久慈川下流の地獄橋巡り



1、折りたたみ自転車での旅



2、水郡線の久慈川の橋スタート



3、国道349号旧道、幸久橋
 地獄橋は、茨城県久慈川流域の特定の橋の呼び名のようである。他の地域では、潜水橋、沈下橋などと呼ばれているようで、川の堤防より低い河川敷に架けられて川の水位が上昇した際は水没して渡河できなくなるような橋のことである。地獄橋は堤防間に架ける橋より、橋の長さを短くすることが出来、かつ、簡単な造りなので建設費も抑えられるのである。
 地獄橋とは名前の通り、渡る際狭いし欄干も無いので誤ると落ちやすい、また、水量が多いときは冠水して渡れるか渡れないかで、そんな中渡ると川に流され地獄に行ってしまう?という意味からそう呼ばれているみたいである。

 アユの生息数が日本一の久慈川の下流、常陸太田市水郡線の橋から、河口まで約10キロ間に架かる橋を紹介する。

 「うにちん号」の後部座席を倒して、折畳み自転車「ハヤカゼ号」を積んで、久慈川幸久橋近くの堤防沿いの道に車を止め、ここからサイクリング。

実行日は2004年7月3日で、梅雨時だけど台風が仙台辺りの太平洋沖を北上中で、雲も殆ど無いような青空で高気温だが海からの風の強い日だった。



3、国道349号新道、新幸久橋



4、新幸久橋そばに地獄橋があったらしい
 堤防の道路をただサイクリングしただけなので、これだ!という文は書けない。

 太田街道国道349号の幸久橋は古く、狭い上に老朽化のため、大型車の通行は禁止されている(2)。
 新しい国道の橋(3)は立派で橋桁は4車線分確保してある。また、新しい橋のため橋脚スパンが長い。県別マップルでは(3)の橋のたもとにも地獄橋らしきものが記載されているが橋は無い。あった形跡すらない。何時壊されたのだろう?。最新地図と謳いながら何年も修正されていないのは、マップルらしいと言えばらしいのだが…。



5、堤防から降りる道



6、水道橋が渡る
 快調にサイクリングをしていると、堤防と川の距離が離れてきて正面に水道橋(6)が見えてきた。水道橋を越えると走行方向(河口方向)の左側から支流の里川が合流してくる。
 



7、落合橋眺望



8、釣人の車と落合橋



9、道幅は狭い
 合流地点に近づくと、久慈川に赤い橋脚の地獄橋落合橋が見えてくる(7)。釣人が何人か橋の周りにいた。そんな中、橋をとりあえず渡ってみた。端の幅は狭く、折畳み自転車の大きさと比べると解ってもらえるだろう(9)。対岸から渡って戻ってきたら、三菱キャンターのトラックがけっこうな勢いで渡っていった(11)。慣れていないと、車幅を示した柱の間を通るの難しいだろう。



10、橋は2トンまでOK



11、トラックが渡る
 自分で、車で渡れってことになったとしても、誤って川に落ちそうだ(( ;゚Д゚)))。

 落合橋からまた堤防の道に戻り、合流してきた里川の上流方向に、地獄橋が見えたので、行って見た。
 こちらは木造の趣のある佇まいで、時代劇とかひと昔ふた昔のドラマや映画に出てきそうな感じの造りであった(12)。この橋に近づくと、5分くらいの間に行き交う車は10台くらいあり、交通量も多い。もちろん離合なんて出来ないので、橋の前後で譲り合いをしていた。交通量があるのは、どうやら常陸太田と日立間の抜け道として走る車があるからなのであろう。
 



12、支流にある八幡橋



13、車が2台連続で渡る



14、交通量は多い
 車が橋を渡るとき、木造の板の上をバコバコと大きな音をたてて走っていく。また、橋の入り口にはお地蔵様が見守っている(16)。



15、木造のレトロな渋い橋



16、橋の傍にお地蔵様
 再び、さっきの落合橋の方向へ戻ると里川と久慈川の合流地点に新落合橋(17)がある。
 こちらも 12の八幡橋と同じく木造の渋い橋なのである。新落合橋は、八幡橋と比べ、橋脚の柱が細い分、橋脚スパンが短い。こちらは交通量は無さそうだった。



