![]() その1 |
2004年6月5日 予定よりも30分早く朝5時半に起きてしまい、6時に出発。気温は涼しいくらいの13℃。水戸市内を抜け、県道や国道293号で栃木県馬頭へ入る。その先400号を使い、栃木県西那須野を過ぎると山間部になり、店も少なくなるのでちょうど8時に塩原のコンビニで朝飯休憩。距離にしてここまでちょうど100キロ。一般道で平均時速50キロ。北海道と変わらないスピード(笑)。ここで家に携帯電話忘れてきたことに気付く。 西那須野では土曜日のラッシュ時間帯の通過だったが、混雑ともいえない交通量だった。 塩原の渓谷沿いの国道、狭い温泉街を通る。横目で眺める渓谷は綺麗だったが、道が傾向に沿ったカーブの連続の拡幅のされていない道で、バス同士のすれ違いに難儀を生じる箇所もあったね。だけど朝早いから観光バスもいなく快適な運転だった。 峠をトンネルで抜け国道121号の山王峠を超えると福島県南会津に入る。道の駅「たじま」を過ぎた所で、前沢曲家集落を見に行くのに国道353号へ曲る。その集落までの途中に中山峠があり、地図では旧道の景色がすこぶる良いと書かれているので通ってみようと旧道に入ったが、舗装されていたがあまりにも狭く200mほど入って断念したよ。 新道は快適でしたよ。9時半ころ舘岩村前沢曲家集落に到着。気温はすでに25℃まで上昇。 集落入り口で入場料を払い散策開始。すると茅葺屋根の付け替えを地元の人が集まって行われていた。集落内にはお年寄が多いが元気な子供の姿もあった。 集落の全23戸のうち10戸が曲家である。これだけ固まった集落に同時期の曲家があるのは明治40年に全戸焼失する火事があったためである。 曲家とはL字型の平面をもつ民家で、 l 部が民家、_ 部が厩(うまや)に使用されている。豪雪地帯ゆえ、人間と農耕馬が同じ建物内に生活するスタイルなのである。現在農耕馬が家の中にいるところは無い。農耕馬自体がいないけどね。 集落内には観光用に他の集落から移築してきた旧村長の家を見ることが出来る。その他、観光用に整備された花しょうぶ園の菖蒲が綺麗に咲いていた。しょうぶ園から集落の広がりが見えるポイントがあったよ。
集落を後にし、尾瀬方面へ352号続くが、伊南村で401号に曲る。曲ろうと思ったら、352号の雪渓のある尾瀬の山並の景色がとっても素晴らしかったのでそのまま352号を暫し走る。本当に綺麗だったよ。 そして引き返し401号を走る。途中いくつかの集落を通っていると、先ほど見た曲家が点在している。屋根をトタンで直している家は明らかに生活感があるのだが、茅葺のままの家は見た感じ空家っぽい。国道沿いにあった一軒の前で撮影、道路の新道建設工事をすぐ傍でやっていて、撮影時怪訝な目で見られた(笑)。
伊南川沿いの401号を道なりに走っていると289号へと変わり、山と川と民家が調和したのんびりした風景を楽しみながら車を走らせる。只見町に入り、日本一?大きい古本屋「たもかぶ本の街」に寄る。大きいと言っても置いている本ははっきりいってたいしたことはない。蔵書が多すぎて完全にカテゴリー別けされていないので目当ての本が必ずしも見つかるわけでもないかも。こんな山の中にこんな施設があるのも驚きだが、この古本屋の凄いところは、持ち込まれた本の値段1670円につき只見の森1坪 と交換しているところかな。 この古本屋に寄って、ひと昔の北海道道路地図がないかを物色したけど無かった。そのかわり昭和50〜60年代の北海道の観光ガイドを買ってきたので収穫はあったかな。 この頃になると気温は30℃近い。古本屋から約2キロで只見駅に到着。すると太鼓をたたく準備をしていたのでなんだろう?と思って駅周辺をウロウロしているとSL運転があるのでそれを歓迎するためであった。先を急ぐわけでもないので、とりあえずSLが到着するのを待ってみた。只見駅前は、役場と、廃校跡のプールがある。 SLはC11と旧型客車3両でやってきた。汽車がホームに到着すると太鼓もドンドン鳴り出し、マニアもドンドン降りてきて各々写真撮影していた。驚いたのは、駅へ入ってくるたくさんの車。どうやらSLを追いかけて撮影していたマニアたちの車だった。車を運転している人の顔は、少しでもいい場所で撮影しようと思っているのか、駅前の人が歩いているところでも安全速度で走れない乱暴運転者がいて怖い。
