2016 NEPAL Langtang谷 Trekking Day5

11/22 Lamahotel→Langtang(3500m)

6時起床 自然とこの時間に目が覚めるがやることも特段ないので出発の準備をして7時の朝食時間を待つ。気温は0℃。
朝食はチベッタンブレッド(ナンとチャパティを足して2で割ったような食感)にジャムとヤクのバターをつけていただく。それに
コーヒーという簡単な組み合わせである。ジッとしていると寒いので、何となく歩き出しが早くなってしまい7時半に出発した。

歩き出して1時間ほどするとジャングルの木の間から白いヒマラヤが見えてくる。ランタンリルンの端っこの方のようだが感激する。
そしてランタンへと続くトレイルは所々崩壊していて、急な斜面に付けられた新しいルートに沿って歩いていく。岩場が多く山の上の
方から崩壊した様子がよくわかり、今ここで地震が起こったら・・・と思うとつい足が早くなる。9時5分RiverSide(2769m)を通過。

3時間ほど歩くと谷は大きく広がってきて見通しはよくなる。10時40分ゴラタベラ(3020m)到着。ここまで登ってくると
激しかった地震の爪痕が残っている。かなりの家が倒壊しており、後ろの山からも土砂崩れが発生しその跡が生ナマしい。

かつてはこのゴラタベラに国立公園の管理事務所と軍のCampがあったのだが、すでに撤退してもぬけのカラになっている。
一度壊れたロッジを建て直したばかりなのか?1軒だけ営業しているロッジで休憩する。周りは廃墟と化しており人影も少ない。

我々のあとをつかず離れずずっとついてくる西洋人がいたので「どこから来のか」と聞くとイタリア人だった。ネパールを旅する
西洋人はイスラエル人が多いので、てっきりそうだと思っていたら外れた。話をすると、一人で歩くのは寂しいから君たちの
あとをついていく・・・というようなことを言って、「このストックは便利だぞ~」と持った木の枝を自慢していた。イタリア人らしい
陽気な奴だったが、ランタン村の手前付近で見失ってしまった。このゴラタベラ周辺では木材の切り出しが多い。通常国立公園
の中では木を切ることは許可されないのだが、その理由はあとになってからわかった。12時タンシャップ(3200m)に到着。


タンシャップで昼食となったが、この時間を利用してデジタルカメラのバッテリーの充電を行う。日本から持参したソーラー
パネルに充電器(USB)をセットし、昼間の強力な太陽の力を借りて少しでも充電できることはありがたい。タンシャップにも
ロッジは何軒かあったのだが、倒壊したロッジも多く新しく建て直したロッジだけが営業していた。昼食はトマトヌードルスープ
(360Rs)、ボイルドポテト(450Rs)、ホットレモン茶(80Rs)。この高度になってくると体調が悪く、食欲のないメンバーも出て
くるがこういうときにはジャガイモを食べてさえいれば何とかなる・・・この、タンシャップから少し先のムンドゥーでは2010年に
来たときのオバちゃんに再会することができた。前に来た時にも写真を撮ったのだが、その時の写真を持ってきたので
渡してあげるとジッと見ていた。地震の被害をを乗り越えて、元気でロッジをやってくれていたのがうれしい。

ランタン村を眺めることができるこのムンドゥーに着いたのが14時30分頃。今日の目的地のランタンまではもう目と鼻の先。
しかし、ここから眺めたランタン村の変わりようには驚きだった。まず緑が全く見えず灰色の土砂のような物に覆われている。

(左) 今回見えたランタン村 (右)2010年撮影のランタン村
まずひと目でわかるのは、村を覆う灰色のモレーン(氷河の堆積物)の規模の大きさである。谷全体を覆うように体量のモレーンが
覆い尽くしその下には、かつてあった建物や畑などが埋まったままになっている。話を聞いてみると、左にあるランタンリルンの氷河
から巨大な雪崩(氷河が崩壊)が発生し1000m以上上の谷から流れ出して、村を襲った。そして向かいのランタン川まで到達した。

