2015 Bhutan Jomolhari Trekking Day7


11月5日(木)Jangothang(チョモラリBC)→Takengthanka(3630m)→Thondo(3300m)

この日はチョモラリBCから下山である。下山といっても一日で麓のShanaまでは遠すぎる。登り2日間イッパイかかって来たので下り
とは言えど1日ではひじょうに厳しすぎる。どこか途中のキャンプ出来る場所で泊まるしかないがテント泊だとその点、自由がきいて楽だ。
朝食はおかゆ。私の腹の具合があまり良くないこともあって日本人は全員、朝はおかゆになってきた・・・がこれがうまい。日本から持参
した梅干(N氏)と塩昆布が絶妙ないい味を出している。「おかわり!」と言うとすでにおかゆはなく、パンでお腹をイッパイにするしかない。

今回のTrekkingコースを考えるにあたり、ここから来た道を戻らずに4895mのBhonteLaを越えて途中で2泊してスタート地点のShanaに
戻ることも考えた。また、4870mのNgileLaを越えて上の村Lingshiへ抜け、首都Thimphuへ行く・・・というルートも考えた。しかしいずれの
コースも4800mを越える峠越えがありなかなか厳しそう・・・ということで今回は同じルートを引き返すことにした。今回歩いたこのルートは
多くの村人や馬が、奥にある大きな村Lingshi(4040m)を目指している人が多かった。Lingshiは人口400人くらいと聞いていたのでこの
街道筋では最も大きな村になるのだろう。行ってみたいが残念ながら、今回は時間が無い。朝食を終えると昨日もやって来た3人の子供
たちが来る時間だ。上の村の方向をじっと観察していたら3人揃ってやって来た。みんな持っていた鉛筆や消しゴムなんかを渡してあげる。

映画で「世界の果ての通学路」というのがあったが、それほど遠くないにしてもここの通学路もすごい!海抜4000mを越える道を毎朝
しかもこの日は気温ー5℃!これからまだまだ寒くなっても歩いて学校へ通うのだろうけれど、彼ら彼女たちはまったくそんなことは辛い
とは思っていないのだろうか?ヒマラヤをバックに元気に駆けていく後ろ姿を眺めながら、自分は日本に生まれてよかった・・・と思った。

子供たちを見送って、我々も出発の準備をする。ちょうどその頃になってチョモラリが姿を見せてきた。

(左から チョモラリ主峰→今回のTrekkingメンバー→チョモラリBC朝)

(左から チョモラリBC→BCから見える6000m無名峰→正面4870mの峠NigileLaを越えればLingshiの村へ行ける)
高地の朝は独特の何とも言えない雰囲気がある。その景色が時間とともに移り変わっていく姿が実に美しい。もう少しこのCampに
いたい気もするが、我々には時間がない・・・8時55分BCを歩き出した。予定より1時間近く遅れた。Camp場のおじいさんが見送ってくれた。

しばらく歩くと、電気を送るための電柱になるパンザーマストを担いで上がってくる人や、燃料にするヤクの糞を集めているおばちゃんに
出会う。やはり村が近いと出会う人も多くなってきた。そうこうしているうちにSoeの村の学校に到着。朝出会った子供たちの学校だ。

何やら学校の外で先生と生徒たちみんな勢ぞろいしている。先生によると生徒は12人、先生は2人だそうだ。我々の持っていた学用品を
あげて一緒に写真を撮って別れるがみんな純粋な子供達ばっかりで、レンズを向けてもいやがることもないしどの子もいい目をしている。


先生には撮った写真を必ず送るから・・・と約束して9時30分チョモラリスクールをあとにする。こんな山の中でも一生懸命
勉強をしようとしている子供たちと、それを見守る若い先生もすごくいい感じだった。頑張って勉強して将来ブータンのためになる
いい仕事をする大人になって欲しい・・・そう願って歩く胸の中は清々しいものを感じた。12時ランチタイム。みかんがうまい!

