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ウルグアイの繁栄
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1.Legatum社が発表した繁栄指数(Prosperity Index)によると,ウルグアイは世界110ヵ国中第29位で,域内1位となった。右指数は経済,保健,教育,治安,ビジネスチャンス,ガバナンス,社会資本,個人の自由等を元に作成されている由。
2.IATAのデータによると,2011年ウルグアイで売れた海外旅行チケットは1億3百万ドルに上り,2010年比で20%増となった。同年1~9月の海外旅行でウルグアイ人は3億3,000万ドル(64ドル/日)を消費し,平均6日間の海外旅行を行った由。主な旅行先にはカリブ海のキューバ,メキシコ,ドミニカ共和国が挙げられた。
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フェスティバル ラティノアメリカーノ2011
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11月2日昼、東京プリンスホテルにおいて日本・ラテンアメリカ婦人協会 (元総理夫人橋本久美子会長)主催による恒例のフェスティバル ラティノアメリカーノ2011(チャリティ バザー)が開催され、ウルグアイ大使館も、民芸品と食品の二つのスタンドを設けて参加した。
中南米及びカリブ諸国大使館などの出品を即売するバザーに加え、コロンビア、ボリヴィア、キューバの民族舞踊やショー、賛助会社提供の景品の抽選会が行われ、会場となった大広間は参加者で溢れるばかりの盛況であった。
フェスティバルの入場券代とバザーの収益は、中南米諸国の申し出により、今年は東日本大震災の支援にあてられることになった。

バジャレス書記官ほかウルグアイ大使館メンバーと角田会長

ウルグアイの食品スタンド

民族舞踊に拍手する主催者と来賓
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日本ウルグアイ修交90年記念切手発行
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10月5日、日本とウルグアイの外交関係開設90周年を記念し、記念切手発行が発表された。図柄は、姫路城とモンテビデオの日本庭園にある雪見灯籠の写真である。
同じ10月10日には独立開始200周年記念式典が開催され、約30万人が参加した。

修好80周年の2001年には記念切手(図柄は同年ウルグアイを訪問される予定だった紀宮様のご肖像に桜とウルグアイの国花セイボをあしらったもの)が発行された。なお米国の同時多発テロなどから延期され2003年11月に実現したご訪問時に、その押印式が行われた。
2.第52回海外日系人大会歓迎交流会
10月下旬、海外より約150名の日系人を迎え、恒例の第52回海外日系人大会が開催された。ウルグアイからの日系人来日者はなかったが、10月26日、秋篠宮・同妃両殿下をお迎えして憲政記念館で開催された歓迎交流会には山田啓二海外日系人協会会長のご招待を受け、日本ウルグアイ協会を代表し角田会長が出席した。
3.ラ米大学ランキング
英国QSコンサルタント社の発表したラ米大学ランキングによると、上位200大学中、ウルグアイ共和国大学は94位であった。
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ウルグアイ人画家の展覧会
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ウルグアイ独立186周年を記念し、9月15日より東京のセルバンテス文化センターで好評裡に開催されているウルグアイ人画家ネルソン・ロメロ氏の展覧会『無垢の時代 過ぎ去りし時の記憶』は24日(土)幕を閉じる。
まだ見ていない方は急いでどうぞ
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日本ウルグアイ商工会議所の東日本大震災支援
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ウルグアイにある日本ウルグアイ商工会議所は、東日本大震災支援のため、当地企業の協力を得て、柑橘類ジュース及び鉱泉水を日本へ送付した。
これら救援物資は8月2日に日本に到着した。
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ウルグアイ サッカー南米選手権で優勝
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7月24日ブエノスアイレスで行われたサッカー南米選手権(コパ・アメリカ)決勝戦で、ウルグアイはパラグアイに3-1で勝利し、大会単独最多となる通算15度目の優勝を決めた。
ウルグアイにとり、1995年大会以来、6大会ぶりの快挙である。
スアレス、フォルランのすばらしい攻撃が目立った。
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チリ火山噴火の影響
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中旬、チリのプジェウエ火山の噴火の影響で、計162便が相次いで欠航となり、市民や観光客の足に影響を及ぼした。
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ありがとう ウルグアイ(感謝昼食会)
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東日本大震災後ウルグアイ官民から我が国に寄せられている多くの精神的・物質的支援については、このホームページでも累次報告している。
本協会は、この支援に感謝の意を表明するため、ウルグアイ駐日エステベス大使をお招きし、5月9日都内で「ありがとう ウルグアイ GRACIAS
A URUGUAY」昼食会を開催した。歴代の駐ウルグアイ日本国大使、関係会社代表、音楽家、元日本語教師教師、元留学生など集まった十数名の有志は、犠牲者への黙祷及び会の趣旨説明(角田会長)に続き、エステベス大使のお話を興味深く伺った。
エステベス大使は、4月6日ウルグアイからの支援物資コーンビーフ缶約2トンの成田到着後直ちに被災地へ輸送するため、自ら同行して石巻市(NGOピースボートと連携して選択)へ向かわれた。大使館として大震災後現地の要請を聞いて集めた救援物資(携帯用ガスコンロ、下着、玩具、飲料、チョコレート、土嚢用袋)及び寄付金50万円も持参された。スペインEFE通信の若い記者も同行した。
ガソリン不足から石巻市は3月末まで連絡困難だった由で陸路の往復も宿泊(けっきょく仙台泊)も危惧されていたが、7日福島県佐藤知事との仮庁舎での面会を含め6日と7日の旅程は無事こなせた(現地の惨状はショック)、しかし7日夜東京に帰りやっと体を休めていたところを余震で飛び起きたなど、ビビッドな話に一同の感銘は深かった。
なおエステベス大使は、日本支援の新しい動きとして、ウルグアイ外務省がこの種の行事としては初めてと思われる日本支援音楽会を開催したこと、また政府が50万ドルの支援を決定したことを報告された。
食事の冒頭に日本側列席者一同「ありがとう ウルグアイ GRACIAS A URUGUAY」を唱和し献杯を行った。このささやかな感謝の意の表明が、両国友好関係のいっそうの増進に貢献することを期待している。

寄贈されたコーンビーフ缶詰を手にするエステベス駐日ウルグアイ大使

エステベス大使を囲んで
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ありがとう ウルグアイ
