2011年5月5〜6日
新緑の熊野古道を歩く

名古屋に住んでいて世界遺産の熊野古道を訪れない手は無い。
と思って、昨年馬越峠へ行ってみたのだが熊野古道のルートはまだまだたくさんある。
いろいろ調べるとこの馬越峠というのが、伊勢路では一番訪れる人が多いようだ。
その他にも興味のあるルートはいくつかあったが、一番の難所!と言われる尾鷲市の八鬼山越えと
日本の棚田百選にも選ばれている丸山千枚田+通り峠の2つのコースをカミさんと歩いてみることにした。

5月5日 西国一の難所八鬼山越え
名古屋を朝6時半に出発し、尾鷲市にある熊野古道センターに9時半到着。
駐車場に車を止めて準備をしていると熊野古道センターの方から声をかけて頂き、道を教えてもらう。
ちょっとだけ話すつもりがどんどんいろいろな情報を教えてもらい歩き出したのは9時50分
尾鷲には中部電力の大きな火力発電所があり、その燃料タンクの横から山に向って道は続いている。
今日は祝日で天気もいいので、このルートも多くの人が登っているのか?
と思って登り口の駐車場(10時15分)を見たが駐車している車は数台しかなかった。
駐車場から少し歩いたところに道案内の看板があり、ここから山の中に古道は続いている。
この八鬼山越え、山の急峻さに加えてかつては山賊や狼も出没したことから巡礼者たちからは
「西国一の難所」と恐れられ苔むす石畳の傍らには行き倒れ巡礼者の墓やお地蔵さんがたくさん見受けられる。
タンクの横を歩いて登り口へずっと続く石畳急な坂道が続く七曲
また、ここ尾鷲地方は日本有数の多雨地帯として知られていることから、石畳の道が多い。
この石畳によって大雨による路面の崩壊や流失を守り、また夏草やシダ類の繁茂を抑え
道筋を確保するのが目的であった・・・と脇の案内板に書かれていた。
昔の人の知恵というのはたいしたものである。
11時 このルートの中で一番の難所と言われる七曲にさしかかる。
このあたり石畳を敷き詰めた九十九折れの急坂が続いていて、坂道−平坦道−坂道−平坦道と交互に繰り返し
道作りがなされている。平坦道は疲れを癒してくれ昔の人の道作りの知恵がここにも生かされている。
七曲ちらりと見えた尾鷲市街所々にある案内板と地蔵さま
さすが世界遺産だけあって道路の案内板は至る所に整備され次の目的地までの距離もわかりやすい。
そしてその案内板以上に数が多いのが看板の横に置かれているお地蔵様である。
このお地蔵様に面白い特長があるからよく見てください・・・とセンターの方に教えてもらった。
お地蔵様の顔をよく見ると舌を出しているものがいくつかあるのだそうである。
そう教えられて下から順番に一体ずつ顔を拝見して上がっていったのだが
お地蔵様も古くなってくると表情がわかり辛くなり、見つけるのになかなか時間がかかった。
舌だし地蔵
なぜこんな舌だし地蔵があるのか?そのわけはセンターの方に聞いてもよくわからないらしいが
なかなかユニークでこの道を歩かれる際は是非注意して観察してみると面白いと思う。
九木峠
11時45分 九木峠(522m)到着。
案内板によればこの道は鉄道が開通するまで生活道路として欠かせない道だったらしい。
この九木峠から10分ほどで八鬼山荒神堂に到着する。
ここはかつて西国三十三ヶ所第一番札所として多くの参拝者があったそうである。
また。山賊を退治した山伏「万宝院」の墓もあるが、このあたり一帯が暗い感じで早々に通り過ぎた。
かつては茶屋もあったらしいが今は往時の面影はあまりない・・・
荒神堂荒れている階段が続く道
ここから15分ほど石段を登ると八鬼山峠(627m)に到着である。
かつてはここに茶屋があったということだが、道はここで江戸道と明治道に別れる。
私達は桜の森広場展望台のある江戸道を行く。12時15分桜の森広場着。
広場にはすでに10人くらいのハイカーがいて昼食を終え、これからスタートするところだった。
我々も展望台のベンチに腰かけ弁当を広げる。
桜の森広場美味!さんま寿司
尾鷲に来る途中、道の駅で買ってきた「サンマ寿司」がうまい!
そしてここから眺める景色はサイコーのおかずとなった。
九木集落の方向
腹ごしらえを終えて12時50分ここから下り始める。
下りは楽勝・・・と思っていたらこれがなかなか、急な階段が続いていて
一部は階段が崩壊して鎖やロープで補修されている。
なかなかハードな下り道ゴールの三木里が見える十五郎茶屋跡
13時20分 十五郎茶屋跡の休憩所に到着。
かつてはここの茶屋で旅人は休憩したようで往時の様子を記した看板があった。
この場所からは木々の間からゴール地点の三木里集落がよく見える。
JR三木里駅から尾鷲へ向う汽車(当然ディ−ゼル車)の出発時間は14時5分なので今からでは
間に合いそうも無い。次の汽車は何時かと調べると15時台は無くて、16時16分発だった。
ちょっと間が空いてしまうが他の交通機関も無いのでこの時間にあわせてゆっくり下ることにする。
ここからの下りはこれまた石畳の道なのだが、驚くことに木の幹にかかれたペンキの文字がショッキングだ。
しかも石畳がきれいに敷き詰められたところに限ってよく書かれている。
ペンキの文字の道
距離は数百mに渡って所々書かれているのだが、誰しもあまり気をよくして歩けない。
後で熊野古道センターの方にも聞いたのだが、世界遺産に登録するときに、行政と地元の
地権者との間できちんと話が成されないまま事が進んでしまったことに起因しているようだ。
「世界遺産登録」というと聞こえはいいのだが、そのウラにはいろいろな問題も潜んでいる
ことを認識した次第。世界遺産に登録されると、この道路の両側50m幅は1本の木を切る
ことも許されないらしいので、林業を生業としている方には死活問題なのだろう・・・     
山道は終って林道に出る歩いて来た八鬼山を振り返る
14時10分山道を終え林道に出る。振り返ると今まで歩いて来た八鬼山の峰々が見える。
ここからは集落の道をまっすぐ三木里の海岸へ向って歩いて行くだけ・・・
なのだが、集落の最後のところにまたしてもショッキングな看板が・・・

