日 その2 へ続く

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