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3月11日の東日本大震災の被害地を支援するため、ウルグアイは支援物資としてコンビーフ4600缶(約2トン)を供与した。

この支援物資は,4月4日成田空港に到着し、6日にエスベス大使ご本人が付き添って宮城県石巻市に向けて輸送された。「日本の皆様が元気になりますように」との日本語メッセージが書かれた特別ラベルの缶詰である。
4月6日午後、支援物資供与のため山花外務大臣政務官とお会いしたエステベス大使は、東日本大震災に対するお見舞いを述べるとともに,福島第一原子力発電所の状況について外務省が在京外交団向けに毎日ブリーフを行っていることに感謝する旨述べた。
これに対し、山花政務官は,今回の支援物資の協力を始め,ムヒカ大統領が在ウルグアイ日本国大使館にお見舞いに来ていただいたことや、今回の事態に対するウルグアイ政府・国民の支援及び原発事故後の冷静な対応などに感謝の意を表明した
風評に惑わされず東京に留まり、着実に、日本への支援や客観的な情報収集をを含む活動を続けているウルグアイ大使館の姿勢は高く評価される。
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ウルグアイに対する各種の国際的評価指数(2011年3月発表分)
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厚生省は、2010年の乳児死亡率は1,000乳児中7.71人となり、ラ米ではキューバとチリに次いで低い指数となったと発表した。
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ウルグアイのタバコ規制強化
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1月12日付ニューズウィーク誌日本版が報じたところによると、ウルグアイと有力タバコ会社の間で激戦が始まった。
昨年、ウルグアイはマールボロの銘柄で知られるフィリップ・モリスに対し、タバコ・パッケージの面積80%以上にタバコによる健康被害(例えば口腔ガン)の写真を表示することを命じた。
時価総額は1070億ドルとウルグアイのGDP440億ドルに優るフィリップ・モリスは、そんな表示はロゴを事実上隠すことになり貿易協定に違反すると反論しているが、WHOが2003年に採択し署名国が171になるタバコ規制枠組み条約に鑑みても、法廷闘争は避けたいところだろう。
ウルグアイには、ウルグアイに多額の寄付を行い司法的支援も表明しているニューヨークのブルームバーク市長のような嫌煙家の応援団もいる。
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ウルグアイの人口
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過去10年において、当国3年分の出生数にあたる約15万人のウルグアイ人が国外移住したことが明らかになった。
近年では移住数は減少しているものの、20年後には人口減及び老齢化が極端に進むことが懸念されている。
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ウルグアイのUNPKO活動
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12月27日、国連コンゴ監視団ウルグアイ軍(1,200名を派遣)は、コンゴ民主共和国北部に位置するアンゴ市に士官2名、医者、看護士及び通訳者をそれぞれ1名、さらに陸軍兵士33名を派遣、2008年及び09年の同時期に起こったウガンダの反政府組織「神の抵抗軍(LRA)」による虐殺行為の再発を回避した。
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ウルグアイに対する各種の国際的評価指数(12月発表分)
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1.ECLACの報告書によると、ウルグアイは2008年~2009年で貧困率を23%減少させた。
なお2009年のウルグアイの国内総生産(GDP)は315億3200万ドルドルで1人あたりのGDPは9,427ドルとなった(出典:中央銀行)。成長率はリーマン・ショック(2008年9月発生)の影響を受けた2009年には2.9%まで大きく鈍化した
2.OECDが実施する生徒の学習到達度調査(PISA)において、65ヵ国中ウルグアイは中南米域内でチリに次いで2位だったものの、世界標準では47位にとどまった。
3.米国Democracy Ranking Associationが実施する各国の民主主義ランキングの発表によると、ウルグアイは2004年時の29位から8ランク上げ21位で、ラ米諸国ではトップとなった(日本は20位)。
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ウルグアイに対する各種の国際的評価指数(11月発表分)
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近年、ラ米諸国内で女性の労働市場参入が増加傾向にあるが、当国では1990年に42.9%であった女性の労働参加率が2010年では53%となっていることがわかった。
ラ米最高はペルーで、38.2%から60.9%への増加が見られた。
最近は、独身女性のみでなく、子どもを持つ女性の労働市場参入も顕著である。
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フェスティバル ラティノアメリカーノ2010
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11月2日昼、東京プリンスホテルにおいて、日本・ラテンアメリカ婦人協会(元総理夫人橋本久美子会長)主催による恒例のフェスティバル ラティノアメリカーノ2010(チャリティ バザー)が開催され、ウルグアイ大使館も、エステベス大使以下全員で、民芸品と食品の二つのスタンドを設けて参加した。
中南米及びカリブ諸国大使館などの出品を即売するバザーに加え、ペルーの民族舞踊やアルゼンチンタンゴのショー、賛助会社提供の景品の抽選会が行われ、会場となった大広間は参加者で溢れるばかりの盛況であった。
フェスティバルの入場券代とバザーの収益は、中南米及びカリブ諸国の福祉友好親善の諸事業にあてられる。
常陸宮妃殿下も1時よりの式典にご臨席になり、錦上花を添えられた。
ペルー出演者に拍手する常陸宮妃殿下と橋本会長

ウルグアイ大使館の食品スタンド
ウルグアイの民芸品スタンド
角田本協会会長、エステベス大使、バジャレス書記官

国際交流基金主催の南米音楽会
TRANS-CRIOLLA(響き合う地平の向こうへ)
ウルグアイ、アルゼンチン、チリは、2010年に建国200周年を迎える。これを記念し、8月に現地で、ウルグアイの国際的音楽家ウーゴ・ファトルーソと日本のドラマー ヤヒロ・トモヒロ及び歌手 松田美緒を中心とする南米・日本交流のコンサートが開催され各国で好評を博した。
主催した国際交流基金は、この成功に鑑み、11月10日東京で1日限りの再演を行った。これには基金の招きで、ウルグアイで共演したカンドンベ・グループ:レイ・タンボールやチリの歌手フランチェスカ・アンカローラも来日し参加した。
会場のHAKUJU HALLには伝統的南米音楽フアンのみならず多くの若者が参集し、最後は満場立ち上がっての拍手で一行の熱演に応える盛況だった。
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第51回海外日系人大会歓迎交流会