この日の行程も長い。スタートが遅かった分プラス小学校での交流会でまたしても時間を食ってしまい、ピッチを上げて下る。
12時57分Takenghthanka(タンタンカ)のキャンプ場を通過。13時30分 11月3日登ってくるときにキャンプしたTsemamarpに
着いた。今日はここからさらに標高差で100mほど下る予定である。このキャンプ場では、我々が先程いた小学校の校長先生
それと隣にあった診療所の看護師の方が休憩していた。看護師の方はSoeを越えて、さらに上の村Lingshiまで行くそうである。
山の学校もそうだが、診療所を回って村人の健康管理も大変だなぁ〜と思う。しかしみんな屈託のない笑顔で楽しそうだった。

Tsemamarpから下では登ってくるキャラバンとのすれ違いがものすごく多かった。外国人のTrekkerが多いこともあったが、冬を前に
上のLingshiの村まで荷揚げをする馬の数がベラボーに多いのである。下手するとすれ違いできる場所を探して待たないといけない。
これから登ろうとするヨーロッパ人のキャラバンも人数が多い。一度出会うとなかなか列が途切れないため、またしても時間を食う。
我々のテント場が見えたのは15時45分。遠くから青いテントが見えてきたときはホッとした。テント場は通称Thondo(トンド)と呼ばれ
ている場所らしく標高3300m、昨夜のBCから700mも降りてきた。ほとんど景色は日本の山と、そう変わらない印象の場所である。

18時30分夕食。この日はCampの最終晩餐?ということでチキンカツ?らしき料理がでてきた。味はいいのだが、高山病の影響か?
食欲があまりなく日本から持参したエビピラフをリゾットにして食べた。ちょっと残念・・・明日は麓の村に戻れるとあって、日本人もTrekking
スタッフも何となく気が楽になってきた感じである。

ブータンTrekking馬的事情
ブータンでのTrekkingおよび山での移動はほとんど馬を使う。今回は我々5人のために11頭の馬が荷物を運んでくれている。しかしその
馬にもいろいろ個性があるようで、その操りはすべて馬方の手腕によるものが大きい。実はこの日の朝、馬の数を数えてみたら5頭ほど
足らないような気がする・・・おかしいと思ってガイドに聞いてみると「ヤハラさんよくキガツキマシタネ」実は、昨日のうちに5頭がこのBCから
逃げ出してしまい、下のTakenghthankaまで行ってしまった・・・とのこと。それで馬方は、昨日のうちに馬を追ってTakenghthankaまで下り
この日の朝、出発までに馬を連れて上がって来たのだった。馬はいつも放し飼いにされて自由に草を食べているもの、と思っていたが実は
裏ではいろいろ大変なようである。利口な馬は縛っておかなくてもちゃんとわかっていて、翌日の出発までちゃんとその場にいるそうだが
時々逃げ出す馬もいて、連れ帰ってくると罰として足を縛って逃げられないようにするらしい。さらに逃げた馬は重い荷物を担がせる、利口
にしていた馬は軽い荷物で仕事が終わった後は縛るようなことはせず自由にさせておく、という風にして教育していくそうだ。これが果たして
馬にとって本当にわかっているのかどうか?甚だ疑問ではあるが、このTrekkingで馬方の気持ちもひじょうによくわかるようになってきた。


(写真左から 朝食は草の入った袋を首からぶら下げられる→チョモラリ背景の馬→馬方はみんな気のよさそうな連中ばかりだった→足を縛られた馬)
ブータンの馬方に限らずみんなそうなのだろうが、馬方は誰もが馬をものすごく大切にする。馬のそばで寝る馬方までいるそうでひと目で
いい馬か?悪い馬か?ということもわかるそうである。私のとってはどれもいい馬に見えるのだが・・・現実はそうではないらしい。


Day6へ    Day8

2015世界一幸福の国Bhutanへの旅に戻る