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1.メルコスール関係
 
(角田勝彦「リージョナリズムとメルコスール」中部大学国際地域研究所
発行「国際研究第18号」pp.165〜211 feb.2002 の英文・邦文サマリー)

説明


メルコスール(「南米南部共同市場」。「南米共同市場」とも訳す)は、アルゼンティン、ブラジル、パラグァイ、ウルグァイの4カ国が結成した地域統合で、1995年に不完全ながら関税同盟となっています。域内人口2億人、域内GDP1兆ドルと中南米のほぼ半ばの大きさを持っています。チリとボリビアも準加盟しました。

その本部事務局はモンテビデオにおかれています。
95年の東京におけるメルコスール・プロモーション・セミナーでは、道路・橋梁等の公共事業、運輸、農水牧畜林産業、鉱業、食品加工、自動車産業、サービス・金融・流通業、エネルギーの各分野で膨大な投資チャンスが開かれたことが表明されました。

インフラ面ではパラグアイーパラナーチエテ間の水路、サンパウローモンテビデオ間の自動車高速道路、国内電気、ガスパイプライン、電車等ネットワーク整備などで約100億ドルの投資が必要との予測もされています。



(Summary)Regionalism and MERCOSUR
                           TSUNODA Katsuhiko
  After WWU, the world economy has been developing smoothly in general. It should be mentioned specially that the developing countries have made remarkable progress in recent years. According to a study, any and every developing country has narrowed, relatively and absolutely, the gap of HDI (Human Development Index by UNDP) from developed countries. The number of poor people (whose revenue is one dollar per day or less) in the world, which was increasing continuously during recent 200 years, begun to decrease about 15-20 years ago. During these 20 years, the number of these people may have dwindled probably around 200 millions(to a total of approximately 1.2 billon), though the world population has increased 1.6 billion during the same period(to a total of 6 billon).
  This phenomenon was made possible by the advance of the Western economic system of liberalism and international cooperation, known normally as IMF/GATT System. In contrast, the socialist economy of the East as well as the state oriented economy of the South which tried to challenge this Western system were frustrated. Also the creation of the New International Economic Order advocated by a part of the South failed.
This development has promoted the Globalization (which the author construes as the World Unification), backed up by the spread of the market economy to the whole world as well as the innovation of the technologies in the field of transport and communication as symbolized in IT revolution.
  As all the revolutionary changes, Globalization has a dark side as well as a bright side. But it is a mistake to emphasize the dark side. Even China, rapidly developing, is celebrating its recent entrance to the WTO. Also it should be pointed out that Globalization is a irreversible phenomenon. The spread of the INTERNET quite clearly show this fact. Anti-Globalization movements will follow the dooms of the movements which tried to destroy new machines in the time of the Industrial Revolution(Luddites).
  GATT acted on the principle of free and non-discriminatory trade. But, from the beginning, it accepted the exception of regional integration - the EEC and others. At this moment, regional integration have spread all over the world, like EU, MERCOSUR, AFTA and so on. Even Japan, China, Korea and Formosa which have not participated in any regional integration, are trying to organize new ones.
  Now it has become quite common for one country to become involved in several regional integration as well as the linkage between regional integration. There may remain the theoretical problem of exclusiveness of regional integration. But it will not be criticized as too optimistic to consider that the WTO and regional integration act together as the two wheels for the world economy based on the principles of freedom and international cooperation. We may also hope that regional integration contribute to the promotion of peace and democracy in the corresponding regions.
  Central and South America, though being a land mass of high homogeneity, is composed of nations which insist on their sovereignties. It also insisted on the New International Economic Order, but its economic development has stagnated compared to Asia.
  MERCOSUR was created to promote exports among other purposes in the process of liberalization which was pursued by Central and South America in order to recover from the stagnation of the so-called lost 80s. The enterprise got off to a good start in early half of 1990s and in 1995 MERCOSUR started as a customs union though incomplete, helping also democratization of the region. But the international trade in the region shrank because of Brazilian devaluation of its currency in 1999 and the process of this integration was  From 2000 its reconstruction has been tried. The linkage with CAN (Andean community) for the creation of SAFTA(South American Free Trade Area) was agreed. Also MERCOSUR has tried to strengthen its solidarity with the EU.
  Actually the Argentine is facing an economic crisis and it cannot be denied that MERCOSUR is fraught with dangers from inside and outside in dealing with FTAA(Free Trade Area of the Americas). But there seems to be no change in the progress of the liberalization in the Americas.
  In the ministerial conference of the WTO in Doha in November 2001, it was agreed to conclude the new multilateral trade negotiations by the beginning of 2005. FTAA also agreed to the conclusion of its negotiation by the same time.
  Now the liberalization process is progressing quickly and actively. How to tackle the development of liberalization, not only multilateral as in the Uruguay Round of GATT, but also regional by FTAs(free trade areas) which may be detrimental to the outside countries, will become more and more important to a country like Japan which has a sensitive sector as agriculture.