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世界24カ国より170名余の日系人を迎え、10月20日から22日まで東京で第51回海外日系人大会(海外日系人協会主催、外務省ほか後援)が開催された。
この大会は、海外の日系人団体の代表が日本に集まる機会であり、日系人相互の友好と連帯の強化、日系人の居住国と我が国との相互理解、親善関係の増進を図ることを目的として毎年開催されている。
その一環として、20日夜、憲政記念館において常陸宮・同妃両殿下のご臨席の下に歓迎交流会が開催された。今回ウルグアイよりの日系人は来なかったが麻生渡海外日系人協会よりのご招待により、日本ウルグアイ協会を代表して 角田会長が出席した。
歓迎を受けられるため各テーブルを回られた両殿下と直接懇談の機会を得た日系人の方々は、それぞれ深く感激した模様であった。
会場を回られる常陸宮・同妃両殿下

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メルコスール議会と裁判所
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10月18日、第8回共同市場審議会及びメルコスール議会(Parlasur)が開催され、Parlasurにおける加盟各国の議席数が承認された。2011年から伯37、亜26、パラグアイ及びウルグアイ18議席とし、2015年までにそれぞれ、75、43、18、18議席とする。
また、議員の国民による直接選出と法的拘束力を持つ裁判所の創設も承認された。
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ウルグアイに対する各種の国際的評価指数(10月発表分)
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1.人間開発指数
国連開発機構(UNDP)により発表された2010年人間開発指数(HDI)においてウルグアイは38位、ラ米諸国ではチリの33位に次ぎ高い指数となった。
2.非汚職度ランキング
国際NGOトランスパレンシー・インターナショナルによると、世界178ヵ国における汚職度ランキングで、ラ米諸国ではチリの21位に続いてウルグアイは24位であると発表された。昨年両国ともに25位であったのに対し、今年はそれぞれ順位を上げている。
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ウルグアイに対する草の根無償
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日本政府は、、草の根・人間の安全保障無償資金協力により、「セロラルゴ県メロ市身体障害者のための施設建設計画」に88,495ドル、「セロラルゴ県農村地域巡回診療車整備計画」に86,223ドルの2件の援助を行った。
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ウルグアイに対する各種の国際的評価指数
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2010年6月
1.人間機会指数(Human Opportunity Index)
世銀が発表する人間機会指数で、ウルグアイは、ラテンアメリカ諸国中チリに続く2位にランクされた。これは、子どもの水、衛生、電気及び教育など基礎的な生活インフラへのアクセスにより算出される指数で、0~100ポイントの評価が行われるが、ウルグアイは、チリの95ポイントに対し、92ポイントを獲得した。
2.経済危機に対する対応
ILOが発表した世界85カ国の経済危機に対する対応評価において、ウルグアイは5位にランクされた。同評価は、各国のマクロ経済の動きと社会指標である雇用創出数の二つの視点から実施されたものである。
2010年7月
1.貧困率
国家統計局(INE)は、2009年貧困率が2008年の22.4%から20.9%へ、極貧率が2%から1.6%に減少したと発表した。
ただし、一方で、収入分配率の悪化により格差が広がっており、貧困からの脱出には貧困者層の給与を11.2%引き上げる必要があるとされる。
2.男女格差
国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会の報告によると、ウルグアイはラテンアメリカ17諸国において、経済力及び労働機会において男女格差が最も低い国である。
なお、右統計は労働市場、社会保障制度、失業率、給料及び貧困率により算出される由。
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ムヒカ大統領の就任演説(2010年3月1日)
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1.憲法の枠組み
○ 本日を今後30年の連続した各政党による政権の出発点としたい。
即ち、教育、インフラ、エネルギー、及び治安に対する戦略に挑む政府の出発点である。また、ある政党はネジを用い、また、ある政党はナットを用いて建設するといった政治のプロセスを考えている。
○ 対話を求めていきたい。対話により社会の各階層・各分野が相互に補完され、より良い形で現実に適合できるためである。
○ 極貧を無くし、雇用を与え、治安を確保し、人間的な社会保障と人々の健康を維持したい。統計に表れる数字のみでなく、人々の実際の生活に現れる変革と真の前進が必要である。そのために、より賢明な政治的共生が必要と確信している。
○ 現在我々は、政治勢力の関係においてより成熟し、また、質的関係において新たな段階に入ろうとしている。国民に対して政策実現に向けた限界について説明する勇気が必要である。この誠実さと勇気は我々が計画する国家政策の実現にとって必要要件になる。
2.国家政策
○ 国家的政策はより厳選されるべきであり、我々は4つの課題から始める。教育、エネルギー、環境、治安である。中でも教育が重要であり、教育、教育、そして教育と訴えたい。この4課題につき、政治の影響を受けない長期的な戦略を策定する。
○ 教育は、国家の生産的ポテンシャルの基礎である。また、将来のウルグアイ人の共生にとり重要。大きな教育関係事業実施のために、多くの事業を中止乃至延期する必要があるが、右は全政党とともに決定しなくてはならない。これが国家政策である。
3.エネルギー
○ エネルギー問題は多くの技術的課題を含んでいる。専門家等の判断の後、政治が政策を決定する。国民の意見が分かれるテーマとして原子力発電がある。
○ 我々は、バイオ燃料を含め、必ずしも経済合理性に合致しないかもしれない再生可能エネルギーへの転換を進める用意がある。
4.環境
○ ウルグアイは、国家政策としての環境戦略を有する。化学農法等の農業開発分野で見られるように、環境保護と生産拡大の間の緊張が高まっており、国家は最良の決定を下さなくてはならない。政治は、環境保護のために生産を抑えるという政策上の誠実さと勇気を持つ必要がある。
5.治安
○ 犯罪に関し、伝統的な犯罪の発生件数が増えているだけでなく、犯罪の質的変化が起こっている。また、国際麻薬組織がウルグアイを中継・分配・マネーロンダリングの場所として利用している他、国内の政治腐敗に影響を与えている。
○ ウルグアイは相対的に安全な国ではあるが、脅威の過小評価は許されない。政権が治安改善のため遅延なく根本から対処する。
6.マクロ経済等
○ 入念に計画されたマクロ経済が必要不可欠であり、我々は財政支出、赤字運営、通貨政策に対し、金融制度を監視しつつ、真剣に取り組む。また、オーソドックスなマクロ経済運営を行う。
○ 国家の在り方として、より活動的な国家を目指し、特に、アグロ(農業)・インテリジェント政策を推進する。即ち、気候変動を念頭にした政策実施、また、地域の農業に資する遺伝子開発、バイオロジー研究等である。以て、人類の食糧倉庫としての役割を果たす。