何も知らないで歩いて来たハイカーにとって、ここまで書かれるとなかなか・・・
熊野古道の世界遺産について、この八鬼山越えに関しては地元の反対が激しいようだ。
でもこれでもかなり改善されたようで、下記のHPを見ていただければ
今までの状況がよくおわかりいただけるかと思う。登りの道の至るところで、昔のペンキを
剥がした跡や、木の皮を剥いでペンキの文字を削った跡が見受けられた。
過去の八鬼山越えルートの様子はこちらのHPで→熊野古道八鬼山越え
14時半 三木里海岸に到着。夏は海水浴客で賑わう場所のようだが、この時期はひっそりしている。
次の汽車まで2時間近くあるので海岸のベンチに座って日向ぼっこ+昼寝としゃれ込む。
ポカポカと春の陽気が気持ちよかった。
15時過ぎ街の高台にあるJR三木里駅まで歩いていき、2駅尾鷲寄りの大曽根浦駅で降りる。
車内は連休の休暇を終えて都会へ帰る人や、熊野古道歩きを楽しんできたと思われる人達が乗っていた。
JR紀勢線尾鷲行き列車
JR大曽根浦駅からは歩いて車を止めた熊野古道センターへ向う。
16時45分着 ガイドブックによれば歩く距離は約9Kmとのこと。
でもガイドブックには載っていない世界遺産を見ることが出来?ちょっと変わった体験をした気分・・・
今回歩いたGPSのデータ
(今回歩いたルートのGPS−DATA)