リージョナリズムとメルコスール」概要

   第2次大戦後世界経済は概ね順調な発展を遂げてきた。特に最近途上国の発展がめざましい。ある研究によれば、(1950年から1995年にかけて、)すべての途上国が相対的かつ絶対的に先進国との人間開発指数(HDI)での格差を縮小させている。
   200年間一貫して増加し続けてきた世界の貧困人口(一日の収入1ドル以下)は15−20年前から減少し始めた。この20年間に世界人口は(60億人へ)16億人も増加したにかかわらず貧しい人々の数はおそらく2億人ほど減って(約12億人になって)いる。
   これはIMF・GATT体制と呼ばれる西の自由主義と国際協調の経済システムの進展によるものである。対抗しようとした東の社会主義経済も南の国家主導型経済も挫折した。南の一部などが唱えた新国際経済秩序の創設も失敗した。
   この進展は、冷戦終了後の市場経済の世界的拡大とIT革命に象徴される運輸通信技術などの革新に裏付けられたグローバリゼーション(筆者は簡単に言えば「世界一体化 WORLD UNIFICATION」と解する)を進めた。
   あらゆる革命的変化と同じく、グローバリゼーションには光と陰の部分があるが、陰を強調するのは誤りである。発展めざましい中国も最近のWTO参加を祝っている。また、これはインターネットの普及一つ見ても分かるようにグローバリゼーションは不可逆の流れであり、反対運動は産業革命時の機械打ち壊し運動(ラダイツ)と同じ運命をたどろう。
   GATTは自由無差別を原則とするが、当初よりEECなど地域統合の例外を認めた。現在EU、NAFTA、MERCOSUR、AFTAほか地域統合は世界中に展開し、今まで地域統合に参加していなかった日本、中国、韓国、台湾も新地域統合を模索している。
   ある国がいくつもの地域統合に参加することも、地域統合と地域統合の結びつきもありふれたものになった。地域統合の理論的排他性の問題は残ろうが、WTOと諸地域統合が車の両輪として自由と国際協調の原則に基づき世界経済を推進していくと見ても楽観的すぎると批判されないだろう。地域統合が当該地域の平和と民主主義の進展に役立つことも期待される。
   中南米は、同質性が高い大陸塊である反面、国家の主権意識が強い。NIEOも主張したが、その発展はアジアに比べ停滞している。
   メルコスールは、中南米がいわゆる失われた80年代からの回復を目指す自由化の過程でなかんずく輸出増進のため誕生した。1990年代前半は好調であり、95年不完全ながら関税同盟として発足し民主化促進にも役立ったが、99年ブラジルの為替切り下げから域内貿易は減り統合プロセスは中断した。
   2000年以降メルコスールの再建が図られ、アンデス共同体(CAN)との間で南米自由貿易地域(SAFTA)創設も合意された。EUとの結びつき強化も図られている。
 アルゼンチンの経済危機もあり、メルコスールは現在、内・外(米州自由貿易地域構想〔FTAA〕への対応)とも多難な状況にあると言わざるを得ないが、米州における域内自由化の進展には変わりないであろう。
   2001年11月ドーハのWTO閣僚会議では2005年年初までの新多角的貿易交渉の終結が合意された。米州自由貿易地域も同時期交渉完了を合意している。
   自由化への歩みが急速化・活発化する中、ガットのウルグァイ・ラウンドのような多角的自由化のみならず域外国に不利に働くこともあるFTAによる地域的自由化への対応は、とくにセンシティブな農業部門を持つ我が国にとり今後いよいよ大きな問題になっていくであろう。