17、支流にある新落合橋



18、橋をバックに記念撮影



19、華奢な感じだけど…
 新落合橋を渡り、久慈川沿いをサイクリング。海に近づいたせいか徐々に風が強くなってきてきてペダルが重い。
 しばらく走ると、常磐道の立派な長〜い橋が見えてくる(20)。
 



20、常磐自動車道の久慈川橋



21、国道6号線の榊橋



22、日立市の取水口
 常磐道をくぐり、少し離れて国道6号線の橋が見えた。橋の近くには、日立市の上水道の取水口があり、監視カメラがついていた(22)。
 国道の榊橋に来ると、橋の4車線化工事をしていて、橋の袂には、旧橋の名残だけが残っていたが、壊される日も近いであろう。(初代榊橋は明治28年に完成)

 国道を過ぎてからはしばらくは橋が無く、ようやく現れたのは地獄橋の竹瓦橋である。この橋は今までのと比べるとかなり長い(24)。端の幅は、落合橋同様狭いのだが、入り口に幅制限の柱は立っていない。(初代竹瓦橋は明治31年に完成)



23、旧橋の名残発見
 そして特徴的なのは、橋の入り口にゲートがあって(25)、川の水位が上昇した際は村の職員がゲートを閉めに来るのであろうか?。この橋は東海村の川によって隔たれた飛地を結ぶ橋である。



24、竹瓦橋、車が渡る



25、橋にはゲートがある、北側



26、歩行者、自転車優先



27、竹瓦橋より下流の橋群を見る



28、東海村南側



29、昔の橋脚跡が川の中に残る
 橋の真ん中で、立ち止まると、河口側にたくさんの立派な橋みえる。

 竹瓦橋を過ぎると、最近完成した県道358号日立東海線の留大橋が見える(30)。交通量も多い感じだった。この橋の完成で、竹瓦橋は交通量が減ったのかもしれない。また、下記にある、事故多発の危ない抜け道として利用されていた地獄橋の留橋に変わるものである。



30、新しい県道358号に留大橋



31、留橋跡、橋がない



32、対岸にも橋の跡
 さてその留橋なんだけど、1997年4月地元の親子4人が、大雨の日に走って留橋から誤って車ごと水中に落下し、全員死亡するという痛ましい事故が起こったことがきっかけで通行止めとなっていたようで、橋は無くなっていた(初代留橋は明治26年に完成)。
 なくなっていたが、橋のあった場所には、橋への注意書き、通行止めの標識がそのまま放置されていた(31)。注意には一般車両の渡河が危険なため農耕車および歩行者専用の橋と記載があったが、国道の抜け道としてかなり交通量はあったのであろう。



33、虚しく残る注意書き
 留橋跡のすぐ横には、常磐線の久慈川鉄橋がある(34)。貨物列車が走っていった。
 河口までは約1キロ。この付近になると、風がとっても強く、自転車のペダルが重い。とにかく台風が太平洋沿岸にいるからなんでしょうけど、強すぎだったわ〜。

 線路の下をくぐり、河口の国道の橋まで来た。橋からさらに先は、風も強いので行かなかった。海は遠目に見えたけど、風が強いので白波が立っているのが良くわかった。



34、常磐線の久慈川鉄橋



35、河口の国道245号久慈大橋



36、橋の横の川名票



37、河口と日立港の船
 橋の下の日陰で小休憩して、常陸太田へ戻った。帰路は追い風で楽だったけど、たまに恐ろしいほどの横風が吹き付けた。
 全行程約20キロ、時間にして3時間。思った以上に日焼けしたこと、思った以上に運動不足の体のため筋肉痛になるかと覚悟をしたが、ならなかった。

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