つまり、ニュージーランドやオランダのような、農業、インテリジェンス、観光、地域ハブ機能を目指す。
7.社会的平等
○ 将来の繁栄が社会的平等を与えてくれるまで待てない。前政権が実施した政策を維持・深化させ、同様の社会的投資を行っていく。貧困は国家の恥である。2%の極貧と2割の貧困者を無くしていく。貧困対策には教育も重要。プラン・セイバルを基軸としつつ全日制の学校の拡大、職業訓練大学を強化する。
8.住宅問題と軍人の給与
○ 今次政権では国家予算及びその他の資金を利用して貧困層の住宅問題を解決する。以て社会そのものの連帯も示していく。軍隊には貧困層出身者が多いが、同貧困者は緊急住宅計画の対象者とする。また、軍関係者の低給与の解決を急ぎたい(注:当国軍隊下級兵士の6割強は当国平均貧困者以下の生活。また同5%は極貧層(3月5日付ラ・レプブリカ紙))。
9.国家改革と公務員改革
○ 90年代、ウルグアイは民営化の流れの外にあった。現在我々は国家の在り方につき率直に話し合い、国家につき評価し、再度設計し直す必要がある。国家効率の9割は公務員の能力による。努力不要な仕事で必要不可欠な仕事の10倍以上の給料を受けている公務員職がある。2002年及び2003年の不況時、約20万人が失職したがその中には公務員がいなかったように公務員は民間労働者よりも保護されている。バスケス前大統領が述べたように、公務員改革が全改革の中心である。
10.メルコスール
○ 世界に向けた窓を閉じることは陳腐な考え。しかし、保護主義は、時に広く大陸全土に広がっている。我々は諦めずにより開かれた市場建設を目指す。ラ米家族の中で、我々はメルコスールという寝室を共にしている。生きている限りメルコスールは存続する。メルコスール大国の相互対等な対応を求めたい。
11.結び
○ 遠路遙々ウルグアイに来訪された方々に対し、その外交的配慮に対し謝意を表したい。全ウルグアイ国民からの謝意を受けて頂きたい。私は、この政権を勝ち取ったのではなく、バスケス政権の成果により大統領になり、同大統領率いるFA党第1期政権より政権を受け継いだ。300万人のウルグアイ人を代表して前政権に謝意を表したい。
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(日本外務省資料)
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| 日本ウルグアイ協会が、バスケス大統領歓迎昼食会実施 |
日本ウルグアイ協会は、このたび、日本政府の招待で来日されたバスケス・ウルグアイ大統領ご一行を歓迎する昼食会を主催する栄に浴した。
12月14日(月)昼、帝国ホテル(ご宿舎)本館17階のインペリアルラウンジ・アクア特別室で行われたこの昼食会で、大統領ほか内外の要人と和気藹々とした雰囲気のなかで直接言葉を交わす機会を得た協会関係者二十数名の感激は深いものがあった。
バスケス大統領も、学術文化・サッカー関係を含む親ウルグアイ民間人(在日ウルグアイ人留学生を含む)及び武正公一外務副大臣ほか日本側来賓といろいろ会話され、楽しいひとときを過ごされたようで、予定を二十分ほど超過して退席された。
ご挨拶のなかで、大統領は、ウルグアイの「日本」学校(エスクエラ・ハポン)に本協会が、かって行った小規模の支援にも言及された。
ウルグアイ側からは、大統領ご夫妻、随行の3閣僚(ペドロ・バス外務大臣、アルバロ・ガルシア経済・財務大臣及びラウル・センディック産業エネルギー鉱業大臣)、エステベス駐日大使及び随行の経済人など、日本側来賓としては、武正公一外務副大臣、竹元正美駐ウルグアイ日本国大使、佐藤悟中南米局長などが出席された。
バスケス大統領ご夫妻と角田会長夫妻及び赤松元文科相(協会理事)

バスケス大統領(最後部)と内外の列席者各位

式次第は次の通りであった。
バスケス・ウルグアイ大統領ご一行歓迎昼食会
Almuerzo de Bienvenida del Sr. Presidente de la Rep. Oriental del Uruguay,
Dr. Tabaré Vazquez
式 次 第 Programa
12:00 大統領ご一行のご来場 Llegada del Presidente
12:05 日本ウルグアイ協会角田会長の歓迎挨拶(スペイン語、邦訳下記)、記念品贈呈 Saludo de Bienvenida del Sr.
Tsunoda, entrega de presente
12:15 武正公一外務副大臣ご挨拶 Saludo del Sr. Koichi Takemasa Viceministro de Relaciones Exteriores
12:20 大統領ご挨拶 Palabras del Presidente, Dr. Tabaré Vazquez
12:30 竹元正美駐ウルグアイ日本国大使による乾杯 Brindis a cargo del Sr. Embajador de Japón en
Uruguay Dn. Masami Takemoto
12:35 食事開始 Almuerzo
13:15 昼食会終了 Fin del Almuerzo
記
バスケス大統領ご一行を迎えての歓迎昼食会におけるご挨拶
2009年12月14日(月)12時 角田勝彦
帝国ホテル インペリアルラウンジ(レストラン)アクア個室
バスケス大統領閣下並びに令夫人、ご一行の皆様、ご来賓の皆様
名誉にも、この歓迎昼食会を主催させていただきました日本ウルグアイ協会、とくに列席の会員及び関係各位を代表し、一言ご挨拶させていただきます。
ウルグアイ初めての左派系大統領となり2005年からのご在任中経済成長と社会改革で実績を上げられて広く国民の支持を得られたバスケス大領の実績とその政策の継続を唱いこのたびの選挙で次期大統領に選ばれた拡大戦線(FA)のホセ・ムヒカ候補当選へのお祝いにつきましては、時間が限られておりますので、ここで詳述することはできません。
日本・ウルグアイ友好関係についても、皆様すでに充分ご承知でありますので省きます。
ただしバスケス大統領閣下及び2008年9月日本人移住百周年式典に臨席された高円宮妃殿下久子さまを含む人的交流の重要性は、とくに強調したいと存じます。
さて 日本ウルグアイ協会をご紹介させていただきます。
本協会は、公式には、1989年設立されました。初代会長の元駐ウルグアイ公使(館長)故大隈信幸氏が、ご高齢から辞任されて、副会長だった私、角田勝彦が2004年会長になった次第です。
本協会は、日本国民とウルグアイ国民の間における文化・通商・経済・技術等の協力関係の緊密化を図り、もって友好親善関係の増進及び相互の繁栄に寄与することを目的としている完全な民間団体であります。
ほぼ個人のみで構成され、しかも多くは、気は若い高齢者です。日本ウルグアイ交流の紹介を主眼とするhp(ホームページ)の作成、ウルグアイ国祭日における新聞お祝い広告、来訪されるウルグアイ要人の歓迎会、在日ウルグアイ人との親睦、ウルグアイ団体への小規模の寄付などが主な活動であります。
両国間の友好と協力の絆が年々堅固になっていくこと、及び本協会が、一滴の潤滑油として、この絆の強化に貢献できることを願って、ご挨拶を終えたいと思いますが、希有の機会ですので、ここで列席の会員及び関係者が一列になって、大統領閣下に昼食会主催の名誉を与えていただいたことへお礼する機会を与えていただければ幸いです。
Saludo al Presidente de Uruguay, Dr. Tabaré Vázquez
Excelentísimo Sr. Presidente Tabaré Vázquez y su distinguida Sra. esposa, distinguidos Sres. miembros de la comitiva, distinguidos Sres. invitados.