.ウルグアイ関係               

  ブッシュ大統領の訪問で小国ウルグアイは面目躍如か
                      外務省中南米局地域調整官 並木芳治

  (2007年3月9日付ラテン・アメリカ協会hpより転載。なお本稿は筆者の個人的な見解です)

  8日から始まるブッシュ大統領の中南米5カ国訪問の中で滞在時間が最も長いのが南米の大西洋に臨むウルグアイ。国土の広さは日本の半分にも至らず、人口は350万程度。5日にホワイトハウスのハディー国家安全保障担当補佐官が同大統領のラテンアメリカ訪問を正式発表した時に、記者団の「なぜウルグアイを訪問するのか」という質問に答えて、「(バスケス政権は中道左派であるが)今日、正しい政策を選択しているのがウルグアイである。外国政府が正しい選択をするならば、彼らは米国のパートナーになれる。ウルグアイ政府は汚職対策、良き統治、国民の健康と教育への予算支出、そして何よりも開放的であり、自由貿易と自由市場を奨励するなど政策遂行面で正しい選択を図っている。これに応えたいのがブッシュ大統領である。正しい選択は、ラテンアメリカに繁栄とより良き生活に道を開くという点を大統領は伝えたい考えである」と述べている。

 今回の米大統領の訪問でブラジルやメキシコの大国に隠れて注目を引かないが、米州域内の経済統合を巡って地政学的にも関係各国の思惑が複雑に交錯してパワー・バランスの外交的駆け引きが展開されているのが、このウルグアイ訪問。ウルグアイが握る戦略的カードは「米国との自由貿易協定」締結示唆。

 ブラジルやアルゼンチンという大国主導のメルコスール内にあって、経済格差問題等で小国の不満を抱えるウルグアイ・バスケス政権(同国史上初の中道左派。但し、穏健な政策を実施)は、対米接近を計り、1月25日、「貿易投資枠組み協定」(TIFA)を署名。前回のレポート(ブッシュ大統領のブラジル訪問)で指摘したとおり、メルコスールの内部規約(2000年の決定第32号)と米国の通商協定一括交渉権限(ファスト・トッラク法:今年6月末まで有効)から、「米・ウルグアイ自由貿易協定」(FTA)まで格上げが可能か不透明な要素があるが、米国との「貿易投資枠組み協定」締結はブラジルの動揺を誘発し、メルコスールの結束に「揺さ振り」をかけたという点で、経済効果以上に外交的な大きな意味を持つ。

 他方、米州を網羅する自由貿易圏構想(FTAA)の実現が困難な見通しになったことから、二国間のFTA締結に重点を移した米国は、ウルグアイを「一本釣り」することでメルコスールの連帯に風穴を開け、メルコスールとのFTA交渉にこぎ着けい意向があろう。現状ではブラジル、ウルグアイが米国とのFTAに賛成の立場、アルゼンチンとパラグアイは乗る気がなく、ベネズエラは完全拒絶の姿勢、とメルコスール加盟国内部の方針はまちまちで統制はとれていない。ベネズエラが加盟したことで関係各国の思惑がぶつかり合い、米国とブラジルが望むような方向性はなかなか描き難いであろう。