上左の写真ランタンリルンの氷河から、岩壁を落ちてきた氷河があっという間に村を飲み込み谷を埋め尽くした、という訳である。
さらに驚くべきことに、氷河からの雪崩の爆風が谷を駆け下り、谷にはえていた木をすべてなぎ倒した!?ということである。
信じられないような話であるが、これは帰る際に撮った写真がわかりやすかった。谷の木がすべて同じ方向に倒れているのである。

(何気ない風景写真を拡大してみると木が全て同じ方向に倒れているのがわかる)
前述の途中の村で木を切り出しているというのは、すべて爆風でなぎ倒された木を切り出して新たに住宅建築用として活用
しようと準備しているところだったようだ。ランタンから下流2~3Kmくらいまでその被害は及び、至るところに木を切り出して
加工する製材所?のような場所が設けられていた。対岸の山の景色だったので何気なく見ていたのだが、よく目をこらして
見るとこんなにも凄いことが起こっていたのである。15時過ぎになって堆積したモレーンを越えて村へ入った。


モレーンの上には新たにつけられた道があり、真っ直ぐに建物のある方へ伸びていた。氷河による雪崩が落ちてきた岩壁は
白く色が変わっており、今でもまだ何かが落ちてきそうな雰囲気がありあまり気持ちのいいものではない。また、かつての村が
このモレーンの下にあることを思うと何とも言えない気分である。この地を研究している雪氷関係の学者の方の研究発表資料
によると、地震直後に村を襲った氷体の量について氷に換算すると6,810,000㎥にもなる・・・ということだった。これは例えば
ナゴヤドームのフィールドの広さで516mもの高さまで積み上げた計算になる。もちろん土砂に加えて氷河の量もある程度は
含まれていると考えられ、地震発生当時より今の方が溶けて体積はかなり減っていると思われる。村に入って、すぐの場所に
旗の立っているMemorialManiWallというのが設置されていた。ここには、2015年4月25日の地震の被害にあった方々の名前が
すべて刻まれている。その数、村人175人、外国人トレッカー39人。日本人の名前はなかったが、一番多かったのはスペインと
フランス人で7名ずつ。最高齢は62歳、最年少は19歳だった。前に訪れた時のランタン村は人口約500人100軒あまりの村
だったが、一瞬にして村の3分の1の人口が無くなった訳である。我々は石碑の前でそっと手を合わせた。

ランタン村の中へ入って見るとほとんどの家が壊れてしまっていたが、新たにロッジを建て直して営業が始まっているところも
何箇所かあり、その中の1軒LhasaHotel & Lodgeに宿泊する。新築なので中はすべて新しく綺麗で気持ちがいい!

荷物を部屋に置いて周囲を見渡すと、ランタンリルンからの氷河雪崩を避けてかつてあった村よりも上の方にシフトして新しい
建物が点在している。しかし、それでもかつての建物はほとんどすべてが全壊し石と木材だけの廃墟のような村の印象だ。

かつてのランタン村の状況については下記HPをご覧頂きたい。かなり様子が違うことがわかると思います。
2010年4月23日~5月3日 再会・・・そして未来へ Nepal Langtang谷Trekking

夕方日が沈むと標高3500mのランタン村は急激に寒くなる。ロッジの中は薪ストーブがあるのでひじょうに暖かく快適!
BEER(700Rs)を少し飲んで夕食は、日本から持参したフリースドライのサケ茶漬けにした。高度が上がってくるに連れ
体調の優れない人が出てきて、私も念のため胃に優しい食べものをとることにした。夜はものすごく星が綺麗だった。
かつてここにあった発電所もすべて雪崩で流されてしまい、村のあかりはなくなってしまったが、皮肉にも星を異様な
くらいよく見ることができる。この村はこれから先どうなるのだろうか・・・

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