Permítanme dirigir a ustedes unas breves palabras, representando a la asociación Japón-Uruguay, la cual honradamente ha organizado este humilde almuerzo, especialmente por parte de sus miembros y demás personas presentes aquí.
Lamentablemente por razones de tiempo, no puedo detallar acerca de los logros del Sr. Presidente, quien exitosamente intensificó el crecimiento económico de su país y llevó a cabo una reforma social, trabajando incesantemente durante su presidencia desde 2005, consiguiendo así el apoyo del pueblo.
Tampoco sobre el triunfo del Sr. José Mujica del Frente Amplio (FA), quien ha sido elegido como el próximo Presidente, prometiendo continuar las políticas del Presidente Vázquez.
Tampoco pretendo detallar acerca de las excelentes relaciones amistosas entre ambos países, las cuales los distinguidos invitados que aquí nos acompañan conocen perfectamente.
Solamente quiero poner énfasis en la importancia del intercambio de personalidades, como son el Sr. Presidente Tabaré Vázquez de Uruguay, y la Princesa Takamado, quien participó en la ceremonia del centenario de la emigración japonesa en setiembre de 2008.
Por otro lado, me gustaría explicar brevemente acerca de nuestra asociación.
Esta asociación fue fundada oficialmente en 1989. Su primer presidente fue el Sr. Nobuyuki Okuma, quien se retiró por edad en el año 2004. En ese momento, quien les habla, Katsuhiko Tsunoda, habiendo ejercido la vicepresidencia hasta entonces, asumió la presidencia.
La Asociación Japón-Uruguay tiene como objeto estrechar aun más las relaciones amistosas existentes entre ambos pueblos, en todos sus sectores: culturales,comerciales, económicos y técnicos, contribuyendo así a fortalecer la amistad, las buenas relaciones, y el incremento de la prosperidad mutua.
Se trata de una entidad completamente privada. Está constituida casi en su totalidad por ciudadanos individuales,y aunque la mayoría de ellos tenga el pelo blanco, sus corazones aún conservan su verdor.
En cuanto a las actividades de la asociación, éstas consisten básicamente en el mantenimiento de su página web, la cual tiene como objetivo presentar los intercambios entre Uruguay y Japón, financiar felicitaciones en periódicos de días nacionales uruguayos, organizar reuniones de bienvenida para personalidades uruguayas, realizar reuniones amistosas con uruguayos residentes en Japón, etc.
También se hacen pequeñas donaciones a ciertas entidades uruguayas.
Quisiera terminar mis palabras, compartiendo con todos los aquí presentes mi deseo de que la relación amistosa entre ambos países,continúe como hasta ahora: creciendo y estrechándose cada vez más.
Confío en que nuestra asociación, como una pequeña gotita de lubricante, facilite el que este anhelo se haga realidad.
Por último, para expresar el gran honor que representa contar con la visita del Sr. Presidente, le rogamos tenga a bien recibir en este momento los saludos de los miembros y personas relacionadas a la asociación.
Aprovechando el tiempo de los preparativos,quisiera hacer entrega al Sr. Presidente y a la Primera Dama, de un pequeño presente de mi parte.
Teniendo en cuenta su interés en el Japón antiguo,he optado por una pieza de cerámica Shinoyaki, específicamente una obra de un artista actual Puede usarlo como decoración, o como instrumento para su vajilla. De cualquier modo, es mi humilde deseo que sea del agrado del Sr. Presidente. Además, mi esposa también quisiera obsequiar a la Primera Dama un pequeño recuerdo de nuestro país.
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ウルグアイに柔道器材を援助
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6月30日、モンテビデオにおいて竹元正美大使とゴンサロ・フェルナンデス外務大臣の間で、「観光スポーツ省柔道器材整備計画」実施のため、日本政府が2,920万円を限度とする一般文化無償資金協力を行うための書簡交換が行われました。
ウルグアイでは、青少年による麻薬等犯罪予防対策としてスポーツを奨励しており、地域住民がスポーツを行う機会を提供するため、観光スポーツ省はスポーツ環境を整備する計画を進めています。