 米・ウルグアイFTA締結は、ウルグアイのメルコスール脱退につながりかねないとして懸念するブラジルからすれば、米国のメルコスールへの「関与政策」は、南米の盟主としてメンツに係わる問題。ブッシュ大統領のウルグアイ訪問を前にバスケス大統領の胸の内を確認しておきたいルーラ大統領は、2月26日、急遽モンテビデオに飛び会談。両首脳はメルコスール内の格差是正問題解消の方策を積極的に検討することで合意したとされるが、ルーラ大統領は更にウルグアイに利する5つの協定を締結して、米・ウルグアイFTA締結阻止に躍起となった。ルーラ大統領がバスケス大統領に約束した「贈り物」とは、貿易投資促進覚書き、ブラジルの資金・技術協力によるウルグアイでのエタノール工場建設などバイオ燃料分野での協力、エネルギー・鉱業分野での協力、橋梁の建設と修復など大盤振る舞いしている。

  こうしたルーラ大統領の積極的な協力姿勢は、メルコスールのリーダー国として組織の連帯からウルグアイを引き留めておくことは重要との観点に立つもの、また、チャベス大統領にとってもウルグアイ史上初の中道左派政権の存在は同胞拡大の意味で重要。したたかさを見せたバスケス政権が、ブラジルから外交的成果として結構な「贈り物」をせしめたのと同様に、ベネズエラを強請れば利益を導く可能性があろう。チャベス大統領はバスケスの大統領就任祝いに石油の特恵供給をコミットしたし、ウルグアイ国債の引き受けなどで協力している実績があるからである。バスケス大統領は、3月2日、政権2年間の評価について演説した中で、「メルコスールは重要外交事項であり、メルコスールとの関係を改善すべく努力するが、同時にメルコスール域外との通商拡大を求めて市場を模索していく」として、改めて「ダブル・トラック」(二面戦略論)の方針を確認した。

  仮にウルグアイが米国とFTAを締結する場合、メルコスール首脳は小国として駄々をこねるウルグアイを「特例扱い」にして譲許するか、あるいはメルコスールの内部決定に基づいて「村八分」とするかは難しいところで、例えばブラジル政府部内ですら統一が図られていない。ルーラ大統領は、メルコスール各国は自国の経済的利益を追求する協定を結ぶ自由を持ち、こうした協定はメルコスール規約には影響を与えないとする「柔軟論」の立場をとる。将来の米国とのFTAの可能性を視野に入れた判断である。これに対し、アモリン外相は、域外国とFTAを結んだ加盟国はメルコスールを脱退すべしとの「強硬論」を主張する。最終的には、加盟国内部での政策調整に委ねられようが、各国の利害が大きいだけに極めて政治的に高度な決定となろう。

 ウルグアイが窮地打開の秘策として一石を投じた米国との「貿易投資枠組み協定」締結は、今後の南米域内の外交上の駆け引きを活発化させ、更には米国の対中南米自由貿易政策、ひいては日本との経済交流にも影響を及ぼしかねない潜在性を秘めている。メルコスールと米国の関係には今後とも目が離せない。



  ウルグアイ大統領来日で感じた「中南米の新しい風」
                      角田勝彦(元駐ウルグアイ大使)

  (霞関会会報2010年4月号より転載。なお本稿は筆者の個人的な見解である)

  日本ウルグアイ協会
  最後の任地が南米のウルグアイだった関係で、ここしばらく、日本ウルグアイ協会という、個人会員中心の小さな民間団体の活動に携わっている。 これは、日本政府招待によるウルグアイのサンギネッティ大統領訪日を契機に一九八九年一月設立された任意団体で、日本国民とウルグアイ国民の間における文化・通商・経済・技術等の協力関係の緊密化を図り、もって友好親善関係の増進及び相互の繁栄に寄与することを目的としている。具体的には、日本ウルグアイ交流の紹介を主眼とするホームページの作成と更新、講話懇談会、ウルグアイ国祭日における新聞お祝い広告、ウルグアイ要人の歓迎、在日ウルグアイ人との親睦、ウルグアイ団体への小規模の寄付などを行っている。