5月6日 通り峠から丸山千枚田へ
引き続き翌日6日は熊野から少し山側に入った丸山千枚田へと向う。
ただ千枚田を眺めるだけでは何の面白みも無いので、ガイドブックに書いてある通り峠から
丸山千枚田を巡るコースを選んでみた。
前述の熊野古道センターの方の話では、田植えも始まっていていいシーズンとのこと。
尾鷲からR42→R311と走り風伝トンネル(この峠も熊野古道)を抜けて丸山千枚田の上を走る道路に出た。
道路Mapと熊野古道のMapがどうもうまくリンクせず、思っていたところとは違う場所にでてしまった。
車道から見た丸山千枚田
そのため見た目の景色と地図を見直して、スタート地点を探し千枚田の下の方へと車を走らせる。
千枚田・通り峠入り口のバス停に車を止め、12時20分ここから民家の間を抜けて上を目指す。
ここは熊野古道のルートではないのか?車道になっていて、林の中を細い道がずっと続いている。
林道を歩く右へ曲がって通り峠へ
12時35分 車道と合流しそこから通り峠へと続く山道に入る。
ここもあの熊野古道特有の苔むす?感じの石畳の道が林の中にずっと続いている。
13時 通り峠に到着。
この峠の名前の由来は、麓が無風のときでもこの峠だけはいつも風が吹いていたためこの
名がついたといわれているらしい。かつてはこの峠を越えて多くの海の幸・山の幸が行き来
していたらしいが、今日は平日ということもあって誰一人として出会うことは無い・・・
このまますんなりと峠の向こう側に降りてもいいのだが、峠に展望台の案内札があったので
そちらの方を目指すことにした。ガイドブックによれば千枚田の見晴らし良好と書いてある。
熊野古道特有の?苔むす石畳の道通り峠
この展望台近くと思って歩き出したのはよかったのだが、登りが結構急!
階段170段!と書いた立て札があってどこが終点なのか先が見えない・・・
汗を拭き吹きやっと展望台に着いたのは13時10分
しかし苦労して登ってきただけのことはあってここからはまさしく絶景であった。
展望台からの丸山千枚田
紀州の山々とその手前の千枚田が手に取るように見える。
ちょっと苦労して登ってきただけのことはある。
お昼も過ぎたのでこの景色をおかずに弁当を広げることにした。
そしてこの買って来た弁当がよかった!
「めはり寿司」と「寿司詰め合わせ」なのだが、これがなかなか美味。
めはり寿司はおにぎりの中に高菜の漬物を入れて大きな高菜の葉で包んだもの。
実に単純なものだが、塩味が適度に利いて汗を流した体にはとてもおいしい。
そして寿司の詰め合わせはこちらの地方のさんま寿司と昆布巻き寿司やエビの押し寿司に
卵巻きなど・・・そして巻き寿司の中身は・・・というとこれがごぼうと人参、シイタケの煮付け。
どれもよく煮てあり柔らかく、しかも濃い味付けが嬉しい。
まさしく海の幸+山の幸が凝縮された素晴らしい弁当だった。
(ちなみに寿司詰め合わせは575円と超良心的価格なのが嬉しい)
昔の熊野古道の旅人も同じものを食べ同じことを思ったかも知れない。
めはり寿司中の具がうまい!
展望台でのランチに感激して、すっかり全部平らげたあと、今度は千枚田に向け来た道を戻る。
ナイス!な展望台だった。
通り峠には13時40分着、ここから10分ほど下ったら丸山千枚田へ向う車道と合流した。
ガイドブックによるとここから丸山千枚田を一周する形でルートを紹介しているのだが、
車ですでに回ってしまっているので、今度は千枚田の中にある遊歩道を歩いて車のところまで
戻ることにした。ちょうど田植えの作業が行われている最中でいいタイミングだった。

丸山千枚田は棚田が多い熊野地方の中でも日本有数のスケールを誇っている。
高低差100mほどの棚田は江戸時代初期には2000枚ほどだったらしいが、昭和
30〜40年代は過疎化や米余りによる減反政策で一時は530枚くらいまで減少。
平成5年から保存活動が始まり現在は1300枚を越える数になっている・・・との事。
ちなみに福井で日本の棚田100選に選ばれているのは、越前町の梨ヶ平地区と
高浜町日引地区である。(また一番数が多いのは長野県で16ヶ所も選ばれている)
大石お昼休み中?
千枚田の風景を満喫しながら、車道とは別に作られた田んぼの中を巡る歩道を下る。
田んぼの真ん中を横切ってショートカットして車道に出ようと、動物よけの柵についた扉を
開けようとするが、外からかんぬきのような鍵がかかっていて内側からは開けることが
できない!ガ〜ン!!仕方なくもう一度登り返しすか・・・とも思ったが、同じ思いをした人は
今まで何人もいるはずだ。そこで付近をよ〜く観察すると・・・発見5寸釘!
問題の扉この釘がポイント外から鍵をかけるタイプの鍵だった
この5寸釘をドアの隙間に差し入れてかんぬきのレバーを押し上げればOKだ。
開かないはずが無い・・・と思っていたが、やはりみんな同じ事を考えるようで何となく
おかしくなってしまう・・・無事に檻の中から脱出でき駐車場へ14時半に戻ることができた。
行き帰りのコースが違うので、千枚田をいろいろな角度から見ることができ、短い時間であったが
新緑の中でのなかなか楽しいトレッキングだった。違う季節の千枚田も見れるとまた楽しいのだろうが。
GPS−DATA
(今回歩いた丸山千枚田のGPS−DATA 一番南側から反時計周り)
2日間に渡って熊野古道のコースを歩いてみたが、どこも昔の名残がある楽しいルートだった。
ただ熊野古道のすべてのルートを世界遺産・・・と思っていらっしゃる方もおられるかも知れないが
世界遺産に認定されているコースもあれば、そうでないコースもある。今回歩いた中でもこの丸山
千枚田と通り峠が世界遺産に認定されていない。さらに、問題の八鬼山越えコースもコースの
すべてが世界遺産に認定されている訳ではなく、認定されているのは今回歩いたうちの約7割
くらいである。熊野古道センターにある小冊子「熊野古道伊勢路」を読むとよくわかります。



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