ウルグアイ柔道連盟も、右計画の対象として、専用の柔道場を持つことになりました。
ところが、活動に不可欠な柔道器材は輸入に頼らざるを得ないため費用面での負担が大きく、必要な資金につき、日本政府に対して協力を要請してきた次第です。
日本としては、伝統武道である柔道の普及は日本理解の促進に繋がるものとして積極的に支援していますので、この資金協力を決定したわけです。
これを契機に、柔道を通じた人的交流や日本独自の文化・精神への関心の高まりが促進することが期待されています。
(日本外務省発表)
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ウルグアイのビーチに世界の富裕層が注目
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12月10日付ニューズウィーク日本版がThe Good Life欄で報じたところによると、ウルグアイの人気リゾート、プンタデルエステ近辺のビーチに世界中の富裕層が目をつけはじめ、欧米などの開発業者が続々と乗り込んできている。
「ピタゴラス」「ラス・ピエドラス」「ラグーナ・エスコンディータ」などの名で開発されている地域には、大型複合リゾートや隠れ家的ホテル、さらに数百万ドルの高級別荘やマンションが続々と建設されている。
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在外ウルグアイ人
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1.2008年10月、ウルグアイ外務省が発表したところによると、在外ウルグアイ人の数は70万人で、国内全人口の21.1%に達する。
これは32か国の38都市にあるウルグアイの在外公館が主に受け入れ国の関係当局から得た数字によるもので、その累計は501.806 人であった。
これからウルグアイ外務省は、ウルグアイ生まれの在外ウルグアイ人総数は55~60万人で、その子孫を加えて70万人と推計した。(2008年10月29日付エル・パイス紙)
2.日本外務省資料によれば、2006年現在の在日ウルグアイ人数は132人である。
3.ウルグアイ政府(INE)の発表によれば、2000年から2006年の間にウルグアイから3.9万人のウルグアイ人が移住した。
その内訳は女性100人に対し男性145人と男性が多く、60%は移住する家長の子弟で若い(77%は15歳から34歳の間の年齢層に含まれ、32.6%は20歳から24歳までの青年である)。
移住の動機としては、職がないとの40%を含み65%が経済的理由で、15%は家庭の事情を挙げている。(2007年6月30日付エル・パイス紙)
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バスケス大統領と高円宮妃殿下久子さま
ウルグアイへの日本人移住百周年記念式典
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高円宮妃殿下久子さまのご臨席を得て、9月18日、モンテビデオで日本人移住百周年式典が開催された。
ウルグアイへの日本人移住は、1908年に坪田静仁(つぼた せいじ)氏がアルゼンチンからやってきたのに始まる(南米ウルグアイ東方共和国日本人移住史年表)。なお、同氏はウルグアイ人女性と結婚したが、子供に恵まれなかったとのことで、子孫はいない。
このため、現地日本人会が、引地 恵子(ひきち けいこ)会長、大野記念式典実行委員長らを中心に、移住百周年記念式典を行うべく準備してきたのである。
2006年現在の在留邦人数(重国籍者を含む)は378人(ほか日系人約160人)となっている。そのほとんどがモンテビデオ市とその近郊に居住しており、多くは花卉栽培に従事している。
記念式典で、久子さまは「ウルグアイを色とりどりの花でさらに華やかに装飾しております」と、在留邦人の活躍をたたえられた。また「移住者の皆様の勤勉さ、誠実かつ正直なところが、ウルグアイにおいて信頼と尊敬をかち得た」ことを誇りに思いますとのお言葉があった。
滞在中、久子さまはバスケス大統領を表敬訪問され、また紅葉と桜を記念植樹された。
式典で挨拶される高円宮妃殿下久子さま
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ウルグアイ・日本友好協会発足
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第一回会合
5月28日、ウルグアイ・日本友好協会の第一回会合がモンテビデオで開催され、役員が決定した。役員会は月2回ベースで開催される予定である。
なお、駐ウルグアイ竹元正美大使は、名誉会長となられる。
主要役員
会長 ラファエル・アディエゴ・ブルノ元臨時大統領、元最高裁判所長官
Rafael Addiego Bruno
副会長 ホレヘ・ゴジェノラ 弁護士
Jorge Goyenola
副会長 フランシスコ・ウィンス 元陸軍将軍
Francisco Wins
副会長 カルロス・バライバル 上院議員(FA《アサンブレア・ウルグアイ》)
Carlos Baraibar
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内閣改造
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6閣僚交代
2月11日の閣議後、バスケス大統領は、同政権3年目が開始する3月1日付けで、13閣僚中の6閣僚を交代させる旨発表した。5次官(教育文化次官除く)も交代となる。
新たに任命されたのは、フェルナンデス外務大臣(前職は大統領府長官)、バジャリディ国防大臣(国防次官)、シモン教育文化大臣(電電公社《ANTEL》総裁)、アガシ農牧水産大臣(農牧水産次官)、コラチェ住宅土地整備環境大臣(国家水道局《OSE》総裁)、マルティネス工業エネルギー鉱業大臣(燃料アルコール・セメント公社《ANCAP》)総裁)の6人である。
ウルグアイ各紙は、この内閣改造について、次のような論評を行っている。
①2005年の組閣時には左派が初めて政権を取ったことから強力な内閣を作ることが至上命令で、ムヒカ農牧水産大臣(MPP)、アストリ経済大臣(Asamblea Uruguay)、ガルガノ外相(社会党)と各派閥の領袖が入閣したが、政権任期の残りが2年を切り、次期大統領選挙に向けた動きが活発化していくことに鑑み、バスケスは、左派諸派閥の有力指導者で閣僚ポストを占めている者を閣外に出し、その選挙キャンペーンと、内閣の政権運営を切り離すことを考えた。後任大臣には専門家を据え、改革を促進していくことを目指した。
②MPPはムヒカ党首が上院に戻ることで、派閥としての力が増し選挙キャンペーンも活発化できると好意的に受けとっている。
③アストリ経済大臣は、本年6月に明年度補正予算案を国会に提出した後、次期大統領選挙に向けたキャンペーンに集中するため、辞職するのではないかと見られる。その場合、後任にはカンセラ中銀総裁の名が挙げられている。
④ガルガノ外相の外交舵取りについては、バスケス大統領にかねて不満があった。大統領の信頼が厚くアルゼンチンとのセルロース工場建設に関する難交渉を扱わせているフェルナンデス大統領府長官を横滑りさせたことは、外交は大統領が直接担当するというメッセージとなろう。内閣改造一派には好意的な反応を見せている野党のコロラド党、国民党、独立党は、外相交代は遅すぎたのではないかとのコメントを発表している。
なおエレラ外務次官も交代し、ペドロ・バス駐ブラジル大使(無所属)が後任になる。
ガルガノは上院に戻り、その率いる社会党伝統派の力は強化される。フェルナンデス社会党書記長が率いる社会党内改革派の力は逆に抑えられよう。
⑤各派閥の後任ポストを巡る争いも激しかった。高齢を理由にかねて辞任の希望を表明し、今回政界より隠退することになったベルッティ国防大臣(社会党)の後任には、社会党でなく、Vertinente Artiguistaが押すバジャリディ国防次官が選ばれ、同派は閣内でムニョス厚生大臣と併せ、2つのポスト確保に成功した。
貧困への緊急対策
バスケス政権が、発足以来掲げた、貧困への緊急対策「国家緊急社会事態対応計画(PANES)」は2007年12月末日をもって終了し、1月1日より中期的な視野で不公平を無くすことを目的とする「公平へのための政策(Plan de Equidada)」が発動した。
2008年2月25日、バスケス大統領は、国会に2007年の各省報告書を提出したが、そのなかで具体的数字を挙げつつ、失業率の低下、インフレ抑制、PANESなどの社会政策を通じた貧困削減及び機会の平等化の達成等を2007年の主な成果として強調した。
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次期大統領は?