 ウルグアイという国
 ウルグアイは、ラプラタの大河と大西洋、国ではブラジルとアルゼンチンに挟まれた国で、日本からは一番遠いところにある。南米のスイスと呼ばれる、民度の高い成熟した民主主義国で、サッカーやタンゴでも知られた存在であるが、面積は日本の約半分、人口三百三十二万の小国である。なお、ほとんどが平地で牛(アンガス種など肉牛が主)が千三百七十万頭、羊が九百六十万頭放牧されており、基本的・心情的に農牧国である。アサード(焼き肉)などで一人年七十キロを消費する牛肉が、日本人にとってのコメ的な主食である。 口蹄疫という牛類の伝染病処理の問題があるが、日本への牛肉輸出再開を期待している。
 最近は良好な経済成長(08年度GDP成長率八.九%)を遂げつつあり、一人当たりGDP九千四百八十三ドルとかなり豊かになっている。日本の経済界へも、人口百四十万人の首都モンテビデオにその事務局が置かれている「メルコスール(南米南部共同市場)」という二〇〇八年度GDP二.〇五兆ドル、人口二.六億人の大市場への入り口として宣伝しているが、進出企業は少なく、貿易総額も二〇〇八年二四六.五億円(ウッドチップの輸入が増えて日本が約三十億円入超)と限られている。 二〇〇八年に高円宮妃殿下ご臨席の下に移住百周年式典が行われたが日本人移住者も少ない。

  バスケス大統領の訪日
 そのウルグアイから、日本政府の招待により、バスケス大統領が、令夫人及び三大臣(ペドロ・バス外務大臣、アルバロ・ガルシア経済・財務大臣及びラウル・センディック工業エネルギー鉱業大臣)などとともに、昨年十二月十一日から十五日まで来日された。
 バスケス大統領は、二〇〇五年三月ウルグアイ初めての左派系大統領となり、五年の在任中経済成長と社会改革で実績を上げ、二〇〇九年十月で約六四%と広く国民の支持を得た。憲法上、連続再選が禁じられているため、バスケスの政策の継続を唱って与党拡大戦線(FA)から出馬した元農牧水産大臣のホセ・ムヒカ候補が十一月の決選投票で当選していて、すでにその次の二〇一四年大統領選挙戦へのバスケス出馬の可能性がささやかれている。

  ご日程
 ウルグアイ大統領の訪日は、二〇〇一年四月のホルヘ・ルイス・バジェ前大統領以来で、バスケス大統領にとっても、初めての公式訪問(私的には、最初は京都での研修《放射線ガン治療》で、二回目はサッカー関係で二度来日された)となる。親日家として、永く希望されていた訪問だった。
 滞在中、大統領は令夫人とともに天皇皇后両陛下と会見され、鳩山首相と会談されたほか、横路衆議院議長主催夕食会に出席された。
 十四日の両陛下とのご会見は二十五分に亘った。天皇陛下は「日本からの移住者がウルグアイで、農業や花の栽培で活躍していると聞いており、うれしく思います」旨述べられた。感激したバスケス大統領は、その朝、両国外相間で交換公文が署名された環境プログラム、すなわちウルグアイ国内に太陽光発電装置(太陽光パネル、変圧器など)を整備するための「太陽光を活用したクリーンエネルギー導入計画」への無償資金協力(七.三億円限度)などへの謝意を述べられた由である。