人がたくさん集まると、長居は無用、田子倉ダム方面へ252号を走る。お昼食べていないので田子倉ダム手前の只見ダムの横にある、会津ただみ振興公社運営「歳時記会館」で会津鳥そばを食べた。結構混んでいたのだが、そんな中トドみたいなおばさんが食券も買わずにそばを注文、その後SLに乗るから早くそばを出せ!!と喚いていて周りのお客が失笑していた。 只見ダムの上流の大きな田子倉ダムの堰堤の向こうに2000m級の残雪の山が見え、北海道でも味わえない素敵な景色が広がる。ちょっと病み付きになりそうな景色。 そして田子倉ダムに行く。堤の高さは145m、その分を車は登る。昭和28年10月工事に着手し、昭和36年11月に竣工したのだが、こんな山の中によくこれほどの施設を作ったものだと感心する。只見線もそのために建設されたのかな? 田子倉ダムでは、気温は30℃近いが標高が高いのと湿度が低いのもあって気持ちよい。売店で、わさびソフトクリームを食べた。わさび風味であるが、不味くはないが、病みつきになる味でもない。
国道252は只見から福島と新潟の県境越えルートで、豪雪地帯のため冬季閉鎖の道である。完全2車線舗装路だが、整備のため交互通行箇所がたくさんある。きついカーブの連続、路肩の下はガードレール無しでダム湖、橋梁には除雪時の目安となる4m以上の高さのポールが立っている。それから冬季閉鎖だが、スノーシェッドがかなりの長さである。その途中にの無人地帯に只見線の田子倉の駅がある。駅は列車用のスノーシェッド内にあり、駅の観光案内には山の案内があるが、登山客よりは実際この駅に降りるのは秘境駅マニアと呼ばれる人間しかいないであろう。現に1人の青年が駅周辺をうろついていたよ。なんだか意味も無く偉いなあって思ってしまったよ。
新潟県入広瀬村に入ると福島側とは若干雰囲気が違う。やはり国越えしたからな〜。で、北陸道の駅スタンプラリー帳(100円)を求めて、「いりひろせ」の道の駅にいく。狭い県道にも表記がしっかりされているわけでもなく、道の駅前の道もすれ違いが大変な道。道の駅はというと、もともとあった公共施設をそのままただ駅にしただけって物産品すら売っていない。感じで、土曜の午後にもかかわらず、僕だけの利用者。関東の道の駅では考えられない惨状だよ。道の秘境駅といったところか…。290号で栃尾の道の駅へ。 その後県道を通って訪れた下田村にある「漢字の里しただ」も、午後4時で利用者僕とツーリングの青年2人だけ。誰も来ないであろう食堂に地元で働いているおばちゃんの乾いた笑い声だけが虚しく響いていた。 新潟県の道の駅は佐渡にもある。全駅制覇するのはこの地方では結構大変だ。北海道も奥尻に道の駅作っていいんでないかい?そのあと403号道の駅にいつ、8号から道の駅新潟に寄って、今日の宿新潟市街へ。 新潟市街で、通った道沿いにルノーショールームがあったので寄ってみたら、まだ販売されていないメガーヌワゴンが展示してあったよ。新潟駅近辺は、道が一方通行のところも多く市街地の地図を持っていない僕としては走り辛かったかな〜。駅前の東急イン、ホテルの駐車場の入り口が判らず、駅前をグルグルして6時半にチェックイン。 チェックインした後、市街散策、新潟に来たらへぎそばを食べようかな〜なんて店を探していたんだよね。そしたらハローワークがあって、イカシタ朱鷺の絵が描いてあって「ときめき〜」と引っ掛けてあって思わず写真を撮ってしまったじょ。歩いていると、ダイエーがあったので地下食料品街を散策。 地方に行くと僕は結構スーパーに行ってその土地の魚やお菓子などをみて回ることにしてます。で生そば、乾麺でへぎそば売っているのかと物色したが、売っていない。新潟はへぎそばが名物なんじゃないの???。スーパーにないってことは、一般の人は食べないのかな?ってことでへぎそば食べるの辞めモード突入。
歩いていると、新潟の名橋、信濃川にかかる万代橋にでて、橋をてくてく歩いて対岸へ。古町という地域を過ぎ三越がある近くのガイドブックに書いてあった「三吉屋」と言うラーメン屋に入る。狭い店内、極細麺の醤油味のみのメニュー。あっさり味で美味しかったよ。あえていうなら叉焼がもう少し美味しければ…。 食べ終わると、ホテル方面に戻る。まだ8時前なので、模型店なんかも物色、駅に行って地ビールを買ってきた。全国第一号地ビールって缶は書いてある。地ビールは端的に言うと美味しいか不味いかのどちらかに別れがちだが、これ(ピルスナー)はどちらかと言うと不味い部類かも。黒ビールは(スタウト)は美味しいかったけどね。まあ好みの問題もあるかと。また笹団子1個買ってきた。美味しかったよ。本当は暖めたかった(暖めると笹とくっついている団子が離れやすい)けどね〜。 それとコンビニで明日の安田記念の前売り発売を見るのに夕刊紙「夕刊フジ」買ったんだ。そしたら昨日日付のだった。大都市なのに1日遅れかよ…。ダラダラビール飲みつつ、テレビ見つつ、ノートPCでネットして結局1時頃に寝た。明日はいよいよルーテシアだ。 360.9キロ走行 続きはこちら |