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明けましておめでとうございます。
正月らしく浮世離れした話題から。
ウルグアイというと新大陸だから古いものにはあまり縁がないような気がするが、そうでもないらしい。ウルグアイの研究チームが、このほど発表したところによると、ラプラタ川河口の海岸地域の地層で約二百万から四百万年前のものと見られる史上最大のネズミの仲間(齧歯類)の頭骨が発見された。、体長約三メートル、体重約一トンと推定され軟らかい植物や果物、又は水草を食べていたらしい。同時代の剣歯虎のいい獲物だったろう。
(2008年1月17日付日経夕刊)
続いて俗界のニュース 次期大統領
バスケス大統領が、改めて1月23日、再選候補となることはあり得ないとの固い決意を表明したことは、拡大戦線に大きな衝撃を与えた(国家改革計画の一環として、すでに再選を可能とする憲法改正が検討されていた)。これに対し、野党はいずれも歓迎する旨表明している。
拡大戦線内では、すでに代りの同党候補として数人の名が上がっている。すなわち José Mujica及び Danilo Astoriの両大臣、Rodolfo Nin Novoa副大統領、Enrique Rubio OPP 会長、Rafael Michelini議員である。(2008年1月25日付エル・パイス紙)
2007年末の Factum 社世論調査によれば、各派別人気を見るに、拡大戦線(フレンテ アンプリオ)ではMPP 35%, PS 12%, VA 11%, y AU 8%。国民党はLarrañaga 51%, Lacalle 21%, Vidalin 7%, Heber 5%.コロラド党では Bordaberry 42%, Abdala 8%, Hierro 8%, y Viera 8%となっている(2007年12月29日付エル・パイス紙)。
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バンコ・デル・スール(南の銀行)へウルグアイ参加など
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1.アルゼンチン・ブラジル・パラグアイ・ウルグアイ(メルコスール原加盟4か国)に、ベネズエラ・ボリビア・エクアドルが加わった、バンコ・デル・スール(南の銀行)という名の新地域銀行が、12月10日、設立の調印を終えた。
これは、国際通貨基金(IMF)からの金融面での南米の独自性を高めようとベネズエラのチャベス大統領が提唱し、アルゼンチンのキルチネル大統領が賛同して準備が進められてきたもので、調印式は、アルゼンチンのクリスティナ・フェルナンデス新大統領(キルチネル前大統領夫人)の就任式に合わせ、9日、参加7か国中6か国の首脳が出席し、ブエノスアイレスで行われた。
ウルグアイのバスケス大統領は、10日現地へ、ヘリでとんぼ帰りの日程で赴き、10日の就任式に参列するとともに、設立の調印を行った。
合計70億ドルとなる出資金の出資比率などはまだ調整中で、今後60日以内に決定される。本部はベネズエラの首都カラカスに置かれる見込みである。
新銀行は、IMFからの支援を受ける際、厳しい財政運営を義務づけられるのを避けたいとの意図によると見られるが、各国の信用度から見て、国際金融市場からの資金調達は、容易ではない。外部からの資金には、高い利率などが要求される可能性が高い。
コロンビアが新銀行への参加を辞退するなど、南米の足並みはそろっていないようである。 (2007年12月10日付エル・パイス紙、同日付日経)
注) ウルグアイは1月中旬カラカスで開催された同銀行の経済大臣レベル会合に参加しなかった。
2.ウルグアイ国会は12月18日、同性愛を含む事実上のカップルに夫婦と同等の権利と義務を与える法案を可決した。バスケス大統領の署名を待って発効する。
法案は、継続して5年以上同居している同性愛、異性愛カップルが対象で、家庭裁判所に届け出れば一般の夫婦と同様の社会保障や年金を受ける権利が発生する。片方が死亡した際には相続権を得られる一方、相互扶助や、別れた際の財産分与などの義務も生じる。 養子は認められない。(12月23日付エル・パイス紙)
3.第6回大学調査によれば、全国の大学生数は、前回(1999年)調査時の23%増の81,774人に達した。年増加率は2.5%となる。
うち女性は62.8%、男性は37.2%。独身は78.2%。
年齢層別では、40.7%が20~24才、25%が25~29才、19.8%が30才以上、14.3%が20才以下である。
56.6%は働いているが、勉学のテーマと関連した場所で働いているのは28.5%に過ぎない。
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ウルグアイへの日本企業進出計画
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ウルグアイ紙の報道によれば、日本企業CI化成(注 伊藤忠の関連会社)は、1,000万ドルの投資でウルグアイに ポリエチレン・フィルム工場を建設する計画を有し、このためすでに国道101号沿線に6ヘクタールの用地を買収しているが、8月、工業省に本計画に関する説明を行った。
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ウルグアイでの集中豪雨被害に対する日本の緊急援助
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日本政府は、ウルグアイが、この50年間で最悪といわれる5月上旬の集中豪雨により大きな被害を受けたことを受け、ウルグアイ政府の要請を踏まえ、5月11日、同国へ約1,000万円相当の緊急援助物資(スリーピングマット、毛布、プラスチックシート)を供与することを決定した。
ウルグアイでは、一連の豪雨によって、同国中部に位置するソリアノ県、ドゥラスノ県、トレインタ・イ・トレス県を中心に、大規模な河川氾濫があり、死者は2名、被災者(避難者)は1万1,717名(現地時間5月10日現在)に上り、給水、電力供給、道路等のインフラに被害が発生したといわれる。
ウルグアイ国会は国家緊急事態宣言を採択し、ウルグアイ政府は、予算の1%(4,500万ドル)の予備費の一部支出と外国・国際機関への支援要請を行った。国連はとりあえず3万ドルの支援を予定し、米州開発銀行は1,500万ドルの借款を予定しているとされる。
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ブッシュ米大統領のウルグアイ訪問
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3月9日(金)夜より11日(月)朝までのブッシュ米大統領のウルグアイ訪問は、8日から14日までの7日間でブラジル、ウルグアイ、コロンビア、グアテマラ、メキシコを歴訪した今次中南米訪問のうち、もっとも時間を割いたもので、10日アンチョレーナの大統領別荘で行われたバスケス大統領との会談後、ブッシュは「ウルグアイは安定した政権の模範であり、より一層投資する条件を整えている」と述べ、バスケス政権を経済面で支援する立場を強調した。
同行したライス国務長官も、米国の対中南米援助は2001年の8.62億ドルから2008年に14億ドルに増加され、1月に米国との貿易投資枠組み協定を署名したウルグアイのような国は、ベネズエラのチャベス大統領(日を合わせてブエノスアイレスまで乗り込んで反米集会を行った。米国はのちアルゼンチンにも抗議した)の反米路線に対抗するためにも従来以上の支援が与えられようと述べた。
バスケス大統領は、米国の食肉輸入枠の増大(2万トンを4倍増要求)など通商拡大を求め、自由貿易協定(FTA)締結の可能性にも触れた。米国はウルグアイ産エタノール(砂糖黍から生産)の全量買い付けを約束した
閣僚を含む左派の反対や厳戒態勢の中でのデモ行進もあったが、伝統政党や経済界は米国の好意的態度に期待を寄せている。
ただしメルコスール優先の観点から政府内にも米国とのFTAを問題視する向きもある。またブラジルのルーラ大統領もブッシュ来訪を控えてウルグアイを訪問しメルコスール護持のてこ入れを行っている。
(このhpの学術文化・関係論文欄に掲載した並木芳治外務省中南米局地域調整官のご寄稿「ブッシュ大統領の訪問で小国ウルグアイは面目躍如か」も参照願いたい)
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うれしいニュースと残念なニュースをひとつずつ
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1. 英国タイムズ紙の高等教育に関する付録(THES)が伝えるところによれば、ウルグアイのORT大学は2006年世界の優良500大学中329位に選出された。ちなみにこの近くでは日本の大学では東海大学が322位に選出されている。
Universidad uruguaya entre las 500 mejores del mundo.