  日本ウルグアイ協会主催の昼食会
  異例ではあったが、日本ウルグアイ協会は、バスケス大統領ご一行歓迎昼食会を、十四日ご会見後に主催する栄に浴した。大統領ご夫妻に加え三大臣、エステベス駐日大使、大統領顧問、随行の経済人、日本側からは武正外務副大臣、竹元駐ウルグアイ大使、佐藤中南米局長など内外の要人のご出席を得て、親しく懇談できた協会関係者の感銘は深かった。
 人的交流の重要性を強調した、協会会長としての私の歓迎挨拶に対し、サッカー狂を自認する大統領は、ウルグアイのワールドカップでの優勝は巷間言われる二回でなく、WC開始以前のオリンピックでの優勝を足すと四回であるなど諧謔を交えた挨拶を行われた。 和気藹々とした雰囲気のなか、大統領は昼食会に予定より二十分余も長く在席された。  バスケス大統領は、日本官民の暖かい歓迎に大変満足されて帰国された由で、両国間の伝統的友好関係は、いっそう深まったと考えられる。  

 中南米の新しい風
 さて、大統領ご来日に合わせ行われた昨年十二月十一日のウルグアイ貿易・投資セミナー(ガルシア経済・財務大臣講演)を含み最近の中南米情報に接したりして、私が感じた「中南米の新しい風」を、以下に列記して本稿を終えたい。

 一.中南米三十三カ国は、二〇〇八年GDP四.二兆ドル、五億人の有望市場(資源も豊富)で、ブラジル(一月十三日付ニューズウィーク日本版は「ブラジルが『次の中国』に」と予測)を中心に国際的存在感を高めている。米国の裏庭では無くなった。
 伝統的に親日的であり、地球温暖化、軍縮・不拡散、国連改革などで、国際場裡における日本との連携を強化することが期待できる。ボリビア、ペルー、チリに大統領候補も出ている日系人は重要な「かすがい」になり得る。

 二.基本的に民主主義、市場経済の価値を共有している中南米は軍事独裁に別れを告げた。二〇〇九年六月のホンジュラスのクーデタも政権を求めたものではない。  オバマ大統領登場で反米感情は和らいだ。  左派政権は増えたが急進主義一辺倒ではない。ウルグアイのムヒカ新大統領(三月一日就任)は元都市ゲリラであったが、バスケスの穏健左派路線の継続を公約している。マイアミ・ヘラルド紙の著名な中南米評論家オッパンハイマー氏も「ムヒカはプラグマティックな指導者になりそうだ」と評している(一月十日配信)。

  三.日本との貿易・投資拡大への期待は大きい。二〇一六年のリオ五輪を控え日本方式の地デジ、新幹線などインフラ整備への関心も高い。中南米でも経済における政府の役割は拡大しており、日本も官民連携による対応が必要である。アジア中南米協力フォーラム(FEALAC)のようなアジアと中南米の交流と協力を促進する日本の活動は有意義である。

  四.大きな貧富の格差の存在は左傾化をもたらしたが、典型的だったブラジルでも是正が進んでいる。バスケス政権は、貧困率の削減と実質賃金増大などの成果を出して、高い支持率を獲得した。格差是正のため有力な手段は、ポピュリズムのばらまきでなく、ITを含む教育の普及である。経済成長と雇用増のための新産業の育成も重要である。
 階級意識も薄らいで来ている。平等性を尊ぶウルグアイでも、バスケス大統領は庶民的で知られる。さらにムヒカ選出大統領はネクタイを締めないそうである。   

  五.地域統合は、徐々に進展している。言語・文化の共通性など、アジアより遙かに基礎的条件に恵まれている。
 二〇一〇年二月にも、メキシコで開かれた中南米・カリブ首脳会議で「ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(仮称)」の創設が合意された。


  ウルグアイの大統領と牛肉
                          角田勝彦(34法)

  (如水会《一橋大学OB会》会報2010年4月号より転載。なお本稿は筆者の個人的な見解)