La Universidad ORT de Uruguay calificó en el puesto número 329 entre las mejores 500 universidades del mundo. Se trata de l ranking mundial publicado por el Times Higher Education Supplement del diario Times de Londres. (El País 9/2, p. A 1)
2. ウルグアイでのセルロース工場建設を阻止しようと、アルゼンチンの関係住民が行っている国際橋の度重なる封鎖は、ウルグアイ観光に大きな被害をもたらしている。
2006年12月1日から2007年1月28日の夏の休暇シーズンにおけるウルグアイへのアルゼンチン観光客数は前年同期比5.8万人減(17.8%減)であった。この影響などから、ウルグアイへの同シーズンの観光客総数は539,830人と、前年同期(605.218人)比10.9%の減少を見ている。
2月初旬、カルガノ外相は、英国フィナンシャルタイムス記者に対し、国際橋封鎖によるウルグアイの被害は8000万ドルに達することを明らかにした。
ウルグアイ政府が行ったアルゼンチンへの抗議に対し、アルゼンチン政府は、問題の原因は、ウルグアイがウルグアイ川条約違反を繰り返していることにあるとのみ回答した由である。封鎖された国際橋を突破しようとする運転手と住民との争いも起こっている。
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ウルグアイ「日本」学校(エスクエラ・ハポン)へのCDラジカセ寄贈
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ウルグアイには、教育文化省の方針で、保護者からの要望があった場合、国際理解教育の一環として小学校にある一国の名前を付け、その国について学ぶ制度があり、1931年11月、モンテビデオで、一公立学校に「日本」学校(エスクエラ・ハポン)の命名があった。
当時、日本文部省もこの命名を公認している。
エスクエラ・ハポンは、在ウルグアイ日本大使館の協力も得て、さまざまな交流活動を行ってきたが、2006年は 命名75周年にあたるため、特別の文化行事が行われている。
そのため必要な機材として、マリア・アリシア・ラビン(María Alicia Lavin )校長より、日本大使館を通じ、当協会にマイク付CDラジカセの寄贈要請があった。
当協会は、これに応じることとし、11月7日、在ウルグアイ後藤臨時代理大使より「日本」小学校へその贈呈が行われたが、当日は75周年のイベントで、、初等教育委員会などお偉方および保護者を招いての式があり、生徒が機材を利用して歌やタンゴなどのデモンストレーションを行って、感謝された。
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ウルグアイ産煮沸牛肉の輸入解禁
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6月5日付農林水産省告示第737号によって、ウルグアイ国内の5加熱処理施設にて生産された加熱処理肉の輸入が認められた。これは、2001年の口蹄疫による輸入ストップ以来待たれていた解禁で、ウルグアイでも報道により期待が高まっている。
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ウルグアイへの日系進出企業(在ウルグアイ日本大使館発表)
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ウルグアイにおける日系進出企業は、インベルスール社(常石造船グループ)の1社のみであったが、当国の政治的な安定度の増加やビジネスチャンスの拡大に比例するように、2005年8月にNECアルヘンティナ(NEC)が首都モンテビデオに進出、2006年1月には矢崎アルヘンティナ(矢崎総業)が当国西部のコロニア県に工場を設けアルゼンチンに自動車部品を供給している。また、モンテビデオ郊外にあるフリーゾーン(ZONAMERICA)にはリコー・ラテンアメリカ社の流通センターが設けられている。
ただし我が国からの対ウルグアイ向け投資額は98年以降ゼロが続いている。
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マルセロ・マニュー ウルグアイ臨代大使とと角田会長
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ウルグアイからヒロシマへ千羽鶴
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| 外務省の招聘により2月来日したラファエル・ミケリーニ上院議員は、17日広島平和記念公園で、ウルグアイの小中学生が折った千羽鶴を原爆の子像へ献呈し、また慰霊碑献花を行った。帰国後、ミケリーニ議員は広島での経験は生涯忘れられないものとなるであろうと語った。 |
2005年11月14日
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ウルグアイ暴風雨被害に対する
日本ウルグアイ協会よりの義捐金贈呈 |
| 左より角田会長、中村理事、赤松理事、駐日ウルグアイ・クルロウ大使閣下 |
ウルグアイ日本語講座への図書寄贈
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| 10月20日、在ウルグアイ日本国大使館で、久山慎一(くやましんいち)大使より関係者に対し、日本ウルグアイ協会が在ウルグアイ3日本語講座(①日本人会 ②共和国大学 ③ORT大学)へ寄贈した日本語教育関係図書の伝達式が行われた。 |
バスケス大統領の就任式と河村建夫特派大使の派遣
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バスケス大統領・河村特派大使両ご夫妻
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紀宮清子(のりのみやさやこ)内親王殿下ウルグアイご訪問記念切手とスタンプ
1921年9月日本とウルグアイの間に外交関係が樹立されてから80年経つのを記念して、2001年、モンテビデオ市での日本庭園建設、共和国大学での日本語講座開設、各種文化事業などさまざまな行事が行われました。
この機会に紀宮清子様が日本の皇族として初めてウルグアイを訪問される予定でしたが、米国の同時多発テロなどから延期され、2003年11月に実現しました。
11月16日から20日までのウルグアイご滞在中、紀宮様はバジェ大統領主催午餐会に出席されたほかメナフラ・デ・バジェ大統領夫人が会長を務めるエチョ・アカ(手工芸品展)を同夫人の案内でご覧になり、また国会議事堂、日本庭園、モンテビデオ県庁、共和国大学などを訪問されました。日本人会で在留邦人とも歓談されました。
2001年発行の日本・ウルグアイ修好80周年記念切手(紀宮様のご肖像に桜とウルグアイの国花セイボをあしらった図柄)の押印式も行われました。
コロニア・デル・サクラメント(その歴史地区はウルグアイで唯一のユネスコ世界遺産)、アンチョレーナ自然公園(大統領別荘)、プンタ・デル・エステ、ミナス(植林地)など地方も訪問され野鳥やオンブーなどの木にも親しまれるほか、植林や自閉症児教育など日本の技術協力の実際をご覧になられました。
ご訪問はウルグアイ官民の心に忘れがたい想い出として残ったようです。
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| 2004
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