  長く勤めた外務省の最終任地が南米のウルグアイだった関係で、日本ウルグアイ協会という小さな民間団体で、社会へのご恩返し的活動に携わっている。
  日本からの進出企業も少ない国で経済人の関心は高くないが、安くて美味しい同国産牛肉の対日輸出再開が当面の願いである。口蹄疫という牛の伝染病があるため、日本では煮沸肉を除き長らく輸入が禁止されていた。病気を撲滅し清浄国になり解禁されたが、二〇〇〇年に口蹄疫が再発し、また輸入が禁じられた。
  ラプラタの大河と大西洋、国ではブラジルとアルゼンチンに挟まれ、親日的ながら一番遠いところにあるウルグアイは、人口三三二万人、南米のスイスと呼ばれる、民度の高い成熟した民主主義国である。日本ではサッカーやタンゴを中心に「知る人ぞ知る」存在である。最近は、「メルコスール(南米南部共同市場)」というGDP二・〇五兆ドル、人口二・六億人(二〇〇八年度)の大市場への入り口として関心を呼んでいる。

  昨年十二月十一日から十五日まで、バスケス大統領が日本政府の招待により、令夫人及び外務・経済財務・産業エネルギー鉱業の三大臣などとともに来日され、天皇皇后両陛下とのご会見、鳩山首相との会談、貿易投資セミナーなどが行われた。両陛下とのご会見は二十五分と、翌日の習近平中国国家副主席との特例会見とほぼ同じ長さに亘り、天皇陛下は「日本からの移住者がウルグアイで、農業や花の栽培で活躍していると聞いており、うれしく思います」と述べられた。バスケス大統領は、その朝両国外相間で交換公文が署名された環境プログラム「太陽光を活用したクリーンエネルギー導入計画」の無償資金協力(七・三億円限度)などへの感謝を述べられた由である。

  日本ウルグアイ協会は、大統領ご一行歓迎昼食会を十四日のご会見後に主催する栄に浴した。大統領ご夫妻に加え、三大臣、エステベス駐日大使、大統領顧問、随行の経済人、日本側からは武正外務副大臣、竹元駐ウルグアイ大使、佐藤中南米局長らのご出席を得て、親しく懇談できた協会関係者の感銘は深かった。

  私は協会会長として人的交流の重要性を強調した歓迎の挨拶をした。これに対し、サッカー関係で来日歴もある大統領は、ウルグアイのワールドカップでの優勝は巷間言われる二回でなく、WC開始以前のオリンピックでの優勝を足すと四回であるなど諧謔を交えた挨拶を行われた。和気藹々とした雰囲気のなか、大統領は予定より二十分余も長く在席された。

  この昼食会のあとの鳩山首相との会談で、大統領は日本との貿易・投資関係の促進に期待を表明した。とくに牛肉の対日輸出について、ウルグアイは口蹄疫ワクチン接種清浄国で牛肉の品質管理をしっかり行っているとして、日本から専門家を派遣して状況を確認してほしいと要請した。

  ウルグアイは最近、情報通信技術(ソフト)を含む諸産業の発展で、良好な経済成長を遂げているが、基本的に農牧国である。昨年十一月末に、次期大統領に選出されたムヒカ氏もバスケス政権の元農牧水産大臣である。広大な牧場で放牧されている牛が一三七〇万頭、羊が九六〇万頭で、輸出の四〇%以上は農牧部門からである。肉牛として名高いアンガス種などをアサード(焼き肉)中心に一人年間七〇キロ消費しており、日本のコメの感覚である。

  この自然に育まれた牛肉を日本の若者にたっぷり食べさせ、元気付けたいというのが私の夢である。
                            (日本ウルグアイ協会会長、元駐ウルグアイ大使)



  ありがとう ウルグアイ

                  日本エッセイスト・クラブ会員 角田勝彦

     (日本エッセイスト・クラブ会報 2011年秋 No.63-1号 会員近況より転載)

  私の最後の任地だったウルグアイの官民は、東日本大震災に際し、日本より最も遠い南米の小国であるにかかわらず、救援物資(コーンビーフ)及び50万米ドルの支援金を送る等、有り難い支援活動を行いました。
  大使も石巻市には直接物資を届けるなど誠意を尽くしました。
  私が会長の日本ウルグアイ協会はこれに応え、5月9日「ありがとう ウルグアイ昼食会」を行いました。


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